※この話を書いている最中に、三点リーダーの正しい使用法を知りました。これ以前についても、修正を加えます。正しい使用法を知らず、お見苦しい文を公開し、申し訳ありませんでした。
一旦、アフィンと別れ、身を清めた。なかなかに、快適な風呂じゃったが、やはり、何か物足りぬ。風呂は命の洗濯、とも言う。まずは、風呂を弄るべきじゃな。
再び、訓練校の制服に袖を通し、洗面所の鏡の前に立つ。後は、唇に薄紅を引き、髪を結えば、準備完了じゃ。作り物の顔故、ほとんど化粧をせずに済む、と言うのは、手間が掛からず良い、とも思うが、乙女としては反面、やや寂しくもある。まぁ、妾の美貌であれば、本来は口紅さえも、いらぬのじゃがな。家族の一人に「楓ねーちゃんが口紅塗ると、活き活きして、もっと美人になるよ!」と言われて、仕方なく、じゃ。仕方なく。
長い髪を、赤いリボンで『ぽにぃてぇる』にまとめ、鏡に映った、己の姿を確認。うむ、完璧じゃ。時間を確認すると、14時40分。ふむ。そろそろ、出発の頃合いかの。洗面所から出て、部屋の玄関前にて、端末を操作。妾以外の者の入室を制限して、と。良し。鍵もしっかり、かけた。では、行くとしようか。
玄関のテレポーターからの移動先は、ショップエリアに設定されていた。少し歩き、各店舗を見渡せる場所まで移動したが、どの店にも、店員の姿が見えない。中央の、青と緑に輝く、正方形を乱雑に積み上げたようなオブジェが、音もなく、回っているだけ。修了任務前に、軽く歩いた時とは違って、随分と、静かだった。
「お、楓か。どうだ、少しは、休めたか?」
背後から、声をかけられた。振り返ってみると、ゼノ殿とエコー殿が、妾に、手を振っている。
「おぉ、ゼノ殿に、エコー殿でしたか。お陰さまで、ゆっくり出来ましたぞ」
「そっか。そいつは良かった」
「エコー……"殿"? 何だろ、すっごく、変な感じ……」
「先輩なんだから許せ、とさ。俺は、もう慣れた」
「目上の方々や、先達の方々には、もう、癖になっておりましてな。慣れるまで、どうかご辛抱下され」
「うーん……。いつになるかは分かんないけど、頑張ってみるね」
手持ち無沙汰のようなので、どうしたのか、と聞いてみると、お二人は、背後を指し示した。あそこが、集合場所の、巨大モニターだったか。
「ちゃっちゃと報告済まして、アイツらを手伝ってやろうとしたんだがな」
「お前たちも主役なんだから、休んでろ、って、言われちゃってね。だからこうして、ボーッとしてるってわけ」
「ったく、暇で仕方ねぇ」
暇、か。ゼノ殿は、落ち着かない様子で、爪先で床を、トントンと叩いておる。対するエコー殿は、何だか、そわそわとしておられるご様子。……ん?
「……ほぅ。なるほど、なるほど」
ちら、と、エコー殿の顔を盗み見て、納得した。
「では、お二方。あちらに、長椅子が見えます。少々休んでは、いかがですかな?」
「ん? あぁ、それも良いな。ちょいと、腰を落ち着けるとするか」
「その前に、ゼノ殿。先の任務について、お話ししたい事が、ありまして。なに、お時間は取らせませぬ。よろしいですか?」
「分かった。エコー、先に座っててくれ」
「う、うん」
エコー殿の背を見送りながら、ゼノ殿に、屈むよう、お願いした。何せ、ゼノ殿は、背が高いからのぅ。とてもではないが、ちっこい妾では、届かぬ。
「んで、話ってのは、何なんだ?」
「いえ、任務の話、と言うのは、方便でしてな。ゼノ殿、エコー殿の隣に座ったら、お顔を、じっと見つめて下され」
耳打ちすると、ゼノ殿は、首を傾げた。
「顔をじっと見る……。それが、何になるんだ?」
なぬ? そう返すか!? 男が女の顔を見つめるなど、意味は多々あれど、行き着く所は同じだと言うに!
「むぅ……。予定変更じゃ。顔を見つめて、こう言いなされ。いつもと違うな、と」
「いつもと違う、だぁ? おいおい、エコーはエコーだろ、寝惚けてんのか?」
えぇい、寝惚けておるのは、お主じゃ! この、朴念仁め! 堪らず、心中で毒づいてしもうたわ!
