周囲のいたるところで繰り広げられている「サヨナラ」の光景を眺めていた。
頭の中に流れているのはビートルズの『オール・マイ・ラヴィング』。こういうときはさすがにストーンズでもエアロスミスでもない。
三連のリズムギターで刻まれる美しいメロディに、様々な情景が浮かぶ。
離れ離れになる恋人たち。見つめあう瞳。別れの言葉と最後の口づけ。頬を伝う涙。熱い抱擁のなかで、恋人たちは誓う。愛しいと思う心はどんな距離も、星空さえも超えてゆくと。
たしかハイ・スクールのときだ。こういう状況に憧れていた。理由はよくわからない。感傷にすぎなかったのかもしれない。
今、俺にはそういうひとはいない。誰にも見送られることなく、ひとりで旅立とうとしている。
結局、スーズとはあれ以来顔を合わすことがなかった。
しかしそれでいいという気もする。スーズもいつまでもさまよってはいられないだろう。家へ戻って、父親の紹介してくれるしっかりした相手と結婚する方が幸福だ。
そうわかっていながらも。――
アナウンスが流れた。定刻まで十五分。
「いこう」
自分に声をかけて、立ち上がった。
もう『オール・マイ・ラヴィング』はいらない。必要なのは、行進曲だ。
「目を開いて自分の内面をよく見るんだ
おまえは自分の人生に満足しているのか」
加速のつく曲はいくつも知っている。しかし気分を蹴飛ばしながら前へ行かねばならないときは、ボブ・マーリィの『エクシダス』しかない。
「俺たちは歩いてゆく
この創造の道を」
空母シーヴァスは周回軌道上のステーション『サイレント・サード』に接舷していた。シャトルから見たときは大きな艦だと思ったが、近くで見るとそうでもなかった。
IDチェックをクリアー、先導の女性士官に続いて乗艦した。
途端に空気のザラつきを感じた。
闘いの中で幾度も味わった感覚だ。誰かの意識が俺に集中している。視線、に近い。
初めて感じたときはプレッシャーそのものだった。呑まれていれば、簡単に撃墜されていただろう。今は圧されるようには感じない。しかし、心地よくない感覚には違いない。
誰かが俺を見ている。
「NTCに敵がいるということなのか」
口に出しかけて、思わず笑ってしまった。そうだ。リラックスが足りない。井戸の底からはるばると上がってきたのに落ち着かないのは、そのせいもあるだろう。新しいところへ来ると、いつもこうなのは悪い癖だ。悪いことがあったとしても、テストが終わるまでの辛抱と考えておけばいい。頭の中にはいつしかイーグルスの『テイク・イット・イーズィー』が流れている。
果して、ザラザラ感は、司令官室のドアの前に立ったとき、いきなり消えた。
ドアが開くと、ひとりの男が正面に座していた。
顔は彫りが深く、満々たる知性を秘めていると思しき双眸は、外見から推すことのできる年齢にふさわしからぬ鋭さをたたえて俺を見据えていた。
木星帰りの男。そして、伝説のニュータイプ。
シャトウ・ロートシルト大佐。
敬礼した。
「シュプリッツァー・レイ大尉、本日付で空母シーヴァス所属第一試験機動隊に転属となりました。よろしくお願いいたします」
「ようこそNTCへ。私はシャトウ・ロートシルト。NTC副長だ」
大佐は微笑んで立ち上がり、手を差し出してきた。実力は超一流のニュータイプの手はとても柔らかかった。
「自然発生型のニュータイプと聞いて、一刻も早く君を迎えたかった」
「光栄です」
椅子を勧められ、大佐の正面に着座した。
まず何を言われるかと考えていると、大佐は俺の目をまっすぐに見て告げた。
「君の任についてだが、NF250のテストに限らないのだ」
「と言いますと」
「このシーヴァスに属するパイロットも含めて、NTCのパイロットには実戦経験がない。エースとして強く導いてくれたまえ」
「実戦経験がない?」
「アマリリア紛争は我々が本格参戦する前に解決を見た。それは、君の活躍のおかげでもある」
大佐は笑って言うが、縦にも横にも首を振れない。しかし大佐は気にしていないようだった。
「紛争では七機撃墜。申し分ない数字だ。Z006に乗り換えてからの戦果だが、あれは君に合っていたかね」
「はい。VF250よりは」
「率直だな。しかしヤッファがもはや使い物にならないというのは事実だ。A型からD型へと順次転換されてきたが、すくなくともニュータイプの駆るモビルスーツではない。そこでNTC先導でNF250の開発を行ってきたわけだが」
大佐は笑みをひそめた。
「我々の現在の任務は先の紛争の残存分子の掃討、および、反連邦組織の洗い出しだ。君も知っているとは思うが、我々は連邦軍内において中途半端な位置にある」
そうと聞いて頭に浮かぶのは、やはりディタの忠告だ。
「また宇宙で会いましょう」
と言って別れ、今はどこでどうしているのだろう。また宇宙へ上がってきたものの、ここで会うとすれば、絶対に敵だ。それは喜ばしいことじゃない。
「しかし、独自の行動を取れるというのは良いことだ。行動次第で、連邦軍内での位置の向上につながる」
大佐は気を取り直したようなことを言うが、その言葉に引っかかりを覚えた。連邦軍内での位置の向上を目指すことにどんな意義があるというのか。予算の獲得のためか、
無論、それもあるだろうが、大佐はそれだけの人間ではない気がする。表情こそ穏やかなのだが、時折目が普通ではない色を帯びる。しかし何も読み取れない。心に鉛のカーテンがかかっているようだ。が、それは警戒してのことではない。実に不思議な人だ。見せたくないわけでもあるのか。
いずれにせよ、何かとてつもないことをしなければ、連邦軍という恐竜の中核にはわずかも食い込めないだろうとは、俺でもわかる。正直、NTCは連邦軍の鬼子として持て余されているはずだからだ。
と、扉にノックの音がした。入りたまえ、と大佐は告げた。
「君と組むパイロットだ」
脇に立ったのは、ダークグレイの制服に身を包んだ、顔にまだ幼さの残る女性だった。年の頃は二十歳かそこらというところか。それで少尉とは、俺とは素養が違うようだ。大きなマルーンの瞳が目を引く。ふっと猫の姿が頭に浮かんだ。何故か誇り高きペルシァ猫だった。
「カルーア・レイナ少尉です。NF250量産原形一番機の試験を担当しています。以後よろしくお願いいたします」
リン、とした声で告げて、ぴしりと敬礼した。
「シュプリッツァー・レイ大尉だ。よろしく」
