三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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八神の脳の現状は、例えると熱くなりやすいバッテリーやCPUです。
ヒトは内部環境の温度変化の許容範囲はきわめて小さい。体温が摂氏34度以下、あるいは摂氏43度以上になると、脳細胞が働かなくなり意識が消失してしまいます。変動の許容範囲は僅かに10度くらい。
外部環境だと、寒中水泳でも100度近いサウナでも耐えられるらしいです。

八神視点の一人称
迅を軸とした三人称


マイナス思考

 

 

 大規模侵攻から4日目に、私は意識を取り戻した。もっと短い期間だと思っていただけに、こんなに時間を無駄にしてしまったことが悔やまれる。しかしこれをポロっと溢した時、医師にも悠一にも激怒された。

 

 ───むしろ起きるの早すぎだからまた寝ろ!

 

 せっかく起きたのに理不尽だ。とも思ったけど、自分の状態を聞いたら納得するしかない。よくぞ4日も寝ていた、と褒めてほしい。

 

 とりあえず4日は眠っていたのだから、侵攻の結果情報を下さいと医師をなんとか説得した。ちなみに悠一は中央の病院に運ばれた三雲くんのお見舞いへ行った。私も行きたいけどまだ外出許可が出なかったので諦める。

 

 

 

 論功行賞の内訳は以下の通りである。

 

《特級戦功》褒賞金150万円+1500P

 八神玲、三輪秀次、太刀川慶、迅悠一、天羽月彦、風間隊、空閑遊真。

 

《一級戦功》褒賞金80万円+800P

 三雲修、東春秋、出水公平、米屋陽介、緑川駿、烏丸京介、小南桐絵、嵐山隊。

 

《二級戦功》褒賞金30万円+350P

 木崎レイジ、当真勇、奈良坂透、古寺章平、諏訪隊、村上鋼、東隊、来馬隊、荒船隊、柿崎隊、茶野隊。

 

《枠外戦功》500P

 全てのC級隊員。

 

         以上。

 

 

 

 医務室のベッドで上半身を起こし、医師から渡された書類に目を落とす。

 

 自分の名前を特級戦功枠に見つけて、複雑な気分になった。

 

 

「足手まといになったのに、特級戦功、かぁ」

 

 ───単独で市街地の境界線全域の防衛を担い、C級隊員の援護。新型と人型近界民(ネイバー)とも交戦し被害を最小限に抑えた。新型撃破数8。

 

 

 理由も併せて書いてあって、やはり複雑である。

 

 結局足手まといになった上、囮にしたC級隊員の犠牲者が4名も出た。民間に被害が出ないことは当然の目標であったし、作戦は成功したと言っても過言ではない。

 

 けれど、中高生のC級隊員を犠牲にしてしまった。これは、私の責任。上層部が許可を出したとか、悠一が異論を出さなかったとか逃げは許さない。私が負うべき責任だ。

 

 

「…………なにが、策士だよ」

 

 

 自分で宣った言葉を繰り返す。本当に、私が策士なんて烏滸がましい。この現状を見ろ。被害を見ろ。

 

 わかってる。戦争には被害が付き物だ。無傷の戦功なんて私には無理だ。でも、私が余計なことをしなければ、下手に口を出さなければ被害はもっと減っていたのでは?

 

 もっとトリオンの誘導が出来たんじゃないか? 50%は、イケたと思う。けれどイーグレットはともかく、バイパーに回せるトリオンが減って手数が減っていた。それでもスパイダーと繰糸でカバー出来たように思う。50%でなくとも45%とか。なんで40%で満足してしまったんだろう。もっと思考リソースを割いていれば援護も間に合ったはず。

 ラービットのコンセプトは判明していたのだから、スパイダーの強度だって上げることは出来たんじゃないか。

 初めの黒トリガー使いと遭遇してからの撤退が早すぎたのでは。もっと粘ってたら本部への襲撃被害を減らせた。私の実力不足が招いた怪我人だ。

 終盤だって、私が出来たことなんて何もない。

 

 マイナスの思考が止まらない。戦争なんて近界(ネイバーフッド)で経験してる。その時の被害は今と比べると、笑っちゃうほど大きかった。でも思考の切り替えはすぐに出来た。割り切れただろ。何が違う。

