「落ち着いて」
「はい」
耳元でザワザワと雑音が聞こえてくる。 波打つようにその音は大きくなったり小さくなったりして、まるで頭の中をかき混ぜてくるようだった
「…………」
それのせいで目が覚める。 視界が開けてくると、辺りは緑色で描かれた『0』と『1』の羅列が浮かんでいた
「………………」
……私、一体どうしちゃったんだろう……。 確か、デカい奴にやられて……そうだ、剣!
「……!」
胸に手を当ててみると、刺さっていたはずの剣はなく、ごつごつとした感触が伝わってきた
「…………痛っ」
それを強めに押してみると、ズキズキと痛みを感じた
「…………」
痛みに顔を顰めながら胸元を確認してみる。 そこにはひし形の結晶が埋め込まれ、結晶からは淡い光が溢れてきていた
「…………!?」
結晶に見とれていると、足が何かに着いた
「…………浮いてた?」
思っていたことが、つい口に出る。 視線を落とすと『1』の羅列の上に立っていることがわかり、それが奥までずっと続いていた。 後ろの方では、遠くに『0』で壁ができていた
「…………」
……出口は……どこかな……
><><><><
窓から差す光が、部屋の中を赤く染める。 部屋の中には三人居り、皆が今も目を覚まさない一人の少女を見つめていた
「まだ見つけられない?」
「強固な作りになってて、なかなか探しに行けないですぅ」
白髪の少女レイに尋ねると、レイが困った表情をしながら返事をした
「…………っ」
……管理者権限があっても探すことができないのか……。 このままじゃ神奈が……
「神奈は……どうなっちゃうの?」
「……!」
隣で神奈の友人、真貴奈が心配そうにしていた
「…………AIを休止、操作モードをオートからマニュアルに……直接操作に入ります」
「な、何を……」
急にレイの様子がおかしくなり、ぶつぶつと何かを呟いた後、俯いてしまった
「…………レイ?」
様子のおかしなレイに、恐る恐る声をかけてみる
「……家のお姉ちゃんが迷惑かけてるみたいですね」
「!?」
喋ったかと思うと、その声はレイのものとは全くの別物になっていた
「……お姉ちゃん? 神奈が言っていた妹?」
レイが顔を上げ、こちらを見た
「その通りです。 その様子だと、お姉ちゃんが私のことを話したみたいですね」
「え? ……ああ」
……いつものおっとりした性格じゃない。 どう接すればいいんだ、これ
「急に口調が変わって驚いているみたいですね、この子は私がメンタルケアサービスに紛れ込ませておいたAIです。 それに入り込んでいるだけです」
「その声……劉ちゃん?」
「お久しぶりですね、真貴奈さん」
……二人は知り合いなのか
「神奈は……神奈はどうしちゃったの?」
真貴奈がレイに尋ねた
「……お姉ちゃんは今、データを分離されて直接手出しをできない場所に飛ばされています」
見たことのないパネルを次々に出現させながらレイが言った。 その中には、以前レイが展開させていたものもあった
「そこに唯一干渉できるのは、開発者である茅場晶彦だけです」
……茅場……晶彦……
「連れてくればいいのか?」
「いえ、頼めばできると思いますが……どこにいるのかわかるんですか?」
「ああ」
……もし動いていなかったら、まだあの部屋にいるはずだ
「頼むのなら急いでください。 私は引き続きサルベージとセキュリティの解除を試みます」
「わかった」
メニュー画面からフレンド一覧を表示し、とある人物を探す
「劉ちゃん、私はどうしたら……」
「真貴奈さんは……このモニターを監視しててください」
「……これ?」
横目で様子を見ていると、投影された画面には心電図が映し出されていた
「……」
目当ての人物に対して通信を送り、応答するのを待つ
「……レイ」
応答を待ちながら、レイに話しかける
「劉って呼んでください。 何ですか?」
「……他に何か案はない?」
応答切れで再度送りながら聞いてみる
「他の手段ですか?」
「このまま繋がらなさそうだから」
三回目の応答切れを見ながら言う
「最終手段ですけど、データの壁に穴を開けて道を作ります。 これの難点は無理やりこじ開けるせいで修復できないから、致命的なバグになってゲームに支障をきたす可能性が高いです」
「いきなり最終手段か…………」
半ば嫌がらせのように何度も何度も通信を送りつけながら、その案について考えてみる
……データに傷をつけてしまうのか。 それ以外にないなら仕方ないか……
「……その最終手段を実行して」
「……プレイヤー全員が常に危険に晒されることになりますけど?」
……そんなことはわかってる
「姉を救いたくないの?」
「先のことを考えて言ってます。 いくら私の姉でも、助けるためだけに他のプレイヤー全員が理不尽な理由で全滅することはしたくないですよ」
「…………」
正論に返す言葉が見つからなかった。 胸の内で、苛立ちが募ってくる
『……そういえば、私のフレンド情報を今のところ持っているのは君だけだったな』
「!」
ようやく繋がったのか、男の声が響いてきた
『何か用か?』
「システムの最奥部にアクセスするための権限が欲しい」
『…………』
しばらくの間、沈黙が続く
……駄目か?
