かえでと別れた転校生は、迷いながらも自分の教室に辿り着いた。
他の学校なら担任の教師に連れられて教室に来るところだが、自主性を異常なほど重んじる君咲学院では転校生に教師が連れ添うことなどあり得なかった。
自分の常識との違いに苦笑する転校生だったが、そこは本質的には能天気な彼だ。すぐに「気楽でいいか」と思い直して教室の扉を開ける。
転校生が扉を開けた瞬間、騒がしかった教室が水を打ったかのように静かになる。
そんな状況でも我らが転校生は、全くキョドる事もなく冷静に教室内を見渡した。
そんな冷静過ぎる転校生の態度は、寧ろ冷静というよりも単に鈍いだけなんじゃないかと疑いたくなるが、そんな彼の姿に懐かしい記憶を刺激された女子生徒がいた。
「やっほ、久しぶりだね。わたしのこと覚えてる? “
「もちろんだよ。久しぶりだね、なつみ。綺麗になりすぎちゃって、気付くのが遅れちゃったよ」
嬉しそうに転校生に声を掛けてきたのは、彼の幼馴染だった。
その明るい笑顔に和んだ転校生は、ついつい姉とじゃれ合う感覚で軽口を叩いてしまう。
「や、やだ。綺麗になっただなんて……も、もうっ、君ってば、いつの間にそんなに口が上手くなっちゃったの?」
「あっと、ごめん。人前で言うことじゃなかったね。これからは気をつけるよ」
転校生の軽口に真っ赤になるなつみ。その真っ赤になった顔を見て、自分の失言に気付いた転校生は素直に謝った。
「本当に気をつけなきゃダメだよ。君咲学院の子達は男の子に慣れていないんだからね。だから、わたし以外の子にそんな軽口を叩いたらダメだからね」
ちゃっかり自分だけは、転校生の例外になろうとするなつみだった。
「あら、その転校生は三波の知り合いなの?」
そんな時だった、ポニーテールの女の子がなつみに声をかけた。
「うん、幼馴染なんだ」
なつみは嬉しそうに転校生を紹介した。
そして、転校生にもポニーテールの女の子を紹介する。
「それで彼女は、うちのクラスの委員長をやってる“
「まぁ、よろしく。ふぅん、本当に男の子なんだ」
さあやには兄がいるため、特に転校生に対して緊張することもなく、学院内に男子生徒がいることを変に思っただけだった。
「あーっ! いいんちょっ、転校生と話してる! わたしにも見せて見せて!」
賑やかな声と共に現れたのは、独特なツインテールの女の子だった。
「あら、男の子よりも変なやつが来たわね」
「わたしなんてフツーですよフツー! うわぁっ、本当に男の子ですねーっ!」
「わたしの幼馴染なの。ななちゃんも仲良くしてあげてね」
なつみは転校生を紹介しながら、彼との距離が近付いていたななをさり気なく引き離す。
「はーいっ! わたしは“
「うん、いいんちょにななちゃんだね。これから宜しく」
「いいんちょって、転校生、あんたまで春風みたいな変な呼び方をするわけ?」
「えーっ! いいんちょって可愛いじゃないですかーっ!?」
「別に可愛くないわよ」
さあやの言葉にななは抗議をするが、さあやは聞く耳を持たない感じだった。
「あはは、僕も可愛いと思うよ。さあやは可愛い女の子なんだから、呼び方も可愛い“いいんちょ”が似合うと思うよ」
「え、あの、ちょっ!?」
屈託なく笑いながら、さあやを可愛いと褒める転校生。その手はさり気なく、さあやの頭をポンポンと撫でていたりもする。
この男は、つい先ほどしたばかりの幼馴染との約束を銀河の果てにでも飛ばしてしまったのだろうか?
いいや、そうではない。
彼が幼馴染と約束したのは、“女の子相手に軽口を叩かない”といったものだ。
彼がさあやに対して口にしたのは、本気の言葉であり決して軽口ではなかった。
仲良しの姉にフェミニストとして鍛えられた転校生にとって、初対面の女の子を褒めることは呼吸をすることよりも容易いことでしかなかったのだ。
つまり、転校生はさあやを口説くつもりはなく、社交辞令を言っているわけでもなく、ごくごく自然に思ったことを口にしたに過ぎなかった。
頭をポンポンも、スキンシップが好きな姉に鍛えられた結果でしかなかった。
さすがに初対面で年上のかえで相手なら自重するだけの分別はあったが、タメのさあや相手だと抑えることもせず、ほとんど無意識にポンポンをしていた。
「て、転校生っ、わ、分かったからっ、あたしのことは“いいんちょ”でいいからっ!」
流石のさあやも、同い歳の男子に頭を撫でられながら可愛いと言われて平気でいられるほどではなかった。
いいんちょ呼びを全力で肯定して、転校生が頭を撫でるのを辞めさせようとした。
もっとも、彼の手を振りほどくようなことはしなかったが…
「こらこらこらっ、さあやちゃんは照れ屋さんなんだから気安く頭に触れちゃダメだよ! 触れるならわたしに触れてね! 幼馴染のわ・た・し、に触れること!」
転校生に撫でられる続けるさあやを奪い取るように引き離したなつみは、転校生に自分の頭を撫でれ! と言わんばかりにグリグリと頭を転校生に押し付けた。
「あはは、なつみは幼い頃と同じで甘えん坊さんなんだね」
転校生は、そんななつみを懐かしそうに見つめながら優しい手つきで頭を撫でる。
幸せそうな顔で転校生に撫でられるなつみ。
転校生から引き離されて助かったはずのさあやは、頭を撫でられるなつみを何処となく羨ましそうに見ていた。
「あははーっ、転校生くんはどうやら天然のたらし君みたいですねーっ! みんなに気をつけるように伝えておきますねーっ!」
「ちょっと待って!? ななちゃん、誤解だよっ!!」
転校生の叫ぶような否定の言葉がクラス中に響いたが、一部始終を見ていたクラスメート達は、ななの言葉に黙って頷いていた。
ちなみに転校生の性格も各話毎に結構変わります。