三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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時系列は 日記封印期間の夏 です。
日記編に入れるのを躊躇った結果、こちらに。
いい加減、夏ネタを書きたかったのです……

※迅と八神の仲は、番外編2ほど近くない。
甘さ控えめ?(夏バテ気味の作者にはもう不明)


番外編3 花言葉「一途・教訓・ただひとりを愛する」

 

 暑くなってきたこの頃。早起きしても暑さは変わらず、しつこくこちらを苦しめてくる。

 

 しかし、暑かろうとやらなくてはならない仕事が我が家にはある。汚れても良い服に着替えて日焼け止めを塗っていれば、ぷーん、と耳障りな羽音が聞こえて周囲を見渡す。夏の悪夢が室内に侵入していたようだ。

 

 いや、かっこよく言ってみたけどただの蚊である。

 

 姿はない。しかし羽音が聞こえたということは近くまで来たことを意味する。

 

 

「痒いなぁもう」

 

 

 悠一は既に刺されたらしく、患部を掻く手前でなんとか踏みとどまっているようだ。

 

 

「羽音は聞こえたけど……」

 

 

 私の近くに奴はもういないらしい。見回しても姿は見つけられなかった。

 

 するとパンッと手を打った音。

 

 

「チッ! 逃げられたか……」

 

 

 低い声で舌打ちする悠一。よっぽど蚊への恨みが強い様子に首を傾げるが、よく見たら悠一は5ヶ所も刺されているので痒みが酷いのだろう。

 

 

「うわ……痒そう」

 

「めちゃくちゃ痒いよ! というかなんで玲は刺されないの!?」

 

 

 訴えてくる悠一に同情しながら、私が刺されていない理由を考えてみる。

 

 

「O型の血液を好む、から? でもきっちり科学的に立証されていないし、あれかな。体温が高い人に寄ってくる」

 

 

 私は冷え性なので、夏でも手や足の体温が低いのだ。

 それに筋肉は脂肪より熱を発する為、筋肉量の多い男性が刺されやすいのかも。だから悠一の方に集中するのでは?

 

 

「そういえば夏でも冷たいっていうか、ぬるいよね玲って……気持ち良いけど」

 

「私としては暑くて溶けそうだからくっついて来ないでほしい」

 

「そんな殺生な! ところで……俺はトリガーを持っています」

 

 

 ポケットからトリガーホルダーを取り出して、ニヤリと笑う悠一。

 

 

「ま、まさか」

 

「トリオン体になれば刺されない。そして、残った獲物は玲だけになる。ということは?」

 

「ず、ずるい! いくら本部に使用報告を上げなくていいからって!」

 

「ふははトリガー起動! よし」

 

「なん、だと……! はい、茶番は終わって庭の掃除を始めるよー」

 

「了解」

 

 

 悠一の準備も出来たことだし、完全に暑くなる前にさっさと始めよう。

 

 玉狛支部所属の悠一は本部にトリガーの使用報告を義務されていないし、悠一はサイドエフェクトによる街の見回り任務などがあるから支部にもいちいち報告をあげていない。一応兵器となるトリガーだけど、ベテランの悠一が悪用するはずがないと信用されているからだろう。最上さんである風刃を悪事に使うわけがないっていう信用。

 

 そういうわけで今回、悠一にはトリオン体に換装してもらって、夏の陽射しの下で庭掃除を頼んだ。悪事ではない。悠一も「まさか、戦闘に関係ない庭掃除に使われるなんて思わなかっただろうね」と面白そうに了承してくれたので問題ないはず。

 

 我が家には大きめの庭がある。リビングから出入り出来る広めのウッドデッキが始まり、白いタイルがデッキの周囲を囲み、人工芝生が一面に敷かれている。

 

 悠一がポツリと溢した情報からこの芝生のゾーンでは昔、忍田本部長と林藤支部長が木刀の素振りをやり過ぎて自然の芝生が台無しになり、完全に地固めされてからは人工芝生に変えられたらしい。昔は凄い特訓をしてたんだなぁ、とびっくりしたよ。

 

 シンボルツリーとなるのは常緑樹のヤマモモで、赤い実と緑の葉のコントラストが綺麗な樹木だ。悠一も私もあまり頻繁に手入れが出来ない為、草花の種類は少ない。でも一応、ご近所の奥様方から教えて頂いた開花時期別や相性に気をつけてプランターへ寄せ植えをしてるから完全に殺風景ではない。他にも鉢植えでハーブを作ってたり、トマトや茄子などの家庭菜園もやってたりする。

 

 庭は地固めされた上に防草シートを敷いてタイルや芝生となっているのだが、さすが雑草は強い。壁際やちょっとした隙間からにょきにょき伸びてきて、庭の景観を邪魔してくる。一面に雑草、というわけではないけどこのまま放っておくと虫も増えてくるので時間が出来た時に掃除をしようと思っていたのだ。

 あとついでにヤマモモや家庭菜園の収穫とか。

 

 

