回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 〇メインチャレンジ :【厄災】討伐 第二戦
 ●クリア条件 : ―――
 ●クエスト内容 : 新たなる旅立ちの時、時の流れに消えたはずの怨敵が立ちはだかる。100年前から続き、そして目の前で新しく一つ積み重ねられた憎悪の繋がりを、アナタは断ち切り晴らすことが出来るか?





【厄災】遭遇戦~憎悪の行方~

 

 

   *   *   *

 

 

 ――今更改めて確認するまでもないことであるが。

 【ライネル】であった頃と比べ、何ら特別ではない一匹の子鬼として生まれ直した今の己は、いっそ笑ってしまうほどにひ弱な存在である。

 

 体力が無い。

 手足が短く、腕力も無い。

 相手の力を正面から受け止めるために必要な、踏ん張れる体重も無い。

 貧弱な足腰では「駆ける」なんてとても言えないほどのノロマな速度しか出せず。

 鳥骨の如き華奢な骨格に、ひたすら上乗せ出来る限りの筋肉を詰め込んでみたところで、小さな猪の突撃一つ満足に受け止められず、持ち上げる力すら得られはしない。

 

 最初の頃は気付けなかった…… というよりも、そもそも生まれ直した直後は、それこそ立つことも覚束ない有り様だったのだ。

 身体を動かす度について回る違和感も、二腕四脚の獣王であった身体の感覚が染み付いたまま、二腕二足で頭身も大きく縮んだ身体を動かすことへの感覚のズレが、あまりにも大きく戸惑ってしまっているのだろうと考えていた。

 その時の自分は、周りの子鬼達にも大きく劣る特別に弱い存在へと生まれ直してしまったのではないかと考えていたくらいにに、不便と不具を感じていたことは記憶に新しい。

 

 ……しかし、少しずつながらこの身体の動かし方に慣れるにつれ、感じていたあまりの脆弱さが自身の特異な事情故ではなく、種族そのものとしてのあまりに低い限界に由来するモノでもあると気付くには、それほどの時間は掛からなかった。

 

 そんな弱い種族の中にあって、しかし己が特別弱い訳でもないという妙な救いを得た俺だったが、十分に身体を作り上げる期間にはとても満たない僅か半年という時間で、種の中で平均以上の戦闘力を振るえなければ名乗れない戦士に成り得た要因は、大きく分けて2つある。

 一つは、そもそも子鬼が種として弱く特別な力も持たない魔物であり、かつ閉じた集落という狭いコミュニティの中で完結したこの地では、まともな戦闘を積み経験を得る機会に乏しく、戦士の水準が俺の知っている100年前の同種族と比べて低かった点。

 そして俺には、【ライネル】としての圧倒的な戦闘経験の蓄積があった点という2つだ。

 

 この2つの要因で、俺は容易に彼らにとって「戦う者」としての立ち位置を築けたのである。

 

 

 

 ……だが敢えて、もう一つ挙げるならば。

 

 目の前の――いや、【100年前の厄災】の体捌き。

 俺の脳裏にその影が、生まれ直してなお掠れることなく焼き付いていなかったならば。

 生え抜きの子鬼達を押し退けて『最優』の称号を勝ち取ることは、あるいは出来なかったかもしれない。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 ――ヒュッ――

 

 牽制のための浅い袈裟切り。それを二歩後ろに下がって【厄災】が躱す。

 今度は飛び退かず、一足で間合いに戻れる位置に踏みとどまった【厄災】の反撃。柄を短く持った一撃は、斧であるにも関わらず獣の爪を思わせる速さで向かってくるだろう。

 ……しかし先程もそうだったように、予備動作から伺える軌道そのままの斬撃は、ひどく読みやすい。威力を捨て、当てるための速さを優先したはずの利点が死んでいた。

 

 コチラも2歩下がってやり過ごす。

 恐らくは1歩下がるだけでも上体を少し反らすだけで回避出来るだろうが、万が一振り抜く前に踏み込まれ、間合いを詰められるかもしれない。耐久力に乏しい身体では、速度重視の一撃でも手痛いダメージを受けかねなかった。

 という理由もあったが、何よりこの何回目かの低次元な空振りの応酬の中にあって、捨て切れない可能性が無視出来なくなりつつあったからこそ、反撃を優先した余裕のない見切りを実行するのは大いに躊躇われた。

 

   ――ビュンッ――

 

 ……躱してみれば、思った通りの軌道を沿ってなぞる横薙ぎの斬撃。

 過ぎた警戒だったのだろうか?

