宴が終わり、自室へと戻った。脱いだ制服を倉庫端末にしまって、簡素な部屋着に袖を通す。
修了任務を受け、その最中にダーカーの大規模襲撃が発生し、戻ってアフィンと喧嘩し、最後に親睦会。何とも、忙しい一日じゃったなぁ……。訓練校時代も、訓練に明け暮れ、それなりに忙しかったが、今日は、それとはまた違う忙しさじゃった。
枕元の端末を取る。時間は……ふむ。まだ、大丈夫じゃろう。ささっと操作し、呼び出し。数回の呼出音の後、回線が、繋がった。
『やぁ、楓。連絡を待ってたよ』
「11時間振り、かのぅ? ようやく、一日の予定が、終わっての」
通信相手は、アレン。やはり、伝えておかねばな。
『お疲れ様。大変だったんじゃないかい?』
「妾にとっては、造作もない事よ。お主の調整してくれた身体も、実に、良い具合であったしの」
『そうかい、それは良かった。ぶっつけ本番だから、心配してたんだ。それで、任務の結果は、どうだったんだい?』
「これこれ、そう急かすでない。全く、早い男は、嫌われると聞くぞ?」
扇子で口元を隠し、流し目。『ふぇいすうぃんどぅ』に映るアレンの顔が、赤く染まる。
『な、何の話をしているんだい!? ボクは、ただ、結果が知りたいだけだよ!?』
まだ半日と経っていないのに、このやり取りも、随分と久し振りに感じる。それだけ、今日と言う日が、濃密だったんじゃろうなぁ。しかし、この『早い男は嫌われる』と言う台詞、セレナの言の通り、本当に効果てきめんじゃな。何が早いんじゃろ。
「かかか。そう焦らんでも良い。その為に、連絡を寄越したんじゃからのぅ」
『うん。ボクも、施設の皆も、キミの、次の言葉を待ってるよ』
「む? みな、聞いておるのか?」
『全員の端末と、繋げてあるよ。マイクだけは、カットしてるけどね』
言伝を頼む必要は、なくなったか。じゃが、みなに聞かれているとなると、少々、気恥ずかしさはあるのぅ。
「では、みな、聞いてくれ。……妾は、合格した。みなの声援のお陰じゃ。ありがとう」
『そうか! 良かったよ、おめでとうぇあ!?』
合格と、感謝を伝えると、アレンが、奇声を上げた。何じゃ。何がどうして、そうなった?
『み、皆、落ち着いて! ……マイクをカットした、って説明したけど、正確には、ボクの端末で、堰き止めてるだけなんだ……』
「あぁ、なるほどのぅ。みなの歓喜が、お主に集中した、と。……祟るぞ、お主」
『えっ、何で!?』
「聞きたかったのじゃー! 妾も、みなの喜びの声を、聞きたかったのじゃー!」
分からんのか、このたわけが! その声は本来、妾に届くはずだったのじゃろう!? 祟るぞ、セレナに会うたび転んで、その拍子にスカートをずり下げてしまうよう、祟るぞ!?
『ご、ごめん! こうでもしないと、大混乱になっちゃいそうだったから! だから、祟るのはやめて!?』
「妾の歓喜を邪魔した、罰なのじゃ。セレナに怯えて、過ごすと良いのじゃ」
『い、今すぐ、回線を繋ぐから! だから、セレナ絡みは勘弁してくれ!』
「ふふん、分かれば良いのじゃ」
回線を繋いでもらう運びとなったが、条件として、事前にくじ引きで決めた一人だけ、らしい。明日に響くといけないから、との事じゃが、妾は別に、気にせんのに。全く、けちなやつじゃ。
『楓姉様、聞こえますか?』
少し待つと、アレンの顔と入れ替わるように、少女の顔が映った。
「おぉ、"ヘンリエッタ"か!」
妾の一年遅れで、家に来た少女。家族の中でも、特に真面目で、みなの信頼も厚い。なのじゃが……。
『この度の、修了任務合格、おめでとうございます。こちらは、報せを聞いて、大騒ぎですよ』
「うむ、ありがとう。みなの声援、妾の胸に、しかと届いておったぞ」
『それは良かったです。皆で応援したかいがありました。それでは、そろそろ通信を切ります』
「なぬ!? へ、ヘンリエッタよ、早過ぎやせぬか!?」
『いえ、明日から正式なアークスになるのですから、夜更かしをさせてしまうのは、不味いですし』
真面目『過ぎる』のが、玉に瑕でのぅ……。
「いやいや、まだ、夜更かしなどと言う時間ではないぞ!?」
『どうかお元気で、楓姉様。おやすみなさい』
「嫌いか!? お主、妾が嫌いなのか!? ……って、切れてしもうとる……」
