回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 ナナシ「飴色に炒めたマックスラディッシュの付け合せは、ケモノ肉にコクを与える!」
 



怨念の渦から垂れる腕

 

   *   *   *

 

 

 猪の肉をふんだんに使ったきのこのシチュー、根菜を薄切りにした肉で包んだ焼き物。塩をまぶして香草を添えた川魚の姿焼き――

 

 族長の、父の宣言の後に始まった宴が、騒がしくも楽しげに催されている。

 戦士達が狩ってきてくれた獲物が、今日の宴を飾るメインディッシュだ。そしてその中には、私の作った料理も次々と饗されている。狩りの慰労と明日の無事を願って真心を込めた自信作が、雄達に舌鼓(したづづみ)をもって喜んで貰えている様子は、正直に嬉しいものだった。

 

 ……もちろんそこに"彼"の姿があれば、それはなお心満たされる光景だったはずなのだが。

 

 

 「なんっで! ナナシがいないのよっ! 」

 

 戦士が全員集まり、それを観覧する集落の魔物達を丸々収められるように設営された広場であるが、それでも目当ての存在を探すことに難儀するほど広いわけではない。一段高くなった場所から会場を見渡してみれば、この場に二本角の赤鬼がいないことはさして時間を掛けずとも分かることであった。

 

 料理をしながらも時々広場の様子に気を配っていた時には、確かにそこには"彼"の姿があった。そんな彼の横にはベコリーがいつも通りに絡んでいたので、宴が始まってからもそんな目立つ青鬼の隣には、今も"彼"がいるのだろうと思い込んでいたのだ。

 ……そんな訳で広場を見渡した時にはたまたま、何かの影に隠れた"彼"を見落としてしまったのかもしれないと思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。

 

 集落の老人達と話し始めた父と別れ、その目印となるべき青色の場所へようやくやってきたというのに、その周りには肝心の"彼"はいなかった。

 ただただベコリーだけが、私の手料理を旨そうに貪っていたのである。

 その光景は、年下の雌達をそれとなく誘導してわざわざ配膳させた私の乙女心を、逆撫でして余りあった。 ……それはアンタの為に作った串焼きじゃないんだけど!

 

 「ちょっと聞いてるの!? ベコリー、あんたコラぁ! 」

 

 こちらの顔を見た途端、嬉しそうに手を振ってくる馬鹿。

 その能天気な笑顔にイラッとしながらも落ち着いて聞いてみれば、なんとこの青鬼、食事の喧騒が聞こえる前までの間気絶していたらしい。十中八九、犯人は"彼"だろう。

 最近では恒例となりつつあるじゃれ合いの延長なのだろうが、この集落有数の戦士は"彼"を追うよりも、目に前に用意された食事を食べることを優先させたのだとういう。

 

 ――いつもは鬱陶しいくらいに"彼"へ絡んでいるくせに、私がそれを頼って会いに来た時に限ってそうしていないなんて、役立たずにも程があるんじゃないの? 誰の断りがあって私の渾身の料理を貪っているのよ…… しばいてやろうかしら?

 

 ペースを抑えさせようと私がそれを作ったのだと言ったら、なおのこと嬉しそうに食事の手を早めたのはどういうことなのか。

 最早呑み込んでいるのかと思えるスピードで、"彼"の為に作った料理がどんどん消えていく。

 きっと良い嫁になるぜ、とかなんとかのたまっているその姿が、今はとても腹立たしくてならなかった。

 

 

 ……肉を敷いていた草皿や汁物で満たされていた石の器が、馬鹿の周辺に空となって転がる面積がどんどん増えていく。この辺りの料理を残らず食べ尽くそうとでも言うのだろうか。

 私からすれば傍迷惑千万な決意を感じさせる様子に、とうとう拳を固めることを決意した時、私の後ろから声を掛けてきた者がいた。

 

 「ナナシなら宴が始まる前に、あっちの方へ歩いていくのを見ましたよ? 」

 

 振り向いてみるとそこにいたのは、今日の狩りで"彼"に助けられたという1本角の赤鬼だった。その雄が指し示した方角には―― あの"廃墟"がある。

 

 初めて出会った時以来、"彼"があそこに寄りつこうとしなくなったのは知っている。けれど明日の儀式を迎える今日という日にわざわざ宴の輪を離れた"彼"が、あの方角に行ったというのなら…… やはり向かった先は、あの建物しか考えられなかった。

 

 ――もし"彼"があの時と同じようにあそこにいるのなら、こんな馬鹿に関わっている場合じゃないのかもしれない。

 