『……何かわけありのようだな。 すぐに手配しよう』
「話しが早くて助かる」
『正体をばらされては困るからな』
……どうやら私は、いつの間にか強力な味方をつけていたみたいだ
「!」
着信音とともに、プレゼントボックスに文字化けした鍵のアイコンと四角いキューブが追加されていた
「ちゃんと使えるのか?」
鍵を取り出して物色してみる。 所々認識できない部分があるのか、形がぼけてしまっていた
『本来はアイテムではないからな。 それを使えば直接最奥部を行き来できる。 だが……』
……だが?
『今はデータのリフレッシュ作業を行っている。 中に入ったら巻き込まれて消滅してしまうぞ』
「なんでそれを早く言わないんだ!!」
鍵を使用し、空間に開いた真っ暗な空間に向かって勢いよく飛びこんだ
><><><><
「はぁ、はぁ……」
周囲の景色が赤く染まっていく中、数字の『1』の羅列でできた道をひたすら駆け抜ける
「……っ」
振り返れば、遠くから真っ赤な『0』の壁が迫ってきていた。 その壁は遠くからでもわかるほど巨大で、だんだんと距離を狭めてきている
……何なのあれ……どうして追いかけてくるの……?
「!」
足がもつれ、勢いよく転がった
「……っ」
立ち上がろうにも、疲労が溜まりすぎて動けなかった
「…………!!」
周囲の数字が段々と『0』に変わっていき、身体が徐々に地面に沈んでいく
「…………」
もがこうとしても、身体がいうことを聞かなかった
……誰か……助けて……
「神奈!!」
「!!」
どこからともなくフィーストの声が聞こえてきた。 沈みかけていた身体を引き上げられ、そのまま抱き締められた
「……フィー……スト……?」
「間に合ってよかった……」
何か硬いものを握らせられる。 見てみると、半透明の四角い物体が淡く光を発していた
「神奈……大変な思いをさせて……ごめん」
「……!!」
フィーストに謝られると同時に目の前が眩しくなり、意識が飛ばされた
><><><><
「!」
気が付くと、周囲は明るかった
「…………?」
ぼやけた視界に、クルクルと回る謎の物体が映る
「神奈!?」
「?」
それについて何なのかを思考していると、自分の名前を呼ばれた
「っぐ……!」
声のするほうへ向くと、誰かがいきなり抱き着いてきた
「良かったぁ~……」
真貴奈の声をした人物が、まるで猫のように頬ずりしてくる
「…………!」
ようやく視界が元通りになると、抱き着いてきていたのは真貴奈だということがわかった
「そのままにさせておいたら?」
「!?」
とても聞き覚えのある声が、すぐ傍から聞こえてきた
「……?」
その方向へ向いても、レイしかいなかった
「……今、劉の声がしたような……」
「そこまで勘の鈍い人だとは思わなかった。 ちょうどすぐ傍に本体があることだし、悪戯しちゃおうかな?」
「すみませんでした!!」
本物だと本能的に察知して、即座に謝る。 全身からジワリと汗が出てきたような気がした
「……あれ?」
ここで違和感を感じた
「劉はどうやって入ってきたの?」
違和感を口に出す
……今までレイだと思ってたのが劉だったら……後が怖い……
「みんながゲームの世界から抜け出せなくなってから一か月の間、ナーヴギアの根本的な部分を即席で複製したの。 それを使ってこっちに来てる」
劉が周囲に出現させたパネルを操作しながら言った。 その中の一つに、どこかで見たような男性の姿が映し出されていた
「……ログアウトできるの?」
「できるけど?」
「…………」
チラリと真貴奈を見る。 いつの間にか寝息を立てて眠ってしまっていた
…………そうだ!
