三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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半年後。原作へ

 

 

 

♬月∞日

 

 

 久しぶり日記帳。半年振りくらいだっけ。

 

 日記を悠一に見られたショックというか、色んな赤裸々な葛藤を知られた羞恥に悶えて日記帳を封印してたんだよね。改めて読み返したらやっぱり恥ずかしいな私。復帰して新たに書くのは、私の誕生日のことだ。

 

 誕生日の数日前に彼は謝ってきた。

 

「悪い、誕生日一緒に過ごせない。俺は、俺の欲しい未来のために、あの分岐点を見逃せない」

 

 ここ最近また出歩いているのは知っていた。夜中にそっと帰ってくることもあれば、玉狛支部に泊まっていることもある。もともと誕生日に固執しているわけでもない──「おめでとう」と言われるのは嬉しいしお祝い事は楽しいし好きではある──し、落ち着いたら改めてお祝いすると言ってくれただけで十分だ。悠一のサイドエフェクトを考えたらこういうのはこれからもあるのだろう。

 なのでそういう時は、一言「おめでとう」と電話かメールで言ってくれると嬉しい、と伝えればもちろんと約束してもらえた。

 

 友人たちに誕生日を祝ってもらって帰宅すると、タイミング良く悠一から電話で「誕生日おめでとう」と言われた。あんまり長電話は出来ないだろうから祝いの言葉の分と約束を守ってくれた分のお礼を言って切った。

 

 2人暮らしなのに1人しか家にいないのは寂しく思ったけれど、悠一がちゃんと傍にいてくれていると解っているから悲しいとは思わない。落ち着いたら思いっきり甘えてやるから覚悟しろ! ってね。

 

 久しぶりに日記に吐き出すとスッキリした。始めた頃はこんなじゃなかったのに不思議。とりあえず日記帳を収納する引き出しの鍵を増やしたので、また少しずつ書いていこうかな。

 

 

 

♬月∞日

 

 

 昨日は悠一が四六時中くっついてきて離れなかった。なんなんだ、と最終的に好きにさせているとポツリと口を開いた。

 

 「分岐点のスタートにやっと立てた」と。

 

 スタートと言うからにはまだまだ先があるのだろう。最近奮闘してたみたいだけど、大げさに喜ぶのも何だか違う気がして「そう」と頭を撫でた。

 目を細めて猫みたいにすり寄ってきてしばらく「よし、次も頑張るよ」と復活したらしい悠一にベッドに連れてかれた。が、家事の途中だったので遠慮した。今日も仕事だったし。落ち込んでまたくっついてきたのは言うまでもない。

 

 

 

♬月∞日

 

 

 ハロウィン。玉狛支部にパンプキンパイを持って行ってから出勤しようとしたら、制服のパンツを悠一に盗られた。

 タイトスカートが苦手だからパンツスタイルで仕事しているのだが「コスプレは無しだからせめてタイトスカートでお願いします」と婚約者に請われた。ちょっと引いた。で、タイトスカートスタイルに着替えると尻を撫でられるスキンシップを家を出るまで受けた。婚約者間でもセクハラって言えるのかなと悟りの心境。

 

 本部でスカートスタイルに珍しがられたが、周囲が奇抜なコスプレをしてたから目立たなかった。冬島隊でコスプレをやらされそうになったが、頭にネコ耳を着けられるだけで済んだ。なんか感情と連動しているタイプらしいが、仕事中は集中しているのでそれどころではなかった。

 

 いつの間にか迅が本部に来てたらしく中世ヨーロッパの紳士みたいな恰好をしてた。シルクハットと杖まで用意したとかエンジニアたち拘り過ぎだから。

 「ご主人様だぞー」とネコ耳の私に言ってくる婚約者と周囲にカメラを構えた後輩たち。おい。もう慣れたけどさこの展開。そして私は後悔する発言をしてしまうのだ。

 

 「飼われた覚えはない。首輪もしてないでしょ」

 

 じゃあ仕事だから、とその場を去ろうとしたところで「うん、じゃあ今夜にでも首輪を贈るよネコさん」と悪い微笑みをもらった。

 後輩たちに口笛を吹かれて囃された。恥ずかしいから仕事場でそういうのは控えてと言ってるけど、イベント時はオープンらしい。アイツに羞恥心ってあるのかな。

 

 

 

∀月♬日

 

 

 そういえば烏丸くんと栞ちゃんが玉狛支部に転属してたのを書いてなかった。日記を封印している間に色々あったんだ。よし、これでいっか。

 

 悠一とお好み焼き屋に行ってきた。もちろん影浦くんの家だ。行った時は影浦くんは帰ってきてなかったけど、焼いてる途中で影浦隊+荒船隊で帰ってきた。みんなは私たちがいることに驚いてたけど、仲間の輪に入れてくれた。

