気がついてみると、崖の縁に立っていた。
宇宙に復帰したときの俺のことだ。
☆
開戦までの二ヶ月弱を、俺は月で過ごした。
大戦勃発時、アナハイム月面工廠はグラナダに移転を完了していたが、真っ先に月の裏へ動かされたのがサナリィNF250サリシュアンのテスト・チームだった。
俺は保護監察下にあった。テストのためハンガーへ向かうのにも警備兵を背後に従えなければならない始末だ。サリシュアンは接収。当然の流れだろう。
「ハイ、フリー・バード」
ブリーフィング・ルームにはパナシェ女史が待ち構えていた。いつでもはつらつとしていて、ヴァイタリティの塊が服を着ているような女性だ。ブルー・マンデイなんて言葉は辞書にないだろう。プロイツェンのノルトラント工科大出身の才媛でもある。
この方と初めて会ったときのことはよく覚えている。サリーに遅れること十日、アナハイム・エレクトロニクスに身柄を移された日のことだ。このブリーフィング・ルームに通されたとき、ヒールを高く鳴らして入って来るやいきなり、
「あなたがレイ大尉ね」
思い返してみると、女史が俺のことを階級つきで呼んでくれたのはこのときだけだ。二度目からは『フリー・バード』だった。スクール・ボーイのとき、ランディに授けられた名誉ある称号だ。
「話はディタ――レーニエ中尉から聞いているわ。ともかく、お礼を言うわね。NTCの新型を持ち込んでくれて」
女史は活き活きしていた。最初からそうだった。サリーの機体データ解析結果は、サナリィの技術力を見くびっていたアナハイムのエンジニアたちを突き落としたと聞いていたので、何とも意外だった。
「サナリィめ、なかなかやるじゃない。本職のわたしたちを差し置いて。でも、これがわたしの許に来たからには、もう丸裸よ」
ここで遮って聞かなければ、この勝ち気で利発な方の名前すら永遠に知らずに終わっていたに違いない。
「あなたは」
ああ、ごめんなさい、と女史は悪びれることなく笑って、
「わたしはディツェンバー・パナシェ・サラン。アナハイム・エレクトロニクスMS研究開発部第一課の主任技師です。よろしく」
名前と所属を極めて簡潔に述べた後、女史はハンガーに横たわるサリーを窓から見下ろした。
「実際に飛ばす前にカラーリング変えだわ。この機体からNTC臭さを払っちゃわないとね。あなたも全身鼠色なんて辛気臭い機体はいやでしょ」
もうひとつ言えば、女史には有無を言わせぬ勢いがあった。しかし逆らう道理はなかった。俺もミッドナイトグレイは嫌いだ。
が、その総塗り替えが終わったとき、とんでもないことになっていた。
いきなり全身フラット・ホワイト。胸部は濃紺。左右の排気口は黄色。挙句の果てにコクピット・カヴァーは真紅。まるで冗談のようなカラーリングだった。
「いかが。気に入ってもらえたかしら」
「派手すぎる」
女史はまんざらでもないようだったが、常軌を逸しているとしか言いようがなかった。率直に応えた。
「これじゃアクロバット・チームだ。目立って仕様がない」
女史はふふんと鼻で笑った。
「いいこと、フリー・バード。ガンダムにはね、ガンダムのカラーというものがあるのよ」
「ガンダムだって」
「ええ。このサリシュアンはどこから見てもガンダムよ。設計者と会ってみたいわ。話が合いそう」
「ガンダム――伝説のモビルスーツか」
「ええ。一年戦争の当時は有名だったのよ。連邦の白いヤツ、ってね」
「一年戦争とは、またずいぶんと昔の話だな。もう百年くらい前じゃないか」
「そのとおり。ちょうど百年前よ」
うなずいたとき、祈りの鈴が鳴って、女史の笑顔と声がすうっと遠ざかった。何だ、と思う前に宇宙に投げ出されていた。まただ。
「ララァ」
闇の表に、聞いたことはないが、何故か聞き覚えのある男の声が。
「頼む。どうすればいいのか、教えてくれ。私を、導いてくれ」
「いいえ。それはもう、できないわ」
この声は、マザー・ヴォイスか。
「わたしは、もう――」
胸に一陣の風を感じた後、宇宙の闇は溶け、目の前で女史はあいかわらず微笑んでいた。
「その記念すべき百年目に連邦がガンダムを作り上げたことには意味があるんじゃないかと、私は考えているんだけど」
「ガンダムはたしかに優秀なモビルスーツの代名詞みたいなものだけど」
「ええ、そうなのよ」
女史はいきなりうなずいた。目を厳しく細めて。
「悔しいけれど、認めざるを得ないわ。このガンダムRZは極めて優秀よ」
女史の言う『ガンダムRZ』が、環地球連合軍で実戦配備されたただ一機のNF250のコード・ネームとなるまで、さしたる時間はかからなかった。
「RZというのは」
「サナリィにおけるNF250の開発コード」
放り出すような言い方をする。女史はアナハイムでガンダム・フリークとして非常に有名な方だった。そんな方が他人のガンダムを目にしたのだ。心中穏かならぬものがあることは十分に察せられる。
「まあ、いいわ。そのうちわたしのガンダムがサリーを圧倒してみせる。必ずね」
女史の口癖だ。強がりに聞こえないのは、瞳の強い輝きと不敵な笑みのおかげだ。女史なら本当にサリーを圧倒するガンダムを創るだろう。
「さあ、それじゃ今日のメニューを発表させてもらうわよ」
うなずきつつ、ガンダムRZに目をやった。
このモビルスーツはあまりにもあっけなく手に入った。大佐はこれを奪取されて黙っているような輩か。それとも、自信があるのか。
RZは黙っている。
俺が月の天をひとりで飛び回っている間にも、時代のうねりは激しさを増していった。
例の一件は連邦の懸命の隠蔽工作に関わらず広く知れ渡り、月の裏の大国オールド・ハイランドの態度をますます硬化させた。
オールド・ハイランドは断固とした態度で経済断交に踏み切った。