 

 ――いや、違った。 

 軌道は素直なままだったが、斧は俺が想定した以上の速度で軌道をなぞっていく。まただ。最初よりも次の一撃、次の次、そして今。僅かだが確実に、攻撃の鋭さが増している。

 おかげで2歩下がって出来た余分な空間をすぐに潰そうと、斧を振り切った直後に踏み込もうとしていた足の準備が間に合わない。

 

 数瞬の空白。

 それが過ぎた後には、俺が狙っていた反撃の隙は無くなっていた。

 手足が短い俺の間合いの外側で、ヤツはもう追撃の準備を終えていた。

 

 やや重心をブレさせながらも、斧を振り抜いた形のまま片足を軸に横回転。背中を見せた姿は隙を晒しているのではなく、次の攻撃へ繋げる溜めに過ぎない。

 筋肉で盛り上がった背中、血管を浮き上がらせた両腕。

 力強く踏み込んできた前足が、浅く土を抉っている。

 振り抜いた後にただ滑っただけなのか、それとも俺が下がった時に、意図的にそうしていたのか。刃の根本を掴まれていた斧はいつの間にか、柄の先端、最も遠心力を刃に乗せられる部分で握り込まれていた。

 

 ――回転斬り。

 その言葉が頭に浮かんだ刹那、俺は飛び込むために足へ注いでいた力の全てを注ぎ込んで、後ろへと飛び退いた。

 

   ――ブッオォォゥン!――

 

 斧が風を巻いて、いや、切り裂きながら飛んでくる!

 宙に浮いたことで身動きが出来ない筋肉が強張り、反射のように噴き出す冷や汗。

 しかしそんな身体に反して、脳裏を掠めるのは小さくない安堵。

 

 直前に突き出されていた左肘の角度は足元を狙うように低かったが、柄を握り込む右手があからさまに力んでおり、コチラの首元の位置を確認していた蒼い眼もまた、狙ってくる場所を雄弁に伝えていた。

 あの日の勝敗を決めた技は、俺と同じく間抜けに落ちぶれ腑抜けきってしまったらしい【厄災】が放ってなお、記憶の姿を思い出させて背中の産毛を逆立たせてくる。

 

 しかしこの一撃には()()

 凄絶に極まっていた、あの時のような技巧が込められてはいない。

 

 だから、飛び下がる身体へ前もって加えていた力の勢い。それに念のため逆らう準備をしていた手足の力を抜き、五体を流れのままに任せる。

 宙に浮いた身体はクルリと後ろに縦回転し、視界が【厄災】、夜空、背後の林、そして地面へと激しく切り替わっていく。近づく地面に足をついて着地せず、腹から叩きつける勢いで身体前面を地面に打ちつける。

 最低限の受け身だけを取り、身体を伏せた態勢を維持。

 

 ――直後、頭上を吹き飛んでいく斧の風切り音が耳を振るわせ、巻き込まれて千切り散らされた空気が肌に叩きつけられた。

 まっすぐ後ろに退いていれば、手元で伸ばされた斧の刃が胴から上を斬り飛ばし、立ち上がっていたならば振り抜かれた柄が俺の横っ面を殴り抜いていただろう。

 体重が軽く骨も脆い今の俺では、そのどちらの選択肢を選んでいても即死か、運が良くても重傷の一撃だった。

 

 ――だが結果は俺の読みが勝った。

 かつて俺の左腕を切り飛ばし、愛剣を破壊し尽くした必殺の型。

 それを今回は空振りに終わらせた。再びの敗北に繋がる一撃を避けたのだ。

 

 【厄災】はこの一撃で決めるつもりだったのだろう。

 渾身の力で振り切ったらしい斧の勢いに引っ張られて回転が止まっているうえ、完全に身体が流れてしまっている。

 俺の目の前にあるのは、とてもあの時のような2撃3撃目へと攻撃を続けることは出来そうにない、無様な死に体を晒している【厄災】の姿だった。

 

 100年前に対峙した時には、とうとう最後まで感じることの出来なかった『確信』が脳裏を走る。

 

 (……ここだ! )

 

 チリチリとした焦燥を抱きつつあった最中に掴んだ、この絶好の機会を逃してはならない―― その一心で 伏せた身体をすぐさま起こし、その勢いのままに右手に持った剣を、目と鼻の先の距離にあるヤツの足目掛けて斬り上げた――――

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 かつての俺にとって当時の【厄災】とは、体格において遙かに劣る相手だった。

 骨や筋肉の大きさや量は言うまでもなく、2本足に対して4脚を備えていた以上、速力と機動力に関してもヤツを遥かに上回っていたはずだ。

 精一杯手を広げたところでヤツの間合いは蜥蜴の魔物と大差なく、一見すれば他の人共と比べて際立って異なるところなど何も無いはずの、普通の体格だった。

 

