三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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油断する事なかれ

 

 

 三雲を先導にして殿を八神と迅が務める。

 C級隊員たちは顔を緊張で強ばらせながらも、前後の正隊員の姿に余裕ができ、当初より動きがスムーズになっていた。

 

 脳は同時に複数のことを実行できない。脳が消費するエネルギーにそんな余裕がないからだ。

 C級隊員たちの動きがスムーズになったのも、恐怖という感情に大部分のエネルギーを取られていたのを余裕が出て、肉体を動かすエネルギーに転換出来るようになったからだ。

 

 もちろん、生身とトリオン体では作りが違うのだが、生身の感覚というのは抜けない。

 トリオン体を運用するのは強いイメージであり、"身体を動かす"なんて常識は早々に覆らない。

 

 

「ハァ、ハァ」

 

 

 徐々に、C級隊員たちは感じない筈の疲労で、息が乱れ始める。

 

 『長距離を休みなく走る』というイメージから訪れる疲労だ。そして三雲もC級ほどではないものの、疲労を感じ始めていた。

 

 

「落ち着けー」

 

「皆、訓練を思い出して。走る訓練はたくさんしたでしょ」

 

 

 迅と八神が一切息を乱さず一行を叱咤した。B級になったばかりの三雲とは年季が違うのだろう。

 

 八神の言葉にC級隊員は特別訓練を思い出した。

 

 トリオン体で延々と走らされ「この体じゃ疲れないし何時までも走ってられるけど、どれだけ走れば良いんだろう」と辟易していた訓練。

 

 

「──……」

 

 

 思い出した途端に、荒い息はだんだんと静かになっていく。そうだ、この体は疲れないんだ。

 

 

「よし、流石だね。走りながら隊列を組むよ。三雲くんを先頭に2列で並びなさい」

 

「はい!」

 

 

 バラバラだと守りにくい、と判断した八神の号令にC級隊員たちが走りながら隊列を組む。

 

 走りながら列を揃えることも訓練に入っていた。

 

 訓練の時、C級の中には「体育祭の行進かよ」なんて笑っていた者もいたが、いざ本番でやるとそんな例え易い動きで良かったと痛感する。

 

 複雑で突飛な指示では、恐怖を感じた頭で理解できるはずもない。訓練で行った動きであり、単純明解だからこそC級隊員は動けるのだ。

 

 

「迅さん八神さん! 新型です!」

 

 

 先頭を走っていた三雲が叫ぶ。

 進行方向に7つの黒い穴が開いて色違いのラービット7体が現れたのだ。完全に道を塞いでいるのは2体。

 

 それを目視した迅がにやっと笑って、顔を八神に向ける。

 

 

「いけるかいハニー?」

 

「ははは。早よ行けダーリン」

 

 

 から笑いを零しながら、八神が前方のラービットを指差した。

 展開された27分割のブロックが発射され、迅はそれを追うように駆け出した。

 

 C級隊員も三雲も、一瞬で追い抜いた弾丸と迅に驚きの声を上げる暇もなく、弾がラービットに着弾。

 

 装甲のある腕で防いだラービットたちだったが、普通の弾だと判断していたブロックからワイヤーが飛び出して腕と地面を繋いでしまった。

 防御を下ろし核が無防備に晒された一瞬で、前方の2体を迅のスコーピオンが貫く。

 

 登場してから10秒と経たずに2体が沈黙した。

 

 

「走れ!」

 

 

 歓声を上げて足を停めようとした一行に八神の鋭い指示が飛び、弾かれたように駆け出す。

 

 真っ直ぐに走り、沈黙した2体を通り過ぎながら、八神は注意深く破壊されたラービットを観察した。

 ラッドが出てくる気配がないのを確認して、隣に並んだ迅と内部通話に切り替える。

 

 

『次から私の攻撃は効かないと思う。頼りにしていい?』

 

