応接室から退出したシュヴァンフヴィードは鎮守府内から外に出て、内火艇が停泊している桟橋に行かず湾岸にある施設に足を運んだ。
辺りは空襲を受けた倉庫の屋根に大きな穴が開き内部は黒焦げている。地面に落ちた爆弾でコンクリートの破片がそこら中に散らばっているのを妖精たちが一輪車やシャベルを使って片付けている。
ちらちらとこちらに視線を向けてくるが、合わせようとすると慌てて反らして作業をする。
そんな視線を気にせず、シュヴァンフヴィードの視線は施設から停泊している艤装に向けられた。
そこには無残にも黒く歪んだ鉄の塊の空母が存在した。
恐らく、ル級1の言っていた目標にされた空母なのだろう。
船側に「カガ」と煤くれた白文字が記されていることから、日本の正規空母加賀の艤装だとわかる。
沈没こそしてないものの、艦橋は破壊され、右に傾き甲板に大穴が何か所も空いて当時の苛烈な空襲を物語っている。
周辺の海面には、艦載機の残骸らしい緑色の翼の破片浮いている。
他の空母も同じくらいの状況で、見るに堪えない。
「ひっどいもんやろ。ボコボコに叩かれたからなぁ」
振り向くとそこにはちんまりとした少女がいた。
確か、応接室に入ってきた艦娘であり、初めに質問してきた艦娘だ。口調も独特の方言だからシュヴァンフヴィードの中では一番印象に残っていた。
「貴女は確か……応接室の…」
「そういや名前言うってなかったな。うちは龍驤。鳳翔と同じ軽空母の龍驤や。よろしゅうな」
「私はシュヴァンフヴィードこちらこそよろしく」
にかっと白い歯を見せ笑う龍驤。シュヴァンフヴィードは右手を差し出すと快く握りしめた。
「見てみい、うちの艤装も丸焦げ。幸いなことに司令部に居たからよかったものの、加賀と蒼龍は意識が戻らへん。艦載機の皆も多くが戦死してな……慢心って言うほどじゃないけど、流石に堪忍してほしいわ」
けらけらと笑いながらもその表所には悲愴な面もちである。
「深海棲艦の接近を察知できなかったんですか?」
「電探には反応がなかったやから、恐らく低高度を進んできたんやろ。襲撃は明け方時で迎撃機が上がる前に空母艤装3隻に戦艦艤装2隻を炙ってトンズラやからな。徹底した作戦んなんやろ」
「敵の目的は何だったんでしょう? 空母と戦艦だけを襲撃するだけだなんて」
「恐らく、やっこさんはここが欲しいんやろ。厄介な空母と戦艦だけを叩いたのはその為や。ここを取れば本土進攻の前哨基地にできるからな。現に基地施設に被害が殆どないしな」
確かに龍驤が言う通り奇襲にしては目標が限定していた。
ル級1の言う通り徹底した作戦行動と言うのは間違いではなかったようだ。ということは近いうちに深海棲艦の再度も襲撃が差し迫っているのではと考えるべきだ。
「なら遠くない内に本格的な襲撃があるのでは?」
「……せやろな。航空機は鳳翔の30余機に防衛機の零戦10機。心もとないはないがこれで耐えるしかあらへんしな」
「撤退は考えないのですか?」
「撤退?」
その時、龍驤の表情が怒気を含ませるものに変わった。
「ええか。うちら日本帝國海軍は逃げたりしなへん。例え負け戦であっても奴らに尻尾巻いて情けなく帰るんやったら最後まで戦って死ぬん。それが日本帝國海軍や」
艦娘としての、兵器としての誇りが入り混じった瞳は、真っ直ぐにシュヴァンフヴィードを睨む。
多くの乗組員を失い、戦友を傷つけられた彼女にも意地があった。
「それにな……加賀と蒼龍はうちの教え子みたいなもんなんや。せやから一矢報いないと気が収まらへんねん」
帽子を深く被り、俯きながら龍驤は言う。
今の発言は不謹慎であったとシュヴァンフヴィードは後悔した。
「不謹慎な発言をお詫びします、申し訳ありませんでした」
「ええよ。ええよ。君が言ってることは現実的に正しい。うちもそれが最善やと思う。けど、ここの戦略的な価値は大きいから仕方ないねん」
北方の守りである単冠湾鎮守府を失えば、周辺の島々の千島列島から北海道北端を実質上の制圧下に置かれてしまう。
そうなれば広大な北海道の地に上陸する深海棲艦を向かい撃つ為の戦力の分布は広大になるからだ。
