そして地味に筆が進まない……。
ミクダの背後に回り、剥き出しのコアへ攻撃を加えようとして、手が止まりました。だけど、VR訓練で何度も味わったこいつの体当たりは、この躊躇を後悔する程痛いのです。それを思い出し、身震いを押し殺して気合を込め、銃剣を突き出しました。
「えいやっ!」
フォトンをまとった刃が過たずコアを貫き、ミクダは黒い霧へと還りました。やりましたわ、一匹撃破です!
ダーカーのコアは、通常兵器では傷一つ付けられない程に硬いのですが、私たちアークスにとっては優先して狙うべき弱点。ダーカー因子の結晶なので、フォトンが特に有効なのです。その優先して狙うべき弱点を前にして、なぜ私が躊躇ったか、ですか?
だって気持ち悪いじゃないですか、ミクダの甲羅って! 大口を開けた人間のおっかない顔が彫り込まれてるんですよ!? それに、あの吊り上がった真っ赤な目! 口の部分に埋め込まれているコアと合わせて、まるでこの世ならざる化け物のよう。見ただけで鳥肌が立ってしまいますわ……。
そんなこんなで一匹目を仕留めたのですが、サガさんの妹様と、そのお仲間三名様は、もう何匹も討ち倒しています。私たちを発見した後の段取りと言い、戦い振りと言い、新人さんとは思えませんわ。
特に、サガさんの妹様。お名前は楓さんだったかしら。他のお三方も素晴らしい動きですが、彼女は頭一つ抜けているように見えます。落ち着き払っていると言いますか、腹が据わっていると言いますか。ミクダのあの甲羅に怯む素振りも見せず、的確にコアを破壊しています。かと言って、機械的に処理しているわけではありません。何と言えば良いのでしょう。自分の語彙の少なさが恨めしく思えますわ。
陳腐な言葉で表現してしまえば、美しい。この一言です。自在槍を振るう動作、身を躱す所作、そして余裕を感じさせる表情。全てが、さながら舞い踊っているかのよう。こんなに美しく戦う人を、私は知りません。そして知りました。戦いとは、こうも美しく、可憐に繰り広げられるのだ、と。
あぁ、叶うのならば、もっと見ていたい。楓さん……、いえ、楓様の戦振りを。流麗な舞を。
「何をしている」「いだっ!?」
い、痛い! 頭のてっぺんが痛い! 目の前に星が飛びましたわ! 何事かと振り返ると、拳をこれ見よがしに掲げたサガさん。げんこつしたんですの!?
「戦闘終了だ。カトリ、お前は何匹撃破した?」
わ、私の撃破数ですか? えーっと……、思い出すまでもなく、必死の思いでコアを貫いた一匹、ですわね。でもでも、私だって頑張ったんですのよ? あの気持ち悪い顔に一度は怯みましたが、嫌悪感を押し殺してグサッと!
「……援護に徹した私でさえ、二匹倒した。楓たちは全員、三匹倒している。だと言うのに何だ、お前のその体たらくは……」
「し、仕方ないじゃありませんの! 寒くて手がかじかんで、上手く動けなかったんですー!」
苦し紛れに嘘をつきました。でも全部が全部、嘘じゃありませんよ? 手の感覚が遠いのは事実ですし、今でも身体が震えてます。戦闘の為に防御フォトンの出力を上げましたが、芯まで冷えているのでまだ寒いですし――。
「嘘だな」「即断っ!?」
一秒と経たずに嘘と見抜いたサガさん。それは良しとしましょう。別に珍しくはありませんし。でも、楓様を筆頭に新人さん方も一様に頷いているのはどうしてですの? それに、何だか楓様、頬が紅くなってませんこと?
「見取り稽古は結構だが、戦場でやるものではない」
あ、あら? 私が楓様を見つめていたの、バレてました? それで楓様ったら、頬を染めてるんですの? まぁ可愛らしい。……でも変ですわね。楓様がこちらの視線に気付いた様子はなかったはずですが。
「それともう一つ。見取り稽古は静かに行うものだ。べらべらと喋っていては、集中出来んぞ」
「……へ? べらべらと……、喋っていた……?」
「その、言いにくいのですが、カトリ殿……。全て聞こえておりました……」
俯き加減で言う楓様。見ればお仲間さんたちも、うんうんと頷いていらっしゃる。全て聞こえていた、ですって……?
