【艦これ×SCP】SCP-5038-HM-EX及びSCP-5039-HM関連資料集 作:宮園レイン
スリガオ海峡から響く声
太陽が水平線に沈んでいき、海は夕焼け色に染まっていく。また、今日という日が終わっていく。
満潮は、財団の
その"任務"というのは、いわゆる強行偵察任務であった。敵支配海域に接近し、相手の対応――例えば、警備艦隊や即応艦隊が進入した自軍艦隊に接触するまでどれほどの時間を要するのかとか、その際使用している無線周波数は何であるかとかを調査するという任務だ。もっとも後者については、深海棲艦が電波を利用した通信を行った事例は今までに確認されていないので、今回の任務は相手の対応速度を観察することのみが主な目的だった。
満潮は海を渡りながら、夕焼けの色に染まる世界を眺めていた。僚艦はキロ単位で距離を取っている為、まるで海の上で独りぼっちになっているようだった。辺りには波濤が砕ける音と、自身のタービンが掻き鳴らす騒音だけが響いていた。
勿論、彼女は艦であるから、海など昔から散々、それこそ飽きるほど見てきた。しかしそれを差し引いても、夕焼けに染まる海の美しさは任務帰りの満潮の心に染み入り、何度見ても飽きることはなかった。
この訳の分からない「財団」なる組織に満潮が保護されてから、はや二ヶ月が過ぎようとしていた。彼らの管理下で過ごすのは何かと不便が尽きないが、頼れる相手など他になかった。それに、悪いことばかりではなかった。かつての西村艦隊や第八駆逐隊の面々を始めとした懐かしい顔ぶれと再会を果たしたことは、彼女にとって僥倖だった。
ただ実を言えば、自身の最期の瞬間だけは未だに思い出せていなかった。西村艦隊がスリガオ海峡からレイテ湾へと突入を試みたのは覚えていた。それで艦隊が凄惨な最期を迎え、自身もかの海峡に沈み、一度は艦としての生涯を終えていることも、当時を覚えている面々から聞かされて知ってはいたものの、自身の記憶には残っていなかった。財団の研究員曰く、満潮のように昔の記憶が曖昧な艦娘もいるらしい。そのうち、思い出すことになるのだろうか。
満潮は海を眺めながら思いを馳せていると、美しい色の海面に、黒い影が浮いていることに気付いた。
思わず溜息を漏らした。美しい紅色にポツリと浮かぶ黒い点――恐らく潜望鏡深度にまで上がってきた敵潜だろうか。潜伏していればいいものを、のこのこと敵前に影を晒すとは迂闊な潜水艦である。おおかた練度の低い個体だろう。
しかし、なぜこんな所に深海棲艦が現れるのか。彼らの支配海域からはとうに逃れたはずだ。ここまで敵潜が浸透してきたのだろうか。どんな理由であれ、見つけた以上は見逃すという選択肢はない。しかし、ソナーはそれらしい音を感知していなかったのも少々気に掛かった。満潮は念を入れて慎重に取り掛かることにした。
対潜爆雷を準備しながら、僚艦へ「敵潜発見」の旨を打電する。見失わないよう、あの夕焼けの海にポツリと浮かぶ黒い影を注視したままに。
満潮は影に近づいていく。おかしなことに、影は逃げる素振りも見せなかった。こちらに気付いていないのだろうか。その方がこちらとしては好都合ではあるが、些か不気味だった。
そうして近づいていくと、その影がより鮮明に見えるようになる。満潮は、そこでようやく気付いた。
――それが、潜水艦の影とは似ても似つかないことに。
その影は歪だった。木の根のように絡み合い、放射状に伸びる何本もの"それら"――ヒトの手足。そして、重なり合う胴体。苦悶の表情を浮かべる顔。彼らが壮絶な最期を遂げたことは想像に難くなかった。
彼らは、ヒトの水死体だった。しかし不自然なことに、それはまるで誰かか意図的にそうしたかのように、あるいは彼らが自らそうしているかのように、彼らは一固まりの群体を形作っていた。
満潮は「敵潜は誤認だった」と打電を行おうとして――。
満潮の打電は途中で止まった。見覚えのないはずの彼らを、満潮は知っていた。彼らの顔はぼんやりとしていて、ハッキリとしない。しかし、なぜだか彼らは確かに、スリガオ海峡で満潮と運命を共にした戦友だったと確信できた。
彼らは水死体である。故に、口は動かさない。しかし、声が聞こえる。満潮を呼ぶ声が。
「嘘……なに、これ。 あれは、私、の……?」
僕は彼らが誰だか知っているよ、彼らの名を知っている。一人一人、全員の名を。君だってそうだよね?
「知らない……あんな顔、知らない、はず……」
一体どうして君は海中の死体に見覚えがないんだい?
君にはあまり時間が残されていない、はやくそこを立ち去らなくちゃいけない。スリガオ海峡に戻り、海中に入って、彼らの目を見るんだ。
あれは君の戦友、君の乗組員だろう。'44年の秋、君が艦だったころ、一緒に作戦でレイテ湾に向かったじゃないか。
覚えてないのかい?
聞き覚えのある声、それらが満潮に訴え掛けてくる。
皆の目を見るんだ。彼らが君に語り掛けるのが聞こえているのは分かってる。
これが単なる幻覚だなんて言わせないでよ。
これは彼らの過ち、彼らがこれを引き起こした。僕たちは皆、鋼鉄の艦だった、覚えてないのかい?
そして僕だけが去った。あの時はね。今でこそ僕たちは、二つに分かれて、海の上にいる。君もその片割れの一隻だ。分かるよね?
