回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
担いだ斧を小鬼へシューーーッ!
超☆エキサイティンッ!!
* * * * *
――【厄災】に再び敗れた自分は、今度こそ勇者の残骸に相応しい死に様を迎えたのだろうと思っていた。
しかし己を己と考えられる意識が、再び浮き上がった途端に飛び込んできた周囲の状況を鑑みるに、どうやら此処はかつて100年に近い時の中、ただ一人過ごすことになった虚無の牢獄らしかった。
夜の闇とは違う、黒い『ナニカ』に満たされた空間。
「見る」「聞く」「考える」以外の自由を全て失くした俺の意識が、
(……あぁ、
最初に抱いたのは、ある種の納得と諦観だったか。
100年前にこんな空間に落とされた時は混乱したものだったが、異常な事態も二度目ともなればそれなりに耐性もつく。いずれ始まるだろう、死者達を模した影達の容赦無い罵倒を思い出すも、それこそ仇を前にして何も為せなかった愚か者の末路に相応しいという思いもある。
これが罰であるなら、もっと苦悩に喘ぐべきだとも思うのだが―― 取り乱せるほど、気持ちは揺れてくれなかった。
(つまり今回も……俺は何かの意思か、仕組みの中に囚われたのだな )
前回同様に永い時を、怨念と悪意に浸り溺れながら過ごし続ければいいのだろうか。
その後に再びの解放はあるのか、それとも今度こそは永劫に続くのか…… 何も確かなことはなく、結局のところは分からない。
きっと考えるだけ無駄だ。死んで生まれ直してなお、その後の身の振り方を考えるなんて無益に過ぎる。
――辺りに意識を向ける。まだ暗闇に変化はない。
粘着質な水音も、次々に湧き上がっては呪詛の言葉を残して崩れる死者の群れも現れない。ひたすら広がる黒色の世界には、僅かな雑音も存在していなかった。
もしかすると、ここは以前いた空間とは違うモノなのかもしれない。
……それとも、ここは『祝福』とやらを受けた者が復活に備えて過ごす場所なのか?
( ……!)
取り留めもなく流れる思考の中、不意に浮かんだその考え。
仮にそうだとしたら、此処には自分の前に放り込まれていなければならない存在がいるはずだという可能性に思い至った途端、それまでの自暴自棄で、凪いですらいた心持ちが吹き飛んだ。
黒に塗り潰された四方八方へ、せわしなく飛ばす視線―― その先に、求める魔物の輪郭が僅かでも浮かぶことを祈りながら、懸命に探し続ける。
赤い小鬼のボコナ。
あの時目の前で殺され、守ることの出来なかった雌。
もし『祝福』に備える魂がここにいるのなら、きっと彼女の魂も在るはずだ。いや、無いはずがない。
――しかし黒く染まった世界に、小鬼の影は浮かばない。
『祝福』なのだ。
俺のような、数多の同胞の命を道連れにしておきながら、魔王の復活を妨げる要因を排除出来なかった出来損ないの【ライネル】だった者とは違う。
再びの生を与えられながら、新たに定めた目標すら果たせずに千載一遇の好機を逃し、あまつさえ命を救われた恩人をも巻き込んで諸共にくたばった無能とは違うのだ。
彼女は日々を懸命に駆け、健やかに活き、村と仲間を想って暮らすだけの魔物だった。
あの赤い月の『祝福』は酔っ払って川に溺れただけの、間抜けに死んだ小鬼にだって復活の光は照らされたのを知っている。この時代、この世界なら、寿命でもない限りほとんどの魔物は復活するのだ。年単位で復活した集落の小鬼を調べ、そう断言したのは、他ならぬボコナ自身だった。
だったら彼女だって、救われて然るべきだ。そのはずだ。
……もちろん。ここがそんな場所でなく、最初にぼんやり考えていたような愚かな罪人を死の前に留め置くだけの闇であるのかもしれない。
しかし、それならば構わない。歓迎してもいいくらいだ。
これほど探して彼女がいないならば、俺に引きずられてそんな環境へ来ていないだけなのだと思えるからだ。そもそも既に彼女は復活し、あの家族と仲間のいる集落へと帰っている可能性だってある。
本当に、そうであるなら。
俺は心の底から『祝福』に感謝を捧げるつもりだった。