「ミクダが気持ち悪いと叫ばれてから、あにさまのげんこつが落ちるまで、全て口に出しておられました。ま、まぁ、妾は華麗に戦うのが信条ゆえ、そのように感じて頂いて光栄でしたぞ。か、かかっ!」
「相棒、笑えてねーよ」「やかましいわ」
ほとんど全部じゃありませんの! 心の中で想いのたけをぶち撒けていたはずだったのに、それを言葉にしていただなんて。私まで顔から火が出そうですわ。
「さ、サガさん、聞こえていたなら言って下さいまし!」
「落ち度のあったお前が言うか」
「私たちも必死だったし、教える暇なんてなかったんですよぉ……」
「あ、いえ、みなさんは悪くありませんのよ?」
悪いのはこの、サガさんなんですから。乙女の心を守ろうと言う心意気を見せて欲しいものですわ、ぷんぷん。
その後、マザーシップへ戻ったら訓練メニューを追加する、と言う言葉にげんなりしていたところで、通信が入りました。現在地が妨害範囲から外れ、そのおかげで通信が回復したそうです。楓様たちも含めてみんな喜びましたが、それも束の間。続く言葉が、不穏な空気を漂わせていました。妨害範囲は未だ消えておらず、脱出地点方面に移動している、との事。
通信が使えるようになっても、まるで安心出来ません。だって、このまま進めば私たちから仮面へ接近するわけです。それに仮面に近付けば、また通信が途絶えてしまいます。一縷の望みを賭けて雪原にテレパイプを投げてみましたが、ぽすっと沈んでしまいました。やはり帰還するには、テレポーターを再起動するしかないようです。
みなさん不安の表情を浮かべておられます。サガさんも平静を装っていますが、不安を隠し切れていません。それなりに長い付き合いですので、何となく分かるんです。ここまでも私を気遣って、あからさまに表に出さないようにしていたって。
……ですが、ただ一人。楓様は違いました。とても難しい顔をしておいでです。不安ではなく、鬼気迫ると言う様子。そんな、話し掛けづらい雰囲気を醸し出す楓様に、大砲を背負った方が堂々と尋ねました。
「楓、改めて聞くぞ。行くか、戻るか」
「どちらにせよ、ダーカー汚染地帯を進むのは変わらぬ。進むぞ」
「仮面がいたらどうすんだ? 様子見か?」
「隠れてやつの動向を窺う。ちと気になる事があってな」
楓様の決定に、正直私は、気が気ではありませんでした。どうして自ら仮面のいる方に進もうとするのか。引き返してはいけないのでしょうか。気になる事と言うのは、危険を冒してでも確かめなければならない事なのでしょうか。ですが、サガさんは肯定も否定もせず、ただ黙って楓様の案を聞くのみ。堪らず、私は聞こうとして――サガさんに制されました。
「仮面の一件、恐らく楓にしか分からん事がある。この任務にあいつがアサインされたのも、それが理由だろう」
その言葉には身内贔屓な様子など、微塵も感じられませんでした。
軽い自己紹介を挟んだ後、楓様とユミナさんを先頭に進み始めました。最後尾にはアフィンさんとアーノルドさんのレンジャーコンビ。物陰に隠れて先を窺いながら、少しずつではありますが、脱出地点へ近付いています。
「あの、楓様。つかぬ事をお聞きしますが、確認したい事と言うのはなんですの?」
手で次に身を潜める場所を示した楓様に、思い切って聞いてみると、首を傾げながらもこう仰いました。
「やつの目的が変わった……、いや、元から等しかったのか? ……ともかく、仮面被りの情報が欲しいのですよ」
どうにも、要領を得ません。楓様は新人だと言うのに、全アークスに通達される程の危険人物である仮面の事を、何か知っているのでしょうか?
「カトリ、移動するぞ」
腕を引かれ、次の場所へ移動しましたが、その間も疑問は頭から離れてくれません。頭の中でぐるぐるしてて、周囲警戒が疎かになってしまいそう。
「今は集中しろ。私の予想でしかないが、全て後で話す」
そんな私の様子を見かねたのか、サガさんが囁きました。あら、サガさんは何か気付きましたの? 兄妹だからこそ、なのかしら。……私が鈍い、とは思いたくありませんわね。だって、サガさんよりも先に仮面に気付いたのですから。サガさんより! 先に!
