三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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前半は八神視点の一人称
後半は玉狛新人を軸とした三人称


年は明ける

 

 

 翌日、私は早朝から起きて朝食を作り、1人で食事を終えて玉狛支部を出た。

 悠一は夜に空閑くんと盛り上がっていたようなので起こさず出てきたが、はて、何の話をしていたのだろう。

 

 本部基地へ着く。まだ出勤している人間はいない。居たとしても泊まり込みで仕事をしていた人間だ。

 

 冬島隊の隊室に入り、真木ちゃんと冬島隊長とは別のPCを立ち上げる。

 

 ラッドの潜伏期間を計算して任務へ出たB級以上の隊員が数人緊急脱出(ベイルアウト)をしていることがわかった。やはり、C級トリガーに緊急脱出(ベイルアウト)機能がないことは偵察機で知られただろう。ラッドを回収する折に実働したC級~一部のA級までの人数規模もある程度予測したはず。

 

 ラッド回収後、ゲート発生が目に見えて減った。グラフを作ってみると一目瞭然だ。ほとんどの隊員がラッドを回収した成果だと考えているらしいが、以前と比べて通常のゲートまでも数が減っているのだ。極端にパタリと止まったわけではないから、エンジニアに尋ねないと分からなかったな。

 

 ラッドによってこちらの大まかな地形も知られた。大きなアドバンテージだった部分が削られたのだ。幸いにも黒トリガーは知られていないだろうし、黒トリガーに対抗出来ると判断された遠征部隊も知られていない。

 

 空閑くんとレプリカさんがくれた情報は膨大だ。

 "アフトクラトル"も"キオン"も手強い相手だ。けれど、国の名前さえ知らなかった時点とは比べられないくらい、対策が取れるのは大きい。

 

 そして、空閑くんとレプリカさんが"()っている"ことも大きな一歩だった。

 

 本部の城戸司令は優しいけれど厳しい方だ。近界民(ネイバー)嫌いを公言してるからにはその姿勢を簡単には変えないだろう。

 

 空閑くんの(ブラック)トリガーの性能上、取り上げることはしたくないし、悠一は三雲くんたちに何かしら恩を感じているようだった。風刃を渡しても良いと考えるくらい守ろうとしている。

 

 私はまだ彼らとそんなに接していないから完全に信用出来ないけれど、同じ食卓を囲んで悪い人間ではないと思った。ならば、悠一の為にも私だって力になりたい。

 

 

「……戦略的に考えても、空閑くんを敵に回すメリットはない」

 

 

 城戸司令の厳しい性格を曲げることはさすがに無理だが、組織の頂点としての城戸司令なら空閑くんの有用性を認めると思う。

 

 襲撃の対策と空閑くんについて、私も考えていこう。

 

 

  *

 

 

 

 あっという間にボーダー隊員正式入隊日はやってきた。

 

 

「ああ~帰ってきて早々に防衛任務かー」

 

「年始は休ませてもらったんだから仕方ないでしょ」

 

 

 本部では入隊式が行われているだろうが、私と悠一は久しぶりにコンビで任務に当たっていた。

 

 以前まで風刃を使用して集団を相手にしていた悠一が、通常のトリガーでミスなくやれるのかテストも兼ねて私が付けられた。城戸司令と忍田本部長と林藤支部長は心配していなかったけど、他の幹部が疑問に思っていたからだろうね。実際私の出番なんて少ない。

 

 年始は私の実家に2人で行っていたのだ。年上の従兄姉からはからかわれたり祝福されたり、悠一は私の父や叔父に捕まってた。酔っ払いの相手させてごめん。私の家族も親戚も完全に悠一を受け入れてて、悠一は疲れた顔をしながらも嬉しそうにしていた。そして、母と私の料理の違いにビックリしていたのが印象的だった。

 私の料理は悠一の好みに合わせて作っているから当たり前でしょ。

 

 

「遊真たち目立っているだろうなぁ」

 

