三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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八神視点


重石を呑み込む

 

 

 翌日、侵攻から5日目。

 

 脳のエネルギー運用比率の転換が終わるまでがボーダーに居られる、悠一と会える期間だと思う。

 すぐに頭痛に襲われるからさっさと治ってほしいけど、そう考えると治ってほしくない。でも、ずっとここにいても迷惑なだけだ。早く、治さないと。

 

 

「やあ、調子はどうだい?」

 

 

 またもや思考に沈み過ぎていたようだ。唐沢さんがカーテンを開いたことに一切気づかなかった。

 

 

「こんにちは唐沢さん。調子は……まだポンコツみたいです」

 

 

 ベッドの傍らに設置された機器に視線をやれば、冷却装置──正式名称は知らないけど、脳がオーバーヒートしないように落ち着かせる為の装置らしいので、冷却装置と称している。──が唸っている。装置から管の付いたシールが私の額と項に貼られている状態だ。

 

 大侵攻にて試みた無茶によって短時間思考に耽るだけでもエネルギー消費されるからか、脳がオーバーヒートしないようにセーブが掛かるよう処置が施された。おかげで読書もろくに出来ない入院生活ですよ。

 

 

「なかなか不便そうだ。でも君はそれだけムチャをしたってことだね」

 

「はい……今までの人生で一番怒られました」

 

 

 色んな人がお見舞いに来てくれたのだが、大半に怒られた。一番怖かったのは林藤支部長で、一番対応に困ったのは号泣する陽太郎くんだった。

 陽太郎くんを宥める為に脳をフル回転させて、私はスイッチが切れたように気絶してまた大変だったらしい。

 

 

「彼は怒らなかったのかい?」

 

「悠一ですか? 怒りましたよ。頬を抓られました」

 

「相変わらず仲が良いことで」

 

 

 肩を竦めて唐沢さんは傍らの椅子に腰掛けた。自然な動作に見えるけど、何か迷っている節が受け取れる。

 

 また冷却装置が唸り出す。

 

 

「……なんというか、君が考えている瞬間が筒抜けになる装置だな」

 

「……はい」

 

 

 もうちょっと静かに稼動してくれないものか。おちおち考え事も出来ない、と思ったけどそれが狙いなのだろうか。

 

 ちなみに、現在はただ唸る装置だが、あまりにも私が思考を止めないと電子音が鳴って医師がすっ飛んでくるシステムになっているらしい。ありがたいような、過保護なような。

 

 

「……記者会見が3日後と決まったよ」

 

 

 前触れもなく喋り出した唐沢さんへ視線を戻す。

 

 

「さっきの会議で決まったことなんだが、三雲くんの事件をスケープゴートにする予定を君はどう思う?」

 

「はぃ? 三雲くんを? え、私ではなくて?」

 

 

 どういうことだろう。三雲くんの事件って何かあったっけ。あ、C級トリガーのことか。

 

 唐沢さんが私の言葉に瞠目してから苦笑を零した。

 

 

「過ぎた謙遜は逆に傲慢だ。君は既に、組織から切っても離せない有能な人材だと、自分を認めてあげなさい」

 

 

 考えてもいなかった言葉に、思考が停止した。だがすぐに脳が言葉を反芻する。

 

 有能な人材。そうだろうか。私はそれに値する実力だろうか。では、では──なぜ、C級隊員は犠牲になったんだ。私が無能で凡人だからではないのか。

 

 唐沢さんの顔は冗談で言っているような感じではない。本心からの言葉のように思えた。ポンコツの脳は聴覚までもポンコツにしたのかも。

 

 

「民間の被害がゼロになったのは、紛れもなく八神玲、君の戦功だ」

 

 

 ぼろぼろと、涙が落ちていることに気づくのが遅れた。

 

 慌てて両手で頬を拭うけれど、涙腺もポンコツになっているらしい。おかしいな。冷却装置さん仕事してよ。

 

 

「たしかに君が出した案で犠牲者は出た。けれど、君が出した案で救われた人間がたくさんいるんだよ」

 