オールド・ハイランドが動けば、当然ゴースとブライトンの二大国も追従し、プロイツェンやマラネロなど、他国も続々と追随した。
「戦は、実際に戦する前にすでに勝っていなければならない」
とディタは言ったものだが、経済断交はまさにボディー・ブロウのようにじわじわと地球のスタミナを奪い去っていった。今そうなったことではないが、地球は宇宙から恵みの雨を降らせなければ生きられない体だった。
連邦はジェンティアナ連邦総務長官――スーズの父親だ――を特使として派遣し、オールド・ハイランドとの国交調整に全力を挙げた。
オールド・ハイランドは譲歩の条件のひとつとして、月面化学プラントの査察を要求したが、それは連邦がうなずけようもない条件だった。そこはエージェント・タンジェリンを製造した場所であり、隠匿された基地でもあった。
拒否した結果、ジェンティアナ長官に最後通牒が手渡された。
が、連邦は降りなかった。正確には、ネグローニが、だが。
強硬な姿勢を維持できた要因は、他でもない、サリーだった。連邦が意を決したのは、このモビルスーツの強さによるところがかなり大きかったと思われる。
機体そのものの調査が済むと、アナハイムの手でガンダムRZのコピーが1ダース作られ、宇宙戦闘技術訓練学校『エアナイツ』に引き渡されて、他機種との性能比較試験に即時移行した。
が、技術者たちはそこで深刻な問題に直面してしまった。
機体を手に入れながら、有効な対策を一切講じることができない。サリーは圧倒的だった。ヤッファはともかく、あのときディタが搭乗していた新鋭機、アナハイムGPX750Aネージュでさえまるで相手にならなかった。能力をすべて攻撃に振り向けて、
『攻撃は最大の防御』
という思想をそのまま形にしてしまったモビルスーツ。それがサナリィNF250サリシュアンだった。これはもはや、設計思想が根本から異なっているとしか言いようがない。勝ち気な女史でさえも、近接戦ではほとんど勝ち目がないと認めた。
そして、夏の終わり。
戦争回避のために最大限の努力を払ったジェンティアナ長官は辞任に追い込まれた。ネグローニ率いる強硬開戦派による、政治的抹殺だった。
そうして歯止めをかける人間がいなくなってしまうと、後は坂を転げ落ちて行くだけの話だった。ネグローニがついに大統領になってしまうと、勢いはますます増した。その様は血を燃やして転がる鋼の動輪に見えたが、ニュータイプでなくとも、時代が轟々たる血と炎の嵐に包まれようとしていることは容易に読めただろう。
血塗られた動輪がついに扉を突き破ってしまったのは、十月九日のことだった。
連邦軍は侵攻を開始、堰を切ったようにサイド5に押し寄せた。
主力は意外なことに艦隊戦力ではなく、モビルスーツと小型の戦闘艇を核とした機動部隊だった。
その勢いはまさに枯れ野に放たれた炎だった。
かつてのジオンを髣髴とさせる電撃作戦に為すすべもなく、ゴースを始めとしてサイド5の各国は瞬く間に陥落させられ、環地球連合軍の最初の作戦はサイド5からの全面撤退支援となった。
撤退作戦には制空権確保が急務であるため、まずGPがそのヴェールを払い、ありとあらゆる口実で隠匿されていた機動戦力は各国軍に「接収」という形で分配され、オールド・ハイランドの空母は全隻――といっても、この時点で実戦投入可能な空母はただの五隻しかなかったのだが――サイド2、ブライトンのマジー・ノワール軍港を出撃した。
まさに疾風のような対応の裏に、
「またすぐにモビルスーツの季が訪れる」
と断言したディタの冷静な瞳を感じた。実際、ここで少しでも手間取っていたら、スペースノイドは永遠に勝機をつかめずに終わっていただろう。その翌日未明、マジー・ノワールはNTCの奇襲攻撃を受け、地球圏最強を誇ったブライトン本国艦隊は一気に壊滅させられてしまったのだ。
その朝の衝撃は忘れられない。俺もだが、誰もが連邦やNTCの力を過小評価していた。何しろ、あの強力な戦艦隊の七割が撃沈され、残りは大破。空母が全隻出払っていたのは不幸中の幸いとしか言いようがないほど一方的な戦果だった。
もっと差し迫った問題は、月の表に駐留していた連邦軍だったが、翌日、サイド1からプロイツェンの巡洋戦艦カイゼリンとエンプレスが飛来して、連邦軍の基地に強力な艦砲射撃を加えた。さらに翌日からはマラネロやオールド・ハイランドの巡洋艦も加わり、その地獄のような光景は毎日ニュースで見ることができた。
ディタからのメッセージが届いたのは、月の天を飛べなくなってから十日目のことだ。
内容は感情を何ら差し挟まぬ極めて正確な戦況報告で、メッセージでもディタはディタだと唸らされた。
それによると、マジー・ノワール奇襲でNTCは何と、モビルスーツのみで戦艦を撃沈してしまったのだ。
信じられなかった。蚊が人間を刺し殺したようなものだ。百年前の一年戦争でザクが初めて戦場に現れたときも、こうだったのかもしれない。ともかくモビルスーツは見事に復権を果たした。ネグローニとロートシルト大佐のかねてからの目論見通りに。
事実、NTCの機動部隊はまさに無敵だった。マジー・ノワール攻撃後も環地球空域を我が物顔で暴れまわり、潜空艦によるサイド間の通商破壊も始まった。連邦はスペースノイドが手を振り上げる前にその喉を突こうとしていた。そうした状況がわかると俺も焦りに包まれたが、ディタは冷ややかに宣言していた。
「NTCがマジー・ノワールで空母を撃ち漏らしたことを悔やむときが必ず訪れる」
最後に、オールド・ハイランド主導の戦力整備が始まり、環地球連合各国は空母の増産を開始したことがさりげなく書き添えられていた。
だが、戦況は悪化の一途をたどった。
環地球連合軍が連邦軍を月から完全に叩き出したのも束の間、L1空域は完全に制圧されてしまった。
