回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○今章のあらすじ

 『逃走×闘争』編、始まります。





3章 青鱗のリザルフォス
∴ 青年の正義


 

 

   * * * * *

 

 

 ――1人と1匹が蘇った、あの時代から100年の時が過ぎたハイラル大陸。

 その地は大きく分けて、およそ9つの地方に大別されている。

 

 如何なる天変地異によるものか、遥か昔に土地全体が雲の上まで隆起し、巨大な台地を形成してそのままの姿であり続けている大陸一特異な【始まりの台地】。

 ハイラル王国の中心であったハイラル城がそびえ、今なお保たれた神秘を内包するハイラル大森林を擁する【中央ハイラル】。

 100年前の大厄災の被害を免れた村を2つ抱え、知恵の女神を祀る霊地『知恵の泉』が存在する霊峰ラネール山を含む【ハテール地方】。

 南海に広く面し、受け継がれる(いにしえ)の詩曰く、勇気の女神を祀る霊地『勇気の泉』がどこかに眠る樹海と、女神ハイリアの名を冠した湖を含む【フィローネ地方】。

 太古より姿を残す遺跡の孤島を浮かべる東海に面し、炎竜の名を冠する地にして力の女神を祀る『力の泉』を秘める盆地を抱える【アッカレ地方】。

 緑少ない岩肌の高地に囲まれた大陸で最も広大な砂漠を含む、痩せながらも広大な周囲一帯に自らの種族名を掲げられるほど強く逞しい女性達が治める、男子禁制の土地【ゲルド地方】。

 リト族の村はあるものの年中を雪に包まれたヘブラ山脈を中心に据え、他種族が生きるには厳しい自然を誇る【ヘブラ地方】。

 入念な準備無しには、近寄るだけで死が免れない大火山デスマウンテンが存在し、だからこそ住まうゴロン族達の故郷ゴロンシティがある【オルディン地方】。

 

 そして最後の9番目が――大陸の中央全体を賄えるほどの巨大な水脈が存在し、遥か1万年以上前の古代よりその水源を守り司るゾーラ族達独自の石造技術によって築かれた、大陸有数の壮麗さを誇る里がある土地【ラネール地方】である。

 

 全ての土地は先人達が少しずつ積み重ねた努力の結果、全てが徒歩で行き来出来るように繋がれていた。必要となる場所には岸と岸を結ぶ橋を掛け、主要な道の上にある邪魔な石は退けて均され、草はしっかりと刈り込まれた。

 加えて荷車や馬車の利用を織り込んで敷かれた道の幅は大きく、人の気配を避けないはぐれ魔物や、良からぬ考えを持って徘徊する悪人に襲われるといった余程の不幸に遭遇しない限りは、安全を保障された道によって、各地方の交流は確保されていたのだ。

 

 

 ――しかし、それは100年前にもたらされた「大厄災」以前の話である。

 

 太古の封印から復活して解き放たれた【厄災】の魔力の影響か、人と見れば躊躇なく襲い掛かるほどに狂暴化した魔物が大陸に溢れて久しく…… 一歩でも囲いで覆った街の外に出るということは、魔物や悪意ある者に害される危険があることを覚悟しなければならなくなってしまっていた。

 無論、それは人の英知と技術、そして努力によって繋がれた道であっても例外ではなく、ハイリア人を含むヒト族にとって、地方を渡る旅とはいつ魔物に襲われるかもしれない危険な行いと化していた。

 

 この辺りの事情は【厄災】によって壊滅させられたハイラル王国の民に限らず、今も健在な王を戴くゾーラ族が住まうラネール地方もまた、同じ状況の中にあった。

 

 いや、むしろ。

 ゾーラ族の姫にして英傑である存在が殺され、担い手を失った『四神獣の内の一体』の制御が【厄災】に奪われたままになっているこのラネール地方こそ、他のゲルド、ヘブラ、オルディンの地を除く「奪われた神獣」が居座っていない地方よりも直接的な【厄災】の脅威に晒され続けていると言えるだろう。

 大陸の守護を担うはずだった『水の神獣』はゾーラの民達の抵抗空しく、今も無限に水を生み出す能力を暴走させ続けている。本来その力を使って治水に用いられるはずだった大陸の豊かな水源地は、長年()()()()()()()()を浴びせられ続けたことにより、いよいよ限界を迎えんとしている有様であった。

 

