回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

ボコナ回想編終了。
今話からようやく【ライネル】視点に戻って現代の時間が進みます。




ボコブリン・ダンス!

   *   *   *

 

 

 俺の監督と、恐らくは当面の監視を兼ねているのだろう族長の娘ボコナが、先程まで一定の調子で振り回していた手足を休ませている。

 やや得意げな表情でコチラの反応を伺っているのは、あの妙な振り付けの動きが余程会心の出来だったとでも言うのだろうか。

 

 正直に言って『コレ』にどれだけの効果があるのか、俺は計り兼ねていた。

 

 「……『ソレ』は、本当にこの集落に伝わる正しい()()法なのか? 」

 

 「何よ、文句でもあるのかしら? 言っておくけど貴方が言うところの身体を動かすための()()()なんて、『コレ』以上に効率的な手段を私は知らないわよ? 」

 

 素直な疑問に返された言葉に嘘はない。しかし――

 

 「どうにも俺には、ただ1人で遊びをしているようにしか見えなかったのだが…… 」

 

 恐らくはこの後、その動きを自らもしなければならないのかと思うと、どことなく憂鬱ですらある。

 洗練されたとモノとは思えない、ただその場で腕と足をバタつかせるだけの動き。水辺に叩き落とされ、足がつく浅さにも関わらず必死に飛び上がろうと翼をバタつかせる鳥のようなみっともなさ…… 語弊なく感想を漏らすならば、そんなひたすらに恰好悪い動きこそ、彼女の先程までの有様であった。

 そこに込められているはずの()()の気配は皆無であったと断言しても良い。

 

 「え? うーん…… まぁそういう側面もあるわよね 」

 

 やはり。

 所詮は子供のままごとでは、あまり効果を期待するべきではないということか? 

 

 「それにもちろん、別に本格的な狩りや闘争のために戦士の技術を学ぶ場合なら、『コレ』とは違う手段がオススメになるわ。その辺りの話になってくると私は完全に専門外だから、後でベコリーでも聞けばいいだろうけど…… でも貴方はそもそもの、それ以前に2本足で立って動くこと自体に難儀しているから、まずはその違和感を解決したいって話だったでしょ? 」

 

 ……。

 

 「だったら未発達の子供から足腰の弱った老人まで、全てのボコ族の皆が(たしな)んでいる『コレ』を、まずはこなせるようになるべきだと思うわ。『この踊り』を通して子供達は身体の動かし方を学び、長老達も日々の健康を維持することが出来ているんだって! ……それに皆がやっているからこそ、貴方もしっかりと身に付けてみせれば、打ち解けられる切っ掛けになってくれると思うのよ。とりあえず敵意の無い余所からの来訪者なんて、少なくとも私は見たことないくらい珍しいんだから、皆も中々距離 を詰めようとはしないでしょうし……ずっと遠巻きにされたままになったら、寂しいじゃない? 」

 

 ……なるほど。

 意思の通りに動きさえすれば、例えこの身体が子鬼のままであっても自給自足の暮らしを(まかな)うことは容易いはずだが、その過程にあえて『コレ』をさせようというのは、彼女の気遣いでもあったのか。

 こんな怪しい身の上の自分に『祝福』とやらの標本の役割以外で、集落での居場所を用意してくれようとしている。ほんの少し、この所業は名前を覚えていなかった俺に対する単なる当てつけかとも思ったのだが…… この配慮は素直に好ましいと思えた。

 

 「いや、申し訳ない。身体の出来ていない子供や肉の衰えた老人にすら有用であるなら、真実『コレ』をこなすことは俺がこの身体に慣れる上でも必要ないのだろう。なら問題ない…… それでは先程も見せて貰ったが、詳しい型についてもう一度振り返らせて貰っても構わないか? 」

 

 だから、この好意は有難く受け取ろう。

 例え見た目が少々不細工であっても、それはあくまで元々の種族から来る感性の差に原因があったのだろう。四脚と二脚は違う。この振り付けにこそ先人達から今に受け継がれ、彼らの身体にとってそうするべき意味が宿っているに違いないのだ。

 

 

 

 「フフッ! ヤダ、決まった型なんて無いわよ? 」

 

 ……。

 

 ……?