「良いから、そのように! それと、妾の名は、決して、出してはなりませぬぞ。くれぐれも、絶対に!」
本当は、もう少し攻めた台詞を、伝えるつもりじゃったが、これは、無理じゃ。下手に直球を投げさせると、エコー殿が舞い上がって、お二人の間に、意識の差が生まれてしまう。……今の段階でも、大概かも知れんがの。
「ん……、分かった。顔を見て、いつもと違うな、だな。んで、楓の名前は出さない、と」
「そうです。それ以上は、無理じゃろうしの……」
「何か、引っ掛かるが……、ま、いっか。んじゃ、また後でな」
走り去るゼノ殿。……隣に立つ女性の、気合の入った化粧に気付かぬゼノ殿には、あれが限界じゃろうて……。
ゼノ殿たちの座る長椅子に近付かぬよう、適当にぶらぶら歩いていたら、集合の時間になった。そろそろ、行こうかの。
巨大モニター前の広場は、宴の会場に、様変わりしておった。長机には、色とりどりの料理が、所狭しと並び、円形の舞台には、スタンドマイクが一つ。椅子がないところを見ると、どうやら、立食形式らしい。なるほど。ゼノ殿が言っていた企みとは、そう言う事か。
「訓練生の諸君、適当に、テーブルに着いてくれ! 間もなく、始めるぞ! 配膳担当の者は、飲み物を配ってやってくれ!」
「楓ちゃん、こっちこっち!」
先輩ハンターの案内を聞きながら、テーブルに歩を進めると、ユミナが、妾を呼んだ。隣には、アーノルドもいる。せっかくじゃし、お邪魔するとしよう。
「楓ちゃん、どうしたの? 何か、すっごく疲れた顔だよぉ?」
「いや、なに。少しばかり、余計な世話を焼いただけじゃよ。色々と、空振った感は、否めんがのぅ。……あぁ、ありがとうございます」
先輩アークスから、飲み物のグラスを受け取り、溜め息をついた。グラスに反射した顔は、確かに、疲れ果てたように見えた。
「よく分からんが……。ともかく、本格的な業務は、明日からだ。今日のうちに、しっかり休むと良い」
「そうするわぃ……」
テーブルから漂う、芳しい香りが、余計に、疲労感を刺激する。腹を満たし、ぐっすり眠って、先の事は、忘れるとしよう……。
「お、相棒、もう来てたのか。ちょっと、遅れちまったか?」
料理に気を取られていたところで、アフィンに、背後から声をかけられ、そこで、我に返った。
「いんや、大丈夫じゃろ。宴は、まだ始まっておらんからの」
「……? どうしたよ、何か、あったか?」
「後で、話してやろう。なに、喜劇じゃよ、喜劇」
「ふーん。よく分かんねーけど、分かった」
大体、察してくれたのじゃろう。それ以上は、特に聞かれなかった。ま、後に取っておく程、大した話では、ないんじゃがな。
四人で、他愛もない話をしておると、舞台上のマイクに、先輩ハンターが立った。
「テステス……。さて、集まったようだな。この会の進行を務める、ハンターの、オーザだ。訓練生諸君、覚えておいてくれ」
ふむ。あの方は、オーザと言う名前だったか。今後、ハンターとしての実戦でのイロハを、教えて頂く機会が、あるやも知れぬ。しかと、覚えておこう。
「ここに集まってもらったのは、他でもない。任務を終え、正式に、俺たちの仲間となった訓練生諸君と、親睦を深める為だ。ささやかな会だが、どうか、楽しんで行ってくれ。……本当ならば、ここで諸君に、実戦におけるハンターの重要性を説きたいのだが、今日は、止めておこう。祝の席だからな」
そうでなければ、そのまま語り出したのか、この先輩は。
「では、会次第に則り、早速、乾杯の音頭を取ってもらおう。修了任務担当官にして、ハガルが誇る、ハンターのエース。ゼノ、上がって来い!」
「は、はぁ!? 聞いてねぇぞ!」
「言ってなかったからな。ほら、早く来い!」
当惑する、ゼノ殿。拒否しておるようだが、周囲の拍手が、それを許さない。妾も、ニッコリ笑って、拍手しておるがの。
場を譲り、舞台から降りるオーザ殿に代わって、渋々、と言った顔で、ゼノ殿がマイクに立った。
「あー、えーっと……。ゼノだ、よろしく。……乾杯」
グラスを持った手を掲げる、ゼノ殿。沈黙。幾人かは、それに従い、控え目にグラスを挙げたが、大半は、呆れたような顔で、舞台を見ておる。妾も、その大半の内の、一人。あまりにも、味気なさ過ぎる。
「だぁっ、苦手なんだよ、こう言うのはっ!」
「だからと言って、あっさり過ぎるだろ!? せめて、気の利いた事を一言二言、頑張ってみろ!」
舞台袖のオーザ殿が、苦言を呈した。頭を抱える、ゼノ殿。そんな彼と、目が合った。否、合ってしもうた。
「……そうだな、主役は、担当官だけじゃねぇよな。よぉし、楓ぇ! お前が訓練生側の代表だ、こっち来いやぁ!」
「なぬ!?」
「訓練生代表は、一撃でダガンをぺしゃんこにした、ハンター期待のルーキー、楓だっ!」
その途端、一斉に、拍手と歓声が、沸き上がった。傍におるユミナなど、満面の笑みで手を叩きながら、こちらを見ておる。
「ま、待たれよ、ゼノ殿! 妾は、そんな話、一言も聞いておりませんぞ!?」
「俺も聞いてねぇんだよ! 良いから、さっさと来い!」
拍手が、歓声が、止まぬ。断れる雰囲気では、ない。ぐぬぬ、図ったな、ゼノ殿……!
