日本現代神話   作:ウェイイ

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現実に目を向けよう。小説より奇なる現実に

AUC(ローマ建国紀元).2770

「へッへ…ヘックショイ!」

一夜明け、高くなりつつある陽が(オクルス)から差し込んだ頃、男は大理石の冷たさに目を覚ました。

思い返してみれば、昨日の記憶として男の脳内に記憶されている出来事は通常のベクトルでは語れないほどの異様さを帯びている。

現にこの男もこの大理石の冷たさが肌に伝わらなければ白昼夢の類として処理しただろう。

辺りは重厚な雰囲気の薄暗い中に柱が林立し、(しん)とした空気が漂っている。天井を見上げると極彩色の天井が朝の薄闇に浮かんで大変に幻想的でさえあった。

そんな中で微かな寝息をたてている彼女は凛として、ある種人間離れした美しさを醸し出していた。

こんなものを見せつけられると、男は取り返しのつかない事態に至ったことを否応なく自覚させられる。

男はふと、ため息を漏らす。

これはこの光景への感嘆であり、自らの立場への諦めであった。

 

そして男は神を名乗る少女の登場に気が動転し、真っ当な判断能力を活かすことが出来なかった。男は必死に、この話しかけてくる女神との対話の手段を模索した。

しかし、模索をすれど事例がない。

歴史を学ぶ男にとってこのことは死活問題だった。

学問が学問であることの効用とは、起こり得る問題に対する解決策を見出す手段にある。

男は自らが習って来た歴史の中からこの問題に対する解決策を探った訳である。しかし、優に7000年を超える人類史を見るに、神との接触はそれこそ何かしらの素質を見出された者であったし、第一にそもそもそれは神話や聖書、聖典の中だけの話だ。

男はそんな中でふと、聖書で言うところの預言者、それも神とファーストコンタクトした時の気持ちが分かった気がした。

しかし、そんな調子では問題は一向に解決しない。男は自らのアドバンテージである史学に学ぶという手段を完全に放棄し、己の記憶全てに検索をかける。

そして、この長い沈黙から生み出されたものといえば、よりにもよってオタク趣味も末期症状であろうかとある(・・・)ライトノベルの第1巻、その初っ端であった。

「神と魔術、

ネタは違えどファンタジー」

ふとそんなことを考えると男は、早速自らの持てる限りの常識(厳密には男がそう思っているだけのある種の思い込み)をフルに動員し、未知との対話を始めた。

 

「バッカス様、と言いましたか、私はこの現実が到底この世のものとは思えません。」

「もし仮に、仮にでもこれが現実というのであれば今すぐにでも元の姿に戻しては頂けないでしょうか」

 

口では敬語を話しているが、肝心の敬意は全くない。浮かぶ言葉は嫌味ばかり。ただ時間のみが刻々と過ぎるのを感じる。昼の陽は僅かに傾いて、流れる冷や汗がその時間を自覚させる。

男は言ったそれはもう、わざとらしい様子で、だ。

 

彼女は、ムッとすることもなくほろ酔い加減の雄弁になった口調で答えた。

「確かに戻すこと自体は簡単さ、だけどもね、信仰というのは依代が必要なのだよ。」

「それにだね、君がこうして私の存在から遠ざかろうとすればするほど神としての私から力を、存在意義を奪って行くのだよ?」

「君はせっかくの信仰を無にしてしまうのかい?」

そして彼女は男に微笑むと、「ついでに、」と言った。

「君のその敬語はやめたまえ、今のうち、君とボクは対等さ、砕けてくれて構わない」

 

