三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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八神視点の一人称
玉狛支部を軸とした三人称


新人たちへ

 

 「玲さんおはよーございます! 早いですね!」

 

 

 早朝、仕事開始前に狙撃訓練場で撃ってたら佐鳥くんがやってきた。ライトニングを下ろして、こちらも挨拶を返す。

 

 

「おはよう佐鳥くん。最近忙しくて昼休憩で撃ちに来れないからね」

 

 

 溜まっていた書類と追加の書類とかを整理してたら、いつの間にか時間がなくなっているのだ。悠一に夜の防衛任務が入ってたら就業後に撃ちに来ても良いけど、今のところ予定はない。そういえば次の水曜日の夜は用事があるって言ってたっけ。

 

 そういうわけで早朝に狙撃訓練をすることにした。ベッドから出る時に悠一を引き剥がすことが、1日で一番体力を削る事柄だった気がする。絶対、アイツ確信犯。

 

 

「そういう佐鳥くんは点検?」

 

 

 基本的にトリオンで出来ている基地はエンジニアたちが各個所をチェックしている。佐鳥くんもそれを承知しているが、狙撃手はちょっとの誤差で感覚が狂う時がある。それは小さなゴミや汚れだったり、直前のコンソールの操作ミスからだったりと様々だ。実戦を想定したB級とA級にはあまり関係ない刺激なのだが、不慣れな訓練生には大きな違いを齎す。

 

 佐鳥くんは新人研修の担当として、訓練生がきちんと能力を発揮出来るように心がけているのだ。

 もちろん、佐鳥くんも広報の仕事があり、学生でもあるから毎日点検をしているわけではない。

 

 

「そうですよ~あ、邪魔じゃないんでそのまま撃ってて良いッスよ! むしろ佐鳥が邪魔かも!?」

 

「いつもありがとう。いやいや、全然邪魔じゃないよ」

 

「佐鳥の仕事ですから! こちらこそありがとうございます」

 

 

 胸を張って、キラリとエフェクトが見えるような笑顔を見せた佐鳥くん。うんうん、佐鳥くんの配慮は誇って良いものだ。

 

 早速点検を始める佐鳥くんに、私も訓練の続きを再開した。

 

 しばらく、撃ち続けて3種とも基本は終わった。チラリと時間を確認すれば終了予定時間にはまだまだ余裕だ。早くから始め過ぎたかな。

 脳裏に「ほらね?」とぼんち揚げ片手にふてくされる顔がよぎったが、頭を振って追い出す。基本が終わったなら応用を行えば良い。でも、明日はもうちょっと遅く出てもいいかな。

 

 

「佐鳥くん、点検お疲れ様。ランク戦ブースに行ってくるね」

 

「おつかれさまです。シューターのランク戦ですか?」

 

 

 一通り点検が終わったらしい佐鳥くんに声を掛けると、ランク戦ならシューターですよね、と首を傾げられた。

 

 

「違うよ。スナイパーの訓練で行ってくる」

 

「あ、もしかしてロングスナイプですか!」

 

「うん」

 

 

 狙撃訓練場の最長距離は10フロアぶち抜きで約360mだ。建物内としては破格の広さなのだが、狙撃手の訓練場としては充分とは言えない。もちろん基礎の訓練や見直しには丁度良いのだが、実戦では少なくとも500m先を狙撃する。

 

 もともと射程を伸ばすイーグレットは1km先でも狙えるように設計されており、スナイパーランキング上位陣はほとんどが1km狙撃を成功させている。現在の登録されている最高距離記録は奈良坂くんの2.26kmで、次点だと当真くんの2.13kmだったかな。

 計測出来ない近界(ネイバーフッド)遠征での戦果を考えると、当真くんはもっと記録を伸ばしそうだけど彼は撃ち抜くと確信しない限り撃たないから。

 

 狙撃訓練場でkm単位の記録は出せない。そういうわけで、ランク戦ブースだ。狙撃手の合同訓練でも使用するのだが、ランク戦の仮想戦場マップはかなり広く作れる。設定手順が面倒だけど、約4年も組織に居たら普通に覚えるからね。

 

 佐鳥くんと別れ、ランク戦ロビーに向かうと疎らに隊員が居た。ほとんどがチームを組んでいないソロ隊員だが、研鑽を怠らない姿勢はきっと良いチームに巡り会えることだろう。

 

 ブースに入って、タッチパネルを無視してPC型モニターの方を弄る。マップは最初だし草原でいいかな。使うトリガーはイーグレットとバックワームだけ。的は警戒心MAXのバムスター。