 

 冷却装置が唸り出し、ピーッと電子音が鳴った。

 

 涙は止まらなくて、結局私は緩慢な動きで顔を覆うしか出来ない。

 

 唐沢さんの言葉が、ただただ嬉しかった。私なんて悠一の付属品でしかないと、高をくくっていたから。

 

 有能な人材とは東さんみたいな大人で色々そつなくこなす人や、当真くんや出水くんのような、天才的な才能を持っている人のことを指すのだと思っていた。自分なんか到底追いつけない玉狛支部や、職員として欠かせないエンジニアやオペレーターのことだと。

 

 2回目の電子音が鳴る。

 

 

「無理をさせたようだ。じゃあ、お大事に」

 

 

 唐沢さんが椅子から立ち上がる。

 

 

「か、ら沢さん、あり、がとうございます。2時間、だけお時間ください……会議のこと、考えます」

 

「大丈夫かい?」

 

「はい……考えさせてくだ、さい。考えたいんです」

 

「……では、2時間後また来るよ」

 

 

 医師が鬼の形相で駆けてくるのが見えて、唐沢さんは入れ替わるように去って行った。

 

 医師は号泣している私を見て、鬼の形相は止めてくれた。軽くお説教をしてから、目を冷やす布を渡して眠るように促される。

 

 唸る装置音と医師のお説教をBGMに、ひとまず私は眠った。

 

 

 

 

 

 20分ほどで目覚めた私は、まずそばにいた医師に直談判して、外出用の簡易冷却器具と点滴の用意をしてもらった。

 

 唐沢さんとの約束時間まで残り1時間。考えることは制限されているけれど、このままジッとなんてしていられない。会議が終わった瞬間から根付さんはきっと動き出しているはずだ。変更が可能なのは本日中まで。

 

 被害の報告書を再度確認する。ボーダーの組織内で被害が出た。

 

 約4年前の大侵攻を第一次とし、今回を第二次とするらしい。第一次と第二次では規模が段違いであり、そこの部分は根付さんも出すだろう。

 

 ただ、マスコミに餌として蒔くのが"三雲くんの失敗"だと言うことが問題なのだ。

 

 らしくない。そう思った。

 

 いつもの根付さんならやらないミスではないだろうか。いや、おそらく大侵攻の後処理に追われて上層部も疲弊しているのかもしれない。

 

 電子音が甲高く発せられて、一瞬思考が逸れた。本当に過保護な機械だな。

 

 えーと、そう。"三雲くんの失敗"は特大の餌だ。というか、大き過ぎて逆に事態の収拾が出来なくなる。

 

 それに、三雲くんは今回の功労者でもあるのだ。そう簡単に売ってもらっては困る。主に私たち部下が動けなくなってしまうから。ことわざに『蜥蜴の尻尾切り』なんて言葉があるが、このままだとその通りの事態に進んでしまう。

 

 蜥蜴の尻尾は切れたら元通りに生えて、また何度でも切れると思われがちだ。しかし完全に元通りではないし、自切りと呼ばれるその手段は例外を除いて一度だけ。尻尾にも骨があり、その骨ごと切り離す。蜥蜴でも骨の再生は難しく、2回目の尻尾には軟骨しか入っていない為何度も切れるわけではないのだ。尻尾の再生にはエネルギーを消費するから栄養状態の良くない蜥蜴は自切りしたら体調を崩して、おっと。思考がわき道に逸れてしまった。

 

 とりあえず元通りにはならないのだ。もし三雲くんを尻尾として切ったら、学校や街で彼が救った市民からアンチが出てくる。そして、功労者を売ってしまってはボーダー内でも上層部への不満が出てきて内部崩壊しかねない。只でさえ派閥が出来てややこしいのに、これ以上なんてなったらもう組織は歪んで成長するしかない。で、最終的にバベルの塔のように崩れる未来だ。それは宜しくない。

 

