“私がしてほしいこと”
このタイトルで書くことを求められた作文。各々が筆を進めるなかで一人、全く動けない者が居た。
その職業柄自分の欲を言うのはご法度とされている智は頭を抱えていたのだ。
────自分、神職ですから
神職は施しの職業なのだ。他人に何かをしてあげるならばまだしも自分が何かを“欲する”などあってはならない。
とはいえ書かなければ理不尽な目に合うことだろう。とりあえず自分のしてほしいこと上位三つを脇に書いてみる。
1:誰か境内の掃除代わってくれませんか←サボりは却下
2:誰か御菓子やお料理作ってください←飽食!
3:誰か父の無理矢理な若者言葉を止めさせてください←お父さん撃沈!
改めて頭を抱える。内容もさることながら3つ目とか良いんじゃないのか?と思わないでもない。
因みに先程の中休みで他の面子にそれとなく聞いたのだが、どいつもこいつも慾望、煩悩、全力全開、フルスロットルでかっ飛ばしていた。
ハイディ:「シロ君に口では言えないことを」
アデーレ:「誰か少し背丈を伸ばしてくれませんか」
喜美 :「金!暇!美貌!嵐のおバカは私を養いなさい!」
酷かった。
よくよく考えたらこのクラス基本的に煩悩が先走っている奴らばかりだった。
先程男衆などスクラム組んで話し込んでいたが内容など高が知れている。
例として挙げるならシロジロ、それに点蔵やウルキアガや御広敷などだろうか。
金、エロ、エロ、ロリである。
こちらも酷い。
「いや拙僧は、貴様ほどでは、ははは」
「いや自分も、貴殿ほどでは、ははは」
「小生のこれは生命礼賛です!そしてロリコンではなくフェミニスト!」
教室の隅で肩組んでアホなこと言ってるエロ煩悩に塗れた二人とその傍らで宣言するロリコン。
これは酷い。
だが、ほんの少し味気無い。
「…………」
「…………」
常ならば一緒にバカやっているトーリと彼等に呆れながらもそばで見ている嵐。
智はそんな二人を振り返り小さく息をつく。
今日は皆が彼等を気にしている。
会話の合間合間で視線を送ったり、それとなく声を大きくしてみたり。
心配しているのかと問えば、揃って首を横に振って否定するだろう。だが、気にはする。それが皆の関係性だ。
昨晩、ホライゾンの元へと駆けた二人に何があったのか智は知らない。
連れていかれた番屋ではオリオトライの執りなしがありどうにかなったが嵐に関しては少々睨まれることとなったらしい。
────あんなトーリ君を見たのも久しぶりですし、怒った嵐君を見たのも久しぶりですよね
常にヘラヘラと楽しげなトーリや言動荒いが根が優しい嵐。基本的にこの二人はこの状態がニュートラルだ。
そんな彼らが荒れて、落ち込んだとき、嵐を戻したのはある意味彼自身であり、トーリを戻したのは喜美と嵐なのだ。
葵姉弟や嵐、それに智の四人は長い付き合いである。その始まりは初等部よりも更に前、親の付き合いによる顔合わせより始まっていた。
ネジは飛んでいないがバカであったトーリが突っ走り、その後を追う喜美やホライゾン、そして智に最後尾をちんたら走りながらも何かあれば真っ先に追い付いてくる嵐。
いつ頃、恐らく初等部のヴァレンタインの祭りを意識する頃から自分は彼に好意を持っていたのでは、と智は思い出していた。
恋人達の守護聖人であるヴァレンティヌスが没した日に行われる異性間の甘い日である。
皆が浮き足立ち少女達は好意を持つ相手に甘い甘いショコラと共に甘い思いを添えるのだ。リア充爆発しろ。
そんな中で人気だったのがトーリと嵐の二人だ。特にトーリは噂がたてられない、という下心ありきの選出だったが。
(モテるんですよねぇ…………)
と、そこで智はチラリと振り向いた。
未だに椅子を軋ませてマトモに動かない嵐の姿。
今でこそ優男な面構え等と言われているが幼い頃など少女と見紛うベビーフェイスであったのだ。
その頃より口調が荒く、見た目に合わない腕力を持っており、何というか幼い身空にはカッコよく見えたのだろう。
今もそうだが周りから浮いており尚且つ自分が確りしている者はモテる。周りが変人ばかりならそれは余計に際立って人目を惹き付ける事となる。
尻拭いに奔走していた結果である。
ついでにこの日トーリは股間にショコラを装備してトリケラトプス等とバカやって駆け回り誰彼構わず追っかけ回してつつき回し、泣き付かれた嵐が背後から回り込んで股座を蹴り上げ、蹴り飛ばすまで続いた。その光景に野次馬や果ては教師も含めて内股になって悶絶したのは余談だ。
だが、このバカ騒ぎの結果ショコラを渡すことが出来ない女子が多発して智も渡せずじまいで持ち帰ってしまっていた。
それからだ。毎年恒例のようにトーリがバカをやり、周りにはいつの間にか徒党が組まれて、最後には嵐が徒党全員の股座を蹴り飛ばす。そんな流れが出来上がっていた。
何だか間違っている気がしないでもないが、このバカ騒ぎは悪いことだけではない。
ショコラを渡せぬチキンな乙女やショコラを貰えぬ負け犬男子、その他引っ込み思案な気の弱い者などその誰もがこの祭りに参加することが出来ていた。
皆が笑い、皆が楽しみ、皆が共に居る。
種族も性別も何もかもが関係無い。
そんな集まりの中央にはトーリが居り、その近くには嵐が居た。
智は立場的に後者が近くよく話をしたり、そばに居ることが多かったのだ。そのせいか、余計に異性として意識していたのかもしれない。
だからだろうか、昨晩のあの怒り、いや、そんなことでは生温いと思えるほどの激昂は、なんというか─────
(羨ましい、なんてね)
■◇◇◇■◇◇◇■
さて、人間、別の事に意識を割いて書き物をしたり喋っていたりするとそれらに漏れ出ていたりする。
その例に漏れず智は自分が書き上げた原稿用紙を見て頭を抱えて突っ伏してしまった。
題名“私がしてほしいこと”
中身“エロ小説”
どうしてこうなった……!