やがて分かれ道に差し掛かりました。脇道を行けばテレポーターまで一直線です。なのですが、楓様は止まりました。直進する道と脇道に向けて、交互に耳を峙てています。未だ吹雪の止まない今、その行為に意味はあるのでしょうか――
「……やつは直進したようじゃな。このままテレポーターまで走り抜きましょう」
一つ頷き、楓様は自信たっぷりに言いました。えっ、それで分かるんですの?
「相棒が言うなら間違いねーな。サガさん、カトリさん、今がチャンスですよ!」
そしてアフィンさんのこの信頼は、一体どこから?
「場合によっては付近で戦闘になるかも知れん。カトリ、今度こそ活躍して見せろ」
サガさんまで!? 妹だからって信頼寄せ過ぎじゃありませんこと!? あぁ、もう、分かりましたわ。私も信じます。と言うか、信じたいですわ! 本当ならすぐにでも帰れますし、私の見込んだお方ですもの!
「では、行きましょうぞ!」
駆け出した楓様とユミナさんを追うように、私とサガさんも走りました。信じているはずなのに、銃剣を握る手はかたかたと震えています。ですが、これ以上無様を晒すわけには行きません。私だって一応は先輩なんですから、良いところを見せておかないと!
走った先は行き止まりでした。ですがただの行き止まりではありません。少しばかり雪に埋もれていますが、あの黄色い人工物は、紛れもなくテレポーター。これを再起動させれば、キャンプシップへ帰れます。ですが、その為には……。
背後から、耳鳴りにも似た不快な音が聞こえました。この音の正体、考えるまでもありません。フォトンを嗅ぎ付けたダーカーが、大気中に満ちている因子を己が肉体に変えて現れる合図。
「来やがった、コイツはデカいぞ!」
後方警戒していたアフィンさんの声よりも早く振り返ると、ダーカー因子が見上げんばかりの大きさに、いくつも収束しています。凍土で発見報告のあるダーカーで、このサイズとなると、答えは一つ。
「"ガウォンダ"ですわ、お尻にコアがありましてよ!」
「カトリの言う通りだ、知っているとは思うがな!」
「いえ、良い復習になりました!」
実体化したのはやはり、身の丈程もある巨大な盾を右手に持つダーカー、ガウォンダ。本体も人間とは比較にならない巨体で、双方合わせての威圧感はかなりのもの。そしてこの盾、厄介な事に飾りではなく、フォトンさえも通用しない強度を誇るのです。さらに見た目通りの重量から鈍器としても使える、まさに攻防一体の装備。先の発言の通り、お尻のコアが剥き出しなのが救いでしょうか。外見に反して小回りも利くので、後ろをとるのに苦労するケースもありますが……。
「ガウォンダだけじゃないみたい、何か来てるよっ!」
緊迫した声を上げながらユミナさんが指し示したのは、ガウォンダの後ろ、つまり私たちが通った道。そちらから別のダーカーが現れました。後方斜め上に突き出た大きな腹、低空を悠々と飛ぶ姿、あれはブリアーダですね。ですが何か違和感が……、などと考えている間に、ブリアーダは高度を取り、大きく仰け反りました。あれは、ダガン・エッグを産み出す前兆ですわ!
「ちぃっ。相棒、アーニー、頼んだぞッ!」
楓様がレンジャーのお二人に指示を飛ばしました。私も銃剣をガンモードに切り替え、吐き出されるであろうエッグに備えて銃口を空に向け――影が差しました。
「……へ? わぁっ!?」
慌てて後ろへ跳んだ私の目の前に、轟音と共に盾が突き立てられました。
「こ、このっ!」
仕返しに頭部へ狙いを定め、三度引き金を引きましたが、ちょっと盾を動かしただけで防がれてしまいました。やはり、硬いですわね。
「クソッ、構える暇がねーな、これ!」「こいつら、VR以上にしつこいぞ!」「ちっ、厄介な……!」
アフィンさんとアーノルドさん、サガさんもガウォンダに追い立てられています。さらにブリアーダの正面には二体のガウォンダが彫像のように立ちはだかっており、楓様とユミナさんは攻めあぐねている様子。ダーカーのくせに、何と言う連携でしょう。
そうして攻め手を阻まれている内に、ブリアーダはエッグを産み出しました。四本の細い触手を揺らし、不気味に点滅、脈動しながらゆっくりと下降しています。今の内に破壊してしまわなければ、この場に四匹のエル・ダガンが追加され、状況は悪化してしまいますわ。だけど、このガウォンダ共の鉄壁とも思える守りは、いかんともし難いですわね……。
だと言うのに。あちらにとっては有利な状況なのに。エッグを産み出したブリアーダは、高度を維持したまま逃げてしまいました。
「な、何じゃあいつは。逃げてしもうた」
「それどころじゃねーぞ、相棒! エッグが孵化する!」
ブリアーダが逃げても、残して行った物は消えるはずもなく。下降中、降着後とガウォンダに守られつつダーカー因子を吸い上げていたエッグは、産み出された直後よりも激しく点滅しています。そしてとうとう、表面に亀裂が走り、エル・ダガンが孵化してしまいました。ダガンよりも一回り大きく、赤黒い体色。ただそれだけだと舐めて掛かったアークスを幾人も葬り去った、確かな脅威。
「ブリアーダは今は捨て置く。こいつらを片付けるぞ。……発動するッ!」
サガさんがシフタと、氷の戦闘補助テクニック『デバンド』を行使しました。デバンドはシフタと同様の仕組みで防御フォトンを増幅、強化してくれるテクニックでして、凄く痛いミクダの体当たりが、結構痛い、くらいまで緩和されます。痛いのは変わらないし嫌なので、頑張って避けますけど!