トドメとばかりに、ユミナに背を押され、重い足取りで、舞台に上がった。各種照明に照らされた広場は明るく、お陰で、参加者の顔が、嫌でも見えてしまう。これでは、芋と認識しようにも、無理じゃな……。
隣には、してやったり、と言う顔をしておる、ゼノ殿。覚えておれよ。ここは食事の場じゃ。あの祟りが成就すれば……!
……現実逃避も、程々にするかの。上がってしもうた以上は、ここは今、妾の舞台。であるならば、こなして見せよう。演じて、魅せようぞ。
「ご紹介に与りました、訓練生の、楓と申します。まずは、このような会を開いて下さった先輩方に、心よりの、感謝を。訓練生、気を付けっ!」
壇上で直立不動となった妾に倣い、訓練生一同が、同じ姿勢を取った。
「礼っ!」「ありがとうございます、先輩方!」
一糸乱れぬ、お辞儀。ショップエリア全体を揺らす程の、謝辞。これには、先輩方も、面食ろうたようじゃな。
「さて、こうして舞台に上がったわけじゃが、一つ、訂正せねばなるまい。妾が、ダガンを、ぺしゃんこにした? ゼノ殿、世迷い言にも、程がありますぞ?」
「いや、俺、見てたんだけど」
「かかか。このような、可憐で、華奢な女子に、そのような真似が出来ると、お思いで?」
「非戦闘用ボディを、引き合いに出すんじゃねぇよ……」
「ご来場の、女性の方々。貴女方は、いずれも美しく、瀟洒な淑女と、お見受け致します。皆様に、問いたい。かような戯言を申されるゼノ殿を、どう思われますかな?」
「なっ! ちょ、おい!?」
ゼノ殿の抗議をひたすら無視し、会場の女性方に問うてみれば、うむ、予想通り。見事、非難の嵐となった。
「ゼノってば、ひっどーい! 女の敵ー!」「……ゼノ、言葉は選ばないと、効率的じゃない」「おやおやあ? これは、ゼノさんを撃っちゃっても良い流れですかあ? ……でも残念、武器は、整備班に預けたままでした。ゼノさん、今度一緒に、クエストに行きましょうねえ」
最後のは、聞かなかった事にしよう。他の方々は、冗談半分なのが、表情や、声の調子で伝わるが、あの人は違う。怖い。
「おい、やべぇよ楓……。"リサ"に、目ぇ付けられちまったよ……」
ゼノ殿が、割りと本気で、怯えておられる。ちと、やり過ぎたか? 灸を据えてやるつもりじゃったが、えらい事になってしもうた……。
「あー……、皆様、どうかご静粛に。少しばかり、話が脱線しましたな。つまり、妾が言いたいのは、己も、訓練生の同輩と同じく、新参だと言う事でして。期待の『るぅきぃ』などと呼ばれ、ここに立ってはおりますが、まだまだ、若輩の身。どうか、共々に、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます」
深々と、一礼。会場が再び、拍手と歓声に、包まれた。とりあえず、まとまった……、かの?