 

 「……何?」

 

 「【ボコの名を冠する子鬼】たる私達が守り伝えてきた『この踊り』は、一応伝統的な意味合いもあるけどね? その時の心の赴くまま、感情のままを手足に乗せて、自由に表現することこそが肝要なの! 」 

 

 「………………本当に、俺をからかっている訳ではないんだな? 」

 

 

 重ねて尋ねても返事は変わらなかった。

 彼女は、本気だった。

 

 

 1年前のあの日、この世界に生まれ直した夜から空けた朝の出来事。

 絶望に襲われた夜が空け、それでも無理矢理抱いた決意を支えるための脚を手に入れようと、初めてこちらから話し掛けた彼女との会話の結末がコレだった。 

 

 ――今も毎朝こなすようになった習慣を教えてくれた切っ掛けは、間違いなくこの時の彼女だ。しかしその正しい所作を改めて乞うたのは族長であったり、名も知らなかった戦士達だったりする。

 

 それはこの後に集落で火を囲む雄達が興じていた『踊り』を見た時、一目で浮かび上がった事実が原因だった。

 少なくとも。いや、やはりというべきか。

 ボコナに、踊りの才能は皆無だったのである――

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 集落の中央にある、『宴』の広場。

 廃墟までわざわざ俺を迎えに来てくれたボコナと連れ立ってその宴の中心地に戻ってみれば、会場は少々「前夜祭」と呼ぶには過剰な盛り上がりに包まれていた。

 

 大量の肉を貪ってハシャいでいる雄がいる。

 料理が出来たと吠える雌がいる。

 広場の中央では浮かれた戦士達が殴り合いをしている。

 それを煽って囃し立てる者もいる。

 …… 明日行われる『最優の雄』に参加するはずの、青肌をした戦士の後ろ姿すらその輪の中に見掛けられたのは、いくら何でも祭りの熱に浮かされ過ぎではないかと思わないでもないのだが。

 

 しかしこんな熱気に包まれた空気もまた、厳しい野生を潜り抜けるために育んできた彼らなりの鋭気の養い方なのかもしれない。明日の「戦い」を前にして熱くなった血に身を任し、野蛮に盛り上がりたくなる気持ちは、前世含めて似たような環境に身を置いてきた俺にも分からない訳ではなかった。

 

 まだまだ宴に終わりが見えない様から察するに、もう少しあの廃墟で【下界】を眺めていても良かったかもしれない―― そんなことを考えていると、殴り合いに興じていた戦士達の輪からはみ出た者の一人が、森から帰ってきた俺を目敏く見つけ、

 

 「おぉーいナナシぃ! 一番デケェ獲物を仕留めた今夜のヒーローのくせして、一体どこ行ってたんだよぉ!! 」

 

 と、広場の喧騒に負けない大声で俺の存在を喧伝してしまった。

 その途端。力比べをしていた戦士達、肉や木の実を貪っていた者達が皆、事前に示し合わせたかのように手を止めて声を上げた雄の視線の先、つまりは俺の方へと視線を移動させた。

 期せずして生まれた静寂は、彼らの行動が乱れず一致した故の結果であったが―― しかしこれは水を差され、熱気の鎮静に繋がる静けさを意味しない。

 

 例えば皿の中にある肉片が少し転がっただけでも、それだけで盛り上がる材料にしてしまえそうな興奮の炎を躍らせている彼らなのだ。

 会場に詰めかけた参加者達にとって、今まで見当たらなかった俺の登場という()()()()()()()()イベントは、正に「宴もたけなわ」へと至るために注がれる油でしかなかった。

 

 それは静寂の直後、怒号めいた声が周囲に響いたことで証明された。

 

