三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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八神視点


カッコイイにこだわる者

 

 「八神さんログ観ましたよ」

 

 

 カフェエリアのテーブルでお弁当を広げていると、向かい席にカレーライスを持った荒船くんが座った。

 

 

「こんにちは荒船くん。ログ?」

 

「昨日と今日の朝にロングやってた奴です。久しぶりだったとは思えないほどの待ち姿勢、1人での釣りも正確で……何より隠れてやり過ごす場面は、痺れました」

 

 

 カレーライスに手を付けず、心なしか目をキラキラさせているように感じる荒船くん。その様子に首を傾げるしかない。

 

 たしか、荒船くんって派手なアクション映画が好きで戦い方もそれになぞらえた動きを好んでいた。積極的に撃たない私のログを観て、どうしてこんなにテンションが上がっているのだろう。

 

 それを伝えると、荒船くんはとんでもないとでも言うように胸を張った。

 

 

「俺は確かにアクションが好きです。けど、完全万能手(パーフェクトオールラウンダー)を目指しているとは言え、スナイパーでリスペクトしているのは東さんと八神さんですから」

 

「おぉ……光栄です」

 

 

 まさかの東さんと並んで名前を挙げてもらえるとは。狙撃手ランク上位の当真くんと奈良坂くんが挙げられなかったのは、荒船くんの目指すスタイルとは違うからかな。

 

 

「スナイパーが主役の映画は、意外にドカドカ撃ってますし撃ち合いもあってカッコイイんすけど、東さんから教授されたもんじゃないんですよね。その他はスナイパーの人間性とか周りの関係を題材とした内容で、ほとんど狙撃しないものもありますし。

 八神さんのスタイルは、映画みたいに派手じゃない。でも魅入っちまうほど基本に忠実で、巧い。やっぱ俳優の付け焼き刃より、実戦で培った経験ってのが──カッコイイ」

 

 

 もの凄く感慨深そうに言われるものだから、思わず箸を停めてどう返そうか迷う。

 

 考えていたよりも高い評価を荒船くんから貰って、正直に言えば嬉しい。私の実力は、今までの努力は、無駄ではないと心にストンと落ちたから。

 

 

「ありがとう。凄く、嬉しい。ふふ、でも、私の初期のログを観ると呆れちゃうかもね」

 

 

 結局、私はありきたりな言葉しか返せなかった上に、お茶濁しになってしまった。

 

 

「とっくに観てます」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

 即答で返ってきた。荒船くん強いよ。

 

 やっとカレーライスに手をつけてモグモグと咀嚼した後、荒船くんはウンウンと頷く。

 

 

「初期のログも俺はすげーと思ってますよ。あの頃は今よりスナイパーが少ない上に、訓練内容も自主トレばっかだったんですよね? そんな中でキッチリ戦略まで練ってたんですから十分尊敬ものですよ」

 

 

 荒船くんのリスペクト力を侮っていた。どう返しても、私を褒めてくれる内容になるんだが。いや、すごく嬉しいんだけど、荒船くんが喋る度に周囲にいた隊員たちが、持ってる端末で私のログを探し始めるのが気まずい。

 

 早朝訓練で目立たないからって調子に乗るんじゃなかった。なんか遅効性を発揮して目立っているよ!

 

 

「あ、荒船くんは! もうスナイパーもマスターランクになったんだよね!? そろそろシューターかガンナーに転向するの?」

 

 

 話題を無理やり変えた感が否めないけど、これ以上の褒め言葉はお腹いっぱいです! あと、周りも出来れば本人がいないところで観てくれると嬉しいんだが!

 

 荒船くんはキョトンとしてから「ああ」と思い至ったようだ。

 

 

「今期のランク戦まではスナイパーで続けようと思ってます。八神さんのログ観たらまだまだやることあるって分かりましたから。あ、いつかランク戦お願いします」

 

「そ、そっか。次の水曜のランク戦が終わった後で良ければ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 荒船くんが好戦的にニヤリと笑うのに、少しだけ恐怖を感じながら昼食の続きを摂った。

 

 穏やかなカフェエリアにて、夜叉丸シリーズの断末魔が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 開発室から極秘連絡がきた。

 受け持っている仕事を区切りの良いところまで片付けて、早急に開発室へ向かう。

 

 

「失礼します。八神です」

 

「来たか」

 

 

 開発室へ入室すると鬼怒田さんが迎えてくれた。奥へと誘導され、従って着いて行くと一匹のラッドが台座に置かれている。

 

 奇妙にも角が生えたラッドだ。

 

 

「コイツは基地へ侵入した人型ネイバーの角を移植したラッドだ。角が脳の一部と同化しとったおかげか、ラッドのくせに知能を持ちおった。おそらく人格も受け継いでおる」

 

 

 鬼怒田さんの説明に、警戒心が跳ね上がる。人格は置いていても、知能があるということは一筋縄ではいかない。

 

 

「人格まで引き継いだのは誤算であったが、コイツが情報の塊であるのには間違いない。お前さんを呼んだのは、コイツを起動させた時のわしらの安全と、万が一逃げ出した時に壊さず捕獲出来ると思ってな」

 

「なるほど。了解しました」

 

「雷蔵、トリオンを注入しろ」

 

 

 鬼怒田さんの合図に寺島さんが機械を操作して、角つきラッドへトリオンが注がれる。

 

 数秒後、目を開けたラッドはそのまま停止して私と鬼怒田さんを見つめた。それからそろりと脚を動かし、違和感を覚えたのかキョロキョロと己の体と周囲を見回す。

 

 

「あ"?」

 

 

 優秀なエンジニアによって声帯システムまで再現されたラッド。戸惑いの声音までしっかり伝わるとは凄いな。

 

