回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 【ライネル】の昔話公開。
 あまりの厄っぷりにボコナさん、可哀想な子鬼の世話を丸投げされる。



麗しき雌の回顧 ~それから、今夜まで~

   * * * * *

 

 

 ――料理が零れ落ちない程度に気を付けながら、早足で駆けることしばらく。私は道中の間も梢の切れ間からチラチラと覗いていた、廃墟の足元へと到着していた。

 

 見上げる塔頂部の一画から、誰かがそこにいる気配も察することが出来る。

 余程暇を持て余した者が紛れ込んだのでもなければ、そこにいるのはまず間違いなく「彼」だろう。ここに生活している子鬼にとって、所詮この建物の残骸はヒトの名残が残る廃墟でしかないのだから。

 

 けれどその頂上付近にかろうじて残された、部屋と呼べなくもない小さな一画―― 【下界】を一望出来るほどの大穴が無惨に開けられた野晒しの小さな空間に、あの彼はひどく魅了されてしまっているのであった。

 集落に住む者達にとって日々必要な、生活をするために求められる義務を片付けた後ではあったが、彼は時々ふらりと廃墟に登り、何をすることもなく【下界】を眺める習慣を持つようになっていた。今も変わらず続くこの趣味が、まともに脚が動くようになったばかりの最初期からも時々行われていた奇行であったことを鑑みるに、恐らくはただ何となく眺めが気に入ったから、などと言う理由ではないはずである。

 ……そんな彼を除いて、この廃墟を好き好んで登る者はいない。

 

 だから。

 この塔を登れば、そこに彼はいるのだ。

 

 ……集落を離れて彼と二人きりで会うこの状況を狙った訳ではないのだが、意図せず訪れたこの機会に、獣道を駆けて来たことで汗をにじませ、息を弾ませた姿のまま臨むのは何となく躊躇われた。

 族長の娘としての身だしなみ云々…… とりあえず、ある程度は整えてからでも良いだろう。どうせ待ち合わせた訳でも、一刻を争う緊急事態という訳でもないのだし。

 

 足を止め、腰を下ろして背中を廃墟の石壁に預ける。

 夜の気温に冷やされた石壁から伝わってくる冷気は背中に心地よく、顔に(にじ)んでいた汗が引っ込んでいく。

 ……この冷たさがあまりに気持ち良いから、私はもう少しだけ休もうと思ったのだ。

 

 別に、そう別に。

 この後に彼と顔を突き合わせる時。汗の浮いた顔では恥ずかしいから、という理由ではない。

 

 

 

 ――後ろ頭を石壁にくっつけたまま、周囲を何となく眺める。

 特別何かを探していなかった視界には、やはりいつか見回した時と同じく、何も目新しいモノが映ることはなかった。廃墟はあの時彼と初めて出会った夜と変わらない趣きのままに、その朽ちた姿を柔らかい月下のもとに晒しているだけだった。

 

 私が生まれた時から今までも、変わらず存在するこの建物。

 当然僅か1年でそうそう風情が変わるはずもないのだが…… あの日から始まった彼と過ごしてきた日々が余りにも充実したモノだったせいなのだろうか。それとも今も記憶に残る、眼を離せば儚く消えてしまえそうなほどにか弱く見えた、1匹の雄の背中を見守った場所であるせいなのか。

 

 1年を通して大きく揺さぶられ続けた私の感情に比べ、何も変わっていないその風景からは、大自然の悠久さと言うよりもどこか、現世と切り離され取り残された侘しさのようなモノを強く感じていた。

 

 (……そう。ここから彼を集落に連れ帰ったあの時から、もう1年になるのよね )

 

 1年。

 過ぎる日を指折り数える習慣があったわけではない。

 しかしその時の流れを意識してしまう程には、彼が私にもたらした影響は小さくなかった。

 

 

 

 「さて、と…… そろそろ行きましょうか 」

 

 既に汗は乾き、呼吸も完全に落ち着いていた。

 料理を入れた器を腰掛けていた小岩の上に降ろし、廃墟の上層から垂らされた縄に手を掛ける―― わざわざ落ち着かせた息を再び乱しかねない壁登り。効率だけで言えば、これは省いて当然な余分の行為でもあった。

 