――声が出せない。名前を呼べない。
――視界の全ては黒い闇。それでも影を探すのを止められない。
▼ ▼ ▼
…………グジュ ……
どこからともなく漏れ響いた、小さな小さな水の音。
粘着質なその水音に、視界に意識を取られていた【ライネル】は気付けない。
……まるでそれが合図だったのか。
雨が一粒、天から零れるようにして深紅の細い光が一筋だけ、空間を上から下へと流れ落ちる。
しかしその光から丁度背を向ける形で、視線を回してしまった【ライネル】は気付けなかった。
その光に一瞬だけ、見知った小鬼の雌が写ったことを。
その影がまるで厚く透明な膜を間に挟んだかのように、ぼやけて滲んでいたことを。
▲ ▲ ▲
……やがてどれほどの時間が過ぎた頃だろうか。
己の意識以外、この暗闇の中には何も存在しないことを確信してしまえた後は、彼女が此処にいないことへの言い知れぬ安堵と失望だけを胸中に満たし、持て余して漂うだけの時間を味わっていた。
それは深い寂寥感だけを感じていられる、ある意味では穏やかな時間ですらあったが…… 長い時を忘れて浸れる代物ではなかった。
感傷は余韻もそこそこに、闇の中へと溶け消えてゆく。
ゆっくりと、腹の底から沸々とせり上がってくる憤怒が空虚な時間を塗り潰すのに、それほど時間は掛からなかった。
「ボコナを探す」という、仮初めではあったがとりあえずの目的意識を失ってしまったからだろう。腹から胸へ、胸から頭へ。黒く濁った熱が、逃避を止めた脳をチリチリと炙っていく。
――再度相まみえる機会を得ながら、【厄災】に一矢報いることすら出来なかった。
こんな有様で、俺はこの世界で何が出来る気でいたのか。仮に【厄災】と出会わず、小鬼の集落から勝ち取った『凧』で下界に降りられたとして、一体何を。
かつての勇者としての責務を果たす?
世界のどこかに残っているかもしれない【厄災】の残滓や遺物を破壊する?
あれ程までに弱体化していた【厄災】本人に遭遇するという偶機を生かせず、千載一遇の機会を逃してしまった弱者のくせに?
――ボコナも守れなかった。
己が今は最弱の魔物であることなど何ら言い訳にならない。手を伸ばせば届くような距離にいた恩人を、みすみす目の前で殺された結果は変わらないのだ。
最早名乗るつもりなど100年前のあの時より既に無いが、かつては魔物の未来を守れる勇者こそ己であると信じて【ライネル】を名乗っていたこの魂は、どれほど無様な失態を繰り返せば気が済むのか。
握り締めたい
繰り返し唸って込み上げる熱を追い払うように、あるいは取り込むように。
罵倒することしか出来なかった。
【厄災】を。己自身を。
何度も、何度も。
▼ ▼ ▼
いつの間にか暗闇には、いくつもの光の筋が表れている。
パラパラと降る小雨のように儚いソレは、しかし幾条もの線となってこの何もない漆黒の空間に確かな変化を添えていた。
……しかしそれは、決して暗黒を照らすモノではない。
ギラギラと光る赤色の雨は、明らかな凶兆を宿している。
仮にハイラルに生きる人間がこの場にいたとしたら、その人物は光を指して、それが干天を癒す慈雨のような言祝げる光景では、決して有り得ないと断言するだろう。
そんなモノが、暗闇の中に存在する一つの意識へと群がるように集まっていく。
暗闇を歪めて透かし、赤黒く染まった光が渦を巻いて意識を取り囲む様は、ようやく見つけた得物に群がる、大量のイナゴの如き悍ましさを思わせるものだった。
しかし内に閉じ籠もって己への罵倒を繰り返す意識――【ライネル】は、そんな光景に気付けない。
▲ ▲ ▲
何故この時の経った世界に、貴様が居たんだ?
全盛期を長く保てないヒトであるはずのお前が、何故記憶と変わらない忌々しい姿のままでいられる?
何故丸腰のボコナから先に襲った? 集落は無事なのか?
どうして俺から殺さなかった?
貴様にとって今の俺は、そんなにも脅威を感じない存在なのか――……!
――この腕がもう少し長ければ!
俺の剣はヤツに届いただろうか。小鬼の短い腕で振るった剣は、衰えた【厄災】の肌一つ傷付けることは出来なかった。
――この身体がもう少し固ければ!