 1万年よりも前にハイラル王国とゾーラの民が力を合わせて造り上げた「東の貯水湖」にして、両者を繋ぐ不破の絆の証でもある、ゾーラの里を見下ろす位置に設けられた「ルテラーダム」。

 大陸が平和だった時代の象徴とも言えるソレが数年後か、数か月後か、あるいは明日か…… などと、近い将来の決壊を危ぶまれているほどの危機的な状況にあるのが、今のラネール地方である。

 

 ともなれば、そんなダムのある山の麓に設けられたゾーラの里へと、道中溢れ返っている危険な魔物を抜けてまで、わざわざ訪れようとする部外者などいるはずもない。

 いるとすればそれは余程のモノ好きか、あるいは危機意識に著しく欠ける者であると断言しても差し支えはないだろう。

 

 だから現代のラネール地方とは、常に降りしきる雨音に紛れ、魔物の声が跋扈して木霊する中、時折ゾーラ族の民が漏らす怯えた囁きが混じるだけの土地と変わり果てていた。

 

 

 

 ――そんな絶望と僅かな諦念漂うラネール地方に、しかしその日。

 あるハイラル人の青年が、たった一人で踏み込んでいた。

 

 

 誰が見ても無謀な行いをする「彼」とは、一体いかなる人物なのか。

 

 魔物蔓延る大陸の中にあって、一発逆転の賭けに出た流浪の商人?

 あるいはただ時勢も知らずに迷い込んだだけの、哀れな旅人?

 それとも悠久に積み上げた文化と壮麗な街並みが崩壊する様を眺めに訪れた、悪趣味な傍観者?

 

 

 ……いや、違う。

 そのどれでもない。

 商人でも、旅人でもない。ましてやただの傍観者であることなど、彼には許されない。

 

 少なくとも彼がこの地を訪れる前に、立ち寄ったカカリコ村という場所で村長を務める老婆からすれば、彼はそうした「その他大勢」の中に混じる存在ではなかった。

 

 老婆は、己を忘れた彼に語った。

 

 「彼」こそは100年前、人々より【英傑のリーダー】と称えられた青年。

 【厄災】との戦いで他全ての英傑が斃れた後も、姫巫女を守り続けた末に負った致命の傷を癒すべく、始まりの台地に据えられた「回生の祠」に隠され、永い蘇生の眠りについていた【ハイラルの勇者】。

 万年の歴史を誇った王城すらも壊滅した「大厄災」の末期においていよいよ目覚め、100年後の今に至るまでその封印の力を用いて【厄災】と己をもろともハイラル城の最奥に縛り続けている姫巫女が、最後の希望を託した近衛騎士――

 

 今の世では数少ない、人が穏やかに暮らせる環境を守り続けているカカリコ村の村長にして、100年前の「大厄災」を知る生き字引の老婆、インパは彼を指してそう語ったのである。

 

 ……語られてなおも、青年の記憶が戻ることはなかった。

 それでも朧に脳裏を掠めては消え去るナニカは、確かに青年の心を揺さぶった。

 

 戸惑う彼の様子を知りながら、それでもあえて老婆は彼に願った。

 

 1万年前の伝説を継ぎ、【勇者】として人々を苦しめる各地の神獣を解放してくれ。

 今なお止まった時の中で一人、耐え続ける姫巫女を救ってやって欲しい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 己が何者であったのか。依然として青年は思い出せずにいる。

 けれど彼の足は、老婆との語らいの後に示された道を自然と辿っていた。

 

 過去の己を知るもう1人の知人がいるというハテール地方の奥地、ハテノ古代研究所へ。

 そして、姿なき声がしるべを残す、ラネール地方へと。

 

 ゾーラの里の先に居座っているという、暴走した『水の神獣――ヴァ・ルッタ』を目指して。

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 (――ボクは、一体何なのだろう? )

 

 台地で出会った謎の老人。

 その正体はかつて、大陸有数の栄華を誇っていたという王国最後の王だった。

 

 そんな故人の幽霊曰く、ボクは100年前に回生の眠りについた勇者なのだという。目覚めた時から頭に響く謎の声の主にとっては、恐ろしい存在に巣食われた「ハイラル王国」を救う騎士であるとも。

 

 (当代随一の剣士で、王国の姫の筆頭護衛騎士。けれど大陸を覆う厄災の化け物に倒され、そして今度こそは打ち勝たねばならない勇者…… 本当にそれがボクなの? )

 

 台地で正体を隠した老人が、ボクにいくつも押し付けてきた頼み事。後になって振り返ってみれば、あれは蘇ったばかりのボクを鍛えたり、あるいは力の確認をするための試練だったのかもしれない。