返礼した。
その瞬間、澄んだ音が意識の奥で響いて、
漆黒の宇宙に散る光の花。
涙。
そして、ふたりで歩く秋の舗道。――
「ここからの案内は君に頼む」
レイナ少尉に向けられた大佐の声で我に返った。大佐は俺を見据えていた。顔は微笑んでいたが、目は笑っていなかった。
「君には期待している」
敬礼。
大佐の許を辞した後、レイナ少尉に先導されてハンガーへ向かった。
フル・エアになっているハンガーには五機のモビルスーツが、右に三機、左に二機の二列となって駐機されていた。
右の三機は見慣れたフォルムの形態可変モビルスーツ、MSZ006Nだった。
左の二機がNF250サリシュアンに違いなかった。
非常にコンパクトな造りをしたモビルスーツだった。
Z006にくらべて一回り小さい機体の表には余計なギミックが一切ない。キャットウォークを歩いて後ろに回ってみると、バック・パックの上部左右にセイバーとファンネル・ポッドが一基ずつ。スマートで無駄のない造りだ。
問題は、カラーリングだった。
全身ミッドナイトグレイ。
正直、がっかりした。少尉はこれがNTCの制式機体色だと言うが、まるで汚れたネズミだ。そのせいでせっかくの新鋭機も目だけをぎょろぎょろさせている黒鬼という風情だった。そう。NF250には二つの目があった。鉄兜を被った騎士のように。
「シュプリッツァー・レイ大尉殿でいらっしゃいますか」
呼ばれて振り返ると、聡明な顔立ちの女性士官が敬礼をしていた。
「サナリィのサファイア・ボンベイ技術中尉です。SRI計画の責任者です。試験の監督も兼ねています。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む。試験はどこまで進んでいるのかな」
「最終慣熟試験まで終了し、機体は一通りの基本動作が可能な状態にあります。これより各種演習への参加、及び模擬戦を通じて戦術戦闘情報の蓄積を行います」
それからボンベイ技術中尉とレイナ少尉からNF250の話を詳しく聞いた。
シーヴァスに搭載されている二機はプロトタイプではなく、正式な第一次生産機で、量産原形というべき機体だった。まずプロトタイプを製作し、それで目処をつけて生産に踏み切るというやり方はせず、のっけから生産に着手するとは、サナリィの意気込みが感じられる。
一連の話が終わったとき、ちょうど食事の時間となっていた。技術中尉より機密の紅いマイクロリーダーを受け取って、レイナ少尉と一緒に夕食をとった。
自室に戻って最初にしたのは、厳重な封を解いてNF250のマニュアルと機体運用テスト結果に目を通すことではなく、MPプレイアーを引っ張り出してストーンズをプレイバックすることだった。音楽、特にブルーズやロックンロールが流れている方が俺は何でもはかどるし、よく眠れる。
『レット・イット・ブリード』を頭からプレイバックして、ベッドに転がった。
マニュアルに目を通して、装備の中に対空機関砲がないことに気がついた。あれほど使える武器を外してしまうとは、サナリィも研究が足りない。現場からのフィードバックがなされなかったか、対空機関砲を使えるパイロットがいなくなってしまったか、か。
まあいい。
それよりも目を引いたのは機体の尋常ではない軽さと、『ズームド・エア』というサイコフレーム直結の機動デヴァイスだった。スペックではウェイヴライダーよりも優れた機動力を発揮する。それはいいが、推力値に少々納得できないものがあった。トランス・エンジンの出力は思っていたほどではない。機体質量とサイズからすればやむなしというところなのか。
目を閉じて、NF250の姿を思い浮かべた。
あの機体を目にしたとき、何故かはわからないが、懐かしさのようなものを感じた。たしかに初めてのはずなのに、初めてのようには思えなかった。昔からよく知っているモビルスーツであるかのような。不思議な感覚だった。
明日は、そのサリシュアンに搭乗する。
子供のような気持ちで眠りに就いた。
翌日。〇九〇〇。プリフライト・ブリーフィング開始。ボンベイ技術中尉の説明を頭に叩き込んだ後でハンガーへ赴き、メカニックたちに確認を取る。チェックすべき項目は例によって山のようにある。
「二号機の各部基本動作データは一号機のものと同じか」
チェックを一通り済ませてから聞いてみると、メカニックたちはうなずいた。
「熟練度は」
と聞きかけて、やめた。
レイナ少尉のことはわからないが、俺と違うだろう。同じ機体でも差が現れるのは必然というものだ。
NF250の主眼は巴にあることは明白だったが、実のところ俺は巴向きじゃない。徹底した一撃離脱型だ。トランス・エンジンの常用出力域は高く取るし、全開率も高い。
とにかく確かめてみる他はない。機体に外部電源がつながれていることを確かめ、チェックリスト片手でコクピットに入った。深くリクライニングしているシートにつくと目を閉じて、深く息を吸い込んだ。
新品の、コクピット。
新品はいい。新品にしかない、あの匂いがする。
満足しつつシステムを起動させ、チェックしてみた。結果はやはり満足のいくものではなかった。しかし、最初から何もかもが望みどおりにいくはずもない。
バトルスーツのポケットからメモリー・パックを取り出した。Z006で蓄積してきた戦術戦闘情報が詰めこまれたパックだ。ドライヴに差し込んで、中身を落とし込み、全データ更新をかけて全系を再起動した。これでいくらかは俺好みに近づけただろう。後は、セッティング出しをきちっとやるだけだ。
そして一三〇〇。
昼食をすませてバトルスーツに着替え、ターボリフトに乗った。バトルスーツもモビルスーツ同様、黒に近いダークグレイ。なかなか滅入らせてくれる。
まあいい。少しずつ自分流にしていけばいい。
ターボリフトのドアが開くと、そこにレイナ少尉がいた。ダークグレイのバトルスーツを着ていると、白い顔がそこだけ輝いているように見える。ハンガーへと漂いながら、予定を聞いてみた。
「わたしは、火器管制及び各装備の運用試験です」
「ビーム・ライフルやセイバーを間違いなく扱えるか、か」
「はい。試験というより、練習ですね」
少尉は渋い顔をした。たしかにあれは地道な努力だ。俺もいやというほど繰り返した。結局、火器の扱いは体で覚えるしかない。
「大尉どののご予定は」
「シェイクダウンの後、いきなりファンネルさ」
