回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

46 / 48
○前回のあらすじ

 ハイラルの青年、(周囲の期待に押されまくって)勇者始めました。


臆病者の蜥蜴

   * * * * *

 

 

 

 今夜は、満月だった。

 

 太陽は既に沈み切り、真夜中であることを示す暗闇の空の中。

 黒一色の世界、その一片だけをポッカリとくり抜いて、地上を照らす輝きを放っている。

 ただしソレは常の柔らかな乳白色、あるいは寒々しくも冴えた蒼銀の輝きとは違った異色―― 濁った深紅に染まっていた。

 

 恐らくもう幾ばくも無い時間が過ぎれば、鮮血と見紛うナニカに満たされた真円は中天へと掛かり…… 過去100年の間を何度も繰り返し行われてきた奇跡を起こすだろう。

 

 そう。

 『()()()()()紅月が中天で輝いた前夜より数え、これより同じ色を灯す瞬間までの期間において、病死・自然死以外で命を落としていた魔物達の復活』だ。

 

 【大厄災】発生より、100年の間続く忌まわしい禍として、赤い月が昇る度に必ず繰り返されたこの現象を、ヒト族は《ブラッディムーン》もしくは《赤い月の夜》と呼び、忌み嫌っている。

 

 ……もちろんそれは、ヒト族の視点立って考えた時だけの話だが。

 

 

 

 視点を変えよう。

 

 幾万年をヒト族に虐げられ、ただ生きるだけにも命を掛けなければ厳しい土地へと追いやられてきた魔物からすれば紛れも無く、赤い月とは《祝福の夜》である。

 

 しかし魔物の世界は野生の論理―― 弱肉強食を前提とした社会。

 蘇りの祝福に守られようとも、無為に死んだ者は生存競争から脱落した弱者でしかないと見做される風潮は、依然として存在していた。

 

 情の深い部族であれば純粋に復活を果たした命を喜び、それに対する『祝福』への感謝を捧げる姿も見られるが…… 多くの魔物はそうした環境の中を生きていない。『祝福』を受けてなお、厳しい環境にしか縄張りを持てないままでいる魔物は多く存在する。

 生存のために非情に徹さざるを、いや、非情で当たり前な世界を生きる魔物達からすれば、《祝福の夜》は種の存続を助ける有難い超常ではあっても、あくまで自然現象の恩恵程度以上の意味を持たせることはない。

 

 ここ【ラネール地方】に存在する『リザルフォス種』単独で構成される集落は、同種族ということもあってか他種族間の寄り合いと比べた場合、お互いの縄張りの距離は比較的短い。

 それでもわざわざお互いの「縄張り」を掲げ、小部族単位で独立していることからも察せられる通り、どちらかといえば同種の死であっても淡泊な反応を示す集団である。

 

 ―― そんな彼らであっても、《祝福の夜》に限っては老若雌雄問わず、総出で紅く染まった月を見上げ、喉を鳴らして歌を奏ですらする風習を持っていた。

 

 

 その理由は一つだけ。

 『力』を尊ぶ魔物達にとって、赤い月がもたらす恩恵が破格に過ぎたから。

 

 

 空に禍々しい月が輝く度、死者が蘇る。

 無制限の死者復活を可能とするほどに充溢する魔力を帯びた月光が、地上を遍く照らす―― そう、()()()()()照らすのである。

 光を浴びることに、死者と生者に区別があるはずもない。そして魔王は彼らを差別しなかった。

 

 生来生まれ持った魔力を、魔物が後付けで蓄えられる手段は、身体の成長に伴う増加を除けば一つだけ――他の命を奪った上での略奪のみ。

 常ならば数年、数十年と掛けて「魔」の位階を高めた先に起こるはずの『色変わり』に要する時間を短縮し得る魔物は、戦闘や狩りに長じた才能を持つ一部の個体に限られていた。

 

 しかし赤い月が昇るようになってからの魔物は違う。

 

