中央前艦の艦首付近、展望台となっている地点にて1つの視線が梅組の暴走を眺めていた。
それは一体の黒髪の自動人形。ロングスカートのメイド服に左の二の腕付近に“武蔵”と書かれた腕章をつけている。
彼女の背後では無人のデッキブラシや束子やらの掃除用具が働いていた。
「“武蔵”さんは午前からお掃除かい。ご苦労な事だ。艦橋に居なくて良いのかい?」
現れたのは和装の壮年の男だ。口にくわえた煙管からは紫煙が昇っていた。
「重奏領域の多さで難所なサガルマータ回廊も抜けましたし、既に三河入港の準備は終了しております。ぶっちゃけ暇なのです────以上」
「だから、梅組の子達を見ながら掃除かい?あ、それよりも五十嵐の奴が心配なのかな?」
「ただいま鈴様を背負って疾走中です────以上。補足、“鎧”は使っていないようです────以上」
武蔵の言葉は淡々とした報告だ。
そのあり方に和装の男、酒井・忠次ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「酒井学長、何か?────以上」
「いいやぁ、特にないさ。それにしても五十嵐が鎧を使わないってのはどういう事だ?」
「遅刻の罰則として教師オリオトライに課せられたようです。鈴様を運んでいるのも、同じく────以上」
「心配性の姉からすれば良いことじゃないのよ。元からアイツは強いんだし、な」
「甚だ遺憾ではありますが、嵐様が強いことには同意します────以上」
酒井と武蔵の視線の先には重量を感じさせず変態機動で駆け回る嵐の姿がある。
この〔武蔵〕は一切の武装を積んでいない。その中において明確な“兵器”を彼は持っていた。
「酒井学長、それより貴方は何をされているのですか?確か昨日の書類が残っていた筈では?────以上」
「い、いやぁ、アレだよ、アレ…………アレ……うぉい!?」
今朝の嵐とオリオトライを彷彿とさせる二人のやり取り。違うのは酒井が躱しており尚且つ飛んでいるのがデッキブラシだということだろう。
「ちょ!武蔵さん!?話ぐらい聞いて…………!」
「酒井学長、嵐様にアレ、というのを教えたのは貴方ですか?────以上」
「違うって!だからデッキブラシと束子は勘弁してください…………はぁ、お?見なよ武蔵さん、五十嵐の奴水平跳躍までものにしてやがる。マジで人辞めてね?」
「Jud.嵐様は生来の肉体を極限まで苛め抜いていますから────以上。酒井学長も嵐様のストイックさを見習って仕事をされれば良いのでは?────以上」
「こいつは手厳しいねぇ。むしろ、五十嵐のストイックを誰かが止めるべきだろ」
下手すりゃ死ぬぜ、と酒井は続ける。
実際、嵐の肉体は服の上から分からないが背負われている鈴のように接触すればその堅牢さが分かる。肉の熱と練り上げられたような鋼の固さ。
後悔通りと呼ばれる通りの主が10年前に後悔をしたように。彼は10年前から異常な鍛練をその身に課していた。
「“死ぬ気”の鍛練と“死ぬほど”の鍛練。語感は似てるが後者は本当に“死ぬ”。死んでその縁から生還することで強くなる。“死中の活”。やれやれ、俺のダチもけっこうな奴等だったが五十嵐見てると可愛く見えてくるから不思議だぜ」
「訂正、嵐様は素直で可愛らしいです。断じて酒井学長のようにのっぺりとしたおっさんとは違います────以上」
「急に毒を吐くねぇ!?…………はぁ、まあ良いや。んじゃ、そろそろ俺も行くかね」
「今日は三河でしたね。嵐様はお連れになるのでしょうか────以上」
「そこなんだよねぇ。ダっちゃんが連れてきてくれって言ってたんだけど、あんまり気乗りしなくてさ」
嫌な予感がするし、と酒井は渋い顔だ。