相対しているのはガウォンダが六体、エル・ダガンが四匹。さほど広くない行き止まりですから、視覚的な威圧感は数以上にすら感じます。まさに壁、ですわね。ですがいずれのダーカーにも、明確な弱点は存在します。そこを突ければ……!
「ユミナ、カトリ殿、背後に回るぞ。相棒たちは援護を頼む!」
武器を構えた楓様とユミナさんが、同時にガウォンダへ走り出しました。私も一拍遅れて追従。後ろでは長銃や大砲の発砲音、テクニックの行使音が聞こえます。
真正面から向かって行った楓様たちがどうするのか、と見ておりましたが、ユミナさんは攻撃を誘って回避しつつその隙に、楓様は小柄な体格を活かして股下を潜り抜け、拍子抜けする程簡単に背後を取ってしまいました。ど、度胸が据わってますわね……。私も真似しようとしましたが、ヘッドスライディングみたいになって、顔を雪に擦り付けてしまう結果に。格好は付きませんが、回り込めたので良し、ですわ!
「ふんッ!」
気合の入った声と共に、楓様がコアを貫きました。あの刃の入り方は、コアだけでなく内側も抉ったようですね。ガウォンダは頭のてっぺんから爪先までピンと張り詰め、その姿勢のまま霧散。たったの一撃。そこにどれ程の力が込められていたのかは、あの姿が如実に物語っていました。
「そぉれッ!」
ユミナさんは流れるような動きでコアを切り付け、下がりつつの締めの一閃で完全に破壊せしめました。あれは確か、フォトンアーツのバンダースナッチだったかしら。砕け散ったコアの破片が、ガウォンダの身体がダーカー因子に還り、長槍をくるくると回すユミナさんだけが残りました。
私も負けていられません。セイバーモードに切り替えコアを一突き。ですが、一度身体が大きく跳ね、それから震えるのみ。浅かったようです、ならば追撃を加えますわ! 再びガンモードに戻して、連射。この距離なら、私の腕前の悪さも銃剣の集弾性の悪さも関係ありません。引き金を引けば弾が当たる。至ってシンプルな話ですわ。
「このこのこのっ!」
弾がコアに当たるたびに、ガウォンダの身体がびくんびくんと痙攣します。そして弾倉に残っていた三発を撃ち尽くしたところで、ガウォンダは脱力し、うつ伏せに倒れました。やりましたわ、一体撃破です!
と、喜んでばかりもいられません。まだまだガウォンダはいますし、増える可能性だってあるんですから。スピードローダーで弾を装填し、次の目標へ走り寄ります。帰還まであとわずか、ですわ!
……つ、疲れましたわ……。あれから何匹のガウォンダを倒したのか、覚えてもいません。最初に現れた六体を倒したところまでは記憶にありますが、すぐにまた六体現れてからは、半ばやけっぱちになって……、うん、覚えてませんね。
ですが、頑張ったかいはありました。目の前には、青いリングを幾重にも浮かび上がらせるテレポーター。この中に入ってちょちょいと端末を操作すれば、あら不思議! 気付けばキャンプシップの中ですわ! あの極寒の中、ずーっと耐え忍んでおりましたが、ようやく帰れるのです!
