×月○日
高校の入学式。クラスの人数は16人と少なかった。巷では大侵攻と呼ばれているあの事件で行方不明になったり引っ越したりした者が多いのだろう。
友人が出来た。迅悠一という隣の席の男子だ。第一印象は"失礼な奴"だが、話してみると適度な距離感で会話をしてくる空気読み過ぎる奴だった。ただ迅は目の下に濃い隈を作っていたので休み時間の度に机で眠っていた。
そんなに眠いなら保健室へ行けと言っても「入学早々に保健室なんて行ったら友達出来ないって怒られる」と言い訳してきた。休み時間の度に眠っていても友達は出来ないぞ、とはさすがに濃い隈を見て言わなかった。
×月○日
課題テストがあった。高得点の自信はある。
迅は相変わらず隈を作ってテスト中爆睡していた。テスト終わりの合図で目覚めて「やべ」って顔してたのがウケた。
後で訊くと、もともと課題を真面目に解いてないとのこと。でもテストの出来が悪いと保護者が渋い顔をすると。
クラスではあまり大侵攻の話をしない。お互いに気を遣っているし、中には身内が行方不明とか亡くなったりしているから。おそらく迅は親がいなくて現在の保護者が親代わりなのだと思う。隈を作っているのも何か理由があると考えて深く突っ込むことはしなかった。
×月○日
いつも買い弁の迅が珍しく手作り弁当を持ってきていた。同居人が作ってくれたと嬉しそうに話してきて、私も中身が気になった。
開けたら、笑った。
鮭フレークで大きくハートが描かれ、器用に海苔で"ユーイチ トモダチ オメデト"と書かれていたからだ。迅は凄く微妙な顔で「こんななら見てたのに…」とブツブツ言ってた。同居人はなかなか愉快な人らしい。
笑ってたら腹いせに卵焼きを奪われた。このヤロ。
×月○日
休み時間にバイトの求人を見てた。
支援で仮設住宅に住んでいるがずっと住めるわけではない。学生ということで色々と融通をきかせてもらっているけれど。破壊されなかった建物はやはり家賃が高いが、安い所もありはする。それは立ち入り禁止区域に隣接した場所だ。
立ち入り禁止区域とは大侵攻の1週間後に特急で建てられたボーダー基地本部周辺のことを指す。ネイバーは別次元からやってくる。やってくるのを阻止は出来ないが事前に人のいない場所に誘導して早急に討伐、がボーダーの方針だった。だから立ち入り禁止区域を設けてそこで討伐するのだが、たまにネイバーが区域外に出てくるせいか、立ち入り禁止区域周辺もほとんど人が住まなくなっていた。
安い家賃を狙うならそこが狙い目だけど、安全面を考えるとどうにも踏ん切りがつかない。そういうわけで、いつ仮設住宅を追い出されても良いようにお金を貯める必要があるのだ。
ただ、三門市の半分が破壊されて大半の人が失業したり、人件費が賄えなくてみんな困っているらしい。多く募集されているのは肉体労働だけど、そんな体力私にはない。運動不足なんです。でも背に腹は代えられないからなあ。
3限目に遅刻してきた迅がバイトの求人を見て「もう少し待ちなよ」と言ってきた。理由を問えば「俺が働いてる場所がもうすぐ求人出すから」だと。お前バイトしてたとか初耳だぞ。どんな仕事か訊けば肉体労働が主らしい。でも同じ場所なら自分もフォロー出来るから、と何故か熱く語られた。
確かに同じ肉体労働先でも知り合いがいるとストレスが全然違うだろう。納得はしたが、肉体労働じゃなく他に良い条件のバイトがあればそちらにするとは断りを入れておいた。
×月○日
体育の授業がバスケだった。今のクラスが人数少ないから女子も男子も同じチームになる。私は中学の頃バスケ部だったので普通の素人より動け、ついでに同じチームになった迅が良い具合の位置を取っているし、パスのタイミングも完璧に合わせてきたしで、現役バスケ部がいるチームにも勝ってしまった。
フォローの達人かよ、とか思ってしまったのは仕方ない。それを言うと迅は苦笑いを浮かべて「一瞬の攻防は慣れているんだ」と教えてくれた。慣れているってなんだよ。中学の頃は不良だったりするのかよアイツ。
×月○日
高校に入ってからの日記を見てたら迅のことばかり書いていることに気づいた。いや、まぁ、だってフレンドリーに話せる友人とか、私も奴だけだし……
悔しかったので今日の休日は日記帳の話題作りの為に外へ散歩することにした。
町はまだ重い雰囲気が流れていて、あまり楽しいとは思わない。子供も外で遊んでられないのか見かけない。そんな中、土手で釣りをしているお兄さんを見つけた。それまで結構歩いていた私は休憩がてらお兄さんの釣りを勝手に見学することにした。
釣竿を時たま揺らす以外動かないお兄さんの様子を私も土手の上で動かず見ていた。この川には何がいるんだろう。フナとか?
