回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 勇者「俺TUEEEEE!! 」




『厄災』討伐作戦 ~魔物連合~

   *   *   *

 

 

 北の地は極寒の気候に加え、切り立った高山地帯が多い地方である。その厳しい環境ゆえか、同族や他の魔物と接触している間の行動中、こちらを監視するような視線を感じることはなかった。

 俺達の視界に入る限りにおいても人の姿を見ていないので、そもそもこの地は人共の生活圏ではないのだろう。

 

 ……違和感を初めに感じたのは、彼と連れ立って北の地域を発ち、西の地方へ入ってしばらくしてからだった。

 

 現在、全国では散発的かつ小規模ながらも、魔物達による小村や砦への攻撃が起こっているのは人共にも周知の事実であるはずだ。それは子鬼や大鬼の小集団であるために大した被害は出ていないようだが、こうした継続的な襲撃は人の記録上でも珍しい事件であるはず。地方のコミュニティを切り捨てるなどの選択肢を人の王が選ばない限り、村や街の周囲には哨戒を担った兵が配置されてしかるべきではないだろうか。

 道中俺達は、夜目が効かない人族の特性を踏まえた日没以降の行軍を心掛け、およそ考えられるだけの警戒をしてはいた。とはいえ俺達の体格の大きさや慣れていない隠密行動、そして魔物の集落を制圧する際に時々起こしてしまう決闘騒ぎによって起こる騒音。

 念入りに魔物の拠点を探し出そうと人共が動いていたならば、露見していた可能性は少なくなかったはずである。

 

 しかし北の地と変わらず、人共の存在を五感に感じることすらないという状況が、西の地方へ入ってなお続いていた。

 

 そこで俺達は、一つの仮説を立てる。

 敵の王は辺境のコミュニティを切り捨て、中央の都市と砦の防備だけに戦力を絞っているのではないか、と。少なくとも俺達に捕捉されず逃げ出せて情報を持ち帰れるほどの強者を、ただの哨戒には用いていない可能性が高い。

 

 北の地方を慎重に立ち回った結果、当初想定していた以上に時間が掛かってしまっていた。安全な行動を心掛けるならば二人で移動するスタイルを崩すべきではないが、北で掛けた時間と同じだけ全地方で消費してしまっては魔王の復活の前に人族の準備が整い、"剣"の強者を釣り出すことが出来なくなってしまう可能性がある。それでは俺達の行動が露見しなくても本末転倒だ。

 幸いにも俺達には、西にある子鬼の集落郡で手に入れた、遠く離れても情報を交換できる連絡手段が手元にある。

 そこで彼からの提案で二手に分かれて行動することを決断。彼には同族の説得を、俺は魔物の集落の制圧をそれぞれ手分けして担当することとなった。彼を単独にしてしまうのは万が一そちらが強者と遭遇してしまった場合の不安が残るが、仮説通りの現状だったなら同族が住まう場所は基本的に人里離れた奥地。その危険性は低いだろう。

 

 敵対する者と遭遇しないならば、同族への説得は【賢者】一人で事足りる。

 

 なぜならば、地方で独り立ちしている年代の同族達にとって彼という存在は『特別』だからだ――。

 

 

   *   *   *

 

 

 彼が全盛期であった頃を共に生きた一族の中には、未だ【ライネル】といえば彼を指す言葉であると認識している者は多い。彼は強者であることが当たり前の一族にあって、当時の【ライネル】を打ち倒すことで己こそが最も優れた武の持ち主であることを周囲に認めさせた後、老年による引退を理由に称号を手放すまでの間、無敗を貫き通した存在であるからだ。

 彼に土をつけた存在はおらず、やがて俺にその剣と共に称号を譲り渡すまでの数十年、【ライネル】とは彼を指す言葉であった。

 

 しかし今日の彼を有名にしているのは、伝説に謳われた武芸の冴えばかりではない。

 その旺盛に過ぎる好奇心によって磨かれた智がもたらす恩恵の数々によって、である。

 

 昔話によれば、最強に至った彼は【ライネル】となって間もなく、世界を巡る旅を繰り返すようになったらしい。そのことを聞いた一族の者は誰もが、更なる力を求めた武者修行に出たのだと確信したそうだ。

 しかし本人曰く、その目的は物見遊山。世界を走破するに足る脚力を身につけたと思えた途端、果たしてそれが出来るのか試したいという欲が抑えられなくなったという。

 その偉大な称号に伴う責任を本人から叩き込まれ、血を吐くほどの努力も強いられて引き継いだ身としては、あんまりではないかと思えたその軽い動機。翌朝起きた時、朝食を何にするかを考えている間に忘れてしまいそうなほどに薄弱なソレは、しかし残念ながら人跡未踏の大自然を越える原動力として、彼にとっては十分だったらしい。

 

 一族の歴史においても、彼ほどその4本の脚で世界を駆けた存在はいないだろう。世界の奥地に隠棲した同族の元に押し掛ければ、その永い生涯で培った成果を継承し。交流の記録が無かったはずの他種族と遭遇すれば、その種族と縁を結びに結んだ。

 ……もし仮にだが、人族が我々を見るなり問答無用で攻撃を仕掛けてきたり逃げ出すような種族でなければ、彼はそれが魔王に仇なす一族に連なる者であると知った上で、なお朗らかに挨拶を交わしていたのではないだろうか。そう思わせるほどに、彼の「未知への飢え」は強烈だった。