酒井の嫌な予感はこれまでの戦闘経験から来るものだ。今年は聖譜によれば滅びの年、末世だ。
10年ぶりの呼びだしというのもその予感の補強材料となる。
「武蔵さん的にはどうかな?この嫌な予感は思い過ごしと思うかい?」
「武蔵本体と同一である“武蔵”は複数体からの統合物であり、また、人間ではありませんので個人という観点の判断が下せません────以上」
「じゃあ、五十嵐の姉としては?」
酒井のその言葉に直後、8つの通神が開かれた。
『却下────以上』
『却下────以上』
『却下────以上』
『却下────以上』
『却下────以上』
『却下────以上』
『却下────以上』
『却下────以上』
それだけ同時に告げると通神は一気に切られた。
その光景に酒井は苦笑い。アイツ好かれ過ぎだろ、目の前の通神と同一の存在へと目を向ける。
「Jud.却下────以上」
「ハッハッハッハ!分かった分かった!怖い姉ちゃんに免じてアイツは連れてかねぇよ。ダっちゃんにも断りを入れとくさ」
そう言って彼はプラプラと手を振りながら去っていく。
そして先程まで彼の立っていた地点に灰が落ちているのを確認して、武蔵はデッキブラシを叩きつけるのだった。
あの野郎、掃除しろ、と言外に表情が語る。
■◇◇■◇◇■◇◇■
右舷一番艦〔品川〕には多くの貨物艦であるからか暫定居住区という市場街が存在する。
そして暫定居住区は管理の行き届いていない場所であり
「だからヤクザの事務所とか在るのよねぇ」
その建物の前でオリオトライの声は響く。
黒塗りの貨物庫を改造して作られた事務所の建物を背景に彼女は甲板へと目を向ける。
そこには死屍累々にぶっ倒れた学生十数人が転がっていた。
「こらこら、後からやって来て何で休んでるのよ。無事なのは嵐と鈴だけ?」
「あ、いえ、わ、私、運んで貰って、いた、いただけですので、え、はい」
「チックショー、1発当たってくれよ先生ぇ。そしたら五点だったのにさぁ」
「はいはい、ぶつくさ言わない。嵐が遅刻しなけりゃ鎧使えたんじゃない」
「………………使えても、使わねぇよ」
オリオトライに聞こえぬように呟く嵐。鈴にはバッチリ聞こえていたが伝えることはしない。
盲目の彼女はその姿を見たことがない。しかし、聞いたことがあった。
世界に響くと錯覚するほどの大きな大きな竜の咆哮を。
「ま、良いわ。私が指示した事だし。それにそれも大切なチームワークって事よ。途中でリタイアした奴も回収出来てたみたいだし。一年の時や二年の時と比べれば成長してるじゃない!」
はぁ、と鈴は頷き、そしてビクリ、と肩を跳ねさせる。
それに気付き、嵐は鈴を守るように一歩前へと進み出る。出していた剣は腰の後ろに下げており、柄を逆手に持っていつでも引き抜ける体勢だ。
「おうおう!さっきからウルセェぞゴラァ!」
事務所から顔をだしたのは赤熱した甲殻を持つ角の生えた四腕の大男。
「あらあら、魔神族も地に落ちたわね。って今は空にいるのか」
「誰だてめぇは!?」
野太い怒声に耳のいい鈴は縮こまり、フルフルと震える手で嵐の袖口を掴んだ。
周りで倒れていた生徒達も顔を上げる。
皆は、オリオトライと周りの状況を見て
「先生…………マジでやるの?」
「俺が変わるか?何か怒ってるし」
「やるに決まってるでしょー?せっかくあっちから出てきてくれたし八つ当たりついでに授業しなきゃね」
「授業がついでかよ!?」
当然の突っ込みを背に受けてオリオトライは魔神族へと向き直る。
その表情は不敵な笑みであり、得物を抜く気配すらない。
「いい?これが魔神族よ。体内器官に流体炉に近いものを持っているお陰で内燃排気の獲得速度がハンパじゃないの。それに加えて肉体はどれも強靱、軽量級の武神とだって正面切って殴り合いできる程よ」