 ただ生きてさえいれば、定期的に大量の魔力を浴びられる夜が来たのだ。

 これを喜ばない魔物は存在しない。

 

 そして戦闘に誇りを持つ戦士階級の者達もまた、それを邪道と忌み嫌わなかった。

 戦いに才能を持たずに生まれてしまった子孫達であっても、野生を生き残れる力を得られることは紛れも無く吉事であったこと。そして差別なく全員にもたらされる恩恵である以上、闘争と狩りによって日々魔力を獲得している戦士達が『色変わり』を果たす時間は当然、そうではない者達よりも短いことに変わりはなかったからだ。

 何ら不利益なく、自分達の矜持も侵されないのであれば、忌避する理由があるはずもなかった。

 

 100年前まで、魔物の大多数を占めていたのは種族由来の基本色だった。

 しかし時が経つ内にその割合は減り、現在では「青」をはじめとする『色変わり』を果たした若い個体も珍しくなくなっている。

 そして強い個の増加は、それを擁する種や部族の安全、ひいては繁栄に繋がっていく。

 

 魔物全体の『力』を高め、守り、活性化させる赤い月。

 今夜はそれが昇る、《祝福の夜》。

 

 環境、境遇、才能。それらに違いがあろうと関係ない。

 大陸中の魔物達が様々な方法で迎え、万感の歓喜を持って夜空を見上げる。

 

 それが魔物達にとっての赤い月の恩恵、《祝福の夜》を迎える普段通りの姿であった――

 

 

 

 ――しかし、ただ一画。

 

 【中央ハイラル】から始まり【ハテール地方】を抜け、ゾーラ族の里へと至るためにヒト族達が【ラネール地方】に敷いた道。

 その路上にある一画だけは、いつもの夜とは趣きを別にしていた。

 

 小部族がいくつも集まって大所帯を形成する『リザルフォス』の大部族。ヒト族を追いやり、半ば占拠するようにして、彼らはその土地に縄張りを築いていた。

 ……しかし今、たった1人のヒト族の手によって、断末魔の絶叫を強いられる土壇場に放り込まれている最中の彼らに、夜空を見上げながら歌う余裕など有りはしなかったのである。

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 ――命を失ったはずの99年前の時を超え、小鬼の器に押し込められた獣王の魂。

 その持ち主が再びの死によって、新たに鱗を持った蜥蜴の肉体を得ることになる夜、その少し前。

 

 場所は、止まない雨の降り続ける【ラネール地方】。

 ヒト族を追いやった蜥蜴の魔物が広く分布し、いくつもの部族に分かれて点在している集落の中でも、取り分け広い縄張りを持つ集団が占拠している森。

 その入口に位置する場に立つ大木の下に。

 

 薄紫混じりの鮮やかな青鱗に覆われた、蜥蜴の魔物たった1匹、何かを抱え、木の根を隠す灌木(かんぼく)の中に身を潜めて(うずく)まっていた。

 

 

 

 ……ここで少し、蜥蜴の魔物――ヒト族が『リザルフォス』と分類する蜥蜴の魔物について触れておきたい。

 

 彼らは多くの魔物達と同じく生物が生活するにはあまり適さない、過酷な土地にあっても順応可能な適応力を持っている。加えてこの種固有の特徴として、中には自然の脅威たる雷や炎、氷の力を取り込み、自らの力として操ることを可能とする個体すら発生し得る種として広く知られていた。

 適応する環境の幅広さから、魔物が周辺の魔力を取り込んだり己自身の力を蓄えて成る『色変わり』を起こした時の「色」の多彩さは、大陸の魔物の中でもこの種族が随一だろう。

 

 ヒト族にとって、この魔物の最も厄介な点…… それこそがこの適応力の高さである。

 

