回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
100年後の「はじまりの台地」は、人のいない魔物の楽園となった。
下界と切り離された箱庭で大猪に殺されかけていたボコブリンを救った、2本角の魔物。
それは台地で死んでから再び復活した者ではない、『ナナシ』と呼ばれるボコブリンだった。
* * *
"ようやく"追いつき仕留めることが出来た大猪を見下ろしながら、ここまで追いすがる為に全力で駆けていた身体を少しでも休めるべく、深呼吸を繰り返す。
酷使された身体は籠もる熱を冷まそうと汗を吹き出し続けたまま、鼓動はガンガンと耳にうるさい。右手に握る棍棒もずっしりと重く、このまま取り落として座り込みたくなるくらいには、全身くまなく疲れ切っていた。
……ふと、今感じているモノが強敵を倒した達成感だということを自覚し、荒く吐き出す深呼吸の中に小さな溜息を混じらせてしまう。
現状をある程度は飲み込めるようになってきたとはいえ、改めて受け入れるにはやや躊躇いを覚えるほどには、かつての肉体と比べて今の自分はあまりにも貧弱だった。
(あれが強敵? …… いや、強敵だったか。子鬼なら、
己を慰めるわけではないが、この獲物を仕留められたことは確かな成果として誇っていいだろう。
襲われていた子鬼も、地面に叩きつけられた際の衝撃で頭を揺らされただけで怪我を負っていたわけではなかったらしく、歩行自体に問題ないという。それでも助け起こした際にはやや足元がフラついていたために、仕留めた猪を木に引っ掛け、少しでも軽くするべく血抜きをしている間は休ませることにした。
終わった頃にはしっかりと地に足がついていたので、どうやら強がりではなかったようだ。
これは、俺にとっても都合が良い。
子鬼の体格でこの猪を運ぶに当たって、一人では引き摺るしかなかった。怪我をしていないというのであれば、是非とも彼にも手伝ってもらいたい。幾度となく殴打してしまった獲物ではあっても、どうせならこれ以上痛めずに良い状態のまま持ち帰りたいのだ。
……こんなところでもかつての肉体と比べてしまう自分が、どうにも未練たらしかった。
* * *
子鬼の彼と共に猪を担ぎ、川沿いの獣道を進んでしばらく。
無事に辿り着いた集落の中央、『宴』の広場となっている場所には、既に大勢の者が集まっていた。
「おぉ! 大物だぜ! 」
「俺の獲物より一回り大きいな……こりゃあ今回一番の大物なんじゃねぇか? 」
「ナナシだぁ!ナナシがでかい猪を仕留めてきたぞー! 」
どうやら狩りに出掛けた面々の中で、俺達が未だ戻っていない最後の面子だったらしい。大きな獲物の登場に目を輝かせた子鬼の子供は真っ先にその周辺に群がっていたが、遅れて顔を見せたのは狩りに出掛けていたはずの、『決闘』に参加する戦士達だった。
今日の狩りに臨む前に言い含められた複数の狩り禁止のルールであったが、助けた彼が率先してこの猪を仕留めたのは俺であり、自らはその場に居合わせたに過ぎないと証言してくれている。彼自身も帰還途中、川より魚を得ることが叶っていたので、無収穫を責められることはないだろう。
戦士としては微妙な狩りの成果を仲間にからかわれているのか、頭をこずかれている彼の後ろ姿を横目で眺めていると、1匹の子鬼がこちらへ無遠慮に近づいてくるのに気付いた。
「よぉナナシ! なかなか見事な獲物を狩ってきたじゃねぇか!! 俺のトコにもこんくれぇのが出てきてくれれば良かったんだがなぁ! 」
運がなかったぜ、と野太い声を愉快げに震わせながら気軽に肩を叩いてくる腕は、深い青色をしていた。加えてこうも気安く自分に話し掛けてくる存在といえば、思い当たるのは一匹しかいない。
首だけ振り返るとそこにいたのは―― やはりというべきか。
この集落で最も強者
……不意に、肩に置かれていた手に力が籠もっていくのを感じる。
「だがよぉ、明日の『決闘』じゃ負けねぇからな? 彼女の心を射止めるのはこのベコリー様だってことを、忘れるんじゃねぇぞナナシぃ…… 」
生まれ直してより今までの、季節が一巡するかしないかという、時間にしてみればそれほど長くない期間しかこの集落にいなかったはずの俺に対し、いつの間にか事あるごとに突っかかってくるようになったのが、目の前の雄であった。
魔物にとって魔力の多寡はそのまま、力の大小を決定する。
かつての身体と遜色無い魔力を有しているはずでありながら、自分が何故赤肌の子鬼の姿をしているかは未だはっきりとした答えを持たないが、本来色が変じるほどに高い魔力を有する個体と、種族は同じでもそうではない通常種の個体には絶対的な力の差が存在しているのだ。
にも関わらず、目の前の子鬼は何かにつけてはこうして因縁を吹っかけてくる。