 「ナナシが来たぞーぉ!! 」

 「なぁんで肉持ってないんだよお前ぇ! ホラこれ食えって! 」

 「テメェそれ俺様が狩ってきた鹿肉じゃねぇか! 兎しか捕まえられなかった野郎がエラそうに肉配ってんじゃねぇぞ!? 」

 「それより酒だ酒! 酒を持たせろ!」

 「お嬢ちゃん一番デカイ器に注いで持ってこいよ? ナナシは飲むからなぁ! 」

 「ヨッシャ、ナナシ!俺と明日の前哨戦代わりに飲み比べしようぜ!」

 「……馬っ鹿お前、ナナシが飲んでるトコみたことねぇのか? この前飲み比べ挑んだ戦士の野郎、青肌だってのに茹でられた豚みたいな顔色になって倒れたじゃねぇか 」

 「えっ」

 「お? なんだ? 飲み比べやるって?」

 「今日子熊を狩って来たヨクーシャか 」

 「相手は……オイオイ、ナナシかよ。そろそろ『祝福』の時期だからってなんて無謀なヤツなんだ 」

 「『決闘』に挑む前に酒に溺れて死ぬとか、ある意味伝説になるな! 」

 「おぉーい!ナナシに酒で挑む勇者が現れたぞぉ!一番強い奴をここに(かめ)で持ってきてくれぇ!! 」

 「えっ」

 「オッシィァ、持って来たぞォ!(さかずき)は丁度良いのがなかったが、その辺に転がってたの使えば良いだろ! お!? これなんて良い感じだな! 」

 「オイオイ、そりゃあ盃ってーか(はち)じゃねぇか! そんなもんで飲んだら明日は二日酔いでナナシもヨクーシャも不参加になっちまうぜ! ガッハッハ! 」

 「えっ」

 「俺が優勝するには都合が良いじゃねぇか! ガッハッハ!」

 「テメェにはどっちみち無理だろう? 明日は無理せず俺に任せて、のんびり(ハト)もう一匹捕まえてこいよ 」

 「うるせぇぞ(カモ)野郎がッ! テメェも夢見た発言してんじゃねぇぞ!! 」

 「痛ェッ!やりやがったな鳩野郎!! 」

 

 罵声混じりの蛮声が掛けられ、時には頭上を飛び越えて流れ続ける。

 安直にして粗野な雰囲気。しかし、不快なモノが心に残されない清々しいここの掛け合いは、嫌いではない。立ち上がれるようになった後に発揮出来るようになった俺自身の戦闘力という背景があったにせよ、正体も曖昧な俺を彼らは気持ち良く受け入れてくれている。

 

 誰からともなく手渡された酒器を高く掲げる。

 再び響く怒号。囃し立てる声。

 縁につけた口をそのままに一気に傾けてやれば、口内がすぐさま満たされ、続いて胃の奥へと波涛(はとう)をうって流れ込む。嚥下(えんか)する喉を焼く独特の風味は、広場の入口で潰れていたクーポ爺さんの新作だろうか。

 野趣溢れる匂いを残したままの液体は取り除き切れていない不純物で濁り、後味の余韻を楽しめるような出来ではない。しかしその鮮烈な味わいは、ひたすら俺が今飲んでいるモノが酒であるのだと意識させるものだった。

 旨い―― 素直に、そう思う。

 

 一息で空にした器を、対面のヨクーシャに押しつけてやる。

 戦士の流儀としては彼がまた同量飲み切ったならば、次にまた俺が飲んでやる必要があるのだが。飲んでもいないのに豚の背脂みたいな顔色であるところを見るに、再びその器が俺に回されることはないだろう。

 案の定その場から離れる素振りを見せただけで、ヨクーシャは露骨に安堵の溜息を漏らしている。そして俺も明日の晴れ舞台を前に、酒で戦士を潰す無粋をするつもりはなかった。

 

 ――呑み切ったことに対する歓声を浴びるままに、広場を進む。

 目指す先は中央。この辺りで一段高く盛られた高台の中心に据えられた、檀上ともいうべきその場所だ。

 

