回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
故郷虐殺、故郷再虐殺、【勇者】回生……【厄災】遭遇。
その全てに立ち合いながら一切の介入が出来なかった魔物、リザレス。
臆病な傍観者である彼に出来たのは、【勇者】を煽って惨劇の地から共に逃げ出すことだけだった。
* * * * *
ラネール地方に、延々と止むことなく振り続ける雨。
この土地を守護する水の神獣が、百年前の【大厄災】で英傑の担い手から厄災の魔物に奪われた時より始まったこの現象は、ハイラル大陸を包む暗黒の百年を象徴する、忌むべき災いの一つに挙げられている。
陽も満足に差さない土地では、ろくな作物も育たず。
根ざした木々も弱り、栄養が目減りし続ける湖では大きな魚も姿を消し。なお魚を求めて慣れない土地まで赴いたせいで、そのまま戻らなかった者も少なくない。
そして、ぬかるみ切った街道。
加えて水棲の魔獣が蔓延る危険極まりない場所へ往く物好きな行商人は、本当に数える程しか存在しなくなって久しい。
――これは、ハイリア人とゾーラ族。
両者の実質的な交流断絶を示してもいた。
ラネール地方では得るのが難しい物資が不足しても容易に補充することは叶わず、以前までは当たり前だった生活環境が、年を経る毎に劣悪なモノへとなっていく。
それでもゾーラの王と民の努力により、この百年は永らえた。
しかし、次の百年は絶対に保たないことも分かり切っていた。
ゾーラの里よりほど近い「東の貯水湖」は既に危険水位まで上昇している。例え明日ソレが決壊してゾーラの里が飲み込まれたとして…… 恐らく彼らは、そんな悲劇を諦観と共に受け入れてしまうのだろう。
百年続く雨は、ラネール地方に住まうほとんどの民達から『現状を打開したい』という気力を奪い尽くしていた。
つまり。
厚く濁った雲の下で魔物が世の春を謳歌し、ヒト族が生の苦痛に喘ぐ現在の様相こそが、今のラネール地方全域における「正しい」日常なのだ。
……しかし遡ること今より数日前。
そんな常態が崩れる「異常な」出来事が起こる。
ルト湖の奥地に存在するゾーラの里。そこへと至る唯一の陸路に設けられたラルート大橋より先にそびえる山――「ルト山」。
堕ちた神獣が構える「東の貯水湖」に隣接しているせいか、リザルフォスを中心とした魔物が多く棲みつき、今もその数を増やし続けている魔境。
それ故にヒト族、いや、魔物を含めた共通認識として、今のルト山にわざわざ踏み込もうとするヒトは非常に稀だ、というモノがあった。
そして「異常な」出来事についても、端を発するならばこの認識に由来する。
事の始まりは、一つの珍事。
『たった1人のハイリア人が、行商の荷物や護衛も無しにルト山へ入山した』
ヒト族の立場からすれば、酔狂極まった行商人でもないらしいこのハイリア人がとった行動の動機に何を思うだろう。
きっと、悲観的な予想しか出来ないに違いない。
最も多く思い浮かべられる動機は、世を儚んだ自殺。次点を挙げるなら、山の現状を知らぬ無知さがさせた、無謀な腕試しといったところか。
そして魔物の側に立つのなら、そもそも動機などに考えを巡らせる必要がない。
『最近口にしていなかった種類の獲物が、ノコノコと自分達の縄張りに入ってきた。早い者勝ち、サッサと狩って食らってやる』
野生のままに生きる彼らは、ただただ欲望に忠実なのだから。
自らが望んだ結果を獲物に押し付けるべく、見つけ次第愚かな餌に襲い掛かるだけのことだった。
――しかし、ハイリア人入山より数日後の今。
ルト山を往くこのヒト族は、未だに五体満足で立っている。
道中のそこかしこに夥しい数の魔物の死体を積み上げながら。
蒼い瞳を持つハイリア人は、ゾーラの里を目指して進み続けていた。
……改めて言おう。
これは、ヒトと魔物の双方どちら側から見ても、百年の内に築かれた日常からは遠くかけ離れた「異常事態」である。