 

 

『狙撃手特別訓練モード設定。転送開始』

 

 

 視界に広がる青々と茂った草原。現実は冬なのでなかなか緑を目にする機会がないから気持ち良いんだけど、仮想なので気分だけだ。

 

 先ずは地に身を伏せる。そしてスコープを覗いて索敵。スナイパー訓練設定なので標的とは距離を置いて転送される。

 捕捉。こちらに気づいた様子はない。距離は、1.876kmか。私の最高射程距離記録は1.89kmだ。圏内ではあるし、敵はバムスターなので遠距離攻撃もない為、撃っても対応出来るだろう。

 しかし、ここは草原。遮蔽物は風に揺れる草花だけ。寄られて対応は出来るかと問われたら、出来る。だが、せっかくのロング狙撃訓練の第一射目はきっちり決めたい。

 

 匍匐前進。狙うラインとしては1.6kmまで近づきたい。素早く、しかし気づかれないよう慎重に。戦闘体は疲労がないので姿勢を崩す心配もない。そして、私はこういう移動を隊でも行っているので得意だ。

 

 冬島隊では隊長のサポートで即時移動が可能だ。当真くんは変態狙撃手と言われるだけあって、転送から瞬時に引き金を引いて標的を撃ち抜ける。更に即時移動からまた正確無比の狙撃を繰り返す故に、狙撃手による連続ゲリラ戦術のようなものだ。

 もちろん、冬島隊長はランダムに転送するわけではない。真木ちゃんの地形マップ情報と、私の視界を通して得たマップ情報や標的の動向を勘案・換算して、転送前に転送先の位置からの方角・距離・起伏を予告してから実行するのだ。

 当真くんも凄いけど、冬島隊長の計算速度も侮れないと思う。

 

 他にも私の役割はあるけど、結局はサポートであり、ポイントゲッターの当真くんをこれでもかと強化した隊が冬島隊だ。尖った戦術だが、レーダーの情報だけでカメレオン中の風間隊を撃ち抜ける当真くんを主軸におかない手はない。むしろ当真くんの狙撃を斬る太刀川さんの反応速度に仰天すべき。

 

 バムスターに補足されず目標距離に到達。イーグレットにトリオンをこめながら、うつ伏せの伏射姿勢を調える。

 呼吸を停め、ブレを補正。道端の石のように意識を沈め、スコープに見えるバムスターがこちらに顔を向ける瞬間を待つ。

 

 ファイア──沈黙。

 

 

『目標達成。訓練を終了します』

 

 

 時間にして13分。停めていた呼吸を再開して、ブース内のベッドから身を起こした。

 

 

「うーん……慎重になりすぎたかな」

 

 

 第一射目故に確実性を狙ったが、バムスター相手に警戒をし過ぎた感が否めない。もっと標的が小さいならまだしも。

 モニターで先ほどの待ちを客観的に見直してみる。

 

 

「んー……妥当かな。なんか動き方が変わってるし」

 

 

 第二次大規模侵攻以降、訓練用トリオン兵の行動システムが改造されているらしい。より実戦的な動きとなったように思う。ふむ、たまには栞ちゃん考案の改造モールモッドも相手してみようかな。無駄に派手で高性能だから本部内で相手すると目立つから避けてたけど、今の時間帯ならそこまで人がいないし。

 

 毎回設定がリセットされるので、また設定を弄ってマップと仮想敵を変更する。

 

 

『狙撃手特別訓練モード。転送開始』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉狛支部にて玉狛第二は水曜日のランク戦へ向けて、対戦相手の過去戦績データを確認しながら宇佐美の到着を待っていた。

 

 

「おー、がんばっとるかね? 諸君」

 

「おつかれさまです」

 

「栞さん」

 

「今、次の相手のデータ見てたとこ」

 

 

 やってきた宇佐美に挨拶をすると、4人は早速情報の確認を行う。

 

 玉狛第二が次に当たるのは、戦闘員がすべて狙撃手で遠距離特化の荒船隊と、中距離の集中放火を得意とし近距離も対応出来る諏訪隊だ。

 どちらも初日のように無策で突っ込むのは悪手。玉狛第二の主力は空閑であり、接近戦へ持ち込まねば点を取るのは難しい。どちらの隊も戦闘スタイルやコンセプトが出来上がっており、特に荒船隊の連携は手堅い。

 