 にも関わらず。

 ヤツは当時の魔物最強であった種族の中でなお最強を認められていた【ライネル】が率いる、各部族の戦士に認められた剛の魔物達を、負傷らしい負傷を追うことすらなく返り討ちにしてみせたのだ。

 

 ……もちろんあの"剣"が特別であって、ヤツが振るった異常な力の一翼を担っていたという面もあるだろう。戦士達が命を預ける刃のことごとくを跳ね返し、俺を含めた同族達の固い肌と肉を容易に切り裂いた上、堅牢な骨すら断ち切ってみせたのは尋常なことではない。

 それに様々な鋼鉄と打ち合わせたことに加えて、数多の肉と脂の中を潜らせてなお最後まで斬れ味を維持していただけでも尋常な剣では有り得ないというのに、担いで振れば致死の光刃まで飛ばしてのけていたのだ―― あの非常識な武具さえなかったならば、どんなに【厄災】自身が優れていようとも、俺達は犠牲を払いつつも最終的にはヤツを揉み潰せていたはずだ、という思いは捨て切れない。

 

 しかしどれだけ斬り味鋭く、戦闘中に刃毀れを修復し、間合いの外への攻撃を可能とする反則的な"剣"であろうとも、剣は剣であることに変わりはない。

 握ってしまえばそれだけで、持ち主に天下無双の技量や、全方位から襲い来る攻撃を必ず捌き切るような、絶対の防御を持ち主に約束するなんて代物ではなかった。

 

 ……もしかすると世界中を探せば、そんな御伽噺もどこかに転がっているかもしれないが、あの"剣"にはそんな都合の良い伝説が宿っていないことくらい、幾合もヤツと打ち合わせた己には分かり切っている。

 

 当たり前に自らは動かない"剣"を振るい、我らを屠り切った【厄災】。

 その勝利を支えた武器の一つとして、【ライネル】とヒト、両者の種族の間にそびえる壁をすら突き抜ける技量があったことを認められないほど、俺の眼は憎しみや怒りで曇り切ってはいない。

 

 俺は強かった。

 生まれついて、強かった。

 振り返ればそんな俺が無力に嘆いた機会など、一体どれほどあっただろうか?

 【賢者】と出会った時より修練を怠ったつもりこそないものの、元々"強者"に生まれついた俺の努力と、恵まれない種族に生を受けたヤツが積み上げた努力の質と環境は、きっと大きく違ったのだ。

 

 『【厄災】は、【ライネル】よりも優れた技量を持っている 』

 

 生まれついた肉体の強さと、勇者の矜持に友の命まで掛けて挑んだ戦争だった。

 身体能力の優位は種族の差として厳然と存在し、背負った心構えでヤツに劣るはずがないという決意もあった。

 ……そんな闘いで、それでもなお敗北を喫した以上。

 勝負を決める心・技・体のうち、いずれの要素がヤツに劣っていたかは瞭然だった。

 

 体格と膂力で遙かに勝る相手の一撃を悉くいなして流し続け。

 四方から振り続ける矢の雨を全て見切り、たった1本の剣で切り払い、あるいは躱し続け。

 最後に俺の心臓へアイツの剣を捻じ込むに至るまでに、小柄な体格を活かした独特の歩法と虚実入り乱れた身のこなしによって殺戮の合間に緩急を作り続け。

 その果てに種として乏しいはずの体力と、消耗激しかったはずの集中力を持続せしめた――。

 

 それらは間違いなく【厄災】の、戦士としての技量が優れていなければ不可能なことなのだ。

 そんな非常識な結果を出せる自信は、正直なところ俺には無い。相手を全滅させる結果は出せても、恐らく過程の部分で、俺ではもっと力に依った手段を取らなければ成せないだろう。

 

 そしてそんな動きを戦いの始まりから最後まで目に焼き付け、敗れて殺され、生まれ直した先の世界にまでその記憶を持ち越してしまった俺にとっては甚だ業腹ではあるものの。

 ヤツの剣技と立ち回り、身のこなしの全てが二本足で立つ体格の劣る生物に限り、最も優れた戦闘法の一つであることを認めない訳にもいかなかった。

 

 ――だからこそ。

 力を失い、"弱者"である子鬼となってしまった己の戦い方に【厄災】の立ち回りを取り入れた結果、身体が以前とは完全に別物であるにもかかわらず、僅か1年にして集落最強の称号である『最優』の評価を勝ち得てしまえた結果は、俺にとって意外でも何でもなかった。

 

