三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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侵攻編ではこの話を最後に、八神視点の一人称はなくなります。

八神視点の一人称
八神を軸とした三人称


終着点が浮かぶ

 

 対策の方針が決まると急ピッチで仕事が回り出す。エンジニアから屍累々が発生しているが、スピードが大事なので無理やりご飯を口に突っ込み、強制的に寝かせて仕事を進める。

 エンジニアからたまに「お袋」と言われます。

 

 新人育成部署にも何度も足を運び、緊急での対応行動を訓練に組み込んでC級の強化に努める。

 空閑くんが段違いの動きをするので、才能あるC級たちもそれにつられて向上心がアップした。思わぬ収穫だ。

 

 

「八神さん、あの今お時間よろしいですか?」

 

「三雲くん? うん、10分くらいなら」

 

 

 本部にいるのが珍しい三雲くんがわざわざ話しかけてくれたのだ。スケジュールがちょっと苦しくなるけど、三雲くんの表情は真剣だ。他人の言葉にも耳を傾けなければ。

 

 廊下で話すのも何だけど、ちょうどベンチがあったので隣り合って座った。

 

 

「それで?」

 

「……僕は、まだあの作戦に同意できません。でも立場の差があり過ぎて、それに僕は八神さんがどうしてあんな考え方が出来るのかわかりません」

 

 

 苦しみながらも真っ直ぐな心でそう言った三雲くん。少年漫画の主人公みたいな心根の持ち主に、私のような凡人の考えを理解できないのは当然だよ。

 

 三雲くんの言う"あの作戦"とは『C級隊員を囮にして民間への被害を減らす作戦』のことだ。我ながら非道い奴。

 

 C級トリガーに緊急脱出(ベイルアウト)機能がないことを知られた、のを逆に利用した最低な作戦。

 

 もちろん色んな人に非難された。しかし、私たちボーダーは防衛隊員なのだ。C級と言えども組織に組するからには一般人でなくボーダーの隊員。民間よりも守る優先度は低い。

 

 予定では50名のC級トリガーに緊急脱出(ベイルアウト)機能をつける。事が始まれば400名以上のC級隊員たちも動員して一般人の避難誘導を優先。誘導後、50名は本部基地へ走り囮となり、残りのC級隊員たちはトリガーを解除して一般人と共に避難・待機させる。

 

 無責任に囮をさせるわけではない。現に緊急特別訓練を課し、ルートを決めてB級隊員が駆けつけて連携をしやすいように打ち合わせをしている。また、何らかの妨害でB級以上の隊員が向かえない場合は、私が補助に回る。

 

 囮となる中には空閑くんと雨取ちゃんも含まれる。三雲くんは友人を、特に雨取ちゃんを危ない目に合わせることが嫌なのだろう。

 

 

「僕は指示よりも、C級隊員を守るために動いてしまう、と思います」

 

「……君は玉狛支部の人間だし、無理に本部側の私に従わなくていいよ。まぁ、林藤支部長には従わないとボーダーを追放するけど」

 

「……僕は、空閑が八神さんを"こわい人"だと言った意味が、やっとわかった気がします。最初はサンタコスの人だったけど」

 

「ははは。サンタコスは忘れてほしいです切実に。普段はこんなだから!」

 

 

 弄ってくる三雲くんに本部の制服を指して主張した。

 

 一応嫌悪はされていないが好意も持たれていない、そんな関係。

 悠一の後輩にそんな印象を与えてしまったことは悲しいけれど、もう後の祭り。控えている大侵攻に私は全力を尽くすだけだ。

 

 

「三雲くん、君が強くなるのを待っているよ」

 

「……僕は」

 

「ごめんね、もう時間だ。話はまた今度」

 

 

 暗い表情となった三雲くんの言葉を遮ってベンチから立ち上がって歩き出す。悪いけれど、君の悩みをずっと聴く余裕はないんだ。

 

 そう思ってたんだけど。

 

 

「僕は八神さんを尊敬しています! でも八神さんとは違う強さを見つけますから!」

 

 

 背中にそう叫ばれて思わず振り返った。

 

 拳を握り締めた三雲くんが真っ直ぐな心で、真っ直ぐな瞳を、私に向けていた。

 

 

「そっか。なら、未来のライバル候補だね」

 

 

 ゆるゆると口角が上がった自覚があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議室にて、A級と一部のB級部隊に情報伝達を行い、正午になったことで一時解散となった。

 

 会議に使った書類を読み返しながら纏めていた八神の机に、白黒の市松模様の盤が置かれた。

 

 

「?」

 

 

 書類から顔を上げて置いた主を見上げると、胡散臭い笑みを浮かべた迅だった。椅子をガーッと移動させて八神と対面に座って、市松模様の盤、(もとい)チェス盤を指差して言う。