 どう相手を接近戦へ引きずり出すか、連携を崩すかが要だ。また、初日は使わなかったがその試合で一番ランクの低い部隊には戦場を選べる権利がある。地形を使っての戦術も考慮していくべきだろう。

 

 

「あ、そうそう」

 

 

 簡単な事前情報を確認したところで、宇佐美が三面モニター付きのPCを操作する。

 

 

「本部に寄ってきたんだけどね。次のランク戦とは関係ないんだけど、ちょっと見せたいデータがあるんだ。いいかな?」

 

「見せたいデータ?」

 

 

 首を傾げる3人を手招きして宇佐美はとある映像ファイルの読み込みを開始した。

 

 

「玲さんのランク戦データだよ」

 

「え!?」

 

「八神さんの……?」

 

「レイさんってスナイパーじゃなかったっけ? スナイパーもランク戦するのか?」

 

「ううん。スナイパーは個人ランク戦はないよ。でも千佳ちゃんもそろそろ参加すると思うんだけど、合同訓練ってのがあってブースを利用することがあるの。と言っても、これは今日の早朝に玲さんが個人でやってたデータね」

 

 

 宇佐美の説明を聞いてますます意図が分からず、3人は生返事になってしまう。それに宇佐美はにやりと笑った。

 

 

「ふふふ、諸君。クリスマスでは結局、玲さんの戦闘スタイルを訊いてないでしょ? あと、これは是非とも修くんと千佳ちゃんに見てほしいなって」

 

「同じポジションの千佳だけじゃなくて、ぼくも……?」

 

 

 三雲と雨取が顔を見合わせたところで、ファイルの読み込みが完了した。映像が流れ始める。

 

 草原にバックワームを装備した八神が転送され、即座に地へ伏せる。イーグレットを構えて周囲を警戒した後、ずりずりと匍匐前進を開始。

 宇佐美が早送りして匍匐前進が止まると、引き金に指先を掛けたままピタリと静止。そして、動かない。

 

 最初は神妙な顔で観ていた新人たちだったが、3分経っても微動だにしない八神の映像にどう反応して良いか困ってしまった。

 

 

「これはなんというか……」

 

「えっと……」

 

「……ジミだな」

 

 

 3人の言葉に宇佐美は含み笑いを漏らしながら、早送りをする。

 徐々に千佳の顔に浮かぶものが、戸惑いから驚きへと変わった。次点で空閑が感心の声をあげた。

 

 

「すごい……」

 

「ウム……」

 

 

 何について2人がそう感じているのか三雲には解らない。そして、静止してから13分後に引き金は引かれ、映像が終わった。

 

 理解が追いつかなかった三雲が冷や汗をかいて2人に質問する。

 

 

「何が凄いのか僕にはわからなかったんだけど……」

 

 

 2人が何か言う前に、宇佐美がモニターにウィンドウを二つ並べて見せる。

 一つは静止直後、もう一つは撃つ直前で映像を停め、三雲に提示した。

 

 

「えっと……もしかして姿勢が変わっていない、ことですか?」

 

「当たりだよ~!」

 

 

 効果音でも鳴らしそうなテンションで、宇佐美が親指と人差し指で丸を作った。だが、当たりと言われても三雲にはどういうことかわからない。

 

 

「スナイパーなら誰でも出来るわけじゃないんですか?」

 

「千佳ちゃん、ど?」

 

「……むずかしい、です。わたしならすぐに撃っちゃうと思います」

 

「向こうの世界でも待てるスナイパーはいるけど、こんなに動かないヒトははじめて見た」

 

 

 動きと言えば風に靡くバックワームの端や髪の毛先ぐらいで、石像のように固まった八神は13分間それを崩さなかった。

 

 

「映像はまだあるよ。これも今朝の分で、なんと夜叉丸シリーズに挑戦してくれました!」

 

「え"」

 

「シオリちゃんがつくった強化モールモッドだっけ?」

 

 

 映像が流れ始める。マップはすべて違うようだが、最初の何の遮蔽物もない草原のようなマップはなかった。

 

 

「お、また待ちか」

 

「えび反り……」

 

 

 一度待ちに入ればどんなに苦しそうな体勢でも、八神は姿勢を崩さない。立射、膝射、座射、伏射と分類される射撃姿勢を調えて、待ちに入る。

 

 

「あれ……今度は途中で移動?」

 

「たぶんターゲットが動きを変えたことで、その場での待ちが意味ないと判断したんじゃないかな」

 

「今度はすぐに撃ったな。けど、はずした? でも2発目が当たった」

 