 このまま地上から大声で呼べば、彼はちゃんと私の声に気付いてくれるだろう。戦士らしからない気遣いを結構働かせる性分の彼ならば、私の手を煩わせようとせず、ここまで降りてきてもくれるはずだ。

 あるいはこのまま、この場所で待っているという手もある。彼が廃墟の上層から【下界】を眺める『趣味』は、それほど長い時間に及ぶものではないことは知っていた。

 私が気付いて追い掛ける前から宴を抜け出し、この場に来ていた彼なのだ。恐らくはそれほど長い時を置かずして、私が待っている地上へと降りてくることになっていただろう。

 

 その後にでもゆっくりと、食事を手渡してやっても良かったのだ。

 実際これまであった同じような状況の時には、そうやって彼が降りてくるのをぼんやり待っていたことの方が多い。日々変化の無い【下界】をいくら眺めても、そこに何ら思い入れのない私の胸に期するモノなど、何もなかったのだから。

 

 けれど今夜は違った。

 この1年間、変わることのなかったはずの景色を今も眺めているだろう彼が見ているモノを、今夜だけは一緒に見ておきたかった。

 ……多分その景色を一緒に眺められる機会がもう幾らも残っていないのだろうと、半ば確信してしまえていたのだから。

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 ――父から正体不明の子鬼に関する一切を丸投げされた夜が明けた朝。

 

 恐らく広場に行けば宴を越した朝特有の気怠げな雰囲気が、集落を包んでいることが感じ取れるのだろうか。不貞寝から起き出した私の頭は、普段より長く寝込んでしまったせいか、ぼんやりとそんなどうでもいいことを考えていた。

 ……それはもしかしたら現実逃避であったのかもしれない。

 関係の無い日常の一コマを何となく夢想する程度には、起き抜けの私が晒された空気はひどく不可解で、とにかく異常に思えたのだった。

 

 

 何故なら家の前に、昨夜出会ったばかりの「正体不明の子鬼()」がいて。

 つい昨夜までは絶望のままに生気の一切を失い、生きる屍の如く抜け殻と化していたはずの子鬼が、眼に尋常ではない気力を漲らせた様子で、折り目正しく頭を下げてきたのだから。

 

 

 「昨夜は醜態を晒して申し訳ない、族長の娘よ。 どこの馬の骨かも知れない胡乱(うろん)な存在であった俺を保護してくれて、改めて感謝する 」

 

 

 未だ慣れていないのだろう。

 小さく揺れる足を踏ん張りながら、それでも下げられる頭には珍しい2本の角が見て取れる。

 纏う雰囲気が全くの別人であったがために最初は()()()()と結び付かなかったのだが……頭に2本角を生やした子鬼など、それこそ昨夜の彼以外に見たことは無かったために、目の前の存在がそうであると認めない訳にはいかなかった。

 

 立った姿勢のまま下げられた頭をやがて上げた彼の口から紡がれた内容は、理路整然と昨夜の出来事が現実であったことを伝えてくる。混乱を残す私の頭にも容易く呑み込ませられる語り口は明瞭で、そこからは昨日、悄然(しょうぜん)とし切っていたはずの彼の影を見出すことは不可能であった。

 

 

 「俺の名は…… 森で名乗った名はもう、俺が掲げることは許されないんだ。呼ぶには不便だろうから、俺のことは今後『名無し』とでも呼んで欲しい 」

 

 

 思考、あるいは感情の"慣性"―― とでも言えばいいのだろうか。

 たった一晩前までは確かに溺れていた絶望が、彼にはあったはずなのだ。しかしそれを振り切り、傍目には決して引き摺っているようには思えない様子でここに立っている彼は、ともすれば全てが演技だったのかと疑えてしまえそうであったはずなのに、一転して感じさせる強い意志のようなモノによって、後ろ暗い何かを匂わせていなかった。

 

 聞けば私がどういう目的でもって、何を望んで彼を助けて集落に連れ帰ったかという意図の説明は、早朝族長から説明があったらしい。

 

 口では私に全てを押し付けておいて、それでも父は最低限の長としての役割だけは果たしていたということだろう。だからか助けられた返礼として、昨日断片的に語った自身の来歴に加え、『祝福』に関するいくつかの意見や考察を、彼は自分の視点に沿って私に語ることを確約してくれた。

 

