回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前々回のあらすじ

  目と目が逢う瞬間 怨敵だと気付いた。

 【ライネル】→激オコぷんぷん丸(# ゚Д゚)
 【厄災】→え? 魔物斬っただけじゃん( ´_ゝ`)?





100年の澱、変わり果てた両者

 

 

   * * * * *

 

 

 目の前で叩き斬られ最早動くはずもない恩人の遺体に、()()()と駆け寄らなかったのは、ボコナの死を悼まなかったからではない……もちろん、赤い月の光によって死者が蘇る『祝福』を期待していた訳でもない。

 俺という実例がある以上、彼女が今の姿形で、果たして再びこの時代に生まれ直せる保証はどこにもないのだ。それにあんな悍ましい光景に塗れた場所を、俺は『祝福』などと呼んで縋ることに躊躇いがあった。

 

 ――彼女は殺された。それが事実だ。

 

 そして彼女は、ただ魔物の仲間という括りで済ませて良い存在でもなかった。

 突然彼ら子鬼の縄張り内に放り出され、戯言にしか聞こえなかっただろう言葉以外に自分を説明出来なかった、普通の小鬼と比べてなお脆弱な心身だった当時の己を、最初から気に掛け続けてくれた唯一の存在こそが彼女だった。

 

 何か他の思惑も、あるいはあったのだろう。

 集落の外れに突然現れた、通常とは違う特異な『祝福』を受けた俺に対して、族長から何事か言い含められていたことは察していた。

 しかし彼女に支えられ、教えられ、助けられたこの1年間の記憶は、見る景色全てが新鮮だったはずの生まれ直した我が身において、なお色濃いモノばかりだった。今のひねくれ曲がった俺でも、そんな思い出達を通せば素直に、彼女の善意と友愛を信じられる。

 

 たった今斬殺され、ゴミのように足元へ転がされた小鬼の雌はそんな、この世界で生き直す切っ掛けを掴ませてくれた俺の恩人だった。

 いつか"剣"を求める旅を終えた時に俺が帰ってくる場所は、そんな彼女がいる此処だった。

 

 そして前の世界で斬り捨てられ、砕き散らされた【最強】の矜持を、傷の深さを知らないままながらも労わり続けてくれた彼女の死に報いる為の方法として。

 俺の身体は悲しみ伏せるより、滾る憤怒と復讐心のままに、敵の脳天目掛けて剣を振り下ろすことを選んでいた。

 例え相手があの時の"剣"を持つ【厄災】であれ、もしくは尊び仰ぐべき【魔王】であったとしても、俺は剣を抜いて飛び掛かっていただろう。

 

 

 

 ――そうして忘我したまま【厄災】の脳天目掛け、剣を振り下ろした直後。

 冷や水を不意打ちで浴びせられたかのような突然さで、俺は我に返っていた。

 

 

 

 もちろん、怒りが冷めたという訳ではない。

 今の俺が怒りを忘れられるはずもなく、その喪失が正気に戻る理由になりはしない。

 

 ならば何故、今。

 俺は剣を振り切る前に我に返っていたのか。

 答えは更に瞬間後、思い至った。

 

 100年前の己の心臓へ刃を突き立てた剣士もそうだった、忌々しくも澄んだ蒼い眼。

 この世界に生まれ直してからこれまで、抜けるように晴れ渡った青空を見上げる度に思い出してしまっていた色。

 かつての同族達のように、角度や捻れの具合で個人の特徴がハッキリと分かり易い角を持っているわけではない、個体差を非常に見分け辛い”人間”の中にあって、俺が絶対に見間違えないだろうその眼。

 

 その【厄災】の眼を近くで覗き込んだからこそ、俺は我に返ったのである。

 

 つまり――

 

 

 (……っこの馬鹿がッ!? )

 

 

 当時最強を信じた肉体と武器を持って挑み、それでもなお完敗したはずの相手に向かって、怨嗟を喚きながらの正面突撃をしていたという自分の浅はかさに愕然としたことで、俺は忘我の淵から立ち戻ったのである。