「やはり、期待されているんですね」
少尉はぎこちなく微笑み、すぐに悔しそうな顔をした。
「わたしはまだファンネルを飛ばしたことがないんです。サイコミュもセッティングを出しただけで」
「あわてる必要はない。物事には順番というものがある」
そう言ってみても、少尉の顔は晴れない。結構気分屋らしい。そういうところはますますもって猫を思わせる。
前、整列しているNF250の方からエンジニアやメカニックたちが飛んできた。
「それでは失礼いたしします」
手を振って少尉は壁を蹴り、一号機のもとへ飛んでいった。
俺も続いて壁を蹴り、コクピットに取り付いた。
「二号機はファンネルのみ装備。余分なプロペラントは積載していません」
「了解」
エンジニアの差し出すチェックリストをつかんでコクピットに飛び込む。メットを被り、ハーネスを留めてMAUをつなぎ、エンジン・コンタクト。全システム起動、ヴァイザーを降ろす。同時にVDが立ち上がる。
視野に走り出す各部チェック結果を見つめる。最初は何でも慎重が肝心だ。俺はそれをモーターサイクルと女性から学んだ。――全系統異常無し。
「サリー2、オール・システムス・グリーン、グッド・ラック」
メカニックが機体につないでいた通信コードを抜いて、敬礼した。返礼して、コクピット・カヴァー、CLOSE。退避を始めたメカニックたちの姿が閉じてゆくカヴァーの陰に隠れて、闇に包まれる。直後、モニターが全面展開。エアタイト確認後、ファイター・コマンドをコール。
「コアントロー。レイ大尉、NF250原形二号機、発艦準備完了」
「コアントロー了解」
まだ名前を知らないオペレイターはにこりともせず、俺をまっすぐに見て口を開いた。
「試験空域データを送ります。確認願います」
「了解」
試験空域のデータが二個、送られてきた。行き先を確かめ、航法コンピューターに入力して確認後、モードを自動誘導にする。
前、サリー1が動いた。フライトデッキへと曳かれてゆく。
「コアントローよりサリー2。発艦位置に定位、スタンバイ」
「サリー2了解」
サリー2も動き始めた。立ったままエアロックに入り、フライト・デッキでうつぶせに寝かされた。トランス・エンジン、コンタクト。エンジン・チェック後、スロットルを絞って、発艦態勢。
正面を見ると、そこは星ひとつない漆黒の闇。正面ばかりではない。周りすべてだ。いまさらながらにその暗さと深さを思い知る。ここは、人間にはあまりにも大きく、そして過酷な場所だ。
宇宙。
俺は、戻ってきた。
左。サリー1のトランス・エンジンがMAXアフターバーナーの光を轟然と吐き出した。正確に十秒後、発艦灯が鮮やかなグリーンに輝いて、サリー1は正面の闇に呑まれるように消えた。
サリー2、発艦位置に定位。リニア・カタパルト・セット。
発艦灯、点灯。目の痛くなるほどの赤だ。十秒前。スロットルをMAXアフターバーナーへ入れ、サイドスティックを握り直して、ステアリング・キューの彼方の闇を見据える。
十秒後、発艦灯がオール・レッドからグリーンへ。ブレーキ全解放。同時にカタパルト作動。
「ロックンロール!」
発艦。離艦三十秒後にトランス・エンジンをカット、慣性で飛ぶ。第一試験空域には二分で到着した。まずは様子見で、目一杯で飛ぶ。次にドッグファイト・スゥイッチを入れてズームド・エアで高機動。
果してNF250は予想以上だった。とにかく機体が軽く、運動性も敏捷性も抜群で、ダッシュもいい。ズームド・エアは考えていたほど鋭敏ではなかったが、かなりの優れものだ。とっさの反応を必要とするときなど、助けられるだろう。
「コアントローよりサリー2へ」
気持ち良く機動していると、回線が開いてボンベイ技術中尉が顔を見せた。本日のメイン・イヴェントのお時間だ。
「レイ大尉、第一回ファンネル制御試験の準備に入ってください」
「サリー2了解」
機体を反転させて、第二試験空域を目指した。途中、センサーにサリー1が引っかかったので、挙動を観察した。
なかなか、たいしたものだった。
しかし、ディタに比べると、甘い。挙動に問題はない。が、アクションとアクションの間に隙がある。
おそらくレイナ少尉はディタほどモビルスーツというものをわかっていない。ニュータイプとしては優秀かもしれないが、パイロットとしては熟練していないということだ。
やれやれ、と思った。
ニュータイプなら誰でもモビルスーツのコクピットに放り込んでいいというものでもあるまい。連邦はその辺りを勘違いしている。ニュータイプであるか否かを問う前に、パイロット適性の有無をこそ見極めるべきだ。優秀なニュータイプが優秀なパイロットであることなど、そうそうあることではない。
そこまで考えて、笑みを浮かべていた。
セントローレンス(地球連邦宇宙軍士官学校)で危うくパイロット不適格の烙印を押されそうになった俺の言うことではない。
サリー2は第二試験空域に到達した。
FCS、オン。続いてマスター・アーム、オン。ターゲット・チェック。
RDY FNL‐Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ
表示を確認して、PMC(サイコミュ・メイン・コントロール)を立ち上げた。
瞬間、ぞくりとした。ひどい悪寒が背中を駆け上がり、頭がずしん、と重くなった。とんでもないプレッシャーだ。強化人間でもなければ、こんな悪意の塊のようなプレッシャーに太刀打ちできまい。
急いでPMCをカットして確かめると、サイコミュにブースターがかけられていることがわかった。
MFDにボンベイ中尉が現れた。
「こちらボンベイ。大尉殿、サイコミュが落ちましたが、いかがなされましたか」
「サイコミュに酔った。ブースターがかけられていたのか」
ボンベイ中尉は、あっ、という顔をした。
「申し訳ありません。連絡不徹底でした。コンディションはいかがですか」
「だいじょうぶだ。しかしブースターは全面カットする。俺には必要ない」
「了解」
ひとつ息を整えて、改めてPMCを立ち上げ、正常作動を確かめた後、ファンネルを一基、射出した。
RDY FNL‐Ⅰ
視野にシンボルが現れ、脇にファンネルからの転送情報が表示されるが、ターゲットのことは見なくても直にわかる。
ターゲット目掛けて突っ込ませる前にちょっとした機動をさせることにした。ファンネルを飛ばすのは久しぶりだし、ウォームアップが必要だ。