 行先を教えてくれた赤鬼へ簡単に礼を返した後、まだ草皿に残っていた心臓の肉を用いて作った焼き物をいくつか香草で包んだ上で引っ掴む。特にそうだと言われたことはないが、この肉の部位を密かに好んでいることは知っていた。

 

 「……ちょっと急いだ方が良いのかな? 」

 

 明日は俺の応援を云々などと言っている青鬼を放置し、努めて何でもない風を装いながらついてくるヤツがいないのを確かめつつ、私は"彼"がいるはずの廃墟へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 

 

 闇の中を、赤黒く明滅するモノが弾けては消えていく。

 気泡のようであり、膿みきった水ぶくれのようでもあるそれは、この空間における唯一の変化するモノ。

 ……そしてそれ以外は視界の及ぶ限りどこを探しても何もない、奥行きすら漫然とした虚無の暗闇が広がっていた。

 

 自身が死ぬ前―― 峡谷から立ち去る"剣"の背中は覚えている―― に感じていた完全な闇の中よりは、時折弾けて汚れた光を周囲に瞬かせる泡があるだけ少しはマシな空間であるようだったが、それでも出来ることは少なかった。

 

 ――グジュリ

 ――グジュル……グジュル

 

 光を感じるということは目は見えているのだろう。粘性を持つ何かが耳元を這い回るような音は不快ではあるが、聞こえる以上は耳にも以上は無いように思えた。

 ……ただやはりというべきか、それ以外の五感は全くもって朧であった。

 盛大に吐いた血の味が残るはずの味覚もなければ、鉄の匂いを感じる嗅覚もない。首を巡らしたり手足を動かそうとしても、それを行っていると感じるだけの感覚も失われたまま。

 この空間にいることを自覚してからというもの、確かに己が【ライネル】であるという自意識は認識出来ているというのに、「見る」「聞く」「考える」の3つ以外に選べそうな行動の選択肢はなかったのである。

 

 ――プチャ、ズリ

 

 ……耳元を這いずる何かが、少し空気を含んで弾ける音だけが辺りに響き、赤黒い点滅光を散らした暗闇がどこまでも広がっている異常な光景である。しかし同じような体験を連続して味合わせられている現状、これも「あの時」のようにあまり長時間は続かないのだろうとぼんやり考えてしまえる程度には、多少の思考の余裕めいたものを抱くことは出来ていた。

 

 ――グチュリ

 

 既に失ったはずの命の行方を心配する意味も無いがために、揺蕩(たゆた)うがままに考えることはただただ、この空間を自覚する前に目に焼き付けた最後の光景―― "剣"、いや【厄災】に関わることばかりであった。

 

 そうだ。

 結局、己では【厄災】を討ち果たすことは叶わなかった。

 

 あれだけの精鋭、部族を代表するような戦士達を集めておきながら、その命を無為に散らせるだけで終わらせてしまった。それぞれの集落の防衛を担うはずだった大事な戦力を強引に抽出されたまま補填されず、結局最大の脅威を取り除けなかった事実は今後、彼らの故郷に大きな影を落とすだろう。

 その原因を作り出したのは、間違いなく俺なのだ。

 

 ……そして『彼』は無事なのか?

 南西で行われたはずの戦争に、【賢者】が後背からの奇襲ではなく俺の勢力を糾合させることを優先させていた以上、恐らく彼の勢力単独では勝ち得ない戦場だったことは想像に難くない。

 仮に戦いに負け、それでも戦場を生き延びてくれていたとしても、最早人魔の勢力を挽回させるだけの戦力は、もうこの大陸に残っていないだろう。彼が率いた勢力を除く有力な戦士達は皆、俺と共に【厄災】の"剣"に滅ぼされてしまったのだ。

 もし一つ目や大岩の巨人、砂の巨大魚などを巻き返しの戦力に当てたところで、そもそもアレらは単体では身体の大きさを除き、特殊な技能や魔力を活かした戦い方を知らない、同族よりも劣る力しか持たない存在である。意思の疎通も満足に出来ないとあっては、その生息地に何とか人共を誘い込めたとしても結局は人の数に押し潰されるか、【厄災】に準ずる強者達の手によって討伐されることになるだろう。

 

 俺が【厄災】に負けた―― この時点で、どう考えても『彼』が魔物の劣勢を覆す手段は無いに等しいのだ。

 

 生き延びるには何もかも投げ捨てて隠遁するしかないのだが、『彼』はそうすることを良しとしないはずだった。かつての【ライネル】であり今の【賢者】はあまりに細い勝機に賭けて、老い先短い命を燃やすのだろう。