 眼鏡に適ったのか、それとも元からそのつもりだったのかは分からないけれど、その末の結果として彼がボクにくれたのは、一切思い出せなかったボクの身の上話と100年も昔の物語、そして雲より高い台地から地上に降りるために必要な『凧』だった。

 

 台地のほとんど全ての場所を歩き回ったのに、幽霊が正体だった老人を除いてたった1人の他人にも出会えず落胆していたボクにとって、人々が生活しているという地上に行ける『凧』が貰えたことは有難かった。

 唯一会話が出来た老人すら語るべきことを語り終えたということなのか、王であった頃の姿を見せて『凧』を渡してくれた時以来、もう姿を見せることもなくなってしまった。

 魔物しかいないこの土地に居座るつもりは毛頭無かったボクは、ほどなくして台地を離れた。

 幸いにも『凧』はすごく頑丈で、ボクが地上に降りるのに一切の問題は無かった。

 

 ……その道具の力で雲よりも高い台地を離れ、初めて地上へと降り立った時の気持ちは、実に晴れやかなモノだったことを覚えている。

 どこまでも高い青い空に照らす日差し。眼下にゆっくりと迫る、色彩豊かな緑の大地。

 二本の腕だけで支える『凧』は見た目頼りなくも、風に負けて煽られることなく、しっかりと帆に風を蓄えて空を進んでくれた。

 腕を畳んで『凧』を傾ければ、思うまま自由に進路が変わる空の旅。

 いつまでも飛び続けてはいられない、それほど長い時間ではなかったけれど、それでも空にいる間のボクは束の間『昔話』を忘れてしまうくらいにワクワクとした、自由な気持ちでいられたのだと思う。

 

 

 けれど老人と別れ、空の旅を終えた後のボクは結局、あの姿のない謎の声に導かれるままの行動をし続けていた。

 自分と同じ人が生きる大陸、その地上にようやく降り立ったとはいえ、何か明確にやりたいことがあった訳でもない。ただ一人は寂しい、誰かと会いたい、その思いが強かった。

 その目的は道中で時折見かけることの出来た旅人や商人と会うことで果たされはしたものの、常にどこか魔物の影に怯え、言葉少なに立ち去りたがる彼らとの交流は、深まりようもなく寒々しいモノでしかなかった。

 覚えのない使命を果たさせるためだったはずの、老人が促していた「己を知っている者を訪ねよ」という言葉に抗いにくい魅力を感じたのも、恐らくは人との触れ合いに温もりを求めていたからなのだろう……例え、また記憶にない誰かに『勇者としてのボク』を期待されるとしても、だ。

 

 

 (大国を飲み込んでみせた化け物に、たった1人で挑める勇気と力をいずれ手に入れる「皆が期待するボク」なんて、どうやって信じればいいんだろう? )

 

 

   *   *   *

 

 

 導きを辿る先で出会った、かつてのボクを見知っているという老婆。

 そのインパと名乗った彼女の言葉を信じるなら、この呆けたように朧げで頼りない心持ちの原因は、回生を果たすこと自体には成功したものの100年間眠り続けたせいで、かつての多くの記憶と力を失った影響によるものらしかった。

 

 なるほど、眠り続けた影響か。

 ぼんやりとした心と頭とは裏腹に、魔物に向かって振る得物に求める力と速さを即座に込めてしまえる身体に気持ち悪さを感じていた正体として、その推察はストンと胸に落ちてくれる気がした。

 ただ『かつて』に覚えなどなく、今の十全に動く身体に不足も不満も抱いていないせいか、「以前より己が衰えているという自覚」なんてモノは無かった。

 

 ……反対に持った覚えのない斧や剣、槍、盾をまるで熟練の使い手のように振り回せたこと。

 そして素人目にもまっすぐ射るだけで相当な修練が必要であることが容易に分かる弓ですら、当てようと集中するだけで、まるで時間を引き伸ばしているかのような不思議な感覚と共に、狙った場所を百発百中の精度で射貫けてしまえたことは、本当にこれが頼りない考えしか持てない自分の身体が持つ力で良いのかとすら疑ったほどだ。

 

 強者の身体と力―― それをあくまで他人事のように感じているのが、今のボクだ。

 正直に言って、持て余している。出会ったかつての知人だという皆が口を揃えて「弱くなっている」と断言する今の力だって、満足に使いこなせているとは思えない。

 もしかしたら勇者の魂は既に死んでいて、空っぽになった肉の器へ勝手に入り込んでしまった何者でもない魂が、今考えているボクなんじゃないか…… と、ひどく後ろ向きな考えが浮かんでくることも一度や二度じゃない。