戦艦は出撃するそばから沈められた。
地球とサイド5を結ぶラインを破壊すべく出撃したプロイツェンの大戦艦カイザーも、L1空域の連邦軍全艦を引きずり出しはしたものの、NTCのモビルスーツに脚を折られ、最後は戦艦や巡洋艦の集中砲火で撃沈された。
制空権も連邦に握られ、なかでもダミアン・ギャスの名がエースとして鳴り響いた。
ダミアンを突き動かしているものが何か、俺にはわかっていたが、広大な環地球空域で狙って会えるものではない。戦場で同じ敵に二度会うなど、奇跡だ。
俺の職場復帰が決定したのは、連邦はこのまま一気に月に押し寄せるのではないかという重苦しい影がいよいよ月の裏側までも覆い始めたときだった。
復帰はディタの要請によるもので、サリーによる損害を少しでも軽減するためだという。女史も了承した。
「ガンダムRZを機体強度試験にかけてスクラップにするよりは、幾ばくかでも戦力の足しにした方がいいわ」
とにかく急な話だったので、あわてて支度をしていると、女史に夕食に誘われた。
最後かもしれないと思い、その夜、シェラトン・グラナダのレストラン『オーシャン』で食事をした。その後、最上階へ向かった。
スカイ・ラウンジ『ミルキー・ウェイ』はしっとりとした雰囲気の店だった。ただ、こうまで静かで落ち着き払っていると、俺のような男はかえって居心地が悪くなる。案の定、頭のジュークのスゥイッチが入ってボー・ディッドリーの『ロード・ランナー』が勢い良く流れ始めた。静かなピアノ・コンチェルトが透明な空気の中できらめいているのもいいが、やはり俺は紫煙がもうもうと立ち込める中にブルーズやロックンロールがやかましく転がっていなければ楽しめない。
そう言えば、ランディはどうしているだろう。メッセージを送らなければ。
「モスコウ・ミュール」
寸分の隙もないバーテンダーに告げた。ほとんど条件反射だったが、これからはきっとモスコウ・ミュールもゆっくりと飲めなくなる。
「ねえ、フリー・バード」
メニューを黙って見ていた女史が、肩の辺りでささやいた。
「何を頼んでいいのか、わからないわ。普段はビア・ホールでビールばかり飲んでいて、こういうところ、来たことがないから」
ならば、と、ブラック・ヴェルヴェットを注文した。
「おいしいっ」
最初の一口で女史は少女のような声を挙げた。スタウトとシャンパンで作るこのカクテルは、やはり女史のブルズ・アイを射抜いた。こんなとき、俺はバーテンダーにも向いているかもしれないとも思う。
「今まで世話になったね」
二杯目を頼んでから礼のつもりで言うと、女史はにんまりして、俺の肩を二度ばかり叩いた。
「何水臭いこと言ってるの。わたしも行くのよ」
そういって女史が突き出して見せたのは、GPへの出向辞令だった。もっと詳しく言えば、空母エンタープライズへの乗艦命令だ。
「君も、空母に乗るのか」
「気が進まないけれど、仕方ないわ」
女史はおおげさに肩をすくめてみせた。
「RZの面倒を見なくちゃならないし、実戦データも集めて統合しなきゃならないし。やれやれねえ。サリーの担当になったときは天に感謝したものだけれど、収支はちゃんとトントンになるものなんだわ」
ぶうぶう言う女史がおかしくて、笑ってしまった。
「一旦噛んでしまったら、地獄へ道連れさ」
「地獄なんて、冗談じゃないわ」
女史は睨む目をして、俺の胸の真ん中を人差し指で突いた。
「いいこと。わたしをちゃんと守りなさいよ。サリーを完全に打ち負かすモビルスーツを開発する前に宇宙の藻屑なんてごめんよ」
だいじょうぶさ、と応えた。すると女史はRZに取り組んでいるときの顔になった。
「何よ、自信たっぷりね。ニュータイプのカンかしら」
「そういうわけじゃない。強いて言えば、俺のカンだな」
「じゃあ、ニュータイプのカンじゃないの」
「ああ、そうか」
俺はたまに自分がニュータイプであることを忘れる。
と、女史の聡明な瞳がふっと微笑んだ。
「あなたは、ずるいわ。シュー」
「どこが」
ずるいわ、と女史は繰り返した。
「冴えない男じゃないのに、わたしのような女にさえ、このひとだいじょうぶかしら、って思わせるところが」
くすくすっ、という笑い声が、胸をそよ風のように駆け抜けていった。
翌日、空母エンタープライズ乗艦。
どうなるか、と身構えていたが、ファイター・コマンドではずいぶんと歓迎された。
「第七戦闘機動隊『スターバッカーズ』リーダー、トム・コリンズ中佐だ。君を歓迎するよ」
事情を知っているのはディタだけのようだと当たりをつけて、中佐とほんとうに堅い男の握手を交わした。その後ろから陽気な人懐こい笑顔が現れた。くすんだ金髪の、背の高いパイロットだった。真っ赤なバトル・スーツの上半身を脱いで、腰のところで両袖を結んでいる。
「トムの言うことはよく聞いた方がいいぜ。逆らったら朝から晩までCAP(戦闘空中哨戒)やらされるぞ」
そんなことを言いながら、手をぐっと握った。
「おれはゲルハルト・ベルガー。階級は君と同じく、大尉だ。心から君を歓迎したいが、いまはちょっと持ち合わせがないんでね、アイス・ドールを進呈しよう」
と、傍らのディタの肩をつかんで、前に立たせた。しかし、アイス・ドール。笑うことさえできなかった。そのディタは、
「また、よろしく」
と言っただけだった。
もうひとりのパイロットはベルガー大尉より背が低く、黒髪で、彫刻のように整った顔立ちをしていた。澄んだ青い目が物静かな光をたたえていたが、Tシャツにでかでかと書かれた言葉が奮っていた。
『俺の人生は6Gから始まる』
くせ者だ。これは。
「ジャン・アレジ中尉です。よろしく」
手を交わした後ろからベルガー大尉がまた笑顔をのぞかせて、中尉と乱暴に肩を組んだ。