「ここで、感謝の意を込め、一つ舞を披露……、と行きたいところじゃが、皆様、机に並ぶ料理を前に、うずうずしておられるご様子。かく言う妾も、そろそろ、腹の虫が暴れそうでしてな。ゼノ殿、乾杯と参りましょうぞ」
「コイツ、ぬけぬけと……」
「かかか。不用意に、妾を晒し者にしたバチが当たった、と言う事で、ひとつ」
「ったく……。もう、ヤケだ! 乾杯だ、テメーら!」「乾杯じゃ、皆の衆!」
「交代要員は、程々に飲み食いしろよ! 満腹で戦えません、では、話にならんからな!」
妾と、ゼノ殿のグラスが、ちん、と、軽やかな音を鳴らした。追うように、あちこちで、乾杯の合唱と、グラスの音が響く。宴の、始まりじゃ。
舞台から駆け下り、料理にがっつき始めたゼノ殿。あれは、うむ、ヤケ食いじゃな。余程、リサ殿とやらに目を付けられたのが、恐ろしいらしい。ゼノ殿を、あれ程までに震え上がらせるとは……。
「楓、だったか。少し良いか?」
などと、話した事もない相手に思考を巡らせていると、舞台袖から、声を掛けられた。見れば、料理を取り分けた皿を持った、オーザ殿の姿が。
「おぉ、貴方は、オーザ殿か。妾に、何かご用ですかな?」
「いや、同じハンターのよしみで、少し、話をしようかと。ほら、まずは食え。ハンターは、体が資本だからな!」
「ありがたい、頂戴しますぞ」
皿を受け取り、カナッペを一つ、頬張った。ふむ。チーズとトマト、そしてクラッカーが、実に、良く合う。美味い。
「今日の任務は、どうだったかな?」
「後衛に就いてくれた相棒のお陰で、思う存分、戦えた、と言ったところですな。妾一人では、危うい場面も、ありましたゆえ」
「初任務で、早速、相棒と言える仲間と巡り会ったか。幸先が良いな」
「えぇ。あやつとは、互いに補い合える、良い間柄となれそうです」
「随分と、買っているんだな。それだけ腕が良い後衛なら、俺も一度、組んでみたいものだ」
「おっと、それは出来ぬ相談ですな。あいにく、あやつの予定は、妾との出撃で、埋まっておりまして」
断りを入れ、笑って見せると、オーザ殿は、愉快そうに笑った。
「はっはっは! 埋まっているのなら、仕方ないな! 安心しろ、冗談だ。何しろ俺は、パーティは全員ハンターでも良い、と思っているからな」
「全員、ですか」
それは何とも、極端な話じゃな。何か、理由でもあるのじゃろうか?
「あぁ。レンジャーやフォースは、戦闘中に、息切れしてしまうだろう? 特に、フォース。アイツらは、ダメだ。折角、囮になってチャンスを作っても、そんな時に限って、息切れを起こしている。そんなクラスは、言語道断だ。その点、己の肉体を武器とするハンターは、そんな心配とは、無縁だからな。背後の味方を、気にする必要もない」
「なる……ほど……」
歴戦の戦士ならではの、経験に則した戦法論かと思ったが、違った。これは……、あれじゃな、好みとか、反りが合わぬとか、そんな話じゃな……。
「おっと、あまり引き止めても、悪いな。これからも、ハンターとして、頑張ってくれよ!」
「は、はい、失礼しますぞ……」
何と言うか、濃い御仁であったな……。しかし、ハンターとしての経験は、本物であろう。いずれ、ご教授賜るのも、良いかも知れぬな。
カナッペを齧りつつ、アフィンたちの元へ戻ろうとしていたら、
「やっほ、楓ちゃん!」
エコー殿に、呼び止められた。声は元気なようだが、眉が、八の字になっておる。何か困り事でも起きたか、と思ったが、原因は、彼女の背後にあった。ゼノ殿が、机に突っ伏しておられる。
「むぐむぐ、ごくん。ゼノ殿は一体、どうなされたので……?」
口中の咀嚼物を飲み込んで、問うてみると、エコー殿は、呆れたように答えた。
「それがね、料理に、塩味が足りなかったみたいで、備え付けのお塩を、かけようとしてたの。そしたら、蓋が外れて……」
「どばーっ、と行ったわけですな」
「正解。でもゼノったら、食べなきゃもったいねぇ! って言って、全部食べちゃったのよ。一応、同じのをたくさん取り分けて、薄めてたけど……」
「あの様子だと、効果は、今一つだったようで」
「お水は、いっぱい飲ませたんだけど、ね。ずーっと、かえでぇ……、って呻いてるんだけど、何か知ってる?」