「これは釣りだね。わざと外して居場所を教えて敵の顔を自分の方へ向けさせたんだよ」

 

 適度に宇佐美が解説を入れながら視聴を続ける。途中から雨取は、映像の中で駆け引きを繰り返す八神の姿に、言葉もなく集中していた。

 

 すべての映像を見終わると、雨取は自分の手を見つめた。

 狙撃手は基本的に一撃必殺に重きを置く、と木崎から教わっている。外せば居場所を知らせることとなり、接近戦に持ち込まれてしまうからだ。

 八神の駆け引きは根気が要るものの、彼女が緊急脱出(ベイルアウト)する場面は一回もなかった。

 時にはわざと外してから距離を測り直したり、2射目や3射目で勝負を決めたり、即座に待機場所を放棄していたりもした。中には音を立てずそのまま巧妙に身を隠し、モールモッドの刃が体のラインギリギリに迫ってもブレずにやり過ごしていたこともあった。恐るべき胆力だった。

 

 

「千佳ちゃん、別に玲さんみたいになれってわけじゃないからねっ!? ただ、レイジさん以外のスナイパーを見る良い機会かなって思って」

 

「はい……なんとなく、スナイパーのポジションがわかったような気がします」

 

 

 雨取の言葉に宇佐美は内心慌てる。映像内の八神のやり方はソロで活動していた頃のやり方に近く、現在所属の冬島隊との連携ではまた違った顔を持っているのだ。

 

 しかし、納得している後輩に水を差すことも出来ず、宇佐美は間違った時に伝えればいいかと楽観的に捉えることにした。学ぶ若者は素晴らしいのだから。

 

 

「玲さんはね、自分の最高の実力を発揮出来る部分を解っているの。勝利した自分を描く力が強い」

 

 

 宇佐美の説明に、三雲は侵攻前に行った訓練で師匠の烏丸に言われたことを思いだした。

 

 

『自分が目指す最高の動きをイメージしろ。それに近づくためにはどうすればいいか、考えて動け』

 

 

 その時は結局、本当の意味を理解出来なかった。訓練用のモールモッドを倒すことは可能になったが、思い描く"最高の動き"は空閑をイメージしていたから。

 三雲は空閑ではない。トリオンも身体能力も違う。イメージは出来ても全く同じになんて動けなかった。

 

 八神と己の違いは、その時点で格差がついていたのだ。八神は自身の最高を、三雲は記憶に残った空閑を思い描いている。

 この格差を埋めるには、単純に"己の実力を把握"すれば良いだけ。

 

 己を見つめ直し、自身の最高を探れ。

 

「次のランク戦に関係ないコレを見せたのはね、気構え? 心構え? をしてもらおうと思ってさ」

 

 

 三雲と雨取だけでなく、空閑も真剣に耳を傾ける。

 それぞれにしっかりと目を合わせてから宇佐美は続けた。

 

 

「ランク戦は実戦じゃないし、訓練の一環。でもね、3人共すっごく成長出来る機会なの。時には前みたくあっさり勝てなくて苦しんだり、玲さんが途中で待ちを辞めたように、最初の作戦を変更しないといけないこともあるし、特訓してもなかなか身にならなくて辛抱強く耐えなきゃいけなかったり──たっくさんの壁に当たっちゃうかもしれない。でもでも、それがキミたちの成長に必要だから。だから、一緒に頑張って行きましょ~ってことで!」

 

 

 最後は照れくさくなったのか勢いで纏めた宇佐美に、3人は微笑み、力強く頷いた。

 

 途中からドアの近くで様子を窺っていた師匠3人も笑みを浮かべ、雷神丸に跨がった陽太郎が突撃しそうになったところをやんわりと止めた。

 小南が珍しくお菓子を陽太郎に分け、木崎がお茶を淹れ、烏丸は菓子用の小皿を食器棚から出す。

 

 玉狛第二は少しずつ始動する。

 

 

 

 




・三雲の補完
大規模侵攻で三雲はモールモッド相手に実戦を行っていないのでまだ実感が足りなかった。今回、原作とは違った形で意味を呑み込んだ。

・宇佐美についての補足
宇佐美は作者の描写都合により、沢村隊に途中加入し継続で風間隊所属だった。風間隊は隊長によってほぼ戦術の指向性が決まっていたはず。その後は、木崎という凄腕の部隊が所属する玉狛のエンジニア兼オペレーター。つまり、宇佐美にとっても"隊をつくる"過程は初めてであり手探り状態。

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