回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
勇者「都会の英傑全員とガーディアン同時対戦とかマジ無理ゲー。仕方ないから田舎の弱い者いじめて回るべ? 舎弟達にも声掛けて集団でボコるとかどうよ! そんで正義漢ぶった連中引っ張り出せたら、儲けもんじゃねw 」
賢者「よくぞここまで……そなたこそ、紛うことなき勇者……」
タン♪ タララ♪ ラ~~ン♪
* * *
やがて太陽が最も高く昇る時刻に至った頃、俺達の長い会合は終わった。
一日の中で最も強く大地を照らす光は、今は
柔らかく賑やかな色合いには、限られた季節でしか誇ることを許されない豊かさが宿っていた。それは
その場に偶然生まれた、無言の空間。それは会合の終わりとなる切っ掛けとしては十分であった。
そうしてしばらく【二つ岩】から見渡せる美景を見渡した後、一度俺達は解散。
お互いに身体を休め、装備を整えた上で再び合流、夜が更けるのを待って出発となる。
「会合後すぐに出立」という速度優先の選択肢は、道中における〈安全〉と〈秘匿〉の重要性を踏まえた段階で即破棄となった。これには俺と彼、二人の見解も一致している。
食糧や水などは道中でいくらでも確保できるが、武具はそういう訳にもいかないというのも主な理由だ。既にして小規模ながら魔物の襲撃が各地で発生している以上、早々にその討伐に動いているかもしれない人族の強者と、不意に遭遇する可能性を無視することは出来ない。
"剣"の強者に並ぶ個体がいるとは思えないが、世界は広いのだ。
あの存在が念頭にあればこそ、万が一にもそれに近しいレベルの未発見な個体と遭遇し、なおかつ敵対してしまった場合。会合で身に纏っていた狩猟を目的とする気軽な装備では、満足に立ち回れるはずがないと考えたのである。〈安全〉を考えれば、武装の充実は最低条件だ。
加えて最上位の戦闘力を誇る一族であるところの我々が、その同族達と接触するために地方を回るという行動は最も〈秘匿〉されなければならず、これが露見されることは最も避けるべき事態として警戒しなければならない。
人族に対し《各地に強者を派遣しなければならないが、それは単独でも対処可能である》と演出するためには、これから各地方で次々に発生させる予定の大小規模が入り乱れた魔物の襲撃を、あくまで無計画かつ散発的な襲撃だと誤認させる必要があった。
最終的な作戦の大目的が"剣"の強者を単体で引き摺りだすことにある以上、魔物の側に
特に我々は一体であっても、人族にとっては徒党を組んで挑んだとしてなお全滅させられることもあるほどには恐ろしい存在なのだ。奴らの先祖達に支払わせ続けてきた莫大な血によってもたらされた教訓は、人族に我々の戦闘力はもちろん、生半可な戦術では見破って突破される知性の高さを突きつけている。
討伐隊を組んで攻めてきた歴史もあることから、奴らは我々が個々の縄張りを持ち、その場所に定住して以降は外界とほとんど干渉しない特徴を持つことも承知しているだろう。そのような魔物が二体、連れ立って人目につくところを移動している姿などを複数回目撃されては、その足跡を辿るように大規模化するだろう、魔物の襲撃とやがて結びつけて考えることは決して難しい推理ではない。
そうなれば、全ての強者を引き上げて襲撃への対処自体を取り止めたりはしなくとも、少なくとも最強の駒を遠征させるようなことはしなくなるだろう。深刻な事態に発展するまではその「主犯」を警戒し、大事に温存される恐れもあった。
行動の露見はそのまま、作戦の失敗に直結している。
次善の策が無い以上、準備時間を与えることを恐れるならば、呼び集めた魔物による一斉攻撃という、強者の巣へ向けた突撃を行うか。それとも古代の兵器群を含めて人族が準備を整える姿を放置してコチラも戦力を蓄え、復活した直後の魔王を援護する形で攻め込むか。