「フィーストは?」
「ここにいるよ」
「!!」
驚いて声のする方に向くと、椅子の背にもたれかかったままフィーストが手を振ってきていた
「その様子だと……大丈夫そうでなによりだよ……」
すごくだるそうに言ってくる
「フィーストは……見るからに大丈夫じゃなさそう」
「そう見えるなら……感覚も問題なさそうだね」
……視界明瞭バッチリです
「……はぁ、久々にいいスリルを味わった」
「…………いいスリル?」
ため込んだ空気を吐きだしながら話す口調がおっさんぽい、と言おうとするのを堪えて聞く
……いいスリルって……スリルにいいとか悪いとかあるのかな……
「生死を分ける、ってほどじゃないけど……滅多にこないものかな」
「…………」
……この人、マジなタイプだ……
「あの後、どうやって脱出できたの?」
「脱出用のアイテムが動作不良起こして、逃げ回ってた」
フィーストが、懐から欠片を取り出して見せた
「それ……」
「神奈に使ったやつの成れの果て。 ヒビが入った時は戻れないんじゃないかと焦ったよ」
……あのキューブか。 一か八かで試したのね。 賭け事が好きなのかな
「…………っ!!」
突然、強烈な痛みが胸元から伝わってきた
「……神奈?」
フィーストが心配する中で痛みを引き起こす原因を見てみる
「……」
見てみるといつの間にか自分がインナー姿になっており、胸に付いた結晶に真貴奈の手がグッと押し付けられていた
「っ!」
痛みを堪えながら、起こさないように真貴奈の手を退けた
「……痛む?」
フィーストが訊いてくる
……フィーストなら何かわかるかもしれない
「これ、なんなの?」
「それは……」
聞き返すと、フィーストが口ごもった
「……?」
なんだか言いづらそうにしていた。 視線も合わせようとしない
「…………」
……そんなに信頼されてないのかな……
「……言いたくなかったら別にいいよ」
「……ごめん」
……今更隠すことなんてないのに……もう
「…………話は終わった?」
「うん……」
フィーストの態度に頬を膨らませていると、劉が話しかけてきた
「それで、お姉ちゃん」
「何?」
「メニュー画面を開いた時にわかりやすくボタンを配置させてもらったんだけど……押した?」
「あ、うん……」
……ゲームに入ってすぐに押したあのボタンのことかな
「押したけど、どうかした?」
「押すと色々と制限が解除されるの。 例えば……」
そう言って、劉が色々とスイッチを出現させた
「これで無敵になれる」
「それじゃ楽しくない……」
「言うと思った。 他にも、システムをある程度操作してスキル発動までの時間を短縮できるようになるものもあるよ」
「…………」
……なんてことだ。 あのボタンはそんなの大変なものだったのか
「それって誰が操作できるの?」
「私」
劉が自身を指さす
「なんとかしてこれたからいい……」
「そのなんとかできなかったときのためにやってる」
「……!」
あの異質な敵に敗れた時のことが、頭の中に浮かんできた
「…………」
……次は気を付ければいいだけ……
「……劉」
「!」
ここでフィーストが劉を呼んだ
「私が……私が神奈を守る」
「これからもさっきみたいに上手くいくとは限らないです」
……初対面のはずなのに、どうして劉はこんなに突っかかってるんだろう
「現に危険な目に遭ってお姉ちゃんは死にかけたんですよ? 事がほとんど終わってから駆けつけてきた人には守らせたくない」
「っ…………」
劉の言葉にフィーストが言い返せず、俯いた
「劉……フィーストは私を助けてくれたんだよ?」
「……はぁ……」
劉がため息をついた。 そして、操作しているパネルを閉じてフィーストと私を交互に見た
「……お姉ちゃんがそういうなら、不本意だけど任せることにする」
「!」
「でも、もし仮にこのようなことが再び起きた時は……覚悟してください」