 前夜祭たる今夜の宴に最も大きな肉を捧げた戦士は、その夜の主役となる決まり事を果たさなければならない。俺が一等大きな猪肉を得たことは周知の事実。今俺を取り囲んでいた者達も当然それを知っており、近くにいる者達は俺の肩を叩き、遠くにいる者は俺の仕留めた肉を掲げて称えてくる。いざ勝者の義務を果たそうとする俺の行く先を遮ろうとする者は、もう現れなかった。

 今日の俺の立場で挨拶をすることは、宴を締め括ることを意味するので騒ぎ足りない戦士達の何人かは不満顔ではあったが、彼らとて明日に疲れを残したくはなかったのだろう。顔に現れた不満を、その口から吐き出そうとはしなかった。

 恐らくは明日、今抱えた不満すら武器を握る力に変えて、対戦相手にぶつけるのだろう。

 

 ――高台、その縁に足を掛けた。

 

 過去檀上に上がった戦士達の多くはその場を借りて求婚を叫び、あるいは明日の最強への熱をぶち上げる者がほとんどであったという。それは「決闘の儀」への参加が万が一を覚悟させ、その一生に悔いが残らないよう、己の感情を周囲に叩き付けようとした結果なのだろう。

 『祝福』の有無は関係ない。自ら死に向かう状況とは、そうしたある種の決断と意志を踏み切らせるに十分な場であるのだ。

 

 (……では、俺はどうだ? )

 

 過去戦士達の感情を、想いを爆発させてきた歴史を持つ檀上に登り、一体俺は何をするべきだろうか。

 異種族の感性のままこの子鬼の身体へ隠れるように宿り、責任を果たせなかった過去の不甲斐ない惨めな記憶を貼り付けて生きるこの魂に、果たして声に出してまで主張するモノがあるのか?

 

 ――やがて高台を登り、中央の檀上へと登り切った。

 

 今や広場に詰め掛けた多くの老若雌雄の子鬼達の視線を、俺は独占している。皆は思い思いの肉や飲み物を手に持ち、または頬張りながら俺の発言を待っていた。

 この1年を、ただ共に生活してきただけのはずであった彼らから送られる視線には、どうしてか確かな友愛が込められている。

 中には新参者にして地位を築いた者に対する嫉妬や、戦士としての対抗心、未だ拭い捨てられていない不信といった感情もあるのだろう。しかしそれが全てと、そうと満たしている視線は一つとしてないのである。隔意ある者からすら、俺を集落の仲間と、切磋すべき友と思っている―― そんな想いが確実に感じ取れるのである。

 下等な子鬼と、俺の正体を知らぬからこそ向けられる無知さ故と、見下げることも出来るだろう。魂の土台が違う存在に、そんな同等の者に与えられるような感情を向けられるのは、むしろ屈辱ですらあると。

 だがそう思って自分に言い聞かせるには、眼下から伝わる彼らの視線はあまりにも無垢で、柔らかくて。そして、心地よかった。

 

 だからか、そんな空気に身を任せてしまっていることを自覚したからか。

 ……俺の両腕がゆるり、と。

 視界に広がる彼らを抱き締めようとするかのように広がり、持ち上がったのである。

 

 何かしら無難な抱負を語ろうとしていたのに、気付けば身体が動いていたのだ。

 完全に無意識だったその行動に戸惑い、まだ動こうとする我が身の腕を抑えようとしたのだが、しかし同時に、かつての言葉が脳裏に閃いてもいた。

 

 

 ――その時の心の赴くまま、感情のままを手足に乗せて、自由に表現することこそが肝要なの!――

 

 

 聞いたその時からこれまで「彼女の言葉は自分の未熟さを誤魔化す詭弁ではないか? 」と思っていたし、今でも正直、そうだろうと思っていたりする。

 実際、その後学んだ族長や戦士達の踊りには一定の型が存在しており、そこには身体操作を学ぶに足る理屈が存在していたのだ。その時その時の感情を表現するのみの、ちぐはぐで稚拙で無意味な彼女の踊りには、身体を養う効果は望めない。

 

