Fate/Pocket Monsters   作:天むす

5 / 8

個人的に感じた矛盾点はバッサリ捏造してすり合わせしています。
違和感あってもこれは平行世界。全てはフィールでどうにかなる。

17/09/10 修正
19/03/08 修正



2話-a ラブリーでチャーミー

 ダート自転車。軽いながらも丈夫に出来ているのが特徴的な自転車であり、マッハ自転車より速度が出ない点を除けば、小回りの利く多目的な用途で使える、やや上級者向きの自転車である。マッハ自転車と共にホウエン地方発祥の物であり、エミヤも愛用する道具の一つだ。

 と言っても、エミヤが使ってるのは、キンセツシティにあるショップで物色した物の投影品であるため、本物ではない上にやや性能が落ちている。しかし、工程を丁寧に仕上げれば、その差異もほぼないと言える出来にまで仕上げられるため、性能の差は微々たるものと言えるだろう。

 その赤フレームが眩しいバッタモンダート自転車に跨がったエミヤは、さてと、と二つのモンスターボールを投げる。

 綺麗な放物線を描いたボールから飛び出して来たのは、山羊のように後ろへ反り返る角を持つ逞しい足腰の黒い犬――ダークポケモン・ヘルガーと、時を渡る淡い赤色の妖精――セレビィだった。

「ヘルガー、サトシを探してくれ。ピカチュウを連れているから見付けやすいはずだ。セレビィはヘルガーに付いて行って、道案内を頼む」

「ガウ!」

「ビィ!」

 サトシの持ち物の臭いを嗅がせたヘルガーへ、エミヤは指示を出す。そしてその背に跨がったセレビィへもフォローを頼むと、二体は揃って頷き、一番道路へと駆けて行った。力強い脚力は一気に加速させ、二体の姿を小さくする。

 あっと言う間に走り去って行ったその姿を見送ったサトシの母・ハナコは、感心してエミヤに拍手を贈った。

「強そうなポケモンね~。あの子もエミヤくんのポケモンなのね。トレーナーに似て賢い子だわ~」

「ありがとうございます。あいつに伝えておきます」

「ええ、是非そうしてちょうだい。あ、これ。良かったら持って行って」

 ハナコはサトシを見送る際にエミヤと再会した後、すぐに帰宅し、おにぎりを作っていた。女の勘なのか、彼がすぐに旅立つことを予想していたのだろう。

 計四つの正三角形をアルミホイルに包んだ簡単な弁当を手渡し、ハナコは腰に手を当てて嘆息した。

「エミヤくんったら、いっつも帰って来たと思ったらすぐまた旅立っちゃって。若い者には旅をさせろ、とは言うけど、もうちょっと落ち着いたらいいと思うわ。まあ、今回はうちの子が原因なんだけど」

「どちらかと言えば博士が渡し忘れたのが元ですが……では、次に戻った時には、家にお邪魔しても構いませんか? また一緒にランチでも」

「ええ、是非いらして頂戴。楽しみにしてるわ! あ、おにぎりの具はエミヤくんの好きな具にしといたから」

「ありがとうございます。食べるのが楽しみだ」

 受け取った弁当をポーチに入れ、ペダルに足をかける。

 トキワシティの方角で、空色が怪しくなってきていた。今出れば確実に雨に降られて濡れるだろうが、サトシも初日に雨の中を進もうなどと無茶はしないと考えられる。確実に追い付けるだろう。

「まだサトシからは連絡は入っておらん。普通に歩く分なら日を跨ぐだろうが……」

「どちらにしろ、今日中にトキワシティを越えることはないだろう。問題ない。十分カードを渡せる範囲内だ」

 新人トレーナーであれば、町に着けば連絡を入れるだろう、とメールを確認してきたオーキドは、ゆっくりと首を左右に振る。まだ旅立って数時間。流石にトキワシティには遠い。

「では、行ってくる」

 エミヤもヘルガーとセレビィの向かった一番道路に向けて走り出した。

 

 

 

 ラブリーでチャーミー

 

 

 

「雷か。結構派手に落ちたが、何ともないか?」

「バウ!」

「ビィ!」

「そうか、だがあまり無茶はするな」

 先行したセレビィたちを追って自転車を走らせていたエミヤを、案の定雨が濡らした。さらに悪天候は重なり、ゴロゴロと重い唸りを上げ始めたかと思えば、一つ大きいものが前方で落ちた。これでは、新人トレーナーの旅立ち日にしては最悪と言えるだろう空模様だ。