 

 (死んで失われてしまえば、それがそのまま世界の終わりに繋がってしまうような希望の象徴。そんな存在こそ、皆が思っている『勇者』なんだ…… でも、そんな恐ろしい役目を背負える人間が、本当にボクで、ボクしか、もういないのか? )

 

 村の重鎮、古代の研究を守る研究所の所長。そして祠に祀られるミイラとなってまで、勇者を鍛えるための試練を守り、ボクがそこに辿り着いてしまえば役目を果たしたとばかりに消えていく誰か達。

 彼らは何も強制しない。ただ過去の事実を語っているだけだ。

 そうして、言うのだ。

 信じていると。願っていると。

 命を掛けて守ってきた何かを、当たり前のように託してくる。

 

 彼らが【勇者】と信じる者に。

 ――――何も覚えていない、自覚のないボクなのに。

 

 

   *   *   *

 

 

 目覚めたばかりのあの時。暗い洞窟を抜けた先で、視界いっぱいを埋め尽くした生命の色彩に包まれた時の解放感は、既に遠い()()()だ。

 

 記憶に無い己を語る長老のインパや、古代研究所を構えるプルアの示す道が、『始まりの台地』で出会った「かつてハイラル王であった老人」の導きから繋がる先にあるモノだということは理解している。

 英傑のリーダー、ハイラルの勇者、王国最後の姫巫女の筆頭近衛騎士―― 1万年より前に始まる伝説の【厄災】を教え、記憶と力を失ったボクに記憶を取り戻すための切っ掛けになればと過去を語り、神獣の解放に至るための道を示す。

 彼らに悪意は一切無い。あるのは乱れた大陸を少しでも正そうとする願い。そしてその希望を預け得る存在へと託したいという気持ちだけだ。

 100年前はそうだったはずの自分。それを知る、またはそうと聞かされて信じている人達から両肩にずっしりと掛けられる期待が、今のボクにはただ、ひたすらに重かった。

 

 最初からハッキリと覚えていたのは、自身の名前が『リンク』であるということ。

 そして頭の中に響く若い女性の声にはどこか聞き覚えがあり、その謎の主がきっと、自分にとって何か大切な相手だったのだろうという、どこか無根拠な思いだけ。

 

 正直に言って、もしかしたら声の主は不穏な存在なのでは? と思ったこともある。何せ目覚めたばかりの右も左も分からない自分の頭に、アレソレと指示してくる謎の声なのだ。

 何も知らない無目的でいた自分だからこそ、一つ一つ示される良心を刺激しない短期の目標達成を求められ、こなすことに大した疑問を抱くこともなかったけれど、段々と上がるハードルに思うことがなかった訳じゃない。

 最終的には世界を滅ぼし得る何だかよく分からない存在を打倒して世界を救えと言われて、はいそうしますと返せるほど、ボクは能天気でも英雄願望に狂っている訳でもなかった。

 

 

 ……しかし、だ。

 そんなボクでも今も大陸中のあちらこちらで生々しく残る、100年前に起こった「大厄災」の爪痕に、胸を締めつけられずにはいられなかった。

 

 瓦礫となって無造作に打ち捨てられた、かつては人が笑って生活していただろう家々の、無惨な跡地。

 人の生活圏に躊躇わず踏み込み、食料も水も命だって、何もかもを荒らし尽くそうとする魔物。

 人々を守るべく創り出されたはずなのに、今や【厄災】の手先となって無差別に襲い掛かってくる、かつての古代兵器達。

 そしてそんな状況にも関わらず、同じ人族でありながら【厄災】を信奉して人々に牙を剥き続ける謎の戦闘集団。

 

 人と縁と繋ぐたび、そんな今を生きる人達を悲しませる者たちと遭遇するたび、己の中でぐいぐいと心を引っ張る力を感じられた。

 いつ頃からかそんな時は、正しいと思う衝動のままに身を任せることにしていた。この世界には何処にだって転がっている、目の前にある悲しみの原因を斬り伏せる時に、自分の心の弱さに悩んで躊躇える暇なんてなかったからだ。

 そんな時に振るうボクの力は常に鋭く敵を倒しながらも、鍛錬などで理由なく用いた時にはつい感じてしまう気持ち悪さを意識しないでいられるモノだった。

 

