境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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7話 DAY Ⅳ

「よう、五十嵐。ちょいと来てくれないか?てか、どうしたんだ?ボロボロだな」

「色々とあったんすよ。それより何のようで?」

 

 一行から少しはなれた地点で酒井と嵐の二人は未だにバカやってる面々に目を向けていた。

 

「いや、武蔵さんに連れてかないとは言ったんだけどね。一応、本人にも聞いておこうと思って」

「?」

「俺の古い馴染みがな、お前を連れてきてくれって言ってるんだ」

「学長の馴染み?というと、松平四天王の誰か、てことで合ってます?」

「そうそう、ついでに言うなら東国最強の本多・忠勝の襲名者さ」

「で?そんな英雄が俺みたいなボンクラに何の用が有るってんです?」

「ボンクラは言い過ぎだろ。まあ、なんだ、極東においてオマエの持つ、“悪鬼纏身”はそれだけ人目を集めるって事だ」

 

 酒井の言い分に嵐は興味がないのか返すのは適当な返事だ。実際のところ興味はないのだろう。

 その姿に酒井は眉を潜めた。

 この五十嵐・嵐とはそれこそ酒井が左遷されてきてからの付き合いだ。流石に初等部より前からの葵姉弟や浅間には劣るがそれでも長い。

 そして時折見せる、何もかもがどうでも良さそうな雰囲気には慣れることが出来ない。

 

「それで?俺も三河に降りろって?事ですかね」

「まあ、そうなんだが…………来るか?」

「…………いいや、俺は残るよ。明日はトーリが吹っ切れる日だ。もし行ったら明日帰ってこれねぇかもしれねぇし。今日も肝試しらしいしな」

「そうかい。それにしてもトーリの奴はやっぱりアイツがホライゾンだと思ってんのかね」

「トーリだけじゃねえっすよ」

「あー、お前さんもか」

「面影が、な…………もし、生きてたらあんな感じじゃねぇかと思うんすよ」

 

 その言葉は重かった。

 プレッシャーやそんなものではなく。込められた思いが、重かったのだ。

 

「あっははは…………湿っぽくていけねぇや。学長はこれからどうするんで?」

「ん?ああ、正純を拾ってそのまま三河だな」

「んじゃ、俺は学長の嫌な予感が当たらねぇことを祈ってますよ」

 

 後ろ手にプラプラと振りながら去っていく背中を見送り酒井は目当ての場所へと足を向けるのだった。

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「最ッ悪ですわ!」

「…………いや、何で俺にそれを言うんだ?」

 

 プリプリと擬音が付きそうな怒り方のネイトの隣で嵐は苦笑いしていた。

 πタッチからの全力の踏み込み、人狼ハーフである彼女の一撃を受けてトーリは校舎に前衛的なアートとしてめり込むこととなっていた。

 

「だ、大体酷いんですのよ!真面目な風かと思えば────、わ、私のむ、胸を…………!」

「お、落ち着けネイト!?な、なんか後ろから変なオーラが出てるぞ!?」

「私だって心の準備や……相手を選ぶ権利があるんですのよ!分かってらっしゃる!?」

「だ、だから何でそれを俺に言う?」

「そ、それは……その…………」

 

 ───貴方を憎からず思っているからですわ!

 とは口が裂けても言えない。

 結果、ネイトは頬を染めて俯いてしまう。

 そして、その反応に脳味噌まで筋肉になってる嵐は何も察せられない。しかし、頬が赤く(羞恥)そして息が荒い(先程まで怒鳴っていたから)彼女を心配はしていた。

 それ故

 

「ちょいと失礼」

「なっ…………!?」

 

 ネイトの額に自身の額を当てて熱を測る暴挙に至ったのだった。

 周りで見ていた面々含めてここら一帯の時が止まる。いや、風が吹いているため実際には違うのだが、そう、錯覚してしまう程に皆の動きは止まっていたのだ。

 唯一、朴念仁であり鈍ちんである嵐が唖然とした周りに気づくことなく、一頻り額を合わせて、そして離れた。

 

「大丈夫か、ネイト。熱は無いみたいだが…………具合悪いのか?」

「…………………………」

「ネイト?」

「……きゅぅ…………」

「ネイトー!?し、確りしろ!大丈夫か!?」

 