 だが今、意のままに動くようになった手足を無意識に衝き動かしている、この昂り。

 これを過不足なく表現するために、身体は言葉を発することを拒否していた。眼下の彼らが向けてくる視線を一身に浴びたことで、唐突に動いてしまったのは口ではなく、俺の腕だった。

 

 言葉にならない心の内を、無碍(むげ)を得たはずの肉体が動作(かたち)にして表現したがっている。

 では果たしてこれを無理矢理に抑え、無難な宣誓めいた言葉を吐くことが、この場でやるべき正しい行いなのだろうか。

 

 【勇者】の残骸の成れの果ての身でありながら、分かることがある。

 ――それは、無粋なのだと。

 

 ゆるりと力なく、それでも持ち上がろうとしていた腕の先。その指の隅にまで力を込める。

 持ち上げた腕に意味なんてない。けれど俺は持ち上げたい、持ち上げるべきだという心に従って持ち上げた。

 ストンと一つ、何かが腑に落ちた気がする。何か確信を得たような気がした。

 だからもう、身体を抑えるつもりはなかった。

 

 振り上げる片腕に、果たして筋力を培う意味があるのか。

 壇上に音を鳴らして叩き付ける片足、こんな適当な動きに何かを促す効果があるのか。

 

 何も無い。しかし、それで良かった。

 

 夜空に向けて突き上げる、俺の腕を見ろ。

 ――これがお前達の獲物とは一線を画した、あの大猪を屠った腕だ。

 木の板を張って作られた高台を踏み鳴らす、この両足を見てくれ。

 ――これが貴方達に育んでもらった、あの頼りない細脚の成長した姿だ。

 憧れるが良い。この力を宿した俺の身体を。

 誇ってくれて良い。その力を宿らせたのは、間違いなくこの集落の力なのだと。

 

 獲物を仕留めるべく鍛え込んだ足捌きで踏み込み、意識して台を鳴らす。

 より多くの空気を混ぜて風の音を響かせられるよう、指を広げて振り回す腕には、大猪を仕留めた時と同じだけの力をこめている。

 威嚇するように太く鍛えた首を回して周囲をねめつけ、引き締まった五体を衆目に分かり易く晒すために身体を回し、飛んで、跳ねる。

 

 ……気付けば眼下から聞こえてくる音が、大きくなっていた。

 戦闘者としてあからさま露骨な挑発を受け、負けじと気勢を上げる戦士達の吼え猛る声。振り撒いた雄の匂いに、興奮する雌達の黄色い声。バタバタと手足を動かしてハシャいでいる幼子達もまた、周囲の熱に浮かれているのか。

 腕を突き出すごとに空中へ飛散する汗がかがり火を受けて煌くたび、上がる歓声。

 空中で回転させた身体を着地の一蹴りで更に加速させる。その勢いから振るわれる一撃の重さを察して、息を呑む戦士達。

 子鬼の肉体に可能な限り詰め込んだ暴力の輝きを披露するたび、広場の熱は温度を上げていく。

 高まる熱は律動を刻み、集まった子鬼達の肉体を動かしていた。

 

 ――良いとも魔物の同胞たちよ。明日は祭りだ。

 存分に牙を剥き、熱を宿し、憧れるが良い。

 子鬼という知性ある魔物においては最底辺の力しか持たない存在、しかしその器であってもどれほどの力を搭載出来るのかという一端を、『最優の雄』となる肉体の強さを。

 集落を発つ者の礼として、明日は皆の目に焼き付けてくれよう――

 

 

 今やこの場に、行儀良く座り込んでいる者はいない。皆がそれぞれの思いを手足に篭め、誠心誠意感情のままに踊っている。1匹1匹が躍りを通して感情を開放しており、気が付けば宴に集まった全員が躍ってい様子は、まさにボコナのいうところの【ボコの名を冠する子鬼】達らしい踊り会場となっていた。

 

 最後の詰め。両足を揃えて直立し、片腕を高く、高く突き上げる。

 数秒の静寂の後、再び爆発する熱気と歓声。

 

 