 では、何をマスコミに渡せばいいのか。たしかにマスコミはスキャンダルなど人間や組織の粗探しが大好物だが、それ以上に話題がほしいだけだ。世間から注目されたい、という顕示欲の塊が記者だと思えばいい。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 迎えに来てくれた唐沢さんが苦笑を浮かべる。

 

 

「はい。唐沢さん、先ほどは申し訳ありません」

 

「何のことだい? 私は依頼をしただけだが」

 

 

 キャスター付きの点滴と簡易冷却器具を携え、私の歩調に合わせてくれる唐沢さんに、今度は私が苦笑する。紳士ですね。

 

 

「いえ。色々とありがとうございます」

 

 

 気遣いに甘えて歩みを進める。

 

 唐沢さんは2時間のうちに会議室へ幹部の方々を集めて下さったらしい。私が数日掛けて調整するスケジュールを、唐沢さんはものの数十分で調整したらしい。やっぱり──ううん、なんでもない。

 

 

「なに、集めるのは簡単さ。それに今回は今後を左右する大事な局面だからね」

 

 

 さすが敏腕営業部長だ。数多くのスポンサーをガッチリ掴んで放さない秘訣は、唐沢さんの機を見極める力だと思われる。

 

 会議室の前にやっと到着して、一度深呼吸。

 

 

「失礼します」

 

「!」

 

「八神!?」

 

「なぜ」

 

 

 全員から驚愕の視線を向けられた。なるほど、皆さん顔色が悪い。

 

 部屋に足を踏み入れて、少しだけ胸を張る。さて、判断力が鈍っている方々に私の言葉を届ける為の爆弾は何かな。

 

 

「私は三雲くんを身代わりにすることを反対です」

 

「!!??」

 

 

 城戸派は「なぜそれをっ」という驚きで、林藤支部長と忍田本部長は「どういうことだっ」という驚き。後者は知らなかったようだから城戸派の、というか根付さんが積極的に進めていた感じかな。

 

 最初の切り口は上々。

 

 

「三雲くんは隊務規定違反を犯しましたが、行動自体は正しいことです。正しいことをした部下を認めなくては、ボーダー隊員は上層部を信用しなくなります。

 せっかく、第二次大規模侵攻で被害は"軽微"だったのだから、もう一歩踏み出すべきです」

 

 それに。

 

「三雲くんは嵐山隊の信用も守ったんです」

 

「?」

 

 

 首を傾げる根付さん。うん、やはり考え至っていなかった様子。

 

 

「嵐山は『家族が一番大事』だと公言しています。三雲くんがいなければ『大事な家族』は無事では済まなかったはずです。

 そして、公言していたにも関わらず、家族を守れなかった嵐山に市民は『家族も守れないのに市民が守れるのか?』と不信感を持ったでしょう。根付さんが積み上げてきた印象操作も台無しになるところだったんです」

 

 

 目を見開き「今気づいた」ということを如実に示してくれる。疲れているのはバッチリ分かるけど、手を緩めるわけにはいかない。このまま畳み掛けよう。

 

 

「それを阻止してくれた三雲くんを、切るのですか?」

 

「う、しかし……」

 

 

 口ごもる根付さんを見かねたのか、城戸司令にすっと片手で制された。

 

 

「八神隊員そこまでにしろ。だが、今回の戦果をそのままマスコミに公開しても、大人しく帰ってくれないだろう」

 

 

 大侵攻だったからこそマスコミも騒いでいる。だから何か大きなネタを渡さなければ場が収まらない。

 

 城戸司令の言葉はごもっともである。そして、私が待っていた切り口だ。

 

 すこーし、頭が痛く感じるが敢えて無視。こんな中途半端で倒れてはここに来た意味がない。

 

 

「大侵攻を乗り越えた今だからこそチャンスです。上手くいけば人員増加とお金をがっつり集められます」

 

 

 人員増加と金策の発言に全員が反応する。特に唐沢さんと鬼怒田さん。

 林藤支部長から「八神たくましくなったなぁ」とか言ってたけど聞こえないフリ。

 