 

 

「1回だけ相手してほしいんだけど」

 

「……悠一ってチェスしたことあるの?」

 

「初めてだね。でもルールは知ってるから」

 

 

 昼食時と言っても、まだ会議室に残っていた隊員は面白そうに注目している。迅はそれをわかって勝負を挑んでいた。

 

 胡散臭い笑みの迅を怪訝に思うも、八神はこの空気の中で断るのもな、とも考える。

 しかし八神はチェス初心者ではないし、むしろ中級者くらいには勝つ実力のあるプレイヤーだ。ルールしか知らず、実戦をしたことがない迅に余裕で勝てる自信は持っている。

 

 

「やるなら、駒落ち戦にしよう」

 

 

 駒落ち戦とは、上級者側の駒を減らして対戦すること。クイーンやルーク、ナイトなど強い駒を減らすのでハンデとして有効なのだ。

 

 

「駒落ち? あ、駒は減らさなくていいよ。俺はサイドエフェクト使うから」

 

「マジか! 迅きたねえぞ」

 

「あれ? 太刀川さんまだ居たんだ」

 

「居たわ!」

 

 

 迅の言い分へ真っ先に反応したのは太刀川だった。

 

 楽しそうだと思ったのだろう。いそいそと盤が見える位置に移動して、腕を組んで腰掛けていた。

 

 太刀川ほどでもないがそれなりに興味があるのか他の数人も2人を見守っていた。

 

 八神は逃げられないことを確信して、駒を初期位置に並べるべく手を伸ばした。

 

 

「それで何を企んでるのさ?」

 

「さすが話が早くて助かるなぁ。負けた方が勝った方の言うことを必ず実行する、っていう賭けをしよう」

 

 

 ピタリとルークを持って動きを停める八神に迅は笑みを深める。

 一瞬、無表情となった八神だが、軽く溜め息を吐いて了承した。

 

 見物人の太刀川が「エロか? エロいのか?」と茶化し、風間に頭を叩かれて大人しくなった。

 

 

「先攻はあげるよ。色は?」

 

「黒で。いいの? 俺には勝ってる未来が視えてるけど」

 

「どうせ負けてる未来も視えてるでしょ。どうぞ」

 

 

 迅が黒、八神が白。

 

 チェスは序盤・中盤・終盤と大きく局が分けられる。将棋とは違って穫った駒を自陣に加えることは出来ない。奪われた駒は奪われたままだ。戦いでは数が多い方が有利で、弱い駒で強い駒を奪った時の高揚はなかなかの物。

 

 さて、チェスの動かし方にも定石がある。相手よりも先に戦力を展開出来る"先攻"は有利な手だ。

 それを八神は未来視を持つ迅に譲ったことは、かなりのハンデをあげたことになる。

 

 

「今日も泊まり込み?」

 

「うん、ごめんね。エンジニアたちのスケジュールとか開発とかを手伝う。侵攻には万全に臨みたいから」

 

「……そっか~。玲のご飯を早く食べたいな」

 

「うーん……家に行くのは無理だけど、隊室でご飯作るくらいなら時間あるよ」

 

「じゃあ食べたい。何作ってくれるの?」

 

「オムライスでもいい?」

 

「玲が作るなら何でもいいよ」

 

「了解」

 

 

 とん、とんと両者とも間を開けずに駒を置いていく上に、会話が途切れることもない。

 

 初心者の迅は未来視を持つ故に迷いがないのだが、八神は盤と迅の様子を見ながら瞬時に判断しているようだった。

 

 太刀川よりも少しだけ距離を取って眺めていた東が、内心感嘆の声を上げる。

 

 中盤も終わり、終盤へ入った盤上では、兵数は迅が有利。しかしクイーンが居ないので駒の持ち点数を見れば八神が勝っていた。

 

 迅の表情は真剣だ。対する八神も盤を睨んでいるけれど、迅ほど悩んでいる様子ではない。

 

 迅がナイトを動かすと、すかさず白のビショップが奪いにきた。ハッと迅が目を見開いて固まる。

 

 

「チェック……もし、私たちが初対面の時に『君と俺は婚約する未来だ。だからすぐに婚約しよう』と悠一が言ってきたら、私はどん引きして一言も話さなかっただろう」

 

「いや、それは俺も嫌だけど……」

 

「つまりはそういうことだよ。いくら勝つビジョンを知ってたって過程を蔑ろにしてはいけない、でしょ?」

 

「……」

 

 

 迅が渋面となり、一向に盤へ手を伸ばさない。

 

 

「悠一は勝ったらなんて言うの?」

 

 

 未来視を持たなくても、八神や周りのチェスをかじったことのある見物人たちには結果がわかっていた。

 

 それを察したのだろう。迅は深く溜め息を吐いてキングを掴んだ。

 