「こいつのニック・ネームは瞬間湯沸かし器。そのわけは、すぐわかる。それともうひとつ、奥さんが映動女優だ」
「映動女優?」
「ああ。クミコ・ゴトウさ。エキゾティック・ビューティー。知ってるだろ」
もちろん、知っている。東洋系の、端正な顔立ちをした、少し近寄りがたい雰囲気の美女。
「またこうして無事に、しかも連邦のエースと味方として会うことができて本当に嬉しいですよ」
アレジ中尉は俺の手を握っていきなりこう言ってのけたものだ。それでようやく気がつくようでは、洞察力に秀でたなどと言うのは百年早いと言われても仕方がない。
「君たちもあのとき、いたのか」
「ああ。あのときはGPX750を身請けしに月まで出向いてたんだ。ちょうどその帰りだったのさ。実際あれァいい予行演習になったぜ」
ベルガー大尉はにやりとした。中佐もうなずいて、
「さしあたり、我々はサリーを撃破することを考えなければならないが、それは君の乗機が来てからの話だ。今日のところは下がって、明日に備えてくれたまえ」
その日の夕食は艦内各部を案内してくれたディタと一緒だった。
ディタとの食事は、ほんとうに静かだ。余計なこと、意味のないことを話す必要がない。しかし、出会って三年にもなろうというのに、共通の話題がないとは、寂しいことかもしれない。ただディタがどういう女性かわかっていると、なかなか話しかけることもできない。
そんなことをぼんやり考えていると、向かいで作業のように黙々と食事をしていたディタがふいに目を上げた。
「さっきからわたしを見ているようだけど、どうかしたの」
いつのまにか、俺は手を止めてディタを見つめていた。しかし、いや、別に何でもない、とは言わない。ディタはほんとうに不思議に思っている。
「こういうことを言うのもなんだが、こうして君と会えて嬉しい」
だから、と言おうとしたが、
「あ、――ああ」
ディタは口篭もって目をそらした。そのとき、胸に強い風が吹いた。目に見えない壁が、ドン、とぶつかってきたかのように。
「それは、どうも、ありがとう」
ディタはぼそぼそと早口で言いながらフォークでシチューをすくおうとして、気がつき、さっ、とスプーンに持ち替えた。
ディタの鉄の扉がこうしてときどき開くことを笑って話せるときも来るだろう。生きてさえいれば。
翌日、ガンダムRZが到着した。
カラーはあいかわらずのアクロバット・チームだった。即日実戦投入されるというのに、まったく、これでは早く見つけてくれと敵に手を振ってるようなものだ。
エンタープライズに来たモビルスーツはもう一機あった。
RZに続いて、赤みがかった灰色の機体が搬入された。頭が魔法使いの帽子のように細長く、背負っている二基のトランス・エンジンがやけに大きい。乗艦してきた女史に尋ねてみた。
「この機体は」
「アナハイム・カワサキGPZ900R。ニック・ネームはニンジャ。戦術戦闘偵察機よ。早期警戒、航法支援もこなすわ」
早期警戒に航法支援とは、ミノフスキーの嵐の中では夢のような言葉だ。
「ディタにシェイクダウンしてもらうために持ってきたの。なかなかいい脚してるわよ」
「ミノフスキー・ドライヴを抹殺したカワサキのミノフスキー・ジェット・エンジンだもの。速くなくては困るわ」
いつのまにかディタが隣でこのすこし変わったモビルスーツを見つめていた。俺ももう少しニンジャとやらを眺めていたかったが、女史は待ってくれなかった。早速ブリーフィング・ルームに引っ張り込まれた。
「実戦投入に際して、RZには改修を施したわ。内容は、運動性と敏捷性を損なわない程度のフレーム強化と要所の保護。全システム入れ替えに白兵用動作ソフトのインストール。ライト・シールドをIシールドに換装。高機動戦闘端末もフィン・ファンネルに換装」
フレーム補強と白兵ソフトのインストール、そしてフィン・ファンネルはわかった。が、
「Iシールドというのは」
「腕に外づけする、小型で指向性の高いIFG(Iフィールド・ジェネレイター)よ。RZはサイズから見ても出力から見ても本式のIFGを搭載できないから、唯一の防御兵器ね。もっとも、厳密にはシールドと言えないわ。楯の形をしていないから。でも、出力を上げればセイバーの刃を蝋燭の炎のように吹き消すこともできるのよ」
「それは、すごいな」
「コクピットに収まったらもっと驚くわよ」
にやりとして女史はマイクロ・リーダーを放ってよこした。
「今日のうちに改修箇所も含めて機体各部と各システムを確認してちょうだい」
マイクロ・リーダーに目を通してすぐ、バトル・スーツを着てハンガーへ戻った。
バトル・スーツは俺の色、白銀だ。胸にはベロ・ワッペンが燦然と輝いている。真っ赤な分厚い唇が大きな舌を思い切り出してあかんべえをしているおなじみのあれだ。俺にとって神にも等しいザ・ローリング・ストーンズのトレード・マークで、俺のパーソナル・マークでもある。職場復帰の記念としてこれ以上のものはない。メットにも特大のベロ・ステッカーを貼りつけたことは言うまでもない。
だが、このオールド・ハイランドの制式メットは今までのものとかなり形が異なっていた。喩えるなら、モーターサイクル用のフルフェイス・ヘルメットだ。視界が極端に狭い。さらにはヴァイザーの上に防護シールドが降りるようになっている。
「とても個性的なパーソナル・マークね」
ブリーフィング・ルーム。ディタはにこりともせずそう言った。変わらぬ深紅のスカル・キャップに深紅のバトル・スーツ。左の胸には大きく紋章が描かれている。ジオンの紋だ。
「好きなロックンロール・バンドのマークなんだ」
「そう」
ディタは興なさげにそっけなくうなずいただけだった。もっとも、ロックンロールが好きなディタの方がよほど怖い。