「いえ、とんと、存じ上げませんな」
即座に、切って捨てた。エコー殿も、だよねぇ、と言いつつ、キッシュをつついておられる。まぁ、原因は、妾なんじゃがな。
「まぁ、フォトンの浄化作用があるゆえ、大事には至りますまい。すぐに、血中の塩分濃度も、正常になりましょう」
大事に至るようには、祟らぬ。少しだけ、痛い目に遭うよう、祟る。それが、妾の祟りじゃからの。ゼノ殿も、間もなく、快復するじゃろうて。
「だね。あ、そうそう。楓ちゃん、ゼノに、何か吹き込んだでしょ?」
「吹き込んだ? 何の事でしょう?」
ふむ。やはりエコー殿には、気付かれたか。
「惚けなくても、良いよ。ゼノが、あたしのお化粧に気付くなんて、絶対あり得ないもの」
「見透かされましたか。少々、強引かも知れぬ、とは思っておりましたが」
「これでも、ゼノとは、付き合いが長いから。……楓ちゃん、ありがとね」
「むぅ? 余計な世話ではあれど、礼を言われるような事は、しておりませんが……」
「うぅん、それでも、嬉しかったからさ。今度、何かお礼するよ」
「ふむ……。では、ゼノ殿との惚気話を、所望しましょうかの」
「……ちょっと、分かっちゃった。楓ちゃんって、結構、イジワルでしょ?」
「さぁて、どうでしょう? 少なくとも、馬に蹴られる程ではない、と、言っておきましょう」
顔を見合わせ、くすくすと、笑い合った。
そろそろゼノ殿が起きそうだから、離れていた方が良い、と、エコー殿に逃がされ、再び、アフィンたちの元へ戻ろうとしていると、ぽんぽん、と、肩を叩かれた。ふむ。先程から、妙に呼び止められるな、と思いつつ、振り返り、
「あなたが、楓さんですねえ?」
血の気が、引いた。それはもう、さーっ、と。
「あ、あ……、わら……わたしが、かえで、です……」
白い肌、赤い目、そして弧を描く口。その全てが、眼前に迫り、圧倒された。口調が、定まらない。な、何故だ? 何故、リサ殿が、妾に話し掛ける? 共通項など、種族だけだぞ!?
「ふふふ、そんなに、怯えないで下さいよお。リサは、あなたと少し、お話がしたいだけなんですからあ」
「も、申し訳ない。あまりに近かったゆえ、少々、驚いてしまいました」
「あらあら、それはごめんなさいねえ。リサ、ちょっと失敗しちゃいました」
「お気になさらず……。それで、お話と言うのは……?」
「いえいえいえ、大したお話じゃあ、ないんですよお? でもでも、ちょーっと気になっちゃったんです。ダガンを、一撃でぺしゃんこにした、って、本当ですかあ?」
どうにか、調子を取り戻したが、よりにもよって、ゼノ殿の話か……。しかし、リサ殿相手では、誤魔化せそうに、ない。この、血を何度も塗り重ね、その上に鮮血をぶち撒けたような、深い、昏い、紅い瞳には、適当な嘘など、即座に見抜かれてしまうーーそんな気が、した。
「え、えぇ……。加速に任せて、潰しました……」
「なるほどなるほど。いけませんねえ、いけませんいけません」
ぺしゃんこなど、女子のする事ではない、と仰りたいのじゃろうか? しかし、
「いけませぬか……。やはり、女子らしくーー」
「ーーもっと苦しめてから殺さないと、いけませんねえ」
「そうそう、女子らしく、苦しめてから……、なぬ?」
実際は、遥か斜め上の理由じゃった。
「どうしてリサは、レンジャーになったんだと思います? 答えはですねえ、長銃で、敵さんをいっぱいいっぱい、苦しめて苦しめて、苦しめて殺したいから、なんですねえ」
「く、苦しめたい、ですか……」
「そうなんですよお。だからリサは、大砲なんて、使ってあげません。一発で、苦しむ暇もなく、ミンチにしてしまいますからねえ。長銃で、急所を外して、苦しむ姿を見ながら、風穴の数を増やす……ふふっ、考えただけで、ゾクゾクしますねえ」
「それは……、か、変わった趣味を、お持ちのようで……」
変わった趣味、などと言う範疇を、軽く超えておるがの……。
「変わってますか? 変わってますね、そうですね。ですけど、リサは思うのです。ダーカーには、苦しむ義務があると」
「苦しむ義務……ですか?」
む? 様子が、変わった?