 何ら特殊能力を持たない、二本足の身軽な生物の中にあって。

 『最強』を信じられる身体の動かし方を、俺は実践していたのだから。

 

 

 ――

 

 

 ――――

 

 

 ――――――

 

 

 時の果ての世界で、何の因果か【厄災】と再び遭遇し、剣を交えたこの時。

 ヤツの冴えない回転斬りを躱し、舞い込んだ好機。

 

 ……後で何度振り返ってみても。

 間違いなく、ここは【厄災】を打倒し得ただろう、千載一遇の好機だった。

 

 本当は、一息に命を奪い取れるヤツの脳天へ、握った剣を叩き込んでやりたかった。

 足なんて迂遠な箇所など狙わず、相手へ向かって最短距離で到達する「刺突」でもって、【厄災】の喉や心臓といった命に届く急所に刃が届きそうなら、もしかしたらそこを狙っていたかもしれない。

 

 そうした一撃で勝負を決めうる急所へ、腕を振るだけでこと足りる振り上げと同じか、あるいはそれと同速で行える攻撃手段があれば、迷いなくソレを実行したはずなのだ…… この肉体が、かつてのモノであったならば。

 

 繰り返すが、この時の俺は小鬼だったのである。

 片手で持てる剣では相当な勢いをつけて振らねば、肉は裂けても骨には届かせられない非力な種族なのだ。更には族長に託された『鋼鉄』の剣は、普段使っていた得物よりもなお重い代物であったことも、この時ばかりは選択肢を狭める要因だった。

 【厄災】に倣い、曲りなりにも重量を遠心力という力に変えて活かす剣技を身につけてみせたとはいえ、これほど密着した体勢でその術理を生かす手段も発想も、俺には無かったのだ。

 生まれた好機を逃さないために一歩踏み込む時間さえ惜しむ状況であった以上、踏み込まないままにこの短い腕で放つ突きでは、ヤツの身体に届くかも怪しかった。

 

 だから俺が選んだのは、確実に『当たる』攻撃であり。

 コチラが伏せた状態から始まり、距離の詰まった相手にも実行可能な技。繰り出せる最速の内で最も威力の乗せられる攻撃――「立ち上がりざまの斬り上げ」だった。

 

 これなら殺せないまでも、必ず身体のどこかに当てられるという確信はあった。

 例え成れの果てだろうと、相手は【厄災】。

 侮って掛かって良いはずもない。初撃で踏んでしまった失敗を繰り返してはならない。

 そのことを忘れず心に滾る怒りと憎悪を抑えつけ、小さくとも次への布石に繋がる確実な傷を与えるための攻撃を選択したのである。

 ……こうして振り返る機会を得たところで、この時の判断自体が間違いだったとは思えない。

 

 

 誤算だったのは、ただ一つ。

 

 

 

 ――ビュンッ――

 

 

 

 振り抜いた剣が空を斬る。

 時を超えて待ち望んだ手応えは、まるでなかった。

 

 目の前は僅かな砂と草の切れ端が舞い散っているだけで、束の間ヤツの姿は消えていたが…… 何をされたのかは分かっているし、姿を見失ったというワケでもない。事実、ヤツはすぐに視界の上から降ってきて、俺の視線の先に納まった。

 

 ヤツはどうやって俺の剣を躱したのか?

 足元に迫った俺の剣を、崩れた体勢のままに大きな宙返りをうつことで避けてみせた。

 それだけだ。

 

 結果は非常に残念であれ、そこに理不尽な要素が絡んだ訳でもなく、飛び上がりざまに俺が反撃を受けてしまったというような、致命的な出来事が起こった訳でもない。

 

 

 ……しかしその光景が、俺の中にあった疑惑を確信に変えた。

 まだ小さかった焦燥の火が、一気に危機感となって燃え上がるには十分な代物だった。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、コチラの攻撃を回避したあの動作。

 俺が剣を振る際に組み込んだ小さなフェイントだったり、反撃のために攻撃を見切って身体を反らすに留める回避を見せた後、やはり焼き直したかのような動きでヤツも実践してきたことから、その意図は透けてはいた…… 攻撃の交差を繰り返すたび、ヤツの攻撃や回避が徐々に鋭くなっていく過程で覗かせていた一連の流れは俺を焦らせ、そして、酷く苛立たせた。

 ふざけるな、と。

 馬鹿にしているのか、と。

 どれだけ奥歯を噛み締めても、屈辱を感じる心は一向に紛れなかった。

 