この身を得た直後の、肉体的にも精神的にも弱者の中の弱者として在った頃ならいざ知らず、今ではこの集落の中に限れば、かなり抜き出た実力を示せるようになってきた自分だ。
弱者の皮を被ったまま力を隠したりはせず、そう振る舞ったことに後悔などはないのだが、本来であれば青色が赤色に突っかかるなどという、戦士にあるまじき弱い者いじめな光景が頻繁に繰り広げられているというのに、最近ではなかなか間に割って入ってくれる者がいなくなったというのは、なかなかに面倒臭かった。
(惚れた雌がいるならば、ソッチの歓心を得られるように努力すれば良いだろうに。どう思考すれば俺にかかずらうことで、その恋愛が上手くいくなんて思えるのだ? )
豚鼻をブルブルと震わせながら耳元でがなる音がいよいよ煩わしく、もうブン殴ってしまおうかと思い始めた頃になった時、族長を含んだ集団が詰めていたドクロ岩の中から年老いた子鬼が1匹、広場に据えられた高台に姿を見せた。
どうやらようやく、広場に運び込まれて並べられた獲物を検分する『獲物比べ』が終わったらしい。
――そして今夜のメインディッシュは、俺の猪に決まった。
まだ隣にいたベコリーが熊のようなうめき声を挙げて地団駄を踏む。次点の評価を受けながらも露骨に悔しがるその様子は、周囲の者達から明るい笑い声を引き出していた。
その喧しさと、わざとらしく土煙をこちらに舞い上げようとする底意地の悪さには辟易するばかりだったが…… それでもそれが原因でベコリーを嫌悪したり、下等な魔物と見下す要素とは成り得なかった。
元々この台地で生きていたわけではない俺という子鬼は、言ってみれば集落に縁のない身元不明の存在である。それも赤肌でありながら、最弱だった戦闘力を僅かな期間で青肌を超える域まで高めてみせたという不気味さまで備えている。本来であればかつて遠い記憶の中で『彼』に拾われる前に味わっていたような、遠巻きにされた腫れ物扱いをされても不思議はなかった。
しかしベコリーの、古くから集落を守ってきた強戦士があけすけにそんな存在を構う光景が、異分子を集団に受け入れさせる雰囲気を生んでいるように思うのだ。
生まれ変わった世界に、身の置き所がある。
そう思わせる空気を作ってくれた者を嫌うほど、今の自分は追い詰められてはいなかった。
……それでも、鬱陶しく思う時が多いことに変わりはないのだが。
懲りずにプギィプギィとわめくちょっとした恩人の頭を強めにはたき、他より少しだけ高く設けられた檀上へと登った。狩りの成果を族長より称えられ、広場に集まった戦士達からも賞賛の声がちらほらと聞こえてくる。それに妬みの色が含まれていないのは、さしてこの結果に与えられる旨みが無いことを知っているからだろうか。
本番はあくまで明日の『最優の雄』を選ぶ決闘の場。
今夜はその儀へ臨む雄を称える前夜祭に過ぎず、狩りの結果自体に大した意味はなかった。得られるモノと言えばちょっとした名誉と、明日の組み合わせが少しだけ優遇されることくらい。
今日の宴を締め括る場で何かしらの挨拶みたいなものを強いられたことなどは、煩わしいだけの役回りとすら言える。
……そんな益もない事を考えながら壇上を降りると、不意に新鮮な血の匂いが鼻先を漂ってくるのに気付いた。
匂いの先に目を向ければそれは高台の向こう、岩を頭骨の形に削り出した子鬼特有の棲み処の中より生まれたモノであるらしいことが分かる。
大きく開かれた口に相当する入口より覗ける光景が、今まさに大猪の解体が始まったことを告げていた。
子鬼とて、
野を駆ける獣のように、ただ生肉に齧りつくようなことは滅多にしない。血を抜いて皮を剥ぎ、焼いて柔らかくなった肉を楽しむくらいには食を娯楽として楽しむのだ。気の早い連中や幼い子供達などは、持ち寄られた大量の獲物が一気に捌かれることで撒き散らされ始めた、香しい血の匂いに興奮して踊り出さんばかりにハシャぎだしていた。
――ぐぅ、と。
やや籠もった音が俺の下腹部より響く。
誰に聞かれて恥ずかしいわけでもない。しかし日中ずっと猪を追い回した俺自身も、随分な空腹であることを思い出す。肉の焼き方については
あれほど見事な猪肉を、ただ火で炙るだけの焼き料理に燻らせるのは勿体ないのだ。是非とも背の高い茎を持つカブをほどよく焼き、一緒に煮込むことで生まれるコクの深さを教えてやりたい―― と思わなくもなかったが、調理をはじめとする今宵の宴に関する雑務は雌の仕事であった。
いつから始まった伝統かは詳しく知らないが、決闘に臨む戦士達はそれらに関わることを許されていないらしい。
そんなことを繰り返し語って聞かせてきた彼女――ボコナの背中が調理場である岩の入口からチラついて見える以上、自分がその中に混じることは難しいだろう。
ボコナは族長の娘である。