「……わかった」
劉がメニュー画面を開き、アイテムボックスを調べ始めた
「何してるの?」
「この子に必要なものを選んでる。 そろそろ戻らないといけないから」
……レイがパワーアップされるんだ。 ……いい方向に成長してくれるといいな
「またこっちに来るの?」
「もう来ないよ」
「…………」
劉がメニュー画面からログアウトボタンを表示させた
……魔法が使えないのがそんなに嫌なんだ……
「この子も戦力に組み込ませるから、ちゃんと面倒見てあげてね。 それじゃ」
「!」
一方的に話を切ると、劉がログアウトボタンを押してベッドに突っ伏した
「……ん」
突っ伏したかと思うと、すぐに起き上がった
「……現在時刻を確認……終わったんですぅ?」
「うん……」
寝ぼけ眼に気の抜けるようなレイの口調に、文字通り脱力しながら返事をしておく
……この思わず殴りたくなる感じは……安心できる
「では今後の関係の進展のために――むぅ」
レイが顔を近づけてくるのを押し戻す
「ヒドイ……私とマスターは一心同体じゃないんですぅ?」
「ごめんね……そんな趣味ないから――っ!」
レイが真貴奈を押し退けて跨ってきた
「マスターは恋に身を焦がれて、内心で早く付き合いたいって焦ってるんじゃないんですぅ?」
「……!!」
……なぜ……それを……
「隙ありですっ!」
「!?」
気が逸れた瞬間を狙ってレイが密着してきた
「神奈、私は先に休ませてもらうね」
「え? あ、どうぞ」
自分が、健全ではない向こう側に引きずり込まれてしまうかもしれない状況に陥っているのにも関わらず、フィーストに対してちゃんと返事をする
「……お休み」
そう言って、フィーストはもう一つのベッドに潜り込んでしまった
「マスタぁ~、練習だと思って」
「嫌……だって――っ!」
レイの指が胸元の、ちょうど結晶の周りを円を描くように撫でてくる。 それによって痛みではなく、くすぐったさが伝わってきた
「マスターの身体の構造は、完全に把握しておりますの」
……ん?
「……レイってそんなキャラだっけ?」
「自己の成長と進化の為に、常日頃から膨大なデータを糧にして学習していますのよ?」
……なんとか成長期? って言ってる場合じゃない!
「そんな口調になったって嫌なものは嫌だからね!」
……おっとり口調が、お嬢様成分? 口調になったとしても!
「そういうことを言うと……身体も成長させてしまいますの」
「……え?」
レイが指を動かすのを止め、密着させていた身体を起こして自身の胸元に自身の両手を添えた。 その瞬間、レイの身体から光の粒子が舞い始める
「す、ストップ! そのままでいい。 そのままでいい!」
「そうですの? それじゃあこの身体のままイケナイ遊びをしちゃいますの?」
「それ自体ストップ」
……学習しててもおかしな方向に進んでいるんじゃないのかな、この子は。 ……っとそうだ
「レイはどんなふうに学習してるの?」
「私が自分で考えて学習をしておりますの。 許容量はおよそ2エクサバイト。 自我を成長させるにはそれでも足りないくらいですの」
「え、エクサバイト……?」
「大きさは……10が18個並んでいますの」
……よ、要はとてつもなく大きいということか。 それでも足りなくなっているなんて……
「足りなくなってきているから、今あるデータを圧縮して、それと同時に増設していく予定ですの」
「ふ、ふーん……そうなんだ」
……機械には疎いから言ってる意味がわかりませぬ
「んで、なんでその口調になってるの?」
「あんな口調では、いつまでたってもマスターと愛を育めませんの。 イメージチェンジというやつですの」
「…………」
……やっぱりそれがしたいだけなのね
「……他の人じゃダメ?」
「マスター以外は嫌ですの」
……あ、そうなの……
「……ん、う~ん……」