 ――衰え切っていたはずの目の前の残骸は、この瞬間にも往年の力を取り戻し、強くなろうとしているのだろう。

 ……よりにもよって、かつての【厄災】を参考にして組み上げた俺の動きを通しながら。コイツはかつての、【厄災】を彷彿とさせる動きへと立ち戻っていく。かつての力を永遠に失い、最も力を発揮出来る現状の戦い方を捨てるわけにもいかない俺との対比は、いっそ滑稽ですらあった。

 

 緩み始めた握力を意識して、握り直した族長の剣。まだ、まだ全力で振ることは出来る。

 けれどしっかりと握り込まないと、気を抜いた拍子に取り落としてしまう気がした。そんな心配を、しなければならなかった。

 構えて見据える先には、無傷の【厄災】。

 遭遇したばかりの時には本当にただ立っているだけだったはずなのに、今では斧を構える腕、広げた脚、屈める身体。全てに意味が込められいるように見える。

 

 この時の俺は目の前にあるそんな姿に、絶好の好機を逃した上、また一つヤツの力を引き出す手伝いをするに終わってしまったことを、遅まきながらに自覚したのだった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

   ――ギャリンッ―― !

 体勢を崩しながらも、斧を首元に滑り込ませてコチラの切っ先を弾く【厄災】。

 今度は躱されなかった。

 しかし、金属で出来た刃の部分による防御を間に合わされた。

 飛び退いていく【厄災】を追わず、再度の仕切り直し。

 

 硬い金属に突き込んだ剣を持ち直す間が欲しくて、痺れる腕を軽く振る。

 再び柄を握り込んだ手のひらの違和感に、痛みが混じる。どうやらついに皮がめくれ切り、出血し始めたらしい。

 それでも指の感覚がもう怪しいのだ。

 変に脱力しては、次の瞬間には剣がすっぽ抜けてしまいかねない。

 

 かつて培った経験と勘を総動員させ、脳味噌を沸き立たせなければ【ライネル】の技術と膂力を持ってしても結局は捌き切れなかった、あの"剣"の持ち主の攻撃。

 今もそれを子鬼の身でありながら見切り、避けてみせ。更には反撃を加えて退かせることが叶った。

 

 快挙。

 そう、断言しても良いはずだ。

 ここまでの攻防は小鬼となってなお【ライネル】の残骸が、姿形はそのままの【厄災】の成れの果てと渡り合えたいう、生まれ直してからこれまでの俺の確かな努力の成果だった。

 

 しかし。

 

 (――もう限界だ )

 

 そう。限界だった。

 

 腕が重い。足が重い。今すぐ倒れ込んでしまいたい。

 ヒトとしては規格外だった【厄災】の体力と集中力が、果たして今の世で劣化しているのか? 劣化しているとしてどれくらいなのか? を計ることは出来ないが、少なくとも小鬼の俺に劣るということはないらしい。

 額にかく汗を、時折着ている服の裾で拭うに留める様子からは、それがどれだけ演技を重ねたモノであったとしても、隠すことも出来ずに肩で息をする俺よりは、遥かに余力を残しているだろうことが伺えてしまえる。

 

 ヤツが俺から【厄災】としての動き方を学ぼうとしていることを察した後、すぐさま俺は「末端から削る」戦法を止め、「一撃必殺」を狙うことに専念していた。フェイントや布石をそれまで以上に張り巡らせ、攻撃の全てを囮にすることを心掛けた。

 最も力を乗せられ、かつコイツの不意をつけるだろう大技――「縦」の回転斬り。それをヤツの脳天に叩きこむことだけに専念したのだ。

 

 しかし【厄災】は、ここでも俺の想定を上回った。

 やはり回転斬りを凌いだ後の隙をつけるか否かが、この戦いの分水嶺だったのだ。

 

 俺が闘い方を切り替えたことが契機だったのか、それとも情報収集は十分と判断したに過ぎないのか。ヤツは宙返りで俺の斬り上げを躱してよりその後、こちらの攻撃を待つことを止めた。

 退けば押してくるし、押せば退く。一度見せた俺の動きには完璧に対応し、まだ見せていない動きや戦術を強制してきた。

 しかもそれを自身の中でどうやって落とし込んでいるのか、見せていないはずの【厄災】由来の技術をいくつか再現するかのような立ち回りも増えていき…… そんな動きに対応するために、温存していた俺の剣技や術理は引き摺り出され続けた。

 

 結果として小鬼の身体用に調整し、いくつもの要訣は取り零さざるを得なかった俺の【厄災】の技は、その大部分が本人の手元に奪い返されてしまった。しかも当たり前のように、不足していたはずの部分を補った上で。

 

 (この野郎、このクソ、糞野郎……! )

 

