三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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八神視点の一人称
ロビーを軸とした三人称


新人と先輩

 

 

 

 「ふ~……終わったぁ」

 

 

 朝と昼の防衛任務に臨時隊長として入ってからの報告書指導。任務の間に溜まっていた入隊希望者一覧書類をデータ入力していたら、いつの間にか結構な時間が経っていた。

 

 えっと、ランク戦夜の部はどうなったのかな?

 

 

「わ、もう終わってる!?」

 

 

 荒船くんは既に個人ランク戦ロビーに居るらしく、慌てて机の上を片付けて早足でロビーへ向かう。

 こっちが水曜日って言ったのに遅れて申し訳ない。

 

 

「荒船くん! 待たせてごめん!」

 

「いいですよ。仕事お疲れ様です」

 

 

 荒船くんの背中を見つけて声を掛けると、気を遣わせてしまった。

 

 

「八神さん!?」

 

「八神さんちーっす」

 

「お疲れ様です八神さん」

 

「八神さん!? 迅さんは? 迅さんは?」

 

 

 荒船くんは三雲くんと米屋くんと古寺くん、そして緑川くんの4人と居たらしく、それぞれから反応をもらった。

 緑川くん、私と悠一が本部でセットはあまりないからね?

 

 

「あれ? 村上くんと空閑くん?」

 

 

 モニターの一つに2人のランク戦が表示されている。

 

 村上くんが5戦中1勝4敗という結果だ。初見の村上くん相手に4勝するとは、空閑くん恐るべし。

 

 

「10本形式で今は15分の休憩挟んでるとこです」

 

「なるほど。荒船くん観る?」

 

「いえ、いいです。後でログ観ればいいですから」

 

「まさか! 荒船さんがここに来るの珍しいと思ったら、八神さんと()るためか!」

 

 

 じゃあブースに移動しよう、としたらスライディングの勢いで米屋くんが荒船くんと私の前に立ちはだかった。

 

 なんかテンション高いな米屋くん。いや、通常運転だっけ?

 

 

「荒船さんが終わったらおれともどうッスか!?」

 

 

 グイッと迫って来る米屋くんに怯んで一歩下がる。

 

 なんだこの押しは。戦闘狂とは言え、太刀川さんほど突き進んでいなかったはずなんだけど。

 

 

「申し訳ないけど、今日は荒船くんと一本したら帰る予定だから……」

 

「マジかー! ロングスナイプ斬りたかったのにー」

 

 

 こわっ。狙撃を斬るとかマジで太刀川さん化してるぞ米屋くん。

 

 

「バカは放っといて行きましょう」

 

 

 若干引いている私を置いて荒船くんがブースへと足を進める。

 

 それに頷いて、4人に軽く手を振ってブースへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいな~荒船さん」

 

 

 唇を尖らせてロビーのソファーへ座った米屋に、三雲は躊躇いがちに訊いた。

 

 

「八神さんってランク戦によく来るんですか?」

 

「いんや? スナイパーの訓練場ばっかだと思うぜ?」

 

「八神さんは僕らと違って正式雇用の戦闘員だよ。通常は色々な部署の雑用をこなしてて、最近は忙しいのか訓練場にも来ないね。その分早朝に訓練し始めたみたいだ」

 

 

 米屋の答えに補足説明を加えた古寺へ三雲は礼を言い、モニターの一つに表示された八神と荒船の欄を見上げた。

 

 村上と空閑の対戦がまだ再開されないからか、周囲の隊員も注目している。

 

 

「よねやん先輩、ロングスナイプってなに?」

 

 

 ハテナを浮かべる緑川に米屋は「そっか」と笑みを浮かべた。

 

 

「おれは透と章平経由で知ったけど、お前んとこはまだ県外遠征だもんな」

 

「ロングスナイプは僕らスナイパーのkm単位からの狙撃だよ。訓練場では出来ない距離だから、ブースを利用して訓練するんだ」

 

「キロメートル? うわぁ……アタッカー泣かせじゃん」

 

「スナイパーは寄らせたら負けだからね。でもkm単位を狙うのは正確性に欠けるから、ほとんどのスナイパーは確実に仕留める為にkm以内まで距離を詰める」

 

 

 古寺が詳しく説明してくれるのを横で聞きながら、三雲は素直に驚いていた。

 