 車で旅立ったシゲルは既に町に入って大丈夫そうだが、徒歩のサトシは心配だ。

 道の真ん中でエミヤを待っていたヘルガーとセレビィを一撫でし、エミヤは空を見上げる。

 幸い、先までの荒れようが嘘のように、雨足は途絶えてきている。ぽつりぽつりとまだ降っているが、雲の切れ端から光が落ちてきているため、もう雨も止み、この様子なら晴れるだろう。

 甘えるようにその首もとにすり寄ってくるヘルガーの耳の裏を掻いてやり、エミヤはぐるりと周囲を見回す。

 ここまで随分と進んで来たが、サトシの姿は見ていない。それに妙に森は静かで引っ掛かりを覚える。

 はて、この一番道路はこうも静かであっただろうか?

 悪天候で生き物一匹見られないが、それは雨が降り出す前からだったように思える。

「……いや、オニスズメを見かけないのか」

 この辺り一帯を縄張りとする、名前負けしない小型の鳥ポケモン・オニスズメは、エミヤの記憶が正しければ、いつも忙しなく飛び回っていた覚えがある。だが、今はその影が欠片も見られない。

「たしか群れで行動していたは、ず……?」

 何かあったのだろうか?

 天候に続いて何か不吉な予感を感じるエミヤだったが、進行方向から何やら悲鳴が聞こえてきて顔を上げた。

 見れば、光を差し出した雲の下を、細かい黒豆たちが固まって動いており、それはそのままエミヤの頭上を通り過ぎてマサラタウンの方へと向かって行った。

「……オニスズメ?」

 黒豆の群れは、件のオニスズメであったが、はてさて、一体全体この先には何があるのやら。

 先の雷に驚いたのか、それとも別の何かか。群れで行動していた以上は、何かしらの一大事と対面していたと思われるが、それを正確に推測するのは難しいだろう。

 首を傾げるだけ傾げ、結局何も思い付かなかったエミヤは、とりあえずトキワシティまで行ってみよう、とヘルガーに先行するように指示を出しかけ、そこで動きを止めた。

「……あれは……」

 言うならば、黄金色に輝く虹色の鳥。

 自分でも何を言っているかわからないが、エミヤにはそうとしか表現できなかった。

 カントー地方では見たこともない程に大型であり、広い翼を悠々と羽ばたかせ、光を散らしながら飛んでいる。

 元の世界の生き物に当て嵌めるなら「鳳凰」と言ったところか。

 神秘的であり、どこまでも美しいその鳥は、エミヤたちへ目をくれることもなく優雅に、そして偉大さを持って飛んで行く。

「…………まさか……」

 ジョウト地方のエンジュシティには、ある言い伝えがある。スズの塔に降り立つと言われるある伝説のポケモン。そのポケモンは生き絶えた命を甦らせ、姿を見た者は永遠の幸せを約束されるとも語らている。

 前者は、嘗てあったカネの塔が焼け落ちた際に三体のポケモンが死んでしまい、それを甦らせ『ライコウ』『スイクン』『エンテイ』を生んだ伝説から。そして後者は、その目撃情報の少なさからくる幸運から語られるようになったのだろう。前者はともかく、後者に関しての諸説の根拠は不明であるが、実際に見ればその神秘さに圧倒され、納得せざるを得まい。

「……ホウオウ……」

 エミヤは小さく、しかし噛み締めるようにそのポケモンの名を呟き、見えなくなるまで見送った。

 ホウオウにはまた一つ言い伝えがあり、心正しき者の前に姿を現す、と言ったものがある。

 ただの幸運により目にできたのか、それとも意図的に出会ったのか。その判断はできなかったが、何故だがエミヤは泣きたい気持ちになった。

 悲しいのか、嬉しいのか、自分でもわからない。それでも、自分の中にある何かを肯定されたような気がする。

 この気持ちは、一体なんという名前だったのか。思い出せないのが少しい惜しい。

 滲んでしまった視界を拭い、エミヤはいつまでも同じようにホウオウの飛び去った空を見上げるポケモンたちに声をかける。

「雨も上がったことだし、早くサトシを追いかけよう」

 青空が覗き始めた空には、美しい虹がかかっていた。

 

