機動戦士ガンダムFX 『天の光はすべて星』   作:飛天童子

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第五話 道の、途中~後編

 左舷リニア・カタパルト、一番、二番、アウト。

 そうとわかったときには、ファイター・コマンドばかりではなく、フライト・デッキも混乱を始めていた。左舷フライト・デッキにはエンジニアが何人も張りつき、右舷フライト・デッキでは攻撃隊の発艦も中断してしまっていた。

 オプションは二つ。攻撃隊発艦用の右舷リニア・カタパルトを用いるか、初期加速をあきらめて即時離艦、自力で加速を開始するか、だ。ただ、宇宙戦は時間との闘いでもある。前者はモビルスーツを移動させる時間を考えると、選択できるオプションではなかった。

 ――発艦だ。

 ――自力加速開始を。

 ――即、出撃よ。

 三つの声ではない声が宙を飛んだ。最初の声はガトー少佐、次の声は俺だ。三つめの声は女性のものだったが、誰のものか、とっさに読めなかった。

 幸運なことに、このとき、NTC機動部隊を含む連邦軍艦隊では我々と同じか、もしかしたらそれ以上の混乱が起こっていた。

 NTC機動部隊は、先制攻撃を受けた。

 それは時間からみてもワイコロアから来たものだとしか考えられなかった。

 また、ワイコロア攻撃にしても、こちらのモビルスーツは迎撃態勢を整えており、防御砲火も激しく、連邦軍は疑心暗鬼に陥っていた。

 連邦はよもや暗号が完全に解読され、我々がその位置と規模までを正確につかんで迎撃しようとしているとはまるで考えていなかったのだが、ここに至ってようやくこちらの機動部隊の捜索を始めた。

 が、問題があった。

 NTスカウト・オペレイターたちの示した位置に我々がいなかったのだ。そのため、ほとんどの索敵機が無駄足を踏んだ。

 NTスカウト・オペレイターにはたしかに優秀な者が選抜されていたが、あまりに優秀な者はその時間に存在していないもの、具体的に言えば、未来の可能性の光景などをはっきりと見てしまうことがあったらしい。

 そうして我々を探しあぐねているうちに、第一次攻撃隊から、ワイコロアへの二次攻撃の要請が出た。

 爆撃の効果は不十分であったし、我々が見つからないので、連邦はワイコロアの第二次攻撃を優先させた。対艦攻撃のために待機させていたサリーからゲイボルグを降ろし、対地爆撃用装備への換装が始まった。

 そのようなわけで、どの空母のフライト・デッキもハンガーも戦場となっていた。

 同刻、ファイター・コマンドではついにトムが断を下した。

 第三攻撃機動隊のモビルスーツはそのまま右舷リニア・カタパルトで発艦。俺たちは自力で加速を開始。

 それはこの際、唯一最善の選択だった。

「そう来なくちゃよ」

 エンジニアたちがあたふたと退避を終えるや、ガーディーのGPX750Bがフライト・デッキを離床。

「ディタ、アンサー、いくぞ」

 俺もフライト・デッキから浮かび上がり、声を飛ばしてスロットルを開いた。ディタとアンサーが接近してきて、素早くトライアングルを組むと、さらに加速した。飛翔を始めた俺たちの眼下を、シルヴァー・アローズのGPA550Aが猛烈な速度でかすめて消えていった。

「各機、TDL接続」

 トムに指示される前に俺はTDL接続を済ませて、誘導情報に機を乗せていた。モビルスーツの行動レンジが狭かった昔はともかく、今となっては精密な戦術誘導情報がなければ、接敵することも、母艦に帰投することも不可能に近い。それでなくても、宇宙だ。アングルをわずかに間違えただけで、たやすく数十万もの距離をロスしてしまう。そうなれば、後は自分の位置を見失って、遭難するだけだ。それは無論、死を意味する。運良く近くに味方がいても、ミノフスキーのカーテンは救命信号を殺してしまう。そのような事態を防ぎ、ひとりでも多くのパイロットを救うためのT誘導通信システムでもあった。

 NTCはこの面でも環地球連合軍と対照的で、ニュータイプ能力に全面的に依存していた。それが大戦後期にいかな事態をもたらしたかは、後の展開に譲る。

 攻撃隊が慣性航行に移った後も俺たちは依然加速を続けていたが、ニンジャ隊のTDL情報から計算した結果、敵機動部隊への到達がクイーン・ビーの攻撃隊よりも十分強遅れることがはっきりした。攻撃隊は俺たちが追いつけるように、かなり早くから慣性航行に移っていた。一刻も早く攻撃しなければならないのは確かだが、戦闘隊のエスコートなしで攻撃隊を突っ込ませるほど、無謀なことはない。

 攻撃隊にようやく追いつくと、ニンジャ各機からチェリィ・ブラッサム攻撃隊の攻撃状況を詳しく聞くことができた。

 しかし、惨憺たる結果だった。

 迎撃に舞い上がったサリーの前に攻撃機は半数が撃墜され、エスコートの戦闘隊にも被害が続出。生き残りは撃墜されたパイロットを拾い上げて離脱するのがやっとという状態では、直撃弾などあろうはずもない。