どちらにせよ、この作戦が失敗すればより厳しい戦いを強いられることは確実となる。
だからこそ求められるのは、夜半にこそこそと移動するような行いに始まる、自らよりも遥かに弱いはずの雑兵の視線すら恐れるような、戦士にあるまじき臆病な間者の振る舞い。
――そして不幸にも人族が俺達を発見した時、それがどれだけ儚く脆い存在であっても必殺を徹底するという心構えである。
姿を見られたなら殺す。
戦を知らない女子供であっても殺す。
喰らうことが目的ですらなく問答無用で殺し、死体はただ埋める。
全ての準備が整い、"剣"の強者を目の前に引きずり出すその時まで、俺達に繋がり得る一切の情報を人族に渡すことは許されない。俺個人が抱える戦士の誇りと魔物の未来を背負った【ライネル】の矜持、どちらを優先すべきかは比べるまでもないと信じている。
……個人の考えは挟まずに、今回の遠征を立案したことに偽りはない。
しかしながら、決定の全てを俯瞰的な視点で支えられたという訳でもなかった。
彼にはあえて言わなかったが、夜に出発の時刻をずらした理由は、何も「人共に発見される可能性を下げる」というだけではない。世界を大回りに一周する強行軍を、徹夜明けの老体に強いることは憚られる、といった個人的な思いも含まれていた。
三日三晩寝ずとも何ら問題などない、若い我が身とは違う。
今の彼は有事に際、全盛期の1割も動くことはできないだろう。そこに疲労の要因を加えようものなら、万が一という事態も起こってしまうかもしれない。
今回に限って言えば時間は有限であり、作戦に費やす時間は短ければ短いほど望ましい。
当然、俺一人の方が移動は早い。
日程も短縮できるため、人間の準備時間を出来るだけ与えたくない視点に限って言えば単独で行動するべきではあったのだろう。
彼を連れて移動することは行軍速度が遅くなることに加え、頭数の増加に伴って発見される確率が上がるという明確な危険もある。
行動の露見を避けて慎重に事を推し進めるならば、彼の同伴は避けるべきなのは間違いなかった。
――しかし『主だった魔物の協力を呼び掛ける』という、そもそも地方を巡ることになった目的を主眼に置いた時、『彼を同行させること』は移動中の危険管理を差し引いたとして、なお優先させるべきメリットを持っているのだ。
子鬼、大鬼、蜥蜴の魔物。彼ら程度なら力だけで屈服させることも可能だろう。力のみ信奉し、本能で生きる魔物達だけであれば、その説得と統率は俺だけで事足りる。
しかし、そうではない存在。
同種族である一族が相手となると「力任せで即解決」という訳にはいかない。
……そして、そんな面倒な者達を説得する時にこそ、彼の存在は覿面といって良い効果を発揮するのだ。
* * *
圧倒的な武力と優れた知力を持つがゆえか、己の身一つで世界に存在できるようになって初めて一人前と扱われる我が一族。そうした風習も手伝ってか、団体行動や他者に歩調を合わせるといった、群れを成して生活することは基本的にない。
成体となってなお、
そうして里に定住する者でない限りは、一生のほとんどを孤独に暮らすことの多い我らはやがて、1人1人がその胸の中に完結した価値観を確立する。
それは他の生物と比べてなお永い寿命すら持つ強者として、容易に多くの生命を左右できる力を持つ我々が世界と付き合っていく上での、姿勢と言い換えても良いだろう。
【ライネル】の称号を引き継ぐ者が代々、「己は魔物の繁栄を守る存在であること」を自らに課す傾向にあるのは置かれた環境、求められる立場がそうさせるのかもしれない。
対してこれから向かう地方に棲む彼らは、取り巻く地形や気候はもちろん、関わってきた者や環境も当然それとは異なる。個人単位で世界と向き合える同族は同時に、己とは違う道のりを経て全く違う視点を持つに至った成体でもあるのだ。
その中には、今回の我々の目的に沿わない矜持を持った者も当然いるだろう。