「絶~~対にっ許さないんだから~~っ!!」

「…………」

 さて、時は少し進み、トキワシティの入り口。

 ヘルガーとセレビィをモンスターボールに戻したエミヤの自転車には、一人の同乗者が増えていた。

 明るいオレンジの髪を左サイドアップにし、青い瞳を持つその少女は、名をカスミと言う。ハナダシティにあるみずタイプ専門の公式ジム・ハナダジムのジムリーダーの一人だ。

 そのカスミが何故ハナダシティの外に居るのか、その理由は知らないが、エミヤはカスミと彼女の自転車を後ろに乗せ、一番道路の途中からここまで走って来た理由なら、十分に把握していた。

「ちょっとエミヤ! あいつの知り合いなんでしょ?! どーいう教育したら借りた自転車丸焦げにして放置するようなことになるのよっ!?」

「……すまない、少々世間知らずでな……」

 カスミの怒りもごもっともであるため、頭痛のするエミヤは強く言い返せない。

 エミヤがカスミと出会ったのは、一番道路ももう抜ける所でだった。まさかここまで一度もサトシと出会えないとは、と知っていた以上に身体能力を上げてきた弟分に戦慄していると、道の真ん中で立ち尽くす少女と出会ったのだ。それがカスミである。

 お人好しなエミヤはそこで人見知りなセレビィをボールへ戻し、当然のように声をかけた。「どうかしたんですか?」と。

 その声によって振り返ったカスミは、まさに般若のそれであった。怒りで顔を赤く染め、眉間にはざっくりと皺が寄り、可愛らしい顔が台無しとなっていた。

 そんなカスミにやや引きながらも話を聞いたエミヤは、額を押さえて天を仰いだ。

 要約すると、重症のピカチュウを連れた少年に自転車を盗られたと思えば、ここに丸焦げで乗り捨てられていた、と言う。

 間違いない。それは十中八九サトシだ。聞いた特徴とも一致しているため、言い逃れもできない。

 心配そうにクーンと鳴くヘルガーに慰められながら、安定のエミヤはとりあえずトキワシティまでカスミとその丸焦げ自転車を運ぶことを約束し、それから兄貴分として謝罪して現在に至っている。

 カスミの自転車はモンスターハンターも真っ青な炭状態であり、タイヤからフレームの芯までダメになっていた。これではエミヤでもどうすることもできない。買い換えるしかないだろう。

 因みに、カスミの自転車が新品であったことも、彼女の怒りに油を注いでいる要因だと思える。

(……交番が無人になっている……何かあったのか? ん? あれは新しい手配書か?)

 後輪の上に括られた丸焦げ自転車とハブステップを支えにし、運転手の肩に手を置いて怒り冷め止まぬカスミの、その怒号をBGMにしているエミヤは、はて、と首を傾げた。

 トキワシティの入り口にある交番には、警察機関の大半を占めるほぼ同じ顔をした一族の一人であるジュンサー(本名不明)が構えているはずだ。しかし通り過ぎる際に見た通りでは、交番は無人であり、道にはタイヤの跡が残っている。近くの車庫のシャッターが開きっぱなしなのを見ると、何か緊急事態があったと考えられた。そして視界の端で捉えた見覚えのない手配書。

 僅かな情報から現状を整理しようとしたエミヤだったが、その思考は真後ろから阻まれた。

「あいつはポケモンセンターに居るはずよ! すぐ向かって! すぐに!!」

「まあ、こちらが優先か……了解した。振り落とされるなよ!」

「え? きゃあ!?」

 疑問もあるが、先ずは届け物が先だ。

 ペダルを回す勢いを強めれば、それに驚いたカスミが悲鳴を上げた。自然と肩に置く手は拳の形となり、それを感じ取ったエミヤの口角がややつり上がる。

「あのお転婆娘が随分と可愛らしい声を上げるようになったものだ。今なら王子様のために上手に歌えるんじゃないか?」

「あ、あんた覚えて……あの時のことは忘れなさいよ!!」

「まさか。懸命なレディの告白を忘れるなんてするわけがない」

「告白じゃなーい!!」

「いたたたっ、摘まむな摘まむな」

 今度は羞恥心により真っ赤になったカスミは、エミヤの肩の皮を服ごとつねる。それを痛がるエミヤだが、自転車は減速することなく安定した運転捌きによって進んで行く。

 実はエミヤとカスミは今日が初対面ではない。

 エミヤは二年程前、ハナダジムに挑戦したことがあった。本来はただ世界を見て回る宛のない旅であり、ジムへ挑戦する気などさらさらなかったエミヤだったが、フラストレーションの溜まったセレビィの息抜きに訪れたのだ。