 

 

「うぅ……」

 

 

 頭が痛い。違う。そんなことは考えるな。

 

 近界民(ネイバー)とこちらの人間の命は同じ。では、価値観が違うからか。たしかに価値観は違うが、国や仲間を想う気持ちに違いはなかった。

 

 じゃあ、やっぱり覚悟が足りなかったんだ。

 

 

「ふっ、ぅ、っ……!!」

 

 

 何よりも許せないのは、悠一の負担になったこと。

 

 今まで悠一の邪魔にならないように、負担にならないように動いていたはずだった。副作用(サイドエフェクト)を酷使しなくても良いように、未来視(サイドエフェクト)を知らない隊員から心無い言葉を言われないように。

 

 でも、上手く出来ていると錯覚していたのは悠一が補助してくれていたおかげだ。私が動く度に悠一が調整してくれていた。中には予定になかった動きもあっただろう。

 

 最後、悠一が黒い穴から飛び出してきた時、嬉しいと思ってしまった。バカだろ私。あのまま悠一が戦場に残っていた方が確実に被害は減った。あんな行動をさせてしまった自分を恥じろ。

 

 

「いた、ぃ」

 

 

 ああ、終わっちゃったな。こんな負担を掛けてしまう人間は、やっぱり相応しくないや。

 

 記憶消去はどこまで及ぶのかな。悠一のことは、忘れたくないなぁ。でも彼はボーダーの重要機密に近い人員だし、絶対に消されちゃう。叶うなら彼にも私のことを忘れてほしい。

 

 いや、だな。けど、負担になるくらいなら───。

 

 視界は暗くなり、体が傾ぐ。

 

 

「おやすみ」

 

 

 泣きそうな、優しい声が鼓膜を刺激したけど、私の脳はそれを解することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力の抜けた八神の体を、迅はゆっくりとベッドへ横たえる。コールボタンを押して医師が来るのを待ちながら、涙で濡れた頬を拭ってやった。

 

 

「無理しないで」

 

 

 迅には八神が泣いている未来が視えていた。そしてまた気絶するように眠ることも。

 

 独りで泣く八神に、迅が声を掛けることは出来なかった。泣いている最中に姿を見せてしまえば、八神は笑顔になるから。

 作り笑いではない。嬉しい、幸せだと伝えてくる笑顔だ。

 

 もちろん、泣き顔よりそちらの方が好ましい。だが、迅は敢えて姿を現さなかった。

 

 

「……ごめんね。一緒にいたいんだ」

 

 

 この機を逃せば八神が泣くことはない。いや、()()()()()()()()()()()()

 

 視えた未来の光景は、迅にとって理解し難いものだった。

 

 どうしてもボーダーを辞めようとする八神と、それを説得する己と上層部の姿が視えたのだ。その未来では八神は頑として折れることなく、迅に「ありがとう」と綺麗な笑顔で別れを告げて去る。

 

 そんな未来、迅には受け入れられなかった。

 

 ボーダーにはまだまだ八神のような人間が必要で、何より、迅の心が欲していた。

 

 だからこそ、迅は苦肉の策として姿を現さなかった。未来は変わった。

 

 非常に腹立たしいことに、己ではない男によって八神はきっかけが与えられる。嫉妬を覚えるが、その分迅と八神の関係が深まるのだから、と割り切った。

 

 

「俺が、もっと大人だったら……」

 

 

 ポツリと零した微かな音は、慌てて入ってきた医師によってかき消された。

 

 

 

 




・迅と八神のすれ違い
これは迅が八神の恋心がある程度まで育つ前に外堀を埋めて進んできたからです。
日記編の告白回にて八神にはそれまで『好き』はLikeしかありませんでした。迅の告白をきっかけにLoveを意識し始めたのです。しかし、迅が周りに見せつけ&"嫁"と紹介したり、八神そっちのけで両親に挨拶したり、とどんどん突き進むので八神の心は追いついていません。
それでも迅のことは想っていますし、愛してもいるのですが、己の心より迅の幸せを願うような在り方になりました。

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