 

「な、なんじゃこりゃあ!!!?」

 

 

 絶叫。そうだよね……うん、ちょっと同情する。人間からラッドにってかなりの衝撃じゃないかな。

 でも慌てながらも器用に脚で体を支え、二本の前脚(?)で頭(?)を抱える姿は、既に順応しているように見える。早いな。

 

 マシンガン並みに罵詈雑言を発していたラッドだが、鬼怒田さんが口を開こうとした瞬間にピタリと止める。やはり順応能力が高い。

 

 怯む鬼怒田さんがチラリとこちらに視線を寄越したので、頷いて先を促した。

 

 

「ネイバー、きさまには情報を喋ってもらうぞ。妙なことを考えたら脚を引っこ抜くからな」

 

「はぁ"? ザコが何言ってやがる」

 

「少なくとも、ラッドのお前が一番雑魚だから」

 

「チッ……わかってねぇなテメーら。ボディーは黒にしろ。話はそれからだ」

 

「…………は?」

 

「…………え?」

 

 

 ぷいとそっぽを向いたラッドの言い分に、鬼怒田さんと2人で唖然とした。

 

 態度がデカいとか、舌がないからわざわざ声で舌打ちしたとか、高すぎる順応能力とか、色々と突っ込みたいことがたくさんあるけどさ。なかなか愉快な情報源を確保したようだ。まともに話が通じるかは別として。

 

 しばらくして、エンジニアたちによって色が変更されたラッドが「まぁまぁだな」と己の体を見回して感想を述べた。とてつもなくふてぶてしい態度だ。

 

 鬼怒田さんを始めとしたエンジニアたちは既に気が抜けているようで、警戒心がかなり下がっている。一応私は護衛の役割なので警戒心はそのままだが、当初より構えていない自覚がある。これが黒ラッドの狙いなら恐ろしい奴だ。

 

 エンジニアたちと黒ラッドの距離を監視しながら、鬼怒田さんが代表でラッドへ問いかける。妙に協力的な黒ラッドはこちらの質問にペラペラと答えてきて、不気味だ。嘘を言っている様子でもないことが、余計に警戒心を掻き立てる。

 

 現在のアフトクラトルでは、星国の核である(マザー)トリガーと言う、それを支える『(イケニエ)』の寿命が近いらしい。4つの領主家がそれぞれ利権を狙って、次の『神』を差し出す為に各地からトリオン能力の高い人間を攫っている。だから貴族の"わくわく動物野郎(ハイレイン)"や国宝の使い手も来ていたのか。

 

 はっきりと断言はできないが、侵攻前にレプリカさんが遺してくれた事前情報と黒ラッドの答えを摺り合わせしたところ、やはり嘘は言っていないように思う。

 

 国の情報をこんなにあっさりと渡してくれることは怪しいのだが、答えてくれるのなら好都合だ。

 

 

「鬼怒田さん、私もいくつか質問していいですか?」

 

「うむ」

 

 

 鬼怒田さんのOKをもらえたので、いくつか浮かんでいた疑問を消化することにする。本当は玉狛支部にいるらしい捕虜に問おうと思っていたんだけどね。

 

 

「今回参加していた老兵は、アフトクラトルでどれほどの使い手か?」

 

「ヴィザ翁か? あの人は領で1・2を争う実力者に決まってんだろ。テメーら猿共が束になっても勝てねーよ」

 

「お前が使ってたトリガー性能は?」

 

「ああ? オレを倒す時に色々と見てた野郎がいるんだろ? あれくらいしか出来ねーよ。使い勝手が(わり)ィからオレ以外で使いこなす奴もいなかったんだぜ?」

 

「ラービットがトリガーと同じ能力を有していたが、アフトクラトルは(ブラック)トリガーの性能をトリオン兵にも付与しているのか?」

 

「ムシかよ猿が……そういう研究もしてるぜ。オレの泥の王(ボルボロス)は黒トリガーだから予備はねぇが、ランバネインやヒュースみてーな()()()()持ちのトリガーは量産型の雑魚だからな」

 

「トリガー(ホーン)は子供に埋め込むらしいが、それは何歳まで?」

 

「トリオン器官が成長する期間だ」

 

「『神』の寿命が何百年ということは、アフトクラトルは医療が発達しているのか?」

 

「いりょーぅ? ……(マザー)トリガーに放り込まれりゃ意思も何もねえ。疲労も刺激もな。ただ在るだけだ。在るだけなら何百年も生きられるんじゃね? オレはゴメンだけどな」

 

 

 とりあえず思い付くものを片っ端から訊いてみる。この応答は事前情報も何もないから嘘かどうか判断出来ない。そう考えると無駄かもしれないが、悪態を吐きながらも答える黒ラッドがそれなりに協力的なのはわかった。

 ただ、胡散臭すぎるから話を信用するのは危険だな。

 

 鬼怒田さんに目配せをして、黒ラッドに注入していたトリオンを抜いてもらい黒ラッドが沈黙する。

 

 

「ありがとうございます」

 

「うむ……嫌に協力的すぎる」

 

 顔に胡散臭いと書いている鬼怒田さんに同意する。

 

 何か企んでいるとしか思えないし、こちらは正否を判断する材料を持っていないのだ。喋ってくれるのはありがたいが、信用に値しないものなので何とも言えない。

 

 また、こちらの警戒心を奪った行動があり、順応能力が高いことを考慮して、黒ラッドを起こす時は出来るだけ正隊員を付けるか、ガラス越しに話しかけることを推奨した。

 

 鬼怒田さんも思うことがあったようで、早急に隔離部屋を作ると動き出した。

 

 

 

 


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