ところが、そのウォームアップに入ってすぐに帰頭命令を出さざるを得なくなった。
動きがえらく軽く、反応がいちいち敏感すぎる。
サイコミュの感応係数をチェックして、納得した。
値が大きすぎる。これでは暴走気味になるのも無理はない。
戻ってきたファンネルがポッドに収まった。ほぼ同時に回線が開いた。案の定、ボンベイ中尉だった。
「大尉殿、どうされたのですか。射出したばかりのファンネルを呼び戻すとは」
「オーヴァーステアがひどすぎる」
中尉はわかった顔をした。
「サイコミュ感応係数の調整が必要ですね」
やはりこの機体のサイコミュにはレイナ少尉のデータをそのまま移植してあったようだ。が、この感応係数値は、少尉の思念波がかなり弱いことを示している。これではオールレンジの射程はかなり短い。これではたしかにブースターをかけて強めざるを得ないだろうが、何かの拍子で逆流してしまったら、危険だ。少尉はどうも感情の起伏が激しいようだし。
しかし、そうか。参ったな。
ふっとためいきをつくと、
「何か」
「いや、何でもない。今からサイコミュのセッティング出しに入る。バックアップを頼む」
もうひとつため息が出た。サイコミュのセッティング出しほど面倒な作業はない。メイン・コンピューターもサイコミュの自動補正は行ってくれない。だからいちいち予想最適値を再計算してサイコミュを調整、それからファンネルを撃ち出してチェックとテストだ。それを繰り返しているうちに案の定ファンネルのプロペラントが六基とも切れてしまい、帰還せざるを得なくなった。せっかく宇宙に出たのに、自由に飛んでいられたのはわずか数分。散々なファースト・フライトだ。
着艦後、二機のNF250にはすぐに外部電源がつながれ、データの吸い上げが始まった。
チェックリストをメカニックに渡してガンルームに引き上げると、レイナ少尉が待っていた。立ち上がって敬礼した。返礼してソファに座る。
「拝見させていただきましたが、やはり大尉どのの機動技術は素晴らしいです」
コーヒーチューブを手渡してくれながら、少尉はいきなりそんなことを言った。それも瞳を輝かせながら。苦笑してしまった。
「それはNF250の性能のおかげだ。セントローレンスでの成績は、下から数えた方が早かった」
「そうなんですか」
少尉は意外そうな目をした。
「信じられません。あっという間に慣熟なされたではありませんか。手足のようでしたよ」
「そうかな」
「ええ。わたしは大尉どのよりも前から機体運用試験に携わっていますけど、いまだにNF250を御しきれずにいるんですよ」
ふと尋ねてみた。
「最初に乗ったモビルスーツは」
「このNF250です」
驚いた。それは普通じゃない。免許を取ってすぐ、極限までチューンされたレーシングカーを運転しているようなものだ。
いや、その前にこのコーヒーの味だ。今に始まったことじゃないが、どうやればここまでまずいものを作れるんだろう。二口で放り出そうとしたところに、
「もう機動訓練には飽き飽きしたな」
「そうだな。模擬戦だけでは自ずと限界があると思う。ひとつ、意見を具申してみるか」
「それはいい考えだ。このままでは、一体いつになればファンネルやビーム・ライフルを実射させてもらえるか、まるでわからないからな」
そんな声を交わしながら、同じダークグレイのバトルスーツに身を固めた三人の男がガンルームに入ってきた。レイナ少尉が俺にその三人を紹介した。三人は第一戦闘機動隊のパイロット、つまりZネクスト乗りだった。
三人のうちの二人は俺とコミュニケイトしようと考えてはいないかのように無関心だった。
最後のひとり、ダミアン・ギャス少尉だけは、どういうわけか露骨に挑むような目をしていた。
――俺が大尉に劣っているはずがない。
少尉の胸のうちで断言する声がいやでも聞こえてしまい、納得した。
――大尉はファンネルをろくに飛ばせていなかった。あれで七機撃墜というなら、俺はその倍撃墜できる。
実戦を経験したことのないパイロットの例に漏れず、少尉は強気だった。俺は黙っていた。キル・マークを一つ刻むのがどれほどのことか。それは他人の言葉を聞いて理解するものじゃない。
ともかく、無用な議論は避けるに限る。挨拶だけをして引き上げた。自室で忌々しいバトルスーツを脱ぎ捨てるとエア・シャワーを浴びて、ベッドに腰を降ろした。
「シュー」
ミュージック・パックを選んでいると、頭のうちに呼びかけの声がした。マザー・ヴォイスだ。
「拒絶して、闘うのがニュータイプじゃないのよ」
心底ほっとした。ディタのことをいくら考えても何も応えがないから、どうしたのかと心細くなっていたところだった。正直。
目を閉じると、その姿も見える。
褐色の肌に黒い髪。そして、澄んだエメラルド・グリーンの瞳。顔立ちは違うが、目と肌の色は同じだ。これで髪が茶のくせ毛なら完全に一致する。両親の記憶がない俺が勝手に作り上げた理想の女性なのかもしれない。きっとそうなのだろう。
「いまは、おやすみ。――」
マザー・ヴォイスは遠ざかった。
大きな息をついて、MPをプレイバックした。気分のいいときは、迷わずストーンズだ。
『ホンキィ・トンク・ウィメン』
『ダイスをころがせ』
『ユー・ガット・ミー・ロッキング』
歯切れのいいビートとリズムが熱く体を駆け巡りだし、気分がどんどん加速してゆく。
たしかに、気になることがないわけじゃない。が、人が集まればそういうものだ。水の合う奴もいれば、そうじゃない奴もいる。当たり前のことだ。そんなに敏感になることでもない。
とにかく、為すべきことを為す。まずはそれだ。
自分に言い聞かせて、目を閉じた。
ところが。
朝、目覚めてまず感じるのが頭の重さということになってしまった。
ニュータイプ部隊だから気を楽に保っていられるかとみていたが、そうでもなさそうだと、少しずつだが思うようになった。というよりは、認めざるを得ない。
そういうわけで、ベッドに潜っている時間とサリー2のコクピットに収まっている時間だけが俺自身の時間だった。
どうかしている、とも思うが、この艦の空気には俺を苛立たせる何かがあった。たしかに。
一方、NF250のテストは順調に進んでいた。テスト・スケジュールも終わりに近づき、今日の午前はファンネル戦を試みた。
その際、レイナ少尉の癖を見つけた。
