警告により、開発室でオペレートしていた円城寺も大事を取って避難シェルターへ向かった。
円城寺の補助がなくなった八神だが、21体のラービットの攻撃を避けることに何ら問題もない。
更に、周辺にいた通常トリオン兵も集まっていることを知覚していたが、乱戦になるのは八神も歓迎するところ。
撃破ではなく時間稼ぎに徹している八神。しかし意識は、遠方まで巡らせているスパイダーの管理に大部分が割かれていた。
既にラービットの行動パターンを見抜いた八神に、攻撃を当てることは難しい。
八神の動きを観測していたミラとハイレインまでもが感嘆する。
「この糸使いが攻撃にも秀でていたら、
「はい。まさかこの数のラービットをものともしないとは予想外です」
一部のC級隊員が離脱したのはハイレインも驚いたが、一方で何故すべてのC級隊員を脱出させなかったのかを疑問に思った。
だが、この短期間ですべての隊員に機能を持たせられなかったからだろうと結論する。
偵察した時よりもかなり少ないC級隊員だが、バドから送られる映像に他の隊員を見つけることは出来なかった。
また、見つけられない有象無象のC級隊員より、雨取という魅力的過ぎる隊員に、さすがのハイレインも意識を取られていた。
残された"金の雛鳥"を狙うため、邪魔な糸を操る八神を倒したかったがそれは叶いそうにない。
糸から意識を離れさせようとしてラービットを大量投入したが、侵攻をくい止める糸の動きが衰えることはなかった。
「そういうサイドエフェクトでしょうか?」
「可能性は高いな。捕らえて調べてみたいが"金の雛鳥"を優先しよう」
「はい」
指先をあやとりでもするかのように動かしながら、八神は己の役割を全うする。
南部のトリオン兵が、囮のC級隊員を無視してすべて八神の方へ向かっていることに気づくと、南部のスパイダーから南西部のスパイダーに集中する。
東部もほぼ風間隊がラービットと通常トリオン兵を駆逐しているので、あまり意識を割かなくて良いのだ。
南部の人型は東隊と合流したB級部隊が相手しており、3バカと呼称されているA級隊員の3人が参戦したことで展開は有利に動いている。
厄介な人型が来ないだけでも八神にとっては僥倖だ。
そして、一番の僥倖がやってきた。
「おお! うじゃうじゃだな!」
「太刀川さん」
A級隊員の中でもトップクラスの実力と戦闘狂と名高い太刀川が、トリオン兵の包囲網を抜けて八神の前に躍り出る。
黒いロングコートの背中を見た途端、八神に冬島から通信が入った。
『よし、八神』
『はい』
「フッ、頼れる太刀川さんが助けに来たぜ。迅よりカッコイイだろ?」
どや顔して太刀川が流し目を八神に送る。
「……」
だが八神は既に冬島の協力で移動を終え、その場にいなかった。
冷たい風が太刀川の心の中に吹く。心なしかトリオン兵たちも哀れな視線を向けているような気がする。
「……よし! 斬るか!」
虚しいが、任された仕事を行うべく太刀川は弧月を構えるのだった。
移動を終えた八神はまた5秒後にスパイダーの管理を取り戻す。
移動した先は南西部。
5秒の隙間に、市街地へ漏れたトリオン兵は小南が向かった為、八神はこれ以上漏らさないように繰糸を駆使し、イーグレットで狙撃を開始した。
南部には、頼れる東隊率いるB級合同部隊がいる上に、太刀川が参上してくれたので最低限の意識しか割いていない。
東部も風間隊に加え、三輪が撃破に走っているため、集中するのは雨取に釣られた南西部だけなのだ。
そうなれば片手で管理は十分で、八神はイーグレットまたはバイパーを起動させて撃破に参加出来る。
『八神、木崎だ。このポイントのスパイダーを外してくれ。人型とやる』
「はい──外しました」
通信に入った木崎の指示に、視界に提示されたマップポイントからスパイダーを退ける。
正隊員の援護は指示があれば手を出すが、基本的に八神の仕事外だ。木崎の指示も援護がほしいわけではないと判断した八神は気にせず、イーグレットでこちらをジッと見てくるバドを撃ち墜とした。
囲まれないように警戒しながら、走ってくるC級チームの護衛に徹する。
C級チームは既に訓練していた逃走ルートから外れているが、それも護衛のB級が駆けつけられない今は仕方ない。
数組のC級チームは固まり、三雲と烏丸の先導に従って走っている。
連絡通路を目指していることを察した八神も合流しようと動き出した。
「烏丸くん、三雲くん」