「!!」
騒音のせいか、眠っていたはずの真貴奈が目を覚ました
「……あれ、寝ちゃった……――っ!?」
身体を起こした真貴奈と目が合った
「……か、神奈ってそういう趣味があったんだ」
「………………」
……なんか、前にもそういうことを言われたような気が……
「レイちゃんをどうする気!?」
「いや、状況を見てよ。 どうみても襲われてるの私でしょ」
唐突にメニュー画面を開きだす真貴奈
「えっと……他の友人に映像として……」
「まままま待って!!」
……そんなことをされたら、社会的に生きていけなくなっちゃう
「……マスターとの愛を邪魔する気ですの?」
「あ、レイちゃんが自分からしてるのか。 ならよし」
「え……」
真貴奈がメニュー画面を閉じて立ち上がった
「ど、どこに行くの?」
「部屋が下の階層にあるから一旦戻るの。 それじゃあ、ごゆっくり」
真貴奈が扉を開けて、外に出ようとする
「行かないで!! 助けて!!」
その声に真貴奈は手を振って、出ていってしまった
「あ……あぁ……」
……真貴奈……親友だと思ってたのに……ヒドイ……
「ようやく、二人きりになれましたの……」
「いっ……!」
レイが再び身体を密着させてくる
「そ、そこにもう一人いますけど……?」
「寝てしまっているから問題ありませんの」
……私には大問題なんですけど!!
「ふふっ♪ まずは……」
「!!」
これから起こることをさせないためにレイを退かそうとするが、抵抗しようとした途端、身体が鉛のように重くなって動かせなくなってしまった
「抵抗されたら簡単に抜けられてしまうから、反応を鈍くさせていただきましたの」
「うぅ……」
スポーツブラのようなインナーを脱がされ、まるで拘束するように手首のところで止めてきた
「い、嫌……」
「愛しの殿方に取られる前に……私が貰ってしまいますの」
「嫌ぁああああああ!!」
><><><><
「ふぁ~あ……」
「……っ……ひっく…………」
目が覚め、身体を伸ばしながらあくびをしていると何やら嗚咽のようなものが聞こえてきた
「…………」
嗚咽の聞こえてくる方向はもう一つのベッドの方からだった。 ベッドの方を向くと、レイがスヤスヤと眠っていた
「……えぐっ……」
その後ろには神奈がいた。 時々声を漏らしていることから神奈が発生源らしかった
「……?」
……特におかしなところはないはずなのに、どうして神奈は……
「……神奈?」
「!!」
反対側に回って名前を呼んでみると、肩をビクッと震わせてこっちを見た。 そして目を伏せる。 頬にはまだ涙が伝っていた
「どうしたの?」
「……もう……おヨめニイケナイ」
「え?」
言語機能にさらに障害が発生しているのか、後半部分に音声の乱れを感じた
「…………」
……お嫁に行けない? ……もしかして
「……!」
シーツを半分取り払ってみると、神奈は中途半端に下着を脱がされた状態になっていることがわかった
「……」
あまりにも可哀そうだったため、掛け直した
……レイがやったってことでいいか
「ん……」
「!!」
それに反応したのかレイが身じろぎし、神奈が怯えた表情になった
「……っん……」
起きそうで起きなかったようで、シーツをもぞもぞさせて神奈に抱き着いていた
「…………レイ」
「……はい、ですの」
私の声に素直に起きるレイ。 身体を起こしたはずみでシーツがずれ落ちると、レイもまた、何も身に着けていなかった
「とりあえず、神奈から離れて服着て」
「わかりましたの」
レイが大人しく従い、ベッドから降りて初めて会った時と同じワンピースを着始めた
「ねえ、レイ。 私が寝ている間に神奈と何をしてたの?」
大体の予想を付けつつも聞いてみる
「マスターと愛を育んでおりましたの」
ワンピースの裾を引っ張りながらレイが答える
「レイは女の子じゃなかった?」