 同じチームメイトの空閑と雨取が指摘したのは狙撃姿勢のことだったのでそちらばかりに三雲も注目していたが、A級隊員の狙撃手の話を聴いて改めて脅威的な狙撃距離のことへ思い至ったからだ。

 

 ───もし、遠距離狙撃(ロングスナイプ)を己に向けられたらどう対処すれば良いだろう。

 

 考えてみても、三雲にはとんと切り抜けるイメージが湧かない。

 

 

「それは、防げるものなんですか?」

 

 

 分からないものは訊くしかない。見れば緑川も同じ疑問を持っていたようで「どうなの?」と米屋に訊いていた。

 

 

「ぶっちゃけ、シールドで防ぐとしてもkm単位で離れてたら射出音も聞こえねーし光も見えねーから、ムリ。ほぼ勘だ」

 

「え」

 

「えー」

 

 

 ジェスチャーでも「ムリムリ」と連呼する米屋に三雲はポカンと口を開け、緑川も不満そうに唇を尖らせる。

 

 後輩の様子に米屋は口角を上げて頭の後ろで手を組んでから続けた。

 

 

「出来ることと言ったら、なるだけ射線を切るかこっちの隙をなくすかだな。迅さんとかカゲさんとかならまた話が違ってくんだろーけど」

 

 

 迅という言葉にキラリと顔を輝かせる緑川。自分の憧れの人が誉められたのがよほど嬉しいのだろう。さっきまで不満そうにしていたのが嘘のようだ。

 

 

「ロングスナイプを出来なくても居るだけでスナイパーは警戒されるポジションだよ。戦況に大きく響くからこそ、ボーダーでも訓練場にかなりのトリオンを注ぎ込んでいるらしいからね」

 

「へぇ~言うねぇ、ウチのスナイパーどのは」

 

「あ、いや! 僕なんかより奈良坂さんの方がスゴいから! ほら八神さんたちの始まったよ!」

 

 

 ニヤリとからかう米屋に古寺はハッとして、アタフタとモニターを指差した。

 

 そちらを3人が見上げると、八神と荒船が転送完了したところだった。

 ブースに入ってから少し遅めの開始だったのは、狙撃手同士のランク戦なのでおそらく何か打ち合わせをしていたからだろう。

 

 

「荒船さんズリー」

 

 

 笑み混じりの米屋の言葉通り、通常の個人ランク戦と同じ距離で相対した瞬間、荒船が弧月を抜いて距離を詰めようと駆ける。

 

 接近戦に持ち込まんとする荒船の行動に、八神は表情を動かすことなく、素早く分割した通常弾(アステロイド)を己の前にバラまいた。しかし荒船のスピードは落ちない。何故なら通常弾は他の弾より真っ直ぐに飛ぶ為、そのまま発射されても角度的にシールドで防げるからだ。

 

 狙撃手は寄らせたら負けと聞かされたばかりに、三雲は八神の負けを悟る。だが───。

 

 くんッと荒船が上体を仰け反らせた。咄嗟にシールドを上半身に張ったが、予想と違って荒船の足下に通常弾が撃ち込まれる。完全に意識外だった足下の攻撃にバランスを崩し、荒船は地に倒れ仮想戦場の空を仰いだ。

 理解が追い付かず、一瞬ポカンとしてしまった荒船がハッと我に返って起き上がるが、既に八神の姿はない。

 

 チッと舌打ちして荒船は狙撃を警戒し、バックワームを発動して身を隠す。

 

 

「ありゃビックリするわ」

 

「えと、あれはワイヤーですか?」

 

 

 唖然と、モニターを見上げる三雲にからからと笑う米屋の隣で古寺が説明する。完全に解説役が板に付いているようだ。

 

 

「あのワイヤーはスパイダーというトリガーだよ。アステロイドで相手の気を引いた時、同時にスパイダーも発動していたんだ」

 

 

 荒船が仰け反った理由は、ピンポイントに額の高さで張られた糸に因るものだ。

 

 人間は額を押さえられると小さな力でも、仰け反る反射反応が起こる。同じように寝転がった人間の額に指を置くだけで、その人は起き上がれなくなる。

 

 

「スパイダーに気づかなかったのは、人間は自分の目線より上への意識が薄い。死角の一つだからね」

 

「それに荒船さんのトリオン体って、帽子被ってっからなぁ」

 

 米屋はそれだけではないことを察しながら、敢えてそう言った。

 

 ───凡人なんて言ってるけど、八神さんもかなりの化け物だよな。

 

