穢翼のユースティア 遡時のカイム   作:山屋

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第6話 兄の面影

 

 すっかりカイムとフィオネの集合場所として定着しているヴィノレタにカイムが訪れると先んじて到着していたフィオネは浮かない顔をしていた。なんでも黒羽に関する捜査資料に関して、まだ閲覧の許可が下りていないらしい。『前回』は閲覧したいと言った翌日には関係者宅以外への持ち出しを禁止するという条件付きで許可が下りたのだが、今回は閲覧したいと言って別れた時間も『前回』より遅かったし、何より羽狩り副隊長のラングによる犯行が発覚するという大事件があったのだ。そちらの処理に追われていたこともあり、捜査資料のことに関しては後回しにされたのだろう。

 そのラングに関してだが、やはり『前回』同様、不名誉除隊という処分が下されたようだ。直属の上司であったフィオネにも厳重注意と減給処分が施されたとのことだが、事の重大さの割にはフィオネへの処分は破格の軽い処分と言わざるをえないだろう。フィオネ直属の上司――ルキウスの、こんなことでフィオネという手駒を失いたくないという思いが見て取れる。『前回』と違い今回はラングは自害できず、生きているので殺人罪で投獄されている、という話だった。羽狩りの隊員が羽化病患者を殺して回っていたということが隠蔽されるというのも『前回』通りのことだった。

 今日もいつもと同様に牢獄を回っての聞き込みをしようかという話になったところでカイムには思いついたことがあった。『前回』と同じようなペースで同じようなことをしていてはやはり被害者も『前回』同様に出てしまうかもしれない。偽黒羽ラングは『前回』より早いスピードで捕縛に成功したのだから、今日も『前回』より早いペースで事件の捜査に当たってしまってもいいだろう、という判断だ。流石に黒羽の根城にまで行くのは行き過ぎだが、このくらいの情報なら大丈夫だろうと思った情報を小出しにする。カイムの持っている未来の情報はみだりに出して良いものではないが、だからといっていつまでもずっと秘密にしておいていいものでもない。最近の牢獄で囁かれるようになった噂だがな、と前置きしてカイムは話し始めた。

 

「人間を怪物に変えてしまう実験がされている、という噂がある」

「人間を怪物に……だと? それは、例の黒羽のような?」

「ああ、まさしくあんな化け物に、だ」

 

 それは牢獄の南西にある公には薬を研究しているという建物で行われているという噂だ、と話す。さらにその場所は先日、火事で焼けてしまいその持ち主ということになっていた薬問屋も今では行方知れずだ、とも話す。『前回』ジークから聞いたことだった。

 

「黒羽が出没しだした時期に牢獄の薬屋が火事になったというのは聞いたことがあるな。私の日記にも書いてあるはずだ」

「さらにその建物では人目を忍ぶようにまるで貴族のような高価な服装に身を纏った奴らが出入りしていたとも聞く」

「なんだと……貴族が牢獄に……?」

 

 フィオネは眉間に皺を寄せて考え込む。

 

「正直、眉唾な話だが、黒羽なんていう化け物が実際に現れている以上、全くの与太話と決め込むのもどうかと思ってな。前々から疑問だったんだが、黒羽はどこから現れたんだ? まさか何もないところから出現したという訳ではあるまい。奴のような化け物も、生まれた経緯があるはずだ。俺はそれにこの噂話で言われる薬屋が絡んでいるんじゃないかと睨んでいる」

「たしかに一理あるな……」

 

 カイムの言葉にフィオネも頷き、今日はその薬屋の火事跡を調べてみようということで話が落ち着いた。

 市場通りの裏に目的の火災現場はあった。焼け焦げた石壁が残る火災現場はまだどこか焦げ臭かったが火事場泥棒が念入りに仕事したのだろう。ほとんど何も残っていなかった。せいぜい床に転がっていた割れた瓶や焼け落ちた紙片くらいだ。だが、それらも念入りに見てみれば見えてくるものもある。黒い粉が僅かに残った瓶やその原料と思わしき植物や種子。どういう風に用いるのか分からない奇妙な道具。そういったものも現場には残されていた。『前回』ここに来た時には訳が分からなかったが今なら分かる。ここで羽つきの羽を原料とした天使の力を秘めた黒い粉――福音は作られていたのだ。カイムは念入りに黒い粉を収集した。ここで収集した粉が後の不蝕金鎖と風錆の抗争の際に風錆がバラ撒いていた薬に混じった黒い粉と繋がるのだ。そのためにも収集しておく必要がある。フィオネから見ればゴミか何かにしか見えない物を熱心に集めるカイムの様子は奇妙に映ったのだろう。フィオネが「そんなに価値のありそうなものか?」と怪訝そうな声をかけてくる。「一応、だ」とカイムは答える。