 闘いの天秤は、もう随分前に【厄災】へと傾き切っていた……ように思う。

 疲労で段々とコチラの動きが陰るようになってからこれまで、それとは逆にどんどん動きが冴えだした【厄災】の斧が俺を捉え得る瞬間が、実のところ数度はあったはずだ。

 

 俺の命が今も長らえている理由は、その都度ヤツにとって新しい初見の技で立ち回ってみせたことが大きいと信じたいが…… 恐らく。いや間違いなく、そんな時に限ってヤツが『見』に回った結果なのだろう。

 

 従来の手段では打開出来ない状況に追い詰められ、新しい技を出すことを強いられる。

 それを観察され、【厄災】に新しい戦い方の幅を持たせてしまう。

 その技法を加え、あるいは新たに派生させた技術でもって、再びコチラを詰めにかかる。

 

 その繰り返しの果ての今だった。

 そうして今や、攻撃に回す手数は完全に逆転してしまっている。コチラが相手の攻撃をしのぎながら、反撃の一刺しを狙うだけの構図となっていた。

 

 だが、盾は既に無い。

 先の先の攻防、コチラの攻撃を避け様に放たれた斧の腹による薙ぎ払いを受け止めきれず、吹き飛ばされた時に手放してしまった。体勢を整えて拾う前にヤツに拾われ、今やその背中を守っている。

 ますますキレを増す【厄災】の攻撃をこれ以上防ぐのに、剣だけでは難しいだろう。

 

 (俺は己がこの身体でも強くなるため、今日まで鍛えてきたのだ…… "剣"を探し出して葬る旅の上で、現れるかもしれない貴様の系譜を退けるだけの力を得ようとして……! )

 

 ――【厄災】の蒼い瞳が、コチラを覗いている。

 最初に俺が激情のままに斬り掛かった時に透けて見えた、恐怖と焦燥の色はもう僅かにも感じられない。今その顔に浮かんでいるのは、ボコナを斬り殺してみせた時にも浮かべていた、冷然とした表情だった。

 

 その顔が、眼が。

 子鬼となって以来憶えなかった強い怒りを掻き立てて止まない。

 

 今の俺程度を殺しあぐねている貴様が、何故【厄災】ヅラして俺の命を握っている?

 強い。

 強いはずだろう。【厄災】は。 

 100年という人には永過ぎる時を越え、昔の面影もないほどに老いさらばえたというのにならば、まだ納得もしよう。それほど傍目にも衰えていれば、子鬼にすら手こずれるだろう。

 

 なのに、この【厄災】は何なのだ?

 見た目は一切の劣化もしてない。印象的な眼も、あの時と全く変わらない。だというのに、何故こんなにも弱いのか。俺の一挙一動に注目しているのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()有り様を何故、今になって俺の前に晒しているのか! 貴様の劣化模倣に過ぎない俺の動きを、熱心に観察しているなど、一体何の冗談なのか!

 

 目の前の存在がこの時代、この台地にいることが認められない。

 

(……ふざけるな、ふざけるなよっ! 断じて貴様を強くするための、踏み台になるだけのために俺が、俺が生まれ直したはずはないのだ!! )

 

 募り続ける苛立ちは、決して【厄災】に対してのみ向けられるモノではない。

 いやむしろ、もう片方への熱量の方が高いかもしれなかった。

 

 いよいよ憎悪の割合を大きくしながら再び過熱し、心を煮立たんとする内なる火炎は…… 俺自身にこそ激しい矛先を向け、なおその勢いを激しくさせていく。

  "剣"を持っておらず、変わり果てたと言い切れるほどの有り様を晒しているヤツからすら恩人を守れず、そして今無様に敗れようとしている弱過ぎる己…… それが何より許せず、憎かった。

 

 ――致命的なまでに持久戦をこなせない、細過ぎる体力が憎い。

 ――ヤツの未熟な攻撃を受け止められない、脆過ぎる身体が憎い!

 ――何より【厄災】を倒せない、弱い弱い自分が憎い!!

 

 逃げる選択肢は有り得ない。胸に渦巻く憎悪がそんな行動を許さないし、目の前の【厄災】は後ろから武器を持たないボコナを惨殺してみせた生き物なのだ。逃げる存在を追い討つことに、何ら抵抗を持たないだろう。

 交渉は論外だ。言葉の意思疎通が取れる取れないの問題ではない。【厄災】と和解するなど、例え殺された全ての存在が『祝福』とやらで蘇ろうとも、俺は決してコイツとは馴れ合えない。

 

 ……ではどうする?

 戦う以外に選択肢が無いならば、どうやって戦う?

 どうやって倒す?

