「……もう、夕方だぞ。何をしているんだ?」
“
彼女は、転校生だけでなく全ての男が苦手なのだ。
それには特にこれといった理由があったわけではない。ただ、気付いたら乱暴で、臭くて、エッチな男が苦手になっていたのだ。
そんなゆりでも、転校生は色々と頑張っている奴なのだと認めていた。
君咲学院に通うみんなの為に走り回っている転校生の姿は、彼のことが苦手なゆりをもってしても好感を持たざるおえなかった。
そんないつでも優しく元気一杯な彼が、たった一人で夕暮れの教室に佇む姿は見る者に意味の分からない不安を与えた。
そんな根拠のない不安に駆られたからこそ、ゆりは転校生しかいない教室で、彼に声を掛けるなどいう暴挙に出てしまったのだ。
「……どうした? 何か言え」
転校生は校庭に面した窓際で校庭を見ていた。
ゆりの言葉にゆっくりと振り返る転校生。
背後から夕陽に照らされた転校生の表情は影となって、ゆりからはよく見えなかった。
何処かから運動部のかけ声が聞こえてくる。
開いた窓からは春先の涼しい風が入り込み、ゆりの頰を優しく撫でていく。
そんなありふれた日常のワンシーンでしかない筈なのに、ゆりの不安は増大していった。
それは、振り返った転校生が泣きそうだと感じたからだった。
ゆりには転校生の表情は見えない。それなのに彼が大きな悲しみに包まれていることが、何故かゆりには分かったのだ。
「…ゆりっぺ、もう夕方だよ。ゆりっぺは女の子なんだから早く帰った方がいい。良かったら送っていくよ」
転校生の声は普段通りだった。それなのにゆりには、その声が悲しみに震えているように感じた。
だからだろうか。普段の彼女なら絶対に口にしない言葉を口にした。
「……ありがとう、送ってほしい。それと、ゆりっぺ言うな」
「うん、それじゃあ、行こうか」
いつものゆりなら絶対に断る筈だった。
現に今までも何度か同じ言葉を掛けられたことがあったが、その全てを断っていた。
それなのに今回は了承した。
ゆりは自分でも不自然だと感じたのに、肝心の転校生はというと、一言の疑問すらも発さないまま、ゆりを帰路へと促すだけだった。
そんな態度もゆりの不安を余計に大きくさせた。
何時もは、お節介すぎるほどお節介な彼が、自分の不自然さをスルーしたのだ。
そんなことはあり得ないとゆりは思った。
ゆり自身はいつも素っ気ない態度を転校生に見せていたが、彼の方はいつもゆりの事を気にかけていた。
例えば、ゆりが少しでも体調が悪ければ、他の友達が誰も気付かなかったとしても転校生は気付いて心配してくれた。
ゆりが少しでも無理をしていると感じたなら、彼は強引にでも保健室に連れていった。
……何度かは女の子の日だったため、有り難迷惑ではあったけれど。
まあ、それは兎も角として…
きっと、彼はなにか重荷を背負っているのだろう。
それは、ゆりではどうしようもない事なのかも知れない。
彼はそっとしておいて欲しいのかも知れない。
だけどそれがどうした。何故かゆりはそう思った。
彼に迷惑がられようと、たとえこの事がキッカケで彼に嫌われようとも、ゆりは構わないと思った。
だって、転校生はいつも
ゆりがどんなに迷惑がっても、たとえどんなに転校生に暴言を放っても……彼はゆりの為に動いてくれた。
そのお陰で、ゆりは間違いなく助けられてきた
だというのに……彼に何度も救われながらも、自分は彼に素っ気ないままだった。
それなら今回は自分の番だと彼女は思う。
今でも男は苦手だけど、だからといって転校生が嫌いなわけじゃない。
自分が好きなのは、つゆりちゃんだけど……もしも彼が女の子だったなら。
そんなあり得ない夢想を、ゆりは幾度もした事があった。
確かに自分にどれほどの事が出来るかは分からない。だからといって、それがやらない理由にはならなかった。
自分を助け続けてくれる彼は、いつだって無茶だといわれることに正面からぶつかっているのだから。
そんな、ゆりが心惹かれる姿を胸にしながら、彼女は転校生の為に優しい気持ちを口にする。
「……ウジウジしてて鬱陶しい。悩みがあるなら聞いてやる。とっとと話せ」
……前言撤回しよう。ゆりは彼女なりの優しい気持ちを口にした。
転校生は突然投げかけられたゆりの言葉に驚いたように一瞬だけ目を見開いたが、すぐに何時もの笑顔になると誤魔化すように言葉を発する。
「あはは、ゆりっぺを何を言って「うるさい、黙れ。お前は悩み以外を喋るな。あと、ゆりっぺ言うな」……ははっ、参ったな。ゆりっぺには敵わないな」
転校生は少しの間、困った顔になっていたが、ゆりが絶対に引く気がないことを察すると、諦めたようにフッと一度だけ息を吐いた。
「僕の悩みか……いいのか、聞くんじゃ無かったと後悔するかも知れないよ?」
今まで見たこともないほどに真剣な転校生の顔だったが、ゆりは一切動じなかった。
聞かずに後悔するぐらいなら聞いて後悔してやる。そう思っただけだった。
「……三度は言わない。お前は悩み以外を喋るな」
ゆりの途轍もなく素っ気なく、そして途轍もなく優しい言葉に、転校生は苦笑するしかなかった。
「はは、分かったよ。それじゃあ、遠慮なく言わせてもらうよ」
「……早く、言え」
転校生の一言一句逃すまいと集中しながら、ゆりは知らず両手を握り締めて転校生の言葉を待つ。
「実は校庭で部活動中の女子達を近くで見学していたら、恥ずかしいから止めてくれと言われたんだ。だけど、僕はブルマ姿の女子達を近くで見学したいんだよ。だって、教室の窓からじゃ女子達のブルマ姿が小さすぎて堪能できないよね。実際に今も目を凝らして見てたけど、やっぱり小さくて堪能できなかった。こんな状況は悲しすぎると思うんだ。だからゆりっぺ、僕の見学を認めさせる協力をしてほしい」
「……」
その日、彼女は人生で最大の後悔をした。
本作は、恋愛風味のギャグです。ご了承ください。