三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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糸使い

 釣れた。

 

 ボーダー側で作戦を知る者のほとんどがそう考えた。

 

 人型近界民(ネイバー)が戦場に現れた。

 数は4。東・南に一人ずつで南西に2人。

 

 その報告を聞いて八神は次の段階へ作戦を進めることを決めた。

 

 

『C級チームの内、2人をベイルアウトさせてください』

 

 

 八神が内部通信で本部へそう伝えたのは、人型近界民(ネイバー)の1人であるエネドラと対峙していたからだ。

 

 

「あ"?」

 

 

 空に20もの光の帯が基地へ向かう。

 予定通り緊急脱出(ベイルアウト)に成功したのだ。

 

 

「チッ雑魚が猿知恵働かせやがって。テメェも逃げなくて良かったのかよ小娘」

 

近界(ネイバーフッド)にもサルがいるんだ。やっぱりあんまり生態系は変わらないのかな。

 『5分間人型ネイバーのトリガー能力を探ります。思考リソース誘導をお願いします』」

 

 

 油断なく会話をしながら円城寺に通信する。

 

 

『了解』

 

「はあ? 知るか」

 

「やだなぁ。バカっぽいの引いちゃったかも」

 

「バカはテメェだ」

 

 

 八神の足下から刃が飛び出すが、あらかじめ地面に蒔いていたスパイダーを、極細絹糸から注連縄(しめなわ)まで一気に太さを変えてシールド代わりにした。

 エネドラから見れば、突然足から根が伸びたように感じただろう。

 

 すでにフィールドは出来上がっている。地面には肉眼では見えない細さのスパイダーが密集し、住宅の壁を利用して空間を区切るように張られている。

 地面の下からの攻撃は予期していなかったが、地面のスパイダーが、感度の上げられた指先を通して微細な振動を八神へ伝えたのだ。

 

 

「ハハッ! 鬱陶しい糸使いはテメェか!」

 

 

 エネドラから不定形の塊が広がる。

 

 スパイダーを押しのけ、千切りながら向かってくる不定形に八神は相性の悪さを察する。スパイダーがなくなれば八神には地面の下や、壁の中などの見えない攻撃を避ける術はない。

 そして表で目に見える範囲以上に、スパイダーが切られていることを察した八神は、全力逃走に切り替えた。

 

 

『すみません、前言撤回です。全力で逃げます』

 

『おお、逃げろ逃げろ。そいつはヤバい』

 

「逃げるしか出来ねーのかァ? そうだよなぁ、糸使いから糸取ったら無能しか残らねえ!」

 

 

 円城寺ではなく冬島が応答して、八神の視界にスイッチボックスのポイントが表示される。

 

 エネドラの攻撃も挑発もすべて無視して、フェイントを入れて跳ぶ。

 なんとかポイント地点にたどり着いた八神は、その場から姿を消した。

 

 エネドラの周囲と、警戒区域全体で八神が管理していたスパイダーが、ピタリと動きを止める。

 

 

「は! 逃げやがったか」

 

 

 数拍をあけてまたスパイダーが動き出す。

 その間、5秒。

 

 

『お手柄よエネドラ。糸使いの撃破を優先しなさい』

 

「オレに命令すんな! せっかく狭ぇ艇から出たんだ。好きに暴れさせろ」

 

 

 命令を無視するエネドラに、ミラはハイレインへ指示を仰ぐが、放っておけという言葉を受け嘆息した。

 

 一方、東部から南部へ冬島のスイッチボックスでワープした八神は急いで繰糸を起動する。

 ワープで3秒、接続で2秒だ。

 

 

『こちら八神、報告します。対峙した人型のトリガーは黒トリガー、能力は液状の刃を操ります。また、推測ですが刃をステルスか気体にも出来るようです。最大攻撃範囲は不明、アタッカーは不利です』

 

『了解。データの解析を行う。八神は引き続き通常トリオン兵を頼む』

 

『八神、了解』

 

 

 通信を切って再びスパイダーを操る。

 

 そこで何もない空に突如、黒い穴が空いた。そこから白いラービットが八神へ目掛けて飛びかかる。

 

 耳を千切り、脚を絡め取って難を逃れるが、また同じように白いラービットが2体出てくる。

 

 

『円城寺さん、近くにラッドの反応は? 私の知覚の不調でしょうか?』

 

『正常値よ。ラッドはこちらでも確認していないわ。でも、誘導装置に引っかからないのはおかしいわね』

 

 

 2体とも危なげなく拘束に成功。

 

 

『あの黒い穴はゲートと同じに見えますが、もしかしたら──』

 

 

 再度黒い穴が3つ開き、紫ラービットと2体の白ラービット。

 

 

『もしかしたら?』

 

『ラッドがいないのにゲートが開くのは、敵にワープのようなトリガーがあるのかもしれません。通常のゲートなら誘導装置で開く前兆がわかりますし』

 

 

 紫ラービットは人型近界民(ネイバー)と同じ能力を有しており、八神は先に2体の白ラービットを絡め捕ると、紫ラービットの攻撃射線上に置いて防ぐことにした。

 トリオン兵はそこまであの不定形の能力を使いこなしていないと判断したが故の行動だ。

 

 

『中央の処理落ちの可能性もあるわよ?』

 

 

 更に追加で紫ラービットが2体やってきて、さすがに八神は顔をしかめた。

 

 

『そうですね。可能性として頭の隅にでも置いときます』

 

