――ネエサン!
――馬鹿者……ナゼ助ケニ来タ……ワタシ二……構ワズ離脱シロ!
――デキナイ! 私二トッテネエサンハ――ッ!
――ッ!! 危ナイ!!
声が遠くなり、目に入ったのは知らない天井だった。白いカーテンで四方を囲まれている。背には柔らかいベッドの感触。全身がひどく痛み、視界も左半分が視えない。
「ココハ……ッ! ソウダ私……タチハ……」
痛みの中、ル級1の記憶が蘇る。
旗艦ヲ級が沈められ、仇を討つために見たこともない戦艦に挑んだ。
駆逐艦を突撃させ、2隻の前後砲で攻撃した。
16インチの砲弾数発は確かに命中した。
けれど、爆煙の中からは無傷の敵艦が自分に主砲らしき大型の砲を向けていた。
刹那、恐ろしい砲音の後、激震と爆風が殺到して吹き飛ばされた。
防鏡の破片が肌を切り裂き、突き刺す熱さと全身の痛みで内臓をひっくり返りそうになった。
死を覚悟した。けれど、あの子が助けに来てそれから――そうだあの子は?
「あ、やっと起きたんだな」
「ッ!!」
カーテンが開けられ入ってきたのは白衣を着た妖精。
ル級1は身構えるように体に力が入るが、脇腹が痛み手で押さえる。
「あまり力を入ると傷口が開くよ。そう身構えなくても貴女には何もしない」
妖精は苦笑いしながらカーテンの外に出ていく。
何もしない? そんなこと信じられるか!
ぎりりっと奥歯を噛み締める。
深海棲艦は今では人類の敵として世界中から敵視されている。戦闘になれば容赦なく砲撃され沈められる。
その方がまだいい。戦場で死ねるのなら、兵器としての本懐だろう。しかし、中には鹵獲され捕虜になり拷問され、屈辱の限りを尽くされながら苦しんで死んでいった者も多くいる。
「こちら医療室です。傷病人が意識を取り戻しました。はい、そうです――了解しましたお待ちしております」
妖精がどこかに連絡しているのが聞こえた。
ル級1は悪寒で身体が震える。
ああはなりたくない。何としても逃げなくては!
運がいいのか、拘束具の類はない。腕も足もちゃんとある。
掛けられた布団を跳ね除け、ベッドからなんとか立ち上がろうとするが、足に力が入らず床に転げ落ちる。
「ん? ちょっと! まだ立ち上がっちゃだめだ!」
妖精に手が肩に触れた瞬間、
「ウア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
獣じみた叫び後を上げながら妖精を押し飛ばした。
「うあっ!!」
「近ヅクナ! 近ヅケバオマエヲ殺ス!!」
額に汗を浮かべ息を荒げなるル級。これ以上刺激しては彼女の傷が開きかねないと身の危険を感じた医療妖精はそれ以上近づかなかった。
「わかった。これ以上は近づかない。けど、あまり無理に動けば貴女の閉じかけた傷口が開きかげない」
妖精の言う通りル級1の脇腹の包帯が朱色の血がじっとりと滲み出ていた。
「余計ナ世話ダ……ハァ……ハァ……モウ一人ノル級ハ何処二居ル?」
「彼女なら隣のベッドで寝ているよ」
指を指した方向は同じ白のカーテンが仕切られている。
ふらつきながらも立ち上がると、仕切られるカーテンを開ける。
中には医療器具につながれたル級2が穏やかに寝息を立てている。
包帯も自分より個所が少なく、目立った外傷は見当たらない。
「ヨカッタ……生キテタノダナ……」
安どしたのかその場に崩れ、瞼に涙を貯めてそっとル級2の手を握る。
「彼女のケガは軽い火傷と切り傷、衝撃による打撲。君に比べればずいぶんと軽い。その子を守ったんだろう? 救助した時、君は彼女を抱きしめていたそうだよ」
「大切なんだね、その子が」と医療妖精は近づき微笑みかけた。
「失礼します」
「これはかんちょー殿お待ちしておりました」
びくっと反応したル級は声がした方へ振り向くと、一人の艦娘が立っていた。
紺色の軍服に白いマント。腰にサーベルを携える。被る軍帽には金の鳥と剣の刺繍。
肩で切りそろえられた白い髪に肌。美しい緋色の瞳。中性的で美男子にも見える整った顔。
勇ましくも美しい、まさに戦乙女のようだとル級1は茫然と見つめた。
「初めまして、私はウィルキア王国海軍近衛艦隊旗艦シュヴァンフヴィード。この艤装の艦長兼艦娘。貴女の名前は?」