 ……しかし、彼との会話の端々から伺える知性の高さ。

 とてもこの集落に生きる若い雄に太刀打ち出来るモノではなかった。老成した長老達と比べてようやく匹敵、あるいはもしかすると上回っているのではないだろうかと思わせるほどの深みを感じるのである。もし初めて彼と出会った時、こうして落ち着いた状態で会話することが叶っていたのなら、年若い見た目との乖離(かいり)っぷりが際立っていただろう。

 ……初対面がそれならそんな違和感が、彼が時空を超えた回生者だという主張に信憑性を高めたかもしれないが、まず何より不気味さが先行していたはずだ。

 であれば『祝福』を知る重要な足掛かりとはいえ、そんな存在を集落まで連れ帰るのは、流石に私でも躊躇していたに違いない。

 

 角から足の指の先まで完全に正体不明の子鬼でありながら、放っておけず集落に連れ帰ろうと思ったのは―― あの廃墟で見た彼の背中が余りに心細く、打ち拉がれた迷子のように儚く見えたこともまた、無関係ではなかったのだから。

 

 

 「族長殿からは、この集落で生活する気があるのなら何かしら働いて貢献しろと言われた。かつての俺は戦士として生きていたため、身体を動かして糧を得る方が性に合っているとは思うのだが、どうにも2本の足で動くことにまだ不慣れでな…… 慣れるにはまだ時間が掛かりそうなのだ 」

 

 「ついては当面の間、族長の娘殿が関わっている仕事を分けて頂き、それを手伝わせて貰えないかと。ある程度、頭を働かせて動くことも出来なくはないつもりだ。 出来るだけ早く身体の動かし方を覚えて自活したいとは考えているので、どうか力添えを願えないだろうか族長の娘殿……? 」

 

 

 きっと短くない期間塞ぎ込むだろうと考えていたところ、こんなにも早期に意思疎通出来るようになったのは素直に喜ばしいことだ。そして昨日の狂態を振り返って負い目に思ってくれたのかは知らないが、私の仕事に協力してくれるというのも素晴らしい。助けた者が真っ当な感性をした雄であったのだろうという要素は、性格や品位を良く知らないままに余所者を招き入れた私にとっても嬉しい話だ。

 

 ……だがまぁ、アレだ。

 確かに生まれ直したばかりのあの時、突然の環境変化に混乱していた彼に覚えていろというのは酷かもしれない。だがその後にベコリーや父から何度も呼ばれ、私がそう呼ばれていることは知っているはずである。それでもなお記憶の端にすら引っ掛からないほど、私の印象は薄いとでも言うのだろうか。

 私は一度きりだった彼の名乗りをしっかりと聞き、今も覚えているというのに。

 

 

 「昨日私にずっと肩を貸してくれた、ベコリー殿にも礼を言わねばならないな。彼はまだ寝ているようだが―― 」

 

 「――なんっでベコリーの名前は出てきて、私は『族長の娘殿』なのよ!! 私の名前はボコナだって、ちゃんと森で名乗ってあげたでしょう!? このバーカ!! 」

 

 

 思わず突き出した腕には、何とも言えない力が籠もっていた。

 正面から肩を強く押された目の前の彼は、踏ん張ることに失敗して無様に尻餅をつき、まるで昨夜の光景の焼き直しのように転がった。

 それを見ているだけの私が愉快げに笑うことなく、あからさまに不機嫌を前面に押し出し、鼻を鳴らしていることのみは昨日とは違ったが。

 

 ――会話の中、昨日と打って変わった精悍な顔つきを浮かべた雄の視線が、多くの若い雄達のように身体を這うことなく、ひたすらまっすぐ自分の眼に向けられていたことだけが少しむず(かゆ)かった。

 

 

 「雌の細腕に押されただけで転がるなんて、自称最強の魔物の名が泣くわよ! 小っちゃい子達が習う踊りの一つでも教えてあげるから、しっかり勉強することねっ! 」

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 ――あれから、彼との時間は始まったのだ。

 

 彼に身体の動かし方を習わせ、代わりに『祝福』を受ける前に生きた彼の半生を聞いて過ごす日々。やがて彼が子鬼の身体に習熟した頃には、初めこそ話半分に聞いていた彼の昔話は作り話にしては有り得ない整合性と密度を重ねるようになっていた。

 

