密集した弾丸群の隙間を抜けて、スナイパーたちがハイレインのトリオン体を削っていく。神業とも言えるボーダーが誇る狙撃手に、味方である出水もドン引きする腕前だ。
「当てんのかよ! ウチのスナイパーどもは変態だな!」
「さすがウチのエース」
八神もスナイパーとしては一線級だが、当真や奈良坂など才能ある人間には劣る。だが、同じスナイパーとしての嫉妬よりも、圧倒的な実力差故に尊敬が勝っていた。はっきりと割り切っているおかげだろう。
射角により基地の屋上からの狙撃だと察したハイレインが、ミラへ狙撃手を排除するように指示を出す。
それを受けたミラが
「ほいっと」
「!?」
回収される為に動きを停めたラービットを、迅があっさりと破壊。
スピラスキアの大窓は既に発動しており、残骸と米屋が対峙していた1体が屋上へ降り立った。
迅の方に残されていた黄色ラービットが迅に攻撃するが、ヒラリとかわされて失敗する。
屋上では1体に減らされたとはいえ、寄られたらお終いと評されるスナイパーたちだ。
狙撃の続行を諦め、早々に冬島のスイッチボックスで奥側の屋上へワープして退避。そこからミラとラービットを狙い撃つが、スピラスキアによって弾丸がそっくりそのまま返され、下手に撃つのは得策ではないことを知る。
狙撃地点を押さえられ、頼もしい狙撃がなくなってしまった。だが、ハイレインの弾丸を十分に削れている上に、トリオン体の損傷も激しい。
八神と己で押し切れるはずだと出水が結論しかけたところで、ハイレインが静かに笑った。
「……『勝負は決まった』という顔だな」
「!!」
アレクトールが甲高い音を発した。
ハイレインの周囲に転がっていたトリオンキューブがそれに共鳴し、光の帯となりアレクトールに収束。
出水と八神が事態を呑み込む前に、瞬く間にハイレインのトリオン体の損傷が修復されてしまった。
「マジか」
「おいおい……反則だろ……!」
「無駄骨だったが健闘したな
トリオン体の修復と同時に、増えた魚の弾丸が2人に迫る。
八神は急いで出水の足を操作しようと指を動かしたが、プツンと切れた感覚が走り、考えるよりも先に出水へ叫んだ。
「出水くんベイルアウトして!」
「! ムカツクぜ『
出水が離脱するのを視界に入れながら、八神もすぐさまその場を飛び退いた。
「今度はクラゲか……」
飛び退く際にスパイダーを伸ばしていた場所を見やれば、保護色となっていたクラゲが漂っているのを発見する。
「お前は逃げないのか糸使い」
ハイレインが不敵に笑った。距離を置いて己を睨む八神に余裕を持って話しかける。
八神は大きく息を吐いて、表情を戻してから口を開いた。
「逃げたいね。けど、
「ほう……」
八神の言葉に、ハイレインが傍目には判らない程度に目を細めた。
侵攻の際、ハイレインは主立った指示を表で行っていない。
トリオン体の装備も他の戦闘員と変わらず、軍の階級位も貴族位も著す物は
それでなくとも、先に出された戦闘員よりも多少上の戦闘員くらいと予想するべきで、指揮官は待機しているミラ、またはもう一人の誰かだと考えるはず。
だが、八神はハイレインが指揮官だとはっきりと断じているのだ。立ち振る舞いから知られたとしかハイレインには思えない。
深読みするハイレインだが、実際のところ八神は迅が「奴が指揮官」だと伝えてきたからそう言っただけである。
確かに八神は戦場経験とスナイパーとしての役割から、敵の指揮官を所作で判断することがある。だが、先ほどまで出水の足に集中していた為、流石に
「投降する気はないか? 君のような
「へえ。私みたいな凡人を欲しがるとは、よほどベルティストン家は切迫していると見える」
「!! ますます欲しくなった」
始終ポーカーフェイスを保っていたハイレインが大きく崩れる。
八神は決して、デタラメに名前を出したわけではなかった。
もちろんハイレインが現当主だなどの新鮮な情報は持っていない。ただ、レプリカから齎された事前情報の中に、
オルガノンは国宝として性能は国家機密であったが、知名度は高い。更に国宝ならば容易に戦場へ登用できず、またその使い手がそうコロコロと替わるものではない。そしてその使い手も、そう簡単に仕える家を変えるわけがないのだ。
だからこそ八神はピンポイントで、ベルティストン家の名前を出せた。たとえ何の反応がなくとも、八神たちボーダーに損はないのだから。
「お~迅さん、婚約者が口説かれてますよ」
「ヤダねぇ。間男の出現に怒りで我を失いそうだな~」
挑発も兼ねた情報収集を行っていた八神とハイレインの間に、ラービットを片付けた迅と米屋が割って入った。
2人ともふざけた物言いだがハイレインへの警戒は怠っていない。
表面上ヘラヘラと笑う迅を見やったハイレインが鼻で笑う。
「婚約者か。殺せば糸使いの洗脳がし易くなるな」
「こわっ」
完全に迅の実力を侮っているハイレイン。
ラービットを無力化出来たのは、八神が補助したからだと信じて疑わないからだ。
細かく観れば迅は相当の実力者なのだが、今回の侵攻で彼は個人で積極的に戦っていないのだ。ラービット相手にも太刀川や八神、他の玉狛支部メンバーの陰に隠れるほどであり、目立っていない。
ハイレインの振る舞いは、迅たちが有利に働いている証拠だ。
最大の警戒を置いている八神が、瓦礫の中から鉄棒をスパイダーで動かした一瞬、ハイレインの意識がそちらへ寄る。
「くっ!?」
そんな隙を、迅が見逃す筈がない。
ラービットを破壊した時よりも速く、ハイレインの死角に潜り込んだ迅の鋭い一閃がハイレインの右足首を斬り飛ばした。
傾いだハイレインが迅に魚の弾丸を向けるが、それを制するように八神の鉄棒が弾丸を受け止め、米屋の瓦礫が横っ面にぶち当たった。
「ビンゴってな!」
トリオン攻撃ではないただの瓦礫だが、衝撃を殺せず視界を揺らされてバランスを崩す。追撃が来ることを予期していたハイレインだったが、迅はそのまま2人の側へ下がった。
それを見てハイレインは、迅の実力を見誤った己を恥じる。
『供給機関を狙わなかったのって、やっぱマントですか?』
『いや、マントの下に蜂の群れが隠れてるのが視えた』
『あのクラゲがすごく鬱陶しい』
迅が退いた地点には、ぼんやりとクラゲが漂う。蜂と同様に、足がやられる未来を視たから迅は追撃をしなかったのだ。
体勢を立て直し、弾丸を増やしていくハイレインを観ながら、各々が動き出す。
『ミラ、残っているラッドを全て出せ』
狙撃の損傷を修復して以降、トリオンキューブは残っていない。右足の修復は出来ないまま、ハイレインはミラへ指示を出した。
階級位を示すものはマントのマークかな、とも考えたのですが軍事国家であるアフトクラトルがそう簡単に他国へ情報を渡すわけがないとも至りまして。