「好き勝手に、色んな原生生物を、汚染したり、侵食したりしてるんですよお? 汚染されたり、侵食されたりするのは、きっと、とってもとっても苦しいと思うんですよお。だから、ダーカーも、苦しまなくちゃいけない。苦しめるだけ苦しめて、自分は楽に死ねる、なんて、虫が良すぎます。これって、おかしな事ですかあ?」
そんな考えは、持った事がなかった。因果応報、と言うやつか。しかし、その考え方は、危うい。そう、思えた。それでも、
「ま、リサは色々おかしいので、間違ってるのかも知れませんけどね。それにそれに、リサは、敵さんを苦しめて苦しめて苦しめて殺せれば、それで大満足ですから。楓さんも、敵さんを苦しめたくなったら、いつでも言って下さいねえ。どこを攻撃すれば、より苦しめられるか、お教えしますからねえ」
「……いえ、心に留めておきましょう。それと、苦しめられる部位は、いずれ、気が向いたらで……」
リサ殿の話は、忘れてはいけない。そんな気がした。
ではではでは、と、底抜けに明るい声で別れを告げたリサ殿。そこへ、
「……あまり、リサの言う事は、気にし過ぎない方が良いわ。彼女のやり方を真似していたら、体がいくつあっても、足りないから」
入れ替わるように、薄紫色の髪の女性が、現れた。この声、確か、フォースの勧誘や、ゼノ殿へヤジを飛ばしておった方か。
「……フォースの、マールーよ。よろしく、楓。ゼノの言葉が本当なら、ハンターなのに、とても効率的な戦い方をしているようね。良い事だわ」
「お褒め頂き、恐縮です。これも、訓練校の教官殿の、ご指導の賜物です」
随分と、物静かな方じゃな。先程まで、リサ殿と話しておったから、余計に、そう感じるのかも知れぬが。
「……謙遜しなくても、良いわよ。ねぇ、貴女。一度、私と組んでくれないかしら? 貴女みたいな、効率を理解しているハンターとなら、上手く戦える気がするの」
「申し訳ありませんが、お気持ちだけ。妾には既に、共に駆ける相棒が、おりますゆえ……」
「……あら、もう、相棒を見つけたの? その子が、羨ましいわね。……あぁ、冗談よ。気にしなくても、良いわ。私は、パーティは全員フォースでも良い、と思っているから」
「全員、ですか。……ん?」
おろ? 何じゃろうな。この会話、ほんの今しがたに、別の誰かと、交わした覚えがあるぞ……?
「……前に出られると、射線と視界が、遮られるの。それに、うるさくて、考えなしに突っ走る人ばかり。理解出来ないわ。……その点、フォースは、静かに動いて、静かに溜めて、一撃で仕留める。これ以上ない程に、効率的よ」
「なる……ほど……」
これも、聞いたのぅ。クラスの違いはあれど、ほぼ、同じ内容じゃ。
「……楓は、ハンターとして戦う事に、違和感を覚えてないかしら? もしそうなら、選ぶなら、フォースよ。覚えておいて、損はないわ」
「は、はぁ、覚えておきましょう……」
うむ。オーザ殿と、同じじゃな。ハンターとフォースの相性は、ゼノ殿とエコー殿が、証明しておる。と言う事は、何じゃ。このお二方は、ご自分の感情で、いがみ合っておるのか? 大人しいのは確かなようじゃが、マールー殿も、十二分に、濃いようじゃな……。
やけに、期待のこもった目で見送られつつ、今度こそアフィンたちと合流しよう、と歩いておったが、その最中に、誰かとぶつかった。
「あ、わりぃ……」
「いや、こちらこそ……、と、お主、レダではないか」
ぶつかった相手は、同じハンター科の同輩、レダじゃった。あの紫色の『りぃぜんと』は、なかなか、忘れられる物ではない。しかし、こやつ、妙に気落ちしておるな。普段ならば、もっと軽薄な雰囲気じゃが……。
「祝の席だと言うのに、どうしたのじゃ? 気分でも、悪いのかえ?」
「……いや、何でもねぇ。何でも、ねぇよ……」
「ふむ。そうは見えぬが……。妾で良ければ、話くらいは、聞いてやれるぞ?」
何でもねぇ、と嘯いてはおるが、その様子は、尋常ではない。
「……人影を、見た気がすんだ。いや、気がする、じゃない。確かに、見たんだ。修了任務中に……」
「修了任務中に、じゃと? つまり、ナベリウスでか?」
「あぁ。だけど、いくら言っても、ペアのヤツも、先輩も、こんな所に、誰かいるわけがないって。見間違いか、他のアークスだろう、って……」
「なるほどのぅ。ならば一応、先輩方に、話しておいた方が良かろう」
「だ、だけど、マジで、オレの見間違いかも知んねぇし……」