少尉はファンネルを一基ずつしか使えない。さらに、ファンネルを操っている間は自機の制御を忘れてしまう。
いずれも、サイコミュ兵器に不慣れなニュータイプがよくやるミステイクだ。
複数のファンネルを同時に高機動させてターゲットを撃破するために必要なものは、何よりも空間把握能力だ。慣れれば一基でも十分やれるが、他のファンネルはまったく無駄になってしまい、エネルギーもロスして活動時間を大幅に縮めてしまう。何より、動いていないファンネルは恰好の目標だ。
機体のコントロールを忘れてしまうのは、言うまでもなくファンネルのコントロールにかかりっきりになってしまうせいだ。
「ファンネルを飛ばせばだいじょうぶ」
と思い込んでしまうのは、ニュータイプの悪い癖だ。ファンネルのコントロールに没頭している間に自機を狙撃されればそれまでだ。俺は、それをするパイロットをひとりは知っている。彼女のキル・マーク四個の半分はニュータイプだ。
もっとも、ファンネルのコントロールについて言えば、レイナ少尉はきわめて優れていた。少尉のファンネルは、そこまですることはないんじゃないか? と思えるほど元気に跳ね回った。ファンネルのコントロールが楽しくてたまらないのだろう。これで六基すべてを使ってオールレンジがかけられれば言うことはない。しかし、それには時間か経験、もしくはその両方が必要だ。先達としては是非レクチャーしなければならないところだが、告げてすぐにできるものじゃない。ニュータイプといっても人間、そこまで便利にはできていない。それに、午前のノルマを消化して帰還するとギャス少尉が待ち構えていた。
「カルーア、一緒に昼食を摂らないか」
レイナ少尉はギャス少尉ではなく、着艦したばかりの二号機を振り返った。ギャス少尉は途端におもしろくない顔になって、
「レイ大尉のことは気にすることないだろう。彼は君の上官じゃない。モビルスーツを降りてしまえば関係ないさ」
「大尉どのがいかに尊敬できる方か、あなたにはわかっていないのね」
レイナ少尉はさらりと言った。
「機会があったら一緒に飛んでみなさい。そうすればわかるわ」
「サリーに乗れば、誰だって生まれ変われるさ」
ギャス少尉は吐き棄てるように言った。ギャス少尉はレイナ少尉の目が俺にのみ向けられていると頭から思い込み、俺に一方的な対抗心を燃やしている。しかも、その炎は日に日に燃え上がっていた。
「俺だって次席卒業なんだ。サリーに乗せてくれてもいいはずなのに」
「今日のメニューは何かな」
レイナ少尉はギャス少尉の言葉をみなまで聞かず、ハンガーから漂い出て行った。ギャス少尉はあわてて後を追った。ため息をつきつつ二号機から降りて、ボンベイ技術中尉に一連の報告を済ませた、
昼食を済ませると、レイナ少尉はサイコミュの微調整というかなり面倒な作業のため、宇宙へ出ていった。ギャス少尉も午後の訓練スケジュールに沿って飛び立った。
俺にはすこし余裕があったので、昼食後、しばらくボンベイ技術中尉と話し込んだ。やはり俺はエンスーらしい。モビルスーツの話をしていて楽しい。パイロットとしてやっていけなくなっても、技術屋として務まるかもしれない。
「NF250の生産ラインは、ルナツーとムトンボで稼動を始めています」
「そのNF250にアナハイムが一切関わっていないのは、情報のリークを防ぐためか」
「ええ。古い話ですが、F91のロールアウト後にVSBR――現在のVPBR(出力可変型ビーム・ライフル)の前身ですが、その情報が垂れ流しになりましたから、二の轍は踏むまい、と」
「フィン・ファンネルを装備しないのはそういったわけか。俺はフィン・ファンネルに興味があったんだけどね。ビームの出力が高いと聞いて」
「あれは開放型のビーム発生システムを採用していますからね。代わりに機構が複雑で、変形までする分、トラブルも出やすく、メインテナンスも大変です」
「一番信頼できるのは、昔ながらのキャンドル型か」
「ええ。パワー・ユニットの改良も進みましたから、いまのファンネルは過去のものとはビーム出力、活動時間ともに比べ物になりません。変わっていないのは形だけです」
中尉はそういったが、後で考えてみると、最強のサイコミュ兵器はやはりフィン・ファンネルだった。
「フィン・ファンネルをご存知でいらっしゃるということは、ν(ニュー)ガンダムのこともご存知ですか」
「νガンダムか。聞いたことはないな」
しかし、NF250と初めて対面したときと同じ感覚にとらわれた。懐かしさにも似た、妙な感覚だ。
「不思議と聞いた覚えのある名前だな。そのνガンダムというのは」
「制式名称アナハイムRX93。開発当時、最高性能を誇った、ニュータイプ専用のプロトタイプです。サリシュアンは、そのRX93を基にフォーミュラ・シリーズで培った技術を投入したモビルスーツなのです」
「それでこその高性能か。NF250はビーム・ライフルやセイバーの出力も高いが、何より運動性が素晴らしい。巴で勝てる機体は地球圏にないだろうな」
「それは、機体が極限まで軽量化されているためです」
中尉は顔を曇らせた。その軽量化というのは実に徹底したもので、インナーフレームの強度はぎりぎり――機体番号が一桁台の試作機は機動しただけでインナーフレームが歪んでしまったという――で装甲も薄く、量産型からは脱出システムまで降ろされたうえ、肝心のコクピット・ブロックとメイン・ジェネレイター、そして機体内プロペラント・タンクの保護さえなされず、後に「ハンマーを持った卵の殻」と揶揄された。要求性能を満たすためにはそれしか方法がなかったとは言え、技術屋の中尉が顔を曇らせたのも当然だった。
が、そのときの俺はNF250の比類なき高性能に目を奪われていて、それがどういう意味を持つかということには考えを巡らせなかった。だから気楽にこう言うこともできた。
「それなら、弾を食らわないように飛ぶよ。そのためのズームド・エアでもあるんだろう」
「それは、そうなのですが」
と、中尉のPIT(携帯情報端末)が鳴った。
「私だ。――何だと」
中尉の顔がいきなり色をなくした。
「至急、帰艦命令を出しなさい」
ぴしゃりと言った。その剣幕は尋常でなかった。
「どうした」
「ギャス少尉がNF250二号機で発艦しました」
「ギャス少尉が」
呆気に取られた。
「乗りたいということは最初からずっと言っていたのですが、よもや無断で飛び出すとは」