現にかつて世界を旅した彼が出会った同族には、それぞれ戦闘とは別の楽しみを見出して以来、世間との関わりを一切絶って、人跡未踏の地に引き籠ってる者も多いのだという。
向かった先にいる同族が厄災の気配に気付いていたとしても、能動的に他者と関わることや、魔物を率いることに否定的な考えを持つ者であった場合、出会い頭に協力を要請したとしても即快諾とはならない可能性は高い。
そんな者達をそれぞれ説得しようと全ての経緯を説明していては、とんでもない時間が掛かってしまうはずだ。そうしている間に人族の戦力が整い切ってしまっては、全てが水の泡となる。
では殴って言うことを聞かせれば解決するのか? と、単純な答えにも繋がりはしない。
同一種族である以上、スペックが他種族と比べて俺と肉薄しているため、戦闘行為を繰り返しては消耗が激しすぎる点のみではない。継続してその場所に貼り付けない、俺達の事情が問題だった。
人族に対する魔物の襲撃を世界中の同族に呼び掛ける必要がある以上、その場に居残って目を光らせるという選択肢が取れないのである。力で無理矢理屈服させても、その後目の上のたんこぶが取れたとばかりに自由に行動されては意味がない。
彼ら個人の矜持に作戦の意義を落とし込ませ、十全の力を振るって貰うための理解が得られるのならば、点在する人間の拠点を襲撃する際、その武力と知力は他の魔物を統率する中核的な役割を果たせるはずである。
だからこそ同族たる彼らだけは力ではなく、理で引き込む必要性があった。
しかし、それを短期間の内に成し遂げることは容易ではない。
【ライネル】。一族の中で最強を誇る存在に贈られる称号。
歴史もあり、時代の一人にしか許されないこの二つ名は、力に対する敬意や信仰を集めるものではあるが、それだけでもあった。
この称号に、一族の者達への命令権がある訳ではないのだ。
しかし今回は、世界の危機という漠然とした空気を明確な言葉にして理解させ、なおかつ今の生活を守るために必要なこととして、強者の矜持を一時とはいえ捨てさせなければならない。
他の魔物を率いた多勢によって、肉体的に劣る人族を
【ライネル】の別名には、【勇者】という俗称もまた存在する。
もしこの単語が他の種族にもあるとして、それがどういった意味となるかは不明だが、少なくとも我々にとっては「勇気を振るう者」「最強の戦士」「魔物の守護者」という意味でしか語られないこの単語に、「人を率いる者」といったニュアンスは込められていなかった。
1人でも十分過ぎる戦闘力を誇る我々が、種族の危機を感じて団結する事態など、
戦闘における助言の類であれば無類の補助となるこの輝かしい称号に、今回の目的に沿うような都合の良い付加価値は無い。
そしてこの称号を抜きにすれば、成体の中ではまだ若年の扱いを受ける俺自身の言葉だけで、酸いも甘いも味わい尽くしてきた経験によって築かれた彼らの信念を、早期に曲げさせることは非情に困難だと言わざるを得ないだろう。
――今は【賢者】と称えられる、元【ライネル】の彼が共にいなければ。
* * *
……考えられる限り最も強力な武具を身に纏い、再び訪れた【二つ岩】。
そこには昨日の夜と同じようにして、彼が一人佇んでいた。
まるで同じ時を繰り返したかのような光景ではあるが、お互いの武装はまるで変わっている。
「殺すための戦い」に赴く際に装備する、自身の最強装備。
これを身に着けたのは、果たしてどれほどぶりのことだろう。
彼は自身が直接譲った、『獣王』の名を冠する装備一式を持ち出した俺に笑い掛ける。
「まだ壊れていなかったとは驚きだな。何年もその槍や弓を見ていなかったから、てっきりとうの昔に使い潰してしまったのかと思っていたぞ。
……手入れはしていたのか? 特にその弓などは本体はもちろん、弦すら金属を編み込んで作ったこだわりの特製品だったからな! いざ用いた時に弦が切れましたと泣きつかれても敵わんのだが 」