 人が寄り集まって住む僅かな土地を除けば、昼夜を問わず魔物がそこかしこを闊歩するこの時代。各地域を結ぶ主要な交易路は、必要もあってそれでもまだ維持され続けているが、魔物と遭遇する危険性は往年の頃と比べて跳ね上がっている。

 かつての先人が築いた廃墟や街を利用し、あるいは隠れ里で細々と暮らしつつも、必要に駆られて方々へ旅や行商に出る者は決して絶えることはないのだが、そんな彼らにとって、道中遭遇し得る魔物の脅威度を測れる能力や指標は不可欠であった。

 手に負えない存在に出くわしたならば当然遠回りや、あるいは引き返してでも危険を避ける為である。

 しかし、逃走ばかりでは目的を遂げることが出来ないなんてこともままある以上、手に負える脅威ならば戦ってでも突破する必要も求められた。

 

 その判断をする上で、特に注意しなければならない厄介さを持つ魔物こそが『リザルフォス』なのだった。その理由こそずばり、『色変わり』に伴って起こる無秩序染みた「色」の多彩さにある。

 一般的な魔物に共通する「蓄えた魔力の量と質に合わせて起こる『色変わり』の特徴から、大よそ外見で個体の危険性を推し量れる」という生態から完全柄に逸脱する種ではないものの、その多彩さから余程魔物の観察に熟達した者でなければ、その色味から推し量るべき脅威を誤認してしまう危険性が高いのだ。

 

 マダラに染まり易い鱗。

 野生動物に照らせば擬態に適した特徴ではあり、加えて爬虫類の一部に見られる全身の体色を周囲の環境に合わせて変化させられる機能も備えた『リザルフォス』。

 【大厄災】以前は主に身を守る為の能力であったはずだが、人魔の勢力が逆転した今の時代では、むしろヒト族を「狩る」ための効果を強めている。

 

 最弱の「緑」かと思えば最凶の「黒」寄りの力を持つ個体だった。

 通常種かと思えば魔法めいた攻撃手段を持つ変異種だった。

 周囲の景色に体色を同化させる擬態によって、どうしようもなく接近するまで気付けなかった…… などといった報告が絶えず、『リザルフォス』の存在一つが非戦闘員を抱える行商人の旅路を険しくさせていた。

 

 そしてその被害を最も受けている地方こそが、水場に富むここ【ラネール地方】。

 全環境に適応するとはいえ身体の構造上、ゾーラ族と同じく水棲環境こそが蜥蜴の魔物にとって馴染みやすい環境であったことが、その地方に住まうヒト族の不幸だった。

 であるからして【ラネール地方】は今や、旅人が最も敬遠したい地方の一つに挙げられてしまうほど、多彩な鱗の色を持つ『リザルフォス』が溢れる土地となってしまっていた。

 

 

 

 ――さて、それでは。

 

 そんな視点でこの夜半の中を隠れるようにして蹲り、時折すすり泣くような鳴き声を漏らして震えるこの個体の鱗を観察するに…… 大陸に存在する種の大多数を占める通常種、その中でも取り分け平均的な「緑」でこそないものの、雷や炎、氷といった特別な能力を持つ個体特有の特徴も持ってはいない可能性が高いと見ていいだろう。

 

 敢えて特徴を挙げるならば、薄紫混じりという1点。

 例外はあれど水場において真価を発揮する種にしては珍しくも、それなりに高熱の環境に身を晒す機会が多い個体なのか、少ないながらも「赤」の色味を含む「紫」を混じらせているぐらいだろうか。

 火山地帯に生息する同種に見られる特徴を、このラネールの土地に生きる魔物が持つのは珍しくはあったが、それでも全体的には「青」の割合が圧倒的に多い。

 

 『リザルフォス』種においてその色は、基本色である「緑」よりは魔力を蓄えた強力な個体であることを示すモノであるものの…… 年月と経験を重ね、より狂暴かつ狡猾な魔物へ至っていることをヒト族に警告する「黒」ほどに特別強力な存在ではないとも言える。