茫然と見とれていたル級は我に返る。
「…………ル級ダ」
「? それは名称。そうじゃなくて貴女自身の名前」
「…………ソンナ物ハ無イ」
そう言い視線を反らした。
「……そう」
シュヴァンフヴィードもそれ以上追求せず、彼女の傍まで歩を進める。
「……私タチヲ拷問シテ情報ヲ引キ出シ殺スノカ」
彼女は精一杯の眼力で睨むがシュヴァンフヴィードは怖気づかず、首を横に振る。
「そんなことはしない。傷が癒えるまでは捕虜でなくゲスト。それから先は内火艇を一隻あげるから好きな場所に行っていい」
「ナゼダ? ナゼ私タチヲ助ケタノダ?」
「…………わからない」
そう言ったシュヴァンフヴィードの瞳が困惑したように揺れる。
「私も生まれてまだ1日と立ってない。艦娘っていうのが何か、深海棲艦が何かもわからない。なんで人間の体になったことさえ。分るのは、貴方たち深海棲艦は敵。だけど貴方たちを助けた……理由はわからない」
「ただ」と続ける。
「生前、私は多くの姉妹たちを沈めてきた。だから……生きている可能性のある貴方たちを見捨てることはできなかったんだと思う」
「……ナンダソレハ……私タチハ兵器ダ! 兵器二情ナンテ……」
「私たちは一度沈み生まれ変わった。人と兵器の中間の存在に。たから情が芽生えても不思議ではないと思う。貴女がその子の為に泣こうとしたのはそうじゃないの?」
「ッ?!」
「その子も貴女を助けようとした。兵器だから? 僚艦だから? 違う。大切な人を助けたいと思ったから危険を顧みずに貴女を助けようとした。私は見てそう思った。だから攻撃をしなかったし、助けたと思う」
ル級1は声を失う。ル級2を爆発から守ろうとした時も、無事かどうか心配した時も、安心して泣きそうになった時も全て嘘でなく真実だからだ。
「だから今は安静にして傷を治して」
シュヴァンフヴィードはかがむと、顔を覗き込み右手で頬を撫でる。
「ッ?!!」
突然のことにル級は体を硬直させた。人を惑わすような妖艶の瞳がじっと見つめる。
「貴女の瞳は綺麗な瑠璃色。髪も黒く艶があって綺麗なのだから大切にして」
そう言いシュヴァンフヴィードは医療室から出ていく。
ル級1は出ていった扉を見つめ、知らず知らずのうちに頬が染まり、全身が熱くなる。
自分たちは兵器だ。冷たく無機質の鉄の塊だ。
しかし、胸の奥の、この熱いものはなんだ?
湧き上がる情動にル級は困惑していた。
「かんちょーいかがでしたか?」
医療室から艦橋に帰ってきたシュヴァンフヴィードに副長が質問した。
「なにが?」
「救助したル級です」
「う~ん」とやや考えこむように下顎に手を置く。
「見た感じは大丈夫そうだけど、私のことを怖がっていた」
「それはそうですよ」
ぴしゃり言い切る副長に目を細める。確かに自分は表情が豊かではないという自覚はあるがそこまではっきり言わなくてもいいだろうと内心思った。
「かんちょーが怖いのではなく、捕虜者は少なからず自分に何をされるかという不安があります。深海棲艦も感情はある証拠ですよ」
「そうだといいけど」
膨れたように仏頂面のシュヴァンフヴィードに副長は苦笑した。
『かんちょー……対空レーダーに感あり……数は1……高度7000……距離90000……速度320キロ方位は前方……真正面です』
「総員戦闘配置」
船務長からの報告受け、再び戦闘態勢に入る。
「偵察機かな?」
「恐らく、通常は先ほどの機動戦闘群からの応答が途絶えたために偵察に来たと考えられますが早すぎます。万が一艦娘の偵察機という可能性があるかと。ここは視認距離まで待ち、行動されてはいかがでしょうか?」
先の戦闘から24時間と立っていない、救援が来るにはあまりにも早い。進行方向から向かってくるということは先ほどの空母戦闘群を追撃しての艦隊の可能性が高かった。しかし、深海棲艦である可能性も0ではない。
「わかった。本艦はこのまま直進する。防空見張り員は警戒を密に」
『了解!』
「砲雷長、多目的VLSの発射用意。命令あるまで待機」
『了解であります!』
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