「とりあえず最初は雑草を抜こう」

 

「ごみ袋一杯もなさそうだけど」

 

 

 両極端に別れて雑草抜きを開始。帽子越しにでも夏の陽射しが感じられて辟易するが、自分の家なら自分たちで掃除・管理するのは当たり前だ。気合いを入れて取り掛かる。私もトリオン体になりたいとか思うけどね。

 

 出来るだけ根から引っこ抜き、袋へ詰めては移動を繰り返す。疎らに生えていた雑草をすべて抜き終わると、それだけで達成感。

 

 水分補給の為に一時休憩。気温が高いから適宜休憩を入れないと続けられないよ。

 

 

「はい」

 

「ありがとー。ん、レモン水か」

 

「うん。ご近所にレモンの木を植えている奥様からお裾分けをもらったの」

 

 

 そのまま食べることはあまりしないけど、こうしてレモン水にしたり、揚げ物に添えたり、レモンゼリーやシャーベットなど暑い中に爽やかさをくれる果実だよね。

 

 

「次はウッドデッキだっけ?」

 

「あ、ホースとブラシを出すの忘れてた」

 

「俺が取ってくる。玲はトリオン体じゃないんだからもう少し休んでて」

 

 

 何か言う前に悠一はサッと立ち上がって、道具入れまで行ってしまった。

 

 

「相変わらず気遣い屋だなぁ」

 

 

 悠一の背中を見送って、空になったグラスを流しまで運んで簡単に洗う。それから軽く汗を拭いてウッドデッキを覗けば、デッキの汚れた部分をブラシで擦っている悠一の姿。

 

 ちょっと悪戯を思いついた。

 そーっとデッキへ出て、外の水道に繋げられたホースを少しずつ手繰り寄せる。

 

 

「甘い!」

 

「わあっ!?」

 

 

 しかし未来視で知っていたのか、ホースを手繰り寄せる前に悠一が振り返ってホースの先を向けてきた。

 

 

「ごめんって! もう掛けないでよ~!」

 

「俺に水かけるイタズラ未遂の罰」

 

 

 頭から容赦なく水が降ってきて完全に濡れ鼠にされてしまった。やはり悠一に奇襲は無謀だったか。いや、まだ手段はある!

 

 

「未遂だから許して。というかトリオン体だからいいじゃん。水も滴るいい男になれるよ」

 

「なに~? 今もいい男ですけど?」

 

「ホース構えたイタズラ小僧ですけど」

 

「じゃあ玲はイタズラ少女だ」

 

「えー」

 

 

 髪の毛から滴る雫を払うフリをして、悠一に向かって思いっきりダイブ!

 

 

「ほらね」

 

 

 きちんと受け止めてくれた悠一が私のせいで濡れた。奇襲ではなかったけど、悠一を濡らす悪戯は成功したということにしておこう。

 

 

「こら、危ないでしょ」

 

「私を下着まで濡らした罰」

 

「んー……一緒に風呂入る?」

 

 

 逡巡した後に何を言うかと思えば。

 

 

「何言ってんの。まだ掃除途中だし、収穫もしてないじゃん」

 

「邪魔してきたのは玲じゃんかー」

 

「ごめんごめん」

 

 

 軽く謝って悠一から離れて、もう一本置いてあったブラシを握る。一見、汚れているように見えないウッドデッキだけど、擦ってみると汚れが判るものだ。

 

 

「よし、頑張ろ」

 

「あ、帽子忘れてるよ」

 

 

 濡れた髪の上から被せられてちょっとだけ抵抗を感じたが、もう被ってしまったし熱中症で倒れて悠一に迷惑を掛けたら申し訳ないからね。帽子や服は洗濯すればいいんだし。

 

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 にっこり笑う悠一に釣られて私も笑顔になる。さてさて早く掃除してヤマモモたちを収穫して、美味しいお昼ご飯を作ってあげなくちゃ。

 

 気合いを入れ直し、真面目に掃除したり、水の掛け合いをしたり、ブラシをぶん回して遊んだり──うん。最終的に遊び成分が多くなったけど無事に掃除を終えた。

 

 キッチンからボウルを持ってきてヤマモモの木の下へ。悠一が梯子を物置から出してくれていた。

 

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。こうして見ると、結構立派だよね」

 

「だね。でもヤマモモって大きい物は20mはあるらしいよ。庭木だから3~4mが丁度良いね」

 

「へえ~」

 

 

 身長を優に越えるヤマモモの木を見上げて、少しの間梢や葉の音に聴き入る。サワサワ、という音を聴くだけで暑さが少しだけ軽減されるような……いや、暑いね。

 

 

「さ、収穫を始めよう! 悠一、君に決めた!」

 

「はいはい」

 

 

 ボウルを悠一に差し出せば、受け取って梯子を上り始めた。赤く熟した実をポイポイとボウルに入れる音を聞きながら、私は梯子を下で支える。

 