 更に言えば「黒」に寄るほどの深みはその鱗にはなく、逆に薄紫と青が浮かべる発色の鮮やかさから判断するに、「緑」から「青」に『変わった』時から、まだ数回以下ほどの脱皮しか経験していない個体なのだと窺えた。

 

 総じてこの個体は。

 多少高温に慣れてはいるだけの、「青」に変わりたての通常種であるということが、正しくリザルフォスを観察出来る者には察せられるだろう。

 

 

 ……そんな特別強くもないが、決して弱い訳でもないはずの魔物が、なぜこんな場所で()()()()震えているのか?

 

 答えは単純。

 この個体は、逃げ出したのだ。

 

 絶叫が絶え間なく響く、自らの生まれ故郷。

 恐らくその光景に恐怖して逃げ出したのだろうこの個体は、生粋の戦士ではない。

 『色変わり』を果たしたその姿はしかし、戦いの末の成長ではなく、《祝福の夜》の恩恵によって「青」に成っただけであろうことが窺える。

 もっと遠くに逃げていないのは、後一歩で森の深くに逃げ込めるというところで耳に届いた新しい断末魔に、思わず足を止めてしまった途端に動き出せなくなったからか。

 

 ……けれどその有様を臆病者と貶したり、あるい尻を叩いて鼓舞する存在は、周りにいない。

 幸か不幸か惨劇が始まる時より前に集落を離れていたこの個体を除き、突然の殺戮に見舞われたその地から、彼が身を隠していられている森の入り口にまで逃げ延びられた同胞は、今この時までただの一匹も現れなかったからだ。

 

 集落の内に留まる最早残り少ない生き残り達が、僅かに息のある女子供を逃がすため、あるいは既に亡骸を晒している者の復讐のため、暗闇と血しぶきの中で見え隠れする襲撃者の影を血眼になって探す中。

 

 青の蜥蜴は進むでなく、戻るでなく…… ただ一匹、雨雲に覆われた夜空を見上げていた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 ――今日は特別な日だった。

 

 『祝福』より前の世代、火山がある土地からこの地へと流れてきたという自分の先祖は、火への耐性が極めて高かったらしい。その特徴を生かして家は代々、戦士達の武器を鍛造する鍛冶の仕事を担ってきた歴史を持っている。

 

 窯に火をくべ、鱗を炙りながら鉄を鍛え続ける。

 乾くことに弱い俺達の種でありながら、火炎と長時間寄り添える火の加護は正しく、先祖の有難い遺産だった…… らしい。

 らしいというのはその力、祖父ちゃんの代の頃にはすっかり衰えてしまっていたのだ。

 

 100年前から雨が常に降りしきるようになったらしいこの土地にすっかり馴染んでしまった俺達に、火の耐性を保ち続けることは難しかった。ぬかるんだ地を駆けるため、代わりのように培われた瞬足の特性を生かして、俺の父親は鍛冶ではなく戦士の道を選んだくらいだ。

 そして父が火から離れた生業で身を立てたことで、加護の継承は完全に断たれてしまったようで。鱗の色に名残だけを残して、その息子である俺に火の耐性は全く宿らなかった。

 長く続いた鍛冶の家系も、祖父ちゃんの代で終わりだろうというのが、親を含めた親族達の総意だった。

 

 けれど俺は、祖父ちゃんが楽しそうに話す鍛冶の話が好きだった。

 友達の多くが憧れる、勇ましい戦士達が見せる狩りの背中より、ボロボロの土くれから、綺麗な水面よりなおピカピカに光る剣を生み出す、火に鱗を焦がしながら槌を振るう祖父ちゃんの背中に憧れたんだ。

 

 ――そして今日は、そんな祖父ちゃんに我儘言って弟子入りした日から数えて初の、誰の手も借りずに俺が、俺だけの力で鍛え上げた剣が完成した日だった。

 

 (嬉しかった )

 