 

 【厄災】を倒すなんて大それたことは言えない。その自信も無い。

 けれどあやふやな記憶の中の話ではない、確かな今の世に居る人々との縁を結んだボクは此処にいる。

 

 そして暴力によってもたらされる哀しみを払えるだけの力を経緯は思い出せないながらも自分は持っており、その力を持ってそれを払うことをボク自身が、そして多くの人が望んでいる。

 

 

 (……まずは、この想いの正しさだけでも信じてみようかな )

 

 

 そして少しずつ、目標を膨らませてみよう。

 

 この世界について詳しいことをまだまだ知らないボクでは、どうすれば哀しみの大本を解決させることになるのかは分からないけれど…… 幸いにも自分の衝動の正しさは、かつて王だった人や長い時を生きた長老、偉い研究所の所長や姿なき声の女性だって認めるところだ。

 変に自分が考えるより、頭の良い人達にその辺りのことは任せても良いだろう。姫巫女という地位にあるという声の女性は、為政者の頂点に近い人なのだからなおのことである。

 

 ただその声の人のみならず、多くの人が「魔物を倒し、ひいては神獣を開放し、最終的には【厄災】を倒してくれ」とボクに願っている点が、最も頭の痛いところではあるのだが。

 

 (【厄災】を倒す【勇者】には、ボクじゃなれないかもしれない。けれど、ボク以外の人が【厄災】を倒せる可能性がゼロだなんてことも、ボクにはとても思えない )

 

 

 ――ごめんなさい。

 ボクは皆が期待する【勇者】じゃないかもしれません。

 それでも今【勇者】であることを期待されている人がボクしかいないなら、一つ一つでいいから何か、皆が望む未来へ繋がる行いを心掛けてみようかと思います。

 相応しくないからと言い訳して。過分な力が宿るこの身体を抑えつけてまで、心が求める行いを躊躇うつもりはありません。

 

 祠の試練も、力の限りこなします。

 人を傷付ける魔物は狩ります。

 人を襲う兵器を破壊します。

 いたずらに人の不安を煽る悪人も許さない。

 

 小さな哀しみを払い続ける行為の積み重ねが、もしかするとボクじゃない誰かが「導きの果て」を成し得る可能性に繋がることを、ボクは信じたいのです――

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 以来、青年は己の心のままに剣を振るう。

 

 【勇者】であることを求められる期待の重さに悩みながら、それでも自分が出来る、手の届く範囲で人の生活を脅かす敵に力を振るう努力を怠らなかった。

 

 そんな道中の先に彼はとうとう、『水の神獣』が待つラネール地方へと踏み込んだのである。

 

 商人でも、旅人でも、傍観者でもない。

 人々のために剣を取るその姿。

 それは本人の自覚はなくとも紛れもなく騎士であり、いずれ【勇者】に至る者に相応しい在り方であった。

 

 

 

 ……もしかしたら彼はうっすらとでも思い出していたのかもしれない。

 

 誰かが名付けてくれた、『リンク』という己の名。

 それが様々な相手と繋がり、託される者であることを願われてのことであること。

 自らもその意味に則って、何かを成し遂げることを過去に誓った身であること。

 

 そして『見たことのない景色』の中で『聞き覚えのある声』の相手に、そう誓った過去のあの日を。

 

 

 






 まるっと記憶を失っているところに、周りが寄ってたかって世界を滅ぼそうとする化け物を倒せと迫ってくる。ソイツには今よりずっと強かったという昔の自分を、ボコボコに叩きのめしたらしい。
 「お前ならヤツを絶対倒せる! 」ですらなく「古文書にそれっぽいこと書かれているし、奪われた神獣取り返したらワンチャンいけそう? 」「姫はお前が寝ている間も頑張ってたよ? 」「ほっといたら世界滅びるけど、世界救うより優先したいことが100年後の世界でボッチなお前にあるの? 」 みたいなことばかり言われる……時の勇者ってホントおつらぁい。
 多少ストレス解消に魔物を虐殺したり、アレな服を着て男達の性癖を歪ませる遊びに走っても許されるんじゃないかなって。


 ※ただいまの【厄災】状態
 ・神獣攻略数:0
 ・祠攻略数:ちょっと
 ・武器:無心の大剣(ナナシから巻き上げた剣と盾は随分前に砕けました)
 ・防具:ハイリア(布)シリーズ
 ・シーカーストーン:ハテノ古代研究所に立ち寄り済(+強化状態)

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