 自らに新たに課した使命、それは決して忘れないままではあったものの。

 彼らとの絆を抱えて子鬼として生きるのも、満更捨てたものではないかもしれない―― と、この時の俺は確かに思っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   * * * * *

 

 

 それは子鬼達が熱狂に浮かされた夜が白み、祭りを迎える陽が昇り始めた頃の出来事であった。

 

 【空の台地】―― 子鬼の魔物達がそう呼び、住まう土地。

 その台地を構成する地上と場所を同じくする、とある山の中腹。

 そこには彼らが存在を知らず、放置されるままにある人造の空間がある。

 

 『……………………』

 

 そこは人造ではあったがそもそも人の存在自体、台地より離れて久しい。

 守る者もいなくなったその場所は、しかしおよそ100年もの月日の間を人魔問わず、誰も踏み込ませることはなかった。

 

 ――だが、それは決して「無人」であることと同義ではない。

 

 『……………………』

 

 その空間には『人』が1人、いた。

 飲まず食わずの100年間、眠り続けるたった1人のハイリア人。

 その生命を維持し続けているのは、青い燐光を点し続ける寝台を模した装置の力か。

 血色良く、痣の一つも浮かばない健康的な寝姿から伺い知ることは出来ないが、かつてその寝台に寝かされた時のその身体には致命傷に等しい傷が刻まれていたに事実を踏まえるに、生命維持だけに限らない力を、神秘の水で内側を満たしたその未知なる寝台は備えているのだろう。

 

 その水に身体を浸し続けているハイリア人の青年。

 その鼓膜を、あるいはその内側に眠り続ける意識に、呼び掛ける『声』があった。

 

 『…………して……』

 

 いつの頃からその『声』が掛けられたのかは分からない。

 今始まったばかりなのか。それとも彼の身体が完全に癒された頃を見計らった頃からなのか…… それとも100年前、彼が眠りについた頃よりずっと呼び掛け続けられていたのか。

 

 『……覚まして……』

 

 彼にだけ届けられる『声』

 ゆっくりと、ゆっくりと。決して無理に眠りを妨げようという意思は感じられない、気遣いに満ちた穏やかな声。

 

 『目を覚まして……』

 

 その『声』には明確な、篭められ続けた想いが宿っていた。

 

 『目を覚まして……』

 

 死なないで欲しい。

 無事にいて欲しい。

 眠りにつくままに、今は私に任せて欲しい。

 

 ただ言葉にしないだけ。

 呼び掛けには切実な祈りと共に、『声』の真心が乗せられていた。

 

 『目を覚まして……』

 

 ……けれどその回復を願う心の裏、密やかに隠された願いもあった。

 もう十分以上に傷ついた彼に、更なる試練を強いることになる想い。

 

 出来れば伝えたくなどない、けれど彼でなければ託せない。

 そんなどうしようもなく切実な願いがあったのだ。

 

 

 

 ――――助けて欲しい。

 

 『リンク』

 

 

 

 その声に、助けを求める主の願いに。

 

 『彼女』だけを専念するよう王に任された【騎士】の(まぶた)が、開かれた。

 

 




 デンデデッデデレ♪ デンデデッデデレ♪ デンデデッデデレ♪ デンデデッデデレ♪
 踊りといえばコレ。
 熱い何かを呼び起こされるそのリズムは、まさにロマンシング。【ボコの名を冠する子鬼達の踊り】ということで、題名を「ボコ舞!!」にしようか迷ったのはトリコの猿武シーンが大好きなせい。

 作品構成に迷走しているようで、ボコブリンの話を書くならダンスシーンは是非とも入れたかったパートだったりします。それほど原作のボコブリン達が肉を囲んで踊る団欒風景は「魔物もただの主人公の障害物じゃなくて、生きて生活してるんだなぁ」と印象的だったのです。

 ……まぁソレをぶっ壊して蹂躙するのが次話、もしくは次々話に登場する我らが救国の勇者なんですけどね!

 辛抱強くこれまでお読み頂いた皆様、大変長らくお待たせ致しました。

 原作時間の開始です。

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