* * * * *
ラルート大橋からゾーラ族の里へと至る、ルト山を横断するように作られた道。【大厄災】後、充溢する魔力と復活の奇跡を得たリザルフォスの祖先達は、やがて効率的にヒト族を襲う為の拠点をその通りが見渡せる場所に築いた。
野生の獣を探して狩るより、大量の物資を担いだ行商人や兵士を狩った方が効率が良い。時が経ち、彼らが安定してヒト族に勝ち越せるようになった頃には、人目を避けるようにして隠された集落は跡地に変わり、道を占拠するようにして作られた前線拠点こそが新たな集落となっていった。
ルト山の支配者は、ヒト族ではない。
ラネール地方に棲息するリザルフォス。その種が最も繁栄し、6つほどの大部族に分かれて君臨している土地、それがこの時代のルト山なのである。
……しかし。それも数日前までの歴史となっていた。
彼らリザルフォスは今、どうしようもなく追い詰められている。
『――5番目の集落が、**に落とされた 』
道をなぞるように作られた、6つの大集落。それぞれが数十匹の頭数を揃えるほどの規模を誇り、その中には『色変わり』を成した歴戦の戦士も珍しくなかった。
にも関わらず、そんな魔窟が既に5つ…… たった1人のハイリア人の手により滅ぼされたのである。
それも、片手の指に満たない日数で。
下手人のハイリア人が、並み居る戦士すら寄せ付けない無双の力を振るった結果であった。戦士達はろくな足止めもままならず、ただ殺された。
……しかし真に魔物達を追い詰めているのは、
強いだけなら、倒せないだけなら。
リザルフォス達とて弱肉強食の世界に生きる住人なのだ。
無念と怨嗟の断末魔を上げこそすれ、底冷えするような恐怖をこのヒト族に抱くことはなかったかもしれない。
だが、彼らは怯えた。
立ち向かった戦士、家族を庇った父親、子供を庇った母親、逃げ切れなかった子供、
早く駆けれないが故に居残った年寄り連中――
食べる為ではなく、ただ殺すことを目指して1つ1つの集落を丁寧に、徹底的に殺戮してみせた精神性は、魔物の彼らにとって正に【厄災】であった。
極みつけはそれほどの有様であるにも関わらず、ただ1つ、狂態とは余りに矛盾した、凪いだ水面のように澄み切った蒼い瞳の印象深さたるや…… 3つも集落が落とされた頃には、その無垢さすら漂わせる視線に魅入られただけで、彼らリザルフォスの心胆は心底寒からしめられるようになってしまっていた。
それでも大きな犠牲と幸運の上、何とかして逃げ延び、まだ無事な集落へと掛け込めた者もいる。
やがて5番目の大集落が落とされたことで、ゾーラの里に面する6番目の集落にして要塞――従来ならば、ラネール地方最大の勢力を誇るゾーラ族の王がいる里と隣接する、この集落こそが戦いの最前線であった――には、その全ての避難者が集まることとなった。
……しかし元々の総数で言えば数百に至る数となるはずの、5つの大集落分の全てを集めた避難者達の数は、決して多くない。全部集めて、大集落1つ分になるかどうかの数十頭。子供に限ってしまえば、彼らの持つヒト族より少ない両手指を折ってなお、2人分には届かないだろう。
避難者の大部分は、かつての故郷を守っていた戦士や狩人だった。6番目の集落にまで辿り着き、生き残った彼らは故郷を守るべく戦った後、撤退せざるを得なかった敗残者達である。
しかし彼らは全員、襲撃者から怯え逃げ、ただ故郷を捨てた腰抜けではない。
むしろそうした性根を持つ者のほとんどは、故郷を抜け出すと共に下山を試みた者がほとんであった。
……単独で逃げ出した者達がいずこかに潜んでいるだろう【
* * *
最初に滅ぼされた1番目の大集落から僅かに落ち延びた者の知らせにより、2番目の大集落は『祝福』の宴の最中に奇襲を掛けられることはなかった。しかし仇討ちを果たさんとした族長が周辺の捜索を強行、戦士達を分散させてしまう。