 磨き上げた刀身の輝きに、記憶の中に蘇る憧れを思い出した時。

 いつも厳めしい顔をしていた祖父ちゃんが、思わず持ち上げてしまったらしい口角の角度を、鏡となった刀身に写り込んでいるのに気付いた時。

 自分と同じ瞬足を受け継ぎながら、戦士の道を選ばなかった俺に不満を持っていたはずの親父が、仕上がった剣を見て物欲しそうにチロチロと舌を出し入れしていたことを揶揄(からか)えた時。

 

 二人のそんな姿が、これまでの俺が打ち込んだモノの価値を認められた証のように思えて本当に誇らしかった。

 そしてこの剣を鍛えていた最中に迎えた『色変わり』。薄紫の青。

 親父にはない「赤」が混じった鱗は、半端な成り損ないのようで一時期は落ち込んでいたけれど、今となってはその色こそ、耐性は無くとも火を扱う鍛冶屋の証のように思える。

 俺の通してきた意地と努力が、鱗となって現れてくれたのだと感じるのは、流石に現金が過ぎるだろうか。

 

 雲の多い空は、少しだけ赤み掛かっていて―― 今日が《祝福の夜》だったんだなと思い出したのは、親父が今夜はご馳走だ、とぶっきらぼうに、けれど気合いを入れて狩ってきたのだと一目で分かる、大きな魚を掲げたのを見た時だった。

 

 いつまでも続くようなフワフワとした高揚感、達成感を冷ましたくて。けれど忘れたくないから作り立ての剣だけは抱えて。

 そのままほんのちょっとだけ、村の周りを散歩しようと思いついただけ。

 

 俺はこんなことが起きるなんて知らなかった。

 ましてや、自分だけ逃げ出そうなんて、考えてもいなかったんだ。

 

 本当だ。

 

 ……最初は、今夜の祝福に先走った誰かが騒いでいるだけだと思った。

 向かいの家に棲んでいる幼馴染み。俺が練習で鍛たせて貰った剣を嬉しそうに振るい、集落で一番の戦士になることを目指していた見習い仲間。きっとアイツの大声だった。

 

 でも、すぐに勘違いに気付いた。

 大声にいつもの陽気さが無い。あれは悲鳴だった。

 喧噪に混じる悲鳴が止まらず、どんどん集落の中が緊迫した空気になるのが肌に伝わってきて。

 

 そのうち戦士の中で一番強い方の「ヤツと戦おうとするな! 俺が引きつけている間に全員どこでも良いから逃げろ! 走れ!」って言葉が聞こえてきた時、思わず集落の中じゃなくて外に向かって走り出してしまった。

 ……ここで誰かを助ける為、家族の安否を確認する為に中へと踏み込むのではなく、言われるがままに逃げ出してしまうから、俺は戦士になれなかったのかもしれない。

 

 闘いは苦手でも、駆けっこだけなら負けたことの無かった俺の足。

 その()()が一体何なのかを見ることもなく逃げ出せてしまったのは、果たして幸運だったのか。集落の外れ、この森の入り口まで辿り着いた時…… 俺は一つ、安堵した。

 

 背中を向けて逃げ出す直前、断続的に上がっていた仲間達の叫んでいた内容を思い返す。

 どうやら恐ろしいことに襲撃者は単独で、山の麓側にある集落の入り口からやって来たらしい。そしてその入り口は、この森とは反対側にある。つまり、皆がソイツから逃げ込んでくるならきっと、この場所になるだろう。

 一番最初に辿り着けた者こそたまたま俺だったけど、そのうち優先して逃がされるはずの女子供達が駆け込んでくるはずで。だったら怖いけどここで踏ん張り、より森の奥へ守って逃がすことこそが俺の役目になるんだと気を持ち直すことが出来た。

 