 八神は、荒船の"弧月を構える姿勢"を計算した(知っていた)からピンポイントにスパイダーを張れたのだ。単純に日頃接する姿勢ではない為、隊員のログを観察していないと出来ない芸当である。

 

 普通、ランク戦で対戦する相手でないと動きや癖なんて観ない。

 

 

「荒船さんが倒れた時なんで追撃しなかったんだろ。隙だらけじゃん」

 

「たぶん、ロングスナイプのオーダーがあったんじゃないかな。現に八神さんマップの端を目指してるし」

 

 

 バックワームを発動している八神は、古寺の言う通りマップ端を目指している。

 

 街を駆けながら時折イーグレットのスコープで荒船の位置を確認しているようだ。どうやら荒船のバックワームは息をしていない模様。

 

 

「ロングをリクエストしてたのに接近戦に持ち込むとか、荒船さんズルいなぁ」

 

 

 顎に手をやって「ふむり」と呟いた緑川に、米屋と古寺は小さく苦笑しただけだった。

 

 同じ隊に所属する当真が目立つせいか、近年からボーダーに所属する隊員に八神の実力は知られていなかったりする。

 

 防衛任務の臨時隊長として就いても、サポートが主であり、特に新人は周りより自分の実力を注視する為に八神の実力に気づかないのだ。

 A級隊員の緑川も噂程度には聞いても、興味がなければ今と同じ認識で終わるだろう。

 

 

「あ、遊真先輩たち再開するっぽい」

 

 

 やはり緑川は同じ近接ポジションの空閑と村上の対戦が気になるのだろう。そして、同じ隊であり次の対戦相手となる三雲も、そちらへ視線を寄越す。

 周りも地味な闘いになった八神と荒船の対戦よりも、見応えのある斬り合いへ注目し始めた。

 

 まだまだ八神の実力が新人たちへ知られるのは先らしい、と先輩2人は肩を竦めたのだった。

 

 村上と空閑の対戦は、前半の5戦が嘘のように村上が勝ちを重ねる。豹変したかのように空閑の動きを捉える村上に、空閑も対処が追い付かないのだ。

 

 その結果を三雲以外の正隊員たちは予想しており「やはりな」と納得する。

 

 9本目の対戦が終わった時、モニターを観ていた隊員の誰かが「あ」と声を発した。

 

 それに4人が意識を取られた瞬間、八神と荒船の対戦が終了した。結果は八神の勝利。

 まだ終わっていなかったのか、もう終わったのか。どちらの感想を抱くかは観ていた人間次第だろう。

 

 10本目に差し掛かると、ロビーの入口から熊谷が姿を現し、次の対戦相手の攻撃手(アタッカー)たちの攻防に眉根を寄せた。

 

 本日のランク戦昼の部にて対戦し、以前から何度も斬り結んでいる村上の実力は疑う余地もない。村上は『強化睡眠記憶』を持っているが、それを応用せずとも攻撃手ランク4位という伊達ではない称号持ち。

 

 その村上と前半に互角以上の戦績を納めているということは、空閑の実力が一筋縄ではいかないことを証明していた。

 

 

「あ、熊谷ちゃん久しぶり」

 

「八神さん? なんでここに……?」

 

 

 全ての対戦が終わり、ブースから出てきた八神が熊谷を見つけてヒラヒラと手を振って近づいてきた。

 

 

「荒船くんと1本だけランク戦してたんだ。熊谷ちゃんもランク戦?」

 

「あたしは、あ」

 

「ひゃん!?」

 

 

 熊谷が警告を発するよりも早く、迅が八神の背後に回り込んで尻を撫でる。

 

 先ほどまで熊谷の後ろにいたはずなのに、いつの間にか八神の尻を狙える位置へ移動していた迅のスキルに熊谷は引いた。

 

 

「あ、いい声。おれが誘導してきましたーおっと」

 

「悠一!」

 

 

 八神が振り返り様に繰り出した平手打ちを、手首を掴んで難なく止めた迅がヘラリと笑う。変な声を公衆の面前で出してしまった羞恥心で赤い顔が可愛かった。

 

 しかし、すぐに八神は顔色を戻して目を丸くする。

 

 

「なんで頬が赤いの?」

 

 

 八神の攻撃は当たっていないのに迅の頬はうっすらと赤くなっているのだ。

 怪訝に思う八神だったがすぐに考え至る。

 

 

「ふーん。熊谷ちゃんに迷惑かけたんだ」

 