 

 成績がヤバいと影浦隊の仁礼ちゃんが言い出してそれを気にしても無駄だと一蹴する影浦くん。似たような成績でしょ、と静かに突っ込む絵馬くんと苦笑いの北添くん。荒船隊は心配無用のようで特に荒船くんは鼻で笑ってた。

 

 しかし悠一が「うーん、仁礼は確かに危ないかもなぁ」と言ったことで場が固まる。

 仁礼ちゃんは大問題児の太刀川さんより危ない、という衝撃の事実が露顕して涙目になった仁礼ちゃん。そしてついでに太刀川さんと同等だったらしい影浦くんも心なしか落ち込み、太刀川さんより下はヤバいと真剣になった荒船くんが勉強を教えることとなった。太刀川さん反面教師すぎる。

 

 あと、さりげなく「当真くんは?」と訊くと菩薩の笑みで首を振られた。ああ、ヤバいのか。

 

 

 

∀月♬日

 

 

 林藤支部長が風邪で寝込んだので陽太郎くんを預かった。誕生日なのに残念だ。

 

 陽太郎くんと折り鶴を作り、陽太郎くんをお友達の家に送ってから支部へお見舞いに行った。折り鶴は34歳になったらしいので34羽だ。

 

 ただの風邪らしいが咳がひどいので額に冷たいシール貼ってマスクをさせて木崎さんに車で病院に連れて行ってもらった。部屋の換気と布団を干す。洗濯物は悠一に任せた。

 軽く掃除をしてから布団をセッティングして部屋を暖めて、帰ってきた林藤支部長は「久しぶりに風邪引いてみるもんだ。至れり尽くせりだなぁ」と笑って薬飲んですぐに寝た。

 

 早く良くなりますように。

 

 

 

∀月♬日

 

 

 三輪くんが生身のままボーダーの廊下でぶっ倒れてて、駆け寄ると高熱だった。トリオン体になって急いで医務室に運んで、三輪隊に知らせた。

 

 休憩中に様子を見に行くと三輪隊も医師もいなくて三輪くんが魘されながら寝ていた。起こすべきだと判断して肩を揺らすが起きず、けれど眉間のシワが取れて「姉さん……よかった」と笑みを浮かべた。

 

 魘されていたのが嘘のように眠り始めた三輪くんに起こすのを止めて、手を握った。医師が戻ってきても、休憩時間ギリギリまで手を握っていた。

 

 三門市には身内や友人を亡くした人間がたくさんいる。心の傷は簡単には癒えないし、未だに傷を見ることさえ拒む者もいる。三輪くんは表に出す分わかりやすいけど、他の隊員も少なからず傷みを抱えている。

 それでも、少しずつ乗り越えて行こうと考えている者もいる。私の高校時代にお袋の味で涙したクラスメートも前を向こうと必死だった。

 

 大侵攻を起こした近界民は大罪だ。しかし、すべての近界民が悪ではない。国という巨大な組織に逆らえない民もいるし、それはどの世界でも同じ。つまり善い者も悪い者も近界民にはいるのだ。これは近界遠征に行けばおのずと理解するだろう。

 

 でも多くの隊員がそのスタートに立っていない。まだあの惨劇は色濃く残っているし、三輪くんなんて近界民を憎むのと同じくらい無力だった自身を憎んでいるまま。何かきっかけがあれば良いかもしれないが、葛藤でまた三輪くんは苦しみそう。同じ姉としては、早めに心が休んでくれると嬉しいな。

 

 

 

∀月♬日

 

 

 隊室で当真くんに勉強を教えていると三輪くんが訪ねてきた。珍しいと招けばオレンジジュースとドーナツを手渡された。医務室へ運んで貰った礼だと言う。

 

 日記封印期間で玉狛支部に近界民がいることを知った三輪くんは私とも距離を置いていたのだが、きっかけがなんであれ渋々という表情ながらも訪ねてきてくれたのは嬉しかった。知らないフリも出来ただろうに、やはり三輪くんは優しい子だ。

 

 勉強を一時止めて、休憩することに。律儀にも冬島隊の人数分用意してきた三輪くんにお礼を言って来客用に取っていたドロップクッキーを出した。隊長の関係で上の人やエンジニアたちが来るから茶菓子は確保済みなのだ。

 三輪くんは遠慮していたが当真くんが上手く誘導してた。さすが冬島隊エース。たぶん三輪くんがいなくなると勉強が再開するからだと思うけどね。

 

 当真くんの絶望的な成績に「陽介の未来か……」と呟いた三輪くん。そうか米屋くんもバカなのか。バカ多いなボーダー!