 ……そしてそれを虚偽ではなく、真に事実を語っているに過ぎなかったと信じられるようになったのは多分、あの日の出来事が切っ掛けだった。

 

 長年の間私達の生活圏を荒らし続け、とうとう集落にまで入り込んできたあの巨大熊。

 多くの実績ある勇敢な戦士達が、次々とその爪と牙の前に血を流して倒れていく中、誰よりも高く跳ね、その額へと棍棒を打ち込んでみせた彼の背中。

 気絶して崩れ落ちたその熊との間に立ち、私を庇って油断なく立ちはだかるその姿から、私は確かに、彼が語った誇りが真実であると信じることが出来たのだ。

 

 (――そんな彼を認めたからこそ、その考えを改めさせることは、きっと間違っているのよね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、やっぱり考えは変わらない? ――ライネル?」 

 

 這い上った廃墟。崩壊した部屋の一画で。

 

 問い掛けた背中は、あの日に増して逞しくなっていた。

 その背中越しに覗ける【下界】には、相も変わらず広がる大自然の中、淀んだ大魔力を揺蕩(たゆた)わせるヒトの建造物が遠目にポツン、と存在している。

 

 私だけが知っている彼の称号。

 2人だけの時にしか呼ばない名前。

 誰よりも彼に相応しいと…… 私が信じてる彼を指す言葉。

 

 ……呼ばれたくない名前で呼ばれたことで、振り返った彼の顔は(しか)められて歪んでいる。それでもその顔は集落にいるどんな屈強な雄よりも精悍で、理知的で―― 強く強く律せられた意志を宿しているように、私には見えるのだった。

 

 「その名前で俺を呼ばないでくれと、何度も言っているだろうに…… あぁ。俺の考えは変わらないとも、ボコナ 」

 

 段々と集落の皆と過ごす交流を減らし、意図的に広場では聞こえることが少なくなった彼の声が、他者のいない静かな空間に小さく響く。

 低音にややかすれて堅苦しく、けれど聴き取りやすいハッキリとした口調。聞く者に安心感を抱かせるこの声と語る時間は私にとって好ましいモノであったが、今その口から紡がれようとしている音は、出来ることならば聞きたくはない内容を意味することになるのだろうなと、私には分かっていた。

 

 あの最初に迎えた朝の時点にはもう固められていたという彼の決心こそが、今の彼を支えていることは既に知っている。そしてそんな意志が成している背中にこそ、私は憧れたのだ。

 今更それを翻意させることは、私の中のライネルを否定することに他ならない…… それでも彼を引き留めたい心が繰り返し零す言葉を、止めることは出来なかった。

 

 ――だからこれまでと同じように、私は密やかに覚悟を重ねる。

 溢れた感情を彼に叩き付けて困らせることがないように。

 最後の時まで、笑顔で彼と言葉を交わせるように。

 

 

 「俺は明日、『最優の雄』の名誉と族長殿に願いを請える権利を勝ち取る。それを使ってあの『凧』を手に入れ……【下界】に行くつもりだ 」

 

 

 




・原作をプレイ済みの方にとって『凧』といえば、ピンとくるものがあると思われます。
 使われている技術はともかくとして構成としてはすごく簡単なアレは、王家に伝わる1点モノではなく、それなりに普及していた道具なのではないかと私は思っています。
 (じゃないと100年後の世界でミニゲームの『鳥人間チャレンジ』みたいな考えを起こす発想の土壌も、生まれにくいんじゃないかなと)


・歴代ゼルダの伝説式ラブストーリーの流れ
 ①不幸に襲われる♀!
 ②颯爽と解決する♂!
 ③♂を片思い気味に想う♀! ……けれど敵や友ばかり夢中の♂!!

 特に今回の原作、かつての仲間や見知った人達が皆が皆、最後に「姫様のことを考えてあげて下さい」と一言加えて消えていくことに、笑えばいいのか嘆けばいいのか。記憶を失ったリンクに呼び掛ける演出なんでしょうけど、自由を宣伝文句にした作品ながらも姫と添い遂げさせることだけは強制させるハイラル王国の闇……!
 (ゲルド族長のルージュに追加ストーリーをもたらすDLCが切実に求められる。具体的にはマスターバイク零式にサイドカーつけてツーリングとかしたい。超したい )

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