 顔どころか首筋、果てには指の先まで熟れきったトマトのように真っ赤に染まったネイトは目をグルグルと回して倒れてしまう。

 そこを慌てて嵐が抱き止め、抱き寄せるのだから余計に場は混乱の一途をたどっていた。

 

「嵐殿はあれを素でやっておるゆえに質が悪いで御座るな」

「その結果勘違い女子が後を絶たないのも事実」

「そういえば、嵐ってモテるのよね。うちのクラスもそうだけど、ほら、嵐って誰にでも優しいし」

「見た目優男なのも相手が警戒心を抱きにくい要因だな。今度アイツに商談をやらせてみるか」

「シロ君、それで相手がランちゃんの逆鱗に触れたら武蔵から一人、商売相手が居なくなっちゃうよ?」

「くっ!まさか嵐はチパーイ派?いえ、そんなことはないわ!この賢姉様に敗北の二文字はないのよ!」

「君らホント、ブレないよね。それにしても五十嵐君はネタが尽きないな」

「嵐がモテるのは今に始まったことじゃないさね。昔からじゃないか」

 

 周りから好き勝手飛ぶ言葉に対して反応を返そうにも腕のなかで真っ赤になって気絶したネイトを放っておけず結局、嵐は外道どもを放置する他ない。

 

(とりあえず野郎には、蟻も殺せぬチョップで、女郎には、デコピンだな。鈴を除く!)

 

 そんなことを嵐が思った直後、マジで鈴を除いて野郎共は脳天を、女郎共は額を抑える。見事なシンクロだった。

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「っというわけで、トーリたちは今日の夜にどんちゃん騒ぎするらしいよ?正純君はどうすんの?混ざって消火器煙幕でも張っちゃう?」

「私は副会長ですよ?それにそんなことが聖連に知れたら───」

「大丈夫、連中と同じだって思われるだけだから」

「余計だめじゃないですか。この前だって科学室でアルコールランプを爆発させて───」

「ああ、闇鍋しようとしてたんだよね。んで、暴発で光鍋になっちゃって」

「それだけじゃありませんよ。先日だってレストランでミトツダイラの取引相手を全裸でクリーム濡れにして尻に鰻を突っ込んで、船尾で振り回したとか…………」

「あったねぇ。あ、でも、あれね、あの食通どうやらミトツダイラの家を狙ってたみたいなんだよねぇ」

「…………は?」

 

 思ってもみないことに正純は片眉を上げて首をかしげる。

 正純は詳細を聞いていないが、最初に耳に入ったときには何をバカなと呆れたものだ。だが、どうやら自分の知らないことがあるらしい、と判断して耳を傾ける。

 

「ま、有りがちな話さ。六護仏蘭西側か極東側からかは分からないけど襲名狙っての縁談話。それが取引相手として来てたもんだから、あの性格だしネイトの奴も困ってたみたいでね。俺も相談されてたってわけ」

「では、あの騒ぎは酒井学長の手引きですか?」

「いんやぁ、多分梅組の誰かの耳に入ったのさ、ネイトが困ってるってね」

「それで、あんな騒ぎを起こしたと?」

「ま、やりすぎなのは否めないけどね。だって尻に鰻だよ?最後にはす巻きにされて振り回されるとか、俺は勘弁だね」

 

 ゲラゲラと笑う酒井。

 因みに尻に鰻を突っ込んだのはトーリであり、簀巻きにして振り回したのは嵐だったりする。

 

「…………皆は聖連に睨まれるのは何ともないんでしょうね」

 

 正純は呟き空を仰ぐ。

 

「まあ、少なくとも五十嵐の奴は聖連嫌いだろうしな」

「……え?」

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「これ、絶対人選ミスっただろ」

 

 死んだ目で呟く嵐。その両手には肉やら何やらが詰め込まれた袋と花火やら何やらが詰められた箱がそれぞれ持たれている。その他にも肩から斜めがけに折り畳みのテーブルやらその他諸々、とにかく大量に搭載されていた。

 

「いやー、悪いで御座るな嵐殿」

「悪いと思ってんなら少しは持てや」

「いやいや、確かに嵐殿は多いが自分達も相当で御座るからな?」

 