「ことごとく、ダメか」

 ガーディーの噛み締めるような呟きが聞こえた。恐怖の影がじわじわと忍び寄ってきた。まさに、死地だ。そこに俺たちは首を並べて飛び込もうとしているのだ。

 このまま進むと、同じ道をたどる。光の花になる。

 しかし、――逆の側には何も見えない。

「逆サイを突こう」

 俺はガーディーとガトー少佐、そしてディタにワイアーを飛ばし、母艦のトムに意見を具申した。

「このまま行けば、他の母艦の攻撃隊と同じコースで進入し、同じように迎撃される。待ち構えているサリーの群れの中に飛び込むのは避けるべきだ」

「回り道すると、到達時間がますます遅れるぞ」

「信じましょう」

 トムは渋い声で応えたが、ディタは俺を推してくれた。

「大尉の直観は信頼に値するわ」

「私もフリー・バードのカンは信じているが」

 なおも渋るトムに、ガトー少佐が、大丈夫ですよと明るく声をかけた。

「われわれに任せてください。やってみせますよ」

 決まった。

「逆の側より攻撃をかけるには、二度のアングル変更が必要ね」

「コース計算はニンジャ隊にリクエストした。GPZ900Rの方が、目も頭もいい」

 ディタが呟くように言ったのへトムが応えた。さすがにボス、仕事が早い。

 ところが、計算されたコースの情報とともに、衝撃ももたらされた。

「チェリィ・ブラッサム発緊急。敵索敵機、触接」

 ついに、我々の巣がNTCの目に触れてしまった。

 そして我々が一度目のアングル変更をすませたとき、クイーン・ビーの攻撃隊が敵機動部隊に到達し、攻撃を開始した。

 固唾を飲んで次の報を待った。

 が。

「ネガティヴ。グングニール、発射五弾。全弾ミス」

 ここでもまともな攻撃をしたパイロットはほぼいなかった。迎撃に飛んできたサリーに怯えてしまい、グングニールを放り出して逃げ帰ったといった方が当たっていた。

 肩がぐっと重くなった。ついに、俺たちにかかってしまったのだ。しかも、こちらの機動部隊が発見された今となっては、セカンド・チャンスはない。

 何か、とてつもない間違いを犯したかのような気分になってきた。正解なのか、急に自信がなくなってきた。

 視野に表示された航行コースを見つめた。

 まだ、間に合うかもしれない。二度目のアングル変更まで時間がある。

 が、

 ――迷うな。

 ガトー少佐の声がした。

 ――考えるな。信じるんだ。

 それは、俺の奥底からの声でもあった。

 一度目を閉じ、それから闇の奥に伸びるステアリング・キューの向こうを見つめた。

 きらっ、きらっ、

 と、光の花が咲いたのが見えた気がした。いや、見えた。

 だいじょうぶだ。間違えていない。

 平静な心持ちで二度目のアングル変更を待った。

 アングル変更の後、編隊は一斉にスロットルを開いて加速。今はこの攻撃を成功させなければならない。何としても。それ以外のことは考えるべきではない。

 Tレーダーの感度が急に増した。幾つものミノフスキー・スクリーナーが遠くないところに浮かんで、連邦艦隊に幕を被せていた。だが、Tレーダーはミノフスキー濃度が高ければ高いほど精密の度合いを増す。

「球形陣の中央に空母三隻を確認」

 最も深く潜入していたニンジャ101から、鮮明なNTC機動部隊の展開状況が転送されてきた。

 続いて、CAP(戦闘空中哨戒)状況も。

 それでみると、滞空しているモビルスーツはわずかに四機だった。それも、こちらから見て、艦隊をはさんで向こう側に位置している。

「いけるぞっ」

 ガトー少佐の快哉が聞こえた。

 ――ウチのバディどもに散々おイタかましてくれた分、たっぷりブチ込んでやるから覚悟しとけよッ!

 その裏に滾る魂の叫びを聞けたのが俺だけというのは残念だ。まるで猛獣の唸り声だ。みんなにもぜひ聞いてもらいたかった。

「シルヴァー・アロー・リーダーより各機へ。目標指定後、グングニールに航行データを入力せよ。空母以外は狙うなよッ」

 このとき、距離二十八万。攻撃隊各機から航行データ入力完了の報が飛ぶが、出端をくじくかのようにニンジャ101から警報が飛んできた。

「敵機動編隊捕捉。急速接近中」

 同時にRZの受動警戒システムが警報を発し、センサーが中‐近距離・移動目標自動捜索モードに切り替わった。

 MTIで確認するまでもなく、迎撃のサリーたちが数を増しながら、急速に接近しつつあった。

 意表を突いたはずなのに、早い。さすがに能力だけを伸ばされた強化人間は甘くない。

 刻々と近づいてくるサリーのプレッシャーを跳ね飛ばしたのは、奥底のほうから急に激しく噴き上げてきたひとつの思いだった。

 守りたい。

 ガトー少佐率いる攻撃隊を。スターバッカーズのみんなを。我らがビッグEを。

 そして、この瞬間にも泣きながら、笑いながら生きている天の民のすべてを。

 正直、戦いのさなか、こんな思いに強く囚われたことはなかった。スーズのために、と考えていてもそれは「守りたい」というよりも「帰りたい」だったし、そもそもかつては連邦軍に所属していながら、連邦のために闘っているという自覚もあやふやだった。

 だが、今は違う。

 守りたい。

 強化人間たちの鋭い錐のように旺盛な戦意をまともに受けたとき、衝撃にも近い勢いで思った。いや、願った。

 いつの間に意識が変革していたのだろう。いや、変革などという大げさなものではないのかもしれない。

 そういうことも、もはやどうでもいいことだった。俺は、守ってみせる。

「スターバッカー01よりスターバッカー28」

 呼び出すと、ガーディーは目でうなずいた。

「サリーから銀の矢を守るのは、おれたちの仕事だ。各機、下へ行くぞ!」

「了解ッ」

「了解!」

「了解」

 俺たちはシルヴァー・アローズの前に飛び出した。

「スターバッカー01より各機へ。先行する。頼むぞ」

 RZをさらに加速させて先行しつつ、サイコミュ・メイン・コントロールを立ち上げて、フィン・ファンネルを射出。ニュータイプは、敵のニュータイプには特に敏感になる。果して、ガトー少佐たちから注意を逸らすことはできた。サリーはまっすぐに俺を目指してきた。それが狙いだ。

 受動警戒システムが警報を発した。サリーたちが攻撃態勢に移った。だが、サリーたちを阻むように、ふいに前の闇の左右から光芒が走った。すばやく両翼に展開していたガーディーとジャン、そしてディタとアンサーだ。

 敵編隊のうちで小さいながらも直撃とおぼしき光が弾け、先鋒の二機が離脱した。その隙にフィン・ファンネルを撃ち込み、サリーたちが協同できないようちりぢりにさせる。ほんのわずかの間でいい。数秒もロスさせれば十分だった。少佐の告げたように。