 

 勿論そんな分析が出来た所で、それは既に後の祭りだ。

 ――もう、剣は止められない。

 

 子鬼の身体を1年間、たった1年間どれほど鍛えたところで、渾身の力を込めた剣を今更切り返せる筋力などあるはずもない。

 加えて相手の胸元までしかない己の矮躯。それほどの身長差がありながら、無理に脳天を狙った斬撃を放つために身体は宙に跳び上がっていた。

 無理矢理身体の向きを変え転がって逃げることすら、今や不可能だった。

 

 こんな、少しの技巧も込められていない力任せの一撃は、きっと【厄災】ならば軽々とあしらうだろう。

 受け止めるのか、流すのか、それとも躱されるのか。

 いずれにしろ俺の憎悪は成就することなく、返しの刃が俺の二度目の命を奪うはずだ。

 

 ……愚かだ。

  愚か! 愚か!! なんという醜態!!

 結局俺は100年前の敗北を、何ら自らの糧としていなかった!

 ただ逃げていただけ!

 この無様極まる振り下ろしは、その何よりの証明だろう!!

 

 ――そして。

 己の不甲斐なさを呪いつつも捨て鉢に振り切った剣は…… やはりというべきか、【厄災】に通じることはなかった。

 後ろに()()退()()()【厄災】の身体に、剣の刃は切っ先も掠らずに終わった。

 

 加えて譲られたばかりの使い慣れない剣であったことが、状況を悪化させる。

 事前に数回の素振りこそ試してはいたものの、全力の打ち込みをしてはいない。茹だった頭で剣の重心や長さの変化に関する配慮などしていたはずもない。特に今の状況下、相手との身長差を埋めるために跳躍しながらの振り下ろしをしてしまっていたのである。

 

 その結果、何にも掠らず空気を薙ぐだけに終わった剣、その普段以上の勢いを殺し切れず、未だ飛び上がったままな身体のバランスをあっさりと崩してしまった。 

 

 ……空中で無防備にも硬直した四肢のどこかが、地面に辿り着くまでに数瞬。そこに加わる体勢を立て直す為に浪費するだろう時間。

 【厄災】が無防備な子鬼一匹を殺すのに要する時間として、それらを足したモノはお釣りを勘定出来るほどに悠長な空白であることを俺は知っていた――

 

 

 

 

 

 だからこそ。

 

 左足が地面に触れたと感じた時、情けなくも俺は「これは首や臓腑が斬られた後の幻か、錯覚に過ぎないのだろう 」と諦観していた。

 そんな先走った思い込みもあってか、地面に触れるや否や左足が強く地面を蹴り付け、身体を【厄災】の間合いの外側へと大きく投げ出させて距離を広げ得たのは、思考によるものではなかった。

 それは当然起こり得るだろう、必殺の一撃を空振りしてしまった場合に備えて繰り返してきた、反復訓練による成果。子鬼の膂力で空振りしてしまった場合の対処法の1つが、たまたまこの身体を条件反射的に動かしたが故に取られた行動であった。

 

 丸めた身体で勢いよく地面を転がる中、身体に擦り付けられる小石や枝によって連続で走る衝撃と痛み。

 身体中を巡るそれらによって、依然として五体全てに神経が通ったままであることが自覚出来るまでの間、俺の思考は止まったままだった。

 

 ……やがて己の不甲斐なさに自失していた意識が、戻ってくる。

 

 まず覚えたのは、違和感。

 その次に思い浮かぶモノは疑問。

 次から次へと沸いてきた。

 

 いつかのように、倒れ伏していなくて良いのか。

 何故、俺は地面を蹴れたのか。

 身体が、未だ十全に動いているのはどうしてなのか。

 浮かんでは消える千々に乱れた思考が、急速に一つの疑問に集約されてゆく。

 

 

 (――何故、俺は生きているんだ? )

 

 

 転がる勢いが弱まったところで()()をつき、身を起こす。

 ()()で地面を踏みしめる。

 

