三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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逃げる心は置いて行け

 

 囮作戦は見事に成功していた。

 

 本部基地へ走るC級チームに多くのトリオン兵が釣られて殺到し始める。どこからともなく伸びてくるスパイダーが瞬時に絡め捕るも、撃破ではないため恐怖は変わらない。

 

 C級隊員たちはそれでも、作戦を信じてひたすらに走る。

 彼らが囮に選ばれたのは一定量以上のトリオン量もあるが、混乱の最中に作戦行動をきちんと取れるかが基準だった。

 

 中高生の少年少女が多く、表情は恐怖に染まっている。だが全員が『家族を、友人を守るために』という強い意志を持って行動していた。

 

 南西部のC級チームに雨取の姿があった。

 

 中央オペレーターたちがチームの視界に逃走ルートを映している。数が多いので中央オペレーターたちもルートを示すしかサポートが出来ないのだ。

 

 

「出穂ちゃん頑張って!」

 

「頑張ってるよぅ」

 

「遅れるな!」

 

「リーダーに続け!」

 

「うおお!!」

 

 

 お互いに励まし、声を掛け合って無事を確かめ合う。

 破壊音と攻撃音が響いてところどころ掻き消されるが、仲間の声が聞こえるだけで心に余裕が出る。

 

 しかし、ドガンッと降ってきたモスグリーンのラービットに進行方向を妨げられた。

 

 

「や、やばい!?」

 

「女子! 足を止めるな!」

 

「建物を利用して逃げるぞ!」

 

「こっちだ!」

 

「出穂ちゃん!」

 

 

 雨取は固まる夏目の腕を取って、3人の男子が示す方向へ逃げようとした。

 

 

「なにー!?」

 

 

 だが、逃げようとした方向にビームが発射されて足を止めるしかなかった。飛び道具持ちのトリオン兵に5人は戦慄する。

 

 じりじりと距離を詰めてくる様は、トリオン兵なのにこちらをバカにしているように見えて、負けん気の強い男子がムッとする。

 

 

「仕方ない。まだ先輩方の援護がこない今、戦闘するしかない」

 

「リーダー!? でもおれたちじゃあ」

 

「全滅よりマシだ。役目を果たしてやるんだ」

 

 

 男子が前に出ようとしたところで、ラービットの頭に木虎のスコーピオンと三雲のレイガストが衝撃を与えた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

 バカにしていた嵐山隊の隊員と、緑川に負けていた新米のB級隊員だ。

 けれど、C級隊員よりもよっぽど頼りになる正隊員の登場に男子3人は安堵をこぼした。

 

 雨取も夏目も歓声の声を上げて、ホッと肩の力を抜く。

 

 しかし木虎の鋭い声音に、5人はまた気を引き締めた。

 

 

「色違いの新型ね。何をしてくるか分からないから気をつけなさい」

 

「ああ! みんな、引き続き基地へ向かいながら戦闘する。他のトリオン兵にも気をつけて」

 

 

 三雲は木虎に答えると5人へ警告を飛ばす。

 

 

「こちら木虎。色違いの新型と交戦を開始します」

 

 

 本部へ通信したところで、モスグリーンのラービットが木虎にビームを発射した。

 

 木虎はすぐさま避け、三雲がレイガストをシールドモードに変えて背後のC級隊員たちを守った。

 

 

「私がこいつを倒す! 三雲くんはそのままC級隊員を守りなさい!」

 

 

 牽制しながらその場へ釘付けにする傍ら、スパイダーを発射して己に有利なフィールドを作り上げた。初めて見るA級隊員の動きに、三雲はもちろんC級隊員たちも驚きに目を見開く。

 

 息つく間もなく銃撃を続けるが、装甲が厚い上に弱点の核を見せないトリオン兵に、このままではトリオンの消費が追いつかない。

 そう判断した木虎がスコーピオンを構えた時、一瞬の隙を突いてモスグリーンラービットは装甲からエネルギーを出力して真上へ飛んだ。

 

 

「飛んだ!?」

 

 

 空中へ飛んだモスグリーンラービットは木虎ではなく三雲へ砲撃を行った。

 

 

「くっ!」

 

 

 2撃。なんとか防ぎ切ったが、三雲のトリオンではもう1撃は受けれない。

 だが、モスグリーンラービットはもう一度砲撃エネルギーを溜め始めた。

 

 

「こいつ……! おまえの相手は私よ!!」

 

 

 空中にいる敵を追いかけて木虎が跳んだ瞬間、それを待っていたモスグリーンラービットが飛行して宙で逃げられない木虎へ突撃。咄嗟にスコーピオンで受けたが、強度のない刃は無残にも割られ、衝撃を殺せなかった木虎は仰け反った。

 右足を掴まれ、地面へ叩きつけられた木虎へトドメとばかりに砲撃を構えられる。

 

 

「木虎!」

 

 