「一体なんだてめぇら!うちの前で遠足か?ああ?!」
「ん、ああ、実はちょっと、夜警団にも頼まれててね。────シメてくれって。あ、個人的には先日の高尾の地上げで用が有るのよ」
「ああ?そんなんいつものことで覚えてねぇなぁ!」
瞬間、ここら一帯の気温が一度下がったのでは、と生徒達は錯覚した。
その原因は今はこちらに背を向けている女教師。
「おい、ヤバくね?まさか死人はでないよな?」
「さあ、さすがに…………ねぇ?」
「いざとなったら嵐に突撃してもらえば良いじゃない」
「成る程」
「ストップザお前ら!?俺に死ねと言うのか外道共!鈴は除く!」
「ふぇ!?」
「ちょ!待ってください嵐君!私も外道認定なんですか!?」
「ズドン巫女が外道じゃないとでも?」
「うわぁああああん!!!」
喧々諤々の梅組面々。どこぞの巫女は膝を抱え、暴力装置は多勢に無勢を前に盲目少女に泣きつき、泣きつかれた盲目少女は頬を染めて赤くしている。
その他諸々先程の疲れを感じさせない荒れ具合だ。
「はーい、お前ら今が授業中だって忘れてないかー?」
魔神族の暴力を軽々と躱しながらオリオトライは半目で生徒達を睨む。そのこめかみにはデフォルメされた怒りマーク。
シンッ、と静まり返り一同オリオトライへと顔を向けた。
「はぁ、ったく、いい?生物には頭蓋があり、脳があるわ。頭部を揺らせば、頭蓋の中の脳も揺れて神経系が麻痺する。それが脳震盪。そして頭蓋を揺らす効果的な方法は頭部に密着しているものを打撃すること。人間なら顎の先、魔神族なら────」
そこでオリオトライは動いた。右足を軸に回転、長剣を振りかぶり
「ここね」
長剣が回転の勢いにのって振り抜かれ魔神族の角先へと強かに打ち付けられた。
結果としては魔神族の首を少々動かすに過ぎない、というもの。
だが、その効果は次の瞬間明確に現れた。
「な…………!?」
殴る体勢だった魔神族は膝を崩して甲板へと拳を降り下ろすことになっのだ。さらに彼はそこからフラフラとしており動けない。
立とうとしても膝が言うことを聞かないのだ。
「そして魔神族や大型の生物はこういう状態になると体のあちこちにある神経塊が働き出すから回復が早いの。だから落ち着いて対角線上の位置を強く打つ!」
鈍い音をたてて振り抜かれた長剣。鞘を着けたままのそれはリアルアマゾネスの膂力と相俟ってそこらの鈍器よりも強い衝撃を魔神族の脳へと叩き込んでいた。
グルリ、と白目を向き魔神族は倒れ伏す。
「っとまあ、こんな感じね。はい、実技は御仕舞い。今度は特別な倒し方を見せるからね」
オリオトライの言葉に全員が首をかしげ事務所の扉が再び開く。
「やるじゃねぇか、姉ちゃん。うちの舎弟をノックアウトとはな」
現れたのは灰色の甲殻を持った二本腕の先程の魔神族よりも頭二つ大きい魔神族だった。
だが、オリオトライはそちらに目を向けることなく親指で指し示すと
「嵐、その方法を教えてあげなさい」
「………マジで言ってんのか先生?え、ガチで?」
「本気と書いてマジよ」
「……………………はぁ……」
指名を受けて、嵐は一撫で鈴の頭を撫でると前へと進み出て魔神族と向き合った。
魔神族の大きさは五メートルほど。対して嵐は180センチ前後だ。
彼も背が低い訳ではないがその差は大きい。
「まずはダメな例からよ。嵐、加減しなさいよ?」
「へいへいほーい」
「何をいってやがる。おい、ガキ。その女をこっちに渡せば見逃してやるぜ?」
「そいつは却下だデカブツ。アレでも俺たちの先生なんでな。ついでに今は授業中だ。進まねぇからさっさと来いよ」
そこで、ブチッ、と音が聞こえた。出所は魔神族だ。
彼は怒りに顔色を染めて、ギシギシと全身の筋肉を軋ませている。