「たち? 空閑くんは分かるけど三雲くんと雨取ちゃんも?」

 

「メガネくんは風間さんに目を付けられるんだよ。あと千佳ちゃんは──」

 

 

 ドン! と本部基地からビームが飛び出した。

 

 遠目からでも高密度のトリオンが判って唖然とする。敵襲かと思ったが内側からの攻撃なので判断が鈍る。

 

 

「あれ、千佳ちゃんだよ」

 

 

 悠一の笑み混じりの声に愕然とする。確か雨取ちゃんはスナイパー志望。つまり考えられるあの攻撃の正体はアイビスだ。しかし私の知っている威力ではないぞ。

 

 

「千佳ちゃんのトリオン能力って桁外れなんだよ。測定したら黒トリガー並みでビックリだよね」

 

「ビックリで済まされるかー! 雨取ちゃんの近くにラッドが居たらと考えてゾッとしたわ!」

 

「それは確かに。ゲート開き放題だし」

 

 

 ゲートから出てきたバンダーを、片手間にスコーピオンで一刀両断する悠一に同意する。

 

 最低限のトリオン量でゲートを開くラッドが回収済みで本当に良かった。

 

 

「それにしても……やっぱり本部基地の耐久力上げないと。10倍で足りるかな」

 

「10倍はトリオンが間に合わないんじゃない? 出来ても7倍だね」

 

 

 7倍か。でも防衛装置も新しく開発するらしいから、強化に回せるのは3割くらいだろうか。

 

 悠一が後退するのに合わせてモールモッドを転倒させる。ひっくり返したところで悠一が刃を投擲して沈黙。

 建物の間に張っていたスパイダーを繰糸(そうし)で太く変更し、それを足場に悠一が跳ね上がって一閃。

 飛んでいたバドが呆気なく墜ちて沈黙。

 

 

「風間さんが目を付けるほどの実力は三雲くんになかったと思う。心意気くらい?」

 

 

 でもあれくらいの正義感や意気込みなんて、色んな隊員が持ち合わせていると思うんだけどな。

 

 

「メガネくんの心意気は並みじゃないのさ。城戸さんたち勢揃いを前にして言い返せる豪胆さだよ」

 

「え、三雲くんすごすぎ……本当に中学生?」

 

 

 圧迫面接みたいなアウェー空間で言い返せるとか、ただの中学生じゃないよ。そうか、風間さんに目を付けられるのも納得だ。

 

 

「それで納得するのは城戸さんたちが可哀想だなっと」

 

 

 落ちゲーみたいにポロポロ落ちてくるトリオン兵が、悠一に次々と一掃されていく。今日の戦果は上々だな。誘導装置がきちんと作動している証拠だね。

 

 それにしても雨取ちゃんのトリオン能力を考えるとやっぱり対策考えないとダメだ。

 スナイパーのB級昇格は他のポジションよりゆっくりになるし、手っ取り早く上に行く方法なんてない。それこそ才能がないと。

 

 

「玲~今日の飯なにー?」

 

「そうだ! 今日って空閑くん玉狛支部に行く? 三雲くんも居ればちょうど良いんだけど」

 

「訓練もあるし行くよ。なんか思いついた?」

 

「うん。ご近所のお爺さんが鯛と鮭をくれたから鯛飯とホイル焼きにしようかな。ちょっと贅沢だけどお刺身は正月にいっぱい食べたし」

 

「鯛飯って家でも作れるんだ」

 

「簡単に作れるよ。鯛自体めったに買わないから印象ないのかもね」

 

 

 魚釣りが趣味のお爺さん、ありがとうございます。

 もともとは林藤支部長の釣り仲間で自分では捌けない人だった。普段は釣った魚を店に持って行って食べているらしい。

 

 紹介していただいた時に私が捌けると知って料理したところ、気に入っていただけたようでたまに依頼されるのだ。報酬は釣ったばかりのお魚です。おかげさまで我が家はスーパーで魚を買っていないのである。