「ま、信仰自体は他の方法でも稼げるさ、」

「君の懐次第、でね」

「私という存在がこの肉体で現界した時、君は確かにボクを崇拝していた。たとえキャラ的な意味でであっても、だ」

「だからこそ、君のやってるそのゲーム、君は課金したまえ、そしてボクを願ってガチャを引けばいいのさ」

「金さえあれば簡単だろう?」

「そう、驚くほどに、ネ」

なにせ彼女には武器があった。

2000年弱の時を経て復活した現世にあって信者と言えばこの男のみ、言ってしまえば信者と神とは対等に近く、さながら運命共同体のようですらある。

しかし、対等に近いと言ってはみるものの、人間を超越した存在が神であり、神が神である以上この差は永久に埋まることはない。

力の差こそが神を神たらしめ、そしてそれこそが天罰であり加護であり恵みであるのだ。

だからこそ、バッカスを信じ、そして現界至らしめた時点である点に於いてはすでに、この男は生殺与奪の権利を握られてしまっていると言っても過言ではない。

男は自らの立ち位置を察せざるを得なかったのだ。

信仰の正体を知ると、ある種の恐怖が身を包む。この世に神が最後に現れたのは約2000前、それもローマ支配下のパレスチナの出来事だ。自然科学の発展の中にあって神は否定され、神そのものも現れなかった。

御伽噺の出来事が真実であると感じたとき、信仰の重みに身が潰されそうにすらなる。

時間を空費する中で、それこそ神仏にでもすがる思いで言葉をひねり出した。肝心の神仏は目の前に存在する訳であるが…

 

「そ、それは随分と狡猾じ、じゃないでしょうか、俺と君は貴女の言うと、通りにあくまで対等の筈じゃ…」

 

「それはそうだね、では君はどうしたいんだい?」

 

男は重々しげに口を開いた。

「妥協を、ですね、していただきたいのです」

「無論貴女を無下にはいたしません」

 

「た、例えば神殿にする時間を二人で決めると云うのはどうでしょうか」

 

するとバッカスはクスッと微笑んで言った。

「ボクに妥協を求めるか…ま、良いだろう」

「時間割は後で決めるとして、だ」

「今日からっていうのはやめておくれよ?ボクは神といえど復活直後の身、それなりに疲れているんだ。」

 

そう言って彼女は酒瓶(アンフォラ)を担ぎ、薄布の張った寝台に姿を消した。

ブロンドの髪は夕暮れの光に照らされ、美しく色付いて見える。そして反射する光の神々しさといえば神を名乗る彼女の神秘さを増して見えた。

 

この一部始終を見た男の身に、疲労が溜まるのを感じた。到底夢とは思えないこの光景は男にとってあまりにも酷である。

バッカスの寝静まった今、やがて男は口を開いた。

 

「飯、食いに行くか…」

 

半ば気が動転している筈だのに食欲ばかりが湧いてくる。無意識の内にこの疲れを取り去ろうとしているのか、それとも単なる現実逃避か、はたまたその両方か、それは男にもわからない。

その時男の腹は、呑気にもスパゲティに決まっていた。ただそれだけは明記しておこう。

実はこう見えても男は考えていた。ギリシャローマで信仰されていた神の出現に、ある種男は連想ゲームをした。古来より盛んに生産いたオリーブと、中世以降の食文化の傑作であるスパゲティ。

男の腹は一連の騒動の中、無意識に夕食を決めていたのだ。

歩いて15分、千葉県の生み出したレストラン。リーズナブルな価格がウリのレストランで夕食を取った。

オリーブオイルのスパゲティは唐辛子がピリッと効いて心地が良い。

だが男は悠長に味わう余裕すら残されていなかった。

変わり果てた筈の家を求めた男はそそくさと会計を済ませ、男は家路を急ぐ。

夏の熱帯夜の中にあって冷や汗をかき続けて歩くのはこの男くらいだろう。

彼の家はもはや家では無かったのであるからだ。

頭の中では分かっているものの、どこか家に帰ると何も変わっていない気すらした。

 

非情な現実の息巻く街に居場所なき男の虚しさが消えた。

男は大理石の床に泥のように眠る。

パソコン前に唯一残された座布団を枕にして




毎度毎度思うのですが、ラノベやアニメの適応能力って半端ないですよね。
この作品では少しでも現実に即した反応を目指したのですが、結果的に現実離れした反応となってしまいました。
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