誰から見ても激おこだった。
「俺は優しいぜクソガキ。もういっぺんだけ言ってやる。退け」
「んじゃ、俺ももう一回言うぜ?さっさと来いや」
「…………ブッコロス!!!」
沸点を越えた魔神族は今まで相手を屈伏させてきたときと同じように掴みかかった。
「ほら、アレが悪い例よ」
そんな生徒の危機的状況でオリオトライは解説を続ける。
なんと、嵐は真っ正面から両手を受け止めると踏ん張って見せていたのだ。
ギリギリと甲板が軋みどうやら両者拮抗しているらしい。
「あんな風にウェイトの差がある相手と組み合っちゃダメ。押し負けちゃうからね」
「いや、負けてないじゃん!?」
突っ込みが入る。そう、嵐は魔神族相手に押し負けていなかったのだ。
確かに互いの筋肉は軋んでいるが其れだけ。悲鳴を上げるには至らない。
「アイツは遂に人を辞めたのか」
「でもシロ君、元々嵐ちゃんはその兆候なかったかな?」
「成る程、やはり人間死ぬほどの鍛練を積めば色々と越えられるので御座るな」
「点蔵、無理をするのは拙僧止めざるをえまい。嵐の鍛練は人の身でやれば間違いなく死ぬぞ」
「というか、ぶっちゃけ嵐って何度か死の縁まで行ってるのよね~。全くこの賢姉に心配かけるなんておバカの癖に生意気よ!」
クラスの結論。五十嵐・嵐は鍛練バカから人を越えた何か、に昇格することとなった。
だが、お忘れでは無かろうな。本人この場に居るって事を。
「ギャアアアアア!?」
魔神族の野太い悲鳴が上がる。見れば両腕を内側へと捻りこまれて肩が脱臼しているところだった。
あまりの痛みに魔神族はその場に踞り両手を離す。同時に嵐は振り返ると同級達にイイ笑顔向けた。
────後で覚えてろよ?
音は無くとも聞こえたと錯覚するほどの重苦しい寒気が一同を襲う。特に先程好き勝手言っていた面々は冷や汗ダラダラだ。
ブンブンと首を振る面々を確認し嵐は倒れた魔神族に触れると外れた肩を無理矢理突っ込む。
「うぉおおおおお!?」
「おら、起きろ。さっきから言ってるだろ。今は授業中なんだよ」
「て、てめぇ…………!」
目を血走らせて立ち上がった魔神族は拳を握った。
それだけでも多大な圧力だが、嵐は動じない。
「ほら、来いよ木偶の坊。相手ぶったおすのに力なんて最低限で良いって事を教えてやるよ」
「ウラァ!!!」
隕石と見紛う一撃───はあっさりと嵐の脇を抜けて空を切った。
拳を振るった本人は何が起きたか分からない。
だが、引いてみていた面々は見ていた。
「ちゃんと見えたかしら?特に戦闘系はしっかりと見ときなさいよ。アレが流しの正しいやり方よ」
嵐がやったのは単純。拳に対して体を外に逃がしながら肘を押したのだ。
それによってバランスが崩れて狙った場所を殴れない。更に体が勢いにつられたことでバランスを崩して不安定な格好となってしまう。
「んじゃ!嵐、当て身よろしく!」
「Jud.!」
無防備に晒された魔神族の顔面。
返事が返された直後、硬い甲殻を砕いて拳が突き刺さっていた。
「オォ……ラァ!」
跳躍、腰の回転、単純な腕の膂力。その全てを結集した拳を嵐は振り切る。
くらった魔神族は吹き飛ぶことなく、その場で後頭部から甲板へとめり込み上半身が完全に埋没するほどのものだった。所謂、犬神家状態。
「…………ヤッベ、やり過ぎた」
「おバカ!当て身だって言ったでしょ!伸してどうするのよ!」
「い、いや、言い訳を聞いてくれ先生!ほら!言ってたじゃん!魔神族って軽量級の武神ともサシでやり合えるって!だから、な?体勢崩せる威力の加減が難しくて…………!」
「問答無用!」
「ヘバッ!?」
オリオトライの折檻を受けて頭が甲板に埋まる嵐。尻を突き出したその体勢は間抜けにも程がある。