早い、早過ぎるぞ、ヘンリエッタ……。せっかく繋がったのに、30秒も、話しとらんぞ……。
いや、分かっては、おるのじゃ。あれは、ヘンリエッタが、妾を気遣ってくれておる、と。それは、分かる。分かるのじゃが……。
『は、早かったね、ヘンリエッタ……』
「ちと、寂しいのぅ……。もう少し、妾は、話したかったぞ……」
力なく、呟いた。すると、アレンの『うぃんどぅ』の隣に、もう一つ、同じ物が表れた。映っているのは、ヘンリエッタ。
『一つ、お伝えするのを、忘れていました。楓姉様、その……、いつまでも、お慕い申し上げております。どうか、怪我などされませぬよう』
ほんのり紅潮した顔で、それだけ言うと、妾に何も言わせず、また、通信が切れた。
『照れてたのかも、ね』
「……アレン、やはりお主は、『でりかしぃ』が足らぬ。セレナ絡みで一発、祟っておくからの」
『うぇえ!?』
全く、ヘンリエッタのあの顔を見れば、ラッピーでも分かるわ。しかし、それは、言わぬが花。黙って受け取るのが、粋と言うものじゃ。それを、このアレンは……。人の心の機微を学ぶ学校があれば、有無を言わさず、ブチ込んでやりたいわ。
それからは、アレンとの一対一に切り替え、取り留めのない話をした。修了任務の話は、アフィンやユミナ、アーノルドの件を中心に。ダーカーの大量発生については、伏せた。家族とは言え、アレンたちは、ダーカーと戦う術を持たぬ、一般人。無駄に不安を煽る必要は、ない。
『相棒、か。戦いの事は、僕には分からないけど、得難い人に、出会えたみたいで、良かったよ』
「うむ。腕が良くて、頼りになる。そして何より、優しいのじゃ」
『半日も経ってないのに、随分と気に入ってるね』
「色々とあって、な。まぁ、その色々のお陰で、アフィンの人となりが、知れたんじゃよ」
警告が出る程に、感情を昂らせたのは、黙っておこう。こやつの事じゃ、大騒ぎして、ここまで突撃するじゃろうて。
『おっと、もう、こんな時間か。疲れてるだろうし、そろそろ寝ないと』
「まだ、あまり眠くないのじゃが、従っておこうかの。任命式の後、すぐにクエストや任務に出撃、と言う事も、あるかも知れぬ」
『そうそう。ちゃんと、備えておかないとね。それじゃ、おやすみ、楓。あまり、無理をしないように、気を付けるんだよ』
「うむ。肝に銘じておこう。ではアレン、良い夢を」
通信を切ると、部屋は、静寂。余程、防音がしっかりしておるのか、隣室の音なども、全く聞こえない。そもそも、部屋同士が隣接しておるのかも、分からぬのだが。
まだ、眠れそうにない。
ベランダに出て、正座。両の掌を合わせ、目を閉じる。任務の後にも、出来る事。手にかけた原生種たちへの、手向け。殺した本人が手を合わせるなど、おこがましい。そんな事は、分かっておる。元の姿のまま、葬ってやるのが、一番の供養。それも、分かっておる。しかし、こうせずには、おれなかった。
ただ、静かに。心の内で、祈る。理不尽に翻弄され、命を奪われた彼らの、冥福を祈る。
滑稽な 何を今更
その隙間を縫い、そんな言葉が、聞こえた。『己の声』で。
* * *
端末に、メッセージが届いた。差出人は、不明。
『本日23時、"かの少女"について話す時間を用意する。10分の間、貴方たちを"あらゆる目"より守護する』
平時であれば、怪文書とも取れる、簡潔なメッセージ。しかし、今の儂には、信じるに値する。
かの少女とは、楓。貴方たちとは、儂と小僧。あらゆる目とは、"やつ"。全て、符号する。
そして、メッセージの最後に書かれた言葉が、心を、ざわつかせた。
『わたしは謝罪する。貴方たちを、私の運命に巻き込んでしまった事を』
22時50分。ハガル内ショップエリア。小僧には、少し早めに来るよう、伝えておいた。通信も考えたが、公的に記録の残る手段の使用は、躊躇われる。故に、儂がハガルへ赴いた。マザーシップからアークスシップへの移動記録は残るが、この程度ならば、いくらでも、理由はでっち上げられる。
ショップエリア最奥。その片隅にあるベンチに、小僧は座っていた。ボトルを呷っているが、隣のシートには、同じ物が、いくつも転がっている。あれは、水か?
