三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

58 / 92
八神視点


ランク戦前日

 

 

 鬼怒田さんを始めとしたエンジニアの方々、お世話になった円城寺さん、迷惑を掛けてしまった冬島隊に退院報告をして回った。

 

 開発室に入った途端、円城寺さんや他のエンジニアたちから号泣されて快復を喜ばれたが、鬼怒田さんからはネチネチとお説教をいただいた。本当にすみません。

 

 冬島隊の皆からは、表面上はドライながらも「もうあまり無理するな」という言葉を貰った。

 

 

「八神隊員」

 

 

 ボーダーの廊下を歩いていると、角で城戸司令と鉢合わせした。

 ピンと背筋を伸ばして返事をしたら、眉間に皺を寄せられる。

 

 

「──なぜ」

 

「は、はい」

 

「いや、君は緊急脱出(ベイルアウト)をどう思っている?」

 

 

 最初の問いとは違うみたいだが、おそらく切り口を変えられただけかな。緊急脱出(ベイルアウト)機能について、ということは、大規模侵攻での私の行動に疑問があったのだろう。

 

 

「一般人が戦場に立つ危機を誤魔化す世間的アピールの為、隊員の命を守る為、かと」

 

 

 一般人が、というより若者が戦場に立っている現状だ。武器を持つことを忌避し、危険要素があればすぐに否定的になる日本の風潮への安全アピールは大事。

 

 私の答えに、城戸司令は眉間の皺を戻さない。

 

 

「その通りだ。だが、後者が本来の目的であり前者は付属してきた副産物に過ぎない。なぜ、外した?」

 

「それは」

 

「5年前」

 

 

 答えようとして、城戸司令の硬い声音に遮られた。

 

 

「第一次よりも前のことだ。我々がまだ少数だった時、隊員の半数以上を失った。

 戦闘体を破壊され、そのまま戦場で散った。

 当時のトリガー技術の低さと、逃げる手段がなかったことが原因だ」

 

 

 声を荒げることはない。静かな語りだが、激情が込められているのを察する。

 

 

「迅は、君のことを大切に想っているはずだ。そして、君も。

 以降、緊急脱出(ベイルアウト)機能を外すことは固く禁ずる。──次に行えば厳罰は覚悟しておきなさい」

 

「……はい。軽率な行いを深く反省します」

 

 

 頭を深く下げると、城戸司令はカツカツと私の脇を通り過ぎる。

 

 

「それと、これは司令官としての言葉だ。『よくやった』」

 

「!」

 

 

 頭を上げて振り返ったが、城戸司令は既に角を曲がっていて姿は見えなかった。

 

 城戸司令に釘を刺されたばかりだが、最後の言葉がとてつもなく嬉しかった。わかってる。この言葉で調子に乗れば、今度はクビだ。城戸司令は私に忠告と同時に、行動選択を試している。

 

 

「大人って、ずるい」

 

 

 認められることは誰だって嬉しい。期待にも応えたい。

 

 けれど、今回私は応え方が期待とはズレてしまった。間違いだとは言わない。でも決して正解ではなかったことを、自覚しなければならない。

 

 目的・目標を決めろ。私の思考と行動の根幹を定めろ。

 

 ───私は、何がしたい?

 

 

「……力になりたい」

 

 

 私を選んでくれた悠一の力になりたい。でも今回みたいに自分の命は賭けない。

 

 未来の為に奔走する彼の心を支えていこう。

 

 未来視で絶望しか視えなくなれば、希望の未来を視れるように策を練ろう。たとえ未来が視えなくなっても安心できるように、知識と手段を増やしていこう。

 

 

「よし!」

 

 

 自身に活を入れて廊下を再び進む。

 

 今は戦場ではない。

 

 だけど、勉強したドクトリンは日常でも活きている。手に入れた知識は無駄ではない。悠一がよく口にする「小さな出来事でも未来は大きく変わる」と言うように、ちっぽけな知識でもいずれ役に立つ時が訪れる。

 

 まったく、19になっても私はまだまだ子供だな。日々学ぶことが増えていく。急に変わるなんて出来ないけど、少しずつでも成長していこう。

 

 

 

 

 

 

 ボーダー制服をきっちり着込み、私はとある家を訪ねた。

 

 インターホンを押すと、女性の声がこちらを誰何する。

 