 最初は私が上の予定だったけど、昨日の時点で私が足を踏み外す未来を視た悠一が断固拒否。可能性の低い未来だってことだけど、悠一は譲らなかったのでお任せした。

 

 一方向の実を収穫して降りてきた悠一からボウルを受け取って、梯子を移動させ、もう一つのボウルを渡す。同じように繰り返していくと、ボウルに赤い実が山盛りとなった。

 

 

「思ってたより大量だ」

 

「これはトリオン体じゃなきゃ手が疲れてたなぁ。玲は大丈夫?」

 

「大丈夫。さっきの水遊びが打ち水代わりになったみたいで、そこそこ涼しいし」

 

 

 気遣ってくれる悠一に親指を立てれば、同じように返された。

 

 水分補給を入れて、家庭菜園の収穫も終える。

 

 

「うわ、茄子のトゲってこんなに尖ってんだ」

 

「スーパーでは軽く処理されているよね」

 

 

 茄子はナス科なので穫れたてはトゲがなかなか鋭い。小さい頃、指に刺さって号泣したっけなぁ。ついでに胡瓜の産毛みたいなトゲも何気に痛かった気がする。

 

 収穫物をキッチンへ運び、掃除道具を片付ける。

 

 

「ヤマモモはジャムにしよう。砂糖漬けもいいな~リキュールも作ってみたいけどアルコールだからダメかな」

 

「ん? 玲ってジャムはあんまり好きじゃないと思ってた」

 

「市販のは甘すぎる。あと、食品添加物があんまり美味しいと思わない」

 

「なるほどね」

 

 

 食品の劣化防止とか保存の為に必要な物だと思うけど、ジャムみたいな食材の味が重要な品ではあまり食べたくない。手間だけど、私の中でジャムは手作りが一番だと思っている。保存料が入ってないから早めに消費しないといけないけど。

 

 片付けも終わって軽くストレッチ。後に疲れを残さないために重要だ。

 

 

「あ、蚊取り線香を点けよう」

 

「そうだね。って、結局、玲は刺されなかったんだ……」

 

「今のところは」

 

 

 グルグル渦巻きの線香にライターで点火。火が消えて細く煙が昇るのを確認して、猫を模した線香立てに設置。豚さんも可愛かったけど、猫さんの器が良い具合にデフォルトされて可愛かったんだ。

 

 トリオン体を解除した悠一が傍に寄ってきて煙に手を翳す。何やってんだろう、燻し焼き?

 

 

「俺たまに思うんだけど、蚊取り線香って効果あるの?」

 

 

 悠一が首を傾げるので、どうやら蚊取り線香の材料を知らなかったようだ。

 

 

「効果はあるよ、一応」

 

「一応なの?」

 

「蚊取り線香の材料は除虫菊。で、このグルグルさんが効果を発揮する範囲は6畳くらいの広さらしいよ。蚊に効くのは煙で間違いないけど、煙の中に目に見えない除虫菊の成分が含まれていて、それが独特の香りになるんだ」

 

 

 つまり香りが強いと効果大で、弱いと蚊は気絶するくらいじゃないかな。閉め切った部屋ならかなり効果があるけど、外に置いて風が強いと香りが散ってしまう。

 

 ちなみに煙は人体や犬・猫・鳥などには害がないけど、カブトムシ等の昆虫と魚類や爬虫類と両生類には影響があるようだ。我が家は飼っていないから関係ないけど。

 

 説明すると悠一は凄く感心していたけど、くすくすと笑い始めた。

 

 

「なに?」

 

「いや、玲は色んな雑学知ってるなと思って」

 

「気になるとつい調べない? だって夏は蚊取り線香の季節なんだから効果とか害がないかとか気になるじゃん」

 

 

 それに情報社会ですぐに調べられるんだから利用しない手はない。

 

 

「気になっても、すぐにどうでもよくなるから調べない」

 

「そうなの?」

 

「そうなの。さ、俺とシャワーを浴びようか」

 

「先に1人でどうぞ」

 

 

 腕を広げる悠一から一歩離れて「 Don't touch me(触るな)」と手を振る。

 

 半分冗談だったようですぐに諦めて、私が先に入るよう促してきた。私の方が汗かいてたからありがたく入ることに。

 まったく、何で断られると分かってて挑戦するのか。

 

 汗を流したらお昼ご飯を作ろう。

 それにしても、本当に暑いなぁ。

 

 

 

 




 蚊に刺されないトリオン体っていいな、日焼けもしないんだろうな、という思いつきから生まれた話。

  読まなくても良いメモ
・蚊取り線香以外でも、植物で虫除け可能
ハーブは効果あります。
オススメは、ニームの木です。
蚊以外にもGに効果があり、他の害虫(約200種類)対策にも有効。
枯れた葉もクローゼットや洋服箪笥に入れて防虫剤にもなります。
・虫除けスプレーや、痒み止め
肌が弱い人や子供には市販の物や病院で薬を処方していただくより、ハーブで手作りした物が刺激が少なく低コストだったり。

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