  ……せめて魔王の復活を待ち、それと合わせて行動を起こしてくれれば良いのだが。

 

 ――グチュリ

 

 いや、そもそも。

 何より達成しなければならなかった大目標は、魔王の復活を助け、人族による再封印を阻止することにあった。

 俺以上の兵力を抱えていたはずの『彼』が単独では敗北を予見していた戦場にも、"剣"に迫るほどの戦力が揃っていたのかもしれない…… 四体の巨大兵器はなくとも最悪、蛸の魔物を模した自動兵器が複数戦場に投入されていれば、『彼』の軍団を構成する大部分の魔物は太刀打ち出来ないだろう。

 そしてその通りであったならば――

 "人"はかつて古代に謳われた、魔王を退けるための「2つの力」を補佐するべく造られた、巨大兵器と自動兵器を今の時代に揃えてみせた、ということになる。

 

 かつて魔王が復活した時代の【ライネル】がどうしたのかは不明だが、少なくとも当代の【ライネル】である俺は、封印から解放される魔王を再びその檻に閉じ込めようとする力の片割れたる【厄災】を事前に取り除くという初期の段階すら、数多の魔物を率いながらも諸共に返り討ちにあうことで失敗してしまった。

 

 魔王の魔力で大陸を満たし、魔物にあまねく加護の力をもたらすべく努めるはずだった【ライネル】が多くの魔物と共に失われた状況下で、人共には封印の要たる"剣"と、【厄災】の同行者が関わっていると思われる"何か"。そしてそれを補助する巨大兵器と自動兵器が揃ってしまっているかもしれないのだ。

 

 もし自分が想像している戦力が相手に揃っており、更にその先を想像するならば……

 

 魔王が単独で、かつて自身を封印した力の集まりと再び対峙するという―― 歴史が示す敗北の未来が透けて見えるような、絶望的な場面が訪れる公算が大きいと言わざるを得ない。

 それはつまり。

 魔王が永い封印を強いられた『大厄災』が、再び再現される可能性が高いということである。

 

 これから、自分の愛した魔物の世界はどうなってしまうのか?

 今度こそ、魔物という魔物は人によって殺し尽くされるのではないか?

 俺は『彼』から引き継いだ【ライネル】の称号に込められた願いを、まるで果たすことは出来なかったのではないか?

 

 ……そうしてなんの力にも成れなかった己を責め、内側に塞ぎ込もうとする意識の片隅で。

 

 

 ――グチ。グプ、ブチュ! ……ナノカ?

 ――ブチャ ……ムボウナ……

 

 泡の弾ける音に紛れて、僅かに意味の繋がる言葉の羅列を聴いたような気がした。

 

 繰り返される似たような光景の中で、無害だろうと放ってから何ら注意を払わなくなった泡の1つ1つから、断続的に響いていた音。それがいつの間にか、濁音や半濁音混じりの合唱を混じえていた。

 

 視線を向ければそこにあるのは最早泡などではなかった。

 赤黒く点滅し、何かしらの粘液に漬けられたようにぬめった光を照らすソレは―― 縦に裂かれた子鬼の右半身のようだった。

 

 そう一度認識してみれば、いつからそうだったのか。

 いつのまにか自分の周りには、夥しい数の影が浮かんでいた。

 首だけとなった大鬼、腹に大きな穴を開けた子鬼、胸板を胸骨ごと大きく裂かれた同族―― 泡が弾ける音と共に、そうした間違いなく生きてはいないと思える死体達が次々に生まれていく。

 

 そしてそんな死体達は俺を見ながら、次々と口を開いたのである。

 一つ一つ言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で。

 ……その視線と言葉には、ありったけの怨嗟が込められていた。

 

 ――何故、あんなバケモノとの戦いに俺達を巻き込んだのだ

 ――家族に会いたい

 ――【ライネル】なら勝てるのではなかったのか

 ――俺達の命を根こそぎ付き込んで、得られた成果はたった一筋のかすり傷だった

 ――集落には、もう戦士はいない。子供が襲われても、俺は守れない

 ――無謀過ぎた

 ――そもそもアレに戦いを挑んだことが間違いだったんだ

 ――これからどうなるんだ

 ――どうして放っておいてくれなかったんだ

 ――あんた【ライネル】なんだろう! なんで死んでるんだよ!