連絡通路入り口で右往左往している集団の元へ、八神が跳んで現れる。
「八神さん!?」
「通路が開かないんですけど、なんか知ってますか?」
三雲は盛大に驚き、烏丸は目を軽く開いた程度で、早速疑問をぶつけた。
「うん。本部に人型が侵入したんだ。管理している通信室の職員は避難したから、直接入り口に向かってほしい」
基地へ侵入されたことに動揺が走る。先に避難した仲間たちは無事だろうか。
そこで雨取が空を見上げた。
「追いかけて来る……! 二人。すごい速さで……!」
「……!? どういうことだ?」
「サイドエフェクトです! 千佳は敵が近づくのを感知できるんです」
雨取の言葉を三雲がフォローすると、八神が頷いた。
「サイドエフェクト持ちか。雨取ちゃんなら納得」
「レイジさんがベイルアウトしてまだそんな時間経ってないんですが……」
烏丸がぼやきながら空を見上げると、2人の敵トリガー使いが降りて来るところだった。
「スパイダーを避けて飛んできたみたいだね」
『気をつけろ。老人の方は黒トリガーだ』
小型になっていたレプリカに八神は一瞬驚いたが、すぐに思考を切り替えて、武器もイーグレットからバイパーへと切り替える。
「俺が止めます。八神さんは修と一緒に迅さんたちとの合流地点まで行って下さい」
「了解、と言いたいけど」
「ほっほ。糸使いのお嬢さんに逃げられては、かないませんねぇ」
糸目の老人ヴィザが、食えない態度でしっかりと狙いを定めていることを察して、八神は目を細める。
人型の撃破に各々動いている今、指揮官をあぶり出していないが囮は十分に仕事をした。
この段階で残りのC級隊員をすべて
基地へ逃げたとしても無事は保証出来ないならば、逃げた意味がない。
「三雲くん、もうちょっと堪えてほしい。C級を連れて行って」
覚悟を持った目で頷いた三雲を一瞥して、八神と烏丸が構えた時。
「!」
「!?」
ドカン!! と何かが物凄い勢いで飛んできて、建物に激突した。
「あだだだ……これ勢いつきすぎじゃない? レプリカ先生。間に合ったからいいけど……」
敵も味方も関係なくそちらへ注目すると、瓦礫を退けながら出てきたのは迅だった。
「!! 迅さん!?」
「……なんて登場なの」
全員が驚く中、かろうじて八神は突っ込みをいれた。一応颯爽と現れた太刀川とは大違いである。
「はじめましてアフトクラトルのみなさん。おれは実力派エリート迅 悠一。悪いがここから先には行けないよ」
迅の登場に気を取られたヴィザとヒュース。
そこで、空中から黒トリガーによって強化された空閑の蹴りが襲う。ヴィザに重い蹴りを与えたが、杖で防がれ、さらに拳の追撃は避けられた。
「空閑……!」
「遊真くん!」
「おちび先輩!」
三雲と雨取、夏目に笑みが浮かぶ。
迅の登場には驚きが強かったが、空閑の登場はなんとも頼もしい。切羽詰まっていた彼らの心に少しだけ余裕が生まれた。
数の不利を覚えたヴィザがヒュースに指示を出す。磁力のトリガーを銃へ変形させたヒュースが、空閑に向けて破片を発射。
余裕で避けた空閑だが、破片の狙いは空閑の後方にいる雨取であった。
反応できずに固まる彼女を庇って、三雲が右腕で受け止める。
「修くん大丈夫!?」
「大丈夫だ! 逃げるぞ! やつらはおまえを狙ってる!」
三雲の言葉を皮切りにC級隊員たちが動き始める。
迅は敵から目を離さないままゆっくり後退して、烏丸と並ぶ。
「悪いな、京介。パターン5だ。頼んでいいか」
「!……飯の約束忘れないで下さいね」
意味を理解した烏丸が代わりに前へ出た。
八神には意味が分からないまでも、迅の行動には何か意味があるものだと解っているので何も言わなかった。
「おう。玲、俺と逃げるぞ」
「わかった」
バイパーを消した八神が無防備に背を向ける。
「おっと。これ以上逃げ回られるのは御免蒙りたい」
「動くな」
その背へ向けてヴィザが構えた時、空閑のトリガーが発動する。鎖に絡め捕られ膝を着くヴィザ。
ヴィザの代わりにヒュースが攻撃モーションに入るが。
「エスクード」
「!!」
「頼んだぜ2人とも」
道を完全に遮る形でエスクードを発動し、迅は八神の背中を追う。
チラッと振り返ってきた八神に、迅は大丈夫だと笑った。
「もうあの2人は追いかけられない。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」