そのわけは手に取るようにわかった。NF250のパイロットになれば、レイナ少尉の心までもつかむことができると信じているのだろう。
俺もモーターサイクルに乗ったら女の子たちの心をぐっとつかむことができると信じていた。ただし、それはハイスクールに入りたての頃の話だ。人間、特に女性はそれほど単純なものじゃないが、そういうことをギャス少尉は教わることがなかったらしい。ある意味、幸せだったと言える。どこへ行く当てもないひとりきりの夜の冷たさを知らないという点で。
少尉の願いは単純だ。レイナ少尉の関心を独り占めしたい。そのためにはどうすればいいか。俺を睨みつけることではないのは確かだ。
「すぐに呼び戻そう」
「それが、全回線を遮断しているようなのです。ともかくロートシルト大佐殿にご報告を」
「それでは大事になる。下手をすれば、機密兵器の無断使用で軍法会議だ」
「では、どうなさるのです」
俺は、初めて会ったとき、ファンネルの実射をしたことがないとギャス少尉が言っていたことを思い出した。
「少尉はファンネルを飛ばしたことがあるのか?」
中尉はすぐハンガーに確認を取った。
「ない、ということです」
「そうか。だったら手はある」
俺は立ち上がった。
「どちらへ」
「ハンガーだ。滞空しているなら、少尉の乗機はハンガーに残っているはずだ」
「Zネクストで出られるのですか」
「いや、他人のセッティングではろくに飛べない。それでなくても、NF250だ。肩をつかむことさえできないだろう」
ともかくハンガーに降りてみると、思ったとおりZ006Nが一機残されていた。
外部電源がつながれていることを確かめてコクピットに入った。
ファンネルを飛ばしたことがなければ、絶対に飛ばしたくなる。絶対にだ。Z006Nに乗ったばかりの俺がまさにそうだった。
「ギャス少尉がサイコミュを立ち上げたら教えてくれ」
中尉に告げて、システム起動。続けてサイコミュ・メイン・コントロール起動。感応係数をチェックして、間違いなくギャス少尉の数字であることを確かめると、待った。
「レイ大尉殿」
やけに長い数分の後、声がした。
「サリー2、サイコミュ・メイン・コントロール起動しました。感応係数調整中」
「了解」
考えたとおりの展開になった。目を閉じるとすぐ、瞼の裏に漆黒の宇宙をぎこちなく機動するダークグレイの機体が浮かんだ。この機体とサリー2がサイコミュ回線によってしっかりと結ばれたということだ。
「少尉の脳波をしっかりモニターしていてくれ」
そう言っておいて、すかさずサイコミュの思念波に乗せてピンを撃ち込んだ。
サリー2が、ぎくっ、と震えた。正確に言えば、震えたのは、鋭い思念の針を意識に撃ち込まれたギャス少尉だった。
「脳波、弱まりました」
「精神活動が極度に低下」
効果は覿面だった。が、落ちていない。持ちこたえているらしい。たいしたものだが、感心している場合ではない。もう一発、撃ち込んだ。直後、
「サリー2、活動停止」
そこでサイコミュを落としてレイナ少尉を呼んだ。
「大尉どの」
MFDの真ん中に現われた少尉は、狐につままれた目をしていた。
「どうなされたのです。機動を突然やめて慣性飛行とは。機体故障ですか」
「サリー2に乗っているのは俺じゃないんだ」
「ええっ」
少尉の目が見開かれた。
「では、誰が」
「ギャス少尉だよ」
「ダミアンが」
「そうだ。このことが知れたら大事だ。しかも、こちらのモニターで見る限り、少尉はコクピットで気を失っている。サリー2を曳航して、即刻着艦してくれ」
「了解」
交信終了。システムを落としてコクピットを出た。早速中尉につかまった。
「何をなさったのです」
「すまないが、他言できない」
サイコミュ・スナイプ。精神狙撃とでも言えばいいのか。サイコミュ感応係数のわかっている相手でなければ使えないが、ニュータイプを討つには武器など要らないということだ。
「ニュータイプ同士の共振というものが昔あったでしょう。それを進めて、自分から積極的にサイコミュ回線で干渉して、敵のニュータイプに精神的ダメージを与えることは可能かしら」
それは可能なことであったのだ。まったく、ディタのひらめきには感服せざるを得ない。ディタは実によく知っていた。サイコミュばかりでなく、ニュータイプについて。
数分後。サリー2を曳いたサリー1が着艦した。
サリー2は即座にフライトデッキからハンガーへ移送され、レイナ少尉とメカニックたちがコクピットからギャス少尉を引きずり出した。まだ失神していた。その様を見て俺は遠ざかった。意識を取り戻したとき俺の顔が視界にあったら噛みつかれないとも限らない。
ギャス少尉の意識はなかなか戻らなかった。早く目を覚ましてくれなければ、せっかく内密ですませようとしている努力がすべて無駄になる。が、放っておいてただ待つというわけにもゆかず、医療センターへ連絡しようとしたところで少尉は目を覚ました。レイナ少尉がそばにいたためだろう、すっきりした目覚めだったようだ。
そのレイナ少尉にまず医療センターへ行くことを勧められて、ギャス少尉は起き上がり、漂い始めた。しかし目がおぼつかない。ふらふら漂いながら、それでもレイナ少尉にしきりに話しかけていた。
「これからファンネルを飛ばしてみようというときに、急に激しい頭痛がして、気を失ったみたいなんだ」
「そう?」
レイナ少尉の返事はそっけない。ギャス少尉をあわてさせるには、それで十分だった。十分すぎた。ギャス少尉はひきつった笑みを浮かべて、しどろもどろになった。
「おいおい、ずいぶん冷たいなあ。昔の君はそんなじゃなかったのに。心配もしてくれないのか。操縦中に激しい頭痛をおぼえたことなんて、いままでなかったんだぜ」
レイナ少尉は黙ってギャス少尉の前を漂い続ける。
「あ、それともこれは、俺の能力が急に拡大したってことなのかな。そうとでも考えないと、納得できないな」
「あなたは自分のしたことがわかっていないの」
レイナ少尉はギャス少尉をするどく振り返った。
「試作段階の機密兵器に無断で乗り込んだだけじゃなく、動かしてしまったのよ」
きつい声でただされてギャス少尉の顔は一気に青ざめた。言われて気づいたのなら、遅すぎるといわざるを得ない。
「原因なんてどうでもいいわ。あなたは気絶して良かったのよ。そうでないと誰にも知られないうちに連れ戻すなんてできなかったんだから」