ハンガーに入ってみると、ノーマル・スーツを着た人間が狭いキャット・ウォークに鈴なりでガンダムRZを見下ろしている。手空きのクルーがほとんど来たんじゃないかというほどだ。
RZには艦名やオールド・ハイランド国籍マーク、そして部隊マークの『跳ね馬』が大きく描きこまれ、一層派手になっていた。
機体番号は01。
ちなみにベルガー大尉の機体番号は28。アレジ中尉は27。ディタは、これがまた実にディタらしかった。00。親の総取りの数字でもある。
LT. SPRITZER RAY“FREE BIRD”
上がっていくと、真っ赤なコクピット・カヴァーの表に白抜きでそう書き込まれてあった。渾名まできちんと添えられているとは、実に手際がいい。
搭乗しようとして、さっきの女史の言葉の意味をまず理解した。
RZのコクピットは、全周モニターにリニアシートではなくなっていた。うまい喩が見つからないが、カプセルに潜り込むという表現が一番当てはまっている。
「驚くのはまだ早いわよ」
振り向くと、女史が不敵な笑みを浮かべていた。
「もう十分驚いたよ」
「いえいえ、まだこれからよ。さ、搭乗して頂戴」
体を小さくして潜り込むと、歯医者で治療を受けるときのような寝そべった姿勢に固定された。狭くてどこも動かすことができない。動くのは首、手は肘から先、足は足首から先だけだ。
不安が募っていくが、操作系は変わっていない。イグニッションをセットしてまずシステムを起動した。すると、MFDに赤字ででかでかと「極秘」の文字が浮かび上がった。一体何事かと思った次の瞬間、爆笑してしまった。
『極秘
スターボードとは右舷、ポートとは左舷のことを指す。以後の作戦行動に支障をきたさぬよう注意せよ。
空母エンタープライズ所属第七戦闘機動隊』
最高のアドヴァイスだ。NTCを出て「まさに右も左もわかっていない」俺を心配してくれているとは。
気が楽になったところでMAUをつなぐと、メットのヴァイザーが自動で降りた。ところが防護シールドまでもが自動で降りて、視野が真っ暗になってしまった。さすがにこれはどうすればいいのかわからず、指示を請おうとしたところに女史の声だ。
「RPDを起動するわ」
次の瞬間、心の底から驚いた。
視野がいきなり開けた。だけでなく、それは、どう考えても自分の視野ではなかった。さっきまでコクピット・カヴァーの裏側しか見えていなかったのが、いきなりハンガーに並ぶモビルスーツを後ろから見ている。
「網膜投影式ディスプレイよ」
視野の右に小さな窓が開いて、女史が顔を見せた。得意そうな笑みを浮かべている。
「ガンダムの目があなたの目になるのよ。ネージュからすべてのモビルスーツに制式採用されているわ。わたしの国の技術よ」
「プロイツェンか。さすがだな」
「モードを集中情報表示にしてちょうだい。そうすればあらゆる情報が状況に応じて視野に表示されるわ」
「表示でカヴァーしきれない情報は? 戦術ディジタル回線経由のリアルタイム・レポーティングとか」
「ヘルメット・アッセンブリー・システム経由で脳磁気入力。あなたの場合はサイコミュ経由で意識に直接入力されるから安心して」
もう言葉もない。天の国々の技術は連邦をはるかに凌いでいる。
ともかく言われたとおりモードを切り替えて、コクピット・カヴァーをCLOSE。その表示は出たが、視野はなんら変わらない。道理で全周モニターがいらないわけだ。
五分後、ニンジャがエア・ロックを抜けてフライト・デッキに引き出され、発艦していったが、離艦してすぐに見えなくなった。実に見えにくいモビルスーツだ。それで小さな国籍マークを申し訳のようにくっつけているだけでは、下手をすれば味方にも撃たれそうだ。
俺も雨のような視線の中、準備を整えて、RZを飛ばせた。
発艦すると、いよいよ言葉を出せなくなった。
俺が、宇宙を飛んでいた。宇宙の真っ只中を飛翔していた。モニターに映る宇宙を見ているのでは、この感覚は決してつかめないだろう。
いや、感動してばかりもいられない。まず機体チェックと改修箇所のチェックを入念に行い、女史の緊急リクエストでニンジャとのTDL接続と情報転送チェック。
そうしてチェックと確認を一通り終えた後、ディタが呼びかけてきた。
「大尉、ひとつ試したいことがあるのだけど、よろしいかしら」
「試したいこととは」
「加速能力比較よ」
「ファイター・コマンドの許可は」
「今取ったわ」
「了解した」
常に実戦を想定しているとは、さすがにディタだ。感心してニンジャのいる方に目をやった。
ニンジャは宇宙の闇から湧き出るように近づいてきて、下百に占位した。それから相対速度をゼロにし、タイミングを合わせてアフターバーナーを点火した。
結果はと言うと、RZは完全に引き離されてしまい、ニンジャに追いつけなかった。小回りはともかく、やっぱりパワーが足りない。それを除けば、女史の手の入ったRZは上出来だった。
だが、このくらいでは連邦の動輪を止められそうもなかった。
NTCのパイロットたちの練度と士気は極めて高く、サリーの力とあいまって、信じられないほどすさまじい戦果を挙げ続けた。
何しろ、キル・レイシオが計算できなかった。
こちらのモビルスーツは、特にヤッファが一方的に撃墜されるだけで、サリーをただの一機も撃墜できなかったのだ。
もっとも、昇る朝陽もやがては夕陽となって沈むのは必定なのだが、それはもう少し先のこととなる。
ガンダムRZの機体回りチェックを終えた後、ファイター・コマンドに向かった。
翌日からこのRZを中心にした戦闘訓練が始まる。環地球連合軍の希望はここにしかないと言っても過言ではなかった。サリーをどうにかできなければ、自由な宇宙の民は敗れ去る。これはもちろん、ニュータイプのカンではない。