 立てた。

 立ててしまえた。

 身体のどこにも血が吹き出す穴は無く、それどころか、僅かな切り傷すら見当たりはしない。

 痛みらしい痛みがある箇所といえば、全力で地面を転がったことでちりちりとヒリつく肌だけだった。

 

 立ち上がり、顔を前に向ける。

 ……その視線の先にあったのは、自身の無事の理由を察せられる光景。

 しかし同時に溢れ続けていた違和感を強く、強く煮立たせるにも十分な、怨敵の姿だった。

 

 

 

 ヤツはただ、何をすることもなく立っていた。

 コチラに距離を詰めることなく、剣を躱して飛び退いたそのままの場所でただ、ただ立っていたのだ。

 

 

 ――()()【厄災】がその立ち姿でハッキリと、()()()子鬼を警戒して慎重に様子を伺っている()()無様(ぶざま)を晒していた。

 

 

 空振りした俺の隙を見逃すことなく、雷の速度で反撃することは容易かったはず。

 転がって逃げる俺へ悠々と追い縋り、正しくボコナへとそうしたように、致命の一撃を見舞ってくることだって出来ただろう…… あの100年前の【厄災】ならば。

 

 押し寄せる魔物の軍勢の中をただ1人、しかし圧倒的な存在感を持って飛び跳ね続けて数多の命を撒き散らし切ってみせた、あの暴威の極致は?

 血が詰まった肉を持つ屈強な魔物の首を、まるで枯れた木の葉のように次々と宙に飛ばしていった、脆弱にして儚い人の身にして有り得ないほどに極まった技の冴えは?

 

 100年前と同じ、忌々しくも空色に澄んだ瞳だけはそのままだというのが、ただただ歯痒い。

 いっそその瞳すら無惨に落ちぶれていたのなら「目の前にいるのは【厄災】ではなく、全くの別人だったのだ 」と無理矢理勘違いしてみせることだって出来たかもしれないのに。

 

 あの瞳を覗き込んでなお、見間違えだと自分を騙すことだけはどうしても、出来そうにない。

 ちぐはぐ過ぎる違和感の気持ち悪さに、吐き気すら込み上げてくる。

 

 (――100年、か )

 

 困惑と、納得が半分ずつ。

 思い浮かんだのは、100年という時間の経過だった。

 認め難い目の前の存在を己に納得させるために、不思議とその数字は都合が良かった。

 何しろその経過の先に、自分が子鬼になったりもしたのだ。

 ならばこの醜悪なまでのヤツの有り様だって、飲み込んで然るべきだとも思える気がした。

 

 それでも己と怨敵に対する言葉に出来ない種類の感情が、それまで頭の一切合財を占めていた憤怒をほんの少しだけ薄れさせるのは止められなかったが。

 

 

 ――幾ばくの間。

 それだけの時間を費やして、しかし俺の足は地面を蹴っていた。

 

 今度は我を忘れて跳躍などしない。

 

 子鬼の分を弁え、歩幅をいつもより更に小さく刻む。

 両足を伸ばし切ることはせず、いつでも踏ん張り、進む向きと勢いを変えられる速度を維持して距離を詰め直していく。

 目指す先は、己の短い手に持つ剣でも、ヤツの喉元へと届かせられる場所。

 頭が多少冷えたところで、その決定に変更はない。

 

 そうだ。

 相手が向かって来ないからとって、それが何だというのか。

 後退は。逃走だけは、有り得ないのだ。

 

 この身体を駆り立てるモノ―― かつての"誇り"と今世の"恩人"の命を奪い去った【厄災】への変わらぬ憎悪の一念は、今なお少しも陰ってはいないのだから。

 

 

 

 






 切りが良いのでちょっと短め。
 プレイ動画などでは最初から無双の限りを尽くせるリンクさんですが、100年も眠りこけて記憶のほとんどを失った彼は、祠を出て以来初めて目にした、殺意前回で挑みかかってくる魔物に対してビックリしちゃってます。
 対してナナシさんは、100年かけて想い続けた怨敵の、余りにも余りな糞ザコな姿にめちゃんこガッカリ状態。
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