結果、その全てを各個に殺し尽くした【厄災】は、戦士をほとんど失った集落へと侵攻する形に。最初に滅びた集落よりやってきた二本角の戦士が殿をしてなお、落ち延びれたこの集落の者は、1番目の生存者数よりなお少なかった。
3番目の大集落。
彼らの族長は1,2番目の生き残りの少なさに驚き、次いでもたらされた【厄災】の異常な戦力から、集落単独での防衛は不可能だと悟った。早々に4番目の大集落へと応援を呼ぶべく使者を飛ばしたのは、大部族を率いる長に相応しい器に違いなかっただろう。
しかし殿を務め切り、僅かな猶予すらを稼いで合流した二本角の戦士は、この状況を聞くや深く唸り、天を仰いだ。
「一体どうしたのか?」――そう聞いたのは、彼と共に最初の集落より逃げ延びた鍛冶師見習い。
「まるで足りん」――最初の村での一騎打ちでは傷一つ負っていなかった鱗に、今度は大小様々な傷を刻んで帰ってきた彼は答えた。
やがて大集落へと辿り着いた【厄災】の衣が、ズッシリと雨以外の水分を被って重くなった頃。僅かに生き残った4番目から来た救援と生存者、そして唯一敵と拮抗し得る二本角の戦士を逃がすため、六大部族中最強を担っていた族長は、自らが率いる3番目の戦士達と共に特攻した。
4番目の大集落。
3番目へと援軍に送った最精鋭の戦士達が帰って来ない時点で、彼らは既に分かっていた。もうこの集落は終わりなのだと。最低限の荷物を抱えて即時の避難、それから残った4,5,6番全ての部族を合流させなければならない。
この大集落はルト山のほぼ中心。ハイラル、ゾーラのヒト族から最も距離を置いた立地であることから、戦士よりも鍛冶師を中心とした技術の水準が高い。最低限に絞るとはいえ、今後の防衛と迎撃を考えれば持ち出したいモノは多かった。
目指す先は6番目の大集落―― いや、要塞と呼ぶべきか。魔物と頑なに敵対的な行動を取り続けるゾーラ族が住まう里と隣接するが為に戦いと増築を続けた結果、最も高い戦闘力を誇る6番目。そこに4番目の技術力、そして狩人が主体の機動力に富んだ5番目の部族が合流すれば、所詮は一人。必ずやあの【厄災】にも勝てる。
……かつて最強を誇る獅子の肉体と、『黒色』が占める魔物の大軍を率いてなお【厄災】に敗北した記憶を持つ、今は蜥蜴の大戦士を除き、その場に集った全てのリザルフォスはそう信じた。
そうして戦意高まる空気の中、避難に最低限必要な準備が整った頃。
5番目の大集落より、使者が来た。
全身を泥に塗れ、息も絶え絶え。来るはずだった大勢の戦士と狩人達の姿は無く、たった一匹の憔悴し切った雄がもたらした情報。
その内容は、少なくない数の老いたリザルフォスに、生命の最期を過ごす場所として、4番目の集落に留まることを選ばせるモノだった。
『――5番目の集落が、【厄災】に落とされた 』
勿論、今のハイラル大陸は『祝福』の奇跡に覆われたままではある。
虐殺された魔物も、やがて赤い月さえ登れば復活することは叶うだろう。
とはいえ、それでも住民の全滅は、長年掛けて築き上げた集落が一度滅ぶ事実に変わりはない。それはつまり先祖の想い、誇りと意地の拠り所である縄張りに、消えない傷跡が刻まれることになるのだ。
一切の余地無く命と心を蹂躙されてしまった後、還ってきた者が再び誇りと安心を取り戻せるようになるまで、一体どれだけの時間が掛かるだろう?
ルト山に棲むリザルフォス百年の繁栄と、権勢が失われるのか?
最早遠い過去の出来事であったはずの、ヒト族に虐げられた歴史が復活してしまうのか?
泥塗れの報告は、弔い合戦に高揚していたはずの彼らにそんな考えを浮かばせるほどに、強烈な不吉さを匂わせていた。
短めダイジェスト風味。
BotWは、攻略順なんて存在しない自由なオープンワールド。
集落を道なりに、1→6番目と攻略しなくとも良いのです。
熱心なプレイヤーならアイテムを取り零さないよう、マップを虱潰しにしながらイベントを進めるのは当然のムーヴですね。
次回は他の魔物視点の予定です。
多分早めに投稿出来ると思います。