風光明媚な自然に包まれた、私立君咲学院。
去年までは女子校だったが、少子化の波に押されて名門と謳われた君咲学院も共学化への道を余儀なくされていた。
そんな世知辛い事情があるといっても、今まで男子との関わり合いが無かった箱入りのお嬢様が多く通っている君咲学院に、思春期真っ只中の男子生徒を大量に受け入れるという事が危険なことは言うまでもないだろう。
そんな状況を踏まえて、君咲学院は試験的に一名だけ男子生徒を受け入れることになった。
この物語は、女の園に放り込まれた幸運な――もしくは不幸な男子生徒と奇想天外なお嬢様達が織りなすハートフルストーリーっぽい感じの物語である……たぶん。
***
「ここが君咲学院か……意外と普通な感じなんだ」
校門前で校舎を見上げるのは、今年から学院唯一の男子生徒となった“転校生”だった。
ちなみに彼の本名は秘密である。どうしても気になる方は、お好きな名前で読み替えるといいだろう。
そして転校生の台詞が気になるという“通”な方は、どうか諦めてほしい。何故なら彼の台詞なしでは物語が成り立たないからだ。ゲームとは違うのだよゲームとは。という気持ちで大目にみてほしい。
「それにしても、本当に女の子だらけだ」
転校生が周囲を見渡すと、それまで彼を凝視していた大勢の女子生徒達が一斉に目をそらす。
その反応に普通の男子高校生なら、女子達から嫌われているのかとショックを受けるところだが、我らが転校生は微笑ましいものを見たと感じるだけで気にもしなかった。
「さてと、教室に向かおうかな」
「ちょっと待ちなさい。あんたはどこの誰よ?」
教室に向かおうとした転校生の前に、気の強そうな女子生徒が立ち塞がった。よく見るとその腕には風紀委員の腕章があった。
「僕は今日から転校してきた…」
「ああ、あんたがあの転校生なのね。話は聞いているわ。あたしは三年で風紀委員長の“
礼儀正しく自己紹介をする転校生に警戒心が薄れたかえでは、表情を和らげると転校生に優しく接する。
「はい、これから宜しくお願いします。かえでさん」
「ふぇ!? い、いきなり名前呼びなの!?」
気の強そうな彼女といえど、男子に対する免疫はなかった。不意打ちの名前呼びにドギマギしてしまう。
転校生の方はというと、不思議そうに首を傾げていた。
「あれ、名前呼びはマズかったですか?」
「えっとその……べ、別にマズくはないわよ。これからは同じ君咲学院の生徒だもの。うん、マズくはない……はずよ」
他意のなさそうな転校生に、かえではつい名前呼びを了承してしまう。
「はい、じゃあ、改めてこれから宜しくお願いしますね。かえでさん」
二度目の挨拶と共に、満面の笑顔で右手を差し出す転校生。
「ふぇええっ!? あ、握手をするの!?」
「あの、握手はマズかったですか?」
転校生にとっては軽い気持ちで差し出した右手にオーバーな反応をするかえでの様子に、転校生は不安そうな顔になる。
これは転校生に、かえでと同じ歳の姉がいるのが原因だった。転校生の姉はフレンドリーな性格で、転校生に対してスキンシップが多く、転校生もそれに慣れていたため、かえでに対しても姉と同じように接してしまったのだ。
それに対して、かえでの方はというと――本人は絶対に否定するだろうが――純情な乙女なため握手であろうとも男子に触れるのには抵抗があった。
(うう…そんな目で見ないでよ)
まるで捨てられた子犬のような目で、かえでを見つめる転校生。
本人にはそんな気は無いだろうが、その目はかえでを心理的に追い詰めていく。
(ええい、たかが握手じゃない! あたしの方が年上なんだし気にするほどの事じゃないわよね!)
握り返してもらえない右手を差し出したまま、プルプルと震えだした転校生の姿に、かえではとうとう覚悟を決める。
(えいっ)
心の中で掛け声をかけながら、かえでは転校生の右手を思いっきり力を入れて握り返す。
(あっ、力を入れすぎちゃったわ!)
かえでは、目の前の転校生が痛がっていると思いすぐに力を抜く。そして彼に謝ろうと目を向けた。
だが、かえでの目に飛び込んできたのは、右手を痛がる転校生の姿ではなく、かえでに右手を握り返されて嬉しそうにしている転校生の笑顔だった。
(この子はこんな純粋な顔で笑うんだ)
かえでにとって、男という生き物は決して好意的に思える存在ではなかった。
それというのも彼女にとって最も身近な男である父親が、彼女がこの世界で最も軽蔑する相手だったからだ。
もちろん彼女が自分の父親を軽蔑するのには理由があったが、その理由を誰かに話したことはなかった。
ただ、かえでという少女が男を苦手としていることは、彼女を知るものなら誰でも知っていることだった。
そんなかえでが会ったばかりの男――転校生の笑顔に好意的なものを感じたことに、誰よりも彼女自身が驚いていた。
(こいつの手、年下なのにあたしよりずっと大きいわ)
自分が力一杯握っても痛がりもしない、大きくてゴツゴツとした転校生の手。
(それにこいつの手、あったかいわね。)
かえでの記憶にある父親の手は冷たく硬かった。
(あ、あれ? なんだか頰が熱いわね)
かえでがヤバいと思った時には既に手遅れだった。
思わず転校生を意識してしまったかえでは、自分の頰が紅潮することを抑えることが出来なかった。
(クッ…こんな奴相手に赤くなるなんて屈辱だわ)
かえでは心の中で毒吐くが、いつもの彼女だったなら実際に口に出して転校生を罵倒していたはずだ。
そんな普段との違いに気付かないほど、かえでは転校生の笑顔とその手の温もりに気を取られていた。
「それじゃあ、またね。かえでさん」
「あっ……」
もちろん、そんな繊細な乙女心に気付くような男子高校生がいようはずもなく、例に漏れず転校生も気付かずにアッサリとかえでの手を離してしまう。
そして、振り返りもせずに校舎へと向かった転校生の後姿に、かえでは思わず手を伸ばしてしまった。
(あ、あたしは何をしているのよ!?)
そんな自分の行動に驚くかえで。
「ふん、まあいいわ。これからは同じ学院の先輩として厳しく指導してやるわよ。覚悟しておきなさい、転校生」
君咲学院の生徒たちから鬼の風紀委員長と呼ばれ恐れられているかえでは、いつもの様に嫌味たっぷりに遠くなった転校生の後姿に毒吐いたつもりだった。
だが、偶々近くでその言葉を聞いていた後輩の風紀委員の女子は、今まで聞いたこともない程に優しい声色と穏やかな顔で呟く風紀委員長の姿に目を剥いた。
「誰っすか!? この人は!? 絶対にせがっち委員長の偽物っす!!」
吃驚仰天の事態に大声で叫ぶ風紀委員の女子。
もちろん彼女はこの直後、鬼の風紀委員長にど突かれた。
ちなみに私はぎんにゃん推しです♪