 

「すみません。(わたくし)、ボーダー所属の八神と申します。三雲修くんに用があるのですが、ご在宅でしょうか?」

 

『……はい。少々お待ち下さい』

 

 

 通話が切れて、5分もせずに玄関の扉が開けられる。三雲くんの輪郭と大変よく似た女性がドアを開き、私を招き入れて下さった。

 

 

「修は友人と一緒にリビングにいます」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 玄関先で終わろうと思っていたけれど、身内の方が入れて下さるなら遠慮なく上がらせていただく。というか、来客用のスリッパまで出されたら上がるしかない。

 

 

「お邪魔します」

 

 

 案内に従ってリビングのドアを潜ると、ソファーに玉狛の新人3人が仲良く並んでいた。その内2人は緊張した面持ちで、いつかも見た光景に思わず笑った。

 

 

「八神さん」

 

「よ。レイさん」

 

「こ、こんにちは」

 

「こんにちは。三雲くん、空閑くん、雨取ちゃん。突然訪問してごめんね」

 

 

 緊張しながらも首と手を横に振る三雲くんが、向かいのソファーへ促してくれたがここは遠慮する。

 

 

「良ければ三雲くんのご家族の方も同席下さい」

 

 

 戸惑う3人と、察しの良さそうなお姉さんが席に落ち着くのを待って、私は訪問の理由を口にするべく一度制服の襟を正した。

 

 

「先ず、私の作戦により多大な危険を伴わせてしまったことを謝罪したい。そして、レプリカさんと三雲くんの行動に敬意を」

 

「え!?」

 

 

 名指しされた三雲くんがポカンとし、空閑くんと雨取ちゃんはそんな三雲くんを見て嬉しそうに笑った。

 お姉さんは3人の様子を静かに観てから、私に視線を戻す。

 

 

「レプリカさんと三雲くんのおかげで、近界民(ネイバー)の侵攻をあの日だけで終わらせられた」

 

「ま、待って下さい! 僕はそんな」

 

「あの時、拠点を攻撃しなければ敵は一時的に撤退し、戦力を立て直して間を空けずに侵攻を再開していた。それを強制的に潰したお二方の功績は誇れるものです」

 

 

 謙遜しようとする三雲くんの言葉を遮って続ける。三雲くんにはこの場にいないレプリカさんの分まで賛辞を受け取ってもらわなければならない。

 

 あの"わくわく動物野郎"は私からトリオンを奪っていた。トリオン体の回復には使用していなかった詳細理由は不明だが、おそらくC級キューブを運ぶ三雲くんの確保を優先したから──この選択をさせただけでも賞賛もの──だと思われる。もし、拠点を攻撃しなかった場合、奪ったトリオンと更新された情報を基に2度目の侵攻をしていたはずだ。

 そうなった時、今回のように市街地を守れたかどうか。

 

 この説明に三雲くんは何かを言いかけて、そして静かに口を閉ざした。

 

 そして、代わりにお姉さんが口を開いた。

 

 

「修は、ボーダーに必要ですか?」

 

 

 身内故の鋭い切り口だった。

 ああ、なるほど。お姉さんかと思っていたけれど、偉大な母親でしたか。

 

 

「不要な人間は居ません」

 

 

 しかし、絶対に必要か、と訊かれたら難しい。

 

 

「──大ケガをした時、私は『やはり辞めさせよう』と考えたわ」

 

「か、母さん!?」

 

「でも、不思議ね……入院中、色々な子たちと会って誰一人『もうボーダーを辞めさせた方がいい』と言わなかったわ」

 

 

 三雲くんの交流関係はそこそこ広いので誰に会ったか詳しくは不明だが、少なくとも玉狛支部の人間には会っただろう。

 玉狛支部の人間でなくても、おそらく誰も三雲くんを辞めさせようとは言わないと思う。

 

 

「八神さんも、修を辞めさせようとは思っていないのね」

 

「はい」

 

 

 肯定すると、彼女はフッと微笑んで三雲くんへ顔を向けた。

 

 

「ボーダー、続けたいかしら?」

 

 

 母親の問いかけに、三雲くんは背筋を伸ばし、顎を引いて強く首肯した。

 

 

「僕は誰かの為にじゃなくて、僕自身の為に、ボーダーを続ける。母さんにはこれからも心配を掛けるかもしれないけど」

 