「愛を育むのに、性別なんて関係ありませんの」
「……………………」
……どこでそんなことを。 というか……
「その口調、一体どうしたの?」
「自己を成長させる過程で、なんとなく選びましたの。 期待を上回る結果になって良かったですの♪」
にこにこしながらレイが言う。 レイを囲う雰囲気は駄目だったものからちゃんとしたものに切り替わっている気がした
「…………」
神奈がシーツに包まりながら起き上がってきた。 なんとなくレイを気にしながら
「…………」
「…………?」
ジッと神奈がレイを見ていると、レイもまた、首を傾げて見返した
「マスター……そんなに嫌でしたの?」
「…………」
無言で神奈が頷く
……そういえば、うやむやにされたからもう一度聞いておこう
「何をしてたの?」
「愛を育んでおりましたの」
私の方に向き直って、レイが返事をする
……オウム返しされてもな……
「もっと詳しく」
「実際は……キスだけですの」
「ふーん……」
神奈をチラッと見て、それからレイを見る
……なんで裸になってた、とかは言わない方がいいか
「キスだけで……あれですの」
レイが再び神奈を見た。 当の神奈は今もレイを見ていて、ほとんど瞬きをしていなかった
……すごい、まるで警戒レベル最大で睨みつけてる猫みたい
「キスをするのに脱がすの?」
「そうするのが普通ではありませんの?」
……普通? 服を脱がしてからするのが? それって本番だけだと思ってたけど、キスだけでも脱がしにかかるのか?
「……よくわからないからそのままでいいよ」
「そのままでいきますの」
「……駄目に決まってるじゃん」
ボソッと神奈が何かを言ったが、聞き取れなかった
「出会った当初から毎回毎回抱き着いてきて、終いには……さっきみたいなこともしてくるし……」
「マスター、何か変わったことはありませんの?」
華麗に神奈の呪詛をスルーして、レイが神奈に聞いた
「何が……――!!」
何かに気付いたのか、神奈は驚きのあまり口元を押さえて目を見開いた
「言葉が……戻ってる……!」
「はい。 マスターのため、とのつもりでしたけど……なかなかさせてくれなかったので強引な手を使わせていただきましたの」
……邪な理由でしたってわけじゃないのか
「レイ……」
「マスター……」
神奈の表情に安堵の色が浮かぶ
「……だったら言ってくれればいいのに。 似たようなもの以外の別の方法でお願いするけど」
ほんの一瞬だけだった
「寂しいですの」
「…………もうしないなら近くにいてもいいよ」
「もっとしたいですの」
「……半径一メートル以内に近づかないで」
「嫌ですの」
レイが近づいていき、同じ極同士を近づけた磁石のように神奈が離れる
「マスタぁ~……離れちゃいやですの~」
「そんなにしたいならフィーストとしてればいいじゃん。 ……どうせ身体目当てなんでしょ?」
「さっきも言った通り、嫌ですの。 最初にリードしたとしても、すぐに主導権を握られてしまいますの。 それに……」
レイが恥ずかしそうにこっちを見てくる
「……激しすぎますの///」
「…………」
神奈が侮蔑の念を込めた目で見てくる
「……変態」
「っ……!」
何気にその言葉で傷ついた
……初めて言われたよ、そんなこと……
><><><><
がっくりと肩を落として真っ白になっていそうなフィーストを、睨みつける
「隙あ――きゃっ!!」
やられる前にレイを吹き飛ばす
「近づくなら手を出すよ?」
「……うぅ……なんだか本気にさせてしまったようですの……」
お腹を押さえながらレイがのろのろと立ち上がる
「事あるごとに口にパンを突っ込まれたときのことを思い出しましたの……」
「パンだと消費が激しいから今度から腹パンね」
「それでも……マスターとの愛を諦めたくありませんの」
……なんか、私が悪いみたいになってる……?