危惧していた仮面も、結局は現れませんでしたわね。……あの悍ましい気配。出て来なくて、本当に良かったですわ。身体があれ以上進むのを拒否するなんて、初めての経験でしたもの。と言うか、これだけ派手に戦っても来なかったのなら、フォトンの出力を抑える必要はなかったのでは……。結果論なので、今だからこそ言える事ではありますけどね。
「救援、心から感謝する。新人とは思えない見事な戦い振りだった。私たちはマザーシップに戻るが、ハガルを……、いや、故郷をよろしく頼む」
先にテレポーターに入ったサガさんが敬礼し、私もそれに倣いました。そんな私たちへ、楓様は柔和な笑みを浮かべつつ、
「言われずとも、そのつもりですぞ、あにさま」
と敬礼を返してくれました。お三方もにっこり笑顔で敬礼してくれています。
「楓」
「はっ。何でしょうか、あにさま」
敬礼を解き、端末を操作し始めたサガさんですが、ふと思い立ったように手を止め、楓様の名前を呼びました。そして、
「喜ぶべきか悲しむべきか、それは私が断ずる事ではない。だが、お前が選んだ道は、お前に相応しいものだったようだな。……あまりフーリエに心配を掛けるなよ。少しばかり、お前は頑張り過ぎている節がある」
私が聞いた事のないような、優しい口調で語り掛けました。
「……さぁ、どうでしょうな。ですが、妾に向かってあねさまに心配を掛けるななど、釈迦に説法と言うものですぞ?」
「お前は時々よく分からん事を言うが、あいつを大事にすると言う意志は伝わった。……身体を労れよ」
「アークス戦闘員に何を仰るやら。……ご忠言、痛み入ります」
労いの言葉を口にして端末操作へ戻ったサガさんに、楓様は深々とお辞儀をし、それを見届けたところで、私の視界は白に染め上げられました。
目を開くと、そこは見慣れたキャンプシップの内部。ようやく本当の意味で一息つけましたが、お別れが駆け足だったのが少し心残りですわね……。
「あの、サガさん。楓様たちが来た理由、聞かなくて良かったんですの?」
楓様は、詳細は後で、と仰っていましたが、結局聞けず終いでした。仮面が彷徨いているあそこで悠長に話を聞くのは怖いですが、気になるのも確かです。
「ある程度は察しが付いた。それをあの場で長々と聞くのは得策ではない」
そう前置きして、サガさんは語りました。
以前に仮面と交戦した訓練生は、ほぼ間違いなく楓様。「あにさまも見ましたか」、この一言で気付いたそうです。あら、そんな事を仰っていたかしら? 救援が来てくれて舞い上がっていたので、聞き逃したのかも……。
それを踏まえると、新人の楓様たちがアサインされた理由も何となく分かりました。と言うよりは、楓様の存在が決定打になった、でしょうか。目撃例はあれど、交戦例は楓様と正規アークスの誰かなのですから。その正規アークスの件も含め、様々な事情が重なった結果、楓様たちの派遣に繋がったのでしょう。その様々な事情は、私たちの知るところではありませんが。
そんな事より。楓様の、美しく華麗に戦う御姿。わざわざ記憶を探らずとも、容易に思い出せます。訓練校でどれ程の鍛練をなされたのでしょう。きっと、人一倍と言う言葉も生温いに違いありません。他のお三方よりも明らかに動きが洗練されておりましたもの。
それに引き換え、私の戦い振りと来たら……。ミクダ一匹に個人の感情を引きずって手こずった挙句、最後には記憶が飛ぶ程まで憔悴してしまう有様。これではとても、先輩を名乗る資格などありません。
……恥ずかしい。私の心は、その感情一色に染まりました。バウンサーの試験運用役に立候補しておきながら、サガさんの訓練から逃げ、怠惰な日々を送り、その結果がこれ。私が見惚れた楓様は、訓練生の身で窮地を脱し、先の大立ち回りを演じたと言うのに。
私は、なぜアークス戦闘員になりましたの? フォトンを扱えるから? いえ、それはただの前提条件。私だって、確固たる目的がなければ、進んで戦地に飛び込むような人間ではないと自覚しております。
試験運用役になったのも同様。目的があればこそ。あの時より少しでも目的に近づく為に。
ですが――
「……サガさん」
「どうした。珍しくしおらしい顔をしているな」
「担当武器の交換って、可能でしょうか?」