そう言ってからかう彼は、懐かしの武具を久しぶりに目にした感慨もあってか、どこか楽しげである。そして、この装備群を陽の下に出すのは実に久しぶりであることは事実であった。
嬉しいサプライズを受けたとばかりに声を弾ませる彼の姿を見るに、たまには披露するべきであったかと少し申し訳ない気分にもなる。
しかし【ライネル】を賭けた一族の決闘にすら、最近はコレを持ち出すことはなくなったのだ。彼と会った時に行う狩猟程度には、あまりにも過ぎた代物であると言わざるを得ない。獣相手では使ったが最後、射られた部分を根こそぎ吹き飛ばし、肉の大部分を損なうことになるのは請け合いである。
近接戦闘に用いる武具は悩んだ結果、移動が大半となる遠征である以上、走りながら振るうことに真価を発揮する槍を選んだ。懐に入り込むような敵がいれば、腕に巻き付けてある三枚の刃で構成した盾で切り裂き潰すつもりだ。
手入れを怠っていないことを示そうとしたところ、近づく彼の装備に違和感を抱いた。
弓と盾はいい。それは俺が今背負っている得物を譲った後、自ら時間をかけて作り出した逸品らしく、常日頃から彼が使い込んでいるものである。
形状はこの「獣王の弓」と「獣王の盾」に酷似していたが、構成するパーツのほとんどは用途に合わせた特性を持つ、厳選された木材によって作られていた。老いた彼でも楽に取り回せるその装備はなるほど、この遠征へ携えるに相応しいだろう。
しかし背中に背負った片手剣。あれは俺が知る限り、彼の所持品の中には無かったものである。
漂わせる雰囲気から決してナマクラの類では無いことは分かるが、秘蔵の業物としては首を傾げざるを得ない
何より、擦ったような小さい傷が目立つ。使用に耐えるかどうかは刀身を確認しないことには何とも言えないが、彼がそのお粗末な状態の剣を良しとしている姿はどうにも収まりが悪い。
往年の彼は遠距離からの正確無比な狙撃を中心に、大小織り交ぜて火球の目くらましを放つ戦闘スタイルを好んでいたが、いざ接近戦に持ち込まれても、剣と盾でもって攻撃を巧みに捌き切る技量も当然のように備えていた。
そうした時咄嗟の命を預ける武具を、消耗品であっても大切に扱う精神を持つ男であった彼が、攻撃力に影響しない
そう思って問い返してみれば、彼は苦笑いしながら手持ちの刀剣は修理している最中であり、これは俺と別れた後、再び合流する前に偶然手に入れたばかりの拾い物であると語った。
刀身の状態を見せつけるような、芝居がかった態度の彼によって鞘から抜き払われた剣は、なんと外気に触れた一瞬で刀身を赤熱させていた。
夕陽の照り返しに目が眩んだわけではなく、その剣は鮮やかな赤色を刀身に宿らせたままの状態を維持している。振るえばその紅は灼熱の炎となって吹き出すだろうことを予感させるほどに、刀身を囲む空気をその熱によって歪ませていた。
――炎を宿した魔法の剣。
間違いなく、現代には失われた製法によって作り出された刀剣だった。
古の時代には亜人族の鍛冶職人によって鍛えられたという話だが、今ではその技術も失われていたはず。俺も魔法剣自体を見たことは何度かあったが、それらは全て人族の中でも高位の実力を持つ者に限られていた。
火炎の剣に限って言えばそれこそ、一度か二度見かけた記憶があるかといった程度だろう。……間違っても、道端に落ちていて良い剣ではない。
魔法剣を持っていた者ならば、その種族ではそれなりに名の知られた存在であることは間違いない。この剣の元の所持者はどうしたのか。殺して奪ったならば、その死体の痕跡を隠さなければ。獣に喰わせるか、地面に埋めるか。行方を探す者が近辺に現れるかもしれないが、死因からこちらの存在を気取られる可能性は潰さねばならない。
仮にも賢者と呼ばれる彼が、出発前早々に計画を破綻させるようなミスを仕出かすとは思わないが、俺と別れてから合流するまで半日しか経っていないのだ。
死体は未だそのままという可能性もある。
念のため確認しなければ――
ミシ、ミシミシィ……ベキッッ!