 エミヤのセレビィは性格的に臆病なため、あまり人前に出たがらないのだが、しかし元が野生のポケモンである。いつまでもモンスターボールの中でじっとしていることに慣れないセレビィは、外に出て一暴れしてみたい気分となっていた。

 しかし困ったことに、やはりセレビィは臆病で人見知りだった。外に出たいが知らない人の前に出たくはない。ならば野生のポケモンとバトルするか、となれど、今度はエミヤがそれを渋った。

 当時のエミヤは手持ちを増やす気が全くなかった。そんなトレーナーがただ一方的に野生のポケモンにバトルを仕掛け、終われば放置する。明らかに虐待だ。バトル後にポケモンセンターに連れて行けばいいのかもしれないが、変に懐かれるのも、またポケモン虐待について注意されるのも決まりが悪い。

 そうなれば、セレビィが戦える場所は限られることとなり、結果、エミヤたちは比較的人目につかないバトルフィールドがあるポケモンジムにて暴れることにした。

 このような経緯により、ハナダジムで出会ったのが、カスミを含めたハナダの四姉妹である。

 両親の投げ出したジムを姉妹だけで切り盛りするその施設へ訪れたエミヤは、思った以上に高レベルのセレビィ一体で完勝し、勝者の証であるジムバッジを貰った――ところで、トラブルが起きた。

 ハナダジムは副業に水中ショーを行っている。バトルフィールドの大きな水槽がそのステージと兼用されているのだが、セレビィとのバトルの余波により、裏のパイプから水漏れが起きてしまっていたのだ。

 ポケモンジムではよくあることなのだが、そんなことを異邦人であるエミヤが知っているわけがなく、責任を感じた彼はその修理と何かお詫びをすることを提示した。

 さて、エミヤを知る者ならば有名なことだが、彼は非常に女難の相が強い。どれ程かと問われれば、師匠の従者として付いて行った冬のテムズ川に落とされるくらいに、または本来範囲外であるはずの場所にゴリウーの群れが現れるくらいに、とにかく生前から死後にかけて女難の相が現れている。