それでも痙攣ではなく抜けようとじたばたもがくのはその耐久度の高さを物語っているに他ならない。
「あれ?おいおいおいおい、皆何やってんの?つーか、グルグルは何やってんの?埋まってんの?ま、まさか掘られる準備か!?」
そんなカオスに少年の声が響く。
皆がそちらへ目を向ければそこに居たのは一人の少年。
茶色の髪に、笑みを讃えて瞳、崩して着込んだ鎖付きの長ラン型の制服に左の小脇には二つの紙袋を持っていた。
「誰が掘られる準備じゃバカトーリ!そこのリアルアマゾネスに折檻された結果じゃボケ!」
「うお!復活早!それより見ろよ、グルグル。ようやく手に入れたんだぜ?!」
顔面を煤けさせた嵐が怒り顔で詰め寄れば笑みを深めてトーリと呼ばれた少年は紙衾の一つを開けて中の箱を誇らしげに掲げる。
「ほらこれっ!見てみろグルグル!今日発売されたR元服のエロゲ“ぬるはちっ!”。これ超泣かせるらしくて初回限定版が朝から行列でさあ。俺、今日家に帰ったらこれを電纂機に奏填して涙ボロボロこぼしながらアッチもこぼしながらエロいこと摩るんだ!ほら、点蔵もウッキーも欲しいだろコレ!?────あれ?点蔵は?あいつの親父、店舗別得点求めて忍者走りで駆け回ってるみたいだけど、あいつもそっち行ってんのか?なあ、グルグル!」
「なっげぇよバカ。あと、点蔵はそこらに居るだろ。犬クセェから直ぐに分からぁ」
─────何故、拙者に攻撃が!?というか父上ぇ!?
点蔵がorzと崩れ落ちるが全員ガン無視。それよりもヤバイ状況が目の前にあるのだ。
「あのさ、君、私が今、何を言いたいか解る?」
「ああ?何言ってんだよ先生!俺と先生は以心伝心のツーカーだろ!?先生の言いたいことは俺にしっかり通じてるぜ!?な、グルグル!」
「お前ここで俺に振るか!?死ねと言うのか!?」
「嵐は通じたのねぇ。肝心の本人が通じてないってのに」
「ええ!?なんだよ先生!何でグルグルとはそんな良さげなんだよ!オッパイ揉ませてくれるんじゃなかったのかよ!」
トーリが言った直後、周囲の包囲が一歩後ろへと下がった。誰しも危機回避はしたいのだ。
動かなかったのは気づいていないバカと逃げ道を眼力で殺された暴力装置のみだ。
そして、お気楽能天気な不可能男、葵・トーリは口を開く。
「汚ねぇ、大人って汚ねぇよ……!この女教師、オッパイ揉ませるふりして俺を殺そうとしていやがった……!」
「………おいこら、君、何か変なもの見えてない?大丈夫?その目に何が映ってる?ねぇ、幼馴染君、ホントにこいつ大丈夫?」
「そう聞かれたら答えづらい。何を今更、と鼻で笑うか。手遅れです、視たいな医者風に答える二つしかパターン無いっすね」
「あ!なんだよなんだよ!俺だけ除け者かよ!せっかく大発表が有るってのに!それと、今はコレだな!」
瞬間、トーリの五指がオリオトライの両胸に埋まった。それは念入りに何やら感触を確かめるような素振りさえ見せている。
あんまりな光景に幼馴染の暴力装置は本気で付き合いを考えるように空を仰ぎ目元を手で覆った。
「あれ?もっと硬い見立てだったんだけどなぁ…………。おかしい、マジおかしいなぁ…………骨とか筋肉とかでドン引きする予定だったのに」
「いま、まさにテメェがドン引きされてるところだろ。知らねぇぞ、おい。お前、その御大層な発表の前に死にたいのか?」
────何でだよ。
と笑ってトーリは手を離してクラスメイトへと向き直った。何となく空気を読んでからか嵐も一同の元へと戻っていく。
「あのさ、皆、ちょっと聞いてくれ。前々からちょっと話してたと思うんだけど」
そこで一息切って彼は一人一人と視線を合わせながら再び口を開く
「明日、俺、コクろうと思うわ」