「シルヴァー・アローズ・リーダーより各機へ。最終攻撃態勢に移れッ」

 戦いの最中、少佐の力強い声が響いた。死地に深く入り込んでいるというのに、少佐の胆は本当に据わっていた。俺たちも転針、サリーをさらに攻撃隊から引き離す。後、もう少しがんばればいい。

 だが、初撃をかわしたサリーにくらいつこうとするモビルスーツがあった。

 MTIでの識別サインはスターバッカー03。アンサーだ。

「あのバカヤロウ」

 ジャンの押し殺した声が正直、みんなの思いだった。トムの危惧したとおりだ。訓練でできたこと、肝に銘じたことができなくなる。それが戦場だ。

 案の定、別のサリーが背後を狙ってアンサーに近づいた。アークエンジェルから警告が飛んできた。

「スターバッカー03、ワン・ボギー、エンゲージ」

「ちくしょう」

 激しい息遣いの間にアンサーの叫び声が聞こえた。

「スターバッカー28よりスターバッカー01」

 ガーディーが呼びかけてきた。

「おれとジャンは右翼の連中の頭を押さえる。おまえさんはアイス・ドールと協同で左翼をさばいてくれ」

 了解、と返す間もあればこそ、一機のサリーが反航で向かってきた。

「ある意味、正解ね。サリーを攻撃隊から引き離すことはできた」

 そういって出ようとしたディタを押さえた。警報が走ってMTIが一気ににぎやかになった。サリーがファンネルを射出した。

「あいつは引き受けた。アンサーにくっついているやつを斬り落としてくれ」

「了解」

 俺はファンネルを撃ち出し、ディタはダッシュした。深紅のネージュはフィン・ファンネルと敵ファンネルが撃ち合う閃光の間隙を大加速でまっすぐ突き抜け、アンサーの背後を狙うサリーに斬りかかった。

 ――まったく寝ぼけたことを!

 ディタの怒りはあまりに激しかった。声となって飛び込んできた。

 間を置かずに、撃墜の光。

 間違いなく撃墜だった。サインとともにMTIから敵のシンボルがひとつ消えた。

 息をついて目の前の敵に集中した。

 敵のファンネルは目まぐるしく宙を飛び跳ねているが、全基が攻撃してくるだけなのでさばきやすい。三番、四番を囮にして、他の四基で時間差攻撃をかけた。

 闇の面に眩いビームの線が曳かれ、サリーの上半身に火花が散った。

 しかし撃墜ではなかった。まったく信じられないほどの運動性で致命傷をかわしていた。

「各機、Iフィールドを前面に展開。攻撃位置につけるぞッ」

 上空ではミノフスキー・スクリーン・ラインの手前で少佐が臆せず鞭を入れた。シルヴァー・アローズのGPA550Aは横一列に並び、一斉にアフターバーナーを点火、飛び出した。

 上に注意を向けた一瞬、ファンネル二基が踵を返して向かってきた。ビームライフルで狙撃。MTIから敵ファンネルのシンボルが二つ消えた。が、その奥からそれ以上の数のファンネルが飛んでくる。舌を打った。

 そこで突然、サリーの挙動が乱れた。背後から三点射のビームが間断なく飛んでくる。ディタとアンサーに違いなかった。

 サリーはいったん下がって体勢を整えようとしたが、そのときにはフィン・ファンネルが狙いを定めていた。

 直後、六条の光の槍がサリーに突き刺さって、眼前に大きな光の花が咲いた。

 爆光の向こうから二つの機影が現れた。何はともあれアンサーが無事だったことに安堵したが、宇宙の闇よりも冷たい声。

「一撃で離脱と言ったはずだ」

 ディタはビーム・ライフルの銃口をぴたりとアンサーに向けた。本気だ。

「次に同じことをやってみろ。落とすぞ」

「…すまねえ」

 さしものアンサーの声も消え入りそうだった。

 そして、距離十五万。

「イグニッション」

 その声とともに、二基のグングニールのエンジンに火が入り、すさまじい光を吐き出した。

 直後、

「シルヴァー・アロー1、プレゼント1」

 槍は解き放たれた。少佐の機からぱっと離れたグングニールは一気に速度を増して、あっという間に闇の奥に消えた。

「シルヴァー・アロー2、プレゼント1」

「プレゼント1」

 グングニール発射を意味するコール・サインが攻撃隊から一斉に発せられ、十二の槍がNTCの空母へと放たれた。

「よし、贈り物の時間は終わった。いとしき我が家へ帰るぞっ」

 少佐の声とともに攻撃隊は即刻反転、離脱に移る。その背を追って俺たちも続々と反転、すかさずMAXアフターバーナーを入れて、追いすがってくるサリーたちを一気に振り切る。

 サリーたちは食い下がってこなかった。代わりに、後方、グングニールが突き進んでいった先、大きな光がほぼ同時に四個、閃いた。信じがたいことだが、あの速さで飛ぶ槍を折る猛者が、このときのNTCにはいたのだ。

 だが、発射七秒後。

 遠くできらきらっと新たな星が生まれ、

「着弾を確認ッ」

 ニンジャ101から上ずって引っくり返りそうな声が飛び込んできた。

「直撃弾七! 空母Aに直撃三! 空母B、ならびに空母Cに直撃二!」

 その瞬間、宇宙が大きく震えたようだった。スターバッカーズもシルヴァー・アローズもなく、みんなの歓喜の声が頭に飛び込んできて、ガンガンこだました。ディタも、ほっ、と息をついていた。

「空母エンタープライズ攻撃隊ノ攻撃結果ハ以下ノ通リ。

 NTCノ空母三隻ニ直撃七弾。空母A直撃三、大破。

 空母Bナラビニ空母C、直撃二。

 イズレモ中破ナルモ、戦闘継続ハ不可能ノ模様。

 攻撃時刻、標準時一〇二三」

 ニンジャ101は槍の突き刺さった空母の様子をきちっと見届けた後、第一、第二機動部隊宛のT通信を飛ばして離脱した。空母Aはホワイト・ホース、Bはデュワーズ、Cはシーヴァスの姉妹艦リーガル。いずれもNTC機動部隊の中核を担っていた空母だ。

