境界線上の竜鎧   作:黒河白木

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8話 DAY Ⅴ

「明日は楽しくなるといいなぁ、そう思わない?ガっちゃんの方は」

『そうね。今日はいいもの見れたし、ネタが捗るわぁ』

 

 通神越しに会話するマルゴットとナルゼの二人。そして、ナルゼの方は鼻息荒く頬を染めて、少々変態チックだ。

 

「いいもの?」

 

 だが、マルゴットには通じなかったらしく首をかしげる。

 彼女の脳内では今日のことがプレイバックされているがその中で引っ掛かることは無かったらしい。

 

『総長と嵐の絡みよ!』

「あー…………、そういえばスゴかったねぇ。ランちゃんの体、その………スゴいよねぇ…………」

 

 ナルゼの指摘にその場面を思いだしマルゴットは赤くなる。

 全身全てが引き締まっており、なんというか言い表すならギチギチ?といった所か。

 隣にヒョロリとしたトーリが立つことでその肉体の強靭さが際立っていた。

 

「あぅううう…………何か顔が熱くなってきたよぉ」

『良い!良いわよ!マルゴット!その表情、スゴく良いわ!』

「もー、ガっちゃん!からかわないでよぉ…………」

『ゴメンゴメン。でも、スゴかったわよね嵐の体。10年の結果、なのよね』

 

 人によってまちまちだがそれでも人にとっての10年は決して短いとは言えない。

 10年あれば人の見た目は変わっていく。少女は女性に、少年は男性に。記憶は薄れていき、やがて忘れてしまうのだろう。

 

「ねえ、ガっちゃんの所から喜美ちゃん見える?」

『見えるわよ。というか階段の上から動いてないわね』

「てことは、ソーチョーも動いてないんだよね」

『まあ、そうよね。少なくとも喜美がトーリを放っておくことはないと思うわ。何かようでもあった?』

「うーん、生徒会宛の荷物なんだけどねぇ。〔絶頂!ヴァージンクイーン・エリザベス初回盤〕っていうのがあるんだけど…………」

『…………あのバカ、朝の奴で終わるって言ってたわよね?』

「まあ、ソーチョーだもんねぇ。この前もランちゃんに折檻されてたし」

『嵐の頭、いずれ真っ白になりそうよねぇ』

「もう縞々だもんねぇ。…………あ、セージュンだ」

「!?……ああ、マルゴット、バイトか?」

「ううん、ちゃんとしたお仕事だよ。セージュンは何してるの?」

「三河の帰りだ。これから学校の……後悔通りの方に行こうと思ってる」

「Jud.成る程ねぇ。今の時間は外舷側は混むもんねぇ」

『?正純、そこに居るの?だったら、今日の夜の事とその荷物お願いしたらどう?』

「夜?というか荷物ってなんだ?」

 

 話についていけない正純は首をかしげるがマルゴットが差し出したモノを見て頬をひきつらせた。

 

「…………聞くが、これは?」

「多分、ソーチョーの注文したやつだよ。セージュン、後悔通りに行くんだよね?だったらついでに渡してきてくれるとナイちゃん嬉しいんだけど」

「後悔通りに葵は居るのか?」

「Jud.。ソーチョーは後悔通りの前にいるから、お願い!あと、今日の夜8時から幽霊祓いするけど、セージュンも来る?」

「いや、生徒会役員が聖連に睨まれるわけにはいかないから遠慮しよう。何より今日は花火を見に行こうと思っているんだ」

「そっかー…………とにかくこれ、お願いね?」

「え、ちょっ…………!」

 

 箒に股がり行ってしまったマルゴットを見送り、正純は手の中のエロゲを見て深々とため息をつくのだった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「なぁに考えてんだか、アイツ等は」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、フラフラと歩くのは嵐だった。

 彼の背には既に荷物の類いは載っていない。というのも、青雷亭での集合の後、ペルソナやウルキアガに荷物を強奪され残った面子に背中を押されて一人早く教導院へと向かうこととなった為だ。

 

「あんまり首突っ込むのもなぁ……気乗りしねぇ」

 

 その足取りはどうにも重い。そりゃ、物心ついたときからの幼馴染みの踏ん切りをつける日であるため側に居るべきなのだろうが、どうにも気が乗らない。

 周囲のものたちは嵐が10年前の件から真っ先に立ち直りフォローしたようにも見えるだろう。だが、その本質はある意味の逃げだ。“命懸けの鍛練”という道へと最初に逃げた、と本人は思っている。