 ボロボロのレイガストを携えて三雲が駆けてくるのが見える。

 

 その途端、木虎のプライドに火がついた。

 A級隊員の己が新米のB級隊員に助けられる無様は許さない、と。

 

 瞬時に巻き取り式のスパイダーを発射し、掴まれた右足を躊躇なく斬り落としてスパイダーで移動。

 砲撃体勢で無防備に晒された核を、すれ違い様に切り裂いた。

 

 

「やった!」

 

「す、すげぇ!!」

 

 

 歓声を挙げるC級隊員たち。もう男子たちも嵐山隊をバカにする気は起きなかった。

 

 一息ついたところで三雲が木虎に声を掛けようとした時、モスグリーンラービットの腹が開く。

 中から出てきたのは、数体のラッド。

 

 

「なっ」

 

 

 破壊する間もなくイレギュラーゲートが開かれ、先ほど足を犠牲にして倒したモスグリーンラービットの他に、紫と黄色いラービットの3体が現れる。

 

 

「早くこの場を離れなさい! がっ」

 

 

 焦りで敵から目を離した瞬間、地面から刃が生え木虎を貫いた。

 貫かれながらもモスグリーンラービットとは違う攻撃パターンに、色ごとに性能が違うことを木虎は察した。

 

 

「木虎!」

 

「三雲くん本部に連絡を!」

 

 

 傷を庇いながら後退するが機動力の落ちた木虎は呆気なく捕まり、緊急脱出は間に合わずキューブにされてラービットの腹に収められた。

 

 憤った三雲が立ち向かおうとしたが黄色ラービットに吹っ飛ばされて住宅を破壊する。

 トリオン体なので痛みはないが、衝撃が強く咄嗟に起きれない三雲を無視してラービット3体はC級5人へ向かっていく。

 

 

「逃げよチカ子! チカ子!?」

 

「……あ……」

 

「何やってる千佳!! 早く行け!!」

 

 

 トラウマが発動し、恐慌状態に陥った雨取に2人の声は聞こえていなかった。紫のラービットが近づく。

 

 雨取が動けないことを夏目は悟った。

 夏目は雨取のトラウマなど知る由もないが、恐慌状態に陥る人間を見たことがある。空手の試合で自分より遥かに格上の相手と対峙した時、緊張に呑まれた時、恐慌状態になる人間は少なくない。

 

 もともと夏目は他のC級のように『誰かを守るために』などの理由ではなく『友人が一緒だから』という理由で囮作戦に参加していた。それでも面接でOKをもらっていたし、特別訓練もそれなりに成果を出していた。

 だけど、それは、友人の雨取がいたからだ。

 

 知り合ったのは最近だ。第一印象が強く、学校が一緒だと知って、ポジションも一緒で、話す機会が増えて、一気に距離が縮まった。大切な友人だ。

 

 夏目はトリガーを起動した。

 構えるのは、訓練用のアイビス。

 

 ドギン! と音を立てて弾は装甲に当たった。

 

 

「チカ子に手ぇ出してんじゃねーぞこんにゃろー!!」

 

「!!」

 

 

 夏目の叫びに、雨取の恐慌状態が綻ぶ。

 

 同時に、攻撃してくるC級に狙いを定めた紫ラービットが夏目に向かう。

 恐怖は強く、精密さもないけれど、夏目は引き金を引いた。弾は確かに当たる。

 

 だが銃口が見えた狙撃銃など怖くもない。

 装甲のぶ厚い腕を盾にした紫ラービットは、衝撃をものともせずに夏目へ近づき、あっという間に捕らえた。

 

 

「出穂ちゃ……」

 

「チカ子逃げろ!! 走れ!!」

 

「逃げろ千佳!!」

 

 

 捕らえられても自分を逃がそうとする夏目。

 ずっと呼びかけてくれる三雲。

 

 

───そりゃもちろん戦闘員でしょ。この先近界民(ネイバー)に狙われたときのためにも、チカは戦えるようになったほうがいいだろ。

 

 

 雨取はふと空閑の言葉を思い出した。そうだ、自分でも戦える。

 

 夏目が取り落としたアイビスを拾って、構える。

 銃の重さと覚悟の大きさに反して、引き金はあっさりと。

 

 ズドォッ! と夏目とは比べものにならない威力が発射されたのだった。

 

 

 




夏目ちゃんが好きです。

囮の50名の中にはトリオンが平均量の者もいます。
選考条件は『指示に従えるかどうか』『戦闘中に出来るだけ平常心へ立て直せるかどうか』です。
混乱してバラバラに動かれても援護出来ない為と、1人が混乱に陥っても誰かが混乱の連鎖を止めれるように、と考えてです。
軍隊は新兵が多ければ多いほど、僅かな刺激で隊はパニックになる。隊長や指揮官などの集団を纏める精神的支柱はやはり必要不可欠なのかも。

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