 

 ご近所付き合いって大切だよね。

 

 悠一曰く、空閑くんは体の大きさに見合わず大食いらしい。お米はどれくらい炊こうかな。

 

 

「レイジさんが今日はいないはずだから、料理当番は京介じゃなかったかな」

 

「なら早めに連絡入れなくちゃ」

 

「いや、あっちから連絡来ると思う」

 

 

 そうなんだ。なら気長に待っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 烏丸伝いに八神の飯が食えると聞いた空閑はそわそわし始める。クリスマスの翌朝に食べた味噌汁が聞いていた通りに美味くて、お代わりを何回もした記憶があるのだ。迅によるプラシーボ効果がないとも言えないが、何の情報も持っていない三雲と雨取も同じように「おいしい」と評価していたから空閑の中で『レイさんの飯はウマい』とカテゴリーされた。

 

 烏丸と新人たちが玉狛支部へ入ると、芳ばしい匂いに胃が刺激される。空閑には馴染みがないけれど、三雲と雨取には『家に帰ってきた』と錯覚するような温かさが支部に溢れていた。

 

 

「おかえりー」

 

「おかえり」

 

 

 宇佐美と迅に迎えられてホッと息を吐く。

 

 

「よろこべみなのしゅー。きょうは、タイだ!」

 

 

 雷神丸に跨がった陽太郎の言葉にいち早く反応したのは烏丸だった。俊敏に荷物を置いて手を洗いに行く。烏丸の背中は心なしかウキウキとしているように後輩たちには見えた。

 

 

「ほら、お前らもうがい手洗いしてこい。そろそろ出来るぞ」

 

「ウム、それは急がねば」

 

「は、はい」

 

「はい」

 

 

 迅に促されて3人も烏丸の後に続くのだった。

 

 

 

 「ウマい」

 

 

 空閑は頬に米を付けてその一言だけを述べ、後は黙々と鯛飯を食べる。その隣で三雲と雨取も同意する。鯛も鮭も育ち盛りに欲しい栄養素がいっぱい。確かな満足である。

 

 評価された八神には、隣に座っていた陽太郎が鯛のお頭に興奮しているのを宥めながら食事をしていたので、その言葉は届かなかった。

 空閑に負けず劣らず黙々と食べている烏丸の姿も珍しい。

 

 

「レイジさんと桐絵ちゃん残念だねぇ。鯛飯なんて初めて食べたよ~」

 

 

 宇佐美が頬を弛ませて荒汁を飲む。今日は完全に魚尽くしなのである。

 

 

「ボスに写メ送ったら悔しがってたよ」

 

「わぁ迅さん鬼畜~」

 

 

 本部に呼び出された林藤はさぞかし無念だったのだろう。隣に座っていた忍田に「俺だって鯛飯食べたかった!」と愚痴っては「わかったわかった。今日はラーメンを食いに行こう」と慰められていた。

 

 魚尽くしだった食卓が好評だったことに安心しながら、八神は迅の空になったグラスへ麦茶を注ぐ。そして自分の食事をしながら、陽太郎のお世話をする。

 完全に未来の母であった。

 

 男子が多いことと、大食いがいることを考慮して大量に作られた料理は見事に完食されていた。料理人としても確かな満足である。

 

 片付けは迅と烏丸と宇佐美が請け負った。

 

 後輩たちも立候補したのだが、八神に話があると言われてソファーに並んだ。

 三雲と雨取にとって八神はクリスマスでの空閑との言い合いが印象的で、少しだけ苦手だと思っている。話がある、と言われたならばまた何かあると無意識に警戒してしまうのは仕方ない。

 

 そしてその警戒は当たりである。

 

 

「雨取ちゃんのトリオン量を見せてもらったよ。同じポジションとして驚きの才能だ」

 

「は、はい」

 

 