 ――帰りたい帰りたい帰りたい

 ――もう魔王は封印され、俺達魔物も滅ぶんだろうか

 

 恨み言を言い切るたび、身体をぐずぐずの泥に変えて消えていく骸。それが入れ替わり俺の前に立ち、俺への怨念を叩き付けてくる。

 この死体達が果たして、俺の罪の意識から来るただの影に過ぎないのか。それとも俺が戦場へ連れ出した戦士達の魂そのものなのか…… その真偽を見分ける手段などはない。

 ……それでもこの突然始まった断罪の光景に対して、困惑と共にぶつけられる悪意を正しいモノだと受け止めている自分がいた。

 

 (……あぁ、俺は本当に不甲斐ない【ライネル】だったのだな……)

 

 無能の【ライネル】、役立たずの勇者。

 そう繰り返し(なじ)られることは、今の俺に対して相応しい評価なのだろうと。

 この空間が死後の世界だとして、今亡者に囲まれているというのであれば、こんな風に責められるのも当たり前なのだろうな、という妙な安心感と共に納得してしまったのだ。

 

 

 重なる罵倒の声が響き、怨念の感情だけがひたすらに渦巻く空間の中で。

 耳元を這いずる何かの音は、まだ小さく鳴り続いていた。

 

 

   *   *   *

 

 

 ――グチュリ

 

 ――グチュリ

 

 

 ――グチュリ

 

 

 

 ――グチュリ

 

 

 

 

 ――グチュリ

 

 

 

 

 

 ……あれから、どれだけの刻が過ぎたのだろう。

 

 泡立つ音と共に湧き上がる死者の群れの勢いが弱まる様子もないままに、心を抉り誇りを踏みにじる怨念と悪意が満ちた空間は一向に閉じることが無かった。

 

 その間ずっと「見る」「聞く」「考える」――これ以外の行動を採れないままに過ごしてきた自分にとって、ほとんど唯一の刺激であった罵倒の声は、自我を保つ上で欠かせない存在とすらなっていた。

 

 ……日常的に注がれる悪感情を受け止め続けてきた時間は、もうどれだけ積み重ねてきたのかは分からない。そしていつしか累積する悪意の降り積もりは、俺が自らの芯に心得ていたはずの勇者の矜持を蝕んでいた。

 最初こそ神妙に聞き入っていた彼らの憎悪であるが、それも体感的に十数年を超える月日を刻んで続けられれば、言い返したい気持ちが沸いてくる時もあった。

 戦士として戦場で果てておきながら、女々しく恨み言を残すな。アレほどのふざけた強さを"剣"が持っているなど予想出来るか。俺一人に押し付ける前に、少しでもお前たちが削っていれば結果も違っていたかもしれないではないか! ふざけるな! と。

 

 謂れのない戦場に引き込まれてしまったに過ぎない彼らなのだ。その犠牲者に対して敗れた【ライネル】が恨み言を返すのが間違っているのは分かっている。けれどこの空間に充満し続ける汚泥めいたモノが、俺の心に鬱屈とした不純物を注ぎ続けていたのだった。

 

 ――そうして濁っていく己を感じ始めていた頃。

 

 明滅する光と泡から生まれる影達の向こうから、腕のような何かがこちらへ這うように伸びてくるのを、意識の端で感じたのである。

 それは細く、どこまでも長い。その根元にあるはずの体は見当たらず、節くれだった腕はどこか節足動物のような無機質さを漂わせていた。

 周囲の景色に馴染むような闇色のソレが、俺の意識を撫でるように漂うたび、言いようもない不快さが背筋を走る。これはどうしようもなく不吉なモノだと直感できた。

 この手を掴んでしまったら何が己の身に降りかかるのか。恐らくそれは、災いに違いないのだろう。

 今度こそこの意識が、何の余地もなく消え去るのか。それともここよりなお悪意に満ちた、地獄の底へと引きずり込まれるのか……

 

 ――だがしかし。

 このなんら変化のない、誇りを嬲られ続けるだけの空間にこれ以上居続けて、己をあとどれだけ保つことが出来るのだろうか。罵倒でもいい、密かに期待していた『彼』の影すら現れないこの場所を、この手を掴むことでもし離れることが叶うというのであれば……

 

 

 

 やがて伸ばされたままになっている不気味な手に救いを求めた俺は、意識の中でその腕を『掴んだ』。

 

 掴み返され、怨念と憎悪の渦の中から勢いよく引き上げられる感覚。

 ……しかしその手は、やはり泥の塊を掴んだような不快さに満ちていた。

 

 

 






 大変遅れました。

 GW、キャンプに行きまして。BotWで雄大な自然を!とか言いながら、実際に見る星空や緑というものはやはり良いモノですね。皆も書を捨て外へ出よう!

 ……帰ってみれば筋肉痛と虫刺されに不満を漏らし、やっぱりネット小説読んでた方が楽だわ!と実感できます。
 
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