「心配しない時なんてないわよ」

 

「うっ……」

 

「でも、その言葉を聴けてよかった。ボーダーに入ってからのあなたは『自分のやることを見つけた』って顔してる」

 

 

 彼女は自分の言ったことを確かめるように、息子の顔を見つめた。

 

 

「好きにやりなさい、あなたの人生だもの……でも本当に嫌になった時は私に言いなさい。首に縄かけてでも引き戻してあげるわ」

 

「……ありがとう、母さん」

 

 

 口元を綻ばせた三雲くんに、見守っていた空閑くんと雨取ちゃん、そして私も笑みを溢した。

 

 

「でかいこと言った分、がんばんなきゃなオサム」

 

 

 両腕を頭の後ろに組んでそう言葉を掛けた空閑くんに、三雲くんは強い意志を持った目で答えた。

 

 

「わかってる。まずは全速でA級に上がる。やるぞ、相棒」

 

「おう、まかせろ」

 

 

 熱い青春漫画のようなやりとり。やはり三雲くんには主人公みたいなカリスマでもあるのかもしれない。

 

 さて、もう一つ用件がある。しかしこれは機密にも触れるので、話し合いの予定を2月12日に入れてもらうよう伝えるだけで終わった。

 

 

「では、失礼します。ランク戦前日に押し掛けてごめんね」

 

「いえ、改めて気持ちが定まりました。八神さんも最近まで入院していたんですよね? もう大丈夫なんですか?」

 

 

 見送りまでしてくれる3人にそう言えば、特に邪険にされることなく、逆に気を遣わせてしまったようだ。

 

 

「大丈夫だよ。私より三雲くんの方が重症だからね? 無理して明日のランク戦に出たら痛みで気絶するからね?」

 

「え……」

 

「ふむ。レイさんはウソついてないぞオサム」

 

 

 空閑くんが保証したことで三雲くんは冷や汗をかいた。うん、やっぱり空閑くんってそういう心理面の副作用(サイドエフェクト)持ちだよね。言い方からして嘘が判るのかな、納得。

 

 とりあえず空閑くんと雨取ちゃんに三雲くんが無理しないように、なんて冗談混じりで見張りをお願いしてから訪問は終わった。

 

 明日からはランク戦が始まる。月の始めに入隊式を終えたばかりの空閑くんと雨取ちゃんだが、既に2人ともB級になっているからチームを組むことは問題ない。

 

 戦功を貰った三雲くんと空閑くんのポイントを雨取ちゃんに上げたらしく、スナイパーにしては早い昇格となった。

 原則的に不可能なポイント譲渡だが、侵攻が警戒される現在、緊急脱出(ベイルアウト)機能がしっかりと組み込まれた正隊員のトリガーを持たせるべきだと多くの意見が出たのだ。急遽取り付けられたC級トリガーの緊急脱出(ベイルアウト)に欠陥があるので必要措置だろう。

 

 機能の問題点は2つ。一つ目は、もともと組み込むスペースを作っていなかったので通常のホルダーサイズより一回り大きくなったこと。二つ目は、訓練用と言えど、更に威力や切れ味、耐久力が落ちてしまい訓練自体に支障が出た。突貫だったから仕方ない。

 どちらも時間をおけば解決する問題点だが、現在は近界(ネイバーフッド)遠征の為に艇の整備を優先しなければならないのだ。

 

 そして、何より機能以前の問題点がある。

 

 今回訓練生を囮にした影響により、付けたままだと市民から『また囮にするんでしょ?』と思われてしまうのだ。民間の防衛組織なので、市民を敵に回すのは得策ではない。

 よって、C級トリガーの緊急脱出(ベイルアウト)機能は取り外された。

 

 譲渡してポイントが足りなかった空閑くんは、破竹の勢いでポイントをC級隊員からもぎ取ってB級になったらしい。強い。

 

 玉狛第2と銘打たれた三雲隊。今から何をしてくれるのか楽しみだ。チーム戦をしっかりと学んでくれることを願う。

 

 

 

 




今話に出した"ドクトリン"については、『2章のまとめ』の前半に置いています。ただ詳細は載せていません。
作者も忠実に書いているわけではないので"戦術の心得みたいな物"と簡単に捉えていただければ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。