 

「しかし、たしかに噂通りの怪しげな場所であることは分かるが、黒羽の手がかりになりそうなものはないな……」

 

 フィオネは火事跡を見渡しながら言う。そう、たしかにこのフロアにはない。だが、この建物には隠し階段があるのだ。カイムも火事跡をあちこち触ったり見て回ったりして、それで気付いた、という風を装い、積み重なった瓦礫に目を落とす。「どうした?」とフィオネが言ってくるのに「何かある」と返す。瓦礫をどかすとそこには鉄製の板のようなものが隠れてあった。無理矢理にこじ開けると地下に降りる階段が顔を出す。「これは……」とフィオネ。「降りてみよう」とカイムは言う。

 階段を降りて調べてみると、地下室には長い間使われた様子のない壊れた檻のようなものがあるだけだったが、注目すべきものもあった。地下室の床には黒い羽根が折り重なるように大量に落ちていたのだ。

 

「これは……黒羽のものか?」

「おそらくそうだろうな。黒羽はここにいた、ということだ。羽根の具合からかなり昔のことのようだが……」

 

 黒い羽根はどれも枯れ葉のように脂分が抜けていた。最近、抜け落ちた物だとは考えにくい。

 

「これは案外、黒羽がここで作り出された化け物という説も信憑性を帯びてきたかもしれん」

 

 カイムの言葉は正確ではない。というより流石のカイムもそこまで正確なところは掴んでいない。カイムが知っているのは黒羽、クーガー・シルヴァリアが治癒院の実態を知るため忍び込み、捕われ、そこから実験を繰り返された末にこの場所に監禁されていて、ルキウスの一派の放火を切っ掛けに逃げ出した、というところまでだ。この場所で化け物にされたのか、それとも化け物にされた後にこの場所に監禁されたのか。それは分からない。だが、フィオネも神妙な顔をして考え込む。

 

「黒羽は人為的に作り出しされた化け物か……そんなことをする人間がいるとは考えたくはないが……」

 

 とりあえずここから得られる情報はこれ以上はなさそうだとカイムもフィオネも判断した。今日のところはこれで解散しようという話になり、フィオネはカイムには見せられないが自分は見られる操作資料を見て、黒羽の根城を調査するという。明日にはカイムへの閲覧許可も下りるはずだ、という彼女に頷き、カイムは一旦、リリウムに赴き、ジークに不審な火災現場があった、ということを報告すると、自宅に戻った。

 

「あ、おかえりなさい。カイムさん。今日は早いですね」

 

 扉を開けると、ティアの笑顔が出迎えてくれた。「そういう日もある」と言いながら、カイムは椅子に腰掛ける。

 そして、これからのことを考えた。さて、ここからどうするか。今日、火事跡に行ったことでフィオネに黒羽がかつては人間だったものかもしれないという情報は与えた。後はもう一回でもフィオネが黒羽に遭遇すればフィオネは黒羽が自分の兄ではないかということに勘づくだろう。明日にでも閲覧許可が下りるという捜査資料さえあれば、黒羽の根城を資料を元に予測を付けた、という形でカイムの知る根城まで導くこともできる。それからはどうなるか。正直、少し予想がつきにくい。

 まずフィオネが黒羽は自分の兄かもしれないとカイムに告白してくるかどうか。『前回』はティアが羽つきであることを知った彼女がそれを黙っているのと交換条件で話してきたことだが、『今回』はフィオネにティアが羽つきであることは知られていないし、知らせるつもりもない。