「たわけ。それならそれで良い、と言うだけの話じゃろうが。もし、本当に誰かおったのなら、それこそ、目も当てられぬ。お主は、ここで待っておれ。妾から、伝えて来る」
杞憂であれば、僥倖。しかし、不時着し、遭難したアークスであったり、『わぁぷ』の誤作動などで迷い込んだ一般人であったりしたら、大変な事になる。机上の飲み物を渡し、落ち着くよう言い聞かせ、オーザ殿の元へ走った。
事と次第を伝えると、オーザ殿は、頷いた。
「分かった。そろそろ、交代要員がナベリウスへ出発する頃だ。彼らに連絡して、生存者がいないか、探してもらおう。しかし、時間が経っているからな……。もしかすると、手遅れかも知れん……」
「それでも、手をこまねいておるよりかは、建設的かと存じます。お手を煩わせて、申し訳ありません」
「なに、気にするな。これも、アークスの仕事だからな。報告してくれた訓練生にも、伝えておいてくれ」
「承知しました、ありがとうございます」
オーザ殿の言を伝えると、レダは、幾分ではあるが、元気を取り戻した。しかし、ああして人命を気にするとは、あやつもやはり、アークスを志し、訓練を重ねただけはある、と言う事か。評価を、改めねばな。軽薄そう、などと評していた事を心中で詫びつつ、別れを告げた。
「先発の連中が、戻ったな。交代要員の皆は、こちらに集まってくれ! 急で済まないが、連絡事項があるんだ!」
早速、オーザ殿が、交代要員の先輩方に、招集をかけた。これで一安心、じゃな。その人影とやらが、無事であれば良いが……。
オーザ殿から説明を受け、ゲートエリア直通のポータルへ向かう先輩方とすれ違いながら、先の話に出た、先発の先輩方が、ぞろぞろと、こちらへ歩いて来る。その中に。
「あ、あれは……!」
無骨で、黄色いパーツを纏った、女性キャスト。バイザーで目元が見え辛いが、しかし、あの人の顔を、妾が、見間違えるはずがない。矢も盾もたまらず、駆け出した。
「あ、あ、あねさまぁぁぁ!」
「えっ? わっ、楓ちゃん!?」
「お会いしとうございました、あねさま!」
驚く、あねさま。しかし、構うものか。ようやく、また会えたのだ。思い切り、抱き付いた。
「……あぁ、そっか。楓ちゃん、今日から、私たちの仲間なんですね」
「あねさまに、追い付きましたぞっ!」
「おめでとうございます、これから一緒に、頑張りましょうねっ!」
「はいっ!」
装甲板故に硬い胸部に、頬ずりする妾の頭を、あねさまはーーフーリエあねさまは、優しく撫でてくれた。
「じゃあ、フーリエさんは、相棒のお姉さんなんですか?」
「キャストですから、血の繋がりはありませんけど、施設にいた頃から、あねさま、って慕ってくれてたんですよ」
「なるほどぉ……。にしても、楓ちゃん、何と言うか……」
「ん、何じゃ? あねさまは、渡さぬぞ?」
「わ、私、そんな事、言ってないよぉ!?」
あれから、あねさまの手を引いて、アフィンたちの元に戻った。そして、相棒と、共に戦った戦友だ、と、三人を紹介した。あねさまも、丁寧に名乗り、今に至る、というわけじゃ。
「あー、うん、とりあえず、相棒?」
「今度は、相棒かえ。だから、あねさまはーー」
「ーーそろそろ離れとけって。お前、とんでもねー勢いで、キャラ崩壊してっから」
「ふん、そんな、わけの分からん事を抜かして、あねさまを奪う気じゃろ? だーめーじゃ、あねさまの隣は、妾のものなのじゃー」
「ダメだ、処置なしだ、これ」
「さっきから、ずーっと、フーリエ先輩の腕にしがみついたまま、だもんねぇ……」
「あ、あはは……。久し振りに会えたわけですし……」
そう、久し振りに。
妾が家に入った年に、あねさまは、訓練校の三年次で、次の年には、アークスとなった。それから五年間、通信での会話は出来ても、こうして、直接お会いするのは、五年振りとなる。
「そう言えば、教官から、聞いていたな。大砲や爆発物の事で、何かあった時には、フーリエと言うキャストを頼れ、と。これ程早くに、お会い出来るとは、頼もしい限りです」
「アーノルドさんも、大砲が得意なんですか? でしたら、色々と、教えられると思います」
「ふふん。あねさまは、教え方も、上手いんじゃぞ? アーノルドや、心して、習うが良いぞっ」
「ふっ、そうさせてもらおう。フーリエ先輩、どうか、よろしくお願いします」
「はい、いつでもどうぞ!」
うむ。良い具合に、打ち解けられた。まぁ、あねさまの雰囲気は、柔和で、癒されるからの。成るべくして成った、と言ったところじゃな!