その立場上、若くして雌達を取り纏めることも多い彼女ではあるが、それを除いても調理する後ろ姿から察せられる動作に淀みはない。刃物の扱い一つをとっても、普段から調理に慣れた者の動きなのだということは容易に見て取れる。
そもそも事実として、彼女の腕前は相当なモノであることを俺は知っていた。なのに俺が乱入してしまえば、ただ彼女の不興を買うことにもなりかねない。好みの味を求める機会は、何も今日しか無いという訳ではないのだから、自分の仕事に誇りを持つ者の領分をわざわざ侵す必要もなかった。
ふと周りを見渡せば、御馳走に騒いでいたと思っていた戦士達の半分以上が、岩の向こう側に見え隠れする彼女へと熱の籠もった視線を向けている。
影で「麗しの雌」と雄達に呼ばれる彼女は、生まれついての子鬼達にとってはそれはそれは魅力的な存在であるらしかった。大きな瞳と綺麗な曲線を描いて垂れる耳、ツンと尖った鼻の先。この集落にそれほど長く居ついているわけではない俺にはその差を感じることは出来ないが、ある戦士曰く、最近ふっくらとした臀部の丸みに色気を感じてならないらしい。
……今その戦士はどこかに頭でも打ちつけたのか、目を回して気を失っている様子ではあったが、もし意識があったならばボコナの後ろ姿を見て、品性を獣のソレまで下げ果たした顔で褒め称えていたことだろう。
子鬼の美醜を語るには難しい身の上ではあるが、彼女こそが今回の『最優の雄』の儀に辺り、最も望まれる「褒賞」たる存在であることは公然の事実であった。
――しかし、彼女がいることで調理に参加出来ないというのであれば、宴が始まるまでに持て余す時間をどうやって潰すべきか。
適当にベコリーとでも棍棒を打ち合わせようかとも思ったが、彼は依然として地面に寝転んだままである。宴が始まる頃には勝手に起きるとは思うが、その時近くにいて再び騒がれても厄介でしかない以上、ここは放置した方が得策だろう。
気の良い雄であり、仲間達の信望も厚い彼が気持ちよく眠っているのに、わざわざ起こそうとする戦士はいなかった。皆、食事が始まるまでの穏やかな時間を大切にしたいのだ。
(……ならば、あそこか )
視線を向けた先にあるのは広場にほど近い場所に存在する、人族が作ったと思われる建築物があった。今は人の影が台地より消え、自分がこの地に生まれ直した時は既に廃墟として放置されるがままとなっているが、建築材に石材を多く用いられたその建物は未だその形の大部分を保っていた。
ハッキリ言って、その建物に良い思い入れはない。
近くに寄るだけで、かつてそこで思い知らされた絶望が否応なく込み上げてくるのだ。むしろ普段は、意識して避けるような場所ですらあった。
……それでも明日に『最優の雄』を決める戦いを控えたこの時だからこそ、もう一度あの建物から見渡せる景色を前に、これからの指針を再確認しておかなければならない気もするのだ。
『最優の雄』となった者には栄誉の他に、望むモノを得られる権利が与えられる。
それはたった1つに絞られるが、許される範囲はとても幅広くもあった。かつてその栄誉を勝ち取った歴代の雄達が手にした「賞品」の雑多さが、その証と言えるだろう。
それは「族長の座」だったり、あるいは「美しい雌」だったり…… 叶えられた中で1番多かったという願いが「優れた武具」であったらしいことは、戦士なら誰もが肯定する「強い者が正義」という信条を考えれば当然かもしれない。
今回の場に彼女を望む声が多いのは、「次期族長の座」と「最も美しい雌」を両方とも得られるからと考える雄が大勢いるからだろう。
そして俺もまた、そんな褒賞目当てに『最優の雄』に参加するのである。
もっとも、目当ては彼女ではない。
子鬼達がいくつか所有する宝物。その中の1つを穏便に得るための手段として、俺は今回の決闘に参加することを決めていた。
ただ、あの時以来足を踏み入れることのなかったあの場所に、今改めて行こうとしているのは気紛れ以上の動機はなくとも、しかし行くだけの意味はあるように思えた。
――もう一度確かめたかったのだ。
再び廃墟の上から台地の外の景色を眺めた時、人族達が建てた城を覆う「魔王の影」を目に入れて、あの時よぎった自分の考えが変わらないかどうかを。
初プレイ時、呑気に野山を走っていると、瓦礫の教会周辺でおもむろに『時の神殿跡』と現在地名称を示すテロップが画面左下に浮かんできて「!?」ってなった思い出。
※青肌の子鬼『ベコリー』=青ボコブリンその1
初めは名前系統をリト族に習って「豚の部位」とかにしようかと思いましたが、それだと結構かぶるので「品種」をもじっています。
元ネタは生ハムの王様として知られるイベリコ豚。いつか「ベジョータ」のソレを食べてみたいなぁ。
※麗しの雌『ボコナ』=赤ボコブリンその1
ボコブリンとエポナの悪魔合体ネーム。
パッチリおめめと綺麗な曲線の耳が、雄の視線を捉えて離さない。