 その為に振るわれるべき武器は、この手元にある。

 感謝と恩返しを込めて、今夜親父に渡そうと思っていた俺の傑作が。

 けれどその親父は戦士で、今は多分、集落の中で侵略者相手に立ち回っているはず。だからこの剣はここで、俺が逃げ込んで来る仲間を守るために振るわなければならない。戦うのが苦手だなんて、言い訳にして良いはずがない。

 

 (……大丈夫。俺は戦士の息子だ。だから大丈夫 )

 

 (俺は戦える。きっと守れる…… )

 

 (……俺は戦える。剣を握れるんだ。絶対に守るから……だから、あぁ、お願いだ…… )

 

 

 

 

 (…………誰か、頼むから誰でも良いから、早く来てくれ…… )

 

 

 

 

 自分を繰り返し奮い立たせ続けて、どれほど時間が過ぎただろうか?

 

 うっすらと見えていた満月が、今は完全に厚い雲の向こう側に隠れ切っていた。

 そして散歩しながら見上げた時にはまだぼんやりと赤かっただけの空から、いよいよ赤黒い魔力の波動が雲の向こうに満ちているだろうことがハッキリと感じられるほどに、時間は分かり易く経っていた。

 

 

 ――そんな今になっても、この場所に駆け込んで来る者はいない。

 

 

 恐ろし過ぎる、けれど一番考えてしまう可能性。

 そんなモノがもう随分前から、頭の真ん中をズッシリと占拠してぐるぐると回っている。

 

 必死で固めていた戦いの決意も、今や完全に折れ萎んでいた。もう心のどこを探しても、熱なんて消え去っている。

 逃げてきた同胞が近づいてきたなら、迷わず自分の所まで駆けて来られるよう、森の切れ目から前に出て晒していた身体も、月明かりを反射するまで磨き込んだ刀身ごと誰にも見つからないように、近くにあった灌木の中へと突っ込んでいた。

 

 敵には勿論、仲間からも身を隠そうと必死になっている己の姿。

 情けないとは思えなかった。ただ必死に、どうすれば自分の身体をより小さく折り畳めるかだけに頭を巡らせていた。

 遠くに聞こえた子供の断末魔が無ければ、とっくに森の奥へと駆け出していただろう。

 今日感じたばかりの誇らしさや達成感が無ければ、冷たい光を照り返す手元の刃も身を隠すには邪魔でしかないと、地面に埋め込んでしまっていたかもしれない。

 

 今夜は《祝福の夜》なのに、なんであんなにも集落は静まり返っている?

 あってはならない静寂が、ただたまらなく怖かった。

 

 誰かが来てくれることを願っているのに、もう集落の中から出て来れるのは、死が形になったような恐ろしい襲撃者しかいないと思えてしまう。

 竦んでしまった頭と心。見知った仲間の死なんて想像もしたくないのに、今は一刻でも早く赤い月が昇り切って、思いつく限りの顔達を全員蘇らせて欲しいと懇願していた。

 

 

 ――そうやって、いつの間にか降り出していた雨音にも気付かないまま、地面に這いつくばり灌木の藪の中で一心不乱に祈り続けていた俺の願いが、天に届いたのかは分からない。

 最高に誇らしい時であろうと、最悪に惨めな時であろうと、その時は変わらずやってきた。

 魔物を救う《祝福の夜》は、いつもの通りに始まった。

 

 周囲に魔力が満ちる。

 前回もそうであったように、闘争をすることもなく無様な姿を晒していた俺の身体であっても分け隔てなく、充溢して漂う魔力は肉体と魂に染み込んでくる。

 それはもう萎え切ってしまっていたはずの心に暴力的な高揚感と、僅かばかりの勇気を吹き込んでくれるモノだった。

 蹲っていた身体に力を入れる…… 立てる。動ける! まだ!