「まるで、ヤケ酒を呷っておるように見えるぞ。親睦会で、飲み過ぎたか?」
「楓のイタズラだ。あー、喉が渇いて仕方ねぇ……」
「何をやっとるのだ、お主らは……」
「俺は被害者だっての。文句なら、アイツに言ってやってくれ」
仲良く、やっとるようだな。この様子なら、儂の言いつけ通り、素知らぬ振りを通せておるのだろう。
「んで? 色々調べたんだろ?」
「まぁ、少し待て。儂とて、もう年だ。休憩くらい、させんか」
「はいはい、わざわざご足労頂きまして、ありがとうございますー、ってか」
憎まれ口を、鼻で笑って返し、時計を確認。22時59分。間もなく、時間じゃな。
時計が、23時を指した、その瞬間。小僧を残し、あらゆる気配が、消えた。小僧も、異常を感じ取ったのだろう。弾かれるように立ち上がり、注意深く、周囲を見渡している。
端末が、メッセージの受信を、告げる。差出人は、やはり、不明。内容は、簡潔。
『これより、10分』
「おい、じじい。こりゃ一体、どうなってる?」
「分からぬ。しかし――」
鋭い目つきの小僧を座らせ、儂も、一つ席を空けて、座った。
「――これも運命とやら、らしいぞ、ゼノ」
何か、感じるところがあったのだろう。小僧が、息を呑むのが、聞こえた。
「10年前、儂らは、楓とよく似た動きをする、所属不明のアークスと、会った。ナベリウスでな」
「あぁ。俺の"師匠"だ。外見は、丸っきり違うけどな」
「キャストならば、珍しくもない。その上、今日のパーツは、訓練校で支給された物だ。気にするような事では、ないな」
落ち着かない様子で水を飲む小僧に、データを送った。内容は、楓に関する個人データと、比較用の、儂の個人データ。
「えーっと、なになに……? 俺の持ってるデータと、同じだな。初回起動は、新光暦232年。ハガル一般区画のキャスト教育施設に入所し、235年、アークス訓練校に入学」
「儂のデータと、見比べてみろ」
「あん? じじいのデータねぇ……。新光暦165年、製造。同年、教育施設に入所。何が違うってんだ?」
「儂は、73年前に『製造された』。楓は、6年前に『起動した』。第一、あやつは、いつ、どこで製造されたのかすら、分からん」
そう。製造と、起動。似ておるようで、まるで意味が異なる。製造年月日、製造元が不明なキャストなど、前代未聞だ。
「……つまり、あれか? 楓は、6年前以前から、活動してた、って言いてぇのか?」
「その可能性もある、と言うだけだ。限りなく低い確率だがな」
「逆に、師匠については、まだ何も分かってねぇのか?」
「初対面の時点で、データベース該当なし。その後の消息も不明。まるで『突如現れ、突如消えた』かのようだ」
「消息不明のアークスと、出自不明の訓練生、か……。繋がりそうで、繋がらねぇなぁ……」
「順序が、あべこべだからな。同一人物ならば、楓は、お主を知っておるはず。それに、なぜ教育施設に入っていたのかも、説明が付かん」
謎のメッセージに記された時間が、刻々と近付く。しかし、謎は解決するどころか、より深く、増える一方。
「何か、こう、一気にひっくり返る情報とか、ねぇのかね……。性格とか口調が同じなだけに、すっげぇモヤモヤする」
「これ以上は、手詰まりだな。そもそも、儂らが疑念を抱いたきっかけは、楓の動きだ。手掛かりとしては、薄いと言わざるを得ん」
「俺も、じじいに言われるまで、気付かなかったしなぁ」
「今ある情報で、無理やり推測するならば、10年前に、儂と小僧の前にふらりと現れた楓が、何らかの理由で記憶を失い、機能停止。その後、6年前に、何者かが施設に運んで、そこで起動した事で、あやつの公的な記録が、ようやく発生した、か。……穴だらけだな。これでは、推測ではなく、妄想だ」
「だな。ボケたのかと思ったぞ」
場当たり的な発想に過ぎた。思わず、二人して吹き出しそうになった。結局、10年前のアークスの正体も、楓の正体も、何もかもが、不明なままではないか。
時間がない。これ以上の議論続行は、不可能だろう。しかしとにかく、情報が欲しい。
「小僧。可能な限り、楓の動向に注意を払え。そして、得た情報は全て、儂が連絡するまで、頭に叩き込んでおけ。決して、口外するな。端末にも残すな」
