「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね」
かえでは親友との待ち合わせ場所に向かう途中で、偶然見かけた転校生に声をかけた。
声をかけられた転校生は少し驚いた顔になったあと、すぐに笑顔になりかえでに応える。
「…っ!? こ、こんにちは、かえでさん。今日も暑いね」
「はい、こんにちは。確かに今日も暑いわね、熱中症には気をつけなさいよ。ところで何か驚いていたみたいだけど、どうかしたのかしら?」
転校生の不自然な反応に気付いたかえでは、何気なく彼に理由を尋ねた。
「えっと、その、べ、別にたいした事じゃないよ」
「ふ〜ん、そうなの?」
転校生の反応はあからさまに怪しい。
かえでの風紀委員長としての勘が、転校生の不自然な反応から瞬時に答えを導き出す。
「さてはナンパでもしてたのね。まったく、男の子ってのはしょうがないわね」
かえでは呆れ顔になる。だがそれも仕方ない事だろう。君咲学院で大勢の女子達に囲まれている立場でありながら、休日にまで女子を追いかけるなんて、女子であるかえでには理解しがたい情熱なのだから。
「イヤイヤイヤッ!? 違うからね!? 僕はナンパなんかしてないからね!?」
「はいはい、分かってるわよ。学院外のことでまで目くじらを立てるつもりは無いから安心しなさいな」
君咲学院では、鬼の風紀委員長の異名を持つかえでだったが、私生活にまで口出しをするつもりはなかった。
もちろん、君咲学院の名誉を汚すほどの行いならば容赦無く処断するが、思春期の男子高校生にナンパ禁止を命ずるのは酷というものだろう。
かえではなんとなく面白くない気持ちを持ちながらも、今回の件はスルーするつもりだった。
「じゃあ、あたしは用事があるからもう行くわね」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 僕は本当にナンパなんかしてないからね!!」
かえでは、転校生のあまりの必死な様子に疑問を覚えた。
もしかしたらあたしの勘違いだったのかしら? そう思いながら転校生に確認する。
「それじゃあ、どうして驚いたのよ?」
「それは…その……実は…」
「うん、実は…?」
転校生は少し顔を赤くしながら途切れ途切れに答える。
かえでは、普段とは違う優柔不断な態度の転校生を不思議に思いながら聞き続ける。
「か、かえでさんが……」
「あたしが…?」
自分の名前が出て首を傾げるかえで。
そんなかえでの仕草を見た転校生の顔は益々赤みを増していく。
「あうう……」
「もう、あたしがどうしたのよ? 今さら遠慮なんかいらないからハッキリ言っていいわよ」
真っ赤な顔でモジモジする転校生は客観的に見れば気持ち悪いが、かえでの主観では可愛く見えたようだ。
その証拠にかえでは、転校生が話しやすいように優しい笑みを浮かべていた。
「し…私服姿が…可愛くて……驚いた」
「……………………………………へっ?」
転校生の言葉にかえでの思考は止まる。
「だからっ、制服だときっちりしてるかえでさんが、私服だと可愛い感じだったから、そのギャップに驚いたんだよ!!」
転校生の方はというと、普段は姉みたいな感覚で接しているかえでに対して、“異性”を感じてしまった気恥ずかしさを誤魔化すように叫ぶと、かえでの反応を待たずに駆け出してしまった。
「……………………………………えっ?」
かえでは思考が止まったまま、駆けていく転校生の後姿を見送ることしか出来なかった。
***
ある日の昼休み、彼女はやって来た。
「弟くん、お弁当を作ってきたぞ!」
転校生を弟くんと呼ぶ彼女の名は“
彼女は転校生の姉の親友だった。
転校生が君咲学院に転校してきた当初は、男子である転校生を警戒していたが、彼が自分の親友の弟だと知った途端、すずはお姉ちゃんぶるようになったのだ。
転校生は姉属性をもつ者には好意的なので、今ではすっかり仲良しになっている。