 

 

 

∀月♬日

 

 

 ボーダー隊員の学校成績に上司たちも危機感を覚え始めたらしい。いや、私が提言したんだけどね。あんまり学業を疎かにすると外面が悪いのでは、とオブラートに包んで根付幹部に申し上げたら学年別で勉強会が開かれた。

 

 教える側にはボーナスが出るらしく、エンジニアだけでなく隊員からも立候補が出た。ただ、基礎もわかっていないバカが多かったようで教える側は大変苦労しているらしい。

 

 当真くんも勉強会に送り出したが、から笑いを浮かべて私に教えてもらう方が分かる。教える人間が頭良すぎて逆に分からないそうだ。そうか……私の"小学生の妹に教える感覚"がわかりやすかったのか当真くん。頑張って中学生に進級してほしいから送り出したというのに。

 

 一応、1週間教師側に立候補申請を出してきた。

 

 

 

∀月♬日

 

 

 夜中、息苦しくて目覚めると悠一に潰される勢いで抱きしめられてた。意識がないはずなのに拘束が解けず、結局上下を反対にして私が悠一を潰した状態にして寝た。重くて勝手に退けてくれるでしょう、という判断故だ。

 

 次に目覚めた朝。悠一の頭が胸の上にあって重かった。夜中のこともあって思わず叩き起こすと、悪夢を見て夜中目覚めてから私の心音を聴きながら寝たらしい。なんだ情緒不安定か、と結論。そして私も迅の胸板を枕にして二度寝した。かたい。

 

 うん、やっぱり書いて吐き出していこう。

 なんかさ……悠一おかしいんだ。婚約とかして悠一が二十歳になったら結婚する予定まである。でも、一緒にいない方がいいんじゃないかとも最近思ってる。

 だって、悠一が、苦しそうなんだ。大切にされてるし、愛されてるって解る。でも焦りとか悲しみとかも一緒に居て感じるんだ。たまに悪夢で泣いてるのを知ってる。そして決まって私の名前を呼ぶ。悪夢の内容は私に関係している。自分のせいで好きな人が苦しんでいることに胸が痛い。もしかしたら私が、悠一に取り返しのつかない傷を負わせてしまうんじゃないかと、コワイ。好きだから、大切だからこそ一緒にいない方が。

 

 日記を再開したのもちょっとこの不安を吐き出したくなったからだ。暗い考えを書いてしまった。どうか、悠一には幸せになってほしい。

 いいや! ならば! 私が幸せにしろ!!

 

 

 

⊗月∀日

 

 

 教師役がやっと終わった。最初は少人数だった生徒側がだんだん増えて最後の2日間は教師役も数人勉強会を見学していた。

 

 私の教え方を見て教師役たちは「懇切丁寧というか、かみ砕くよりもペーストにするように教えるのか」と感心していた。

 

 生徒側は基礎の基礎を理解していなかっただけで覚えは良かった。頑張ってくれ。

 

 

 

⊗月∀日

 

 

 近界遠征任務が決まった。何事もなければ年内で戻ってこれると思う。

 

 話がある、とリビングのソファーに座らされた。

 

 「別れようとか考えてるだろ」と不機嫌そうに悠一がじっとミてきて、厳密には違うけど遠くもない問いに頷くと乱暴にキスされた。

 「最期まで離さないって言った」とどこか泣きそうな悠一に、思いきって私は『悠一が幸せではないなら一緒にいるべきではない』と言った。

 

 色々言い合って、出会ってから初めてあんなに怒った気がする。けれども、切々と執着とも呼べる悠一の想いを訴えられて怒りはだんだんと萎んだ。思い返せば、悠一がなぜ私を好きになったのか知らなくて、それを知った時だった。

 

「まだ全部は言える時じゃないけどこれだけは言える。愛してる。一生傍にいてほしい」

 

 涙が出た。こんなに言われたら離れられるわけがない。反則だ。ぼろぼろ泣いて、泣いて、悠一とくっついて寝た。

 

 起きて隣にいる悠一の泣いた寝顔が愛しい。もう、すっかりこの男に身も心もあげてしまったんだなぁ、と泣き笑いになった。さてさて、顔を洗ってから朝食を作りますかね。

 

 

 

⊗月∀日

 

 

 近界遠征任務に行って来ます。日記帳はまた厳重に鍵をかけておこう。

 

 

 

 




次話から原作に入ります。
日記風形式から離れます。
八神視点の一人称と、迅や他人を中心にした三人称を混ぜながら書くつもりなので読みにくいかもしれません。

キャラ崩壊も気をつけますが、日記以上にひどくなる可能性大です。
原作の流れに沿いますが、八神がいるので少しキャラの行動が変わっていくと思われます。

お付き合いいただければ幸いです。

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