突然の事態に浮かぶ思考を抑えつつ、再び彼に問い掛けようとした直前。
遠く北の方角から、いくもの木がへし折れるような音が鳴った気がした。
思わず耳をそばだてると、何か、とてつもなく重いモノが地面に叩き付けられた時に起こりそうな地鳴りの音が、ゆっくりとその音量を上げていた。
やがてその震源地は、連続したリズムを刻んでコチラに近づいていることが、【二つ岩】のアーチを伝って登り、俺の蹄をコツコツと叩く振動が、徐々に強くなってゆくことからも分かった。
「あぁ、気付いてしまったのだなぁ 」
――隣から小さく、そっと零したような呟きが聞こえる。
あぁ、なるほど……。
殺された人族は、最初から居なかったということか……。
音の正体に検討がついた俺は、とりあえずその方向を見やる。
見晴らしの良い天然のアーチから向けられた視線に臆することなく走ってくるのは、魔物の中では大きい存在である俺達と比べても、なお見上げねばならないほどの体躯を持つ巨人。子鬼の体をそのままに、肉のつき方だけだらしなくさせて比率を膨らませたような体格を持ち、へし折った木の幹だったものを、小枝を扱うかのように右手で掴んで振り回している。
そしてその顔の中央、一際印象的な特徴である縦に裂けた大きな眼は限界まで開かれ、彼が持つ魔法剣へと視線を固定していた。
彼が剣を振れば、口から涎を撒き散らしながら何かを吠え立てる。
その様子を見て、確信してしまう。
「あれは最近になって、ここから北側にある池のほとりに棲みついた一つ目の巨人でな。この魔法剣を首からブラ下げているのを見かけたのは一昨日のことだ。
丁度武器を痛めてしまっていた折、急遽決まった今日の出立に間に合わせるため、申し訳ないとは思ったが拝借させてもらった。
……眠っていることは確認していたはずだが、まさか追いかけられるとは思わなんだ…… 」
一つ目の巨人が持つ習性として、光り物を首からブラ下げることを好むというものがある。
鳥類に特に見られる、異性へのアピールとしての意味合いがありそうなその行為から察するに、赤く光る剣は大層なお気に入りだったに違いない。複数個の煌びやかな刀剣が括り付けられた首紐の中心、そこに今は空いてある大きなスペースが、それを物語っている。
恐らく盗まれた時点では気付かなかったのだろうが、目覚めた時に失くなっていたその宝物を探していた時にでも、彼が抜刀してしまったのだ。
太陽が暮れたこの薄暗がりにその見慣れていた愛しい光はとても、とても目立つモノだったに違いない。あんな勢いで走ってくるのも当然だった。
……【二つ岩】の足元まで辿り着いたその被害者は、足元の石を拾い上げ、次々に投擲を試みる。
しかしいかんせん、アーチは高かった。
巨人の想いが込められたその石は、岩の上面に陣取った俺達に届くことなく、空しくアーチの下を潜り続ける。
充血した目は真っ赤に染まっているし、頭に血が昇り切っているのは一目で分かる有様である。何としても取り返してやると石を放り続ける姿からは、【二つ岩】の根本まで回り込み、この岩の突端まで登ってくるという考えをしばらく思いつく気配はなかった。
……ここにきて、俺は小さくない疲労感に襲われていた。
彼が強力な武具を求めて、巨人からその剣を盗み出したのは分かる。
自身も多用する火球の特性への理解から火炎の魔法剣を上手く扱えたならば、俺や彼の予備武器を持ち出すよりも、様々な状況で有利に立ち回れると考えたのだろう。
夜半の行動中は光輝く剣の使用など当然厳禁であるが、いざ戦闘になった際には大いに役立つことは間違いない。そして普段は、弓と盾だけを用いてくれれば良いだけである。もしもの場合、元々彼には後衛として動いて貰うつもりだったのだ。