『今のあなたに頭の隅なんてないでしょ』

 

『そうでした……言い回しが面倒ですねぇ』

 

『ほら、無駄な思考リソース使ってないで集中して』

 

『いえっさー』

 

 

 紫ラービットの初動は、地面に液状の刃を潜らせて足下からの奇襲だ。

 

 八神が攻撃よりも拘束を優先しているからか、あまりその場を動かず、液状の刃をばら蒔いているだけの行動パターン。

 

 

『南西部の管理を20%まで落とします』

 

『了解』

 

 

 足下からの刃を避けると、右手の繰糸を解除してバイパーを起動。

 

 背に隠して4つに分割すると、攻撃がないと判断して核を無防備に晒す紫ラービット3体へ同時に撃ち込んだ。

 

 残りは絡め捕ってまだ生きている白ラービットへ撃ち込み、再びバイパーから繰糸へと切り替える。

 

 離れた南西部にて、緩んだスパイダーから脱しようとしていたバムスターとモールモッドを警戒区域へ引きずり戻した。

 

 

『ラッドの反応よ!』

 

 

 円城寺の言葉に八神も周囲に気をやる。

 

 破壊したラービットすべてからラッドが3体ずつ這い出てきた。

 

 

『マジか』

 

 

 すでに八神は繰糸へ切り替えたばかり。

 

 ラッドを破壊する間もなくゲートが開かれ、計21体のラービットが八神を囲む。

 3体が紫・黄色・モスグリーンと色違いで、残り18体が白ラービットだ。

 

 

『逃げる?』

 

『南部も人型近界民(ネイバー)と対峙してましたよね。こちらに応援は来れそうですか?』

 

『──遠・中距離型のトリガー持ちで東さんたちも苦戦してるみたい。応援は無理よ』

 

『……わかりました。撃破はせずこのまま釘付けにします』

 

『管理は?』

 

超遠距離(エクストラ・レンジ)のままで』

 

 

 

 

 

 

 近界民(ネイバー)の登場により、C級は半数が緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 戦闘体がないため一般職員と同じ扱いで、基地の避難シェルターへ向かうようになっている。

 

 

「リーダー、大丈夫かな……」

 

「信じるしかない。足をやられたオレたちじゃあ女子にも劣る囮さ」

 

「くそっ! ヘマしなけりゃおれだって」

 

「言うな。行こうぜ」

 

 

 雨取と夏目が一緒のチームにいた男子の内2人も、避難シェルターへ向かっている。

 

 雨取が発砲した時、スパイダーから抜けてきたモールモッドに男子3人は対処に追われたのだ。

 3人掛かりで訓練用トリガーを用いて倒すことが出来たが、1人が足を負傷し、1人がトリオンの消費が激しかった為に、駆け付けた玉狛第一の木崎が緊急脱出(ベイルアウト)を指示した。

 2人は女子を残すことに抵抗を覚えたが、リーダーと慕う男子が「任せろ」と言ったことで後を託した。

 

 緊急脱出(ベイルアウト)したC級隊員たちは危険から遠ざかった安心と、残してきた仲間の無事を祈るしかない。どうか、無事で。

 

 一方、中央司令部もそれなりに慌てていた。なんせ防衛の要を負う八神が近界民(ネイバー)と対峙した上、逃げた先でも大量のラービットに囲まれているのだ。

 

 

「慶、付近の新型を排除しながら八神の援護に向かえ」

 

「!? 忍田本部長! 黒トリガーはどうするんですか!?」

 

「いや、東部には風間隊がおる。八神の援護にわしも賛成だ」

 

「風間隊はそのまま新型排除を継続する。八神の報告でアタッカーは不利なら積極的に狙うべきではない。

 東の報告によれば人型ネイバーの標的は正隊員。防衛部隊を新型から引き離すのが狙いだろう。敵の目的はあくまでC級の捕獲。ここで人型ネイバーに戦力を差し向ければ相手の思惑に嵌まることになる上、囮が無駄になる。

 市街地防衛の要の八神に殺到している新型駆除が優先だ。八神を逃がす過程で、人型が現れれば交戦を許可する。(お前)が斬れ」

 

『太刀川、了解』

 

 

 冷静に場を捌く忍田に、沢村は面に出さずとも、恋慕と尊敬の念でいっぱいだ。沢村は更に忍田の役に立つべく、情報分析に力を入れる。

 

 そこで切羽詰まった八神の声で通信が入った。

 

 

『本部に警告! 不定形トリガーの人型が基地へ攻撃を仕掛けます!』

 

「なにっ」

 

「モニター!」

 

「はい! これは……!! 通気口から侵入! 全身を溶かして入ってきます!!」

 

 

 原形を留めず、スライムのようになったエネドラが基地へ入っていく。

 

 八神がエネドラの接近に気づいたのは本部の周りにもスパイダーを張り巡らせていたからだ。

 

 

「通気口の出口は」

 

「おそらく通信室です!」

 

「通信室を放棄してすぐに避難させるんだ」

 

「はい!」

 

 

 迅速な指示に従い、通信室の人間は避難に走る。

 

 通信室放棄により、各隊のオペレーター連携がぎこちなくなるが、職員の命を賭けるような場面ではない。

 

 これにより連絡通路が使えなくなるのだが、各戦闘員に連絡が行くのはもう少し後となる。

 

 

 




風間隊とエネドラは対峙しておりません。
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