 まあ、実際のところは本人がそう思っているだけで周りから見れば常軌を逸したヤベェ奴、的なレッテルを貼られるに過ぎないことだったりする。

 

「…………あ?」

 

 後悔通りを教導院へと進んでいけば、見たくないものが彼の視界に入ってきた。

 それは顔面蒼白であり脂汗を流しながら、全力でポールダンスをしているバカ、もとい、葵・トーリがそこに居た。

 

「何やってんだよ、トーリ」

「何って…………なんだろ?俺って何やってるんだ?グルグル」

「錯乱しすぎだろ。因みにテメェ何を思ったかポールダンスしてるぞ。知り合いが10人居れば10人目を逸らすレベルのポールダンスだ」

「お、おう…………」

「とりあえず落ち着けよ」

 

 街灯から降りてきたトーリの呼吸はかなり荒い。10年染み付いた拒否反応、いや、既に拒絶反応といってもいいレベルに達しているせいだ。

 梅組一同、一部を除いて外道の烙印が押されているがそんな彼らでもトーリを後悔通りに蹴り飛ばすことはしない。リアルリバース待ったなしだからだ。

 

「そういや、トーリ。今日は幽霊祓いするんだろ?組分けどうする?」

「あ?…………ああ、どうすっかな。とりあえず一番はベルさんの安全だ!」

「そんなら、智と組ませるか。他はどうする?」

「どうすっかなぁ…………」

 

 割りとマトモな会話をしながら、トーリの足は後悔通りへと進んでいき、入り口の目の前でピタリと止まる。ギシギシとまるで錆びた機械の様に、足裏が張り付いたように、彼はそこから動けない。

 嵐は一瞬目を細めるが何も言わず、動かない。ただただ、動けないトーリの背を見守るだけだ。

 その五分後、バカが愉快なオブジェのように地面に突き刺さった。もちろん、嵐の仕業だ。

 

「……ったく、錯乱して抱き付くんじゃねぇよ。俺にそんな趣味はない!」

「ぼ、ボケに対する突っ込みが……は、激しい……!」

「ビクンビクンしてんじゃねぇよ。それとも何か?お前のケツに“鍵”ぶっ刺してやろうか?」

「ヤメロォーーー!?さすがにボケ術式貫通の浣腸とか死ねるから!」

 

 顔面が煤けた状態で起き上がったトーリは嵐へと詰め寄った。嵐の手に握られた“鍵”を見てその表情は青ざめている。

 

「じゃあ質問だ。テメェ、涙目の野郎が抱き付いてきたらどうする?」

「とりあえず、ぶん殴るかな」

「な?つまり俺がお前にジャーマンスープレックスかましたのも不可抗力だ。理解できたか?」

「おう!…………ってなるかよ!」

 

 二人がやるのはいつものやり取り。トーリがボケだけでなく突っ込みも行い、嵐もまた同様だ

 いつものやり取り。昔からのやり取り。

 そして、どこか物足りないやり取り。

 そんなバカ二人のやり取りを階段の上から眺めるのはバカを心配する姉とその隣に腰掛ける女教師だ。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「うわ、ジャーマンスープレックス。トーリ生きてるかしら?」

「大丈夫よ先生。嵐はちゃんと加減してるし愚弟はボケ術式容れてるもの」

「そういう問題?それに嵐はボケ術式確か腕力でぶち抜けたわよね?」

「だから加減してるのよ。その為にあのおバカは大量の重量術式を服に仕込んでるじゃない」

「確か“服の所持者にのみ加重する”術式よね。アレ容れる人、嵐以外に見たことないわ」

 

 ケラケラと笑いながら酒を煽るオリオトライ。

 彼女の言う通り、トーリ程ではないが嵐も他人が使わないような術式を多く容れている。その大半が自身の肉体に負荷を掛けるものばかりだ。はっきり言ってマゾ仕様、もしくは気違いが容れる様なモノなのだ。

 それもこれも五十嵐・嵐という男が信奉するものが“力”であることに起因する。

 元々彼は“人間”という括りでありながらその肉体はえらく強靭だった。それこそ、体格差をものともしないレベルであり鍛えた今では種族差すらも覆すほど。

 元来、“五十嵐”の家はどうやら強靭な肉体を持つものが時折出ているらしく、結果“悪鬼纏身”が伝えられている、という側面もある。

 

「あのおバカが“人”から離れていくのは私たちのせいよね」

 

 縋ってしまった、頼ってしまった、寄り掛かってしまった。気付いたときには遅かった。

 既に少年は“暴力装置”と呼ばれる様になっており修羅道へと身を浸してしまっていたからだ。

 