残りの皆は海の底で、僕たちが皆のところに戻ってくるのを待っている、また再び皆でひとつになるために。皆は僕たちに知ってほしい。僕たちに思い出してもらいたいんだ。
お願いだよ、目を覚ましてよ。'44年の秋を思い出すんだ。僕たちが突入するはずだったあの海域を。皆に君のことを忘れさせないで。皆が君を呼んでいるのが聞こえないのかい?
満潮はしゃがみ込み、目を瞑り、両耳を塞いだ。
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
皆の目を見るんだ。
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえてるのは知ってるよ。
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません。
聞こえないのかい?
私は海中の死体に見覚えがありません――。
私は海中の死体に見覚えがあります。
皆が君のことを待っている。
満潮はガタガタと身体を震えさせながら、海の上で一人、縮こまっていた。
海峡に戻るんだ。
不意に、何かが満潮の肩を叩いた。満潮はびくりとして、顔を上げた。
「満潮? どうしたの? 一体何があったの?」
そこには、満潮の顔を心配そうに覗き込む朝潮がいた。
「朝潮……どうしてここに……?」
「満潮の打電が途中で途切れたから、様子を見に来たわ。 それで、敵の潜水艦はどこ?」
「朝潮、私……スリガオに戻らなきゃ」
「満潮……? 貴方、一体何を言っているの!?」
「あの人たちが待ってるのよ。あの海で。私に乗ってた人たちが……」
「あの人たち?」
「そうよ。あの人たち。海の中で待ってるのよ。あの人たちの口から、あの人たちが何者なのかを知ったわ。一人一人が、私に語り掛けてきたの。██に██、██と……」
満潮は、朝潮も知らない誰かの名前をブツブツと呼び始めた。朝潮の目には、その姿がとても痛々しく映った。
「もういい。もう、いいのよ。 満潮、きっと怖い目に遭ったのね」
朝潮は憔悴した様子の妹を抱きしめた。しかし満潮は、その腕の中から逃れようと激しくもがいた。
「離して! 私は戻らなきゃいけないの! 戻って、あの人たちと会わなきゃいけないのよ! あの人たちは私の乗組員、戦友なの!」
「満潮!?」
先ほどとは一転して悲痛な叫びを上げる満潮に、朝潮は驚きを隠せなかった。
「満潮、落ち着いて! 正気に戻って!」
「私は正気よ! 離しなさい!」
「あっ……!」
朝潮の身体は満潮に突き離され、満潮は朝潮の手から離れた。
「私は戻る。あの海に。皆が待っているわ」
満潮は立ち上がり、踵を返そうとする。朝潮の元から遠ざかり、あの海の底へと還ろうとする。
朝潮はポケットから手の平に収まる程度の大きさの容器を取り出し、満潮の顔に向けた。その容器には灰色掛かった液体が入っていた。
「……満潮、ごめんなさい」
朝潮が容器のキャップを押し込むと、"シュッ"っと軽い音と共に、液体が霧状になって噴き出した。その霧を浴びた満潮は、急激に意識が混濁していった。
「まさか、本当に使うことになるなんて」
朝潮は手の中の容器を見つめた。ラベルには「Class-A」とだけ書かれていた。
それは記憶処理薬なる代物だった。もし、自分の指揮下の艦娘が錯乱した時、これを使うようにと命令されていたのだ。同士討ちによる被害拡大を防止する為である、と。
財団の科学者の説明によると、これに曝された人物は意識が朦朧とし、それが覚める時には処理剤の使用から約一時間前までの記憶を失うという。正直、こんな得体の知れない薬を使うのは抵抗感があった。しかし、満潮を止められる手段はこれしか考えられなかったのだ。
焦点の合わない目で虚空を見つめる満潮を、朝潮は肩を貸して立ち上がらせようとした。
「ううん……」
呻きを上げるだけで、満潮はされるがままに立ち上がった。
「さあ、帰るわよ満潮。私たちの母港に」
朝潮は必死で妹を支えながら、前を見据えた。昔のように死に別れるのは、もう御免だった。
超常現象記録-2013より抜粋
概要紹介: 海面に一固まりの人間の水死体の群れが出現しました。当時、当該海域を航行中であったSCP-5039-HM-087が対象実体を視認したことで認識災害に曝露しました。
発生日時: 2013年██月██日
場所: フィリピン海 N██°██' , E███°██'
追跡調査措置: SCP-5039-HM-087は、SCP-5039-HM-085によって現地でAクラス記憶処理が施され、帰還しました。その後SCP-5039-HM-087に対して医学的検査と認識災害テストが実施されましたが、いずれも異常は見られなかったことから、当該事象の発生から四日後、SCP-5039-HM-087は任務に復帰しました。
SCP-5039-HM-085の証言とSCP-5039-HM-087に着用させていたカメラの映像記録から、対象はSCP-2316の類似アノマリーである可能性が指摘されており、現在、対象のオブジェクト指定が検討されています。
原作の文中の「聞こえないのかい?」が時雨の声で脳内再生されたのと、秋イベントと冬イベントが連続してレイテ沖海戦モチーフらしいのと満潮改二が実装されるので記念がてらに思いつきで書いたSSです。
当初はSCP-2316そのものとして書いていたけど某サイトでSCP-2316の解説を読んで真相を理解して原作の内容から大きく逸脱していることに気付き、急遽類似アノマリーという設定にしてお茶を濁したというのは内緒。
クレジット
SCP-2316
著者:djkaktus
(英)http://www.scp-wiki.net/scp-2316
(日)http://ja.scp-wiki.net/scp-2316