 自分の兄かもしれない、と言ってさえくれれば『前回』同様、黒羽にフィオネがメッセージを残すことで黒羽をおびき寄せることもできるだろうが、その後は……。

 カイムはティアの方を見た。ティア。大崩落の際に天使がクルーヴィスという女性の肉体を使うことで生み出した天使の御子。羽つきの羽や福音を浄化することのできる力を持った唯一の存在。彼女なら黒羽を元に戻すことができるだろうか……? 多分、できるだろう。しかし、どんな理由を付けて彼女を黒羽のところに連れていくか……。カイムに見つめられてティアが居心地悪そうに笑う。

 

「な、なんですか、カイムさん。そんなに私のことジーっと見て……」

「いや……ティア、お前、夢を見ると言っていたな。自分には使命がある。生まれて来た意味がある、と」

「え? あ、はい。そうですけど……それが何か?」

 

 純粋無垢な瞳で見返してくるティアに「いや」とかぶりを振る。

 

「お前、自分に不思議な力がある、と言われれば信じるか?」

「え?」

 

 カイムの言葉に訳が分からないという顔になるティア。

 

「不思議な力……ですか? 私なんかにそんなのはないんじゃないでしょうか……?」

「そうだろうな……」

 

 ティアの言葉に頷く。だが、カイムは知っているティアは普通の人間ではない。彼女には不思議な力がある。この先、黒羽と相対するのならその力が必要になってくる。

 

「だが、ティア。よく聞け」

 

 カイムはティアの瞳を真っ直ぐに見据えて言った。その真剣な雰囲気を感じ取ってかティアが「は、はいっ」と言いながら居住まいを正す。

 

「お前にはたしかに不思議な力がある」

「え……」

「この先、黒羽を生け捕りにするのにその力は必要になるものなんだ」

 

 ティアは何を言われているのかよく分からないという顔だった。だが、カイムが冗談でもなんでもなく本気で言っているということを察したのだろう。自分を見据えるカイムの瞳から目をそらすことはなかった。「わ、私にそんな力があるなんて信じられませんけど……」と言い、

 

「もし本当に私にそんな力があって、黒羽さん相手にその力が必要だと言うのなら……私でよければ、協力します」

 

 ハッキリとそう言い切る。そうだったな、とカイムは思った。『前回』も彼女は自分の不思議な力が明らかになる前から自分を『天使の御子』と呼び求める聖女イレーヌの言葉を聞いて、聖女の元に赴いたのだ。それくらいの行動力はある。

 

「分かった。その時が来たら、よろしく頼む」

「はいっ、カイムさん」

 

 カイムの言葉にティアは頷き、そして、やや間を置いて続けた。

 

「それがひょっとして私の生まれてきた意味、なんでしょうか?」

「……どうかな」

 

 彼女の生まれてきた意味とは違うかもしれない。彼女の生まれてきた意味は人類抹殺だ。人類を滅ぼすために彼女は生み出されたのだ。それからすれば、黒羽を浄化して救うという行為。人類を救うという行為は生まれてきた意味とは真逆のことかもしれない。

 

「…………」

 

 カイムは何も言わず目を閉じて、思考を断ち切った。ともすれば彼女の生まれてきた意味はおろか、自分が未来から今まで戻ってきた意味まで考え込んでしまいそうだったからだ。

 

 

 

 そうして、日も暮れ、夜の帳が降りた頃、呼子笛の甲高い音が牢獄に鳴り響いた。

 

「っ!」

 

 カイムは立ち上がる。椅子に座ったままウトウトしていたら浅い眠りに落ちていたようだ。ティアがかけてくれたのだろう布が体からずり落ちるのを感じる。

 

「カ、カイムさん! 今の音は!?」

「黒羽が出た! ティアッ、お前は家にこもっていろ!」

 

 黒羽を浄化するにはティアの力がいるが、今はまだ早い。今はまだその時ではない。その時が来るまで下手にティアが危険に晒されるのは困る。カイムはティアにそう言い聞かせると、すぐさま家から飛び出し、音の鳴った方向に最短経路で走る。路地を抜けた先、そこには不蝕金鎖の若い男が顔面蒼白になり笛を口に立ちすくんでいた。足元には八つ裂きにされた女の死体が血溜まりの中に浮いている。「カ、カイムさん……!」と不蝕金鎖の男は泣き出しそうな顔で振り向く。殺しの現場など見たことは一度や二度ではないだろうが、これだけ凄惨な光景を見せられては無理もないだろう。「黒羽か!?」と訊ねると「多分」と頷く。