原因は過去回想と今の状況、そしてふと浮かび上がったちょっとした妄想が大爆発してしまったのだ。
とにかく消そう。そう思い至って消去用の圧縮パンをかけ─────紙に皺が寄るのみで消える気配が欠片もない。
「あ、あれ?」
首を傾げ、再度擦るも結果は変わらず。少しボロッちくなった原稿用紙、もといエロ小説、もとい煩悩の固まりはそこに鎮座し続けている。
不意に自分の手を見ればそこに握られていたのはインク系のペン。冷や汗が頬を伝う。
慌ててペンケースを見れば消去可能なコークスペンがそこにはあった。冷や汗が脂汗へと変わりじんわりと頭皮を湿らせる。
これはヤバイ。エロとダンスの信奉者や白黒コンビの黒い方にバレると色々と終わってしまう。
いや、それ以前にこのクラスの誰に知られても終わる。そう言えるほどに生々しく正に超大作が智の手元には出来上がっていたのだ。
(と、とりあえずこれは隠しましょう。大丈夫、新しく原稿用紙をもらえば……………)
「そろそろ出来た頃かしら?それじゃあ読んでもらおっかなぁ…………うん、じゃ、浅間ー、出来てるみたいだし読んでくれる?」
「えええええ!?だ、駄目です!これは駄目なんです‼」
現実は非情である。
大声を上げながら身を起こした事により余計に周りから視線を集めてしまっていた。皆が興味津々の目を向けてきている。
その状況が智から冷静な思考を根刮ぎ消し飛ばしてしまう。
ダラダラと脂汗が滲み、思考はグルグルと回るばかりで実を結ばない。
「あ、えっと………………」
「浅間?」
「ッ────これ、作文じゃないんです!」
ショートした思考が導きだしたのはそんな答えだった。
さすがにオリオトライも面食らったように片眉を上げて渋い表情だ。
「それは新説ね。じゃあ、その大作はなんなの?」
「えっと、その、あの」
「………………ま、いいわ。浅間は変り種みたいだし後で見せてもらうわね」
死刑宣告。そもそも、他人に読まれる時点でアウトだ。智は崩れ落ちるように席に座った。
「それじゃあ────」
オリオトライの視線は智の隣に座る生徒へと向けられた。
「えーっと、鈴?」
「あ、は、…………はい?」
「えっとね、貴女の、読んでも大丈夫?」
その問いに一同気遣わしげな視線を彼女へと向ける。
再三書いたが、向井・鈴は目が見えない。
字を書く際はその大半が平仮名であり字を揃えて書くことも難しい。そして自分で書いたものを読むのもスキャン装置を用いてそれをヘッドホン流してから読み上げる、という形だ。
そんな彼女の前には原稿用紙の束が重ねられていた。
その数凡そ十枚。その全てにビッシリと文字が並んでいた。大きさはまちまちであり、列も乱れているが、そこに確かに文字は書かれ、鈴の思いを表している。
「誰か、お願い、し、します」
自分では読みきれない。故にこの思いを誰かに託す。
胸の奥に宿す思いを他者に代弁してもらう。それは誰しも抵抗があるだろう。
それでも鈴は読んでもらうことを選んだのだ。
「よし、じゃあ、浅間。代わりに読んであげて」
「えっと、鈴さん、…………良いの?」
「Jud」
鈴は頷き、自身の思いを智へと手渡す。
「ば、番号、書いた、から、順番、は、それ、で」
「はい」
智は受け取った原稿用紙を眺め、そしてゆっくりと立ち上がった。小さく息をついて、中へと目を通す。
確かに拙い、しかし鈴が必死に書いた思いが詰まった文。
神職である彼女にはこれが祝詞に思えてならなかった。なればこそ、半端は許されない。
「代理に奏上いたします」
■◇◇◇■◇◇◇■
私には好きな人が居ます。
ずっと昔、まだ私が一人だったときから、居ます。
ずっと昔の事です。小等部入学式の事でした。
私は、嫌でした。教導院に行くのが、嫌でした。
私の家はおとうさんもおかあさんも朝から仕事をしています。
二人はその日も忙しくしていました。入学式の日です。私は一人でした。
本当は一緒に居たかった。おめでとうって言って欲しかった。
悲しかった。だけどおとうさんとおかあさんに心配してほしくなくて泣きませんでした。
○◇○◇○
教導院は表層部の高いところにあります。