今日も仲良しな転校生のために、すずは早起きをしてお弁当を作ってきた。
フンフンと鼻歌を歌いながら料理をする姿を見ると、お前のどこがロックなんだと突っ込みたくなるが、実際に突っ込んで彼女がダメージを受けたりすると、シスコン野郎の鉄拳が飛んでくる危険性が非常に高いのでオススメは出来ない。
ちなみに、教室に突然現れた上級生に転校生のクラスメイト達は騒ぎ……出すこともなく完全にスルーしていた。
たかが、上級生の登場ごときで混乱するようでは転校生のクラスメイトなど務まらない。
わずか数カ月という短い期間だが、転校生と過ごした日々は彼女達の精神強度を果てしなく高めていたのだ。
おそらく今の彼女達なら、たとえ道端でライオンと遭遇したとしても取り乱したりはしないだろう。
「ほら、弟くん。ボクが食べさせてあげるぞ!」
転校生の前席を上級生特権で接収したすずは、お弁当箱を開ける。
「ほら、あ〜ん…☆」
タコさんウインナーを箸でつまんで転校生の口元にもっていくすずは満面の笑みを浮かべており、いかにも恋する乙女に見えた。まあ、実際には弟弄りを愉しんでいるだけである。
そして、彼氏いない歴=年齢の女子達しかいない教室において、その行為は効果覿面であった。
一斉に発せられる殺意の波動。
教室の彼方此方で立ちのぼる殺意の波動を前にしてはいかに能天気な転校生といえど、眼前のタコさんウインナーをパクつく勇気は持てなかった。
すずの方はというと、計画通りに混沌としてきた教室内の雰囲気に小躍りをしたい気持ちになっていた。
(フハハハッ、感じるぞ! 愚かなる群衆共の妬みと怨嗟の声が! さあっ、もっとこのクロシェットに負なる感情を捧げるんだ!!)
心の中では邪悪な高笑いを発するすずだったが、その外面は弟思いの姉を思わせる優しい笑みを浮かべている。
そして、思いもかけず窮地に立たされた転校生。
(ぼ、僕はどうすればいいんだ!?)
頭を抱えて苦悩する転校生。
(うう、すず
転校生の脳はフル回転して考える。
(かといって、女子達を優先してタコさんウインナーを断ったりすれば、すず姉の気持ちを台無しにしてしまう)
うわあっ、僕はどうすればいいんだあっ!! と、頭を掻きむしりながら悩み始める転校生。
あっという間に彼の脳はオーバーヒートした。
その哀れを誘う姿を目の当たりにした女子達は、すずに対する敵愾心を露わにして、さらに殺意の波動を高めていく。
すずはというと、ちょっとした弟弄りのつもりが、目視できそうなほどに強くなってきた周囲の殺気に冷や汗を流し始める。
(あれ、これはどうやってこの場をおさめればいいんだ?)
離脱するタイミングも掴めないすずは、徐々に周囲の殺気に当てられて青ざめていく。
ちゃんと考えて行動しなければ碌なことにならないという見本のようなすずの姿だった。
そんな一触即発の場面でその音は響いた。
――パンパン。
後に転校生は語ったと伝えられている。
「あの時に響いた手を叩く音が、僕には天使の福音に聞こえた」と。
「はいはい、あんた達、じゃれ合うのもいい加減にしなさいよ。黒森先輩もみんなを無駄に煽るのはやめて下さいね」
A組の良心と謳われた、委員長の御降臨であった。
「うむ、そうだな。ボクも少しやり過ぎたと反省している」
すずは、委員長の御降臨で霧散した殺気に内心ではホッとしながらも、クロシェットらしく腕組みをしながらクソ偉そうな態度で謝罪の言葉を口にする。
「それじゃあ、弟くん。お弁当箱は洗わずにそのまま返してくれればいいからな。放課後にまた会おう」
ちゃっかりと放課後に会う約束をしながらすずは、殺気の残り香がする教室から速やかなる撤退を行なった。
「あ、うん。またね、すず姉…」
その鮮やかな逃げ足に呆気にとられる転校生だが、律儀に手を振っているところが彼をフェミニストたらしめている所以であろう。
「あんた……筋金入りね」
迷惑をかけられていながら手を振って見送る転校生の姿に、さあやは呆れて肩をすくめるのだった。