『あら、じゃあお願いしちゃおうかしら』

 ハナダの美人な方の三姉妹たちは、エミヤの申し出を聞けば直ぐ様両脇を固め、そのまま衣装室へと連行した。

 そして次に出てきた時には、何処ぞの王子様のような格好をさせられた一風変わった容姿の少年であり、その片手に台本を掴まされていた。

『この後にショーがあるのよ。王子様役お願いね♪』

『なんでさ!?』

 ショーの詳しい内容は省くが、その時にエミヤは当時八歳のカスミと出会った。

 その日はカスミの初めて名のある役を任されたショーであり、さらに一緒に入水するのが初対面の男。

 緊張しないわけがなかった。滅茶苦茶緊張していた。

『よろしく頼むよ、お嬢さん』

『ひゃっひゃいっ!?』

 それはもう体はかっちかちなもんだから声はひっくり返り、

『大丈夫かね?』

『だいしゅきれす!!』

 盛大に噛んだ。

『~~~~っ』

『……大丈夫かね?』

『だいすきです』

『……ありがとう、リトル・プリンセス・マーメイド』

『あううう……っ』

 そして言い間違えた。

 回想終了。

 因みに、その日のエミヤの頬には小さな紅葉が一つ二つあったとかなかったとか。

 閑話休題。

「そのまま突っ込んでっ!!!!」

「無茶苦茶言うな!?」

 と言いつつ、カスミの指示によりポケモンセンターへ自転車ごと突っ込んだエミヤは、カウンター前に華麗にスライド停止して見せた。会心の出来である。ちょっとドヤ顔だ。

 そして、そんな彼らの目の前にはボロボロの格好でいるサトシが居り、彼はパチクリと目を瞬かせていた。

「エ、エミヤ? なんでここに?」

「いやはや、驚いたぞ、サトシ。まさか半日でトキワシティまで辿り着く「見~付~け~た~わ~よ~!!!!」

 エミヤのセリフを押し退けて、カスミがサトシの前に立った。

 その顔に覚えのあったサトシは、カスミとエミヤが運んできた丸焦げの自転車に視線を向け、一歩後退る。

「な、なに、その自転車……」

「これが自転車って言える!? まるで食べ残しの焼き魚よ!! コゲコゲの骨だけじゃない!!」

「私ならもっと上手く焼くがな」

「エミヤは黙ってて!」

「む、了解した」

「魚だって化けて出るわよ! 私の自転車、このままじゃ済まさないんだから!!」

 正に怒り心頭。

 焼き魚どころか炭となった自転車を指さし、カスミはサトシにどうしてくれるのかと問い詰めた。

「弁償でも何でもするから……でも、今はそんな時じゃないんだ……オレのピカチュウが……」

「……なるほど。その格好を見るに、相当な無茶をしたようだな」

 何をしたらそうなるのか。

 サトシは全身泥だらけの上に傷だらけだ。あの悪天候の中を駆け抜けて来たことが窺える。

「……そんなに悪いの?」

「……たぶん……オレ、どうしたらいいのか」

 カスミも察したのだろう。先までの勢いとは一転し、心配そうにサトシへ問いかければ、弱々しい答えが返って来た。

「……サトシ」

 そんな弟分へエミヤが声をかけようとしたその時、ずっと点っていた処置室の灯りが消えた。

 サトシは弾かれるようにそちらを向き、現れたジョーイとラッキー、それからベッドに寝かされるピカチュウに駆け寄った。

「ピカチュウ、大丈夫か!?」

「危機は脱したわ。もっとも、ポケモンセンターの医者と看護婦が救えないポケモンは居てはならないけど。ね?」

「さすがポケモンセンター!」

「ありがとう! 先生!」

「後は病室の方で回復を待つだけ。傍に付いててあげなさい」

「はい!」

 ピカチュウの額にはバイタルサインを示す装置が嵌められ、それは一定した間隔で点滅している。見た目の負傷に目が行くが、ピカチュウの容態は安定しているようだ。

 ほっと肩の荷が下りたサトシは、次に申し訳なさそうな顔をしてカスミを見た。

「悪い、こんな場合だから自転車のことはもう少し後で……」

「何言ってんのよ!? そんな場合!?」

「え?!」

「早く看病してあげて! 早くったら早く!」

「まったく、その通りだ」

 他人のポケモンながら、ピカチュウを懸命に心配するカスミに、優しい微笑みを浮かべたエミヤが同意する。サトシはその声と顔を見て、思わず一歩後退さった。

 何故ならば、エミヤは全く笑っていなかったからだ。

 表情筋の話ではない。その細められた鋼の瞳と低い声のことである。

 それは短い間だったが、エミヤと過ごした半年間の間で数度見たことのあるもの。エミヤお兄さん怒ってますよの合図だ。これが目の前に現れたら最後、その説教が終わるまで逃れられないと言う最強対人宝具。またの名を『そこに直れ』と言う、地獄の技だ。

 ノーキャンセルが基本で、稀にセレビィがエミヤに構って攻撃をした時のみ中断される可能性のあるそれだが、ここは生憎のポケモンセンター。夜も更けて人気がないとは言え、カスミやジョーイもいる。人目のある場所に中々出たがらないあのポケモンが助けてくれる奇跡など、考えるまでもない。

「エ、エミヤ? 話そう? 話さないと人間はわかり合えないって言ったのはエミヤだろ?」

「ああ、話すとも。先ずは病室へ移ろうか? そこでじっくりと話を―――」

 と、突然サトシにとってタイミング良く、ポケモンセンター中に警報が鳴り響いた。

 何事かとエミヤたちは周囲を見渡せば、トキワシティへ何者かが侵入したと言う。それも巷で騒がれるポケモン誘拐事件の犯人の可能性がある、とも。

 困惑するサトシたちで唯一事態に対応しようとモンスターボールに手をかけたエミヤの、その目の前に、天井の窓硝子を割って二つのボールが投げ入れられてきた。

 ボールは床に当たると中からドガースとアーボが飛び出してくる。どちらもどくタイプポケモンであり、ドガースは早々に煙幕を室内に撒き散らし始めた。

「何なんだこれは!?」

 いきなりのことに動転するサトシたちへ、答える声はすぐ傍からかけられた。

「なんだかんだと聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け」

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリーチャーミーな敵役」

「ムサシ!」

「コジロウ!」

 煙幕の間からキリッと決め顔を向けてくる、赤髪ロングの女と、バラを持つ青髪の男。

 何処かから盛大な音楽が聞こえてくるが、さてはて一体何処からか。

「銀河を駆ける ロケット団の二人には」

「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ」

「ニャーんてな!」

 極めつけに、最後に登場した化け猫ポケモン・ニャースが喋って決めポーズ。

 思わず彼らの口上を呑気に見ていたエミヤは、ハッと正気を取り戻した。

I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている) Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で 心は硝子) I have―――」