 隣を歩く点蔵も嵐よりは少ないがそれでもけっこうな量の荷物を持たされていた。

 

「早くしろ!経費は最低限で落とさねばならない!次は────」

「そこの魚やさんだねぇ」

「「まだ買うのか(御座るか)!?」」

「ふん、お前たちはよく食べるからな。後々出費する位ならば、今安く買い漁り、腹を満たす方が建設的だろう」

「ホラホラ~第一特務もランちゃんも頑張ってねぇ」

「鬼だな」

「鬼で御座るな」

 

 再び揃ってため息。

 さて、何故こんな訳のわからない組み合わせで買い出しに出ているかと言えば、じゃん拳で決まったのだ。

 結果、二人負けした点蔵と嵐の二人は守銭奴コンビの従者のごとく特売品を持たされていた。

 

「そういえば、嵐殿はトーリ殿のもとへ行かなくても良いので御座るか?」

「あん?…………まあ、吹っ切れるためには、な。喜美だってついてるし大丈夫だろ」

「いや、嵐殿が吹っ切れるというか…………」

「問題ねぇよ。俺は何があっても二度と後悔しない選択が出来ればいい」

 

 思いの外、重い返答に点蔵は忍者スキルを発揮して嵐の表情を盗み見る。因みにキャップの目が動くために結構モロバレだということを明記しておこう。

 そして嵐の表情だが─────特筆することなく普通だった。

 気負いも無ければ、瞳が淀むこともなく、眉間にシワもよっていない。いたって普通、いつもの表情。

 それらが表すのは、既に彼が腹を括っており、常に覚悟してきた証ということになる。

 

「…………嵐殿は時々、頗るカッコいいで御座るな」

「何だよ、急に」

「ランちゃんがかっこいいのは前からだよ、ね、シロ君」

「まあ、お前の写真は高く売れるからな」

「ちょっと待て。シロジロ、てめぇちゃっかり何してやがる」

「なに、売り上げの一割ならばお前にくれてやっても良いぞ」

「え、何で上から何だよ。むしろ俺の写真なんだから十割俺でも良いぐらいじゃねぇか?おい、無視すんなや」

(しまらんで御座るなー…………)

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「これで粗方買い終わりましたかねぇ」

 

 憐れな二匹の羊が守銭奴に振り回されていた頃、浅間は腕に下げた買い物袋を眺めて呟いていた。

 

「人数分とはいえ一気に買いすぎじゃないかねぇ?」

「ガ、ガっちゃんや、ゴっちゃんとか、……い、居てくれたら、よかった、かも」

「ナイトもナルゼも運送の仕事をしてますからね。今ごろ、艦の間を飛び回ってることでしょう」

 

 面子は四人、大きな義手の右腕を持つ直政、盲目天使な鈴、俊足従士のアデーレにズドン巫女の浅間。

 彼女たちも憐れな羊よりは少ないがそれでもまあまあな量の買い物袋を下げていた。

 

「まあ、シロジロ達の方も買い物してるし問題はないだろうさね」

「…………あの二人はご愁傷さまとしか言えませんでしたね。ガックリと肩を落とされてましたし」

「基本的にあたしらの尻拭いは嵐の奴がやるからねぇ。特にトーリの尻拭いは嵐の仕事さね」

 

 あの白髪はトーリのせいでもある、と直政は内心で付け足す。

 元々の嵐の髪色は純粋な黒だった。それが10年前のあの日を境にポツポツと白が混じり始め、今では白と黒のコントラストをきめる髪色となってしまったのだ。

 

「笑ってるけど浅間。多分アンタも嵐の白髪の原因さね」

「ええ!?私もですか!?いや、でも…………」

「アンタ、去年の文化祭で弓道部の人間射的に出て射撃場から逃げた部員までぶち抜いてたじゃないかね。景品はそう取り、それを全部孤児院に渡して。孤児もプレゼントが犠牲と引き換えに入手されたもんだとは思うめぇよな。人の命は景品より軽いよな」