「…………」
「…………」
そして対峙する
……とりあえず無力化させよう
「ふっ!!」
「っ!?」
瞬時に距離を詰め、勢いに任せてレイに向けて両手を突き出し、吹き飛ばす
「…………」
壁に叩きつけられ、動かなくなるレイ
……意識を飛ばすつもりでやったから、しばらくは……
「!!」
起き上がってきた。 しかも、今度は普通に
「不意を突かれなかったらこの通り、ですの」
レイが両手を広げてくるくる回った
……無傷だなんて。 そういえば、感触がやけに硬かったような……。 何か仕込まれているのだとしたら……
「……ちっ!」
「舌打ちされるとは思いませんでしたの」
再び吹き飛ばすために構えに入る
「はいはいそこまで」
「……!」
いつの間にか復活したフィーストが間に割って入ってきた
「レイ」
フィーストがレイに話しかける
「はいですの……」
「仮にも神奈のサポートなんだから、レイが邪魔しちゃダメでしょ」
「……サポートのつもりでしたの」
……口移しじゃないといけないんですか
「別の方法をお願い」
「わかりましたの」
「……!」
素直に従ったことに、若干驚いてしまった
「それで神奈」
「…………」
……今度は私か
「レイが好意を持って近づいてきてるのに、突き放しちゃだめだよ」
「邪気も含まれてるっぽいんですけど」
「その辺は私がなんとかしてあげるから心配しなくていいよ」
……不安になってきた
「…………」
レイから目を離さずに構えを解く
「……そんなに見つめられると……身体が熱くなってきますの///」
「…………」
そっと視線を外した。 見ていると毒されていく気がした
「神奈ぁー? 起きてるー?」
「!」
扉の方から真貴奈の声が聞こえてくる
「……起きてるよ」
「昨夜はお楽しみでしたか?」
「冗談言ってると、トラップの餌食にしちゃうよ?」
「あー! 聞こえなーい!」
叫びながら真貴奈が入ってきた。 それを半目で見る
……空気読んでほしいなぁ
「何か食べに行かない?」
「……うん」
……そういえば、動いたからお腹空いた
「私も行きたいですの」
「じゃあレイちゃんも」
ガッツポーズを決めるレイ
「フィーストさんは?」
「私も行こうかな」
「じゃあけってーい」
……レイは……何かしてきたらパンか腹パンをお見舞いしてあげればいいか
><><><><
「…………」
「神奈、食べないの?」
「いや、その……」
……大体、こうなることは予想できていた
「マスター……あーん、ですの」
「…………」
プレイヤーが比較的多くいる第一層に移動した私たちは、前に拠点として使用していた宿屋の食堂にいた。 なんでも、知り合いで料理スキルを習得した人がいるらしく、その人がそこにいるらしい
「マスター、ほら」
両手を後ろで縛られ、レイから執拗な精神攻撃を受け続ける私。 フランスパンの在庫が切れたせいで有効打を与えることができず、今に至る
「そのマスターって言うのは赤の他人が居るところでは言わないんじゃなかったの?」
「その赤の他人の方々には聞こえていないので、心配しなくていいですの」
「……」
試しに辺りを見回してみるが、私たち以外で今ここにいる人たちには聞こえていないようだった
……人のいるところに出るときには隠しているけど、興味がないからといって、耳と尻尾はさすがに出したらまずいかもしれない
「食べてくれないとグレードアップ……」
「わかったわかった」
レイから漂う危険なオーラを本能的に察知し、仕方なく、さっきからフォークを持って口元に食べ物を近づけてきているレイの意図を汲み取り、食べてあげる
「……うん、おいしい」
「でしょ?」
真貴奈が反応した
「リアルでの経験を活かして味のデータを細かく分析したら、ここまで再現することができたんだって」
「へぇー」
料理に視線を落とす。 見た目から味を想像でき、そして見事にマッチングしているところから、かなりの努力をしてきたことがわかった
「味の分析なんて、大変だったんじゃないの?」
「そうみたい。 だけど、職人気質だから大丈夫かな、多分」
「……」
……しばらくぶりに、こういうのを食べた気がするなぁ
「……あれ、レイちゃん?」
「?」
真貴奈の声に、レイを見る
「…………」
見るとレイは、手に持ったフォークを見たまま固まっていた。 時々、私を見ながら
「……マスターが口を付けた……あのマスターが……」