「って、あんたは何意味不明なこと言い始めてんのよ!?」

「いや、自己紹介されたからにはこちらもお返ししなくては失礼だろう? ……な?」

「何が『な?』なのよ!? 全っ然わかんないわよ!」

 と思ったが全然正気ではなかった。

 口上への返しとして自分を表す詠唱を返すくらいには混乱していた。

 こういったノリの悪役とかあまり周りに居なかったからネ。是非もないネ。

「さて、我らの狙いはポケモン」

「オレのピカチュウに手を出すな!」

「ピカチュウ? 我らの狙いはそんじょそこらの電気ネズミではない」

「とびっきり底抜けに珍しいポケモンだけだ」

 ピカチュウを庇うサトシへ、ロケット団は小バカにしたように言う。

「待って! そんなポケモン、このセンターにはいないわ!」

「ここには、病気や怪我のポケモンいっぱーい。根こそぎ頂いていけば、珍しいポケモンもいるかーもしれない」

「何だか頭に来たぞ」

「同感だ」

 ムサシの言葉に眉を寄せたのはサトシだけではない。漸く本調子に戻ったエミヤが、彼らを庇うように前に一歩踏み出した。

「弱きものを狙うとは、風上にも置けん小悪党だ」

「何が来ようと」

「怖くない」

「にゃーも猫に小判!」

「それはどうかな? ヘルガー!」

 エミヤはボールを投げてヘルガーを呼び出した。

 飛び出てきたヘルガーは空中で一回転し、力強い脚を持って着地する。そして鋭い眼光でロケット団たちを睨み付けた。

「な、何だあのポケモン!?」

「見たことにゃいポケモンにゃ!」

「もしかして珍しいポケモン!?」

「なるほど。程度の知れる輩だな」

 色めき立つロケット団に、エミヤは肩を竦めた。

 以前の旅で、エミヤはロケット団と真っ向からぶつかったことがあった。その時の経験から、彼らが下っ端であると当たりをつけたのだ。

 さらに、カントー地方では珍しいが、ジョウト地方ではヘルガーはメジャーなポケモンであるため、そこまで珍しくはない。それを知らないと言うことは、彼らはカントー地方の外へ出たことのない蛙と言える。

「ここは私が引き受ける。君たちは避難したまえ」

「でも!」

「心配はいらないさ。あれ程度が相手なら、朝まで時間を稼ぐこともできそうだ」

 エミヤの実力は知っている。

 リーグへは出ていないが、ジムバッジを所持しているのだ。決して弱くはない。だが、だからと言って彼だけを残して逃げることは、サトシたちに躊躇いを与えた。

 その葛藤を知ってかどうか、エミヤは彼らに背を向けたまま、ふと何でもないことのように言葉を続けた。

「ああ。時間を稼ぐのはいいが―――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 その時、サトシは始めてエミヤと出会った時のことを思い出した。

 絶体絶命のピンチに颯爽と現れた赤い背中。

 身の丈以上に大きなポケモンに対し、その身一つで立ち向かったその姿を、サトシは今も色褪せることなく覚えている。

 その時に見た背中と、今目の前にある背中が重なる。

「わかった! こっちは任せろ!」

 サトシはカスミとジョーイを連れて奥へと駆け出した。

 未だカスミたちは不安そうに後ろを振り返るが、サトシはただ前だけを向いて駆けて行く。

 不安がることはなにもない。

 その背中は、間違いなく正義の味方なのだから。





一気に書き切るつもりが、何故かここで切れた。
フィールが足りないからか?
ならば壁を走って高めるしかない。
しかし、フィールなんぞに世界は救えない。
いや、世界を救えても、私のリアル人生を救えはしない。

てなわけで、この世界のエミヤはのんびりしてるので、結構魔力を持て余しています。
そんな余った魔力は遠慮なくパチモンへ。なんて効率的で優雅な活用法。
魔術の力ってスゲー!

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