だが、ディタなら、ネージュでもサリーを破る手を考えついてくれそうな気がしていた。それは祈りに近い思いだった。
出頭してみると、CDCは騒然としていた。
「連邦の機動部隊を捕捉したらしい」
ベルガー大尉が教えてくれた。NTCか。しかし、何も感じない。仕掛けてくるつもりはないようだ。悠々と航行している。
「距離七千」
驚いた。ミノフスキー粒子の立ち込める中で、どうしてそんな彼方の敵が見えるんだ。
しかし、誰も驚いていない。
そう言えば、この空母だった。闇の彼方からシーヴァスを正確に追尾して、エージェント・タンジェリン投入を阻止したのは。オールド・ハイランドには、別の手があるのだ。
「敵さん、素通りだぜ。見えてないらしいな」
「いや、そんなはずはない」
ディタはあっさりと否定した。
「連邦にはNTスカウト・オペレイターがいる。NTCは特に認識力に優れた強化人間に索敵を任せている。目で見えなくても、我々がここにいることはわかっているはず」
「簡単に言えば、人間レーダーか。人間扱いされないとは、ぞっとしない話だぜ」
「余裕かましゃがって。目こぼしのつもりか、クソッタレが。後で必ず泣きを見せてやる」
ベルガー大尉はおおげさに口をへの字にし、アレジ中尉は向こうで真っ赤な顔で喚き散らしていた。なるほど。まさに瞬間湯沸かし器だ。
コリンズ中佐が戻ってきて、第七戦闘機動隊のパイロットに集合をかけた。
「我々は幸運にもNTCの新鋭機、サナリィNF250サリシュアンを手に入れることができた。そこで、実際に手合わせを行うことで、一刻も早く有効な戦術を見つけねばならない」
だが、明日のためのブリーフィングは始まってすぐ中断した。オペレイターの一人が叫んだ。
「ゼロ方向に高熱源体発見。モビルスーツらしきもの、本艦に急速接近」
「数は」
「一機です。IFFの応答結果は敵」
「連邦にもバカがいたもんだ」
笑い飛ばしたベルガー大尉を、彼女は鋭く振り返った。
「しかし、その速度が普通ではありません。通常の約三倍です」
「通常の三倍だって」
みんな、ぎょっとなった。
「モビルアーマーか」
「サリシュアンだ」
断じると、ファイター・コマンドのすべての目が俺を捉えた。
「通常の三倍という狂ったような速度を叩き出すモビルスーツなど、NF250以外の何物でもない」
みな、顔を見合わせた。モビルスーツ乗りたちはことに深刻に。無理もない。いきなりサリーとの初の実戦を迎えることとなったのだ。
「レイ大尉、緊急出撃だ」
中佐が告げた。
「ウイングマンはディタ。バックアップはガーディーとジャンだ。スタンバイ」
正しい判断だった。現時点では、サリーにはサリーをぶつける以外にない。一機と言っても、容易ならざる敵だ。復命してターボリフトに飛び込んだ。
ディタが続いて飛び込んできた。ともに出るなら、是非言い含めておくことがある。
「中尉、君に頼みがある」
「わかっているわ」
当然とでも言いたげな口調で即答したディタに、違う、とかぶりを振る。ディタの瞳にかすかな色が浮かぶ。
「違う、とは」
「ニンジャに乗ってもらいたい」
「GPZ900はタイプR。偵察機よ」
それでいい、と応える。
「君も解っていると思うが、サリーはとにかく一筋縄でいく相手じゃない。この先、あれを向こうに回すとなれば、高度で正確な戦術戦闘情報が必要だ。だから戦闘には参加せず、あらゆる情報を収集し、――そして、たとえ俺が撃墜されようとも、情報を携えて、必ず帰還するんだ」
こんな、味方を見殺しにしてでも帰還しろなどという冷徹なことはディタにしか頼めない。それにニンジャのパワーならサリーに追撃されても振り切れる。
だが、ディタはうなずかなかった。俺の目をまっすぐに見つめて、確かめるようにたずねてきた。
「あなたの援護は」
「必要ない」
きっぱりと応えた。
「今回、全装備は自衛のためだけに使ってくれ」
「相手はそんなに強いニュータイプなの」
わからない、と応えた。向かってくるのはダミアンではなく、間違いなくカルーアだとわかっていた。それがかえって面倒だった。ドッグ・ファイトの最中に説得する余裕などありはしない。
しかし、戦場で再会できるとは。引き合っているとでもいうのか。
ターボリフトはハンガーに到着した。
ガンダムRZの装備はA型のままだ。基本装備だが、特に問題はないだろう。
「大尉――フリー・バード」
床を蹴って一息にコクピットに取り付こうとした俺を、ディタは呼び止めた。俺を見、そして目をそらしてぽつりと言った。
「わたしたちは、今、あなたを失うわけにはいかないわ」
「もちろん俺もむざむざと屈するつもりはない。しかし、これは戦争だ。悲しいけれどね」
ディタに軽く手を挙げて、コクピットに飛び込んだ。
シートにつくとMAUをつなぎ、エンジン・マスター・スゥイッチをP1(スタンバイ)からP2(イグニッション)にセット。コンタクト。全システム起動。コクピット・カヴァー、CLOSE。コクピット・カヴァーがぴたりと閉じると補助モニターが展開、棺桶に光が差す。
エアタイトを確認してヴァイザーをセットし、RPD(網膜投影式ディスプレイ)起動。視野と意識に各部チェックの結果が走り始め、外ではエンジニアやメカニックがクリアランスの取れたところから続々と右手を挙げる。
「フリー・バード。ガンダムRZ、システムス・オールG。グッド・ラック」
最後に女史が機体から通話ジャックを抜いて右の親指を挙げる。それを見てファイター・コマンドへテイク・オフ・クリアランスをコール。コール・サインはスターバッカー01。ディタがスターバッカー00だ。
「アークエンジェル。レイ大尉、発艦準備完了。リクエスト・フォー・テイク・オフ」