 後によく言われることだが、俺たちの攻撃は、これ以上ない最高のタイミングで行われた。

 チェリィ・ブラッサムからの攻撃は、ゲイボルグから対地爆撃用装備への換装作業の只中に行われた。

 この攻撃はあっさり退けられたが、空母周辺の戦闘にワイコロア攻撃隊の帰還がぶつかったため、NTCの各空母はごった返し、換装作業も遅れた。

 その混乱の真っ只中、チェリィ・ブラッサムが発見された。

 ここで、連邦は最大のミスを犯した。

 対地爆撃用装備への換装が終了して、ワイコロアへの第二次攻撃隊が出撃できる態勢にあったに関わらず、本来の目的であるオールド・ハイランド機動部隊攻撃を優先させ、四隻の空母に対して今度は対地爆撃用装備からゲイボルグへの換装命令が下されたのだ。

 クイーン・ビーの攻撃隊が突いたのはそこだったが、混乱に乗じることはできず、またも難なく跳ね除けられた。

 が、しばらく続いた空中待機と戦闘のため、サリーもプロペラントと弾薬が乏しくなった。しかし、着艦して補給しようにもフライト・デッキは換装作業であいかわらず大混乱していた。しかも、チェリィ・ブラッサムとクイーン・ビーの攻撃隊は迎撃のサリーたちを艦隊下面に引き寄せていた。

 そして、運命の標準時一〇二三。

 各空母でゲイボルグへの換装がようやく終了して攻撃隊の発艦準備が整い、サリーも次々と着艦、補給に入った。

 そこに牙をむいて襲いかかったのが、我々、ビッグEの攻撃隊だった。

 逆サイに回り込んだ我々は、NTC機動部隊を鉛直上方より攻撃。七基のグングニールは三隻の空母のフライト・デッキを完全に破壊、いまにも発艦しようとしていたモビルスーツ隊をことごとく消し飛ばし、弾薬まで誘爆させた。三隻の空母を一挙に航行不能に追いこめたのは、そういうわけだ。

 だが、我々はゆめゆめ忘れてはならなかった。NTCの空母は全部で四隻だったということを。

 実際、ビッグEに戻った俺たちには喜びに浸る暇などなかった。それどころか、機を離れることさえできなかった。着艦してすぐ、ニンジャ隊が接近中のNTC攻撃隊を捕捉、実況が飛んできたのだ。

 大佐だ。

 俺にはわかった。

 大佐は我々の攻撃を予測して、シーヴァス一艦を下げておいたのだ。

 しかし、一隻の空母で、三隻の空母を沈められるというのか。

 いや。

 圧倒的に不利な状況に追いこまれても、大佐ならやるかもしれない。

「爆装したサリーをまず狙え」

 ホット・フュエル中、トムは告げた。

「とにかくゲイボルグを撃たせないことが大事だ。闘いを仕掛ければゲイボルグを投棄せざるを得ない。さらに、爆装サリーはファンネルを搭載していない。付け入る隙はある」

 そして発艦の直前、何故かガトー少佐が顔を出した。三隻の空母を一度に叩いたのに、少佐はただ一隻の討ち漏らしに責任を感じていた。

「みんな、我々にセカンド・チャンスをくれ。たのむ」

「わかってますよ」

 ガーディーはにやっとした。

「火の気のなさそうなところで待っててください」

「だいじょうぶだ。愛しのビッグEには絶対に手をつけさせん!」

「サリーなんざブッ飛ばしてやるあ!」

 ジャンとアンサーが吠えて、俺たちは発艦した。

 NTCの第一次攻撃は、CAPを行っていたチェリィ・ブラッサムの戦闘隊が早めに迎撃して交戦点をかなり引き離し、機動部隊の防空システムも思う通りの効果を発揮したこともあって、ビッグEまで届かなかった。

 だが、ビッグEが狙われなかったからと言って放り出せようはずがなく、俺たちもクイーン・ビーのパイロットたちもチェリィ・ブラッサムのもとへと馳せ参じ、NTCを迎え撃った。機動戦力が空母一隻分にまで激減してしまったため、数はそう多くなかった。ほぼ三対一だ。

 だからといって、決して気の抜ける敵ではない。サリーにとっては、一対四も劣勢ではないのだ。

「スターバッカー01よりスターバッカー00、スターバッカー03へ」

 ディタとアンサーに落ち着きを与えたく、呼びかけた。

「まず俺が飛び込む。君たちはトムの指示どおり、爆装したサリーを狙って一撃離脱だ。ただ、爆装していてもサリーはサリーだということを忘れるな。怖いのは、奴らがゲイボルグを放り出した後だぞ」

「了解」

「了解ッ」

 俺たちは上に出て、十分なアングルを確保した後、

「ロックンロール!」

 スロットルを開けてコンタクト・オープン。逆落としで突っ込んだ。ディタとアンサーは大加速で一撃を加え、二機のサリーにゲイボルグを捨てさせた。

 重荷を放り投げたサリーに追いつかれないようトップ・スピードで離脱してゆく二機と分かれ、俺は反転、ヘッド・オンで立ち向かった。強化人間の癖からして、獲物を見つけたらエスコートすべき攻撃隊を放り出して突っ込んでくるはずだ。

 案の定だった。

 MTIにブリップが二つ、現れた。戦術コンピューターがデータを計算する。速度、加速度、接近率、脅威の度合い。――ファンネル装備か。

 ドッグファイト・スゥイッチ、オン。

 と、視野から光が失せた。こんなときに、と思ったが、違うようだった。呼びかけてくる、というより、すがりついてくるような思惟を捉えた。

 薄い闇のなかに、誰かが膝を抱えて座っている。裸の、少女。その瞳には、ねがいと絶望の色が。

 ――大尉どの、あなたに討たれれば。

 何!

 ――あなたに討たれれば、私はあなたの中で、永遠。

 馬鹿な! 何を馬鹿なことを!

「違うわ、シュー。ちゃんと見て」

 マザー・ヴォイスに促されて、見えた! 後ろかっ!