「せやから、単艦で航空戦闘群を殲滅した君には期待してるで!」
ぽんっ背中を押す龍驤に「ご期待に応えるように善処します」と礼儀正しく模範的に返す。
「かったいな~、もっと気軽に「わかった」ってぐらいでええよ。うちらと君はもう戦友なんやからな」
「わかった。期待に応えるように頑張る。龍驤」
「そうそう。そんな感じに気軽に行こうか、シュヴァンフヴィードはん!」
両者は笑い、握手を交わす。
「せっかくや。親睦を深めるために宿舎行って皆で飯食おうやないか?」
「そうですね。ついでに案内をしてもらえば助かります」
「よっしゃ! それならうちが案内してやるさかい。付いてきいや」
龍驤に手を引かれながら、シュヴァンフヴィードは宿舎へと歩き出す。
鎮守府のすぐ横にある木造2階建てで、コンクリートと煉瓦でできた鎮守府に比べるといささか劣って見える建造物が艦娘たちの宿舎である。
ここでは27人もの艦娘が苦楽を共に日々を過ごしている。
「ここの廊下の左右の部屋は駆逐艦と巡洋艦の子らの部屋や。基本1部屋に4人で姉妹どうしになるようになってるんや。この上がうちらの部屋な」
廊下を進みながら龍驤は説明する。部屋の扉にはそれぞれの艦娘の名前が記された板が貼ってある。
中にはかわいらしく装飾されたものあることにシュヴァンフヴィードはくすりと笑った。
廊下を進む食堂と書かれたプレートが掲げてある開口部を潜る。
中からはいい香りが厨房から溢れて食堂内に漂っていた。
時間は12時をやや過ぎて頃なのか、食堂内には大勢の艦娘が食事をしていた。
「あの人、誰ぴょん?」
「きれい……」
「かっこいいね、海外の艦娘かな?」
「あれじゃない? 湾内に居た白い艤装の」
龍驤と共に入ってきたシュヴァンフヴィードに気づいたのか食事の手を止めて視線を向ける。
全員の視線が集まった頃合いを見図り、龍驤は「みんなちゅうもーく」と手を叩く。
「うちの鎮守府に客人艦娘として来たシュヴァンフヴィードや。みんなよろしゅうな」
「シュヴァンフヴィードです。訳在ってこの単冠湾鎮守府にお世話になります。よろしく」
やっぱりそうかと納得する者、驚く者が殆どであるが、先に会っている長門、厨房に居る鳳翔、天龍、電、雷、響は普段通りであった。
ただ、1人……木曽だけは警戒心を強め、睨んでいる。
「皆も知ってるかもしれへえけんども、シュヴァンフヴィードはんは、湾内に来た白い艤装の艦娘や。うちらをボコってった深海棲艦どもを沈めてくれた恩人でもあるん。だからみんなもお礼を言っといてな」
龍驤の発言にどよめきが走る。
「マジだったんだ」
「すごいわね~」
「Спасибо(ありがとう)」
「ありがとうね!」
「すごいのです!」
どこからともなく鳴る拍手喝采に、シュヴァンフヴィードはむずかゆい感覚で頬を赤めるが1つ嘘をついていることにチクリと心が痛む。
この笑顔の前で彼女たちのことを話すか。仲間を殺した相手を旗下に入れていると? そうなった時、彼女たちの笑顔は恐怖と怨嗟に代わり、私を疑い、最悪敵対することになるだろう。
そうなれば……作られるのは地獄絵図の他ならない。
「どないしたん? 急に顔を青くして」
気づかれてはいけない、シュヴァンフヴィードは咄嗟に、
「お腹がすいて死にそうなので……」
誤魔化しの嘘を吐いた。
「なんや。そうならそうと早ういわんかい! 鳳翔! シュヴァンフヴィードはんに膳を出してくれや!」
「はい、少し待っていてください」
「ほなこっちにきいや」
龍驤に促され、椅子に座ると鳳翔の持ってきた膳が置かれる。
焼きたての塩鮭に、ホカホカのごはん。みそ汁のいい匂いが、食欲を掻き立てるように鼻孔を刺激する。
添え物のお浸しも鮮やかな色合いで見る楽しみもある。
「ささ。遠慮なくたべてぇな」
「……………」
しかし、出された膳と睨めっこするシュヴァンフヴィード。
「どないした?」
「あの…………フォークかスプーンを」
どっとその時一番の笑い声が食堂を彩った。1人を除いて。
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