 

 半眼になる八神に慌てたのは熊谷だった。

 

 

「す、すみません八神さん。あたしが」

 

「いやいや熊谷ちゃんは悪くないよ。悠一が全面的に悪い」

 

「玲ちゃんヒドい。おれは玲ちゃんのお尻一筋なのに……!」

 

「ええい! 口を閉じろ変態め! そしていい加減手をはなせ!」

 

 

 迅は荒ぶる八神の手を離すどころか、ダンスを踊るかの如くするりと懐に抱き込んだ。あまりにも自然な重心移動に八神は絶句。

 

 迅と八神が恋人同士だと知る人間は「またバカップルしてるぜ」と呆れ、知らない人間は「迅さんの片想いか。迅さんに狙われるとはご愁傷様」と八神に同情した。

 

 ちなみに迅の登場にテンションを上げた緑川だが、古寺と米屋に羽交い締めされて止められている。

 行くな、今は修羅場(面白い場面)だから。

 

 

「お疲れ様です、迅さん」

 

 

 そんな中、話し掛けに行ったのは三雲だった。

 

 勇者か、と周囲がざわめき始めるが迅は気にせず、八神をしっかりと抱きしめたまま軽く挨拶。

 じわじわと、腕の中の体温が上がっていくのに笑いを隠せない。

 

 

「よおメガネくん。チームランク戦お疲れ」

 

「はい! ありがとうございます」

 

 

 嬉しそうに返事する三雲に周囲がやはり勇者だ、と戦慄した。

 

 

「そうだ、遊真に『明日と明後日は玲は早朝訓練しない』って伝えてくれるか? 俺たちもう出るからさ」

 

「空閑に……? はい、伝えておきます」

 

「ちょ、何のことかな!?」

 

 

 やっと機能を取り戻した八神がバッと迅の胸板に手をついて離れようと試みたが、少しの隙間を開けるだけに終わった。頬はまだ赤い。

 

 

「玲は明日お休みでしょ」

 

「たしかに休みだったけど、この忙しいなか休めないから出勤するって」

 

「玲みたいな真面目が休まないと他も休めないでしょうが。同じ理由で次の休みも出勤するつもりだって分かってるからね」

 

「私は下っぱなんだからそう簡単にやすッ!?」

 

「はいはい行くぞー。じゃあ皆さんお邪魔しましたー」

 

「お、降ろせバカー!!」

 

 

 ひょいと簡単に両腕で八神を抱き上げた。所謂"お姫様抱っこ"である。

 抵抗する八神を器用に抑え込み、にこやかな笑顔で去って行く様は誘拐犯に見えなくもない。

 

 残された見物人たちの間には共通の想いが過る。

 

 なんだ、リア充によるテロか。

 

 一番の被害者は2人の側にいた熊谷かもしれない。彼女は少しだけ頬を赤く染めて、ぶんぶんと首を横に振ったのだった。

 

 

 




・迅は熊谷にセクハラをしたのか?
これは、アニメ42話の描写を採用しています(宣伝)

・軍と警察の狙撃手
軍隊所属の狙撃手にも色々と種類はありますが、km単位からの偵察や狙撃は標準だとか。頭よりも胴体を主に狙うそうです。頭だと的が小さく、また、仕留められずとも怪我人を増やせば敵軍を足止め出来る為と思われます。
一方、警察所属の狙撃手は、最終手段として登用されます。主に人質事件。正確性が求められるので数百mまで近づき、手足などの小さな的を狙うそうです。射殺許可があるかでまた変わるとか。
組織によってスナイパーの運用方法は異なるようですが、拙作では訓練場の造りからB級隊員は警察所属の狙撃手を参考とし、狙撃手ランク上位またはA級隊員はどちらも実践可能という独自設定を設けています。原作で当真が600mから雨取にヘッドショットを決めて驚かれているので色々と迷った設定ですが、あれはビルから飛び降りる標的の頭を撃ったことを驚いたのだと解釈することにしました。

・メモ
村上のサイドエフェクト『強化睡眠記憶』
レム睡眠による知識・記憶の定着が強化されていると納得。
実際に問題を解かせる実験があったようです。
問題を一度解かせて、間に睡眠時間を入れ、同じ問題を再度解かせる。もう一方は一度解かせて、眠らない休憩を入れ、再度解かせる。
やはり前者の方が正答率が高かった、という結果があるのだとか。
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