 

「『大侵攻の時に戦うな』って、命令をね」

 

 

 コトリとゆっくりキングを動かして、手を引っ込めた。

 

 迅の言葉に会議室の面々が顔をしかめる。

 予測される大侵攻で八神のポジションは重要だ。それを今更ナシになど出来るはずもない。だが、迅が未来視でいい加減なことを言うはずもなく。

 

 おそらく三輪がこの場に居たのならまた話が違ってくるのだが、彼は迅が勝負を挑んだ途端に「くだらん」と早々に出て行っている。

 

 盤上はキング同士が対面するオポジション。

 

 悩み始める周りを置いて、八神は白のクイーンを動かした。

 

 

「チェックメイト。私の命令はもう未来視しちゃった?」

 

「うん。だから言わなくても」

 

「あ、でも証人が要るよね。

 じゃあ『私がいなくなったら、他人に二目(ふため)と見せられないくらい泣きはらして、それから目一杯笑うこと』だ。

 必ず実行してね?」

 

「……」

 

 

 慈愛さえ籠もった笑顔でそう宣言した八神に、迅は俯き、見物人は固まった。

 

 スッと立ち上がった八神は俯く迅の側に近づいて、優しく頭を撫でる。

 

 

「ごめんね? ちゃんと悠一が心配してくれてるってわかってるよ。でも私に勝つならルールだけじゃなくて常識も覚えてこなくちゃ」

 

 

 同じ駒を連続ターン動かすのは勝ちを狙えない。

 戦略は先に展開した方が勝つ。一つの駒に集中し過ぎては他の駒が疎かになってしまうのだ。

 

 今回、迅はこのミスを犯した。迅には"勝ちの盤"が視えているけれど正確な駒を動かす順番を把握していなかった。故に、一つの駒を"勝ちの盤"で視えた位置に持っていこうと集中した。

 

 さらに八神に「初めての実戦」だと教えたことも、敗因に繋がった。

 何故なら"ルール覚えたての初心者が我慢せずに駒を奪う"ことを八神は経験で知っている。

 

 迅の未来視は確かに嫌なマスに置いてくる動きだったが、臨機応変に流動的に戦局を動かし、取りやすい囮を用意して未来視を惑わせて、本命の手を打てば良い。

 

 

「じゃ、オムライス作ってるから片付け終わったら隊室に来てね? 皆さんも早めにご飯食べに行ってくださいねー」

 

 

 迅から手を離して机上の書類を取り、八神は颯爽と会議室から出て行った。

 

 残ったのはうなだれた迅と深刻な表情の見物人たち。

 

 

「……迅、八神は今回やべーのか?」

 

 

 諏訪が沈黙を破って迅に問う。

 

 迅は息を深ーく吐き出して、透明な笑みを浮かべて顔を上げた。

 

 

「……玲がいるか、いないかで被害がかなり変わる。俺のサイドエフェクトは、玲がいた方がいいって言ってる」

 

「それなのに?」

 

「今回の侵攻はボーダーの転機だけど、玲の転機でもある。俺との関係も変わるかもしれないからちょっと不安になっただけだよ。さっきの言葉で玲は変わらないって確定したから安心したけど」

 

 

 肩を竦める迅が椅子に凭れて脱力すれば、周囲の人間も知らず知らず空気を緩めた。

 

 

「それにしても、八神見てるとマジで彼女欲しくなるな!」

 

 

 太刀川は顎髭を撫でながらにやにやと迅に笑うと、それに諏訪も歯を見せて喉で笑う。

 

 

「おーわかる。あの包容力ハンパねーし」

 

「太刀川と諏訪の彼女は苦労しそうだな」

 

「んだよ風間、そりゃどういう意味だコラ」

 

「そのままの意味だ」

 

 

 21歳組がいつもの口論を始め、太刀川と迅も。

 

 

「俺と八神の未来」

 

「ない。ありえない」

 

「そう言うなって。未来は分かんねーだろ」

 

「100%ない」

 

 

 などの言い合いに発展したので、東を始めとした他の見物人たちは会議室から退室する。

 思考の片隅に"八神が危険かも"というのを置いて。

 

 

 

 




チェスの描写は敢えてぼかして書いています。
専門用語が多くて説明しきれないので。


お気づきの方がどれだけいらっしゃるか不明ですが、
この時点で八神はとある対価を払って高い能力を取得しています。
なので侵攻開始するとチートのような人物になります。
どういう能力か推察したい方は、BBF質問箱DXのQ.172~174をご覧下さい。こちらを作者が独自解釈したものです。

※完全チートではありませんが、擬似チート設定が嫌い・苦手な方は、
大変申し訳ないのですが、以降の話はお控え下さい。

次話から大規模侵攻が開始します。

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