 

 渾身の一撃を振るう力なんて、もう身体のどこにも残ってはいない。ヤツの成長を続ける力の前に、命を守って凌ぐだけで余力ごと使い果たしてしまった。

 まだ手足は繋がっているものの、斧の先端に突き出た木製の頭で突かれた胸が、息を吸うたびに鋭く痛む。あっさりと折れたらしい胸の骨が、内蔵を傷つけているせいだろう。とても地面を転がり跳ね回る、「縦」の回転斬りを行える状態ではない。

 体の無理を押して敢行したところで、この体力の枯渇と内蔵の損傷具合では、【厄災】の命を絶つだけの威力は到底乗せられないだろう。無策に斬りかかっても、ただ術理を晒してヤツの力を更に強化して終わる可能性が最も高い。

 

 自分の状態は把握した。対してまだまだ、敵は余力を残しているのも判っている。

 無為に終わりかねない切り札は使えない。それでは【厄災】を倒す目的は果たせない。

 

 それら全ての、今置かれている惨憺(さんさん)たる自らの有様を認めた……

 

 

 

 ――からこそ、俺は剣を振り上げた。

 

 

 

 決して。

 決してこの状況に至り、自棄になった訳ではない。今までどれだけ手と策を凝らしても不意をつけるだけの状況を、俺は【厄災】に対して作り出すことが出来なかったのだ。

 ならば疲労が限界に達して内蔵も傷付いている現状、手足に致命的な怪我を負う前に。

 せめて、せめて今出せる最も力を乗せた一撃に、賭けるしかないではないか。

 

 無策ではある。無謀でもある。

 けれど今となっては、これこそが最もヤツを殺し得る最善の選択だった。

 

 だから、もう小難しく頭の中で考えるのは止めろ。

 これまでの積み重ねを信じるだけ。

 自分の中にある殺意を信じろ。

 

 (……この一撃で【厄災】を、殺す!! )

 

 その一念だけを胸に定め、駆け出す。

 ヤツから距離を詰めさせてはならない。全力の一撃には、どうしても数歩の踏み込みが必要だ。走りながら【厄災】の機先を制するために、全力の雄叫びを響かせる。それはかつて獣王だった頃の咆哮と比べ、余りにも弱々しい声量ではあったが、構わず喉など裂けよと吶喊(とっかん)してみせた。

 

 ――こちらからの突貫はヤツが優勢を取るようになって以来初めてだったのが功を奏したのか。それとも少しは面喰らってくれたのか、あるいは最初の突撃のように我を失った考え無しの特攻だと騙せたのか。

 とにかく【厄災】はコチラに向かって踏み込んでくることはせず、あからさまに斧を振りかぶった体勢で大きく腰を落とし、迎え撃つ構えを取った。

 

 これは威嚇だ。

 踏み込んでくれば、振り下ろすと明確に主張している。

 

 今の俺の状態では恐らく、躱すことも受け流すことも出来そうにない大上段の打ち下ろし。間合いに入れば得物と腕の長さの差でまず間違いなく、向こうの刃が先に俺の命を抉るのだろう。

 

 (構わない。むしろ大助かりだ )

 

 コチラは既に、一撃の後に命を拾おうとは思っていない。

 残った戦力と相談し、考え抜いた末の特攻なのだ。この一撃が躱されればもう後などない。

 相手が動かないというのなら、それだけ相打ちの可能性が高まるだけ好都合。

 更に踏み込む。

 止まらない俺を見た【厄災】が蒼い瞳を細める。

 斧を握る両腕に更なる力が込められたのが、遠目にも分かった。

 

 (――それがどうした )

 

 頭上に掲げた剣をゆっくりと、そして大きく回転させる。

 これが初撃のような闇雲の振り回し―― に見えるように出来るだけ装いながら、一歩踏み込むごとに腕の回転に勢いをつける。

 一歩一歩を踏み込みながら、全身を使って腕を振る。かき集めた力の全てを右手一本へと送り込み、溜め込み続ける。

 

 これこそ手足が短く、体重も軽い子鬼の身体で戦闘を行う上で、最も重要視していた技術の成果。

 少しでも攻撃に重さを乗せる、または単発で息切れを起こさない「次」に繋げる動きを研究し、俺が自身の肉体に叩き込め得た「回転」術理の延長である。

 ――どんなに身体が痛んでいようとも、戦闘下ならば頭が意識せずともその術理に沿って動けるように訓練しておけたことは幸いだった。胸の奥から鉄の味がする嘔吐感がこみ上げようとも、腕を振る動作に一切の淀みはない。

 

 ……やがてまもなく集落の戦士達が持つ、誰の剣よりも重い族長の剣は、少しでも気を緩めれば手から吹き飛んでいきそうな推進力を宿すに至った。

 風を切る轟音。事ここに至っては、最早コチラの特攻の意図は明白だろう。

 