「そうだな、大っぴらに動けねぇじじいに代わって、動いてやるよ。俺だって、気になってるからな」
二人して立ち上がる。そこで、小僧に、聞いてみた。
「小僧。お主はこの件で、どのような運命を感じた?」
「あん? あー、そうだな……。師匠と出会ったナベリウスで、師匠にそっくりな訓練生の担当官になった事、かねぇ。ガラじゃねぇけど」
けらけらと笑う小僧。しかしすぐに、その顔が、締まった。
「なぁ、じじいは、楓と師匠が同一人物であって欲しいのか? さっきの推測っつか、妄想でも、同一人物が前提だったしよ」
「……そう、だな。その方が、良い――」
あのメッセージに、"やつ"を示唆する記述がなければ、これ程強くは、感じなかったろうに。
儂が感じた運命――否、呪縛。40年前、ナベリウスの事件で、大切な人を"やつ"に奪われ。10年前、"やつ"の狗である事を痛感させられ。そして今、己は未だに、"やつ"の手駒でしかない。
――さすがは、六芒の一! 実に、重い一撃じゃ!――
しかし
――しかし……、太刀筋に、迷いが見えますな。何を、思い悩んでおるのです?――
あやつとの手合わせは
――ここは、妾と貴方の、二人の舞台。 無粋ではありませんかな?――
そんなしがらみを、一切捨てられて
――雑念など、この場には不要! 舞は、始まったばかりですぞ!――
本当に、楽しかった
楓が、あのアークスであるなら。己を叱咤し、奮い立たせて欲しいとさえ、思う。この、情けない、
「――いや。そう、信じておる」
この呪縛を断ち切る、その為に。
* * *
修了任務にて、ダーカーが大量発生。その報せが届いたのは、訓練生全員が、各アークスシップに帰還した後だった。
歓喜に、打ち震えた。"あたし"は、無事の帰還に。"私"は、ダーカーの大量発生に。自分でも、器用なものだと思う。二つの、相反する事象を、等しく、喜べるのだから。あるいは、それだけ、"あたし"と"私"が、確立しているのかも知れない。この身にある二人の自分の内、どちらが本当の自分なのか、分からない程に。
"あたし"と"私"は、すぐに対立した。"あたし"は、訓練生の無事を祝い、行動すべきだ、と。"私"は、すぐにでもナベリウスに降下し、捜索を開始すべきだ、と。それぞれに与えられた役割を果たすには、どちらも、重要。しかし、"あたし"でも"私"でもない、この"身体"に与えられた役割は、"あたし"のそれに、近い。
結局、"あたし"が"私"を、説き伏せた。ダーカー殲滅の為に降下する現役の戦闘員から、情報は得られる。それに、訓練生に良いイメージを持たせられれば、三つの役割全てに、繋げられる。"私"は、渋々と、了承した。
もう、分からない。
"あたし"は、誰だ?
"私"は、誰だ?
この"身体"は、誰の物だ?
"あたし"と"私"の、境界は、どこだ?
誰が、"あたし"を、"私"を、定義出来る?
内にある、二人の自分。個として確立しているであろう、二人の自分。誰が、観測し、定義出来ると言うのか?
答えは、見つかりそうに、ない。
マネージャーに無理を言って、舞台に立つ。今、この"身体"は、"あたし"の物。きらびやかな衣装を着て、輝くステージに立ち、精一杯の笑顔を振りまきながら、歌い、踊る。
滑稽で、醜悪な舞台。表の"あたし"が、笑っている。皆が無事で良かった、と。裏の"私"が、嗤っている。これで上手く行くなら、安いものですね、と。
噛み合わない、喜び。噛み合わない、"あたし"と"私"。噛み合わない、"あたし"と観衆。
己を騙し、皆を騙し、歌い上げる。白々しい歌を。
本当の気持ちなんて、どこにあるか、己にも分からないと言うのに。そんな物に、どう嘘をつけ、と言うのだろう。
これにて、序章終了です。最後に、ここまでの登場人物と、設定の追加・変更点をまとめた物を、投稿しようと思っています。
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2017/07/23 9:55
???の一人称を修正
2017/08/31 11:02
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