"剣"を持たないヤツの攻撃にもう少しでも耐えられただろうか。一撃でも貰えば即戦闘不能という脆さは、俺から攻勢に出られるはずだった多くの機会は元より、捨て身で掛かる決断すら奪わせた。
言い訳、負け惜しみ。そうだろう。
これはそういった類の情けないモノだ。
けれどあの千載一遇、弱り切った【厄災】を前にして何も出来なかったに等しい醜態が、悔しくて口惜しくて堪らないのだ。
▼ ▼ ▼
細い線であった光は今や、赤黒く渦巻き続ける濃厚な靄となっていた。
靄は意識が存在する部分を中心とした球体を象り、外側からはその中を窺うことは出来ないほどの密度を成している。
靄の外、ぼんやりと小鬼の形に見えるとぼけた影は、しきりに渦の中から気付いて欲しそうに手を振っていたりしていたが、影が囚われている膜と意識が包まれている渦に隔てられ、今更意識が外に視線をやったところで、影の存在に気付くことは出来なかっただろう。
――やがて、靄は発光を再開する。
明滅する不気味な光は胎動のようであり、時折混ざるのは粘ついた水音。
不快感を煽る靄の向こう、その内側を窺い知れる者は誰もいない。
だが仮に何かを宿しているとするならばそれはきっと、不吉で悍ましいモノに違いなかった。
▲ ▲ ▲
……自分の周囲に変化が起こっていると気付けたのは、どれだけ己の無力に憤っていた頃だろうか?
【厄災】と己に吐き出す罵倒に夢中だったせいか、心に込み上げる熱量と混ざって今の今まで気付けなかったのかもしれない。吐き出す気炎に混じって自覚した違和感は、『熱』だった。
しかし、精神的なモノではない。
言うなれば己の意識が漂っている空間を『頭』とするなら、今は失ったはずの『身体』があるだろう辺りの暗闇に、不快な熱を伴う幻痛を感じるようになっていたのだ。
前回はただ恨み言を吐き出して纏わりつくだけだった亡者達が、今回に至っては俺に直接痛みを与えようとしているのか…… そう思えるほど、有り得ない身体を苛む熱は悪意的だった。
肉体を、心を、魂を貪らんとする意思が伝わってくるかのような、剥き出しの怨念に塗れた赤黒い魔力。言ってみればそんなものが、俺の手足があったらしき場所を蝕んでいく。
幾万の害虫が毒を持った牙を突き立て昇ってくるような感覚。
手足の感覚が蘇りながらも、一切の身じろぎが取れずに抵抗出来ない…… やがてそれが全身を包んだ時だった。
(――落ちる )
前後左右に何もなく、重力すらも存在ない虚無の闇だったはずの空間。
そんな中で唐突に、自分を強力に引き込むような力。
『下へ』『落ちている』
それだけが唐突に分かった。
落ちる。
落ちていく。
此処はこれほど広い場所だったのかと思えるほど、長い時間を落ち続けた感覚。
いつの間にか己の周囲を囲み、随伴するように諸共落ちている赤黒い光の靄は、100年続いたあの闇の中をどうしようもなく思い出させる。
……力に抗えず己が引っ張られる感覚の中、やがて
細く、長い、虫を思わせる闇色の腕。
引き込まれる空間の先。周囲の闇と同化するように、しかし以前とは違って赤い凶光を節々に纏っている腕。見るからに禍々しいソレが、嘲笑うように俺を手招きしている。
かつては無機質さすら漂わせていた腕は、今度こそ雄弁に語っていた。
”さぁ、どうする?”――と。
何かが弾ける。
100年前とは違う、1年前とも違う。
それは全く新しい何かが己の中心から突然生えてくる感覚だった。
かつては躊躇の末、逃避のために『掴んだ』その不吉な腕を。
今度はためらわず、突き動かされる感情のままに『掴んだ』。
……再び味わった泥の塊を掴んだような不快さに、俺は間違いなく歓喜していた。
▼ ▼ ▼
赤い光は消え、暗闇一色に染まり直した空間。
そこには膜の向こうに隠され、誰にも気付かれることのなかった影だけが取り残されている。
意識は影に気付かず、靄に引き連られて去ってしまった。影は膜を叩いていた腕を降ろす。
あれだけ近くに居たにも関わらず気付かれなかった以上、もう届くことは無いと理解してしまった。
ゆっくりと濃度を深くする闇。
やがて影も、完全にその中に埋没することになるだろう。
しかし暗闇に包み込まれる間際。
誰に届くことも無い声を、影は遠い意識に投げ掛けていた。
▲ ▲ ▲
▽ ▽ ▽
『――ライネル 』
『――ねぇ、ライネル 』
独り言だった。
聞かせたい相手は此処にはいない。いなくなった。