考え事してたらお兄さんが動き出す。糸を巻いてるのを見て何かヒットしたのだと思う。少しの間待ってたら魚が1匹釣り上げられた。あとで訊くとウグイだった。お兄さんは慣れた手付きでウグイを釣り針から外してバケツに移し、餌を付けてまた釣りを再開する。
「興味があるならやってみるか?」
私が見てたのに気づいていたお兄さんが誘ってくれたけど、やったことないし見ているだけで満足していたので土手に降りて近くで見るだけにした。バケツの中には5匹の魚が泳いでいて、私が来る前から釣っていたらしい。
何の魚かと訊けばお兄さんは面倒がらず答えてくれてとても親切だった。釣った魚をどうするのか問えば「食べる」らしい。川魚は小骨ばかりのイメージがある私は凄いなぁと素直に思った。お兄さんはその後ウグイの他にオイカワやエビ、さらにウナギを釣っていた。ウナギは大変運が良いらしく、お兄さんは超ご機嫌で私にスポドリを奢ってくれた。ありがたくもらった。やったね。
スポドリで思い出した。あの体調が悪そうだった少年は元気だろうか。あれから会っていないけど、無事だといいな。
×月○日
バイトが決まった。迅が働いているバイト先だ。
なんと〈界境防衛機関 ボーダー〉である。ネイバーと戦うことが仕事だけど、危険に見合うだけの給料と待遇に頷いた。ボーダーが建設した寮に住めて、授業料も少額だが負担してくれるらしいのだ。それに危険は危険だが、最初は実戦に登用せずきっちり訓練を施してくれるしゲームのアバターみたいに肉体を置換して戦闘するからよほどのことがない限り死なない。
ボーダーには大きく分けて3種類の職種があって、エンジニア・オペレーター・戦闘員がある。私は戦闘員を選んだ。エンジニアは専門知識が必要そうだし、オペレーターは自分から知らない人に話しかけなきゃいけないからコミュ症には辛い。それに戦闘員にわくわくしたから。
ゲームのアバターみたいなのをトリオン体とか戦闘体とか言うらしい。その戦闘体は通常の肉体と姿形は変わらないが、何倍も身体能力を上げていて痛覚だって半減させたり完全に無くせる。ケガをしたらその部分から血の代わりにトリオンの煙が出るくらい。説明の時に目の前で軽やかに動き回られたら、無限の可能性を考えても仕方ないよね。
厨二病は卒業したと思ったけど、認識が甘かったよ。でも公で黒歴史は公開したくないので、ひっそりと楽しんでいよう。
×月○日
戦闘員と希望を出したら迅が来て、いつかの釣り人のお兄さんを紹介してきた。東春秋さん。現在唯一のスナイパーらしい。
何でも、今までボーダーの武器トリガーは刀しかなかったらしい。でもエンジニアたちが頑張って狙撃銃を開発して、最近になってやっと東さんが実戦に漕ぎ着けたとか。
なんで私に東さんを紹介したのか、と問えば「八神は接近戦より距離がある方が向いてる」と答えが返ってきた。迅は同級生だがボーダー歴はベテラン並みなので、助言は素直に聴く。東さんにご教授お願いしますと頭を下げた。
東さんは現在、私の他にも数人狙撃を教えているとのこと。訓練場で紹介された筋肉さん(木崎レイジさん)はとても印象的だった。あの人だけ段違いの筋肉ですごかった。肉弾戦とかしてそうだったけど、以前まで武器トリガーが刀だけだったなら刀を振る為に鍛えたのかな。あれ? でも迅と同期って言ってたし、迅も木崎さんの年齢まで刀を振っていた場合ムキムキに……?
今度聞いてみよう。
×月○日
戦闘体って凄い。どれだけ走っても疲れないし、スピードも速い。忍者みたいに建物から建物へ跳び移れる。一回着地に失敗して高層ビルから落ちたけど、特に支障はなかった。衝撃は感じたけど。
狙撃の訓練も楽しい。ボーダーの銃はちゃんと狙えば通常の銃より正確に当てられるらしい。反復練習は大事だけど、的を撃ち抜いた時の達成感はひとしおだ。動く的も最初は苦戦したけど、慣れたら当てられる。これは私の技量というより銃の性能のおかげだと認める。性能に見合うだけの技術をゆくゆくは身に付けたい。
木崎さん曰わく戦場では1ヶ所に留まっていると袋叩きにされるらしい。特にスナイパーは接近戦に持ち込まれたら一溜まりもない。だから撃ったら即移動しないといけないそうだ。
銃はトリオンで出来ているから邪魔な時は消せる。でもまた手元に出す時にその分トリオンを消費してしまう。余裕があるなら銃を持ったまま移動するのが基本だそうで、持ったまま走る・跳ぶ練習とかした。
撃って走って撃って走ってを繰り返して、訓練場を走り回った。これだけ動いたのに全然疲れを感じないって不思議。