私の嫌いな階段、ながいながい階段があります。
私は一人、階段の前に立ってました。周りでははじめて会う人達がおとうさん、おかあさんに手を引かれて登っていきます。
私は、やっぱり一人で、そこに立ってるだけでした。
■◇◇◇■◇◇◇■
「だけど」
智は文字に誘われるように読み続ける。
「こえが きこえました
ねえ どうしたの
ねえ どうして ないてるの」
それは
「ランくん でした」
■◇◇◇■◇◇◇■
私は急に声を掛けられてスゴく驚きました。
動けなくて、でも何か言わなきゃって思って、けど、何も言えませんでした。
ただ私が首を振ると嵐君は『ふーん』と短くそう言って私の手を握ってくれました。
急に手を握られてやっぱり驚いたけど、それとおんなじ位にホッとしたのを覚えてます。
それから二人で階段の前に立ってました。
私が『行かないの?』と聞いたら嵐君は『人待ち』と短く答えて何処か遠くを見ていたんだと思います。
何となくそれが羨ましかった。私は一人だけど嵐君は一人じゃなかったから。
それからまたちょっと経つと遠くからトーリくんの声とホライゾンの声が聞こえてきました。
その時、寂しいと思ったのを覚えてます。また、一人になる、って。
だけど、二人が来ても嵐君は手を繋いでいてくれました。
トーリくんが嵐君に私の事を聞くと、嵐君は『友達』と言ってくれました。
ホライゾンが私の名前を嵐君に聞くと、ちょっと焦ったみたいに私に名前を聞いてきて呆れられて、手を繋いでいることにも驚いていました。
■◇◇◇■◇◇◇■
「一緒に行こうと言ってもらえてとても嬉しかった。トーリくんとホライゾンが手を引いてくれて、嵐くんは私の後ろから助けてくれて」
言葉は紡がれる。その光景がありありと目に浮かぶようだ。
「いつの間にか、私は一人で階段を登れていました」
止まらず。
「3人は側に居てくれて。私と一緒に階段を登ってくれました」
これを聞いた誰もが思う。あの3人なら間違いなくやるのだと。
「私は覚えています。風の匂いや桜の散る音。街の響きや空の唸りも、そして人の声も何もかも。気づけば階段を登り終えていました」
鮮明に思い出せる一番の思い出。一番大切で、一番綺麗な思い出だ。
「トーリくんとホライゾンが『おめでとう、これからよろしく』と言ってくれて、嵐くんが私の頭を撫でてくれて、皆が階段上から応援してくれて」
そんなこともあったな、と誰かが呟く。
「家に帰って、おとうさんとおかあさんにその事を話しました。そしたら私の事を抱き締めて何度も『ゴメンね』と言って、それから『おめでとう』って言ってもらえて、私は泣いてしまいました」
ハラリと原稿用紙は捲られる。
「中等部は二階層で階段がありませんでした。高等部は階段が在りますが私は一人で登れました。でも、一度だけ、嵐くんとトーリくんが入学式の一度だけ、手をとってくれました。トーリくんは左手を、嵐くんは私の隣にそれぞれ居てくれました」
一息。
「登りきって、昔みたいにトーリくんも嵐くんも皆も居てくれて、けど、ホライゾンが、居ませんでした」
同じだった。始まりのあの日と何も変わらない。だけど大切なピースが足りなかった。
「私には好きな人が居ます」
それは
「私はトーリくんの事が好き」
続く
「ホライゾンの事が好き」
再度
「嵐くんの事が好き」
重ね
「皆の事が好き」
そして
「ホライゾンと一緒に居るトーリくんと嵐くんが一番好き」
◇○◇○◇
『おねがいです』
◇○◇○◇
「私は、もう、一人でも大丈夫です。だから、私の手をとってくれたように」
ガタリとそこで立ち上り、智が言葉を紡ぐその前に、椅子の倒れるその前に
「お願い!ホライゾンを助けて……!トーリ君……!嵐君……!」
それは小さな一歩かもしれない。しかし、その一歩こそが世界の明日を変える大いなるモノなのだ。
「御願い…………!」
頬を伝う一滴。されどそれで十二分。
応えるは─────
「────おいおいベルさん、ナメちゃあいけねぇよ。もとより俺等はそのつもりだぜ?な、グルグル?」
「ま、やられっぱなしは癪だしな。一発派手にいこうや」
金の鎖と銀の竜。