「大佐どのには、知られているのか」
「そんなことになったら、間違いなく軍法会議よ」
ギャス少尉の声は死にかけていたが、そう言われて、すこし血の気が戻った。
「そ、そうか。そうなんだ。良かった」
「幸い、レイ大尉どのがすべて胸に収めて、大佐どのには何も言わないでおいていただけるそうよ。お礼を言いなさい」
せっかく見えないところにいたのに、レイナ少尉は思い切り言ってのけてくれた。が、いくら少尉にそう言われたからといって、それで俺に頭を下げるギャス少尉であろうはずはなかった。頭を下げるどころか、俺を睨みつけたものだ。憎悪の炎とは、とかく燃え上がりやすいものだ。
ばかりか、この事件の後、レイナ少尉はギャス少尉にことさら素っ気無い態度で接するようになった。
そうなるとどうなるか。これほど明らかなことはなかった。レイナ少尉の目がますます離れて行くことに焦って、俺を憎む。そしてそれはまったくそのとおりになった。ニュータイプでありながら、人としての基本的なコミュニケイションが取れない。というより、拒否するのはどういうわけなのだろう。不思議だった。
いや、ギャス少尉ばかりではない。NTCに属してから、認識域の共有がほぼ誰ともできていない。ニュータイプ同士なら一瞬ですべてわかりあえるはずだが、それらしきことのできそうなのは、今、前に座っている女の子だけだ。そのことを考えると、苛立たしくもなる。
「大尉どのから見て、わたしの機動技術はどうでしょうか」
この日、全スケジュールをこなした夕刻、レイナ少尉はおずおずと尋ねてきた。正直に、いいものを持っていると応えた。いきなりNF250に乗って、それで飛べているのだから、素養はある。普通なら、闇の底に墜落している。
「そう言っていただいて、とても嬉しいです」
レイナ少尉は笑みを浮かべた。あいかわらずぎこちないが、最初に比べるとかなりよくなっていた。
「ユーゲントではシミュレイターで操縦を学んだだけでしたから、不安だったんです」
例の事件の後、レイナ少尉は俺に仕事以外の話をすることが多くなった。このときもそうだったが、まずその聞き慣れない名詞を確かめた。
「ユーゲント」
「NTC直属のニュータイプ養成機関です」
レイナ少尉はさらっと応えたが、そんな機関など、初めて聞いた。が、養成機関ということは、この子は覚醒してからずっとそこにいたのだろうか。いや、そんな立ち入ったことを聞くのは良くない。別のことを尋ねた。
「NTCのメンバーは、すべてそのユーゲントの出身なのか」
レイナ少尉は首をかしげた。
「すべて、というわけではありません。現に、大尉どののように自然発生型のニュータイプもいらっしゃるではありませんか」
確かにそうだ。しかし、養成機関とは…。
ぞっとした。
レイナ少尉の言葉から判断すると、そのユーゲントとやらには俺のような自然発生型のニュータイプはいないということになる。すべて強化人間なんだ。
覚醒の鍵は命に関わるほどの負荷――つまり、極限状態が銃爪を引くと、俺は考えている。強化というのがどんなものか知らないが、そうした負荷を人為で加えては、能力を得ることはできても、正常な思考能力は失われるはずだ。へたをすれば、精神も壊れてしまう。
思うに、ニュータイプとは、ニュータイプにならなければ間違いなく生き延びることができなかった人間だ。宇宙の只中に放り出され、目も耳も、感覚器のすべてが使えない状態で、それでも敵を撃たなければ死んでしまうとなれば、眠っている精神の目を叩き起こさなければならないだろう。勘が勘ではなくなり、認識域が飛躍的に拡大するのはその結果に過ぎない。見えない敵を察知し、サイコミュ兵器をドライヴするためにニュータイプを作り出すなどというのは、本末転倒というものだ。大体、そうやって絞り出すとろくなものが出てこない。
それが、ユーゲントなどというものを作って、ニュータイプを「養成」しているとは…。NTCも同じだったということなのか。
「あなたは連邦軍に散々利用された挙げ句、つぶされてしまうわ」
あの夜のディタの言葉が生々しく甦る。
ニュータイプをよくわかっているディタのことだ。ニュータイプの、ニュータイプゆえの様々な悲劇についてもよくわかっていただろう。そのうえでのアドヴァイスを、受け止めていなかったのかもしれない。
「大尉どの」
ふいにレイナ少尉の瞳に烈しい光が宿った。
「ディタ、というのは、誰です」
その名前が少尉の口から出てきたとき、久しぶりに心から驚いた。見えてしまったとすれば、少尉の受動能力はかなり鋭い。これで共鳴などしてしまうと厄介なことになる。戦闘中にサイコミュ回線を経由して干渉されたら、頭痛どころの騒ぎではない。
「先の紛争のとき、俺のウイングマンだったパイロットだ」
「ニュータイプですか」
「いや。ナチュラルだ」
「大尉どのとはどんなご関係なのです。恋人でいらっしゃいますか」
立て込んだことをずいぶんと率直に尋ねてくる。きつく睨むような目をされて、まるで詰問されているようだった。が、はっきり言うべきことははっきり言ってしまうこととした。
「彼女はそういう女性じゃない」
「そうですよね」
少尉の態度から急に刺がなくなった。
「大尉どののように優れた方が、ナチュラルごときに関心をお持ちになるはずはありませんよね」
ナチュラルごときに。
その言い方にぎょっとした。
ナチュラルという言葉に、少尉は侮蔑を込めていた。
ニュータイプはナチュラルより優れているという考え方は正しくない。ニュータイプは、戦いが生み出した人類の悲しい変種にすぎないかもしれない。だからこそ、自分達をして他より優れている「選ばれし」人間と考えなければ均衡が保てないのかもしれないが、それではますます歪むだけだ。
大体、ナチュラルがニュータイプに勝てないかと言ったら、実はそうでもない。
いや、やめておこう。こんなことは考えるべきではない。マザー・ヴォイスが繰り返し示唆してくれるように、闘うことはニュータイプの仕事でも役目でもない。
と、ロートシルト大佐がいきなりガン・ルームに入ってきた。俺たちは立ち上がって敬礼した。大佐は返礼してレイナ少尉に目をやり、
「少尉、どうか」
「戦闘機動はまったく次元の異なるものだと思い知らされています。そこで、レイ大尉どののデータを一号機に移植して、自分のセッティングを出そうとしています」