 話を振られた雨取が緊張混じりに頷く。それに少しだけ頬を緩めた八神だが、気を引き締めて空閑と三雲に向き直った。

 

 

「三雲くんと空閑くんには話を合わせてほしいんだ」

 

「合わせる?」

 

「そう。学校でモールモッドを倒したのは三雲くんだと報告されている。そこは良いんだ。合わせてほしいのはその過程。

 『ボーダーの訓練用トリガーで最初に空閑くんが戦った。しかし、慣れない上に訓練用だった為、上手く戦えずやられてしまった。そこを三雲くんがすかさずトリガーを起動して2体を倒した』と。

 こちらは訓練用トリガーでやられたという事実が欲しい」

 

 

 八神の言葉に三雲が顔を曇らせる。己の実力を偽ることも、恩人でもある空閑の手柄を横取りしてしまうことも納得していないのだから。

 

 渋る三雲とは異なり、空閑は「ふーん」と何とも思っていない様子だ。というより八神の真意に気づいている。

 

 

「オサム、レイさんのは同意を求めていない宣言に近いよ」

 

「え」

 

「うん、まあね。卑怯な言い方だけど『こう報告するから何か言われたらよろしくね』と言っている。2人に大なり小なり文句が行くからさ」

 

「おれは別に構わないよ。でも理由は知りたいな」

 

「空閑が良いのなら。僕も知りたいです」

 

「OK」

 

 

 八神の説明はこうだ。

 

 近く、大規模な侵攻が予測された。ラッドが偵察機だと判明している現在、どこまでこちらの情報が漏れているのか情報整理を行っている。近界民(ネイバー)はこぞってトリオン能力が高い人間を欲しているため、ボーダー隊員も例外ではない。B級隊員以上のトリガーには緊急脱出(ベイルアウト)機能でいざという時に逃げられるが、C級トリガーには逃げる手段がない。

 雨取のトリオン能力は膨大なので、もしもの場合は狙われる可能性が非常に高い。

 

 

「その為、開発室にC級隊員のトリガーに緊急脱出(ベイルアウト)機能を提案する為の材料が欲しい。雨取ちゃん、ひいては一部のC級を守る為にね」

 

「……あの、一部のC級ってどういう意味ですか?」

 

 

 今まで黙って聴いていた雨取が、おずおずと手を挙げて質問した。

 

 

「雨取ちゃんに及ばずとも、トリオン能力の高いC級隊員たちのことだよ」

 

「全員ではないんですか?」

 

「残念ながら大人の事情で全員分は無理なんだ」

 

 

 己より他人を優先したい雨取には残酷な宣言だった。

 

 俯く雨取に三雲が声を掛ける。

 

 

「千佳、お前のトリオン能力は強い。それが敵に渡った方が危険なんだと思う」

 

「ウム。確かにチカみたいな量は危険だ。逃げる手段があるのは良いことだ」

 

「修くん、遊真くん……うん。よろしくお願いします」

 

 

 雨取がソファーから立ち上がってぺこりと頭を下げて、三雲も慌てて同じように八神へ頭を下げた。

 

 八神は一瞬面食らった後、微笑を浮かべて頭を上げるように言った。

 

 

「それと、空閑くん」

 

「うん?」

 

「君とボーダーのトップを会わせる席を作ってみせる。君からもらった情報はボーダーには有益すぎる。そこで身の安全を交渉するといい」

 

「わかった」

 

 

 頷く空閑を見てから、八神はソファーから立ち上がって時計を確認した。まだまだエンジニアたちの帰宅時間には遠い時間だ。

 

 八神がチラリと様子を見守っていた迅へ視線をやると、ニコリと笑みを浮かべられた。八神は眉を顰めて見つめ続けるが迅の表情は変わらない。

 

 ため息を吐いて荷物を掴んだ。

 

「帰ろうか悠一」

 

「了解」

 

 

 婚約者の笑顔の圧力に負けた。

 

 

 


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