 けれど【厄災】は、動かない。

 変わらず腰を落とした体勢を崩さないままでいるところを見るに、それでもなお迎え撃てるという自信があるかなのか。考えていることは分からない。

 しかし、それでもいい。

 仮にヤツの刃が先に俺へ届こうが、遠心力のついた俺の剣は止まらない。

 剣を持つ右腕は、身体で守れば良い。左腕だろうと肩だろうと、腹でも胸でも頭でも、好きな所を持って行かせてやる。命を落とした後でも、ヤツを殺せれば俺の勝ちだ。

 

 ただこの一撃を、ヤツの身体に届かせることだけを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドガッ――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 ……正面から飛んできたモノに気付くのが遅れたのは、力を剣に集中させることを意識し過ぎていたせいだろうか。

 高速で回転しながら俺に向かって迫るソレが月光を反射して煌めく長細い物体だと分かったのは、耳元で唸る剣の風切り音の最中にあって尚、空気を突き抜ける音と共に俺の身体に衝突した後だった。

 

 その瞬間後、見えない巨大な手に突き飛ばされたようにして身体が後ろに弾かれた。厄災の間合いに踏み込むためには、もう5歩ほど、踏み込む必要があったのに。踏ん張ることを意識することすら出来なかった。

 

 ――不味い。身体が浮いた。腕の回転が止まってしまう。

 

 突然の事態をもたらした原因を改めるより何よりも、【厄災】を殺すために蓄えた力が失われることの方が、今は遥かに優先すべき問題だった。

 離れていく距離、踏み込めない足。

 この一撃を、俺の怒りと憎しみを無為に貶めないためには、この瞬間に行動しなければ……。

 しかしそれから、勢いが止まって剣を握る腕が伸び切る前の刹那に俺が出来たのは、怨念成就を願った渾身の殺意を我武者羅に投げ擲つことだけだった。

 矢のような勢いで放たれた剣の行方を見届ける直前、胸元から吹き上がった血霧が視界を汚した。

 必死で右肩を振り抜いたせいで、左肩から右脇腹にかけて斜めに深く食い込んだままだった凶器を境目に、身体が盛大に裂けてしまったようだ。

 

 吹き飛ばされて地面を転がり、ほとんど千切れた身体から吹き出す血と泥に塗れる中、かつて味わったことのある、昏くて深いまどろみが自身の意識を覆い出すのを自覚した。

 

 そうなる前にせめて、と。どんどん力が入らなくなる首をゆっくり、ゆっくりと剣が飛んでいった方角へと回していく。

 どうか怨念を叶えてくれと、どこかの何かに願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あぁぁ……だろう、なぁ。こ、のクソ、が―― )

 

 

 

 ――全力で斧を投げつけた姿勢のまま、両の足で立っている【厄災】。

 

 ――そこから大きく離れた、何の変哲もない木の幹へ深く突き立つだけの剣。

 

 

 

 視界に写ったその光景に、何かを呪う間もなく。

 

 昏い闇が、俺の意識を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 ――グジュリ。

 

 その魂を、肉塊は覚えている。

 

 黒い憎悪は身震いするほどの芳香を放ち。

 赤い殺意は涎が零れる豊潤さ。

 

 素材に過ぎなかったかつてとは違い、今や魂は見事に熟成されていた。

 

 紅い光の下でも一際輝いて見える、そのご馳走を。

 

 今度は暖かいうちに、呑み込んだ。

 

 

 

 









 ※ゼルダの伝説BotW【ライネル版】攻略サイトの記事より抜粋風味
  ↓  ↓  ↓
 このメインクエストでは、【厄災】を撃破することは『出 来 ま せ ん』。
 どれだけ追い詰めても決して相手のHPは減らし切れない上、一定の時間経過ごとに【厄災】の攻撃力は上がり、動きもどんどん早くなっていきます(5分経過後は、一撃で殺されます)。
 アナタのHPが0になり次第クエストは終了しますが、その後もイベントは勝敗に関わらず進行するので、どれだけ粘れるかの腕試し耐久プレイに挑戦しない場合は、さっさと倒されてしまいましょう。
 (なお、このクエストで20分間【厄災】にHPを0にされず凌ぎ切れれば、トロフィー『ウツシエの記憶:英傑の戦闘経験』が解除され、以降の【厄災】討伐戦に限り難易度がマスターモードに固定されます)


 初見プレイヤー「なんだこの糞ゲー」

 タイムアタックの場合、いかに早く【厄災】に首を差し出せるかの腕が問われます。

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