視野の真ん中にキャプコムが現れて、微笑む。
「こちらアークエンジェル。コーション・オール・クリアを確認。クリアード・フォー・テイク・オフ、スターバッカー01。グッド・ラック」
「スターバッカー01、了解」
エンジニアとメカニックが総員退避を終えると機体が右へスライドを始め、エアロックを抜けて宇宙に出る。
発艦位置、定位。スロットルを入れて、メイン・トランス・エンジン、コンタクト。
カタパルト・セット。カタパルト・オフィサーが右手の二本指を高々と挙げ、スロットルをMAXアフターバーナーへ。
十秒後、発艦灯がオール・レッドからグリーンに変わる。同時にリニア・カタパルト作動、RZに猛烈な鞭をくれて闇へ解き放つ。
ディタのGPZ900Rは後上方に占位。GPZ900RとのTDLを接続。誘導情報受信。戦術情報の双方向高速転送を開始。
「スターバッカー00よりスターバッカー01。ワン・ボギー、コンタクト。方位787。距離十万八千」
発艦後すぐ、ディタの冷静な声とともに視野にキューが出た。しかし距離十万八千でコンタクトとは、ニンジャというモビルスーツは千里眼なのだろうか。来る向きや勢いはわかっていたが、俺にはまだ何も見えていない。そういうとき、ディタの冷静な実況は非常に助かる。
「速度4・9。ヘッドオン」
「スターバッカー01、了解」
FCS、オン。センサーが中‐近距離・移動目標自動捜索モードに切り替わり、距離三万でようやく捉える。
サリーは転針せず、一直線に向かってくる。恐れをまったく知らないか、怯えきっていて何も見えていないかのどちらかだ。いずれにせよ、ヘッドオンを外して上昇に移る。
すると、サリーも転針、急上昇に移った。
センサーがSサーチへと切り替わって自動追尾を開始。ディタがカルーアも動き始めたことを告げて、TARP(戦術航空偵察ポッド)を一基、射出した。俺もMTIに表示されたサリーの位置、速度、加速度情報を見て、機動を始める。
五度目の機動を終えた時点で距離一万五千。ターゲット、イン・サイト。
「タリー1(敵一機視認)」
をコールしたとき、この天が炎のような憤りと憎しみ、そして蒼い悲しみで満ちていることに気がついた。やはり、カルーアも相手が俺だとわかっていたか。頭と胸に入りこまれたら、終わりだ。ドアをきっちり閉めて、
「ロックンロール!」
コンタクト・オープン。スロットルを大きく開け、パワーダイヴに入る。距離がぐんぐん縮まる。
カルーアもあいかわらず反航で向かってくる。
距離、一万を切る。
受動警戒システムが照準レーザーを捕捉、目標が攻撃態勢にある、と警告を発した。同時に、ディタの声。
「スターバッカー01、敵、増速。ブレイク・スターボード」
ブレイク・スターボード。同時にマスター・アームを入れる。
視野の脇に装備一覧が展開する。
RDY BR
RDY FIN FNL‐Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ
RDY SBR‐L1、L2、R1、R2
プロペラント・タンクを切り離し、ドッグファイト・スゥイッチ・オン。RPDがガン・モードに切り替わる。迷わずビーム・ライフルのセイフティを抜いて、サイコミュ・メイン・コントロール、起動。ズームド・エア、起動。高機動態勢。
一瞬の後、光の線が現れて、手の届きそうなところをサリーらしき影がものすごい速度でかすめて後ろへ消えていった。
すかさずその場でスピン・ムーヴ、後退しながら捕捉を試みたが、カルーアも急回頭、大加速をかけてまた一直線に向かってきた。ほぼ同時にビームの光が閃いたが、それは読めていた。回避。すれ違う前にスピンして、カルーアの背後目掛けてタックルしたが、黒いサリーのスラスターが眩い光を吐いて、カルーアもダッシュした。と思うと、木の葉のようにひらりと旋回して逆に俺の背後を取ろうとする。
俺もズームド・エアを操り、シンクロナイズド・バーニアを使いまくって回避しつつも捉えようとするが、カルーアは容易にポジションを取らせてくれない。他のモビルスーツなら十回以上撃墜できているはずだが、黒いサリーの向こうにロートシルト大佐の冷徹な目が見えた。そういうことか。
それにしても、ファンネルを飛ばさない。慎重だ。オール・レンジの隙を狙っているのに。
仕方ない。仕掛けてみるか。
距離七千でフィン・ファンネル、攻撃モードへ。追いすがってきたカルーア目掛けて、一番、射出。続いて二番。
RDY FNL‐Ⅰ、Ⅱ
カルーアは、案の定、機動を止め、慣性航行になった。
直後、MTIに光の点がどっとばらまかれ、ディタがカルーアもファンネルを射出したと警告してくれた。が、カルーアのファンネルはあいかわらず動いている一基以外は宙に留まっているだけで、敵ではなかった。とは言え、動いている奴は火が点いたように敏捷なので二番で牽制しつつ一番で仕留める。あわてるな。狙撃は、ファンネルをさばいてからだ。
そして最後のファンネルは一番で、カルーアにすっかり放り出されたサリーは二番で牽制しつつ、捕捉。ビンゴだ。センサーでも、俺の目でも捉えた。
しかし、その一瞬、トリガーを引くことができなかった。
「わかっているはずよ」
マザー・ヴォイス。
「あなたたちは闘うために出会ったのではないでしょう」
しかし、敵だ。俺たちは、互いに。俺はカルーアを撃ってNTCを出奔し、カルーアは怒りと憎しみをするどく尖らせて追ってくる。現にこうしてモビルスーツに乗って、戦場で。
「わざわざ不幸になる必要はないのよ」
しかし。
ここで銃口を下げたとして、この子はほんとうにこちらへ来るのか。
その隙に、天に満ちる声がなだれ込んできた。