 白兵戦スゥイッチ、オン。白兵動作システムが起動し、RZの右手がビーム・ライフルを収めてセイバーを抜き、振り向きざまに空を薙ぐ。

 

 いやああああッ、

 

 そこにいたモビルスーツは、絶叫して大きく跳び下がった。――カルーア?

 

 撃たないで、撃たないで、撃たないで、撃たないで、

 わたし、あなたと闘いたくない、闘いたくない、闘いたくないのッ、

 

 カルーアだ。

 そうとわかったとき、サリーはいきなり反転、アフターバーナーを点火して消え去った。

 カルーア、不安定になっているのか。一体どうしたというんだ。

 危険な匂いがした。

 が、それ以上の危険が猛速で近づいてきた。

 ――シュプリッツァー・レイ!

 同じ敵と会い見えるとは、奇跡が起こった。

 ――ようやく会えたなあ!

 寝言に応える奴はいない。

「ディタ、アンサー、援護してくれ」

 呼びかけて立ち向かおうとしたが、ファンネルを撃ち出す間もあればこそ、ダミアンは一気に間を詰め、セイバーを抜いて撃ちかけてきた。

 ――このときを待っていた! 貴様を切り刻むときをなあ!

「ちいっ」

 エースが攻撃隊を放り出してくれたおかげで他のパイロットはかなり楽になるだろうが、白兵で渡り合いたい相手ではなかった。

 ダミアンは押してきて、鍔迫り合いとなったが、光の刀だけでなく、勝利を毫も疑っていない思惟にも滅茶苦茶に押されて、攻めあぐんでいると、いつか聞いた声がした。

「人間なら腕の一本でも切り落とせば戦闘不能になる。それはモビルスーツも同じこと」

 ディタ。

「狙いどころはまず、武器を持つ手。次に、エンジンへの衝き。そして、頭部、メイン・キャメラへの斬撃よ」

 白兵の得意ではない俺へのレクチャー。初めて見た、活き活きした瞳。

 ぱっ、と間を外し、正面、諸手を挙げて躍り上がる黒い鬼の姿を見定めた。

 手。エンジン。頭。――頭だ。

 セイバーを振り上げた。

 が、そこにダミアンは片手で突きを入れてきた。

 後ろへ跳ぼうとしたが、よりも速くRZの左手が走り、サリーの腕を掴んで止めた。つかんだ。いまだ。ガンを。

 しかしRZには対空機関砲がなかった。

 その隙にダミアンは左手でRZの腕をもぎ払っていた。だが、態勢を整える前に背後上方からビームを続けて浴びせられ、ぱっと身を翻し、飛びすさった。先の勢いはなく、明らかに恐怖していた。やはり俺しか見えていなかったか。この闘いは、実は三対一だ。俺の背後には最強のコンビがいる。そして、ダミアンはうかつにも反転して接近してきたディタとアンサーの前に出た。機だ。

「いくわ」

 ディタがぽつりと言って、弾かれたように飛び出した。

「アンサー、援護してちょうだい」

「任せなッ」

 アンサーがディタの背後上空にぴたりと位置する。うまくやってくれと祈ったが、急上昇してきた別のサリーが、例の風に吹かれた木の葉の身軽さでポジションを取ろうとした。中間距離でファンネルを射出しないとは、ゲイボルグを捨てた爆装サリーに違いないが、対艦攻撃をしくじったのに、何故離脱せず戦闘空域に居続けるのか、わからない。わからないが、奴は現にそこにいる!

「スターバッカー03、エンゲージ、エンゲージ、ブレイク・スターボード」

「アンサー、くいつかれるぞッ」

「離脱してたまるかよッ」

 切迫したパルテール少尉とトムの声を喚き声が跳ね返した。

「おれは、アイス・ドールを守る! ここで気合見せねェと、本気でブチ抜かれっちまうからな!」

 その声にアンサーの覚悟を感じた。アンサーは、答を出そうとしていた。自身に対して。

「好き勝手に撃ってくるんじゃねえッ、Iフィールドは長い時間張ってられねえんだぞッ」

 続けざまに浴びせられるビームを背に張ったIフィールドで打ち消し、とにもかくにもアンサーが背後の敵を防ぎ続けたおかげでディタはいいポジションをつかみかけていた。

 が、ダミアンはさすがにエースだった。トップ・スピードでも小刻みに機をシェイクさせて、ディタに照準させない。自分に向けられるディタの注意の矢を読んでいる。

 ――こざかしいッ、

 ディタはそれでも頑張って追いつめようとしていたが、その目の前でダミアンはアキュート・ターン、次いでアフターバーナーを入れ、ディタの脇を摺り抜けるようにして元来た方へ飛んだ。すかさずディタの声が飛んだ。

「アンサー」

「おうよっ、やってやるぜッ!」

 アンサー、反転。勢いそのままにアフターバーナーを入れて、猛烈な勢いでタックルを仕掛ける。

 ディタは背後に張り付いたサリーの前でフル・ブレーキング、つんのめって前に流れたサリーを一発で撃ち抜いて素早くアンサーの背後上空につく。途端に、

「コール・サイン不明の紅いGPX750! 君の背後にサリー! くらいつこうとしているぞッ」

 誰のものかわからない喚き声がディタへ飛んだ。たしかに別のサリーが湧いて出て、急速に近づいてゆくのが視認できた。ドッグ・ファイトではレーダーなど呑気に見ている暇はない。己の目と僚機からの情報、それ以外に頼れるものはない。とっさの判断で自機を常に有利な態勢に保たねばならず、勘が悪くてはとても務まらない。モビルスーツ・パイロットというものは。

「タリー1」

 ディタにも見えていた。敵一機視認をコールしたが、位置を外さない。

「ディタ、離脱しろ、背後を取られるぞ」

「アンサーを放り出せないわ」

 ディタは落ち着き払った声でそう応えてきた。

「アンサーは、わたしのウイングマンよ」

 ディタの周りで、青いビームが光の粉となって散ってゆく。捕捉されかけている。

 飛んでいきたかったが、今、目の前で別のサリーがセイバーを振るっている。こいつはファンネル・ポッドを背負っている。俺が止めなければならない敵だ。

 しぶとい相手だった。そもそも対空機関砲さえあればこんなに苦労することはないが、ダミアンに比べると、楽だ。見える。撃ち込まれる前にIシールドの出力を上げて光の刃を吹き消し、その隙にコクピットを衝く!