 

「どっちへ逃げた!?」

「そ、それが、あんまりにも速すぎて……す、すんません!」

 

 カイムが周囲を見渡すと、家の屋根から黒い影が飛び去ったのが見えた。あれか……! カイムは地を蹴り、影を追う。途中、笛の音を聞きつけてやってきた羽狩りの一団とすれ違ったが構ってはいられなかった。何度目かの裏路地の角を曲がったところでフィオネと衝突しそうになった。「カイム!」とフィオネがカイムを呼ぶ。「黒羽を追っている!」とカイムは短く答え、空を見渡す。その一角、屋根の影から黒い影が飛び出し、別の屋根の奥へと消えたのが見えた。カイムは駆け出す。フィオネも後に続く。

 

「そっちは奴が逃げた先と違うぞ!?」

「あっちは行き止まりだ! こっちは地べたを這いずってるんだ。素直に追っていると見失う!」

 

 カイムはそう言い、路地から路地を抜け、家と家の隙間も抜け、道なき道も駆け抜け、黒い影を追う。しかし、超人的な身体能力で屋根の上を駆け抜ける黒い影に追いつくことはできず、やがてとある袋小路で見失ってしまう。カイムが足を止め、荒い息を吐いていると、後ろをついて来たのであろうフィオネもまたカイムから少し離れた所で荒い息を吐き、立ち止まる。

 

「逃げられたか……?」

「ああ……くそ、見失った……!」

 

 カイムが顔を上げて、フィオネの方を見ようとしたその瞬間だった。天より黒い影がフィオネの背後に舞い降りる。黒羽……! 「フィオネ!」とカイムは叫んだ。フィオネは振り返らず前に飛び、一瞬前までフィオネが居たところを黒羽の腕が掻き切る。あと少し遅ければフィオネの首は吹っ飛んでいただろう。フィオネはすぐに振り向くと、抜剣し、真っ向から黒羽と相対する。鋭い眼光が黒羽を睨み、かと思えばその瞳が動揺に揺れた。黒羽の体格、顔たちから兄・クーガーの面影を見出したのであろうことは想像に難しくなかった。やがて、大して長くない時間、フィオネと黒羽はそうして睨み合っていたが、黒羽は踵を返し、闇夜に姿をくらます。屋根から屋根を次々に飛び跳ねて駆けるその姿に追いかけても無駄、と判断したカイムはフィオネの元に駆け寄った。「大丈夫か?」と声をかける。

 だが、フィオネは心ここにあらずといった様子でボーッとしていた。間違いない。こいつはさっきの黒羽との相対で、黒羽の中に兄の面影を見出している。そして昼間の人間を化け物にさせてしまう研究の噂。そして、『前回』フィオネが言うには不審な失踪を遂げたという兄。今、フィオネの頭の中では全てのことが一つに繋がろうとしているのだろう。

 

「フィオネ! フィオネ! おい!」

「……あ、ああ、カイム。いや、すまない。少し気が動転していた」

「それならいいが、とにかく殺害現場に戻るぞ」

 

 それから殺害現場に戻ると羽狩りたちによる実況見分が行われていた。目撃者は不蝕金鎖のサイという男一人。悲鳴を聞いて駆けつけた時には既に女のバラバラ死体があったという。その場にいた黒羽はサイにも襲いかかろうとしたようだが、サイが笛を吹くと地を蹴り、逃げ出したとのことだった。追いかけようとも思ったが、恐怖で足がすくんでしまいカイムが駆けつけるまでその場で棒立ちになってしまったという。黒羽の姿はサイにはよく見えなかったが、長髪の男性のようにも見えた、と話していた。

 それを聞くフィオネはやはりどこか集中し切れていない様子だった。フィオネの中では黒羽と兄・クーガーの姿が繋がってしまいそれどころではないのだろう。

 カイムはそんなフィオネの様子を見ながら、黒羽事件も終結に近付いているな、という予感を感じる。『前回』は事件が長引いた結果、不蝕金鎖にも死人を出してしまい、それを受けてジークが黒羽対策に猛毒を塗った矢を持ち出すなどの騒ぎに発展してしまったが、『今回』はそうなる前に解決できればよいのだが、と思った。

 

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