単冠湾鎮守府が襲撃を受けて3日が過ぎようとしていた。
飛行場、工廠などの施設の被害が少なかったことから、復興は容易に済んだが、被害にあった艤装の修復には難儀していた。
特に、大破した加賀と蒼龍の艤装でドックが2つ埋まり、撤去とドッグ修復に時間を割かれたことが大きな要因であった。
襲撃を受け疲弊している中、丸2日で使用可能に持ち込んだ彼女たち妖精には感服を禁じ得ないが疲労はピークに達しようとしていた。
既に、生きた屍同然の動きをしながら資材を運び込む姿が、痛々しく見えてくる。
整備長たち技術班は工廠に赴いた。中ではヘルメットを被った妖精たちが忙しなく資材を運ぶ音、金属が叩かれる音、バーナーの音で満ちていた。
「君、すまないがここの担当者は何処に居る?」
「え? あちらにいる妖精がそうだよ」
整備長に声を掛けられた妖精は工廠の奥を指さす。
そこにはピンク髪を横髪だけおさげにし、セーラ服の妖精が、他の妖精に指示を出している。
「忙しいところありがとう」
「いえ、では急いでいるので失礼します」
妖精は資材を持って走り去る。
整備長たちは工廠内に足を踏み入れ、ピンク髪の妖精の下まで歩いていく。
整備長たちに気づいた妖精は一瞥すると、すぐに指示出しに戻る。
「ちょっといいか?」
「なに? 今は忙しいから手短に」
まるでその対応は相手にするつもりがないようだった。
「シュヴァンフヴィード艤装妖精の整備長だ。こちらを支援するために来た」
「知ってる。私は工廠長。しれーかんから連絡は来ているけど認可した覚えはないよ」
工廠長は横目で整備長を見る。
「それはどういうことだ?」
「貴女たちの支援は嬉しいけど、これは私たちの戦争なの。部外者は足手まといになるかもしれないから支援は断ったわ」
「私たちが足手まといだと?!」
「よせ!」
整備妖精たちは激怒したが整備長は彼女らをなだめる。
彼女は足手まといになるそれだけではないと整備長は受け取った。
恐らく、自分たちの助力を受けることが彼女のプライドが許さないのだろう。
「君の意見は判ったが、今はそうも言ってられないだろう。他の妖精を見たか? 疲労困憊で今に倒れそうだ。そうなってしまっては本末転倒だろう?」
「それは……そうだけど」
「なにも勝手に動こうとは思わない。ここの責任者は君だ。私たちは君の指示で動こう」
しばらくの沈黙の後、工廠長は頷く。
「わかった。なら貴女たちは一番ドックの龍驤の艤装の修復をお願いするよ。一番損傷が激しいのとしれーかんから修復を急ぐよう言われているの」
「わかった。みんな指示は聞こえたな! 一番ドックにある艤装の修復だ。気合い入れていくそ!」
「「「おおっ!!」」」
整備長たちは一番ドックに向かって駆けて行った。
一方、補給長たちは工廠の近くに、仮設テントを立て、炊事の準備に取り掛かっていた。
今最も、食事による英気を養わなければいけないのは艤装を修復している妖精たちだ。その彼女たちの為にも、近くでの炊事は作業の効率を上げる為の、シュヴァンフヴィードが考えた処置である。
「いいかい。みんな疲れてるから、塩をうんっと利かせな!」
「アイマム!」
彼女たちが作る料理はおにぎりである。日本の誰もが親しみを持っているものだ。
補給長は働く妖精に、手軽の精が付くものは何だろうと考えて末に、日本の戦闘配食のおにぎりがいいとひらめいたからだ。
そうと決まれば飯盒を集めるだけ集め、米を炊き、塩をこれでもかと擦り込みながらにぎっていく。汁物も具沢山の豚汁を用意した。
匂いにつられてなのか、仮設テントには行列ができていく。
「しょっぱッ! でもうまい!」
「これならまだまだ頑張れるぞ!」
「うまい飯をありがとう!」
「まだまだあるからよく食べていきな」
疲れ切っていた妖精たちは笑顔になり、元気を取り戻していった。
遥か北方のアルフォンシーノ方面、キス島沖に異形の艦船集団、深海棲艦の姿があった。