 セイバーが胸の真ん中を貫くと、黒いサリーは沈黙し、ふわっと後ろへ漂っていった。そこに別の方からの光の矢が立て続けに突き刺さり、眩い爆光を放って散った。機体内プロペラントが爆発したのだろうが、本当にもろい機体だ。こんなに簡単に撃ち抜かれて爆発してしまうモビルスーツに乗らねばならないパイロットが、ほんの一瞬だが、不憫に思えた。

 離脱して間を取れることを確かめた後、サイコミュの感応パラメータにコードDを入力した。ダミアンの固有サイコミュ・コードだ。

 コード・セット。リンク後、ピンを撃ち込む。飛び切り鋭いやつを、続けて二発。サーヴィスだ。そしてコードDをキル。自分のパラメータをセットし、フィン・ファンネル、攻撃モードへ移行。一番、射出。

 

 RDY FNL‐Ⅰ

 

 フィン・ファンネル一番はディタの背後に飛び込んで反転、サリーを牽制した。

 挙動を乱しつつも、サリーは背のファンネル・ポッドを開けた。

 無論、その一瞬の隙を見逃すディタではなかった。姿勢を変えず、腕だけを動かしてフィン・ファンネルの向こうのサリーを狙撃した。初弾はかわされたが、二弾、三弾と続けてヒット、これもプロペラント・タンクをやすやすと撃ち抜かれたようで、大きな光の玉が星星を押しのけて輝いた。前でもアンサーが、意識に針を撃ち込まれてふらっと前へ流れ出たダミアンを撃ち抜いていた。

「やったあッ」

 眩い爆光とともにアンサーの絶叫が飛び込んできた。歓喜の絶叫だった。

「やった、やったやったやった、おれはやった、ついに、ついにサリーを落としたぞっ」

「敵一機撃墜を確認。よくやったわ、アンサー」

 ディタは静かに応じた。俺もディタの背後からフィン・ファンネルを離脱させ、次の相手を求めたが、ダミアンの撃墜が合図だったかのように、生き残ったサリーたちは編隊も組まず、一目散に離脱していった。

「アークエンジェル、こちらスターバッカー03。リクエスティング・フライ・バイ」

 ビッグE上空、アンサーは誇らしげにリクエストしたが、見事にはねられた。まだ闘いは終わっていない。

「アークエンジェルよりスターバッカーズ各機へ。チェリィ・ブラッサムのフライトデッキは現在使用不能のため、先にチェリィ・ブラッサム所属機を収容する。収容作業の間、CAPに当たれ」

「諸君、ご苦労だった」

 パルテール少尉に告げられて位置についたところ、トムが顔を出した。すぐ尋ねたのはディタだった。

「味方は撃墜されましたか」

「うむ。しかしわずかに二機だ。他のモビルスーツは、手を負ったものもあるが、パイロットはすべて生還した」

 みんな感嘆の声を挙げた。

「おまえのストップ・アンド・ゴー戦術はものを言ったぞ、アンサー」

 ジャンにアンサーは親指を挙げて応えた。

「艦の被害は」

「被害を担当したのはチェリィ・ブラッサムだ。ゲイボルグを一発、突き刺された」

 トムの答えにディタはおもしろくなさそうな目をした。

「しかし、チェリィ・ブラッサムの近接対空システムも二機の爆装サリーが攻撃位置につこうとしたところを撃墜、一機を中破させた」

「SAM(艦対空ミサイル)が飛んできたのには、敵さん、かなり面食らったろうな」

 ガーディーが愉快そうに言った。考えてみればもっともな話だった。Tレーダーのアクティヴ・ホーミングはミノフスキー濃度が高ければ高いほど、つまり艦に近ければ近いほど誘導精度は高まる。

「最後の一隻は」

 ディタが問うと、トムの目から笑みは失せた。

「現在ニンジャ隊が血眼で捜しているが、つかめていない」

「この反復攻撃の早さからみて、近くにいるはずよ」

「そう考えて、攻撃隊は完装でいつでも送り出せる態勢にある」

「ニンジャ隊が帰投する敵さんを捉えてくれればいいが」

 ジャンの声を最後に沈黙が訪れた。疲労の沈黙だった。

 十分の後、ようやく着艦許可が降りた。

 着艦するとすぐに整備チームと補給チームが機体に張り付き、フライト・デッキは一気に戦場となった。色とりどりのマーカー・ライトが振られ、係留されたモビルスーツが次々と移送されてゆく。

 這い出すようにコクピットを離れると、女史をはじめ、みんなに声をかけられた。応えたいのはやまやまだったが、極度の緊張から一気に解き放たれたせいか、どこにも力が入らない。心にもだ。ひとまず無事に戻れたという感慨もない。

 ふらふらと宙を漂っていくうちに、腰に何かが引っかかる感触があって、体が止まった。ディタだった。俺の腰にフックを掛けていた。ディタの向こうにはアンサーが同じようにワイアーでつながっている。数珠つなぎだ。

「現在、警戒態勢に変わったわ。眠りましょう」

 うなずいたと同時にスゥイッチがばちっと切れた。意識の暗闇に転落した。

「集合命令よ」

 すぐにまたディタの声。目を開くと、顔がそこにあった。

「ニンジャ隊が最後の空母を発見したわ」

 時刻を確かめて驚いた。いくらも目を閉じていないと思っていたのに、二時間が経過していた。礼を告げて、あわただしく動き回る甲板作業員たちの間を縫うようにブリーフィング・ルームへ向かった。

 場の空気はひりひりしていた。だが、最初の出撃のときとは違って、三隻の空母を撃破した俺たちの士気は極めて旺盛だった。もう悲愴感などどこにもない。勝利への意志が漲っていた。もちろん、俺もだ。

「動けるモビルスーツはすべて出撃し、全力で最後の空母を撃破する」

 トムの命令はすばらしく単純だった。もちろん、望むところだった。ここまで来たら、完全な勝利を手にするしかない。ここで連邦を挫けば、巻き返すことができる。この天を守ることができる。