――今の私では、辿り着けない。
* * *
あにさまたちを見送り、妾たちもテレポーターへ入って、キャンプシップへ帰還。見飽きてしまった内装を意識した瞬間、足腰から力が抜けて尻餅をついてしもうた。
「お、おい相棒、大丈夫か!?」
「……あにさまを前にして緊張してのぅ。糸が切れよったわ」
起こそうとしてくれたのじゃろう、アフィンが手を差し伸べてくれたが、すまぬ。ちと立てそうにない。と言うか、キャスト相手では一緒に倒れ込むのがオチではなかろうか。
あにさまの前で緊張した。これはまことじゃ。己の成長振りを見て頂く。そしてあにさまたちをお助けする。表に出すまいと平静を装っていたが、内心はがっちがち。そこは否定せぬ。
じゃが、もっと大きな問題が妾の心を苛んでいた。仮面被りに近付くにつれ、より大きく、はっきりと聞こえて来た声。
……どこにある。
……どこだ。
やつは何かを探していた。どこにある、と言っていたのだから、マトイではなく何らかの物品を探していたのじゃろう。それが何なのかまでは分からんが、まともな物ではなかろうな。
そも、やつは元からその物品を探していたのか? 探していたのならさして不自然ではない。今はマトイ探しを中断したか、あるいは妾たちに保護されたのをいずこかから見て断念したか、で片が付く。じゃが、違うのならば厄介な事になりかねん。やつの背後に、物品探しを命じた何者かがいる可能性さえ生じる。やつに命令出来るような輩がおるなど、考えたくもないがの。
やつが何を探しているのか。妾たちにどんな害を及ぼすのか。マトイ探しを中断してでも探さねばならんのか。そしていつ、
しかしまぁともかく、また偶事を拾えた。であるならば、今回のマターボードは、やつの探し物が鍵となるのであろう。それに、やつの情報が欠片程ではあるが入手出来た。それだけでも良しとしよう。焦ったところで、事態が進展するわけでもなし。それよりも今は、
『こちらヒルダ。楓、アフィン、アーノルド、ユミナ、聞こえるか?』
「聞こえておりますよ、どうぞ」
『良くやってくれた。あちらのオペレーターからも感謝のメッセージが届いたぞ。疲れたろう、こちらに戻ったらゆっくり休んでくれ』
ヒルダ殿の心なしか弾んだ声に、耳を傾けたい。
翌日。身支度を整え、後は紅を引くのみと言うところで部屋の呼び鈴が鳴った。こんな時間に来客とは珍しい。端末越しに応対すると、宅配業者と名乗られた。はて、通販や懸賞を利用した覚えはないがのぅ。あるいはアレン辺りからの届け物か? 疑問を覚えながらも送り主の名を尋ねると、意外な人物の名前が出た。
『ヒルダ様からのお届け物です』
なぬ? ヒルダとは、オペレーターのヒルダ殿か? ともかく、時間も押しておるし受け取ってしまおう。着衣に乱れがないか再度確認し、玄関口で対応。渡された荷物は、やけに凝った包装を施されていた。
業者を見送ってから部屋に戻り、開封。中身は小奇麗な箱と、今時珍しい手紙だった。先に手紙を開き、読んでみる。
「……なるほど。お堅い方かと思いきや、味な事をなさる」
続いて、箱を開けてみた。箱に書かれていた文字……、と言うか銘柄は見なかった事にしたい。確か、無茶苦茶に高級じゃなかったろうか?
入っていたのは、薄紅色の口紅。化粧をする前で良かった。試しに筆で塗ってみると、自前の物より瑞々しく仕上がった。発色もまるで違う。
「……大事に使わせて頂きます、ヒルダ殿」
丁寧に紅を引き直して箱に戻し、手紙を添えた。戦場に引いて行くには、いささかもったいない。
「それでは、今日も行くとするかのぅ!」
鏡に映り込んだ己に檄を飛ばし、出発。あにさま、妾は今日も頑張りますぞ!
『昨日はありがとう。お前に似合いそうな色を選んだつもりだ。良かったら使ってくれ。ヒルダより』
初期ガンスラ、いわゆるガンスラッシュって画像見る限りだとリボルバー式っぽかったので、文中のように六発装填のリボルバーっぽく描写しました。ライフルも含め、射撃武器類の設定はそれほど重要ではないので書いてませんが、いずれ設定編に載せるかも知れません。
カトリ強化フラグが立ちました。安藤と会うにしても、原作通りかそれ以前かでカトリの反応や考え方も変わるのではないかな、と。