「まあ、でも、嵐が完全に人を辞めないのも貴女達が居るからよ。あの子を追いたてるのが皆なら、あの子を繋ぎ止めるのも皆なのよ」

「…………嵐のおバカにあの子、て表現は似合わないわよ先生~」

「良いじゃない。私は教え子の味方だもの」

 

 これで酒瓶を煽ってなければいい話で終わるのだが、まあそれも彼等彼女等らしいと言えばらしいのだろうか。

 何だかなぁ、と思いつつ喜美は前方、階段下へと目を向けた。

 

「あら?副会長、何してるのかしら?」

 

 

 ◇■■■■◇■■■■◇

 

 

「し、しくじったな…………ここ、何処だ?」

 

 正純は一人途方にくれて辺りを見渡していた。

 後悔通りに向かうために近道しようとした結果がこれだ。そういえば武蔵に来たばかりの時も迷ったことを思い出した。そしてその時に嵐と出会ったのだ。

 

「………掛ければ来てくれるだろうか」

 

 呟く正純の片手には最も安価な物だが携帯社務が握られていた。

 母が公主隠しで消えて以来なるべく一人の時間を作りたくないと思い立ち買ったものだ。

 だが、その手は止まる。どうにも頼りすぎではなかろうかと。それにここは目的地の近くのはずだ、人の声も近い。

 そう判断して正純は歩を進めた。

 果たして、どうやらその判断は正しかったようだ。彼女の視界に木製の建物が入ってきた。

 

「これは…………休憩所か。良かった、なら、そろそろ後悔通りに……ん?」

 

 休憩所の壁に埋め込まれた金属のプレート。

 

「“御霊平庵”一六一八年…………」

 

 そこでそう言えば、と正純は思い出す。後悔通りには確か慰霊碑が建てられていたことを。

 

「確か…………“一六三八年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住民一同”だったか」

 

 そこを思い出せば他にも色々と繋がってくる。例えば後悔通りそのものの名付けにもその少女が関わっているのだろうと予想がつく。つまりは後悔とはその少女の事ではないのか、と。

 だが、明確な答えが出されない状況ではあやふやな答えでは新たな疑問を誘発する。

 

「しかし…………死者の後悔、なのか?」

 

 そも、後悔とは生者がするものであり死後の世界がどうであれ死者には基本的に無縁の言葉だ。

 何せ後悔とは基本的に全てが終わって、そこに残った者達がするものなのだから。更にその後悔に死者が絡むのならば残るのは生者だ。

 正純も母を喪ってから後悔した。あのとき、もしもだが、確認しにいけば何か変わったかもしれない。いや、元々自分は戦闘向きではないがそれでも何か手がかりが掴めていたかもしれない。

 

「後悔……後悔…………後悔したのは…………誰だ?」

 

 顎に手をやりぶつぶつと呟きながら歩を進める。

 不意に歌が聞こえてきた。

 それはこの武蔵でもよく聞かれる澄んだ声。耳障りの良い鈴のような声だ。

 

「P-01sか…………」

 

 名を口に出せば少しだけ気が楽になった。ついでに今日はよく彼女の声を聞くことも思い出す。

 毒舌?だが、案外話も合う。的はずれな事も言うが基本的には自分の事も気にかけてくれるし────

 

「友達、と言えるのだろうか………」

 

 呟き、少々照れ臭い気持ちになる。

 そんな思いに水を差すのは固い低い男の声。

 

「こんな所で何をしている、正純」

 

 それは自分を武蔵へと呼んでおきながらマトモに顔を会わせることすらほとんどない、父の姿だった。

 

 

 ◇■■■■◇■■■■◇

 

 

 階段の上、未だに後悔通りを見下ろす二人。相も変わらずそこから動いていなかった。

 

「何やってんのかしらねぇ、あの二人」

 

 オリオトライが呆れて呟く。

 その眼下では何故だか嵐が逆立ちしそのひっくり返った足裏に同じく足裏を合わせてトーリが仁王立ちしているのだ。曲芸である。

 

「たまにアイツ等、何をしたいのか分かんないのよねぇ。いや、分かったらそれはそれで私もヤバイんだけどさ」

「あぁら先生、私達の味方なら分かって良いんじゃないのー?」

「それじゃあ喜美は分かるのかしら?あの二人が何考えて曲芸しながら正純を見てる理由」

「この賢姉様が分かるわけないじゃなぁい。そもそもあのおバカ二人に理由を求めるのが間違いなのよ」

 