「質問は」

 ひとつの手も挙がらない。

「それでは、諸君の武運を祈る。必ず帰還を果たせ。従軍僧侶に五分間だ」

 敬礼、解散。また何人かのパイロットが僧侶の前に進み出てひざまずいた。後ろで輪になって気合を入れているのは、チェリィ・ブラッサムのパイロットたちだ。

 ガトー少佐が俺たちの前に立った。その目は気迫に満ち満ちていた。

「君たちのくれたチャンスは無駄にしない」

「当てにしていますよ」

「まかせろ」

 ガーディーににやりとして手を挙げ、少佐は部下たちの先頭に立ってフライト・デッキへ出て行った。

 エアロック、ディタが追い越しざまにちらりと振り返った。俺は拳を挙げてみせた。すると、ディタの顔にかすかな笑みが走ったように見えた。

 RZのコクピットにはすでに女史が張り付いていた。

「しゃんとしてる?」

「もちろん」

「戦闘データはすべて吸い上げたけれど、気にかかることはあるかしら」

 時間がないので、ひとつだけにした。

「RZの頭に対空機関砲を取り付けられないか」

「対空機関砲を、ね」

「必要性を痛感した。あれは白兵に欠かせない」

 強く言っても、女史は腕を組んで唸っただけだ。

「取り付けるとすれば、――うーん、どうみても六十ミリは無理だな。三十ミリ一門、かしらね」

「両サイドに一門ずつは」

「無理」

 女史はきっぱりと言った。

「TR2Xを組み込んだから、ゆとりがないのよ」

 下でリニア・カタパルトのセットが始まった。

「とにかく、この闘いが終わったら最初の実戦データ統合をかけるから、そのときに改めて考えましょ」

 うなずくと、切れ長の瞳にやわらかな色が浮かんだ。

「ちゃんと戻ってきなさいよ。そしたらご褒美にモスコウ・ミュールを死ぬほど浴びさせてあげるから」

 女史はぽんぽんとコクピット・カヴァーを叩き、一度手を振ってRZから離れていった。

 二分後、ビッグEとクイーン・ビーからモビルスーツ隊が出撃した。

 リニア・カタパルトで蹴り出されてから、コクピットに差し入れられたレイションの封を切るのを忘れていたことに気がついた。編隊を組んで慣性航行に入ってからドリンクで水分を補給しただけだった。しかしそれだけで気分をしゃんとさせることができた。集中力が戻ってきた。

「ワレ戦列ニ復帰ス」

「敵機動編隊捕捉。急速接近」

 応急修理を終えたチェリィ・ブラッサムが喜びの声を挙げたのと、ニンジャ205が敵接近を告げたのはほぼ同時だった。

「モビルスーツ、三機編隊、その後方にもう一個の三機編隊を確認。その上空に二機編隊が二個、並行して航行中」

 極めて正確な報を受けた航空参謀部の指示でクイーン・ビーの戦闘隊は反転、急降下。直線距離で七万の下を飛ぶNTC攻撃隊を追った。続きたかったが、スターバッカーズはエスコート・ミッションを継続。攻撃隊を放り出すわけにはいかない。

 到達してみると、シーヴァスの周囲には迎撃機の影もない。シーヴァスは我々が距離を詰める前から回避機動に入っていたが、もはや、逃がれようがなかった。

「プレゼント1」

 コールが一斉に発せられたとき、一瞬、目を閉じた。

 さらば、シーヴァス。

 

 最後となったこの攻撃で、我々は直撃弾五、至近弾二でシーヴァスを大破航行不能に追いこんだ。その他、巡洋艦二隻撃破というおまけもついた。

 気になったのはやはりNTCの第二次攻撃だったが、戻ってくると、いかつい顔をした高速戦艦隊の向こうでビッグEが大きく腕を広げていた。

「スターバッカー03よりアークエンジェル。リクエスティング・フライ・バイ」

 攻撃隊が全機着艦をすませると、アンサーはまたぬけぬけとリクエストしたものだ。しかし今度はトムもダメを出さなかった。

「アイス・ドール、つきあってくれよ」

 ヴィクトリー・ロールの了承を得たアンサーは上機嫌で声をかけたが、ディタは例のごとく気乗りしなさそうに、

「どうして」

「今日のキル・マークはおれだけのものじゃない。あんたがおれの背中をがっちり守っててくれたから、安心してあのクソッタレのケツを吹っ飛ばすことができたんだ。これでもあんたに感謝してんだぜ」

 このアンサーの言葉は語り種になっている。わずかの沈黙の後、ディタのさっきよりは幾分かマシな声。

「仕方ないわね」

「よっしゃ、いくぜッ」

 アンサーのGPX750Bが身を翻し、ディタが追った。二機は並んでビッグE目掛けて急降下、フライト・デッキすれすれで引き起こして、ブリッジ脇で見事なバレル・ロールを打ってみせた。

「ヴィクトリー・ロールか。おれもやれば良かったな」

 残念そうなガトー少佐の声が飛び込んできた。

「忘れていたんですか」

「ああ。心がもうお祝いのケーキに飛んでいたし、その前に、おれの槍が当たったかどうかどうも定かじゃないからな。次からは旗でも結んで投げるか」

 天に湧き起こった笑い声の輪から外れたところに、航行不能に陥ったチェリィ・ブラッサムが漂っていた。

 NTCのパイロットたちは何故かまたチェリィ・ブラッサムを狙い、二度に渡る攻撃をひとりで受け止めた彼女は、それでもどうにかエッヂ・フィールドへ帰るために修理を続けていたが、主機の損傷は致命で、生命維持にも支障が出、ついに処分されることとなった。総員退去の後、二基のグングニールが彼女の命を絶った。チェリィ・ブラッサムは大きく二回爆発して、その名のようにはかなく散っていった。

「連邦軍艦隊ハ戦域ヨリ離脱ヲ開始。標準時二二四五」

 五月五日夜、ニンジャ201よりその報がもたらされた瞬間、ビッグEは歓声で沸き返った。いや、ビッグEばかりではない。クイーン・ビーも、この激戦をくぐりぬけた全艦がそうだったろう。