先の奇襲の時とは違い、空母ヲ級ヨークタウン3隻。巨大な怪物の空母ヌ級が同じく3隻。戦艦ル級ノースカロライナ2隻。戦艦タ級サウスダコタ2隻、重巡リ級ノーザンプトン1隻。駆逐イ、ロ、ハ級12隻、合計23隻の大艦隊が停泊している。
先の少数での奇襲ではなく数に物を言わせた物量戦を展開するのだろう。
「ヲ級Flagshipヨリ全艦へ、コレヨリ単冠湾鎮守府ヘノ総攻撃ヲ行ウ。先日ノ奇襲ハ成功シ奴ラノ航空戦力ハ壊滅シタ。今コソ日本本土ヘノ橋頭保ヲ築ク時ダ!!」
高らかに演説するのはヲ級Flagshipと呼ばれる個体だ。
通常の個体と比べ、艦載機の動きが極めて鋭敏であることから恐れられている。
先の、奇襲作戦を考案したのも彼女である。
日本帝國の誇る艦載機「烈風」と「零式艦上戦闘機32型」は正面から相手取るのには厄介な存在である。如何に数的な有利があっても、キルレート8対1では割に合わない。
ならばと、少数の艦隊での奇襲で相手の出鼻をくじき、本体である自分たちの艦隊で息の根を止める二の矢の作戦。
第一段階の奇襲は予想以上の戦火に満足したが、それっきり奇襲部隊との連絡が途絶えていたことがヲ級Flagshipに影を落とすも、これから起きる一方的な殺戮ショーを前の興奮がかき消す。
「全艦抜錨! コレヨリ敵鎮守府ニ向ケ進軍する!!」
意気揚々と異形の軍団は錨を上げ、進行する。
目指すは、単冠湾鎮守府だ。
整備長と補給長の活躍によって、艤装修復の作業は飛躍的に向上した。
特に、大破状態の龍驤は僅か1日という短時間で航行可能状態まで修復が完了していたが残念なことに爆弾で空いた被弾痕を修復するには今しばらく掛かる。戦艦艤装は榛名と霧島が重症の為、戦線離脱を余儀なくされたことから、中、小破した駆逐艦艤装の修復を優先した。
近いうちに第二の襲撃があるだろうという大樹の軍人としての感がそう告げたからである。
「艤装の修復は大方完了しました」
「報告ご苦労大淀。これでせめてもの防衛戦力は回復したが、防衛機30余機では次の襲撃は防げないな」
大樹は腕を組む。
「大本営は……なんと言われたのですか?」
「現在する戦力で戦線を維持せ、とのことだ」
「そんな! 大本営はこの場所の戦略的価値をわかっているのですか!」
「わかった上で言っているのだろう。安全な内地で私腹を肥やしている連中は最前線のことなんて他人事なのだろう。戦争が始まって20年、終わりの見えない戦いのせいで、軍部の腐敗は増すばかりということだ」
大樹の言う通り現在の大本営官僚の大半が前線へ行かずに、執務室の椅子で部下の報告書を読むか、無意味な閣僚会議に舌を使っている。
膠着状態の現在、内地の鎮守府、警備府では停泊して訓練ばかりの毎日を費やしていた。
実績と経験のある将校と艦娘は戦線に送られ、馬車馬のように使われては使い捨てにされている。内地の安全な椅子に座れるのは、軍学校を首席で卒業した優等生か、コネがある御曹司に限られていた。
そのため戦線への物資補給も横流しがあり、最前線では少ない物資をやりくりしている現状であった。事実、大樹の艦隊の艦娘は北方――アルフォンシーノ方面に侵攻して撃破した深海棲艦から回収した娘たちであり、設備、艦載機なのどの軍備増強も拿捕した艦艇を資材に変えて行っていた。
「我が艦隊は航空戦力を著しく損失した。が、それに見合う艦娘が手元にある」
「……そうでしょうか」
大淀は不安そうに俯く。シュヴァンフヴィードが提示した艤装性能は突拍子なものであり、にわかには信じられずにいたからだ。
「もし、彼女が私たちに提示した性能以下であれば……失礼ながらあまり頼りにするのは危険かと」
「大淀の言うことは理解できる。しかし君のあの映像を見ただろう?」
「はい……信じられない光景でした」
「私もだ。彼女は我々の常識を超えた存在だ。頼もしくもあるが、鳳翔が言っていたが危険でもある。だから……次の襲撃の時、彼女は単艦で出撃してもらう」
「!? それではまるで……!」
目を瞑って頷く大樹を見て、大淀は続ける言葉を飲み込んだ。
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