 そんな会話を知るよしもなく、話題の二人はジッと正純の方へと視線を向け続ける。

 彼等はじっと見ていた。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 本多・正純にとって父への感情は筆舌に尽くしがたいものがある。

 悪感情……というほどのモノではない。恨んでいる、というほどでもない。

 ただ、分からないのだ。

 

「お前が出てきた森、その中にあった休憩所について何か解ったことはあるか?」

「え……?────あの、休憩所が、何か?」

「勉強不足だな、何一つ理解がないとは」

 

 久しぶりの会話もこんなものだ。

 明確な衝突などはないが、言葉を交わすことも少ない。

 そんな相手に感情を抱くことは難しい。

 しかし、一つだけ正純は納得いかないことがあった。

 ───母の仮葬儀。

 それに彼は来なかったのだ。来たのは代理の人間。言い渡されたのは武蔵に来い、という言葉のみ。

 政治家が忙しい職業なのは志望している正純も分かっている。だが、納得しているかはまた別の問題だ。

 初めて自身の感情を吐露したP-01sや嵐に相談すれば、前者は少々ずれた毒舌、後者は殴り込みに行きかねない。

 そんなことを頭の片隅に思い浮かべて改めて父へと向かい合う。

 

「おや?ご子息は何やら珍しいものをお持ちのようですね」

 

 だが、口を開く前にそんなことを言われて正純は自分の持っているものを思い出した。

 エロゲである。自分の物ではなくトーリの物だが、それは紛う事なきエロゲなのである。

 

(しまったー!?早く葵に届けないと……!)

「しかも、初回盤とは珍しいですな。いや、私、そちらの方も商売の手を伸ばしておりましてなぁ」

「ふむ、よく分からんがお渡ししろ」

 

 流石に正純はその言葉に息を飲んだ。

 無理なのだ。いや、出来ることならば手放したいが、ワタスアイテデハナイのだから。

 何よりこれは他人の、トーリの物だ。

 同時に自分は試されている、と正純は感じた。

 ここで差し出せば、将来的に何らかの利点を得られる。逆に渋れば未だ子供だと判断されることだろう。

 

「正純」

「…………ッ……」

 

 一際父の声が強くなり、それが最後通牒だと言われているように感じられる。

 頭のなかでぐるぐると言葉や状況、その他諸々が回りに回って─────

 

「おっしゃセージュン!いい仕事だあ!」

 

 バカの来襲によってその空気は見事にぶち壊された。

 

「あ、葵!?」

「そうそう、オレオレ!葵・トーリだぜ!いやぁ、ナイトとナルゼが配達しねぇで空飛んでるから、どこにあるか探して徘徊してたんだ!」

「お前……スゴく顔色悪いぞ?大丈夫か?」

「ん?あ、ああ、あれだ走ってきたからな!ちょっと息が上がってるだけだ!」

 

 明らかに具合が悪そうなトーリだが、どうやら理由は語ってくれないらしい。

 そう判断して正純はため息をついた。

 

「あ、そうだ!酒井学長に聞いたと思うけど、今日のよる教導院の方で俺のコクりの前夜祭するんだけどセージュン来るか?」

「……いや、すまない。今日は花火の方を見に行こうと思っていたんだ。それに私の家は村山の方だから、な」

「そっかあ……出来れば来てほしかったんだけどな」

「は?何故だ?」

 

 問えばトーリは日に顔を向けてしまい表情は見えない。

 しかし、声が聞こえた。

 

「セージュンもよく知ってる相手が俺のコクりの相手だからさ!」

「はぁ!?ちょっ、待て!私に迷惑は及ばないよな!?あ、おい!」

 

 さーてなあー、と後ろ手に手を振りながら駆け去っていくトーリの背中。

 そしてその先には困った表情の嵐が居り手を振っているのが見えた。

 

「これは何とも珍しい光景ですな。後悔通りの主に…………武蔵唯一の戦力にして“暴力装置”が並んでいるとは────10年ぶり、でしたかな」

「後悔通りの────主?暴力装置?」

「あれをご覧あれ。あの碑が建てられたのは刻まれた年、大改修は後に建てられたものです」

「ホライゾン・Aという少女ですね」

「Jud.、そしてフルネームではこう言います。ホライゾン・アリアダスト、と」

 

 正純は再び息を飲んだ。そして先程、駆けていったトーリへと目を向ければ階段を下りた姉に抱き留められており、その頭を友人に撫でられていた。

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