『貴方の敵は、信じられないくらい強かったね 』
『いつか語ってくれた、今よりもっともっと強かった100年前の貴方』
『お伽噺みたいな獅子の勇者だった貴方でも勝てなかった相手だったんでしょ? 今の小さな魔物になっちゃってたライネルじゃ、ちょっと分が悪かったみたいね 』
何故死んだ自分が此処にいるのかは分からない。これは消える前の、もう一度彼に会いたいと思った拍子に生まれた妙な夢なのかもしれない。
『けれど、それでも 』
『貴方が初めて会った時の夜みたいにまた蹲ってしまっても 』
『心を叩いて叩いて、また立ち上がれるのなら 』
『きっと大丈夫 』
しかし、いつかのように自責の念で潰れてしまいそうな意識を仮初めであっても目にしてしまった以上、言葉を掛けてあげたくてたまらなかった。
『一番最初、弱々しく転がって慌てていた貴方 』
『地面に踏ん張る足が4本から2本に減ってしまったと嘆いていた貴方 』
『何も守れず、誰にも報えなかったと泣いていた貴方 』
無駄かもしれない。伝わらないかもしれない。
それでも私はこう思っていると、声を届けたかった。
『私は、貴方が私を庇いながらも巨熊を倒しちゃった時の背中を覚えてる 』
『ずっとずっと忘れない 』
『劣った力、頼りない武器――。それでも踏ん張って私を守り切ってくれた時、ホラ話みたいな貴方の昔話を聞かされていた私の気持ちがどう膨らんだかなんて、想像出来るかしら? 』
貴方が今の自分を
けれど貴方がいつか話してくれた、魔物達を守る勇者の名前。
それが誰より似合うのは、あの時私にあの背中を魅せてくれた、貴方なんだって私は信じている。
『だから貴方が忘れても、私は覚えていてあげる 』
『だから私は、何度だって呼んであげる 』
……貴方は【ライネル】なんだって。
△ △ △
▼ ▼ ▼
――グチュリ
影の最後の言葉は暗闇の中に呑み込まれ、膜の向こう側にすら響くことは無かった。
▲ ▲ ▲
* * * * *
――雨が降っている。
気付いた時、俺は鬱蒼と生い茂る深い森の中に2本の脚で立っていた。
……あの腕を見た時、こうなるのではないかと期待していたが。どうやら俺は、再び生まれ直すことが叶ったらしい。
1年前のようにバランスを崩して倒れ込むような無様はしなかったものの、身体の感覚がハッキリと違う。獣王とも小鬼とも異なる感触。正直倒れ込まずにいられたのは、腰から大きく伸びる太い
ゆっくりと、自らの身体を見下ろす。
渾身の力で伸ばして『掴んだ』腕は、残念ながらかつての太く逞しい巨腕ではなかった。
しかし。
今世の細くて短い、赤い子鬼の腕でもなかった。
印象的なのは、表面をびっしりと覆うウロコ。
それは【厄災】の目を想起させる忌々しい空の蒼さではない。まるで吹き荒れる風にかき混ぜられた海面のような、黒々と濁った青色をしていた。
そんな魚類めいた印象を抱く腕は細かったが、確実に小鬼のソレより長く、太かった。
恐らく俺の身体はもう、小鬼ではない。
鱗まみれの腕を持った今の俺は、あの騒いでいる魔物と同じ存在へと変わったのだろう。
……1年前。【ライネル】からナナシとなった、あの時のように。
木々の向こう。
途切れ途切れに切り抜かれた景色の先から響く声。
俺の腕に生えている鱗と同じく黒々とした、けれどやや紫混じりの青色をした鱗に全身を覆われた魔物が声を張り上げていた。
かつて【ライネル】であった頃に聞いた時は、彼らの種である魔物の声は掠れた高音混じりの雑音のようで、ほとんど聞き取れなかったはずなのだが。今はその声で伝えられている意味が、ハッキリと理解出来た。
それは必死な、ひたすら避難を呼び掛ける内容だった。
「早くー!はやぐぅー!! 生き返った皆はどこでも良いから、とにがく逃げてェーー! 」
2章完結。
途中1年ほど更新の間が空いてしまいましたが、それでも投稿すれば読んで頂ける皆様には感謝しかありません! 今後も気が向いた時にお読み頂けるようボチボチ更新していきますので、どうぞよろしくお願い致します!
章完結につき、恒例にしたいおねだりを一つ。
お気に入り・評価・感想など頂けたなら、作者はマモノショップ店長キルトンの如く「ひゃいーー!」と喜びます。
※活動報告にて、過去の感想返しにも触れる内容でちょろっとした拙作の設定を乗せようかと思います。コチラは全力の自己満足垂れ流しで特に本編への影響はありませんので、読まずに流して頂いても問題はありません。