『もちろん。その言葉を貰う為に俺はこっちに来たようなものだし』

 

『軽口もほどほどにしてね』

 

『ひどい。本気なのに』

 

『はいはい』

 

 

 下らない内部通話を終えたところで、残っていた5体のラービットがワイヤーを地面から引っこ抜いて動き出そうとした。

 

 しかし、そこで上空から弾丸の雨がラービットを襲う。

 音と衝撃に思わず三雲とC級隊員たちが振り返れば、米屋と緑川が1体のラービットに一刀を振り下ろし、腕の装甲で防がれているところだった。

 

 

「硬っなにこいつ」

 

「ウジャウジャいんなー」

 

「緑川!! 米屋先輩!!」

 

「三雲先輩おまたせっす! 迅さんも八神さんもお邪魔します! ありゃ、遊真先輩は?」

 

「空閑はむこうで黒トリガーと……」

 

「マジか! いいなー!」

 

 

 攻撃が防がれるや否や、ラービットから離れて三雲の側に降り立った米屋と緑川。

 戦闘狂な面を押し出す米屋に、八神は太刀川を思い出す。そういえば太刀川も「うじゃうじゃ」と表していたような。

 

 思考を脇に逸らしていた八神に、隣──迅のいる反対側──へ軽やかに降り立った出水が声を掛けた。

 

 

「やっほ八神さん、助太刀に来ましたよ」

 

「ありがとう出水くん。ちょうど弾幕張れるシューターが欲しかったところ」

 

「お~3人とも良いタイミングだ。メガネくん、出来るだけC級隊員をまとめて玲から離れないように。この面子なら下手に逃げるより安全だ」

 

「はい!」

 

 

 迅の指示はC級隊員たちも聞こえていたため、脅威が迫っていても指示通り八神の後ろで隊列を保って待機する。三雲はレイガストをシールドモードにしたまま、先輩たちの戦闘を見守ることとなった。

 

 出水が216分割の弾丸を両手に展開して撃ち込み、屋根に飛び上がるとさらに角度をつけて弾幕を張る。出水の弾から逃れた3体を米屋・緑川・迅が迎えうった。

 

 三雲は数も威力も段違いの実力を見せる出水の戦闘にしばし呆けた。

 トリオン能力の違いだとわかっているが、立ち回りからして己との彼我の差を思い知らされる。

 

 

「っ三雲くん!?」

 

 

 そんな見入っていた三雲に、緑川と対峙していた黄色ラービットの破片が襲った。

 

 八神は戦闘員4人の補助と、C級隊員にしか気を配っていなかった。レイガストを構えていた三雲は自衛が出来ると判断していたからだ。

 だから反応せず棒立ちの三雲に、八神は驚きに目を見開く。

 

 

「うわっ!?」

 

「修くん!!」

 

「メガネ先輩!?」

 

 

 なんとか体に直撃は防いだものの、地面に刺さった破片から磁力が発生し、登場した時のラービットたちのように腕ごと地面へ伏した。

 

 

「これ……人型と同じ、磁力か! くそっ」

 

 

 右腕が持ち上げられず地面に伏すことになった三雲に、C級隊員たちに動揺が走る。

 

 

「きをつけッ!」

 

 

 恐怖に陥りそうになったC級隊員が、咄嗟に背筋を伸ばす。

 

 ハッと皆が八神の方向を見れば、泰然と前方を見据えたままの背中が見えた。

 

 

「三雲隊員、状態の報告を簡潔に」

 

「は、はい。右腕が黒い破片に引き寄せられて動かせません。右腕以外は動けます」

 

「了解。三雲くん……戦場での油断は命取りだと学んでね?」

 

「はい……すみません」

 

 

 八神が厳しい口調からいつもの声音に戻ったことで全員が息を吐き出す。

 

 三雲はどうにか腕を自由にする為に、レイガストを解除してアステロイドを起動した。三雲のトリオン能力を表す小さな立方体が出現する。

 