わたしをわたしをわたしを撃ったあんなに一緒にそばにいてほしかったのにわたしと同じ思いを持ってほしかったのに通じなかった無視されたわたしを見ないで別の方へ向かった大尉どのを撃てわたしを捨てた大尉どのを撃て撃て撃て撃てッ
何だ、これは。
まるで子供じゃないか。
あわててドアを閉じた。
しかし、思惟はなおも追いすがってきて、いばらのように絡みつく。
泣き声が、した。ふいに。
泣いている、のか。
わたしの苦しみが自分のせいじゃないと言うなら、わたしの胸に戻ってきて。いま、すぐに。いま、すぐに。いま、すぐに。いますぐにッ。
まさか、これを言うためだけに飛んできたのか。
そんなことは考えたくない。
かぶりを振った。
できない。
そんなことが、できるものか。
いまはまだ、そこじゃない。
ドアを堅く閉じると、カルーアはまだTDボックスに閉じ込められたままで、ボックスは、早く撃て、とでも言うように赤く瞬いていた。
――この縁は、断ち切った方がいいんじゃないか。
と、誰かがささやいた。
――足を引き合うだけのものじゃないのか。
くそっ。
俺は、トリガーを絞ろうとした。
そのとき、
「仕方のない子ね。――」
マザー・ヴォイスが笑って、カルーアを捉えていたTDボックスが突然消え失せ、MTIの表示が『味方』に変わった。
「なんだ」
思わず声に出してしまっていた。急いで確認して、もう一度驚いた。
IFFの応答結果が味方――RZはフレンドリィ・スクオークを受信していた。
「どうしてだっ」
トリガーを引いたが、ビーム・ライフルもフィン・ファンネルも沈黙している。構わずにトリガーを引き続け、戦術コンピューターに「敵」の入力を繰り返した。この機を逃せば、撃破されるのは俺かもしれない。
だが、戦術コンピューターが攻撃許可を出したときには既に遅く、黒いサリーはアフターバーナーの光を曳いて離脱、あっという間にセンサー・レンジからアウトした。カルーアは手の届かぬ彼方へ飛び去ってしまった。
「スターバッカー00よりスターバッカー01」
ディタの声が遠くにした。
「どうされたの」
「俺のミスだ」
「ミス?」
意外そうな声のディタにがっくりとうなずいた。
「RZがフレンドリィ・スクオークを受信した。それで目標は味方だと認識したFCSが照準捕捉を解除した。IFFコードの更新を忘れていた俺のミスさ」
こんなことをとっさにカルーアが思いつくはずはない。それも、ドッグファイトの最中に。大佐だ。
「そう、残念ね」
ディタの声も、いまは沈んで聞こえる。
「けれど、今日のところは仕方がないわ。TARP収容。帰頭しましょう、フリー・バード」
遠くでGPZ900Rの噴射光が眩く輝いた。俺もカルーアの声がまだすこし引っかかっていたものの、フィン・ファンネルを収容して帰頭に移った。サリー同士の空戦はこうして物別れに終わった。
しかし、得たものはあった。
ディタが持ち帰った戦術戦闘情報だ。
それは非常に重要なものだった。環地球連合軍の将兵は初めて戦闘状態のサリーを目の当たりにしたのだ。
情報は早速ネットで全軍に配布された。
だが、明らかになったサリーの強さは逆に士気の低下を招いてしまうほどで、突破口は依然として見えない。
これは、俺たちの怠慢ではなかった。あちこちで色々な陰口を叩かれていたようだが、第七戦闘機動隊は一丸でサリーを倒そうと頑張っていたし、パイロットも極めて優秀だった。
長‐中距離戦と一撃離脱に絶対の自信を持つガーディー。
白兵となると芸術と言っていいほどの剣技を見せるジャン。
そして、ドッグ・ファイトではまさに鬼の強さを誇るディタ。
この三人だけで普通の戦闘機動隊二個分のはたらきは間違いないと思うが、三人揃ってもガンダムRZにまるで歯が立たなかった。
ガーディーとジャンは自分の得意な闘いに持ち込む前に撃破されてしまうし、ディタも決して巴の得意じゃない俺に背後を取られまくる。サイコフレームに直結されたズームド・エアの威力はほんとうに絶大だった。ニュータイプ、いや、サイコミュ兵器をドライヴさせられる者なら――ニュータイプと強化人間は同一視されがちだが、両者のベクトルは正反対だ――思うままに、ほんとうに思うままに宇宙を駆け巡ることができる。
「サリーの強さはニュータイプ能力に比例している」
ディタは早くからそう見抜いていたものの、能力の低い者をサリーに乗せて飛ばすわけもなかった。
そして、年が明けてまもなく、ついに月軌道の内側はほぼ連邦の勢力圏となり、ラグランジュ・ポイントのL4とL5を結ぶ直線が環地球連合軍の絶対防衛線となってしまった。いきなり喉元にナイフを突きつけられた有り様だ。このラインが破られれば、連邦は津波のように月へ押し寄せる。そうなれば、この戦争は終わる。スペースノイドの究極に望まぬ形で。
反撃のきっかけすらつかめぬまま、オールド・ハイランドはコロニー建設用のマス・ドライヴァーで月から地球を爆撃した。
この攻撃には本当に牽制以外の意味はなく、与えた損害もほぼ皆無だったが、我々にいまだ地球を直接攻撃する能力があると知った連邦の反応は極めて敏で、サイド7、グリーン・ウォーターよりNTC機動部隊が出した。
オールド・ハイランドも二隻の空母を中核とした機動部隊を投入し、サイド5後方のインテルラゴス空域でNTCの小型空母を沈め、大型空母一隻に手を負わせてL4・L5ラインの突破をどうにか食い止めたものの、虎の子の大型空母キエフを沈められ、チェリィ・ブラッサムも中破という、極めてまずい状況に追いこまれた。
しかも連邦はほとんど間を置かず、大型空母二隻、中型空母二隻という強力な布陣で迫りつつあった。
MOBILE SUIT GUNDAM FX
Episode 3 “Walking on a thin line”