「そうか」
大佐は深々とうなずき、俺に目を移した。優しい目だが、あいかわらず読ませてはくれない目だった。
「レイ大尉。これからも少尉を助けてくれたまえ」
了解と応えた。
「ところで、ここに君たちが揃っているところで、ひとつ話をしておく」
大佐は座りたまえと告げて、向かいに腰を降ろした。
「本艦はこれより針路を月へと取る」
月、と思ったとき、「エージェント・タンジェリン」という言葉がふいに頭で鳴り、悪寒のようなものを背中に感じた。エージェント・タンジェリン。いったい、何だ? わからないが、忌わしいものであることは間違いない。何故なら、重い。重苦しさを感じる。
「NF250のテストはどうなるのですか」
「一時中断する」
大佐はきっぱりと言った。
「今まで蓄積してきたデータはここで一度統合して、以後の熟成に役立たせる」
「一体、何が始まるのですか」
「詳細は後で話す」
大佐は立ち上がったが、ガンルームを出て行くときに振り返って、
「この作戦は、NF250の配備直前の最終テストも兼ねることとなるだろう」
と言った。
「実戦テストということですか」
レイナ少尉は弾んだ声で確かめた。
「そうだ。現在、私の手許にある機動戦力はZ006N三機だ。それでは心許ない。必然的に君たちにも働いてもらうこととなる」
そうと聞いて、少尉とは逆の気持ちになった。敵としてディタと会うことだけは避けたかった。闘ってはならない相手というものは必ず存在する。俺にとってそういう相手とはディタ・レーニエ以外の誰でもない。それを考えていて、少尉が俺を呼んでいたのにしばらく気がつかなかった。
「実戦とはどういうものですか」
「口では言えない」
即答した。闘いはヴィデオ・ゲームとは違う。撃たれたからといって、リセットはかけられないのだ。大体、戦とは、おとなのするものだ。
事の次第は標準時二〇〇〇に招集された緊急メインクルー代表ミーティングで明らかになった。
GPに対する査察を行う、と言う。
「GPとは、輸送会社のGPと何らかの関係があるのですか」
との質問が飛んだ。大佐はうなずいた。
「諸君もよく知っている、各サイド間の物資輸送を一手に担う地球圏最大の輸送会社だ」
しかし、と言った。
「その実態が、先のベルリン軍縮条約によって保有が押さえられた各サイド国家の機動戦力の隠れみのである可能性が高い」
場はざわめいた。俺の心にも波が立った。
「注目してくれたまえ」
正面のスクリーンに地球周辺宇宙図が表示されてゴース共和国が明るく輝いた。サイド5だ。
「1バンチのルビィにて、GPの輸送船がモビルスーツのパーツを揚げていることが再三確認されている。しかも、その船は輸送船にしては足が速すぎる。擬装空母であるとも考えられる」
ざわめきが大きくなった。確かに、それが事実だとすれば、大変な事態だ。
「そこでネグローニ閣下は、即、GP本社に対する査察を行うことを決定なされた。本艦はその支援に当たる」
企業の査察とはNTCの仕事ではないような気もするが、何でもやらなければならないというところに現在のNTCの苦しさが伺われる。
解散後、部屋に戻った俺はシャワーもそこそこに、早速ネットにダイヴしてGPのことを調べてみた。
しかし、GPはどう見ても輸送会社でしかなかった。各国の機動戦力、つまりモビルスーツが隠匿されている証拠をつかむためにはやはり調査を行うしかない。
が、そのためにモビルスーツが必要なのか。
俺の判断することではないのはわかっているが、釈然としない。査察が拒否された場合、示威行動もありうるだろうが、最後の大佐の言葉が引っかかる。
「この作戦は、NF250の配備直前の最終テストも兼ねることとなるだろう」
大佐は、確信を抱いていた。
大佐にはいったい何が見えていたのだろうか。
わからない。
「気をつけなさい、シュー」
そんな声が聞こえて、稲妻に撃たれたようになった。
マザー・ヴォイス。
「銃爪こそがあればいいということよ」
ということは。
思わず起き上がっていた。
NF250の実戦テストとは最悪の場合のオプションなどではなく、大佐はむしろ積極的にNF250を使う気でいるのか。
そんな馬鹿な、と思いたかったが、その方が当たっていると確信できた。理由など考えたくもない。俺はNTCの力を拡大するための銃爪ではない。
我知らず、拳を握り締めていた。
先が見えてきた。いよいよ。
翌日、〇九三〇。
作戦要綱が通達された。
それは一言で言ってしまえば、こういうことだった。
「GP本社の存在するコロニー・シリンダーにエージェント・タンジェリンを投入する」
昨日頭に浮かんだ言葉が実際に大佐の口から出てきたが、それがいったい何かということはわかっていなかった。ネットのなかを泳ぎ続けても、さっぱりだった。
「C兵器のコード・ネームです」
隣のレイナ少尉がいきなり低い声で応えた。その言葉に耳を疑った。
「C兵器だって」
「はい。ユーゲントで一度だけ学んだことがあります。それがどういうものか、ということまではわかりませんが」
少尉は何ということもないかのように言うが、C兵器の使用は条約違反のはずだ。どうしていきなりそんなことになっているんだ。査察ではなかったのか。いや、それよりも、そんなものをコロニー・シリンダーに投入する場合、モビルスーツに作業を担当させることは馬や鹿でもわかる。
つまり、それをやるのは俺なのか。C兵器をコロニーに投入するのは。
頭に血が集まってきた。
いったいどうなっているんだ、撃ってはならないものに向けて銃爪を引くことになるとは。街を出るのはいつだってうまくやるチャンスのはずじゃなかったのか。
俺は、望まぬ方向へ走っている。それも、ぐんぐん加速しながら。
それでいいわけがない。が、俺はあまりに無力だ。まるで投げ捨てられた空缶だ。
マザー・ヴォイスが繰り返し告げるように、闘うのがニュータイプじゃない。なのに、どうすればいいんだ。
焦る俺に構わず、メイン・スクリーン上、目標が鮮やかに示された。それは月のさらに向こう、サイド3だった。
俺の目は、脇に記されたコロニーの名称に釘付けになった。
『ジュネーヴ』
オールド・ハイランド、だった。――
MOBILE SUIT GUNDAM FX
Episode 1 “Exit:Light Enter:Night”