 

「三雲くん、利き腕の破壊は現状やめるべきだ。それとも戦闘に参戦しようと思ってるならその小さなアステロイドでは実力不足。却って邪魔だよ」

 

 

 ちらりと肩越しに振り返った八神が冷たく突き放した。大人しくしているか、緊急脱出(ベイルアウト)をしろと言外に語る八神に、三雲は悔しさに拳を握った。

 

 

「……でも!」

 

「あの、じゃあ、わたしのトリオンを使ってなら良いですか?」

 

 

 そんな三雲を見かねたのか、雨取が手を挙げた。

 

 どういう意味だと八神が振り返った時、雨取は既に三雲の左手を握っていた。

 

 

「わたしはまだ修くんみたいに戦えないから……わたしのトリオンを修くんに使ってほしい」

 

 

 トリガーの臨時接続。雨取の膨大なトリオンが三雲になだれ込む。

 

 

「なっ」

 

「でっか!」

 

 

 アステロイドが瞬く間に肥大した。

 

 人間サイズの立方体が宙に出現し、八神も驚きを隠せなかった。それでも指の動きに鈍りはないのだから流石と言えよう。

 

 雨取の想いに三雲はもう一度右拳を握りしめると、八神を見上げた。

 

 

「千佳……っ八神さん! 撃たせて下さい!」

 

「……狙いは?」

 

 

 驚きを引っ込めた八神の問いに、三雲は思考を巡らせる。

 

 ラービットと対峙しているのは4人。

 出水は1人で2体を受け持っている。加勢するなら出水だが、ここから離れている上に己は地に繋がれている。

 緑川は素早い動きで翻弄しているが決定打がない。

 米屋は不思議とどっしり構えているようで、流水のように攻撃を避けては少しずつ装甲を削っている。

 迅に至ってはラービットの耳と片腕を落とし、そろそろ決着が着きそうだ。

 

 

「緑川の方を狙います」

 

「了解。スリーカウント後に空中へ飛び上がらせるから一気によろしく」

 

「はい!」

 

 

 緑川がピンボールと云われる戦闘スタイルを開始。

 

 

「3……」

 

 

 頭部を腕で庇っていたラービットだが、ピクリと耳を動かした。

 

 

「2……」

 

 

 その耳を緑川が斬りとばしたところで、ラービットが少しだけ屈んだ。

 

 

「1…!」

 

 

 緑川が何かを察してピンボールを止めた隙に、胸を張ろうとしたラービットの体が糸で戒められて上に引っ張り上げられた。

 

 

「アステロイド!!」

 

 

 砲弾レベルのアステロイドが直撃し、黄色ラービットが大破する。

 一番装甲が厚いとされた腕まで原形を留めず破壊した攻撃に、目の前で見ていた緑川は顔を引きつらせ、味方側からは賞賛の声があがる。

 

 中でも触発されたのは同じシューターの出水だろう。加勢に来た緑川に「負けてらんねーな」と笑って気合いを入れ直した。

 

 

「いやー、流石の威力にエリートもビックリだ」

 

 

 黄色ラービットが大破すると同時に、紫ラービットのトドメを刺した迅がヒョイと八神の隣に戻ってきた。口角を上げているが、視線は油断なく周辺に巡らせている。

 

 自由になった三雲がもう一度と心を引き締めた時、雨取の背筋に冷たいものが襲う。

 バッと顔を上げた雨取の視線が、光る鳥を捉えた。

 

 

「鳥……!」

 

「あれは、人型近界民 (ネイバー)!!」

 

 

 雨取につられて見上げた三雲。それを受けて迅と八神も姿を捉えた。

 

 

卵の冠(アレクトール)

 

 

 周囲に漂わせていた鳥の弾丸が、ハイレインの意思で飛び立った。

 

 

 




執筆当初は、緑川はもっと迅バカを表に出していましたが話が2話以上脱線したので消えました。

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