「だって、マサ。加速系容れてない人なんて鴨撃つよりよりも楽なんだからしょうがないじゃない。それにあんな大声あげながら逃げるのも近所迷惑だからズドンしただけだし」

「……アンタ、物騒って言葉を知りなよ」

 

 一応その時は怪我人が出なかった。

 

「ホント、あたしの周りは録なのが居ないねえ。どうせ3人も夜に教導院に集まるんだろ?」

「勿論ですよ。その為に神社の仕事も終わらせてきますし」

「自分も模擬用の従士槍に対霊術式着けて参陣しますけど」

「わ、私も、私も行きます」

「何だかんだと皆トーリ君の告白が気になるんですね」

「確かにね。世間は織田だの大罪武装だの末世だのと煩いけどさ。まあ、そんな中で一人のバカの告白が通るかどうかはホント、通し道歌じゃないけど────」

 

 レンチを担ぎ直して直政は空を見上げる。

 

「怖いさね。よくやる気になったもんだと思うよ、あのバカは」

 

 視線を下ろした直政はそのまま浅間へと視線を送る。この中でトーリと付き合いが長いのは彼女なのだ。

 自然と他二人の目も彼女へと向く。

 

「そう、ですね…………少なくともいつもの悪巫山戯、じゃないと思いますよ」

「それは皆分かってる筈さね。もしも悪巫山戯ならあいつは馬鹿を通り越して質の悪い別のナニかになってるだろうし、何より嵐の奴が許さんさね」

「五十嵐君は怒ると怖いですもんねぇ。言動は荒いですけど基本的に優しいですし、そのギャップが余計に怖いです」

「ら、嵐君が怒る、のは、理由、ある、よ?」

「分かってますよ。五十嵐君は理不尽が嫌いなんですよね」

「ある意味では後悔したのはトーリだし、責任を感じたのは喜美で、無力さを味わったのは嵐さね」

 

 あの三人が一番酷かった、と直政は呟く。

 だが、それと同時に

 

「あたしらはあの二人には頭が上がらないね。トーリが向こう側に行かなかったのもあの二人が居てこそさね」

「そうですね。でも、嵐君の無茶が増えたのもその頃からですよね。私の神社にいきなり来て、加重術式をいくつも契約して」

「『誰よりも強くなる』それがあいつの出した答えだからね」

 

 強ければ、不条理に打ち勝てる。強ければ、理不尽に屈しない。

 呪われたように“強さ”に固執する。

 その時、サラリと音がする。

 見れば、鈴が腰につけた吊柵状対物センサーの金柱群に触れている音だった。

 撫でるように手は動き、それに合わせて音がなる。

 

「あのね、こ、これ、最初は、ら、嵐君が始め、たんだ、ひ、広めてくれたのは、トーリ君、と、ホライゾン、だけど」

「ああ、あたしらも真似してそうしてるっけね。……ん?でも、嵐の奴が始めた割りにはあんまり見たことないね」

「ら、嵐君はその、分かる、から」

 

 目の見えない鈴にとって急に声をかけられるのは怖いものだ。更に人が近づくことには感知できるが、それが誰かは声を聞くまで判断できないのだ。

 しかし、どうやらそこに種があるらしい。

 

「ん、とね、嵐君の心臓の音、皆より、大きいの、それに、り、竜の声が、する、から、分かる、の」

「竜の声…………?」

「ほら」

「おーっす、お前ら」

 

 鈴が指差す先には大荷物を背負った嵐と点蔵の姿が。その他にもネシンバラやウルキアガ、シロジロにハイディ等々まあまあな面子が揃っていた。

 

「よう、鈴。大丈夫か?重いなら俺か点蔵が荷物持つぞ?」

「ら、嵐殿!?自分、結構いっぱいいっぱいなので御座るが!?」

「バッカ、オメェ、女に重いもの持たせるとかカッコ悪いじゃねぇか。それに鈴だぞ?オメェ、鈴に重いもの持たせるってのか?」

「ぐぬ……!言い返せぬで御座るな……!」

「嵐君!私の持ってくれても良いんですよ!」

「…………?智は普通に持ててるから良いんじゃね?」

「な、何でですかー!」

 

 先程まで、結構重い話をしていた気もするが人数が集まればそんな空気も霧散する。

 これこそ彼らの持ち味に他ならない。

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