 

「……意見を聞こう」

 

 

 鋭く細められた、城戸司令の視線に射抜かれる。いつもなら身を竦めそうな視線だけど、今の私は入ってきた時の姿勢のまま微動だにしなかった。

 

 

近界(ネイバーフッド)遠征の公表を提案いたします」

 

 

 さすがの城戸司令も目を見開いて驚いた。周りの反応は"絶句"という言葉がピッタリかな。

 

 

「今までの遠征は公開せず『初の試みである』ことを公表します。第一次では国の名前が不明でしたが、今回はアフトクラトルだと判明しているので救出の見込みは高い」

 

 

 それに今回は一般人ではなくトリガー使いを狙ったということは、絶対に意図がある。

 攫われたC級が早々に使い潰されることはないだろうし、あのわくわく動物野郎だっけ。あいつが洗脳とか言ってたから、攫った人間を殺すつもりもないことは判っている。

 

 

「なるほど。確かに今までにないネタを提供できるな」

 

「ですが、近界(ネイバーフッド)遠征を公表すればまたそれで非難を受けるのでは?」

 

 

 空気は概ね提案を受け入れてくれそうだが、根付さんは眉根を寄せている。

 

 

「非難を受けるにも印象の違いがあります。三雲くんをスケープゴートにした場合、ボーダー内外にアンチを発生させるでしょう。遠征任務を公表した場合、危険を承知で救出を行うボーダーにアンチも湧きますが、それ以上に注目を集められ、ま」

 

 

 そこまで言葉を続けて、プツンと電源を消された液晶画面みたいに目の前が真っ暗になった。

 

 

「……八神隊員?」

 

 

 城戸司令の怪訝そうな声に応えようとしたが、足から力が抜けて。

 倒れそうになったところで、たぶん唐沢さんに後ろから支えられた。

 

 

「……下がれ。体調が万全でない者は邪魔だ」

 

 

 厳しい言葉に悔しく思ったが、正論だ。脳は活動限界を迎えて、私には悔しさに唇を噛むことも出来ない。

 

 そうして、今度は意識がプツンと落ちた。

 

 

 

 




八神の現状では、一つの行為に集中し過ぎるようになっています。なので少々強引に自分の主張を言う形になり、あまり周りを見る余裕はありません。
それでも、八神のような若者に上層部が耳を傾けてくれるのは、これまでの功績があるからです。

 ・何故、唐沢のポジションが迅ではなかったのか
2人の関係上の問題です。迅は与えられる(奪う)側、八神は与える側。
さらに迅は心のケアが苦手だと自覚しています。原作でも道を指し示す者として登場しており、心に踏み入れる場面を他キャラに譲っています。キャラが多いのでそういうポジショニングになったと言われればそうなのですが、拙作では心情を汲むのが苦手だと設定しております。
今話も迅は八神に、己が何を言っても逆効果だと未来視(自覚)して唐沢に譲りました。複雑ながら嫉妬はしてます。また、迅の負担にならない為ととある懸念(すれ違い)により、八神の方も愛情以外を分けることはしません。

 ・八神のトラウマ
トラウマのヤンデレ子の影響で、八神は他人に頼ることが苦手です。
ヤンデレ子について言及していない、というか今のところ出す予定はないのですが完全奉仕依存型のヤンデレ『何でもしてあげる、買ってあげる、全部任せて。貴女の為なら何でもするわ。だからずっと一緒にいて、だから深く愛して。寝ても醒めてもずっとずっと』です。
思春期の時分だったので少なからず八神もコレに影響されています。八神は兄妹の真ん中なので献身性も甘えの性質もあり、ヤンデレ子とは献身性が発揮出来ずストレスが蓄積。距離を置こうにも迫ってくる為、"構われ過ぎた猫状態"となりノイローゼ(症状例の1つ、軽度の対人恐怖症)を発症。遭遇したらSANチェック。中学卒業を機会に、物理的に逃げるしか出来ませんでした。

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