 初めての勝利だった。しかも強力無比のNTC機動部隊を向こうに回して、真正面からぶつかって、殴り合って、勝った。運の助けがあったことは確かだが、その運を引き寄せて、勝利の女神の笑顔を勝ち取ったのは俺たちだ。間違いない。

「第二機動部隊ハ速ヤカニ第一機動部隊ニ合流スベシ」

 旗艦リヴァージュからT通信が飛び、高速戦艦隊を殿において素早く合流した艦隊は、潜空艦に対する警戒を強めつつ、月軌道の外へと速やかに離脱を図った。

 この闘いを支え続けたニンジャ全機が母艦クイーン・ビーに帰頭するのを待って、トクロウがアイスクリームとケーキでパーティを催してくれた。もちろんアルコール抜きだが、たいそう盛り上がったことは言うまでもない。ケーキはもちろんガトー・ショコラで、スピーチももちろんワイコロアのヒーロー、ガトー少佐だった。

 香ばしく焼き上がったガトー・ショコラを早速つまんでいたところを無理矢理担ぎ出された少佐は困ったような笑顔で、部下のパイロットを全員引っ張り出し、左右に並ばせた。

「早くトクロウのガトー・ショコラを味わいたいので、手短にいこう」

 笑い。

「最初に、チェリィ・ブラッサムと、この闘いで失われた命に祈りを捧げよう」

 静かな祈りの後で少佐は気を取り直したように明るい表情で俺たちを見渡した。

「今回、NTCの空母を仕留められたのは、もちろん我々第三攻撃機動隊だけの力じゃない。我々は贈り物を届けただけだ。こうして並ぶと偉そうだけど、メイル・マンさ。まあ、我々の心の込められた贈り物が槍だったというのは戦時特例だな」

 下手なウインクに、あちこちから笑いが起こる。口笛も飛ぶ。

「ここからは真剣にいく。まず、精密なTDL誘導で目標指定を助けてくれたクイーン・ビーの第一、第二特務機動隊のパイロットたちに感謝する。あのお導きがなければ、ホットな贈り物を冷めないうちに届けるのはかなり難儀だった。そして一番無防備になる攻撃直前にしっかりと背中を守ってくれたスターバッカーズのパイロットたちに。君たちの勇気は我々の力だ。さらに、モビルスーツから降りたらすっかり腰が抜けて隅っこでブルブル震えていた我々に色々優しくしてくれたビッグEの全クルーに感謝したい。みんな、ほんとうにいいヤツだ」

 笑い声と拍手が湧き起こる中、少佐はぐっとビールの缶を持ち上げて、吠えた。

「気まぐれな勝利の女神も我々の味方だ、この戦は勝てるぞっ」

 みんな、手を突き上げた。その後、『シルヴァー・アローズ』のパイロットたちがどんな目にあったかはちょっと口では言えない。ビールの泡で床でも泳げたほどだ、と言っておく。

 戦が終わったかのような大騒ぎを少し離れて眺めていると、ディタがいつのまにか隣に立っていた。缶を持ち上げた。

「この勝利に」

「記念すべき勝利に」

 ディタと軽く缶を合わせて、ぐっと喉へ流し込んだ。ノン・アルコールなのに、ビールはすさまじい勢いで体の隅々まで染みとおっていった。ビールは好きじゃないが、この夜の俺は、それがタバスコ・ソースであってもためらうことなく喉に流し込んだろう。そのくらいの気分だった。眠る直前まで聴いていたエアロスミスの『ナイン・ライヴズ』は最高だった。九つの命を持つのは猫だけじゃない。『スゥイート・エモーション』は言うまでもない。

 なお、アンサーの愛機には不必要なほどに大きなキル・マークが描かれたことを記しておこう。しかし、撃墜したのがNTCのエースだとわかっていれば、赤い星は国籍マークよりも大きくなっていただろう。

 ただ、ダミアンは死んでいない。

 俺にはわかっていた。

 あのときと同じだ。意識が爆発せず、遠ざかって消えていっただけだった。

 が、そんなことを言って水を差すつもりはない。また会い見えることがあったとしても、そのときは、そのときだ。

「うまく撮ってくれよ!」

 愛機の左肩にでかでかと描かれた星の前で、アンサーは記念撮影に臨んだ。

「そう言えばよ、アンサー」

 その撮影の後でジャンが声をかけた。

「おまえ、二隻の空母で二度の戦闘航海をこなしたから、艦を降りる資格を得たんだよな」

 ハンガーのあちこちから羨望のため息がもれた。この大きな闘いを生き延びて、自分の足で艦を降りられる。戦争で最高の贅沢だ。

 が。

「へッ」

 アンサーは鼻で笑った。

「何言ってんだ。これからがおもしろいんじゃねェか」

 みんな、不思議な顔になった。俺もアンサーが何を言おうとしているのか、わからなかった。

「おもしろい?」

「何だ、そりゃ」

 すると、アンサーはしゃあしゃあと言ってのけた。

「おれは、エースになるまで降りるつもりはない。そこんとこ、よろしく頼むぜ」

 一瞬の沈黙の後、みんな一斉に笑い出した。ガーディーもにやりとした。

「アンサー、おまえは断じてチンピラなんかじゃないぜ。底抜けのバカだ」

 

 

 そして、七月七日。

 第一機動部隊は再び、展開。

 目標は、特殊戦二個中隊が二ヶ月に渡って浸透作戦を展開していたサイド5最後方の資源小惑星シルヴァーストーン。

 戦艦五隻、巡洋艦十五隻による艦砲射撃の後、モビルスーツ隊による要所攻撃が行われ、同時にブライトンの強襲揚陸艦イオウジマとナヴァロンが突入、空兵隊の機械化空兵三個師団と二個機甲師団が上陸を開始した。

 開戦九ヶ月目にして、早くも環地球連合軍の反攻が始まる。

 

 

 MOBILE SUIT GUNDAM FX

 Episode 5 “Middle of the road” The latter part

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