 

 もう大丈夫だ。

 今からはただ待つのではなく、集落の傍まで踏み込んで逃げる皆を誘導しなければ―― そう息巻いて右足を踏み出した。

 

 

 ……けれど続けて踏み出すはずだった左足。

 さっきまで聞こえていた断末魔、それを再び全く同じ声の持ち主達が叫び出していることに気付いた途端、ソレは氷のように固まって動かなくなった。

 

 

 (あ、あぁ、ああああ―――― )

 

 

 

 

 

 

 

 「早くー!はやぐぅー!! 生き返った皆はどこでも良いから、とにがく逃げてェーー! 」

 

 

 情けない。みっともない。

 誰かが見れば、とても『色変わり』を終えた魔物、ひいては戦士を親に持つ雄には見えない姿だろう。当たり前だ。誰がどう見ても、今の俺は呆れるほどに無様だ。

 

 けれど俺は動けなかった。どうしても、足を村に進めることが出来なかった。

 魔王の魔力を受けて昂っていられたはずの心の熱、それが恐怖で完全に奪い去られないようにと、みっともなくわめいて、何ら具体性のない避難を願って呼び掛けることしか出来なかった。

 

 耳に再び響く同胞達の絶叫が、また何時途切れてしまうのかと怯えておきながら、それでも己の身体だけを安全圏に置いたままにしている自分。

 せめて叫んでいなければ、罪悪感と無力感でどうにかなりそうだった。

 

 

 そんな臆病者の声が、何かの事態を好転させられるはずもない。

 

 ――けれどその魔物が背後の森から突然現れて。木偶のようにただ立つことしか出来ないでいた自分を一息で躱し、真っ直ぐに集落へと突っ込んだのは、俺が叫んだ直後のことだった。

 

 

 




 リポップした敵を再び狩る、RPG主人公には良くあるムーブ。
 (なお相手視点)

 ※《ブラッディムーン》について
 月の光を取り込んで魔物活性化云々は捏造です。
 原作的にはプレイ時間ではなく、ガノンに制御を奪われた神獣を解放する度に大陸中の魔物が強化されていくわけですが…… 拙作でもそうしちゃうと、まるで暴走させているガノンの手先が封印を守る番人で、解放された神獣が魔物を強化させているような印象になっちゃうので。
 世界中が真っ赤に染まるほどのガノンの魔力を含んだ月光なら、それだけで魔物の成長に影響を与えててもいいなぁと思ったり思わなかったり。
 最上位の白銀系は、説明文にそのまま「ガノンの凶悪な魔力の影響を受け、身体中に紫の縞模様が浮かび上がっている」なんて記載されていることですし。けれどすっごい心と身体に悪そう。

 ※「リザルブーメラン」シリーズ
 『リザルフォス』の魔物が持っている、種族専用にして鋼鉄製の武器。魚や肉を焼く時以外にはせいぜい火山に棲んでいるヤツが火球吐くくらいの、マトモに火を扱う文明なんてなさそうな印象しかないにも関わらず金属製、である。
 そしてマジカルなパワーが宿っていないにも関わらず、このシリーズ武器は形状を変えようと全てブーメランとして戻ってくる性能を標準で備えています。やべぇ。
 ボコブリンやモリブリンはどれだけ強化されても石や竜骨を加工して武器のやりくりをしているのに、この差は何なんでしょう? もしやヒト族やゴロン族なんて目じゃないレベルの鍛冶種族だったりするのでは??
 その他にも各種類の魔法が込められた属性矢や、刺した魚を捕らえて逃がさない「返し」の工夫が施された金属槍などを、地域問わず種族全体で統一化出来るほどの力を持っていることを考えると、ワンチャンBotWの続編では、ゾーラの里と対を成すリザルフォス帝国的な存在が登場するかもしれませんね……

 余談ですがスタル状態の腕骨すらブーメランとして機能する模様…… なんでやのん。

 ※「ゼルダ無双 厄災の黙示録」が発売!
 やっぱり、ライネルが一番カッコイイんだ!
 何かしらのコンテンツで、いつかプレイアブル化してくれるのを待ってます……!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。