 

 その飢えは、彼に同族の中でも最高峰の知識を蓄えさせた。

 ――そして彼が今に【賢者】と呼ばれる所以。

 新しい鍛冶技術を。貴重な薬草の群生地を。優れた武技の鍛錬法を。その知識を独占せず、広く同族に広めたのだ。その恩恵によって戦士達はより強い装備と力を蓄え、女子供も怪我や病気によってその命を落とす確率を大幅に下げたのである。

 発見して終わりのモノもあれば、彼自身が長い時間を掛けて練り上げたモノもあった。

 

 そうした財産の全てを同族達に惜しげもなく公開して貢献した彼は、【ライネル】という時代に常在する称号を手放した後も、本名ではなく個人で完結する彼だけに贈られた敬称、【賢者】と呼ばれるようになったのだ。

 

 

   *   *   *

 

 

 ――戦士として確かな経歴を打ち立てた【賢者】が説く危険ならば、当代の【ライネル】がそばで支持を表明するまでもなく、地方の同族達への説得は成るだろう。

 

 だから俺は西の集落郡を発って以降、南の蜥蜴達の水郷(すいきょう)そして東の大集落へと、その道中に存在する小規模な集落を攻略しながら単身で進んだのである。

 西の子鬼の頭目にあらかじめ、連絡のつく全ての集落に「【ライネル】を名乗る者に従え。力をもって歯向かうならばそれも良し」といった伝令を送らせていたのも功を奏した。小規模な集落は強力な発言力を持った西の頭目の言葉であるためにそのまま従い、南と東の大集落は時間の掛かる交渉を行わず力に訴えて来てくれたことは、大幅な時間短縮に繋がったと言える。

 

 結果、西南東に存在してバラバラに人間を襲っていた魔物達の大集落を中心とする、魔物の連合軍を構成することに成功した。

 そして彼から送られてきた、同族達の説得が完了したという通知。ネックとなっていた強者を釣り出すための戦力も確保できたことは非常に大きい。

 出来ることならば残った東の小集落を巡りながら、各地域には辺境に絞って小規模の攻撃を繰り返すことを指示し、再び北を目指したいところではある。

 

 しかしながら、この南東に位置する大集落より北側は亜人を含め、多くの人共のコミュニティが点在する地区でもあった。慎重に立ち回っては時間が掛かり過ぎるし、無理矢理突破するほどのメリットがあるような大集落もまたない。魚の亜人国周辺にいる同族についても、若く幼い個体が多いためにこの戦いに借り出すのは(はばか)られる。

 

 

 以上のことを踏まえ、彼といくつかのやりとりをした上で、俺は決断した。

 

 

 今までの散発的な弱い魔物のみによる襲撃ではない、同族が加わった戦力が辺境の地域を続けて攻め立てれば、どんなに敵の統率者が中央を固めようとしても、コミュニティを保つために防衛の戦力を派遣せずにはいられなくなるはずだ。そして、なおも中央に兵力を保持したままにしようとするならば、送られてくる兵力は雑魚の大集団ではなく一騎当千の強者となるだろう。

 

 

 よって俺は、伝令の及ぶ大岩に駐在しているらしい同族達に向け、俺は以下の旨の内容を指示したのである。

 

 

 ――戦力の確保は現時点をもって終了。

 北西南東の魔物達に同族を加えた地方軍は、段階的に攻め立てよ。

 中央に引きこもる人共を釣り出し、"剣"の強者が放つ気配が孤立する状況を作り出せ。

 

 その好機が訪れたならば、全軍に改めて下記の伝令を飛ばす。

 

 "剣"の強者周辺の同族と魔物を含めた全戦力は、これに集中して挑み状況を維持。

 それ以外の全地方軍はそれぞれの戦地に強者を縛りつけて"剣"への応援を遮断せよ。

 "剣"が存在する戦場には、【ライネル】と【賢者】が合流して一気にこれを叩く――

 

 

 一斉に全地方に向けて飛び立つ赤色の蝙蝠の群れ。

 そこに俺は、これから始まる人魔の戦争の火蓋を切ることになる一文も加えていた。

 

 

 

 ――獣人の力を示せ。攻撃を開始せよ――

 

 




 雷獣山のライネルは未熟設定。
 赤色固定の個体などは【ライネル】にとって若造です。

 次話でようやく、タグの『厄災』出せそうです……


 ※ライネル社会形態の謎。
 群れは無いにも関わらず、ライネル専用装備は片手剣・大剣・槍・弓・盾といった多岐に渡って存在し、しかもその仕様がそれぞれ3段階に分かれるほどに充実し規格化されている以上、全ての個体が勝手気ままに野を駆け回るといったことはなく、供給を行う存在、または集団がライネル族の中に形成されているのは間違いない……でしょう?(他の魔物も専用装備みたいなものはありますが、それらは個人による手作り感が強かったりします)
 ライネル族の里というものがもしあるなら、最強の専用装備「獣神シリーズ」の武具説明に出てくる材質の産出場所、デスマウンテンの近くなのでは?と想ったりしますが、原作のライネルが出現する地図分布では、特にその周辺に密集している様子もありません。
 公式には知能が高いとしか説明されておらず、一体その超強力な武器は誰が作っているんだと思わずにはいられない。

 ※【ライネル】檄文一部修正しました。

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