いきなりのトーリ告白宣言。一同呆気に取られて首を前に落とし
「…………え?」
野次馬も揃って首をかしげた。
その中で再起動が早かったのは彼の奇行を最も間近で最初から見てきた彼の姉だった。
「フフフ愚弟、いきなり出てきて乳揉んで説明無しにコクり予告とは、エロゲの包み持ってる人間のセリフじゃないわね。コクる相手が画面の向こうならコンセントにチンコ突っ込んで痺れて逝ってなさい!素敵!一体どういう事か賢い姉に説明なさい!」
「おいおい、姉ちゃん何で一人で良い空気吸ってんだよ。あのな?このエロゲは明日コクるから卒業のために買ってきたんだぜ?わっかんねぇかな、この俺のマジメなメリハリ具合!」
「フフフいい感じにダメ人間になってるわね愚弟!でも明日フラれたらどうすんの?」
「その時は泣きながら全キャラ実名でコンプリートかな。とりあえず一発目は点蔵の名前でバッドエンド直行な」
「何故に自分で御座るか!?悪意しか感じないで御座るよ!?」
「そんで次はウルキアガの名前で妹キャラを攻略して」
「貴様ァ!!拙僧は姉キャラ専門だと言っておろうが!」
「そんでグルグルは…………どうしよ?グルグルー?お前、誰攻略したいー?幼馴染か姉キャラかもしくは教師ー」
「何で俺は選択肢を提示する?そして何でかどれ選んでも死にそうなんだが!?」
トーリは3人ほど戦闘不能にして満足げに首肯く。
そして
「────ホライゾンだよ」
名を呟いた。
この場に居るもの達にも馴染みの名前だ。
ふざけた空気はここで消えた。皆が彼の次の言葉を待っていた。
それにトーリはニッと笑うと口を開く。
「コクった後にきっと皆に迷惑かける。俺、何もできねぇしな。それに、何しろ、その後にやろうとしてることは、俺の尻拭いってか───」
そこで一拍、嵐へと目を向ける。
「世界に喧嘩売るような話だもんな。どう考えても」
告げた言葉に異論は挟まれない。皆が一様に表情を硬くしているだけだ。
そんな皆にトーリは言った。
「明日で十年なんだ、ホライゾンが居なくなってから。皆覚えてないかもしんねぇけど」
だから、
「あした、コクって来る。彼女は違うのかもしれねぇけど。この一年、色々と考えてさ、それとは別に好きだって分かったから。────もう逃げねぇ」
「じゃあ愚弟、今日は色々準備の日よね?そして…………今日が最後の普通の日?」
喜美の言葉にそうだな、とトーリは首肯く。
「安心しなよ姉ちゃん。俺は何もできねぇけど────高望みは忘れねぇから」
そんな彼に一同やれやれといった感じだがコレがいつもの事なのだ。慣れるというもの。
そこで嵐が口に手を添えて声を上げる。
「トーリー、うしろー」
「あん?後ろ?」
言われるがままに振り返ればイイ笑顔のオリオトライ。いや、目が座っている事から先程の嵐より怖いかもしれない。
非戦闘系の面々が嵐の後ろに隠れる位には危機感を煽る状況。だが、舞い上がったバカは気づかない。
結果、先程の恥ずかしい話をもう一度オリオトライに行い死亡フラグを回収、ヤクザの事務所に人型の穴が開きその後ろの倉庫のシャッターへと見事にめり込み前衛的なアートとなるのだった。
■◇◇◇余談◇◇◇■
「ねぇ、嵐。さっきの愚弟の質問だけどあんたはどれを選ぶのかしら?やっぱり姉キャラ?姉キャラよね?姉キャラしか選択しに無いわよね!?」
「嵐君!幼馴染キャラですよね!そうですよね!それ以外にありませんよね!ね!?」
「智も喜美も目が怖いぞ……!それから近い!当たってる!胸が!当たってるから!?」
中身はアレだが美少女二人に詰め寄られる暴力装置が居たとか居なかったとか。
ついでにリアルアマゾネスがチラチラとそちらを見ていたとか見ていなかったとか。
神のみぞ知る。