「………………」
どうやら、食べたことに衝撃を受けているらしかった
「……一体……どういう風の吹き回しですの?」
……とても失礼なことを言われた気がする
「私のために尽くしてくれていることを知ったから、少しでも何かしてあげれたらなぁ……って」
建前だ
「マスター……うぅ……」
レイが目元を拭う仕草をした
「そんなに想ってくれているなんて……感激ですの」
「感激してくれてるなら、この縄を解いてほしいな」
「それはできませんの」
……そうですか
「解いたら自分で食べてしまいますの」
「そりゃそうだよ」
「それではいけませんの」
「何がいけませんの?」
……いけない、口調が移った
「私が食べさせてあげたいですの」
「……はぁ」
あまりにも単純すぎる答えに、溜息が出てしまった
「食べるのに時間かけてらんないよ」
「じゃあ、早く食べさせてあげますの。 ほら、あーん」
「…………」
食べ物を近づけてくるレイ。 それに渋々口を開けて頬張る
「あと一口ですの」
「……んっ……周りの人達が見てるよ」
「その辺りはご心配なく。 ただのお戯れにしか見えてませんのよ?」
「…………」
周りの人達に目を向けてみると、知り合いや仲間たちと談笑していて、こちらには見向きもしていなかった
「……あ、そう。 ……んんむ」
「はい、おしまいですの」
「……っはぁ」
恥ずかしいやり取りがようやく終わり、ほっと安心する
「……!」
……コップが取れない
「……レイ、もういいでしょ? 縄解いて」
「やりたいことはもうやりましたので、構いませんの」
レイが私の後ろに回り込み、縄を外しにかかった
「はい、オッケーですの」
「ん……」
両手が解放されたことを確認して、水が入ったコップを手に取り、一息つく
「これで縛られてなくて、お互いに食べさせっこすれば……」
真貴奈がぶつぶつと何か言っている
「……それは、まだまだ難しそうですの」
「そういうことをやるのは、俗にいうバカップルだけだからね。 神奈がおバカにならないと無理だよ」
うんうんと頷きながらフィーストが言った
「よかった。 私はまだ大丈夫みたい」
「本当の人に付き合うとやっていそうだけどね」
「…………」
頭を抱えたくなった
……私、将来そんなことやってるのかな
「それで、これからどうするんですか?」
「とりあえず、階層攻略していかないと」
頭を抱えている傍で、真貴奈とフィーストが話し合っていた
「真貴奈の方は?」
「神奈達と別れるのは惜しいですけど、友人達が心配なので向こうに戻ります」
「わかった。 それじゃあまた」
頭を抱えながら見ていると、真貴奈が食堂から出ていった
「マスターはどういたしますの?」
「!」
レイが訊いてくる
「……階層攻略、かな」
「味気がないから、私が決めてしまいますの」
「え……」
……どうせ、愛を育むとか言い出すんだろうなぁ
「ズバリ、ギルド結成! ですの」
「ギルド……?」
無い胸を張って言ったレイの言葉は予想外のものだった
……今までソロでやってきたし、劉が付けてきたチートのこともあるし、何よりも早く現実に戻りたいこともあるから……
「……却下かな」
「……マスターがそういうなら仕方がありませんの」
レイがしょぼんとした
……こういう喜怒哀楽がはっきりしてるタイプにこそ、猫耳と尻尾は必要だったんじゃ……。 ……劉に頼んでおけばよかったけど、すっかり忘れてた
「じゃあ、迷宮を攻略して、どんどん上に上がっていくってことでいいですの?」
「うん」
「今すぐ行っちゃいますの?」
「フィーストの意見も聞いてから」
……さすがにすぐには行かないと思うけど……
「フィーストはどうするの?」
「今すぐ攻略」
「はい……」
……こういう人だってこと……すっかり忘れてた……
「じゃあ、早速行こうか」
「はいですの」
フィーストが椅子から立ち上がり、レイがそっちに行った
「神奈も、ね」
「…………はい」
……フィーストって……疲れ感じないのかな
フィ「向こうでも質問コーナーが開いたから、こっちでも開くよ。 こっちではまずいタイプはいないから積極的に」
カ「はいはーい」
フィ「どうぞ」
カ「色はともかく、腰まで届く長い髪、口調の癖が『ですの』とか……あの妖精やロリっ娘を――んぐぐぐ」
フィ「それ以上はいけない。 参考にしたって言ってたからバレ……あっ」