巨人を殺して奪わなかったのも、同じ魔物であることに加えて、所持品を盗むという行為に後ろめたさがあったためだろう。その良心の呵責から出たせめてもの行為は、巨人に気付かれたことでご破算となってしまったが。
そして彼に巨人を追い払わせることもまた、忍びなくもないのである。
「窃盗が発覚したので、その被害者を叩いて追い払いました」という様は、どう取り繕っても醜態である。俺は尊敬する恩人が、情けなく背中を丸めた姿など見たくない。
であるならば、俺が対処する他無いのではあるが……
眼下の巨人がいた場所を、もう一度見下ろす。
果たしてそこには正しい怒りに燃えた巨人が立っており、視線が重なった俺を睨みつけていた。他種族とコミュニケーションを行う知性を持たない一つ目の巨人と言葉を交わすことは不可能であり、言い聞かせて交渉するという手段が取れないことが歯痒くて仕方ない。
……正直に言えば魔法剣を返して解決としたいのだが、こちらにも譲れない目的がある。勝手な話なのは重々承知ではあるが、その成功率を少しでも上げるため、この火炎の剣の存在を知った以上は返すわけにはいかなかった。
――太陽が沈み、夜の時間が訪れた。
これ以上巨人に対して時間を掛けるわけにもいかない。出発の時だった。
このまま放置して遠征を開始しても、その怒りを
「獣王の弓」に矢を2本番える。目標は右足と両足。その膝下内側の筋肉だ。もちろん眼球といった、取り返しのつかないことになる可能性のある箇所を狙うようなことはしない。
ふくらはぎの内側の一部を同時に抉り飛ばし、その痛みで俺達を忘れてもらう。もし俺達への怒りが痛みを忘れさせても、しばらくの間は筋肉の損傷から早く歩行することも叶わなくなるはずだ。
世界を巡ってこの地に戻った時には、必ずこの行為の謝罪と治療はさせて貰うと、自分の行いへの弁明を心の中で繰り返しながら、全開時の半分ほどの力で引き絞られた弦を開放した。
王を冠した弓から放たれた2本の矢が静かに空気を切り裂く。手厚い整備を欠かさず受けていた証を示すかのように、盗難を受けた被害者の肉を優しく抉ったことを確認しながら、ふと思う。
……この遠征中、弓を最初に射る時は戦士の誇りを捨てて【ライネル】の矜持を守るために射るものとばかり思っていたが。まさか身内の窃盗行為を誤魔化すために構えることになるとは……
込み上げる苦々しさは、きっと覚悟していた感情とは違う。
けれど本来の意志に沿わない思考から放たれた矢であっても、目標を外すことなく貫いた結果は、俺に小さな安堵を与えていた。
――苦痛と怒りを宿した絶叫が、夜の空に響き渡る。
――その叫びは魔物の未来を賭けた、俺達の旅の始まりを告げたのだった。
感想で優しくおだてて下さる方々のお蔭様で調子に乗った結果、ダイジェストで終わらせるつもりだった二人の遠征シーンが、前後編に膨れました。
火炎剣ゲットのヒノックスシーンは、原作リンクの「勇者がそれでいいのか?」という振る舞いをリスペクトして、多少のお茶目が勇者にも必要かとやや冒険しています。
今後話が進む上で浮き過ぎるようであれば、もしかしたら修正するかもしれません。
余談ですが、原作最終ステージでは「本丸」を除き、城の重要部である「二の丸」「三の丸」の防衛を二つとも任されるほどラスボスに重用されながら、通常フィールドではイワロックやヒノックスにも劣る通常の魔物扱いであるライネルさん。
マモノショップのキルトンは本編クリア後のお楽しみ要素として、フィールド上に存在する巨大モンスターを種類ごとに全討伐すると「イワロックキラーの証」などを渡してくれますが、そのリストに雑魚魔物扱いのライネルは存在しません。……こいつ何も分かってねぇな!
反発してライネル族を特別扱いした結果、主人公だけでは連合に参加させることすら難しい気位の高さを獲得してしまったというジレンマ。
※一つ目の巨人=ヒノックス