それから、少し時が経ち。あねさまと再会して、舞い上がっておった妾も、さすがに、頭が冷え、
「相棒や、済まなんだのぅ……」
「ん? 何がだ?」
ゆったりと飲み物を口にするアフィンに、謝った。
「そなたと姉君の話を聞いておきながら、あねさまに会って、浮かれてしもうた。無神経が過ぎたな……」
今、あねさまは、ユミナとアーノルドに任せて、食事を摂ってもらっておる。思えば、戻って早々に付き合わせたのじゃから、あねさまにも、悪い事をしてしもうた。
「何だ、そんな事か。ははっ、気にしてねーよっ」
そんな妾を、アフィンは、軽く笑って、許してくれた。
「ユク姉は、相棒も一緒に、探してくれるんだろ? だったら、今の俺は、それだけで十分嬉しいよ。それに、ユク姉が帰って来たら、今度は、俺の番だからな。俺とユク姉の仲の良さ、しっかり見せ付けてやるよ!」
「な、なぬ!? そなたと姉君よりも、妾とあねさまの方が、ずっと、ずーっと、仲が良いわっ!」
意地の悪い笑みで言うアフィンに、食って掛かる。そんな妾の眼前に、グラスが、掲げられた。
「だったら、俺は、お前の相棒として、
……アフィン。そなたは、まこと、優しく、強い男じゃな。
「なれば妾は、お主の相棒として、誓おう。
妾も、グラスを掲げ、
「乾杯じゃ」「あぁ、乾杯」
小さな音を、響かせた。その時。
『アークスのみんなーっ! こんにちはーっ!』
ショップエリア全体に、天真爛漫な声が、響いた。
「む? 何事じゃ?」
間を置かず、巨大モニターに、映像が映し出された。茶色い髪で、きらびやかな衣装を着た少女が、輝く舞台の上に、立っておる。
『訓練生のみんな、今日は本当に、お疲れ様ーっ! ダーカーがいっぱい出たって聞いて、心配してたけど、みんな無事で、ほんとーに、良かったっ! 修了任務合格、おめでとーっ!』
ふむ。あの少女は、家で見た覚えがあるな。確か、"クーナ"とか言う名前じゃったか。オラクル船団の『とっぷあいどる』なんだとか。
『みんなの無事と、合格をお祝いしよう、って、マネージャーにお願いして、ステージを借りちゃったんだっ!』
ほぅ。なかなかに、粋な計らいではないか。さして興味はなかったが、人気を博しておるのも、納得がいく。こう言った、奉仕精神がなければ、『とっぷあいどる』は務まらぬのだろうな。
『明るく、激しく、鮮烈にっ! みんなも、盛り上がってねーっ! 行っくよー、『Our Fighting』ッ!』
軽快な前奏に合わせ、モニターの中のクーナが、軽やかに舞い、踊る。見事なものだ。こうも堂々と、美しく舞えるのは、並大抵の事ではない。
「明るく、激しく、鮮烈に、か……」
「ん? 何か言ったか?」
「いんや。ただ、良い歌じゃ、とな」
恐らくは、全てのアークスシップへ、この映像は、届けられておるのだろう。多数、と言う言葉さえ生温い程の視線を浴び、彼女は、何を思って舞うのか。モニターの中の
公式設定では、フーリエは22歳ですが、都合上、本作中では11歳です。中身は原作と同じですけれど。
楓の祟りは、確率自体は低いですが、成就すれば、良くない事が起きます。軽く懲らしめる程度なので、病気を患ったり、怪我をするような事はありません。足の小指をぶつけやすくなるとか、ラッキースケベが増えるとか、そんな感じです。
終盤が、やや強引だったようにも思えますが、私の文章力では、これが精一杯です。
次回、序章終了です。
2017/08/08 20:08
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